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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)5.3 < chapter.11 >

 任務を終えて数週間後、自分の関わった任務記録を読み直していたシアンは、何かを思い出したような顔でコバルトに尋ねた。

「なあ、俺たち、この町で漬物の話をしなかったか?」

 訊かれたコバルトも、何かを思い出したような顔で答える。

「倉庫の味噌樽の話もした気がするねぇ?」

「ピーコックもいたよな? たしか、タケノコ掘りの話題もあったような……」

「うん……でも、おかしいね。ピーコックは神殿に泊まっていたのに、そんな話をどのタイミングで……」

「昼間は祭りの話しかしていないし、優勝者が決定した後は、落ち着いて話す余裕なんて無かったし……?」

「翌朝はそんな話、していなかったよね。帰りの電車では寝ていたし」

「……俺たち、何かを忘れている気がしないか……?」

「する。忘れているというより、何か、その部分だけ記憶がスコンと抜けているような……」

 二人が揃って首を傾げたとき、任務に出ていた仲間がオフィスに戻ってきた。

「シアン! コバルト! たっだいまぁ~!」

「お土産買ってきたぞーっ! ほいっ!」

 シアンの頭に土産の菓子折をいくつも乗せていくラピスラズリとターコイズ。

「ねえねえシアン! これ可愛くない? 可愛いよね!? 鮭型巨大半魚人に食われる熊!」

 菓子折の上に、さらに木彫り熊を乗せるナイル。

「ただいまシアン。相変わらず体幹強いね……フフフフフ……どこまで耐えられるかなぁ~♪」

 動けない状態にしたうえで、シアンの脇腹をつついて遊ぶピーコック。

「ただいま戻りました。あの、リーダー? さすがにそれはやりすぎなのでは……?」

 性格の悪いリーダーにドン引きするアズール。

 そんな仲間たちを見て吹き出すコバルトと、つられて笑い、ついに動いてしまうシアン。

 いつも通りのやかましいバカ騒ぎを聞きつけ、奥の部屋で作業していたスカイやサクソンらも顔を覗かせる。




 コード・ブルーのメンバーが勢揃いしたオフィスの様子は、神々の目にはとても微笑ましく、同時にひどく不穏なものとして映っていた。

 彼らは今、ギリギリのバランスで『善』の側にいる。誰が欠けてもバランスは崩れ、必ず世界に牙を剥く。彼らはそういう運命の元に生まれ、それに気付かず生きているのだ。これは何度世界をやり直しても、絶対に逃れられない運命であるらしい。

 創造主はリセット&リトライされた全ての並行世界を知っている。その情報の一部は地上の神々にも共有されているが、それでもまだ、彼らを救うことは出来ていない。

 何も知らない人間たちはいそいそとコーヒーを淹れ、土産の菓子を分け合っていた。

 彼らは賢く勇敢で、善悪の判断を誤ることのない芯の強さも持ち合わせている。苦難も喜びも、「仲間と分け合うこと」が最適解と知っている。それなのに、いざ『その時』になると、すべてを一人で背負おうとしてしまう。


 何度トライしても救えない、世界の敵の候補者たち。


 メロンタウンの神・イワイヌシは、『神の眼』で彼らを眺め、世界で一番大きな溜息を吐いた。

「主様……だからって、僕まで巻き込まないでくださいよぉ~……」

 これまでに参戦した神々では、彼らを救うことができなかった。だからこそ創造主は、新たな戦力としてイワイヌシを参戦させた。だが、それでもまだ足りないらしい。


 運命の振り子は不安定な挙動で、デタラメな曲線を描き続ける。

 未来の絵図は、未だ完成の気配すら見せていない。


「……忘れさせちゃって、良かったんですよね……?」

 神の問いに、創造主は答えなかった。

 シアンとコバルトを守るにはそうするしかないのだが、これではピーコック一人に負担を押し付けることになる。本人も納得はしていたが、心のダメージは身体の負傷よりも質が悪い。完治することなく蓄積し、いつか必ず、取り返しのつかない事態を引き起こす。この件でピーコックの心が善悪どちらに振れるか、仲間たちはどう反応するか、それは神にも予想できなかった。

「その……本当に、完全消去でいいんですか? 彼一人に背負わせたら、これまでと同じことになるのでは……?」

 創造主は答えない。が、否定されないのなら、このまま進めということなのだろう。

 イワイヌシは大袈裟に溜息を吐き、それから頭を振った。

 延べ数百柱の神的存在が挑んだ『世界の救済』は、数千年単位でのリセット&リトライによって、どうにかこの時間軸までたどり着いた。今のところは、どうにか良い方向に導かれているようだが──。

「……バアルめ。あのクソ野郎、超絶面倒臭い問題を残していきやがって……」

 『神殺し』が呟いたその言葉は、誰の耳にも届くことなく虚空に消えた。

 そして打たれる柏手ひとつ。

 安物の土産菓子を頬張るシアンとコバルトは、直前まで交わしていた会話を忘れ、もう二度と、その内容を思い出すことは無かった。しかし、それでも──。

「……主様? 記憶を消しても、心の火は消せませんけど……これ、本当に大丈夫ですか……?」

 神の眼に映る魂の光。

 二人の胸に宿った心の火は強く、激しく燃え上がり、周囲を明るく照らしている。

 それはシアンとコバルトだけではない。幾度も繰り返された世界規模でのリセット&リトライ。その中でコード・ブルーの面々は、ピーコック以外の全員が『神の器』レベルの光を手に入れていた。


 まばゆい光の只中で、たった一人、『ごく普通の人間』であり続けるピーコック。


 彼を人間以外の何者にもしないため、頑なに可能性を断ち続ける創造主の行為。それは優しさゆえのことだろう。けれども、創造主よりも、他のどんな神よりも『ヒトに近い心』を持つイワイヌシには、その危うさが分かっていた。

 普通であることを望まぬ者に『ごく普通の幸せ』を押し付けてみたところで、上手く収まるはずもない。




 イワイヌシの吐いた溜息の意味を、創造主は知らない。

 視線の先のコード・ブルーオフィスは、束の間の平穏と笑い声に包まれていた。


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