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EscapeGoat  作者: 鈴木崇嗣
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ACT.5 その思想は正義か悪か、人類を導く解放者



西暦4192年3月15日。

この日の福祉技研(ふくしぎけん)はなにやら異様な(さわ)がしさに(つつ)まれていた。

妙に殺伐(さつばつ)とした雰囲気の中、1人の訪問者が受け付けを通過してメインフロアへとやって来る。

男らしい短髪にパリッとした黒いスーツで身を(つつ)んだその人の名は"近衛(このえ)重徳(しげとみ)"。

職業は国務大臣(けん)、国家安(N)全保(S)障会(C)議の議員であると同時に現内閣総理大臣比御(ひご)蔵将(くらもち)腹心(ふくしん)として国家特務警察軍を(たば)ねる隊長でもある。

そんな肩書を持つ日本国の重鎮(じゅうちん)が裏の非合法組織に単身で乗り込んで来たともなれば、ここの職員達も気が気ではいられない。

迂闊(うかつ)に関われば首が飛ぶどころでは済まされない相手を前に、なんとか平常心を(たも)とうと尽力(じんりょく)する職員達を代表して重徳(しげとみ)の前に()(ふさ)がったのは銑十郎(せんじゅうろう)であった。


要件(ようけん)誰宛(だれあて)ですか」


社会福祉法人(しゃかいふくしほうじん) 技能開発研究所(ぎのうかいはつけんきゅうじょ)の代表(けん)所長、松永(まつなが)源以(げんい)に用がある」


「・・・わかりました。松永(まつなが)の所まで私が案内(いた)します」



これで福祉技研(ふくしぎけん)も終わりか・・・職員達が覚悟を決める中、銑十郎(せんじゅうろう)に連れられ重徳(しげとみ)は3階、所長室前へと到着。

案内を(うけたまわ)った銑十郎(せんじゅうろう)に軽い会釈(えしゃく)をして2人は解散。

所長室との区切り、深い色合いを演出する黒檀(こくたん)の2枚扉を見つめながら重徳(しげとみ)はゆっくりとソレを開く。

シックな作りの部屋の最奥、福祉技研(ふくしぎけん)玉座(ぎょくざ)に腰掛ける源以(げんい)の姿を発見。

遠くからでもわかる圧倒的眼力(がんりき)と、常軌(じょうき)(いっ)した恐怖の風格を(かも)し出しながら源以(げんい)重徳(しげとみ)を、重徳(しげとみ)源以(げんい)を見つめ互いにピクリとも動かない。

一触即発(いっしょくそくはつ)の雰囲気の中、最初に動いたのは重徳(しげとみ)

姿勢を(ただ)し、改めて源以(げんい)の目を見つめながら彼は(おもむろ)に──


「お久しぶりです。松永(まつなが)先生」


あろう事か国家の重鎮(じゅうちん)(こうべ)()れた。

しかも非合法組織の(おさ)を"先生"と呼びながらである。

対する源以(げんい)もゆっくりと目を閉じ禍々(まがまが)しかったオーラを消して立ち上がる。

その後、2人は部屋中央の長テーブルに腰掛けようやく話し合いの場を作り出す。


「君と会えるの楽しみにしていたよ近衛(このえ)君。所長室(ここ)には迷わずたどり着けたかね?」


「はい。(やなぎ)さんに先導(せんどう)をしていただきました」


「なるほど。銑十郎(せんじゅうろう)は行ってしまったのかね?どうせなら3人でも(かま)わなかったのだが。さて、君自らココを(おとず)れるという事は、なにか進展があったのだろ?」


「はい。ですがそれに関してはどこからお話し(いた)しましょうか。ここ最近の死神(しにがみ)ウィルスの被害規模(ある)いは解放者(リベレータ)の動き。それとも・・・内通者(スパイ)についてからですか」


国家特務警察軍のトップと非合法組織のトップが()わす奇妙な会話。

正義(しげとみ)(げんい)相反(あいはん)する2人の間には福祉技研(ふくしぎけん)の職員達ですら知らない"ある関係性"があった。

それもそのハズ、源以(げんい)は自分の過去を一切(いっさい)語ろうとしないどころか昨日(きのう)の事や明日の事についても必要以上には喋らない。

その為、福祉技研(ふくしぎけん)の職員達が知っている源以(げんい)の情報と言えばココの所長である事との他には(あき)らかに不自然な権力(ちから)を持ている事くらいで、その(じつ)松永(まつなが)源以(げんい)という男は福祉技研(ふくしぎけん)どころか日本国全体を(とお)して見ても(もっと)も謎に(つつ)まれた存在の1つでもある。

本人達が語らぬ以上、詳細は不明だが謎の存在源以(げんい)重徳(しげとみ)の出会いは、時を(さかのぼ)れば20年前の西暦4170年代。

この頃から源以(げんい)重徳(しげとみ)の間には、何があろうとも変わらない"絶対の上下関係"があったらしい。

だが当時の事に関して源以(げんい)が口を開くのは、もう少しあとの事。

とりあえず今は、国家の重鎮(じゅうちん)でさえ源以(げんい)にはヘタに逆らえないとだけ覚えておけば間違いはない。


「ふむ、ネタは十分に(そろ)っているようだな。だがその様子だと我々の飼い主も相当苦労したのだろう」


松永(まつなが)先生の苦労に比べれば、私達の仕事など足元にも(およ)びません。先生のご活躍には、いつもながら感服(かんぷく)(いた)します」


政治家(いぬ)共に()まれて君も建前(たてまえ)を覚えたか」


テーブルに激突する寸前(すんぜん)まで深々と(こうべ)()れた重徳(しげとみ)持参(じさん)した小型デバイスを展開させ、空中にデジタル資料を投影(とうえい)する。

