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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)5.3 < chapter.7 >

 コバルトへの対応はゴーレムに任せ、ピーコックはシアンの抑え込みに奮闘していた。

 シアンとコバルトの側から見れば、精神操作や戦闘用ゴーレム、複数系統の攻撃魔法を自在に使い分けるピーコックは、ラスボス同然の『強すぎる敵』である。だが、ピーコックも人間だ。一人で二人を相手にするのは精神的負荷が高く、魔力と体力の消耗も激しい。ピーコックの側から見れば、シアンとコバルトのほうこそ『厄介すぎる敵』であった。

 特にシアンは、ピーコックの最大の売り、幻覚魔法が効きづらいという困った特性があり──。

「そこだっ!」

「っとぉっ!?」

 的確に突き込まれる風の刃。間一髪の回避動作も、シアンの目には『まだまだ余裕で遊んでいる』ように映るのだろう。が、実際はギリギリだ。ド根性でポーカーフェイスを保っているだけで、遊ぶ余裕など欠片も無い。

 幾度目とも知れぬ《万華鏡カレイドスコープ》の発動。数十体の分身体の出現により、シアンはほんの数秒間、本体の位置を見失う。けれども本当に数秒だ。すぐまた本体を見つけ出し、本気すぎる『必殺の一撃』で心臓を狙ってくる。

 なぜシアンに幻覚が効きづらいのか、理由はさっぱり分からない。以前から効きづらいことだけは分かっていたが、他の隊員が使う幻覚や幻聴には、しっかり掛かって騙されてしまうのだ。ということは、幻覚耐性のような特異体質ではなく、ピーコックとシアンの間だけで作用する、なんらかの相性的な問題と思われるのだが──。

「前から気になってたんだけどさあ、君に幻覚が効きづらいのって、どんな理由だと思う?」

 いかにも余裕がありそうな、不敵な笑みと甘い声音。

 ピーコックは《万華鏡カレイドスコープ》を使い、シアンの背後から、そっと抱き着くように手を回す。

 さすがにシアンも、明らかな幻影と分かるこの分身には反応しない。

「今更ですよ、先輩。俺の前で、最初に幻覚魔法を使ったときのことを思い出してください」

「ん~? 最初……最初って……あれ? もしかして、学生時代まで遡っちゃう感じ?」

「ええ、おそらく、先輩が思い出しているその日です」

「その日……ねえ?」

 耳元で囁かれる甘ったるい声には、わざわざ吐息を吹きかけるような幻覚効果まで上乗せされている。


 耳に吹きかけられる吐息も、優しすぎる抱擁も、すべては幻。

 ここにピーコックはいない。

 本体はかなりの距離を取って、体力回復のついでに次の手を考えているはず──。


 シアンは冷静にそう考えていたが、ピーコックの質問は時間稼ぎではない。本気で答えを知りたいと思っていた。

(ん~……最初の幻覚って、アレだよなぁ……?)

 常に対等な口調で会話するシアンが、自分を先輩と呼び、敬語を使うとき。それは非常に限られたシーンである。

(学生時代のノリで会話する必要がある? 教える側と教えられる側の関係? いや、でも、幻覚を見破る方法なんて教えた覚えは無いし……?)

 ピーコックのほうが一つ年上。部活動や委員会活動での接点は無く、下の学年と会話する機会は限られていた。だが、二人は強制的に出会わされた。出会わざるを得ない『事情』が、既に造り上げられていたのだ。


 その『事情』とは、貴族の喧嘩に決着をつけるための、平民を使った代理決闘だった。


 シアンが入学して間もないころ、二人は人気ひとけのない旧校舎裏に呼び出された。断ることも、無視することも出来なかった。なぜなら二人は、喧嘩中の貴族の、それぞれの領地の出身者だったからだ。領主様の息子に逆らうわけにはいかない。が、他人の喧嘩のとばっちりで、どうして名前も知らない他学年の生徒と殴り合いの勝負をせねばならないのか。双方、言いたいことは山のようにあった。しかし、ここで領主の息子の機嫌を損ねれば、自分以上に家族が危ない。馬鹿貴族のお気持ち次第で、どんな嫌がらせを受けるか分からない。平民の二人には、『本気で殴り合う』以外の選択肢が与えられていなかった。

 ピーコックがその日のことを思い出すのを待つように、シアンはやや間をおいてから話を続けた。

「あのとき先輩は、《万華鏡カレイドスコープ》を使って俺と先輩、二人分の幻影を作り出しましたよね?」

「ああ……幻影同士を殴り合わせて、その隙に逃げたよな……?」

 同時に発動させた《隠匿魔法ステルストーン》で姿を消して、シアンの手を引いて物陰に隠れた。その後は物陰から幻影の操作を続け、互いの幻影が血まみれのボロボロになるように、まったく互角の泥仕合を演じさせた。

