Extra Episode 三佐の晩餐
西暦4192年3月2日。
時刻が21時を過ぎた頃、福祉技研二課の主任デスクでは険しい顔をした三佐がマルチメディアの情報達と睨めっこをしている姿があった。
「・・・」
「何してんだアニキ?こんな時間に歴史の勉強か?」
「景勝か。既にフォシルとは会ったか?」
「あぁ。俺ほどじゃないが、なかなかのイケメン君だったぜ?」
「そうか」
「ところでアニキ。正直に俺はカッコいいと思うけどアニキはどう思う?もう少し前髪を乱した方がよりナチュラルに、より的確に俺のカッコよさが伝わると思うんだけど・・・って、聞いてるのかよ?」
「すまんがお前に付き合っている暇はない。私も少し気になる事があってな」
弟の無駄話を華麗にスルーした兄は黙々とメモを取りながら時に悩み、時にほくそ笑み、時に驚いた表情を浮かべながらこの日の作業を終えた。
明くる3月3日。
この日三佐は午後からの外出許可を得をる為、源以の待ち構える所長室へと向かっていた。
「失礼します」
福祉技研の玉座とでも言うべき所長の席に座る源以に一礼して、さらに1歩部屋の中へと踏み入れる。
「早速で恐縮ですが、本日の午後1時から午後6時までの間に於ける外出の許可を頂戴したく参りました」
「ふむ、理由は・・・フォシル君かね?」
「はい。昨日の会話でフォシルから"食事が口に合わない"という意見をもらいました。2000年も時代を重ねれば食文化の違いも大きくなるのは必然。食事は非常に重要な行為であり肉体と精神を支える為の必須です。本人は口に合わないと思っているだけでも、実は身体が何かしらの拒否反応を示している可能性もあります。そこで初歩的な部分を見落とし対象を衰弱させる可能性がある──」
「構わんよ、君の意見はよくわかった。確かにその通りだ。どうやら私達は私達の物差しでフォシル君を見てしまっていたらしい。野生動物に我々の食事を与え続ければ、いずれは肝機能に異常をきたすという事だな。外出を許可しよう。それと今回或いは今後のフォシル君に対する食事も君が担当するのなら、その全てを経費で落とし、なおかつその内のいくらを君自身の為に使ってくれても構わない」
「ありがとうございます」
「調理器具やキッチンスペースは、こちらにあるモノだけで足りるかね?」
「特別豪華なモノを作るつもりはありません。あくまでフォシルの身体に合った食事を作る事が目的です」
外出許可だけでなく軍資金まで手に入れた三佐は再び一礼すると所長室をあとにする。
現在時刻は正午過ぎ。
外出前の僅かな時間を使い三佐は2階の簡易キッチンで調理器具などの確認を行っていた。
簡易と言ってもココのキッチンは、そこそこのクオリティを誇っており、その気になれば一流レストランのフルコースにも引けを取らないモノを作る事ができる。
大火力を発揮するコンロに未来式オーブンレンジ。
フライパンや一般的な鍋は言うに及ばず寸胴鍋に中華鍋、ミキサーもあれば蒸籠だって用意されている。
これらは最初から用意されていたわけではなく全ては "この女"から始まった事なのだ。
「・・・」
柱の影に隠れて三佐を監視している女の正体・・・湊楓が全ての発端である。
思い返せば昨日の事。
フォシルが放った何気ない一言に対して三佐は小さく "わかった"と返答。
この瞬間、楓の中では"ある可能性"が浮上していた。
元軍人ならではの食に対する考えと、どんなモノでも美味しく食べられるようにと工夫を凝らした続けた結果、三佐の料理スキルは三ツ星シェフに迫るまでに上達していった。
だがそれは貴重な食材を贅沢に使うのではなく限られた食料をいかに無駄なく美味しく食べられるかを追求したある種のサバイバルテクニック。
栄養バランスに重点を置きつつも味と香りも一級品。
材料が魚の頭や骨しかなくとも、誰しもが"うまい!" と声を上げるほどのモノを作り出してしまうのだ。
