ACT.6 毒を食らわば皿まで
「所長・・・本当に実行なさるのですか?」
「不服かね?」
「この決断はいささか早急すぎるかと思います。まだ京が内通者であると決まったわけではありません」
「ふむ・・・君はもう少し、弟の才能を信じてやってもいいのでは?それに彼女は京澪を語った全くの別人のだよ。根拠についても君の優秀な弟が説明してくれたではないか」
「しかし・・・」
「ならばこれを見たまえ。この資料が君の疑問に対する答えの全てを教えてくれるよ」
「・・・」
「では始めるとしようか。銑十郎、そっちの準備は出来たかね?」
「あぁ大丈夫だ。いつでも始めてくれ」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「おはよう京君。気分はどうかね?」
西暦4192年?月?日、状況はすぐに理解出来た。
京澪として福祉技研に潜入していた私は、一瞬の不意を突かれ山本景勝により発見され、そのまま捕らえられた。
目を開いても辺りがブラックアウトしている事から、目隠しか何かで視界を奪われた上で、椅子にでも拘束されているのだろう。
それにこの感覚・・・ヤツら、私から一切の身包みを剥いだのか。
おかげで室内と言えども少し肌寒い。
裸体を見られた恥ずかしさもあるが、それよりもこの後に私の身に降りかかるであろう惨劇を想像すると身体の火照りも一気に青ざめる。
周りに何人の人間がいるかは知らないが、僅かに声が反響している点から推測するに部屋自体は広くもあるまい・・・となるとここは拷問部屋ないし処刑場か。
最たる敵の1つであり、敵味方問わず恐れられている魔王の声が私にその事実を突きつける。
コイツは紛れもないキチガイだ。
人を人とも思わない悪行を繰り返し、殺し、隠蔽、その他この世に存在する、ありとあらゆる悪事を平然と行う男・・・それが松永源以だ。
そんな男が私の前にいると言う事はイコールで何よりも確実に、私自身に私の死を伝える告知となる。
そもそもこの時代に於いては捕虜を必要とする意味がないのだ。
ナノマシンを調べれば、たとえそれが死体であっても素直に全てを物語る。
いや寧ろ死体の方が何もかもを正直に答えるだろう。
解放者として活動する以上、死ぬは諸共の覚悟で生きてきたが実際に死というヤツが目の前に迫ると、これがなかなか怖いものだ。
だが私の中に流れるナノマシンが負の感情を制御してくれているからか恐怖以外は何も感じない。
だからこそ冷静に状況把握が出来るのだろう。
「ふむ、良好か。それはよかった。君には色々と聞きたい事があってね。すまないが喋るのに必要ない部分は全て封じさせてもらったよ。脳と口さえあれば私の言葉の意味を理解し、考え、発言する事は出来るだろう?」
「くだらん・・・知りたい事があるのなら私を殺してからナノマシン情報でもなんでも調べればいいだろ」
「なるほど。確かにその方が効率的だな。だが考えても見たまえ。なぜ私が君を殺さずにわざわざ尋問をしているのかを。私が知りたいモノは、君が持っている情報だけではないからだよ。五体満足の君がいてこそ初めて知る事ができる情報がある・・・故に予め伝えておこう」
松永の足音が近づいて来る。
カッカッと革靴が地面を蹴る音が私の背後でピタリと止まり、何かが顔の近くまで迫って来るのが気配でわかる。
次の瞬間松永は私の耳元で囁いた。
「死にたくなったら、いつでも言いたまえ」
なるほど・・・つまりはこういう事か。
今から私の身体で実験という名の拷問をする。
それは私が正常な状態でなければ意味を成さない内容或いは、いつまで正気を保っていられるかを知る為のモノ。
そして私が音を上げた瞬間に躊躇なく殺す・・・このセリフをコイツが言うと、まるで慈悲に満ち溢れた聖者の囁きにすら聞こえる。
どうせ死ぬなら皮肉の1つでも言ってやろうと口を開いた瞬間、私の口内に何か硬くてゴツゴツとしたモノが突っ込まれる。
それと同時に松永は私の後頭部を押し込み、その硬い何かが喉の奥まで挿入される。
強烈な嘔吐感に襲われながら半開きとなった口からはダラダラと唾液が垂れ出しているのがわかる。
これ以上ないほどの辱めを受け、早速死にたくなってきた。
だがこの状態では喋る事すらままならない・・・そこで、おそるおそる舌の先と根元で挿入された何かの正体を探ってみる。
棒状だが丸みを帯びてはいない・・・寧ろ角の立った歪な形をしている。
所々にあるザラザラとした舌触りの物体はセレーションか?