 対戦開始から十分以上が経過し、幻影の二人は、もはや致命傷に近い怪我を負っていた。しかし、それでもなお、二人は手を緩めること無く激しく殴り合う。するとどうだろう。その戦いのあまりの凄惨さに、貴族の息子たちのほうがその場を逃げ出してしまった。軽い怪我なら揉み消しも誤魔化しも利くが、後遺症が残るような怪我では、決闘を命じた自分たちの立場も危ういと考えたのだろう。

 馬鹿貴族とその取り巻きが立ち去った後、二人は顔を見合わせて爆笑した。青ざめたあの連中の顔が、どうにもおかしくてたまらなかったからだ。

 本当はその時、ちゃんと名乗り合って、仲良くなりたいと思った。けれども、それをやったらすべてが台無しになる。自分たちは本気の殴り合いをして、『顔も見たくない相手』になったのだ。少なくとも表向きはそういう事にしておかねば、騙されたと気付いた貴族たちから、なんらかの報復を受けることになるだろう。

 二人は手短に話し合い、在学中は二度と口を利かないこと、もしもその機会があるとしても、仲の悪い先輩・後輩を演じることを約束した。

 そして互いの顔を一発ずつ殴り合い、二人揃って保健室に行き、『喧嘩で怪我をした事実』と『治癒魔法を受けた事実』を作り上げたのだ。

 既に現場を離れた貴族たちを騙すには、その二つで十分だった。後日、馬鹿貴族の取り巻きから口止めを約束させるための接触があったが、それ以後は問題発覚を恐れたのか、一切の接触は無かった。


 たった一日、一時間にも満たない出来事。

 けれどもそれは間違いなく、二人の関係とその後の人生を決定づける、絶対的な出来事だった。


 それは分かる。

 分かるのだが、しかし。

「幻覚魔法が効きづらい理由……には、なってなくない?」

「いいえ。十分すぎる理由ですよ?」

「なんで?」

「俺が幻覚を破れるのは、魔法で脳の状態異常を上書きしているからです。魅了系の精神操作は、既に好意を持っている相手には効きません」

「……ん? あれ? もしかして俺、告白されてる? シアンてそっちの趣味だっけ?」

「あ、いえ、そっちではなくて、ですね。なんというか……人として、好きになっていたんですよ。手を引いてもらった、あの瞬間から。この人とは、もっと仲良くなりたいな……と。本当はちゃんと学生時代に、貴方を『先輩』と呼びたかったのですが……」

「あぁ~っとぉ~……それ、もう少しさ、こう……バリバリ青春してる二十代のころに聞きたかったんだけどなぁ~……」

「すみません。恋愛以外の『好き』を真顔で表明できるようになるまでに、二十年ほどかかりまして……」

「ま、分かるよ? 分かりすぎるほど分かるけど! もうオッサンじゃん、俺たち!」

「はい。ちょっと……いえ、かなり、青春するには心がしんどい……ですよね?」

「ホントにな! さすがに俺も表情作るの忘れるわ! 恥ずかしい! 昼間の変態ダンス以上の恥ずかしさだぞ!?」

「あ、そこ!」

「そこ?」

「そういう、たまに素が出るところも含めて、先輩が好きです……」

「ヤ、ヤメロ! はにかむな! なんてひどい精神攻撃だ!」

 余裕の笑みで耳に吐息を吹きかけていたピーコックの幻影も、本人の心の乱れを反映して、赤面しながらおたおたと落ち着かない挙動を見せている。

 が、そんな状況でも、なおも二人は『交戦中』である。困ったことに、彼らは根っからの戦闘種族だった。相手を心底好んでいるからこそ、全身全霊で戦い、互いの本気を認め合いたい。自分の力のすべてを知ってもらいたいし、相手の全力も限界も知りたい。心の底からそう思う男たちだった。

 ピーコックは髪をぐしゃぐしゃに掻き回して「うあ~っ!」と謎の雄叫びを上げると、自分の頬をパチンと叩いた。

 それだけでもう、彼は『いつものピーコック』に戻っている。

「……じゃあさぁ、シアン? そんなに俺が好きなら……」

「ええ……胸をお借りしますよ、先輩ッ!」

 戦闘再開──否。

 これこそが、真の意味での戦闘開始だった。


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