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EscapeGoat  作者: 鈴木崇嗣
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ACT.4 オリジナルとレプリカ



西暦4192年3月11日。

朝一の検診を終えたフォシルが一課(いっか)の病室を去ろうとした時──


「ちょっと待ってくれ」



声を掛けてきたのは銑十郎(せんじゅうろう)だった。

ドクターストップをかけられたフォシルは少し不安げな表情を浮かべ、おそるおそる彼に聞き返す。


「なにか悪いところがあったんでしょうか?」


「いや、そうじゃない。とりあえず三佐(さんさ)が来てから詳しい理由を話そう」



それから程なくして三佐(さんさ)が病室にやって来るや(いな)や2人の表情は固く強張(こわば)り、これから起こる事の重大(じゅうだい)さを声なき(うった)えで示唆(しさ)していた。


「フォシル、三佐(さんさ)・・・ついて来てくれ」



重い腰を上げ、椅子(いす)から立ち上がった銑十郎(せんじゅうろう)は白衣のシワを伸ばすと病室をあとにする。

それに続きフォシル達がやって来たのは病室手間にありながらも、何人(なんびと)たりて通さぬ!と来る者を拒絶するかのように立ち塞がる鋼鉄の扉の前だった。



「あの・・・これは・・・?」


「フォシル。この扉の先に、何があっても慌てないでほしい。たとえ最悪の事態が発生したとしても俺と三佐(さんさ)がお前を死守(ししゅ)する」



不安を(あお)る言葉を残して銑十郎(せんじゅうろう)はロックを解除した。

扉はゆっくりと上へスライドしながらその奥に隠していたモノを徐々(じょじょ)徐々(じょじょ)にと見せびらかしていく。

30秒ほどで完全に口を開いたその中を見てみると、用途不明の機材群が所狭(ところせま)しと空間を占拠して、なおかつ部屋全体は不思議な(にお)いで()たされていた。

だが(もっと)も気になるのは、その中央で(あき)らかに特別(あつか)いされた"なにか"の存在・・・。


手筈(てはず)通りに頼むぞ」


「はい」



三佐(さんさ)銑十郎(せんじゅうろう)は体を横にサイドステップ気味に(せま)い通路をすり抜け"なにか"を(おお)っていたシートを()がすと現れたモノは謎の機械にセットされた全裸の少女らしき物体だった。


「っ!?」


まさに一瞬。

時間に直せば0.001秒以下。

その正体を理解したフォシルは美しく神秘的なフォルムをした少女の裸体を前に"あぁっ!あぁあぁっ!!" と(うぶ)な声を()らしながら視線を足元に落す。

本当はマジマジと脳裏(のうり)に焼き付くまで見ていたいのだが、目の前に存在するモノは決して見てはイケない禁断の光景。

フォシルの頭はこの上なくこんがらがり、煙を吹き出しながら処理落ちする。


「落ち着け!これはサードメイカンドだ!」


「サード・・・で、でもそれは人間そっくりに(つく)っちゃイケないって(みなと)さんが──」


「その通りだよフォシル君。人間の(おか)した最大の罪、それは人に()せた人ならざるモノを(つく)った事だと(とな)える(やから)もいるくらいだからね。なんとか起動までには間に合ったようだな」



少女から視線を背ける理由を()る為、入り口の外から声を掛けてきた源以(げんい)に向き直ると、血走(ちばし)った目で"アレはなんだ!?"と言いよるが冷静沈着(れいせいちんちゃく)源以(げんい)に"サードメイカンドだよ"と、あしらわれてしまう。

ああ言ったら、こう言い返してくる源以(げんい)為人(ひととなり)(すで)に理解しているハズなのに、それを踏んでしまう辺りフォシルは相当テンパっているのだろう。

サードメイカンドがどうのではなく、なぜに裸の少女と自分は対面させられているのか?

疑問が疑問を呼ぶ()螺旋(らせん)からフォシルを救うべく、遅れながらも当初の約束通り銑十郎(せんじゅうろう)は事の全てを語り始める。


「本来サードメイカンドはナノマシン認証により相手を識別するのだが、お前はナノマシンの入っていない純粋な人間(オリジナル)。そこで今からやる事は、コイツにお前を主人(マスター)と理解させる為、ココにある機材を(かい)して物理的に外部認証させ、プロセッサに直接認識させようと思う。お前は難しい事は考えずにコイツの眼を見ていればいい」


「ど、どどうしてそんな事を?」


「あぁ少々厄介(やっかい)な事になってな。どうやらお前の存在が解放者(リベレータ)に知られてしまったらしい」


解放者(リベレータ)?それって確かテロリストの──」


「自然保護を免罪符(めんざいふ)(あば)れまわる過激派の・・・な。何が目的かはわからないがヤツらは人間(オリジナル)を求めているらしい。()(とう)な神経をしていれば無い物ねだりは口だけだろうが解放者(リベレータ)は過激派テロ組織。欲しいモノは奪いに来るのが道理。ココまで話せばわかるだろう?つまりコイツは最悪の事態を見越(みこ)した上でのお前の"武器"だ」



