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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)5.3 < chapter.8 >

 自身の思いを明確に意識し、言葉にした瞬間。コバルトは、自分を覆う何か──目には見えない殻のようなものが、音も無く砕け散ったように感じた。

 それと同時に、世界に灯る黄金色の炎。

 まるでよくできたイルミネーションのように、大地に精緻な図形を描くそれは──。

「……魔法……陣……?」

 コバルトの呟きに対し、神は直ちに訂正を入れる。

(違うよ。魔法陣なんて安っぽいモノじゃあない。これは契約書だ)

「契約書?」

(君の誓いは創造主に認められた。その誓いを果たすためならば、主様はあらゆる協力を惜しまない……そう書かれているんだよ、神々の言語でね。君、一体何を誓ったの?)

「何を……いえ、ただ、仲間と一緒に世界の平和でも守ろうかと思っただけですが……?」

(世界の平和……って……)

 爽やかに規模のデカいことを口走りやがったな!

 神はそう思ったが、コバルトはゴーレムと戦闘中だ。集中を欠いては勝てる戦いも勝てなくなる。質問攻めにしたい気持ちをグッと堪え、戦闘のサポートに徹した。

 相変わらず継続中のゼロ距離射撃と、戦闘用義手での物理攻撃。そこに少しずつ、風属性の魔法効果を上乗せしていく。衝撃波によって一撃ごとの力を底上げしてやれば、ゴーレム破壊までの時間は圧倒的に短縮できる。そう考えての加勢だったが──。

(……ん?)

 ゴーレムの防御力が上がった。

 いや、防御力だけではない。それ以上に上がったのは反射速度だ。

「っ!」

(止められた!?)

 爆発呪文によって撥ね上げられたゴーレムの体。それを空中で、反応限界を上回る速度で攻撃することによってラッシュコンボを成立させていたのだ。それがこの瞬間、突然止められるようになった。理由は考えるまでも無い。ピーコックによる魔力の追加供給と、対応プログラムのインストールが行われたのだ。

(身体の制御権もらっていい!? これ以上の速度は人間の反応限界を超えるよ!)

「お願いします!」

 グンッ! と引っ張られるような感覚と同時に、コバルトの意識は自分の身体から引き剥がされた。

 と同時に、自分の身体は、これまでと明らかに異なる次元の体捌きでゴーレムに挑みかかる。

 動きの変わったゴーレムは既に立ち上がっているが、足払いは使わない。突風でゴーレムの拳の軌道を逸らし、懐に入り込む。そして左腕の戦闘用義手で、ゴーレムの関節に正確無比な一撃を。

 直後、コバルトの胴に向かって蹴り込まれたゴーレムの脚。神はそれを防御魔法で受けつつ、風で自分の身体を浮かせていた。

 相手の攻撃を無効化しつつ、その力を離脱のために使う。

 コバルトには思いつかない対処法である。自分の身体なのだから、運動能力的、魔法技能的には可能なことなのだろう。だが、速い。あまりにも速くて、自分の身体でなかったら、何をしたのか理解することもできなかった。

 神は圧縮空気で足場を構築し、さらに『逃げ』の体勢に入る。

 ゴーレムはそのすぐ後ろに迫っている。

 風を使って壁を垂直に駆け上がり、一旦距離を取ろうとする神。常識的に考えれば十二分に逃げ切り可能な状況だが、なんとゴーレムは、その後ろをピタリとつけてきた。風や氷で足場を構築しているわけではない。両手、両足を壁面にめり込ませる、力任せの垂直クライミングである。

「ちょ……自動制御の動きじゃないでしょ、それ!」

 ド胆を抜かれっぱなしの神が気の毒になってきたコバルトだが、フォローを入れる暇は無かった。神は壁面を強く蹴り、宙に身を躍らせる。

 突然の方向転換にも、ゴーレムは正確に標的を追尾した。

 すると、待っていましたとばかりに爆発呪文を炸裂させる神。

 互いに足場のない空中にいる状態であれば、どちらも踏ん張りが効かず、それぞれ別の方向に吹き飛ばされる。今度こそ距離を取って、勝負を仕切り直すつもりだったのだが──。