源以(げんい)無作為(むさくい)にその中の1つを手にすると重徳(しげとみ)は己の口で補足(ほそく)を開始する。

4192年3月15日現在までの死神(しにがみ)が原因とされる死亡人数と症状、発生場所と時刻。

解放者(リベレータ)関与(かんよ)したとされるテロ行為とその被害、新たに解放者(リベレータ)関係者として上がってきたリスト一覧。

また人間(オリジナル)の存在が知られた件に関する、ありとあらゆる全ての可能性。

その中で源以(げんい)の目が止まったのは解放者(リベレータ)関与(かんよ)したとされるテロ行為についての資料だった。


「ふむ・・・これはどういう意味かね?4192年3月13日の日本海沖12km地点の除染プラント破壊事件。この一件だけが"模倣犯(もほうはん)による犯行"となっているのだが」


「信じ(がた)い事ではありますが、その一件について調査をした結果、日本政府は解放者(リベレータ)の名を語った模倣犯(もほうはん)による犯行という結論を出しました。その理由は大きく分けて3つあります」


手にした資料をさらに展開させ重徳(しげとみ)は3つの理由についてを語る。



「まず1つに解放者(リベレータ)の目的は環境保護。にも(かかわ)らず除染プラントを破壊した行為そのものが解放者(リベレータ)の掲げる理想と(はん)している事。海上に浮かぶ除染プラントを破壊すれば海水に(ふく)まれる超濃度有害物質(パニッシュエレメント)を除去できなくなるばかりか、その影響で()め込まれた処理前の超濃度有害物質(パニッシュエレメント)とプラント内部の燃料が流出し、さらなる環境汚染を(まね)きます」


解放者(リベレータ)も無能ではない。かと言って今更ただのテロリストに()り下がったとも考え(にく)いという事か」


「はい。2つ目にプラント破壊までのプロセスです。 自分本位(じぶんほんい)な考えではありますが、今まで解放者(リベレータ)が行動を起こす前というのは、例外なく自分達の目的とそれを行う事でどのような結果になるかを(あらかじ)め宣言して、それに賛同(さんどう)する者達から支援される中で行動を起こすプロパガンダ的な狙いもあるのですが、今回は13日早朝の午前5時43分に突如(とつじょ)プラントが破壊され、同日の午前9時12分に解放者(リベレータ)を語った犯行声明が出されました」


「なるほど。しかし模倣犯(もほうはん)にしては、ずいぶんとクオリティが低いではないか。どうせ解放者(リベレータ)を語るなら、もう少し(ひん)を学ぶ必要があるな」


「そして3つ目ですが、これが決定的理由と言っても()(つか)えない内容です。この海域を巡回(じゅんかい)していた海上保安庁の巡視船(じゅんしせん)が3月10日の未明(みめい)に除染プラントの上空約30万フィートを瞬間秒速4100km、推定速度マッハ12で飛行する所属不明の機影(きえい)(とら)えています。その後レーダーにも探知(たんち)されていない事を考えると大気圏に突入した隕石やデブリの可能性は低く、途中で燃え尽きた場合でも何かしらの痕跡(こんせき)が残るハズです。つまりこの飛行物体は対電波探知機用のステルス迷彩を(ほどこ)した人工物である可能性が高いと言えます」


「よくそんな相手を発見できたモノだな」


巡視船(じゅんしせん)の一部にはスパイダーウェブと呼ばれる特殊なレーダーを()んだ船が(まぎ)れています。これは従来の波形で相手を発見するタイプのレーダーとは異なり、宇宙圏の衛星とスパイダーウェブとの間に常時電波の(あみ)を張り(めぐ)らせます。そこを物体が通過すれば従来のように波形で探知でき、ステルスのように電波を無効化(ある)いは反射する物体が通れば展開されていた電波の(あみ)途切(とぎ)れ、相手を探知する仕組みになっています」


「つまりその1(せき)のみが発見できたという事はそういう事であり、いかに解放者(リベレータ)と言えどこれほどの代物(しろもの)を所有している可能性は低く、逆にこの数値を実現可能とする第三者が現れたと言いたのだな?」