そして僅かに酸味を感じるコレの材質は金属・・・フェラチオを強要させられる女優にでもなったかのような気分に胸糞悪さを覚えながらも私は1つの答えを導き出した。
コイツの正体はリボルバー。
松永は常時、スーツの下にリボルバーを隠し持っていると聞いた事がある。
それにしてもずいぶんとスパルタンな形状しているモノだ・・・舌触りだけでわかってしまうあたりコレは相当の代物だろう。
「どうかね、もう死にたくなってしまったかな?」
"萎れた棒"を突っ込まれるよりマシと考えるべきか・・・寧ろここで頷いたら松永は引き金を引くのか?
自分の命であるハズなのに、なぜだかそれが気になってしまう・・・いや、コイツに捕まった時点で私は死んだのだ。
ならばいっその事、ここで終わらせるのも悪くない。
そんな考えが脳裏を過ぎった直後、絶え間なく襲い来る嘔吐感に耐え兼ねた私は胃の中にあったモノ全てを吐き出してしまった。
リボルバーが邪魔で上手く排出が出来ず、喉と口内に嘔吐物が残り最悪の感覚に襲われる。
半ば自棄になった私は、それらを残らず吐き出すと同時に"殺せ!"と叫ぶ。
そのあとは、まさに一瞬だった。
湿った銃声と共に私の喉を弾丸が貫き、大きな風穴を開けたのだ。
最早痛み云々ではなく、この感覚を一言で言い表すなら"違和感"とでも言っておこう。
強烈な違和感・・・そこそこの柔軟性を持った人の肉に無理やり穴を開ける感覚。
針やナイフのような鋭いモノではなく、先の丸まった鉄パイプや木の棒で無理やり・・・グリグリと力任せに潰しながらこじ開けるような・・・きっと至近距離から放たれた弾丸が関係ないところまで一緒に抉っていったのだろう。
そして私は死んだのだ。
そう・・・確かに死んだハズだ。
なのに──
「おはよう京君。気分はどうかね?」
なぜ再び松永の声が聞こえる!?
なぜ私の身体に感覚がある!?
なぜ・・・私は生きている!?
「ふむ、良好か。それはよかった。君には色々と聞きたい事があってね。すまないが──」
「松永!貴様一体なにをした!!」
戸惑いを通り越した先にある怒りの感情に支配された私は、椅子に拘束された身体をバタつかせながら叫んだ。
「簡単な事だよ。私は君の望みを叶えてやろうと思い引き金を引いたのだが君は死ななかった」
「ふざけろ!あの状況で生き延びられるハズがない!貴様は私に──」
「何度聞いても答えは変わらんよ。だが表現する言葉を変える事はできる・・・この時代に於ける死の定義を知っているかね?」
その後、松永は悠々と死についてを語り続ける。
ナノマシン制御により管理された人類にとっての明確な死とはイコールで脳の死を意味しており、たとえ五体を失ったとしても体内を循環するナノマシンがあらゆる代用品に対する互換性を発揮して欠落した部分を再生。
つまり肉体の総取っ換えを可能とする。
手も足も、見た目も声も、何もかもを代用品に取り換えたならば、その人間の持っていた個性はどうなってしまうのか?