「なっ!?」

 こちらと全く同じタイミングで発動されたのは、攻撃魔法を跳ね返す《魔鏡》の呪文だった。それも、発動した《魔鏡》は二枚。位置はゴーレムの後方とコバルトの前方である。

 爆風に背を押されたのはほんの一瞬。次の瞬間には《魔鏡》に跳ね返された爆風を真正面から浴び、同じく爆風を浴びたゴーレムと再接近する破目になった。

「く……こんのおおおぉぉぉーっ!」

 風を操作して強引に体勢を立て直し、どうにか空中戦に対応する。が、相手の仕掛けにまんまとハメられた形だ。戦いそのものは互角でも、精神的な『やられた感』は拭えない。

 落下しながらの空中戦から、再び地上戦へ。

 この時点で、ピーコックの狙いは明確だった。

 ゴーレムの長所は疲れと痛みを知らないこと。対してこちらは生身の人間。神の加護を受けているとはいえ、スタミナにも精神力にも限界がある。時間経過と共に、コンディションは確実に悪化していく。こちらが入れたダメージは間違いなく蓄積しているはずだが、それでも構わず強引に押し続けているのは、呼吸が続かなくなるタイミングを狙っているからに違いない。

 こちらの体力が尽きるのが先か、ゴーレムが行動不能に陥るのが先か。自分の目が見ている光景なのに、どこか遠くから映画でも見ているような、奇妙な感覚がある。

 しかし、他人事ではない。

 生まれついた種族、体格や体質、才能や技能、年の差──これまでの自分であったら、あらゆる言い訳を駆使してピーコックとの真っ向勝負を避けていたに違いない。けれども今はもう、そんなことは出来なかった。


 胸の中で炎が燃えている。

 弱々しく、燻るだけの火ではない。

 身を焦がすほどの業火の中で、己の魂が叫ぶのだ。


 思うがままに戦え──と。


(代わってください。攻撃パターンを変えれば、相手の策を潰せます)

 想定外の申し出に、神は心の声で問い返す。

(変えるって、どうやって? 距離も取らせてもらえないのに)

(取ろうと思えば取れますよ。ピーコックの性格を知っていれば、いくらでも)

(何か考えがあるってコトだね? じゃ、いいよ。返す。でも、危なそうだったら強制的に乗っ取るからね?)

(はい。そのときはよろしくお願いします)

 三、二、一とカウントし、二人は身体の制御権を入れ替える。

 その刹那、コバルトは神にもピーコックにも想定外の、トリッキーな技を発動させた。

「《バスタードドライヴ》!」

 既に同じ呪文で強化済み。もうこれ以上の加速はできない。

 一瞬はそう思った神も、次の瞬間、コバルトの魔法の意味を理解する。


 移動速度が強化されたのは、ゴーレムのほうである。


 本人が意図せぬ超加速により、ゴーレムは身体制御を誤った。

 大きく踏み込んだ勢いで前方に十メートル以上駆け出す格好になり、その数秒間は、姿勢制御を行うだけで手一杯の状態となった。

 真逆の方向に駆け出すコバルト。

 コバルトの意図を汲み、圧縮空気の壁でゴーレムの足止めを図る神。

 この連携は上手く決まり、充分な距離と時間を稼げた。神は直ちに防御結界を構築し、コバルトに回復魔法を掛ける。

 コバルトは呼吸を整え直し、上がりすぎた体温を下げるべく、ボディスーツの襟元を開けた。

 ゴーレムは結界にタックルを食らわせようとしたが、そのタイミングで《バスタードドライヴ》を解除され、急激に失速。アタックのタイミングを外され、結界の手前で無様に転倒した。

 ひとまず、ここで勝負を仕切り直すことができた。だが、問題はここからだ。

 戦闘用ゴーレムの破壊力であれば、この程度の防御結界は数分以内に打ち破ってくるだろう。そこから先の戦い方をきちんと組み立てておかねば、先ほどまでと同じく、泥沼の消耗戦を強いられることになる。

「……神よ。ここから先は、いかが致しましょうか?」

(仕切り直せたおかげで、今はこちらが優勢だね。ゴーレムの修復には一度術式を解除する必要があるけど、術者の体力も精神力も、もうそんなに残っていない。シアン君がかなり削ってくれている)

「それでも、長引けばまた……」

(うん。体力的にきつくなる。クールダウンの暇もくれないだろうね)

「ならば速攻あるのみ……ですよね?」

(そうだね。そこで相談なんだけど、君、僕のこと信じてくれる?)

