そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)5.3 < chapter.1 >
とある時代、とある世界の魔法の国に、三人の騎士がいた。
彼らは王立騎士団の中でも、特に機密性の高い任務を与えられる『情報部』の所属である。
情報部の主な仕事は王室スキャンダルのもみ消し、貴族間のトラブル仲裁、国家体制を揺るがしかねない重大事案の隠蔽処理など、表沙汰にできない裏工作ばかり。時には拉致・監禁・拷問や暗殺にまで手を染める、騎士団切っての汚れ役だ。
そんな情報部の三人に、今日は珍しく、『表向き』の仕事が舞い込んだ。
「はいみんなー。今日のお仕事はダンスの練習だよー。仲良く楽しく踊ろうねー」
チームリーダー・ピーコックの投げやりな棒読みに、シアンとコバルトは溜息を吐く。
「なんで俺たちが……」
「まあ、踊れなくはないのだけれど……」
乗り気でないチームメンバーに、ピーコックは改めて経緯を説明する。
数週間前、中央市のベッドタウンとして有名なスフィアシティに二体の神獣・青龍と白虎が出現した。そこに神獣伝説は無かった。少なくとも、今そこに暮らす人々に、そのような神話は語り継がれていない。科学的、魔法学的な調査では何の変哲もない『ただの地面』だった場所から突然神獣が現れ、市街地に甚大な被害をもたらしたのだ。
国家の治安維持を担う組織として、このような超常災害を看過できようはずもない。騎士団関係者は王国全土の神話、古文書などを精査し、国内各地に多数の超常生命体が眠っていることを突き止めた。しかし、休眠、もしくは封印状態の超常生命体を探し当てることは至難の業。接触可能な神々に協力を求めたが、彼らにも、自らの意思で身を隠した神を探す術は無いのだという。
そこで情報部は地形図などを調べ、地質学的には絶対にあり得ない不自然な地形を洗い出し、『超常生命体が手を加えたと思しき場所』をピックアップしていった。
その過程で候補に挙がった土地が、今回の任務の現場、メロンタウンなのだが──。
「メロンタウンはその名の通り、メロンの産地として有名。そのメロンの収穫祭で、毎年、『神』に捧げる『メロンメロン音頭』が踊られる。一番うまく踊れた人間は、その晩、必ずメロンの神の夢を見て、直に言葉を交わすことができるという……」
真面目な顔で話しているが、ピーコックの目は死んだ魚のようだった。
いくら任務のためとはいえ、『メロンメロン音頭』を踊ることになろうとは。
そんな本音が駄々洩れになっている。
毎年決まった日に現れるのなら、危険な神ではないのかもしれない。だが、安全であるとも言い切れない。三人のうち誰かが『No,1ダンサー』となってコンタクトをとれば、手っ取り早く安全確認ができるという訳だ。
「という訳で、これが去年の祭りの動画だ。基本の振付を踏襲しつつ、確実に優勝できるよう各モーションのメリハリを強調し、ダンスとしての芸術性を上げていく。練習に使える時間は今日だけだ。今夜中に、完璧に仕上げるぞ!」
ダン! と置かれた箱の中には、祭りの衣装が三人分。
シアンとコバルトは、渋い顔でそれを手に取った。
情報部のジムの一角に、鏡張りのトレーニングルームがある。格闘技や剣術のフォームの確認に使う事は勿論、任務で特定の職業人に扮する際、その業種ならではの動作をごく自然に行えるよう、ここで入念に所作を仕込まれる。
情報部員である以上、表情や動作を作り込み、演技することには慣れている。仮面舞踏会で地方貴族の子息を装うために、社交ダンスの練習をしたこともある。大衆演劇の一座に化けるため、ミュージカル風のセリフ回しを叩き込まれたこともある。だから三人は、今回も楽勝任務のつもりでダンスレッスンに挑んだのだが──。
「違うシアン! もっと、こう、なんとも言えない変なガニ股で腰を前後に!」
「い、いや……ピーコック! この動画の振り付け、本当に合ってるのか!? この動きはどう見ても、その……っ!」
「合っている! 合っているんだ! 過去十年分の記録はチェックした! 『奇祭・メロンメロン祭り』の踊りは、とにかく下品にセックスアピールをしまくるんだよ! 格好良く踊ったら負けなんだ!」
「だ、だが……っ!」
トレーニングルームの大モニターに映し出される映像。その中では、町の男衆が布面積の極端に少ない褌を身につけ、腰を前後に振りつつ、女子に迫ってキャアキャアと悲鳴を上げさせていた。
一応は基本の振り付けがあり、町内を練り歩くように踊るパレード型の祭りである。だが、基本の型を守り抜く祭りではない。誰もがオリジナルの振り付けを交えつつ、思い思いのタイミングで一発芸を披露している。変顔、バク転、逆立ち、胸筋ピクピク、褌に挟んだ木の棒を尻の筋肉で折って見せる者など、多様性に富む。兎にも角にも、最大限に自分を晒し出せば優勝。タブーは股間のイチモツを丸出しにすることのみ。あとは何でもOKなのだ。