(おっしゃ)る通りです。そして日本政府はこの件に関する答えとして1つの結論を出しました。(すで)に先生もご存知かと思いますが、その相手とは"S"です」


「S・・・なるほど、厄介(やっかい)な相手が首を突っ込んできたモノだな」



普段から感情の読めない源以(げんい)の表情が少しだけ(けわ)しくなったと同時に再び部屋全体にピリピリとした緊張感が(ただよ)い始める。


近衛(このえ)君。今日から1週間の内閣()の動きと総理の予定を教えてくれるかね?」


「はい。こちらが内閣府の動きと比御(ひご)総理のスケジュールになります」



源以(げんい)の要求に応えるべく重徳(しげとみ)一切(いっさい)躊躇(ためら)いもせずに、新しい資料を投影(とうえい)させる。

そこには日本政府のスケジュールと官僚(かんりょう)達の動き、(すなわ)ち国家の全てが(あま)す事なく(しる)されていた。

まさに国家機密と呼ぶに相応(ふさわ)しい代物(しろもの)を手にした源以(げんい)重徳(しげとみ)に確認をとる。


「今日の午後1時から3時までの間だが、この空白の部分で総理はどこで何をしているのかね?」


「おそらく比御(ひご)総理は官邸(かんてい)で自由な時間を過ごしているハズです」



現在時刻は正午(しょうご)を過ぎて12時35分。

源以(げんい)の考えを読み取った重徳(しげとみ)は一言だけ()える。


()(つか)えなければ7番を(かい)して比御(ひご)総理から松永(まつなが)先生に直接、お取り次ぎの手配を(いた)します」


「ふむ、そうしてもらえると助かるが・・・(まか)せていいのだな?」


「お(まか)せください。では本日の13時30分22秒ちょうどに、7番を(かい)した秘匿(ひとく)コードで松永(まつなが)先生に直接お繋ぎ(いた)します」



その一言を最後に重徳(しげとみ)は立ち上がると所長室をあとにする。

これ以上、話を伸ばしたところで何も発展しない事を(さと)り、なおかつ源以(げんい)の求めるモノは内閣総理大臣であると理解したからこそ一礼(いちれい)だけで終わらせた重徳(しげとみ)の引き際は完璧だった。

そして彼にとって現内閣総理大臣と非合法組織所長を比べた時、優先すべき相手は言うまでもない。

それはある意味で"職務(しょくむ)忠実(ちゅうじつ)"だとも言える。

それから時間は過ぎ去り時刻が午後13時30分22秒ちょうどを(むか)えたと同時に源以(げんい)のナノマシンに応答が入る。

直接目に見えているわけではないがナノマシンが脳内に働きかけ対象には"CALL:No.7"というイメージが(うつ)って見える。

これが重徳(しげとみ)の言っていた7番であり、その正体は日本政府が管理する特殊なサーバーの事で、仮想(かそう)空間の中に存在する日本国民全員のナノマシン情報を集めた未来(げんだい)()ける国民総背番号である。

その操作は基本的に禁止されているが総理大臣を始めとした一部の官僚(かんりょう)が会議を行い、それが可決(かけつ)された場合のみ特例として外部から7番を操作する事ができ、特定の人物に対してナノマシンリンクを使った通信を(おこな)い、一方的に否応(いやおう)なしに相手の応答を待たずに問い掛ける事を可能とする。



松永(まつなが)源以(げんい)だな」


「君は誰かね?」


「確認するまでもあるまい・・・日本国現内閣総理大臣"比御(ひご)蔵将(くらもち)"だ」


「そうか。久しいな蔵将(くらもち)


(つい)に日本のトップと裏世界のトップが言葉を()わす時が来た。

現総理大臣から直々(じきじき)の連絡を受けた源以(げんい)は、彼を(した)しげに名前で呼んだ。

そしてこの会話が源以(げんい)の過去を紐解(ひもと)く数少ないヒントとなる。



源以(げんい)・・・政界(せいかい)にもどってくるつもりはないのか?お前は誰よりも優秀な政治家だった。本来であれば裏の世界(そんなところ)(くすぶ)っていい男ではないハズだ」


「優秀な政治家などおらんよ。政治とは国民を第1に国をより良く発展させていく事を言う。だが国民の(さち)と国の安定は両立(りょうりつ)できない。どんなに頑張ったところで元より矛盾(むじゅん)した目的地には(けっ)してたどり着けはしない。(ゆえ)に政治とは虚偽(きょぎ)()(かさ)ねであり、それがイコールで優秀な政治家など存在しない事を証明しているのだよ」


「・・・今からでも遅くはない。それに本当なら総理大臣の席には、お前が鎮座(ちんざ)するハズだった」


自惚(うぬぼ)れるな蔵将(くらもち)謙遜(けんそん)卑下(ひげ)は別物だ。私が政界(せいかい)を去ったのは前羽柴(はしば)内閣の発足とは関係ない。過程はどうあれ、いずれはお前が総理(そこ)に立つ事に変わりはなかった。それにお前が総理の()にいてくれればこそ、私は私の()すべき事ができる」


「しかし・・・」


「いいか蔵将(くらもち)よく聞け。確かに私も表のトップとなり国を(おさ)める事はできただろう。では仮にそうした場合福祉技研(ふくしぎけん)の所長は誰が(つと)める?お前に私と同じ事ができるのか?」


「・・・」


「勘違いしたバカ共は(さわ)ぎ立てるが従来(じゅうらい)総理大臣とは一介(いっかい)の猿ですら名乗れる肩書きに過ぎん。だが猿では所詮(しょせん)その肩書きの上に胡座(あぐら)をかき、()()(かえ)りながら自慰(じい)をするしか(のう)がない。そんな猿山(さるやま)()もれていても蔵将(くらもち)、お前だけは違ったのだ。猿と人間を並べて見比べれば、その違いは歴然(れきぜん)。だからこそお前には総理大臣となって"本当の権力(ちから)"を振るってほしかった。現内閣総理大臣"比御(ひご)蔵将(くらもち)"が決断するだけで私はこの国、()いては国民全体を(まも)る事ができる」


源以(げんい)・・・」


外道(げどう)に生きる私だがお前だけにはわかってもらいたい。これが私の()すべき事であると。だからこそ単刀直入(たんとうちょくにゅう)に聞こう・・・Sが動き出したらしいな」


「除染プラントの件か・・・レーダーが(とら)えた謎の機影(きえい)はSが秘密裏(ひみつり)に所有していると噂される新型偵察(ていさつ)機PR9と見て間違いない。 そしてこれが意味するモノは、地球圏との不可侵条約を一方的に破棄したS側からの侵略行為に他ならない」


