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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)5.3 < chapter.6 >

 神が返答した直後、世界が組み変わった。

 地面に敷き詰められていた石材が次々に浮かび上がり、見る間に巨大な壁を作り上げていく。空中戦や立体移動を想定してか、いたるところに階段状の足場、吊り橋状の通路が用意されていた。

 壁に囲まれたフィールドは左右対称、縦横百メートルほどあるだろうか。基本的には開けた平面だが、所々に遮蔽物となる石柱が用意されている。スポーツ雪合戦のバトルフィールドに、立体移動可能な壁面が加えられたような雰囲気だ。

 誰もがこれで終わりだと思ったのだが、創造主のフィールド形成はまだまだ続く。一通りの形が組み上がると、石材だったはずの地面が草地に、石柱が立ち木に変化した。石の壁は耐熱セラミックタイルへ。階段やその他の足場も、炎や衝撃に耐えられる物質構造へと書き換えられていった。

「……あの、主様? 人間相手で、こんなに念入りに……?」

 神の問いに答えるかのように、創造主は更なる創造と書き換えを行う。


 『器』として使用中のシアンの装備が、大袈裟すぎるほどに強化された。


 見た目はごく普通の革のボディスーツだが、最強の防御魔法とされる《白金の鎧》をも超える、魔法呪文の完全無効化術式が掛けられている。

 右手に風属性魔法が付与された大型コンバットナイフ。

 左手には腕に固定された小型盾と、手のひら中央に超小型の魔弾射出装置。

 首、背骨、腰回りの急所を覆う形で後付けされていく硬質パーツは、人界に存在するどんな物質とも違う。

 顔の半分を覆い隠すゴーグルはナビゲーションシステム付き。

 後頭部から側頭部に密着したヘッドパーツは、どうやら聴覚のブーストシステムであるらしい。

「なんだコレ……って、君も!?」

 神が視線を向けたのはコバルトである。

 ベッドから剥ぎ取ったシーツを被っていたコバルトも、いつの間にか同じ装備に着せ替えられている。

 しかも、だ。

 神本人の意思とは無関係に、二人はこの瞬間、胎児期に改造を施した人間と同等の性能を持つ、『神の器』として造り替えられていた。

「主様!? もしかして、どちらかを選べということでは無く……!」

 思いつく限りの強化をすべて施した戦闘のプロ二人がかりで、ようやく対等の勝負になる。創造主の行動から読み取れるメッセージは、間違いなくそういう事である。


 なんでうちの祭りに、こんなヤバい連中が来ちゃったんだろう──?


 そんな思いで世を儚み、次のアクションを待つ神。

 するとほどなく、大問題の『強敵さん』が現れた。

「《メギドフレイム》!!」

「っ!?」

 初手から放たれる最大技。

 自分の位置を知られる前に情け容赦ない強火力の範囲攻撃を仕掛けるのは、戦術としては非常に理に適っている。創造主による異常なまでの防御力強化は、この攻撃を予測した上で用意されたものであろう。

 創造主のコスチュームは見事この攻撃を防ぎきり、シアンのカウンターへと繋がる。炎に視界が遮られ、ピーコックの正確な位置は掴めていない。が、攻撃が放たれたおおよその方角は分かっている。シアンはその方向に向かって魔弾と《真空刃》を放っていた。

 目に見える魔弾と、肉眼では視認しづらい風系魔法の同時使用だ。普通の敵であれば、魔弾を避けた先で《真空刃》の直撃を食らい、行動不能に陥ったことであろう。

 けれども相手はピーコックだ。シアンの能力を知り尽くしたチームメイトは、火焔攻撃と同時に《魔鏡》を展開していた。

「おやおや~? 読みが甘すぎないかなぁ~?」

「くっ……!」

 この《魔鏡》は、シアンのカウンターアタックを想定した返し技である。自分の放った魔法攻撃がそのままの勢いで跳ね返され、シアンの回避は間に合わなかった。

 創造主の防御術式でノーダメージとはいえ、食らった分だけ足が止まる。半秒にも満たないその時間の中で、ピーコックは得意の幻覚魔法を展開していた。


 降り注ぐ大量のガラス片。


 幻覚によって作り出された物と分かっていても、どうしても、視覚情報が防御反応を喚起してしまう。咄嗟に頭上に掲げた盾。がら空きになったシアンの左脇腹に、強烈なミドルキックが極まる。

