そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)5.3 < chapter.10 >
翌朝、シアンとコバルトは神殿に泊まったピーコックを迎えに行った。
すると神官たちは、彼らが来ること、それがこの時間であることを知っていたかのような素振りで二人を招き入れ、調度品が一つも置かれていない、奇妙な小部屋に案内した。
真っ白に塗られた壁、床、天井。
照明器具の類は何も無く、東向きの窓から差し込む朝日だけが室内を照らす。
何か宗教儀式的なことをしてからでないと、ピーコックに会わせてもらえないのだろうか。
そう思った二人に、高位の神官らしき人物が声を掛ける。
「朝日に向かって、『神の器』となられた方の名前をお呼びください。本来であればご家族の方が『魂呼び』を行いますが、神に伺いましたところ、あの方にご家族はいないそうですので。特例として、あなた方の言霊を用いることをお許しいただけました」
「は? ……あの……?」
「たまよび……とは、何でしょう?」
「神の世界に招かれた者を、こちらの世界に呼び戻す儀式となります」
「……名前を呼べば、戻ってくる……と?」
「はい。これは祭儀のひとつでございます。この儀をもって、本年の豊年祭は終了となります」
「それは、本名を呼べ、ということでしょうか? 我々にとっては、本名以外の名前が『彼の名前』なのですが……」
「そちらについて、神託を賜っております。曰く、『二人にとっての彼の名を。神と世界に喧嘩を売る破天荒なチームリーダーか、品行方正で正義感の強い理想的な好青年か、好きなほうを選ぶといい。君たちが後者を望むのなら、どうにかして性格を矯正しよう』……とのことです」
二人は顔を見合わせる。
どうやらうちのリーダーは、神に喧嘩を売ったらしい。それも、『性格矯正したほうが良ければそうしますけど?』と訊かれてしまうレベルで。
込み上げる笑いをこらえきれず、二人は同時に吹き出してしまった。
「では、呼ぶべき名前は一つしかありません」
「訊かれるまでも無く、だよねぇ?」
「ああ……それじゃ、コバルト?」
「うん。一緒に言おう」
「せーの……」
半ば笑い声で呼ばれた名は、真っ白な小部屋に『奇跡』を起こした。
朝日の差し込む窓辺の景色が揺らぎ、純白と黄金色の光の玉が無数に飛び交う。
それらの光は次第に渦を巻き、一点へと収束。徐々に人の形を作り上げていき──。
「……ただいま。二人とも、昨日はよく眠れた?」
困ったような声で肩をすくめるピーコックだったが、逆光のため、その表情はよく見えなかった。二人の目にはっきりと映ったのは、いつも通りにんまりと笑う、不敵な口元だけである。
「おかえり、ピーコック」
「誰を相手に喧嘩を売ったんだい、君は?」
「何のことかなぁ~? なぁ~んにも覚えてないんだよねぇ~?」
誰の目にも嘘だと分かるスットボケ顔ではぐらかし、ピーコックは話題を流してしまった。
その後、彼らは神殿側が用意した神饌や神酒、大会運営委員会からの記念品と優勝賞品を受け取り、メロンタウンを後にした。
この町の『神』と呼ばれる存在に危険性は無い。調査任務は終了した。少なくとも、人間たちの世界では。
騎士団本部に帰還後、ピーコックは詳細な報告書をまとめた。『夢の中』で神に会ったのは自分一人。シアンとコバルトの記憶が消されている以上、そう記載するよりほかにない。実際には三人で戦い、シアンとコバルトが『神の器』として人体改造を受けているのだが、それは口止めされている。
理由も説明されたし、それに納得もした。
けれども仲間相手に、何も無かったかのように振舞うのはなかなか辛い。
「……ねえ、ヘビ子さん? ちょっと愚痴言っていい?」
自室に戻った彼はベッドに身を投げ出し、右腕の寄生型武器に話しかけた。
右腕に擬態していた寄生型武器は、黒蛇に化けてピーコックの顔を覗き込む。
寄生型武器に感情や思考能力はあるのか、宿主に対する愛着や保護欲は存在するのか、それらの謎は解明されていない。それらしい動作を取ることもあるが、絶対ではないのだ。日によって、状況によって反応はまちまちで、コミュニケーションが成立しているとは言い難い。
