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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)5.3 < chapter.2 >

 翌日、正午過ぎ。彼らはメロンタウンに到着した。中央市からは普通列車で三時間ほど。田舎というほど長閑のどかではなく、さりとて栄えているとも言い難い、なんとも半端な半農の町だ。駅前の案内看板を見る限り、この奇祭と特産品のメロン以外に、特にめぼしい観光資源は無さそうだ。

 メインストリートは交通規制が敷かれ、歩行者天国となっている。町中どこもお祭りムード。三時過ぎから始まる『メロンメロン音頭』が待ちきれず、いたるところで若者がふざけ合い、盛り上がっている。

 パレードの始まりは町役場前の広場から。参加登録は不要。服を脱ぎ、下着一枚になって踊っていれば、それだけでダンスバトルにエントリーしたことになる。

 優勝者が決定するのは午後六時ごろなので、およそ三時間にわたって踊り続けることになる。あまりにも過酷な祭りであるため、例年、最後まで残っているのは数人だという。


 体力には自信がある。

 人目を引きつける所作にも、ダンスのキレにも自信がある。

 問題は、メンタルが持つかどうかだ。


 腰をカクカクヘコヘコ動かし続ける変態踊りを、素面で三時間も踊り続けることは可能なのだろうか。王立騎士団の中でも特に難しい学科試験、実技試験、その他諸々の適性試験をパスしてきた情報部員であっても、この任務に対しては不安以外のどんな感情も湧き上がってこない。

 事前に手配しておいた宿に荷物を預け、衣装に着替えて広場に向かう。この時点で、既に三人は十分すぎるほどに人目を引いていた。美男と名高いコバルトは、服を着ていようといまいと、いつでもどこでも、嫌でも注目されてしまうタイプの人間である。しかしシアンとピーコックはそうではなく、普段はそれほど注目されない。なぜならば、彼らは自身の『見せ方』を変えられるのだ。

 目立つつもりがなければ、どこまでも平々凡々、何の取柄もなさそうな『地味な人』になり切る。しかし、ひとたび人目を引く必要が生じれば、彼らは気配をガラリと変える。

 凛とした空気を纏い、洗練された所作と涼やかな横顔で人目を引くシアン。

 その前を往くピーコックは、コバルトともシアンとも違う、独特な魅力を振り撒いている。

 柔和な面差しからは想像しがたい、くっきりと割れた腹筋。筋肉質でありながら、力強さよりも優美さを思わせるしなやかな身のこなし。すっきりとしたS字曲線を描きながらも、背中の肉は十分に厚く、男らしさと頼もしさを感じさせる。程よく盛り上がった胸筋も、引き締まったハムストリングも、異性・同性を問わず、性的に意識せずにはいられない強烈な色気を漂わせる。

 いっそ目の毒とも言える魅力を惜しげも無くさらけ出し、堂々たる足取りで道を行くピーコック。何故そんなことをするかと言えば、その理由はただ一つ。バカ騒ぎが始まる前に自らを印象付けておくことで、少しでも優位に立とう魂胆である。

 願わくは、今この場で友人・知人に出くわさんことを。

 内心ヒヤヒヤしながら広場に出た三人は、想定外の事態に直面した。


 ボディービルダーの一団がいる。


 絞りに絞った、黒光りする筋肉。完全無欠のポージング。ただでさえ『圧』の高いマッチョが、揃いのコスチュームで十五人。肉体的アピール力では完全に負けている。

「あ……あんな連中が来ているのか……!」

 シアンは思わず後退った。

 ボディービルダーたちは、太腿に『ゴールデン・マッスル・ジム』というボディーペイントを施している。ゴールデン・マッスル・ジムは中央市最大店舗数を誇るスポーツジムである。この祭りにボディービルダーを十五人も送り込んできたということは、近いうちに、メロンタウンにも新店舗をオープンさせる計画なのだろう。