 が、この瞬間に極まったのはピーコックの攻撃だけではない。

 ピーコックの周到さを知り尽くしたチームメイト、コバルトの魔弾がピーコックを捉えていた。

「チッ! でもさぁ……っ!」

 コバルトにも分かっていた。シアンに当たらないよう、やや離した位置を狙って魔弾を撃った。そのため、攻撃はピーコックの腕を掠めた程度だ。

「甘いんだよ!」

 爆発呪文でシアンを間合いの外に弾き飛ばしつつ、コバルトに向かって真っすぐ突っ込んでくるピーコック。彼の攻撃パターンを先読みすれば、これは幻覚で、全く同じ動作の本物が半歩後ろにいる。防御動作で生じた隙を、的確かつ猛烈に衝いてくるのがピーコックの戦い方だ。

 しかし、それが分かっていても反応せざるを得ない。


 向かってくるこのピーコックが、もしも本物だったら?


 最悪なことに、ピーコックはフェイントに見せかけたストレートな斬り込みも非常に上手い。実際の攻撃が今来ても、一秒後に来ても、同程度に対応できるよう完璧な防御態勢を整える必要があった。

 カウンターは狙えない。次の動作はピーコックの出方待ちとなるが──。

「っ!?」

 コバルトにとっては想定外の攻撃が来た。

 本人ではなく、迫っていたのは戦闘用ゴーレムだった。

「ぐっ! この……っ!」

 繰り出される拳撃の豪雨。戦闘用ゴーレムの重量は自身の体重の五倍以上。真正面からのぶつかり合いで押し勝てるはずもない。足元に向けて魔弾を連射し、反動を利用して跳びすさる。

 敵を見据えてバックステップ。距離を取りつつ追撃に備えるが、ゴーレムはじりじりと接近してくる様子で、積極的に仕掛ける素振りは無い。

 初手はピーコックによる手動操作、それ以降は自動制御、といったところか。ピーコック一人でシアンとコバルトを相手にするには、この方法しかないのだろう。だが──。

「そうだね……確かに僕は、戦闘要員ではないけれども……ッ!」

 コバルトは身体強化魔法、《バスタードドライヴ》を使う。これは両足に魔法の車輪を装備し、移動速度を引き上げる呪文だ。攻撃、防御共に人間の能力値を上回る戦闘用ゴーレムだが、こちらの攻撃が通らないわけではない。自動制御下で対応可能な速度は時速百六十キロメートル程度。球技のプロなら十分見切れる球速でも、ゴーレムには止めきれないということだ。それを上回る瞬間最高時速で攻撃すれば、物理攻撃も可能である。もちろん、相手も黙ってやられてはくれないだろう。しかし、神と創造主が味方に付いた今なら、多少の無茶でも押し通せる。

「一度やってみたかったんだよね! 君との真っ向勝負っていうのも!」

 左手の盾を前方に突き出し、超加速からのヘッドスライディング。重量のあるゴーレムに普通の足払いは効かない。速度を上げ、運動エネルギーを使ってようやくだ。

 狙い通り、右脚を払われて転倒するゴーレム。その足元を滑り抜け、魔弾を撃ちつつ、ゴーレムが立ち上がる前に追撃を掛ける。

「うおおおぉぉぉらあああぁぁぁーっ!」

 弱めの爆発呪文でゴーレムの体を浮かせ、右手の魔弾射出装置、左腕の戦闘用義手でのゼロ距離射撃&物理攻撃コンボ。地に足がついていなければ、ゴーレム最大の利点、重量を活かした踏ん張りや体当たりは使えない。小規模爆発呪文で絶え間なく攻撃し続けることで、身体を浮かせ、戦闘用ゴーレムの弱点を突く。コバルトが戦闘用ゴーレムと渡り合うには、この方法が最適解である。

 しかし、それでも──。

「……硬い……ッ!」

 攻撃は入っている。

 幻覚魔法の影響はない。

 今は間違いなく、こちらの攻撃が通っている局面だ。

 だが、削れているとは言い難い。このままの攻撃スタイルで戦闘用ゴーレムを行動不能にするには、こちらのスタミナに不安がある。さっさとゴーレムを片付け、颯爽とシアンの加勢に駆け付けたいところなのだが、そう簡単な話ではないようだ。