一切の反応を示さない私を放置して松永は1人回答を述べる。
「それこそが唯一にして絶対の部分"脳"だ。これで君も理解できただろう?死ななかったと言った私の言葉の意味が。喉元を吹き飛ばされ脊髄の一部は負傷したが、幸いな事に延髄は無傷だったよ。さて、君には聞きたい事があってね。すまないが喋るのに必要ない部分は全て封じさせてもらったよ。脳と口さえあれば私の言葉の意味を理解し、考え、発言する事は出来るだろう?」
その一言に私は凍り付いた。
恐怖・・・今まで感じた事のないレベルの恐怖が私を支配した。
ナノマシンが恐怖を制御しきれなくなったんだ。
全身がガタガタと震えている・・・頬を伝うコレが、汗なのか涙なのかもわからない。
これから私は何度も何度も殺される。
その度に私の中に恐怖が蓄積されていく。
本当の意味で松永の目的を理解した時、私の臀部から足にかけて生暖かい何かが広がっていった。
失禁・・・だが止めようにも止められない・・・最早恥ずかしさを感じている余裕もない。
私は叫び、暴れ続けた。
「死にたくなったら、いつでも言いたまえ」
それから私は幾度となく殺された。
時には電流に焼かれ、時には全身を抉られ、時には絞殺された私は今、胸を切り開かれた状態で震えている。
鮮血滴る私の骨や内臓を見て松永は"よく出来ているな"などと世迷言を言い放つ。
これから私は生きながらにして解体されていくのだ。その指が無抵抗に晒された肋骨の隙間へと入り込み、1本2本と力任せにへし折っていくのがわかる・・・ 鈍い音共に骨を折られた感覚が全身を刺激し続け、私は痙攣したまま気を失った。
しかし私が意識を取りもどした時、松永は決まって何事もなかったかのように"おはよう京君"と第一声を掛ける。
そして傷1つない綺麗な肉体に作り直された私を躊躇なく壊していく。
肉体は物だ。
形ある物だ。
形ある物は壊れても何度でも直す事ができる・・・だが精神に形はない。
形のないモノを直す事はできない・・・私の精神は完全に破壊されていた。
「君には色々と聞きたい事があってね──」
最初に殺されてから、どのくらい時間が経ったのか。
1分が10分にも1時間にも感じる無限地獄の中で、 突如私の視界を奪っていた目隠しが外された。
僅かな明かりでさえも私の目を容赦なく責め立て、ようやく慣れたのは数分後。
白く無機質な部屋を見渡せばドコを探してもあの惨劇を証明するモノはなく、血痕は疎か処刑道具すら発見できなかった。
だが部屋の奥、全裸で拘束された私を見つめる松永の姿に私は確信する・・・あれは幻覚などではなかったと。
「おはよう京君。気分はどうかね?」
「松永・・・!!」
落ち着いた様子で声を掛ける松永と目が合ったその時だった。
私の全身を不思議な感覚が駆け抜けたのは。
それは恐怖でも怒りでもなく、まるで再会を誓った2人が約束の地でめぐり逢えたような不思議な感覚。
ゆっくりと迫り来る松永は、そのまま私を縛っていた拘束器具を外し、私は不意に解放された。
椅子から立ち上がった私と入れ替わるようにして、あろう事か今度は松永がその椅子に腰掛ける。
何度も私を殺したその場所で足を組みながら松永は何かを取り出し、それを私に投げ渡してきた。
初めて見るが忘れもしない・・・そのスパルタンな物体は私を殺したリボルバーに間違いない。
「それの使い方はわかるね?この至近距離なら外しようがないとは思うが装弾数は8発、確実な操作とレスポンスを追求した為にシングルアクションを採用しているが、ハンマーを起こしてトリガー引けばそれで弾が撃てる。サイティングはフロント、リアの3ドットを合わせてくれたまえ。君にその気があるのなら私を撃ってくれても構わんのだよ?」
何を考えているかは知らないが松永自身が殺してみろと言っているならこれは願ってもないチャンスだ!
コイツの事は殺しても殺し足りない!!