「はい?」

(ゴーレムの攻撃は僕が防ぎ切る。だから君は、回避も防御も考えず、「気でも違えたか?」ってレベルで攻撃に集中してほしい。本当に、どんな攻撃に対しても)

「それは……真正面からのテレフォンパンチも、『無視して通常攻撃』で行けと?」

(うん。それで行けるように、全部僕が弾くよ。僕が風で攻撃の軌道を逸らすの、もう何度も見てるでしょ? 僕が身体の制御権を持つと、回避と防御はできても、攻撃まで手が回らないんだ。けど、君が攻撃を担ってくれるなら、それ以外をサポートするのは何も難しくない。君が僕と同等の速度と踏み込みで攻撃してくれれば、充分勝ち筋のある話なんだけど……どう?)

 どうかと訊かれて、できないと答えるほど腰抜けではない。コバルトは口元だけで小さく笑うと、こう答えた。

「僕のタイミングで行かせてもらいますよ?」

 声なき声で、神が相槌を打つのが感じられた。

 結界が破られるまで待つことも考えたが、それで温存できるのは体力だけだ。いつ破られるかとヒヤヒヤしながら待つくらいなら、精神的な余裕がある今のうちに、自分から打って出たほうがいい。

 フッと強く息を吐き、それから胸いっぱいに空気を吸い込む。


 駆け出すコバルト。神はタイミングを合わせて、結界を解除する。

 幾度目とも知れぬ最接近、ゼロ距離の攻防。


 神は宣言通り、ゴーレムが繰り出すすべての攻撃を徹底的に弾いている。まるで拳法の達人が、相手の攻撃をいなして逸らすように。目には見えない空気の拳が、コバルトに向けられるあらゆる攻撃を防ぎ切っていた。

 これが神の力かと、驚いてばかりもいられない。コバルトは既に知っている。自身の肉体の限界は、自分で考えているよりずっと上であると。神に操られていたときの動きを思い出し、いつも以上の速度と踏み込みで攻撃に徹する。

 戦闘用義手から繰り出されるパンチは成人男性の平均値をはるかに上回る。条件さえ整えば、最大出力は一千キログラム超。並みの人間なら頭部が吹き飛び、頑健な大型魔獣でもほぼ即死するほどの威力だ。通常の防御魔法は五百キログラム程度の打撃しか想定していないため、コバルトの『本気の一撃』でぶち抜けない防御魔法は最上級呪文くらいである。

 ピーコックのゴーレムに掛けられている防御魔法も、ご多分に漏れず、おおよそその程度の水準であったらしい。炸裂音と共に防御魔法が破られ、ゴーレムの左肩が粉砕される。

 宙に舞った左腕が地に着くより先に、畳みかけるように魔弾を連射。態勢を整え直して、左ストレートをもう一発。

 右胸にヒットしたパンチは、ゴーレムの胴に大穴を穿った。

 ふらつくように倒れるゴーレム。

 並みのゴーレムならばここで機能停止に陥るが、術者はピーコックである。そんな素直な術式を構築しているはずは無い。コバルトは油断することなく、魔弾による攻撃を続けた。

 すると、案の定だ。

 中破以上の損壊で起動する、『奥の手』が仕込まれていた。


 火焔系強化魔法、《火装》の発動。


 これは全身に炎の鎧をまとい、攻撃力を上げる魔法である。氷や風と違い、炎は触れただけで致命的な火傷を負わせる。同系強化魔法の中では、電磁系の《雷装》に次いで攻撃力が高い。

 全身に炎を纏っての特攻。これなら小回りが利かなくなった中破以降でも、問題なく攻撃が続けられるというわけだ。

 大きく燃え上がる炎に一瞬は怯んだコバルトだったが、頭に響く神の声は冷静だった。

(大丈夫だよ。移動速度に変化はないし、片腕を無くして体軸が狂っている。まっすぐ走れないゴーレムの突進なんて、脅威でも何でもない。ここから先は中距離を維持して、魔弾による攻撃に専念しよう)

 小さく頷き、コバルトは攻撃を続けた。


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