「く……どうするピーコック。作戦を練り直すか……?」

 不安げに問うシアンに、ピーコックは余裕の笑みを見せる。

「大丈夫。ボディービルダーの筋肉は『見せる筋肉』だ。はじめのうちは全部持っていかれるかもしれないが、どうせ最後まで踊っていられない」

「そ、そうだな? 最後まで踊り続けなければいけないんだから……あっ!」

「ん? どうした?」

「あっちにも、とんでもないチームが……」

「なっ……あれは手ごわそうだな……」

 視線の先にいるのは、体重百五十キロはありそうな肥満男性のチームである。十二人分の揺れる腹肉が与える視覚的インパクトは絶大。自重に対する膝関節の耐久性は未知数だが、彼らが最後まで踊り続けられるとすれば、こちらの勝ち色はかなり薄くなる。

 と、広場を見渡していたコバルトが、ピーコックの肩を叩いた。

「あっちにも、相当ヤバイのがいるよ……」

「え? うわっ!?」

「あいつらまで来てるのか……っ!」

 ピーコックとシアンは、思わず声を上げてしまった。なぜならそこにいたのは、『フェアリーちゃん御一行様』だったからだ。

 中央市内で最も名の知られたニューハーフパブ・フェアリー。店内では接客キャストとショーダンサーを『妖精フェアリーちゃん』と呼称する。キャストごとに決まったカラーのドレスを身に着け、パール光沢に輝く妖精の翅(※ビニール製のコスプレグッズ)を背負っていることで有名だ。

 彼らは日常的にダンスショー、ショートコント、一発芸、掛け合い漫才などを演じている。楽器の生演奏や有名歌手の物真似カラオケも、ニューハーフパブ・フェアリーの得意演目である。

 常日頃からステージで踊り慣れている以上、スタミナの配分を間違えるとは思えない。客のあしらいは達人級で、衆目の視線に対し、一切の恥じらいがない。その威風堂々たるハジケっぷりは、この祭りにおいて最大のアドバンテージとなる。


 今年の祭りはレベルが高い──ッ!


 三人はほぼ同時に、まったく同じことを思った。けれども、いまさら何をどうすることもできない。広場中央の特設ステージでは、町長が開会のスピーチを始めている。

「皆さまこんにちは! 毎度おなじみ、町長のホウサック・マックワウリーでございます! 町外からお越しの皆さまも、ようこそメロンタウンへ! これから開催されるダンスバトルは、この町を守護する神、イワイヌシ様への奉納舞踊でございます。基本的には、町中をパレードしながら、自由に踊っていただいて構いません。ですが、なにぶんこれは奉納舞踊、重要な神事のひとつでございます。くれぐれも、神前に晒してはならないイチモツの御開帳はお控えいただきたく存じます! よろしいですか?」

 町長がそう訊ねると、町民たちが「オッケーでーす!」と返している。

 が、町長は首を横に振る。

「返事に元気がありませんねぇ。フニャフニャのヘロヘロです。もっとビンビンな感じで、もう一回。……よろしいですかァーッ!?」

 どうやらこれは、毎年恒例のお約束トークであるようだ。町民も旅行者も、大きな声で「オッケーでーす!」と返している。

 この返事に、町長は満足げに頷き、両手を挙げる。

「それではこれより、奉納舞踊曲、『メロンメロン音頭』を奏上いたします! ミュージック、スタートォォォーッ!」

 ドン! ドドドンッ! ドドドンッ! ドン! ドン! ドーン! と、リズミカルに大太鼓が打ち鳴らされると、それに続いて笛、トランペット、マンドリンの演奏が始まった。

 繰り広げられる奇祭の情景。

 黒光りするマッチョの集団が、腹の肉を揺さぶる肥満ダンサーチームが、背中に翅を背負ったフェアリーちゃん御一行様が、一斉に卑猥な踊りを披露し始める。

 当然、町の男衆も負けていない。毎年踊っているだけあって、こなれた安定感がある。目新しい刺激は無くとも、ベテランの余裕は見る者に安心感を与える。無理に奇抜な技を織り込もうとしない分、踊りとしての完成度が高いのだ。その上地元男衆は、他所者への対抗意識から、開始早々に全力パフォーマンスを披露していた。ウカウカしていたら、ノーマークの町民に負ける可能性もある。

