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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)5.3 < chapter.3 >

 メロンメロン音頭のスタートから三時間。もうあと数分で、終了を告げる大銅鑼が打ち鳴らされる時間だ。例年この時間になると、パレードの列は自然解散し、優勝狙いの数名が広場で踊るのみとなる。

 しかし、今年の祭りは違った。

「あとちょっとだ! 二人とも! 頑張れ!」

「できる! 俺たちはできる! 俺たちはできる……っ!」

「全員で! 全員で踊り切ろう! 絶対にだ!」

 声を掛け合うピーコック、シアン、コバルト。精神操作魔法も解除され、シアンとコバルトは正気に戻っている。

 彼らは当初の計画通り、ここを『最後の一押し』として、今まで以上の気迫でダンスを踊っていた。過去十年の映像記録を見た限りでは、この時間はグダグダな酔っ払いしか残っていない。ここでキレの良いノリノリダンスを披露すれば、広場の視線は自分たちに釘付け。万に一つの失敗も無く、鮮やかに優勝を掻っ攫える。

 少なくとも、計画段階ではそうだった。

 それなのに、いったいどうしたことだろう。

 三人の周りには、彼らの熱いダンスに感化されたボディービルダー、肥満ダンサー、ニューハーフ、町の男衆がずらりと居並ぶ。

 任務のことなど知らない彼らは、三人が真摯に、ひたむきに踊る姿を見て己を恥じた。

 町長も、この祭りは『奉納舞踊』だと宣言していたではないか。これは儀式だ。神に捧げる、神聖かつ伝統ある踊りなのだ。店の宣伝や悪ふざけで祭りに参加した自分たちは、真剣な思いで祭りに臨む、熱心な信仰者の気持ちを踏みにじっているのかもしれない。自分たちは、なんと恥ずかしいことをしているのだろう。なんと悪いことをしているのだろう。

 そんな思いに駆られ、彼らは一度、その足を止めた。

 けれども、『祭り』という特殊な場がそうさせたのだろうか。彼らは自分でも驚くほど、素直にその思いを口にできた。仲間同士で話し合い、思いを共有し、心を入れ替えることもできた。そこに余計な意地や、対抗意識は無い。とても晴れやかで清々しく、それでいて奮い立つほどに誇らしい気持ちで、再びパレードの列に加わったのだ。

 彼らの心に迷いはない。

 彼らは今、三人と共に、最後まで踊り抜くことを決意していた。

 真摯に取り組み、最後までやり抜く強い意志。他を慮り、尊重する心。仲間との絆。見ず知らずの他人とも熱く励まし合い、生み、育む友情。いくつもの素晴らしい心に目覚め、男たちの顔はこれ以上ないほどに輝き、その肉体は躍動した。

 これはある種の、奇跡とも呼べる光景である。


 が、そんなことは、情報部の三人には関係ない。


(なんで誰も脱落してねえんだよおおおぉぉぉーっ! クッソォォォーッ!)

(ツライ……死ぬ……いや、いっそ殺せ……)

(世界のみんな……僕に……僕に元気を分けてくれ……っ!)

 彼らの体力は限界寸前。メンタルも消耗しきっていた。それでも、彼らは王立騎士団情報部だ。泣き言を漏らさぬよう、徹底的に訓練されている。この程度のことではへし折れてくれないタフなメンタルが、いっそ憎らしかった。

(まだか!? まだ終わらないのか……っ!?)

 終了時刻をとうに過ぎているのに、運営委員会は終了を宣言しない。審査が長引いているのか、はたまた、盛り上がっているうちは止める気が無いのか。


 早くしろ。早く終わらせてくれ。でないと本当に命がヤバイ。絶頂極まり腹上死するならまだしも、腰の素振りだけで果てたくはない。


 三人の胸中に渦巻くのは、これまでの人生において最も巨大で、これ以上ないほどに切迫した危機感である。

 けれども銅鑼は、まだ鳴らない。

 いつまで待っても、鳴らしてもらえない。

 結局、終了が宣言されたのは予定の時刻を十五分も過ぎたころだった。

「終了! 終了でーす! はい! 皆様、お疲れさまでした! このまま優勝者の表彰に入らせていただきます! どうぞそのまま! その場を動かずお待ちくださーい!」

 グワングワンとうるさい銅鑼の音に続いて、性能の悪い拡声器はガーガーピーピーと雑音を織り交ぜながら、運営委員会スタッフの声を広場に届ける。

 三人には──いや、全力で踊り続けたすべての参加者にとって、この声は天から差し伸べられた救いの糸だった。

「やっと……終わっ……」

 倒れ込むシアン。

 しゃがみ込むコバルト。

 その他の参加者たちも、倒れるか、しゃがみ込むかの二択であった。だが、誇り高き負けず嫌い・ピーコックは、それでもド根性で立ち続ける。

「あっれ~? シアンってば、もう限界なのぉ~? 早くな~い?」

 敢えていつもの余裕の笑みで。

 ギリギリ限界でもポーカーフェイスを崩さないリーダーの様子に、シアンは地面に寝そべったまま苦笑した。

「たまにはピーコックがへばってるところも、見てみたいんだがな」

「残念。それが見られるのは、一緒にモーニングコーヒーを飲む美女だけだよ♡」

「言うと思った」

 へへッと笑いながらも、シアンはピーコックの意図を正確に読み取っている。

 終了と同時に全員が倒れるか、座り込むかという中で、余裕の笑みで立ち続ける。これはピーコックが、まだ『戦っている』ことを示していた。審査がどの時点で行われるのか、いつ優勝者が決定するのか定かでない以上、『審査は継続中』と仮定し、強く堂々とした様を保ち続けねばならない。古武術の試合でも、対戦後の一礼を忘れたがために優勝を取り消されることが稀にある。勝負はその最中は勿論、『終わり方』にも気を配るべきなのだ。

「まったく……本当に敵わないねぇ、ピーコックには」

 コバルトも、肩をすくめて笑っている。

 ピーコックの挙動は、万が一にも優勝の決め手が『最後まで立っていること』だった場合に備えての、最終最後のアピールだ。

 それに気付いたコバルトは、シアンに声を掛ける。

「立てそうかい?」

「いや……すまない、無理だ。二人だけで……」

「バーカ。何言ってんだ」

「そうそう。水臭すぎるよ、それは」

 二人はシアンの身体をヒョイと持ち上げ、両側から肩を支えると、まるで自力で立っているような格好で維持。遠目からなら、同じチームの三人がガッシリと肩を組み、優勝者の発表を待っているように見える。

「このお節介どもめ」

「ま、チームですし?」

「男の友情! 強い結束! って感じのほうが、アピール力は強そうだものね」

「さっすがコバルト。よく分かってる」

 実際の審査がどのように行われているのか、それは参加者には分からない。けれども町役場前広場は、既に割れんばかりの拍手に包まれていた。

 率先して手を叩いているのは、三人と共に最後まで踊り続けた男たちだ。

 彼らの視線、表情、行動から、広場に集まった観衆も自然と三人に目を向け、拍手を送る。

「……ピーコック。お前の判断、間違ってなかったようだな」

「君がリーダーでよかったよ、本当に」

 広場の人々の様子を見て、運営委員会の担当者は、三人に向かって歩き始める。

 そしてピーコックの手を取ると、音の割れた拡声器で、優勝者の決定を宣言した。


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