「ではそれに対して私達は何をすればいい?お前が一言、Sを壊滅(かいめつ)させろと言えば福祉技研(ふくしぎけん)は全勢力を上げ、Sを壊滅(かいめつ)させる。だがそれが意味するところは(すなわ)ち、この世から"国を1つ消滅させる"事も同じ。そこに生きる人々、根付(ねづ)いた文化、これから生まれ()ずる命を根刮(ねこそ)(うば)う事となる。そしてそれは新たな火種(ひだね)・・・この場合に考えられるモノは宇宙圏の主張を発端(ほったん)とした世界大戦の火蓋(ひぶた)を切って落とすという大役(たいやく)か」



かつて地球上には1つの大国が存在した。

圧倒的技術力と権力(ちから)()るい、実質世界の頂点にまで上り()めたその大国は、地球圏との不可侵条約を(むす)び衛星軌道上に新たな国を作った。

それも昔、今から800年ほど前の事。

宇宙圏に進出した大国は地球全体を監視する立場となる事で、自らの地位を確固(かっこ)たるものへと昇華(しょうか)させた。

それから500年後の西暦3890年代(まつ)突如(とつじょ)として大国は人類浄化計画なる声明を発表、衛星軌道上から地球圏への攻撃を開始。

無論、地球圏も防衛、攻撃の手を(ゆる)めなかったが結果として地球表面の2/10が消失、死者2億人を出す最悪の形で傷跡(きずあと)を残した。

その頃から大国は、科学の(いき)を超えた圧倒的技術力を持ってしてソレを魔法と語り始め、遂には国の名前さえも"改良魔法(スペルエンハンス)"と名乗るまでに(いた)った。

それから300年の月日が()った今日(こんにち)でも改良魔法(スペルエンハンス)一切(いっさい)動きを見せないが、ここ最近の死神(しにがみ)ウィルスもその(じつ)改良魔法(スペルエンハンス)が仕組んだ事なのではないかという声があるのも事実であり、()の恐怖は今もなお人類の記憶に(きざ)まれている。

そこから改良魔法(スペルエンハンス)はSの名で呼ばれるようになりこの瞬間へと続く。



「Sの介入(かいにゅう)が事実だとすればここ数ヶ月の間に解放者(リベレータ)が活発化してきているのも偶然(ぐうぜん)ではないハズだ。その事について国連は何か言っていないのか?」


「いや・・・だが公式の発言ではないにしろ両者の関係性を(とな)える者は少なくない。環境保護を目的とした解放者(リベレータ)と地球圏の完全な支配を目論(もくろ)むSは対立(たいりつ)関係にある。その上でここ数ヶ月の動き・・・まさか解放者(リベレータ)はSを(おび)き出そうとしているのか?」


解放者(リベレータ)が支援される理由の1つに、Sの壊滅(かいめつ)を掲げているというモノがある。そんなレッドゾーンに我々が首を突っ込めば福祉技研(ふくしぎけん)解放者(リベレータ)、Sの()(どもえ)、それこそ世界大戦規模の被害(ある)いはそれ以上のモノを生み出すかも知れん。各々が理由を持って武力を行使(こうし)する・・・最早(もはや)何が善で、何が悪なのかもわからんな。だが人類史上始まって以来、最大の混沌(カオス)とも言える4000年代に終止符(しゅうしふ)を打つのは誰かじゃない。お前の決断と私達だ」


口調(くちょう)若干(じゃっかん)変化はあれど源以(げんい)本質(ほんしつ)は変わらない。

冷静沈着(れいせいちんちゃく)に物事を判断してプラスとマイナスの両方を見据(みす)える(ちから)で総理大臣の指示を(あお)る。

かつての同僚として、今なお変わらぬ理解者として、なにより友として源以(げんい)の意見を聞き入れた蔵将(くらもち)(くだ)した判断は──


「あとどの程度猶予(ゆうよ)が残されているかはわからないが解放者(リベレータ)とS、そのどちらに転んでも人類に希望はない ・・・内閣総理大臣として福祉技研(ふくしぎけん)所長、松永(まつなが)源以(げんい)(めい)ずる。解放者(リベレータ)(およ)び指導者"パン=エンド"と宇宙国家改良魔法(スペルエンハンス)独裁者(どくさいしゃ)"ジ・オペレーター"との衝突を未然(みぜん)に阻止し、なおかつその両者を壊滅させろ!そして同時進行でEscape(エスケープ)Goat(ゴート)遂行(すいこう)の為、何としてでも人間(オリジナル)死守(ししゅ)するのだ!人間(オリジナル)が失われれば、たとえ解放者(リベレータ)やSを壊滅できたとしても意味はない・・・それでは何も変わらない!全ての因果に終止符(しゅうしふ)を打つには我々日本がやらなければならない。これは全てに()いて失敗の許されない極限の任務であり解放者(リベレータ)とSの壊滅(かいめつ)ならびにEscape(エスケープ)Goat(ゴート)遂行(すいこう)、そのどれか1つでも失敗すれば世界は終わる事のない終焉(おわり)の中を彷徨(さまよ)い続ける事になる」


Scape(スケープ)Goat(ゴート)ではなくEscape(エスケープ)Goat(ゴート)(かん)する所以(ゆえん)は忘れんよ。()(にえ)とはいつの時代も神に(ひと)しい存在であり、その末路(まつろ)はいつの時代も変わらない」