時には福祉技研内の職員達がその料理術を教えて欲しいと志願してきたり、とある一品が1人の女性職員を結婚にまで導いたとまで言われたり、とにかく三佐の料理スキルは最早神話の領域にまで達している。
そしてひょんな事から彼の腕前を知り、福祉技研全体に広めたのが楓その人であり彼女はソレをこう呼んでいる。
「来るよ・・・"三佐の晩餐"が!」
時刻は13時30分。
天気は晴れでも汚れた天は常に灰色。
それでも商店街は人々でごった返し、その中に三佐の姿はあった。
「2000年代には薄味、濃い味という概念があったと書いてあるが、細かい所で見ていけば今の料理に対する考え自体がイケないのかも知れん」
ナノマシン制御により味覚の好みこそあれど好き嫌いが存在しない未来では食材それ自体はあまり重要視されていない。
早い話がある程度の栄養失調ならナノマシンがそれを補い、足りない栄養素も後付けのサプリメントなどで事足りてしまう。
となれば料理の良し悪しを決めるのは味以外の部分、食感や見た目や量であり大切なのは何の食材を使ったかではなく"それを食べる事によってどうなるか"が基本コンセプトとなっていた。
これではフォシルの口に合わないのも当然。
そこで三佐は今も昔も変わる事なく元気に実った農作物に目を付ける。
環境汚染により栽培方法は大きく変わったがモノ自体に変化はないハズ。
まずは手始めと彼が手にしているのはゴツゴツとしたブサイクな面構えがなんとも言えない"いじらしさ"を演出するデンプンの申し子、ジャガイモだった。
「ジャガイモは蒸せば柔らかく、薄くスライスすれば根菜らしい食感も楽しめる。さらにビタミンB群やCなどのミネラル成分も抜かりない。極め付けはジャガイモのビタミンCは熱に強く、煮たり焼いたりしても壊れにくい事・・・うむ。まずはジャガイモを1kg」
その後も商店街を物色しながら三佐は次々と食材を購入していく。
だが食材1種類につき購入量が全てkg単位と非常に多い。
その為、彼の荷物は食材だけで既に10kgを超えていたが、それがなんだと余裕の表情を魅せつける。
かつての三佐が30kg近い装備を身に付け毎日走り回っていた事に比べればこの程度、鍛え抜かれた彼の肉体に悲鳴を上げさせるにはまだまだ生易しすぎる。
それから時間は過ぎ、現在時刻は19時の夕飯時。
福祉技研にもどってきた三佐がキッチンを占領してから約1時間。
この頃になると一課から四課までの全職員達がソワソワし始めていた。
「なんか・・・すげぇ美味そうな匂いが・・・」
「四課の湊の話じゃ、今日は三佐の晩餐らしいぜ」
「そういえば今年に入ってから初めてじゃない?三佐主任がキッチンに引き篭ってるのって」
「噂の化石君の為に料理を作ってるらしいよ」
「見た目が景勝で中身が三佐主任ならパーフェクトだったのに・・・山本兄弟はそこだけが悔やまれるわ」
最早福祉技研内部は仕事どころではなくなっていた。
楓の拡散力で三佐の晩餐が告知されてからの約6時間、その一瞬の為に断食を決行する者、理想のスタイルに向けての苦行を断念する者、ガッツリ間食をしてしまった事を悔やむ者。
様々な思いを乗せた視線が二階のキッチンへ注がれる中、遂に三佐が料理を完成させる。
「どこまで当時の料理に近付けたかはわからぬが、これならばフォシルの口にも合うだろう。食事は基本中の基本にして肉体と精神を支える源。時間もいい具合だな・・・あとは楓にでも──」
「お呼びでしょうか三佐殿!?」
自分の名前が出るや否や、柱の影からピョイッと飛び出して来た楓は見よう見まねの敬礼をビシッと決めて三佐に熱い視線を送っている。
いつ何時なにがあってもいいように彼女は2時間前から柱の影に身を潜め三佐を監視していたのだ。
側から見れば仕事をほっぽり出して不審な行動をしているだけだが、今日に限っては誰も文句を言ってこない。
寧ろヘタに文句を言えば三佐の晩餐自体がなくなりかけないし、あわよくば彼女にソレを引っ張って来て欲しいという願いもあっての事。