それでも、ピーコックは漠然と思っていた。
寄生型武器は、話の通じない寄生虫とは別物だと。
そんな気持ちを汲むかのように、黒蛇はピーコックの首にするりと絡みつき、ピーコックの頬にそっと頭を摺り寄せる。
愚痴って何? 話してみなよ。
まるでそう話しているかのような態度に、ピーコックは笑顔の仮面を外す。
「……ひどいよな。何もかも、無かったことにされたんだぜ。けっこう本気で嬉しかったのに、さ……」
仕方が無いことと、理解はできている。
あの町の神は『神の天敵』を自称した。創造主と呼ばれる存在とも、かなり近しい関係にあることが見て取れた。神的存在の中でも上位にいると考えて間違いない。あの神は、人間を殺さないよう立ち回っていた。だから『あの程度』で済んだのだ。神が少しでも本気を出していたら、自分も寄生型武器も、一瞬で消されていただろう。
そんな神が、いつでもコンタクト可能な状態でそこにいる。
しかもシアンとコバルトは、その神の『器』に改造されてしまった。
この事実を報告書に記載したら、大変なことになるのは目に見えている。誰でもお手軽に『最強の力』を手にできる方法があると知ったら、騎士団は、王立大学は、魔法学研究所は、一体何を考えるだろう。『訳アリ』と承知で寄生型武器を移植するような、人体実験を何とも思わないお国柄だ。過去に幾度となく挑戦した『最強の兵士量産計画』を、再び打ち立てる連中が出て来るだろう。
そうなれば、神と接触した自分たち三人はモルモット確定だ。人権なんてあったものではない。死なない程度に生かされて、連日連夜、わけのわからない実験に使われるに決まっている。
〈これは君たちを守るため。
君ならこの言葉の意味、分かるよね?
君の記憶は消さないけれど、絶対に、誰にも話してはいけないよ。
人間だけじゃあなくて、カミサマにも。
なにしろ僕は、他の神から良く思われていないからね。
僕の『器』になったと知られたら、彼らの安全は保障されない。
でも、君が秘密を守るなら、彼らは今まで通り生きていける。
一人で抱えることが辛くなったら、僕を呼んで。
愚痴なら聞いてあげるから。〉
神の言葉を思い出し、ピーコックは左手で顔を覆う。
シアンと分かり合えたことも、コバルトと本気で戦えたことも、何もかもが『無かったこと』になった。彼らは踊り疲れて宿屋で爆睡し、翌朝までずっと眠っていた。今はそういう事にされている。だから──。
「……ホント、クソッタレだよな……こんな空っぽの世界……」
指の隙間から流れ落ちる雫を、黒蛇は先の割れた舌でチロチロと舐めとる。
慰めているのか、ただ水分に反応しただけか、それすら分からない。
それでもピーコックは笑う。
「何もかも、やり直せたらいいのにな。みんなと出会うずっと前から。もしも……もしも時間を戻せたらさ。俺は……」
するりと首から離れた黒蛇は、身体を伸ばしてベッドサイドの時計を咥える。「時間」という言葉に反応したらしい。
ピーコックはそれを見て、声を立てて笑った。体を起こして時計を受け取ると、それをしばらく眺めてから、そっと元の場所に戻した。
「やっぱりヘビ子さん、人の言葉も理解してるよねぇ? ねぇ? 俺のこと、好き?」
蛇に反応は無い。が、顔を近づけてキスしようとしたら、ヒョイと避けられてしまった。明らかに、何をされるか分かっている動作である。
再びベッドに横たわり、自分を見つめる蛇に問う。
「『俺を殺せ』と命じたら、ヘビ子さんは俺を殺してくれる?」
なにを問いかけても、この蛇は答えない。それは知っていた。だからこそ、こんなくだらないことを聞いたのだ。
けれども、この日は違った。
「っ!?」
蛇は唐突に暴れ出し、ピーコックの横っ面に強烈な頭突きを食らわせた。そしてピーコックの顔を見て「シャーッ!」と短く威嚇すると、すぐに『右腕』に戻ってしまった。
「……え? ヘビ子さん……? もしかして、怒ってる……?」
このあと何度呼びかけても、蛇の姿に変化することはなかった。黒蛇の機嫌が直ったのは、それから何日も過ぎてからである。