たとえ口約束(くちやくそく)程度のモノだとしても最早(もはや)訂正は出来ない。

なぜなら内閣総理大臣の意思は日本国の意思も同じ。

この瞬間、日本は"戦う道"を選び決断したのだ。

逃げて逃げて逃げ続けて、いつか誰かが何とかしてくれるのを待つ時代は終わった・・・そしてこれから始まるのは人類史上最後にして最大の戦争。

その後、源以(げんい)の脳内に浮かんでいた"CALL:No.7"のイメージは消え2人の通信は終わった。

時同じくして福祉技研(ふくしぎけん)総合受け付けには本日2人目となる訪問者がソワソワと落ち着きなく来客用サードメイカンドに要件を(つた)えていた。

見るからに10代(なか)ばの少年は身振(みぶ)手振(てぶ)りで一課(いっか)の第1病棟の、とある患者に面会希望を(うった)えている。

いつの時代も面会をするにはそれ相応の手続きが必要であり、この待機時間こそが何とも言い表せない苦痛であった。

しかも相手がまだ(おさな)い少年ならばそんな無駄を悠長に待っていられるわけがない。

横目でサードメイカンドを(にら)みつけながら少年は強行突破を(はか)り、そのまま福祉技研(ふくしぎけん)内部へと突入する。

過去に何度もココへは来た事があるのだろう。

その足は立ち止まる事なく地下へと続く階段を()け下り、その目は迷う事なく目的地を見据(みす)え、その心は常に患者と共にある。

息を切らした少年がたどり着いた先は第1病棟隔離施設のゲートの前。

少年が面会を求めていた相手とは国が(さだ)める第1級患者に指定されている(つなし)冬羽(とうわ)だった。

少年の名は"雛市(ひない)照史(あきと)"と言い、冬羽(とうわ)との関係はズバリ恋人同士である。

まだ冬羽(とうわ)福祉技研(ふくしぎけん)に来る以前、それはちょうど1年前の春の事。

まだ冬の面影(おもかげ)が残る中で行われた小学校の卒業式。

その日の夕暮れに照史(あきと)冬羽(とうわ)に対して6年間の想いを(つた)え、2人は交際を開始する。

たかが小学生のじゃれ合いと(あなど)るなかれ、照史(あきと)冬羽(とうわ)は大人顔負けのデートを()(かさ)ね、何をせずとも2人が存在しているだけで満足だとする本当の愛を見出(みいだ)していた。

それが極度の虚弱(きょじゃく)体質を(わずら)った冬羽(とうわ)にとっての生きる希望であり、生きる意味でもあった。

だが現実とは非情なモノで、心構(こころがま)えだけでは根本的な解決には(いた)らず交際5ヶ月目にして彼女は意識不明の重体に(おちい)ってしまう。

その後、政府指定の第1級患者と判断された冬羽(とうわ)は様々な医療機関を転々(てんてん)としながら最終的に福祉技研(ふくしぎけん)に連れて行かれ時間軸は今となる。

普通の患者ならいざ知らず冬羽(とうわ)の場合は症状があまりにも重大であるが為に、その1秒が今生(こんじょう)の別れになる可能性も(ゼロ)ではない。

だからこそ照史(あきと)は無茶をしてでも冬羽(とうわ)に会わなければならなかった。

なぜなら今日は──


「今日は・・・冬羽(とうわ)の14歳の誕生日なんだ!だから ・・・会わなくちゃいけないんだ!!」



ピタリと閉ざされた透明な扉を力尽(ちからず)くでこじ開けようとするが所詮(しょせん)は子供の力。

これが三佐(さんさ)やアーティなら(ある)いはどうにかなったかも知れないが照史(あきと)程度の力量(りきりょう)では扉はビクともしない。

そうこうしている内に照史(あきと)の侵入に気付いた職員達が()け付け、少年の小さな体は(またた)()に取り押さえられてしまう。


「離せっ!冬羽(とうわ)冬羽(とうわ)!!」



乱暴にも見えるが福祉技研(ふくしぎけん)はその立場上、常に狙われる危険と(となり)合わせであるが(ゆえ)に、相手が子供であろうとも必要以上の注意を(はら)い徹底的に対処する。

資料の残る限り、子供を利用したテロは19世紀頃から使われてきた常套手段(じょうとうしゅだん)とされており、そのテロリズムは42世紀の未来(げんだい)にも生きている。

職員達は(とら)えた照史(あきと)の身元を調べ、危険度は低いと判断したところで()えて保護者には連絡を入れずそのまま外に(つま)み出した。

()ても立っても()られない照史(あきと)はジワリと(うる)んだ目を(こす)りながら何も考えずに走り出す。

すれ違う人々にぶつかりながら走って走って走り続けて気付けばココは薄暗い路地裏の行き止まり。


冬羽(とうわ)・・・まだ生きてるよな!死んでなんかないよな!?」


人の気配がない事を確認してから照史(あきと)は大粒の涙を流し始める。

(むし)ろ、よくここまで我慢出来たと()(たた)えるべきか。

(ひざ)から崩れ落ち、誰に遠慮する事なく声を荒げて泣き続けていた照史(あきと)は自らの背後に(せま)る何者かの気配を感じ取ったと同時に泣くのをヤメ、瞬時(しゅんじ)に立ち上がる。

13歳の少年とは思えないこの切り替えの速さも全てはナノマシン制御あってのモノ。

両目から(あふ)れた涙を(そで)で拭き取ると、照史(あきと)は2、3歩後退してジワリと(にじ)(まなこ)で相手の姿をしっかりと(とら)えて身構(みがま)える。


「ガキのクセに異常なまでの鋭さ・・・さっきまで泣いていたと思ったら、次の瞬間にはケロっとした(つら)(さら)しやがる。それがガキの取る態度かい!気持ち悪いったら、ありゃしないよ!!」