迷う事なくリボルバーを拾い上げた私はハンマーを起こし、少し大きめなグリップを両手でしっかりと握り締め松永の眉間に狙いを定める。
ターゲットと3つのホワイトドットが重なったのを確認して、一気に人差し指に力を込め──
「松永あぁあぁぁ!!」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
気付いた時、私は銃を手放し甘えた声を出しながら松永に寄り添っていた。
ナニをするわけでもないのに素っ裸の私は松永の膝の上に乗り、ヤツの首に腕を回して甘えていたのだ。
無論松永は微動だにせず一切の反応も見せない。
なぜだかそれが・・・悔しかった。
私は"全て"を曝け出しているのにコイツの事は、なに1つわからない。
身も、心も、何もかも全てを曝け出しているのに松永は反応してくれない・・・それが悔しくて堪らなかった。
「私を・・・見て・・・」
「見ているよ。寧ろ君が邪魔で周りが見えないのだがね。そろそろ退きたまえ」
「・・・松永・・・私・・・」
「ふむ、それは君自身の意思かね?それともナノマシンによる現実逃避や自己防衛から成る、偽りの反応かね?」
わからない・・・何もかも。
わかりたくない・・・わかる必要もない。
私は・・・松永を・・・松永源以が・・・松・・・。
「銑十郎。京君のナノマシンの波長はどうなっている?」
「シンクロ7.2np、流体パルスはアクセラレータに対して正を維持したまま毎秒0.003から0.007、当初の想定よりも少ない誤差で流れている。その他の数値にも異常は見られない。結果から言えば成功だ」
「さすがに駿河君が指揮を執っていただけの事はあるな。大至急三課にデータ洗練を実行するよう指示を出してくれたまえ。私はもう少し、京君の反応を記録してから向かう」
「あぁわかった。とにかくこれで福祉技研最重要課題の1つ"人間の乗っ取り"が理論上の戯言ではない事が証明されたな。あとはコイツに──」
部屋の角に付けられたスピーカーから誰かの声が聞こえてくる。
その声は松永と会話をしているようだった・・・不快 ・・・松永と喋っているのは私だ。
スピーカーの向こうにいる誰かから松永を取り返す為に、私は彼の首筋に噛み付いた。
少し強めに・・・クッキリと私の痕跡を彼に残すべく噛み付きながら甘えてやった。
「それは甘噛みのつもりかね?」
「・・・」
「まぁいい。君のおかけで私は知りたい事を、知る事ができた。感謝するよ京君」
そう言って松永は私の頭を撫でた。
嬉しい・・・心が満たされていく・・・甘噛みをヤメ彼に向き直ると、松永は初めて私の目を見てくれた。
胸いっぱいの幸せを感じながら私は・・・彼の唇に自分の唇を重ね合わせ、強く強く抱きしめた。
何秒キスした?10秒キスした?それとも20秒?
重なり合っていた唇を離すと、粘液で出来た1本の糸が名残惜しそうに垂れ下がりながら消えていくのが見える。
「・・・すまんな銑十郎、スピーカーとカメラを切ってくれ。どうやら京君の反応を調べるには"より詳細に"事を進める必要があるらしい」
「わかった。だが無理はするなよ」
ノイズ混じりの物音を最後にカメラからは光が消え、スピーカーは黙り込んだ。
その後、私を払いのけた松永は椅子から立ち上がり、着ていたスーツの上を脱ぎ捨てると、それをたたみながら地面に敷いて即興の"場"を作る。
「待たせたね。では君の全てを認識させてもらうよ」
今度は松永が私の体を引き寄せ、そのまま抱きしめてくれた。
彼が私を必要としてくれる・・・その期待に応える為に私は彼を押し倒し、再び唇を重ね合わせた。
でもそれだけじゃない・・・静まり返った部屋の中央ネチャネチャと音を立てながら私は舌を動かし続ける。
彼に・・・なにより私自身が気持ちよくなりたい。
自分の肉体の事は自分が一番理解しているからこそ私の手は無意識のうちに松永の手を取り、この胸に押し当てている。
もう何も隠せない・・・止め処なく溢れ出る私の"愛" は、彼の服を濡らしていた・・・あとは交わり合って溶けていく・・・どこまでも深く溶けていく・・・。