 シアンとコバルトは何かを決意したような目で見つめ合い、頷き合う。

 そしてピーコックにこう言った。

「俺たちに精神操作を。正常な意識では、この戦いに勝てない……っ!」

「頼むよ、ピーコック。できるだけ強めに……ね?」

 二人の真剣な眼差しに、ピーコックは、首を縦に振ることしかできなかった。




 彼らがここにやってきた理由は、「任務だから」である。露出癖でもお調子者でもない人間には、腰にぐるりと鈴をつけ、チリン・チリリン・シャンシャン・カラコロと、陽気な音を立てながら褌一丁で町を練り歩く動機は存在しない。

 そして任務だからこそ、それを命じた側は、途中経過の確認を行う。

 彼らの上司、情報部長官のセルリアンは、偵察用ゴーレムから送られてくるリアルタイム映像を見て絶句していた。

 そこに映る光景は、ある意味では地獄そのものだった。


 力強いBGM、有象無象の酔っぱらい、ハイテンションなダンスと飛び散る汗。

 よく言えば勇壮、正直に言えば野蛮で卑猥。

 ただただ男性ホルモン漲るバカ騒ぎの中心に、彼らはいた。


 確かに『メロンの神』との接触を試みよと命令した。手段は任せるとも言った。しかし、この光景はなんだろう。冷静沈着なシアンが狂気の笑みを浮かべ、謎の奇声と共に腰を振って踊り狂っている。大人の余裕と魅力的な低音ヴォイス、二枚目フェイスが売りのコバルトが、ニューハーフのオネエサン達と一緒に裏声全開で下ネタを叫んでいる。

 そしてチームリーダーのピーコックは、町の人々に囃し立てられ、ボディービルダーと尻相撲の真っ最中だ。見た目では『力強い肉体』に思えるボディービルダーだが、その筋肉は実戦用ではない。対してピーコックは、騎士団情報部のエースと呼ばれる男。外見上は一回り細くとも、その筋肉はすべてが戦闘用。尻相撲という非常にシンプルな物理戦において、ピーコックが後れを取るはずもない。今は六人を打ち負かし、七人目との戦いに臨もうとしている。

 だが、ここまでの戦いで何があったのだろうか。ピーコックの身体にも、ボディービルダーの身体にも、「セクシーの権化」「プリティ乳首」「はいココもっと見て!→」「筋肉の神に捧ぐ!」「圧倒的雄尻」「ッパイ業界最高峰」などの文字が書き込まれている。モニターで見た限りでは、全員素面だ。彼らは一滴の酒も飲まずに、どのような心境でこの戦いに臨んでいるのだろう。任務遂行のためなら如何なる辱めにも耐えよと教えた覚えはあるが、これは少々、耐えすぎの感が否めない。あくまでも「そのような心構えで任務に当たってほしい」という思いを込めて発した言葉であって、羞恥プレイを強要する意図は無かったのだが──。

「……ふむ……ナイル。君はこの戦い、どう見る……」

 無言に耐えきれなくなったセルリアンは、苦し紛れに部下に問う。

 けれども返答は無い。部下のナイルには、上司の問いに答えられるほどの、心の余裕が無かったのだ。偵察用ゴーレムを操作しているナイルは、高校以来の大親友、シアンの発狂ダンスを目の当たりにし、絶望的なまでの驚愕を顔いっぱいに張り付けていた。

「そ……そんな……シアンが……シアンが……シアンがあああぁぁぁ~……!」

 これはダメだ。しばらくはメンタルケアのために休ませる必要がある。

 そう判断したセルリアンが机上の端末でナイルの勤務シフトを調整しはじめても、ショックを受けたナイルが、それに気付くことは無かった。画面の向こうで繰り広げられる大惨事に目を奪われたまま、棒立ちで震えている。


 どうにもならない。

 もう、どうすることもできやしない。

 あとはただ踊り、踊って踊って踊り抜き、最後まで踊り続けていられた人間の勝ちだ。


 過酷な戦場に部下を送り出した以上、その奮闘を最後まで見届けてやることが、上司としてのせめてもの務めである。

「……紅茶を淹れてこよう。ミルクでいいかね?」

 ナイルの返事は無い。彼はまだ呆然自失だ。

 拒絶されなかったのだから、了承したということだろう。セルリアンは勝手にそう解釈し、給湯室へ向かった。


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