「誰だっ!」


一定の距離を(たも)ちながら照史(あきと)の背後を取っていたいたのはパンクな革ジャン、黒のボブヘアーを斜めに切り(そろ)えた威圧的なアシンメトリー。

唯一(ゆいいつ)(のぞ)かせる右目の下には赤いイナズマの刺青(いれずみ)(ほどこ)し、攻撃的な面構(つらがま)えと共に見るからに関わりたくない雰囲気を(まと)う女性だった。

照史(あきと)と比べれば(ふた)回りほどの年の差がありそうな彼女だが、わざわざ少年を狙って声をかけてきた理由はナンパでもなければ強盗でもない。

ましてや通り魔的な目論見(もくろみ)などでは(だん)じてない。

ではその目的とはなにか?



「ハッ!アタシが誰かなんてのはどうでもいい。ところでアンタ・・・(いと)しの冬羽(とうわ)(じょう)には会えたのかい?まぁ無理だったろうけどね」


「どうして・・・違う!それよりお前は誰だ!!」


「しつこいガキだね黙って聞きな!アンタが福祉技研(あそこ)で何をしてどうなったかなんざ全部知ってんだよ。それよかアンタ、福祉技研(ふくしぎけん)が憎くくないのかい?アンタから大切な女を奪って、しかも実験の材料として殺しちまったアイツらが憎くないのかい?」


女は照史(あきと)を見下しながらニヤリと口角(こうかく)()り上げ、悪びれた様子なく無慈悲な(しら)せを()げる。

刹那(せつな)少年の目から光が失われ、その小さな身体は(ひざ)から崩れ落ちた。

嘘だと否定してしまえば簡単な事だが、それが出来なかったのは照史(あきと)自身その事を薄々(うすうす)気付いていたからでもあった。

だからこそ少年は無理をしてでも冬羽(とうわ)に会おうとしていた・・・その事実を否定する為の確固(かっこ)たる証拠を()る為に。

そして女の言葉もなぜだが嘘には思えなかった。

理由は話が的確すぎる事に他ならず、まるで当事者(とうじしゃ)として冬羽(とうわ)の最期を見届けていたかのようにスラスラと惨劇の全てを語り続ける。



冬羽(とうわ)(じょう)を殺したのは松永(まつなが)源以(げんい)(やなぎ)銑十郎(せんじゅうろう)、そして比御(ひご)蔵将(くらもち)・・・日本が世界に(ほこ)恥部(ちぶ)と、それに()び売た国家権力の犬共さ」


比御(ひご)って、総理大(あの)比御(ひご)・・・?」


「ハッ!それ以外にどの比御(ひご)がいるってんだい?まぁガキの頭で理解するにゃ難しいだろうが、その()()きを少しばかり聞かせてやるよ。ナノマシンと近代医学の発展で人類の平均寿命(じゅみょう)は160歳まで引き上げられた。200歳を超えた怪老(かいろう)だってざらな世界だが、その結果として1人当たりが()める容量の割合(わりあい)が地球のキャパを超えちまったのさ。わかりやすく言えば1人1人が長く生きすぎてるって事だな」


「・・・だからなんなんだよ」


「つまり恥部(ちぶ)共はナノマシン操作により擬似的な老衰(ろうすい)を起こさせ人類全体の絶対数を管理しようと計画したってわけだ。だからつってバレバレの余命宣告で殺して(まわ)っても、そんなモン猿でも気付く茶番劇(ちゃばんげき)だろ?だからこそヤツらには冬羽(とうわ)(じょう)が必要だった・・・正確に言えば冬羽(とうわ)(じょう)本人じゃなく、そのナノマシンが目当てだったんだろうけどね。ナノマシン異常が原因で極度の虚弱(きょじゃく)体質に生まれてきた冬羽(とうわ)(じょう)は、さながら老衰(ろうすい)間近のソレに近かった。だからヤツらは毎日()かさず冬羽(とうわ)(じょう)の身体に仕置(しお)きを(ほどこ)し、必死こいて殺しの道具を開発しようとして、遂には完成させちまったんだよ ・・・そしてヤツらはソレをこう呼んでいる」


足元に転がる空きカンをつま先で軽く蹴飛ばし、照史(あきと)の前で(かが)むと女は八重歯(やえば)をチラつかせながら言い放つ。


「"死の遺伝情報(ゲノム・オブ・デス)"ってな」


「どうしてそんな事をオレに・・・」


「アンタはアタシ達と同じ目をしている。つまりはアンタとアタシは仲間なんだよ雛市(ひない)照史(あきと)。それに冬羽(とうわ)(じょう)を取り返せるなら悪魔に魂を売っても(かま)わないって思ってるだろ?今でもその思いが・・・覚悟があるなら付いて来な。アタシ達、解放者(リベレータ)に」



遂に明かされた女の正体は国際指定テロ組織解放者(リベレータ)の一員"久茂師(くもし)杏花(きょうか)"。

彼女はあらゆる場所に(ひそ)内通者(スパイ)からの情報を()て、新たな同志を勧誘(かんゆう)するスカウトの1人だった。

老若男女国籍()わず解放者(リベレータ)は常に水面下で同志を(つの)り続けているが、その判断基準は意外にも(きび)しく、たとえ相手が志願者や準過激派であろうとも、誰彼(だれかれ)(かま)わずスカウトするわけではない。