そして楓は今、皆の思いを乗せてその大役を果たそうとしている。
「・・・ずっとそこに隠れていたのか?」
「い、いえ!たまたまです!!」
「まぁいい。お前は所長からフォシルの事を任されていたな。時刻も夕飯時、フォシルを食堂に連れて来てはくれぬか?無論本人が嫌だと言ったら無理強いをさせる必要はない」
「了解であります!首根っこを掴んででも連れて来ます!!」
「無理強いはするなよ」
コートを翻し一目散に猛ダッシュする楓を渋い表情で見送った三佐は慣れた手つきでフォシル用に料理を盛り付けそれを食堂に持っていく。
キッチンからの短い道中で景勝の姿を見つけた三佐は料理を置き終えると弟に声をかける。
「景勝、少しいいか?」
「なんだよ?」
「フォシルの為に2000年代の食事を用意しているのだがあの広い食堂の中で1人きりというのも、どうかと思ってな。二課以外でも誰か夕飯を済ませてない者などがいたら一緒にと思ったのだが──」
その一言を聞いた景勝の口角がニヤッと斜め45度吊り上がる。
刹那、恥ずかしいほどにわざとらしい演技で"アニキが〜"と声高らかに叫び出す。
するとどうだろう?山本兄弟の周りにはゾロゾロと人が集まり出し、いつの間にかメインフロアは職員達で埋め尽くされていた。
「むっ、こんなにいたのか?いかに仕事に追われていようとも食事は基本中の基本、今後はあまり遅くなる前に済ませるよう心掛けた方がいい。だが人数が多すぎるな・・・すまないが何名か手伝ってはくれぬか?この量を私1人でやっていては、さらに1時間はかかる」
その頃、楓は──
「フォシル!!」
「えっ!?あ、はいっ・・・な、なんでしょうか?」
「今日が何の日か知ってる!?」
「今日ですか?え〜と今日は確か3月──」
「はい時間切れ。とにかく一緒に来て!!」
三佐の言い付けを無視して、半ば強制的にフォシルを連行していた。
あれよあれよと食堂に連れて来られたフォシルは、その光景に我が目を疑った。
そこには福祉技研の全職員が一堂に会し巨大な寸胴鍋を囲みながら和気藹々としていたからである。
「来てくれたかフォシル」
「三佐さん?これは一体・・・」
「うむ、昨日のお前の言葉が気になり2000年代の食事というモノを再現してみたのだが、これなら口に合うかと思ってな」
「な、なるほど・・・あっ、これ肉じゃがですね?」
「そうだ。それと食事を取るなら大勢の方がいいとも考えたのだが、少し多すぎたか?」
「いえ、そんな事・・・」
「ほら、前置きはいいから食べてみなよ!三佐の料理はハンパないんだから!!」
「あ、はい。それじゃいただきます」
野菜とそれの溶け出した煮汁が醸し出す優しく甘い香り。
一口食べれば口いっぱいに広がる幸福感。
どこからともなく絶賛の嵐が吹き荒れては新たな賞賛の声が上がり、それを繰り返して盛り上がる楽しげな食堂の雰囲気。
この肉じゃがを前にしては、あの源以ですらも僅かながら微笑んでいるように見える・・・が気のせいかも知れない。
「アニキはまた料理スキルが上がったな?」
「あぁ。店で出せば2000Qは取れるぞ」
「・・・♪」
「君の一品ならば、どこででも通用するだろう」
「今回も激ウマだよ三佐〜!」
「はい!ここに来てから初めて美味いモノを食べた、まさにそんな感じです!」
「それは光栄だ」
両目を閉じて軽く微笑む三佐のこれは、彼なりの照れ隠しのようなモノ。
「ところで湊さん。結局今日は何の日なんですか?」
「えぇ?フォシルは鈍チンだなぁ。今日が何の日ってそれはもちろん──」
福祉技研内部では不定期、不規則、ゲリラ的タイミングで行われる、とある行事があった。
それが行われると老若男女問わず、福祉技研の職員達は一堂に会したという。
皿に盛られた料理を囲みながら長テーブルにズラリと並んだ人の群れ。
その様子は新約聖書の記述に準え、いつしかこう呼ばれるようになった。
──三佐の晩餐と。