三人はそれらのルールと基本の振り付けを一通り覚え、身体に叩き込んだ。しかし、軽く通しで踊ってみたところで、その顔に絶望的なまでの虚無を浮かべていた。
任務である以上、酒で感情を誤魔化すことはできない。
素面でこれを踊るのか。それも、優勝するほどキレッキレなダンスを。
セクシーダンスを踊るより、よっぽど辛い。男性ストリッパーに扮してノンケの同性を口説き落とすほうが、数十倍は楽な任務だろう。
この場の誰もが、本気で泣きだす五秒前だった。
「その……ピーコック。やはりこれは、かなり難易度の高い任務だと思う。作戦を練ろう」
シアンの提案に、コバルトも賛同する。
「僕も、今のままで挑むのは無理だと思う。地元の若者の悪ノリに、僕らが勝てるわけがない……!」
二人の言葉に、ピーコックも頷いた。
「OK、一旦中止。ちょっと集合」
トレーニングルームの中央に集まり、作戦会議を始める。
祭り用の褌には、腰紐にぐるりと一周、大小さまざまな鈴が取り付けられている。一所に集まって腰を下ろすだけでも、それらがチリンチリンとやかましく、晴れがましく鳴り響くのだ。当人たちのテンションに微塵もマッチしない陽気な鈴の音が、この場の心理的温度を氷点下へと叩き落としていた。
葬儀の席以上の陰鬱さ、異様なまでの重量感を持つ空気の中で、シアンは根本的な疑問を口にする。
「ところで、この祭りは外部の者でも優勝できるのか?」
「ん……まあ、一応は。過去にそれらしい記録はある」
「それらしい?」
「メロンタウンから他所の町に嫁いだ女性の、結婚相手が優勝した記録がある」
「完全な部外者とは言えないな。他に記録は?」
「ない。でもこれ以外の方法で、一般人が『神』と交信できたという記録も見当たらなかった。神官たちの前には何度か現れているらしいけども、信憑性に欠ける」
「……そうか……」
無駄かもしれなくとも、他に手段がないのならば仕方がない。シアンの目からは光が失われた。
諦め切ったシアンの横で、コバルトはまだ、どこかに希望があると信じていた。
「優勝者の夢に神が現れるんだよね? だったら優勝者が決定した時点で、その人物に接触するのはどうだい?」
「それは、俺たちの代わりに神の素性を尋ねてもらう、ということだよな?」
「うん。それなら、僕らが無理に参加しなくてもいいだろう?」
「もちろん、そういう手も考えた。でもそれは最後の手段だ。俺たちが優勝して、直接尋ねたほうが早くて確実。違うか?」
「あー……まあ、三人がかりで挑戦したほうが、成功率が高いのは分かるけれども……」
「第一、だ。何百年も前から続く祭りなのに、神の能力も、姿かたちすらもあやふやなのは何故だと思う? 毎年必ず一人、神の夢を見ているのに」
「う~ん……それは……優勝者が、酔っていたから……?」
「その通り。さっきの動画で分かっただろう? 素面でやってるヤツなんて一人もいない。毎年毎年、デロデロのヘベレケで正体を無くしたようなヤツが優勝する。そんなグダグダな祭りに、キレッキレのダンスパフォーマンスをする三人組が飛び入り参加したら? 自分で言うのも何だけど、動画に映っていた地元民より、俺たちのほうがイイ身体してるんだ。バッキバキに割れたシックスパックでエロダンスを踊るイケメンと、悪ノリだけの貧相な酔っ払いだったらどちらを見る? 俺たちが本気を出せば、間違いなく優勝できる。そうは思わないか?」
「う、うん……自分と無関係のイケメンマッチョが踊っている分には、遠慮なく見ちゃうけどね? それを自分で踊るとなると……ねぇ、シアン?」
同意を求められたシアンは、死を覚悟した戦士の顔で言う。
「肉眼でジロジロ見られるくらいが何だって? 俺たちが参照した動画は何だ? 過去十年分の記録が残っているということは、今年の祭りも……」
「うっ……! ど、動画で記録が残るのか……!」
「キレッキレのダンスを踊るということは……おそらく、俺たちだけ、特に念入りに撮影される。優勝なんかしようものなら……」
「ヒッ……ヒーローインタビュー、確定……っ!」
「腹をくくれ、コバルト。俺たちに、逃げ道なんか無い!」
「シアンの言う通りだ。踊ろう。踊るしか無いんだよ、俺たちは!」
「……そ、そんな……そんなのって……っ!」
決死の覚悟で挑む戦場が、『栄光の勝利』や『名誉の負傷』をもたらすとは限らない。
自分たちの行く末に待ち受ける最悪な未来に絶望しながら、三人の騎士は、王命を果たすための『確実な作戦』を練り上げていった。