それは解放者(リベレータ)には解放者(リベレータ)なりに掲げる"正義"があり、目的はあくまでも自然保護と人類の救済(きゅうさい)であるが(ゆえ)の事。

自然保護は言うに(およ)ばず、ここで掲げる人類の救済(きゅうさい)が意味するモノとは人の道を()れ、世界を(むさぼ)り喰う()しき思想を根絶し、天地自然の(もと)に共存する人類の本来あるべき姿、または存在意義を(しめ)す。

しかし未来(げんだい)の世は解放者(リベレータ)の目指す"正義"の前には、あまりにも(けが)れていた。

そして(けが)れの根源は、自らの存在意義を見失った人の意思であると結論を出した解放者(リベレータ)は毒を(せい)する毒、(ある)いは鬼喰らう鬼となり再び人類と自然の共存する道を "武力(ぶりょく)"で(うった)えるようになった。

人類同士の身勝手(みがって)(きわ)まりない争いの中で、いかような免罪符(めんざいふ)を掲げようとも自然破壊は(けっ)してあってはならぬ事。

ましてや人類も自然の一部と考える解放者(リベレータ)にとって、人が人の命を奪うなど言語道断。

それが外道(げどう)の意思による一方的な殺戮(さつりく)なら、まさにそれこそが()り取るべき悪なのだ。

そして人の罪深き(ごう)と悪の意味を知ってしまった照史(あきと)(すで)解放者(リベレータ)にとって()()えのない同志であった。

それを聞いて光を失った少年の瞳が再び熱く燃え(さか)る。

その炎は何を(かて)に燃え(さか)り、何を焼き尽くそうとしているのか。

照史(あきと)にとっての悪とは大切な人(とうわ)の命を奪った福祉技研(ふくしぎけん)であり、この瞬間1人の少年は解放者(リベレータ)の一員として福祉技研(ふくしぎけん)、日本政府へ正義の(やいば)を向ける事を(ちか)った。



「・・・なるほど。それよりも今後の松永(まつなが)の動きに注意した方がいい。今朝の事だが国家特務警察軍隊長の近衛(このえ)重徳(しげとみ)福祉技研(ふくしぎけん)(おとず)れた。死の遺伝情報(ゲノム・オブ・デス)の件もある・・・あぁ大丈夫だ。誰も私の事を疑いもしない。ナノマシン情報が私を"福祉技研(ふくしぎけん)四果(よんか)(かなどめ)(みお)"だと証明し続ける限りはな・・・そうだ・・・わかっている。事が終わるまで本物の死体を発見されたり、腐らせたりはするなよ。(かなどめ)(みお)には最後の役目として、私の代わりに死んでもらわなければならない。その為にわざわざ血液とナノマシンを入れ替えてるのだからな。それと・・・いや、その事についてだが・・・それは本当か?・・・ならコチラも動きを変える必要がありそうだな」



所変わって場面は福祉技研(ふくしぎけん)地下駐車場。

周囲に誰もいない事を確認しながら1人の女性職員が物陰(ものかげ)に隠れこそこそとナノマシンリンクで会話をしているが、それも全ては(やま)しい事があればこそ。

彼女の正体は世界中に()らばった解放者(リベレータ)の一員であり福祉技研(ふくしぎけん)内部に(しの)び込んだ内通者(スパイ)その人である。

福祉技研(ふくしぎけん)の動き、日本政府の動き、そして人間(オリジナル)の存在を同志達に提供し続ける大役(たいやく)はまさに1分1秒が常に命()け。

本当の意味で死と(となり)合わせのリスクを()ってでも彼女が暗躍を続ける理由は他と同様、解放者(リベレータ)として己の正義を貫く為の自己犠牲に他ならない。

人類救済(きゅうさい)大義名分(たいぎめいぶん)を掲げる以上、彼女もまた1人の戦士であると同時に後退の許されぬ戦場を生き抜いてきたプロフェッショナル。

だが人間とはそもそもが不完全な存在であり、どんなに(すぐ)れた人格者であろうとも完璧に自身をコントロールは不可能。

定時連絡を終えた彼女は心の片隅(かたすみ)にほんの一瞬、時間に(なお)せば数億分(すうおくぶん)の数ナノ秒、無意識の空白を作ってしまった。

具体的(ぐたいてき)に表現する事すらできない(わず)かの時間・・・本当に(わず)かな時間・・・だがそれだけあれば十分だった。

美しい女性に0秒以上の(すき)が生まれれば"あの男"にとってはガラ空きも同じ事。

何もない事を確認したハズの虚空(こくう)彼方(かなた)、人の気配は(おろ)かアリの子1匹いなかった空間にその男は存在していた。

質量(しつりょう)を持った(まぼろし)なんかじゃない・・・最早(もはや)次元の狭間(はざま)から突如(とつじょ)現れたと言っても過言ではない男の姿を前に彼女の心臓は止まりかけた。


(みお)ちゃん発見!!」


神出鬼没(しんしゅつきぼつ)のすけこまし。

薄暗い地下駐車場も一気に明るくなるほどのイケメンオーラを(まと)った景勝(かげかつ)(さわ)やかに彼女を背後を取っていた。

本人に悪気はなくともこの登場演出は身体にとって非常に悪い。

おかげで心拍数(しんぱくすう)は急上昇、全身の血管がブワッと広がりながら脂汗(あぶらあせ)(にじ)み出る。

それに(くわ)えて彼女の素性(すじょう)は敵陣深くに(もぐ)り込んだ敵対勢力。

ナノマシンが抑制しようとも緊張感は限界突破、体内を()(めぐ)る血液がブクブクと泡を出しながら沸騰(ふっとう)、赤い水蒸気となって全身の穴という穴から噴出(ふんしゅつ)していくイメージが見える。