 戦闘用ゴーレムの防御力・戦闘力を高い水準で維持するには、常に一定量の魔力を送り続ける必要がある。自分がこのラッシュコンボを継続することで、ピーコックの魔力と集中力を低下させることは出来ているだろうが──。

「……嫌だね。本当に嫌だよ、君って男は。僕はね、ほどほどの立場で、ほどほどの仕事をしながら、適当に燻って生きていたかったんだ。それなのに……」

 足りない。

 まだまだ火力が足りていない。

 炎を燃やせと、誰かが囁く。

 空耳のような囁きは日ごとに大きく、明確に、より近く、具体的に聞こえるようになっている。

 最初にこの声を聞いたのはいつだったか、コバルトはよく覚えている。それは、ピーコックとはじめて会った日のことだ。『世界が動き出す』とはよく言ったもので、その日を境に、コバルトの生活は何もかもが変わり始めた。

 先代女王の隠し子という、なかなかに重い自身の身の上。本名と身分を隠すために放り込まれた王立騎士団の中で、コバルトは『ほどほどに優秀な騎士』であり続けた。目立ちすぎず、馬鹿にされるほど低能でもなく、疎まれるほど優秀すぎることも無く、そこそこの愛想の良さで広く浅く人脈を築いて──それは悪く無い暮らしだった。特筆すべき面白さは無くとも、持て余すほどの退屈も無かった。住むところはあるし、食事に困ることも無い。余暇に費やす時間と金は十分にあったし、相対的に見れば、自分は幸せに生きているほうなのだろう。身分を偽っている以上、正式に結婚することは出来なかったが、一応は妻と子と、孫にも恵まれた。不満に思うことなど、何一つないはずだ。

 そう思っていた。

 本当に、心の底からそう思っていたのに、だ。

 ピーコックに出会って、こう感じてしまった。


 この男と一緒なら、もっと本気で生きられる──と。


 一度気持ちが変わってしまえば、世界のすべてが瓦解する。『素晴らしいモノ』がどうでもいい何かになり下がり、『いつもの会話』が向上心の無い怠惰な馴れ合いへと変化する。

 けれども不思議なことに、それと同時に、世界のすべてが極彩色に見えた。それはまるで、色とりどりの宝石を詰め込んだ、最上級の宝箱のようだった。何もかもが光り輝く可能性の塊で、それに気付くことなく生きていた愚鈍な自分にも、生きる意味と、喜びをくれる家族や友人がいる。家族になってくれてありがとう、友達になってくれてありがとう、こんなに良くしてくれてありがとうと、胸の奥から、魂の底から、怒涛の如く感謝が溢れた。

 感動のし過ぎで涙が止まらなくなった。

 精神的な疾患を疑いたくなるほど、毎晩毎晩、あらゆることを思い描いて涙を流した。これが心の病気で無いことは分かっていたが、どういうわけだか、この気持ちを表す言葉が浮かばない。おそらく自分は、この感情の名称を知らないのだ。何も知ることなく大人になり、こんなに年を取ってしまった。そのことが悲しくて、悔しくて──でもそれ以上に、知ることができて、気付くことができて、何もかもが嬉しくて、持て余すほどの喜びにまた泣いた。

 自分の気持ちを明確に言語化できるまで、ずいぶん時間がかかってしまった。

 正直に話したら、世間の誰もが笑うだろう。

 なんてことは無い。


 自分は、生まれてはじめて『夢』を見たのだ。


 ピーコックに出会って、『何か』が変わった。

 鮮烈な出会いも、その後の大波乱も、すべては今に続く布石のように思える。

 彼を追いかけるように情報部への異動願を出し、シアンやナイルに出会った。スカイやターコイズ、ラピスラズリらとコード・ブルーというチームを組むことになって、変わった『何か』は、徐々にはっきりとした形を見せ始めた。

 今なら言える。

 ひどく馬鹿げた夢だと分かっているが、それでも、それが自分の夢なのだろう。

 自分の夢は、この仲間たちと一緒に、みんなで笑っていることだ。そのために必要な場所を、国を、日常を──平和を守りたい。つまるところ、自分は──。




「正義の味方になりたいんだよ、僕は!」


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