それでも彼女は自らに(あらが)い続けた。



「か、景勝(かげかつ)さん・・・(おど)かさないでくださいよ!!」


「いや〜こんなところで(みお)ちゃんを見つけちまったら、声を掛けるなって方が無理だぜ?これから休憩?よかったら──」


「すいません・・・その、もう予定があるので」


「んん〜そうなのか・・・なら仕方ない」


時間場所など関係なしに誰の前にでも突然現れる景勝(かげかつ)はある意味で油断できない相手の筆頭格(ひっとうかく)

(さわ)やかな後ろ姿が地下駐車場の闇に消えるまで見届けた"(かなどめ)(みお)(仮)"は額の汗を拭き取りながらホッと胸を()で下ろして瞳を閉じる。

途切(とぎ)れてしまったナノマシンリンクを再開すべく、先の物陰(ものかげ)へもどろうと振り返った刹那(せつな)──


「・・・」


つい数秒前に反対側の暗闇に消えたハズの景勝(かげかつ)が彼女を背後を取り、悲しそうな表情を浮かべていた。

神出鬼没(しんしゅつきぼつ)のイケメンを前に思わず後退(あとずさ)り、そのまま尻餅(しりもち)をつく(かなどめ)(みお)(仮)。

可愛(かわい)らしくも()の抜けた悲鳴が地下駐車場に(むな)しく木霊(こだま)する中、景勝(かげかつ)悲壮(ひそう)な決意を胸に口を開く。


「この景勝(かげかつ)、何はわからずとも女の心はわかる。瞳を(のぞ)けば全てが俺に語りかける・・・」


「は、はぁ・・・?」


(みお)ちゃん・・・いつから"人を殺した"目になったんだ?」



その一言に(かなどめ)(みお)(仮)は魂を抜き取られたかのような衝撃を覚える。

景勝(かげかつ)の言葉はあまりに的確に彼女の所業(しょぎょう)を見抜き、これからやろうとしている事を言い当てたからだ。

それでも誤魔化(ごまか)そうと必死に平常心を見繕(みつくろ)うが最早(もはや)景勝(かげかつ)の眼を(あざむ)く事はできなかった。


「お前は誰だ!!」



景勝(かげかつ)の伸ばした手を振り切り、(かなどめ)(みお)(仮)は地下駐車場を疾走(しっそう)する。

しかしナノマシンリンクで増援を呼んでいたのか四方(しほう)(ふさ)ぐようにして、三佐(さんさ)筆頭(ひっとう)とした二課(にか)工作員(エージェント)達が場を取り囲んでいた。


「なにがあった!」


「アニキ!コイツは俺達の仲間じゃない!所属不明の侵入者だ!!」


銃を(かま)えた工作員(エージェント)達はジリジリと包囲網(ほういもう)(せば)め、これを()みだと理解した彼女はゆっくりと両手を上げ降伏(こうふく)の意思表示をする。

三佐(さんさ)の指示の下、背後から接近した3人の工作員(エージェント)により拘束された彼女はその場で(ひざ)をつき、特に抵抗する様子もなくひれ()した。

ざわざわとした雰囲気が(ただよ)う中、不審者捕獲の連絡を受けた福祉技研(ふくしぎけん)のボスが地上と地下とを(むす)ぶ非常用バイパスからゆっくりとその姿を現した。



「ふむ、内通者(スパイ)の正体は君だったのか。どうかね?良い情報は手に入ったかな?」


「な、なんの事ですか・・・?」


最後の悪あがきか、源以(げんい)を前にした(かなどめ)(みお)(仮)は一応の態度を(しめ)すも状況は何1つ変わらない。

小刻みに震える彼女の目線に合わせるべく片膝(かたひざ)をついた源以(げんい)は右手に持っていた注射器のようなモノをその首筋に打ち込み採血(さいけつ)を開始。

一瞬だけ苦痛の表情を浮かべた(かなどめ)(みお)(仮)には目もくれず、しばらくの間を()けた(のち)源以(げんい)は納得したような表情を浮かべながら立ち上がり、スーツに付着した(ちり)をササッと(はら)いのけ言葉を続ける。



「なるほど・・・トリックの正体はナノマシンを入れ替えていたのか。ナノマシンが拒絶反応を起こせば死にも直結する行為だと言うのに、君もなかなかの好奇心を持っているのだな。ここまで下準備をしていれば駿河(するが)君ですら発見できないのも(うなず)けるが()めが甘いよ "(かなどめ)君"?世の中にはデータ上だけでは語れぬ事もあってね・・・景勝(かげかつ)君はただの役立たず(マスコット)ではないのだよ。警戒する相手を間違えたな」



刹那(せつな)彼女の脳裏(のうり)をイナズマのようなモノが走り、鋭く()ぎった一閃の光を最後に力無く項垂(うなだ)れ気を失った。

採血(さいけつ)と同時にナノマシンの活動を抑制する薬を注入(ちゅうにゅう)された(かなどめ)(みお)(仮)はその後、源以(げんい)の指示で福祉技研(ふくしぎけん)最下層に存在する"とある部屋"へと移された。

そこで彼女は人生最大の苦しみ、恐怖、絶望を味わいながらじっくりと破壊と創造の螺旋(らせん)()ちていく事となる。

その先に待ち受ける結末など知る(よし)もなく・・・。

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