プロセッサ、ナノマシン認証などの難しすぎる単語には触れる事なく置いといて、うっすらとだが状況自体は理解できそうだ。

人間よりも優れた戦闘力を持つサードメイカンドを護衛に付け、有事(ゆうじ)の際は自分の身は自分で守れと言う事なのだろう。

物騒(ぶっそう)な空気が(ただよ)う中、(つく)り物と言えどリアルすぎる少女の閉ざされた眼を、じーっと直視しようとするが、いかんせん他の部位に目を奪われてしまう。

人工物とは思えない曲線で構成(こうせい)されたボディと白く柔らかそうな肌。

それに合わせるサラサラのロングヘアは(かえで)よりもさらに明るい茶髪。

現実と理想の良いとこ取りをしたような膨らみかけのバスト。

ナニに(いた)ってはリアル云々(うんぬん)以前に、神々(こうごう)しすぎて今のフォシルの耐性(レベル)では見る事すらできない。

しかし男にはやらねばならぬ時がある。

荒れ狂う津波が(ごと)(おお)(かぶ)さるようにして押し寄せる罪悪感を殺し、フォシルは少女に向き直り()のモノを凝視する。


「始めるぞ。絶対に目を背けるな」


「はい・・・」



銑十郎(せんじゅうろう)三佐(さんさ)がアイコンタクトで意思疎通(いしそつう)(はか)ると2人は各々のポジションへ着き、フォシルは源以(げんい)と少女に(はさ)まれた位置で呼吸を整える。

やたらと大きな機械を操作しているにも(かかわ)らず、(わず)かに聞こえてくる音といえば衣服の()れるササッ・・・という物音のみ。

静かすぎるが(ゆえ)に場の緊張感は際限(さいげん)なく高まり全身は小刻みに震え、口は(かわ)き、息を殺してこの瞬間をやり過ごす以外の選択肢が見つからなかった。

しばらくの作業を終えると銑十郎(せんじゅうろう)源以(げんい)に扉を閉めるよう指示を出す。

その後、扉は固く閉ざされ甲高(かんだか)いキーッという電子音を()って完全にロックされた事を報告、気持ち暗くなった部屋の中では4人の男と1体の少女が、無言のまま"その時"を待ち続けいる。

その後、銑十郎(せんじゅうろう)は力強い目でフォシルに合図を送る。

それが何を意味するのかなど言うに(およ)ばず、小さく首を縦に()ったフォシルを見て銑十郎(せんじゅうろう)は最後のスイッチをオンにした。

音もなく無機質な光を放つ機器類には目もくれずにただ一点、閉ざされていた瞳を凝視していた刹那(せつな)(つい)に少女が開眼するが──


「・・・」



(うわ)まぶたの(ほとん)どが閉じた状態のジトッとした目付きは何か気に入らない事でもあるのかと、問い(ただ)したくなるほどのクオリティで威圧感(いあつかん)を与えてくれる。

蛇に(にら)まれた蛙、(ある)いはゴルゴンそのものか。

1分が10分にも1時間にも感じる時の中で立ち尽くしていると、いつの間にやら銑十郎(せんじゅうろう)から完了のサインが出ている事に気付かされる。

あの瞬間から虚空(こくう)彷徨(さまよ)っている内に、どうやら全てが終わっていたらしい。

当初身構(みがま)えた覚悟の炎は不完全燃焼気味に鎮火させられ、ため息の1つすら出なかったがフォシルからすれば何がどう変わったのかがわからない。

依然(いぜん)として少女は機械に繋がれ、それに対峙(たいじ)する己の姿も変わりなく()いて言えば少女の裸体に対する耐性が付いた事くらい。

終始困惑の表情を浮かべ続けるフォシルを他所(よそ)三佐(さんさ)銑十郎(せんじゅうろう)が少女の拘束(こうそく)を解除すると、少女は自らの意思?で謎の機械からピョンッと()ねるようにして飛び降りた。

着地と同時に人工石の床にペタッと足の裏が張り付く音が聞こえてくる・・・これが超合金ロボットよろしくガシャッ!と雄々(おお)しい金属音を(かな)でてくれればその正体は(つく)り物だと自分を(だま)す事も出来ただろうが視覚と聴覚を(かい)して()た情報を整理すればするほど少女が(つく)り物だとは思えなくなってしまう。

1人(うつむ)き悩み(ふけ)るフォシルの(かたわら)には、いつの間にか源以(げんい)陣取(じんど)っていた。

仮にも苦手意識を持つ相手にここまで接近を許したのは初めての事。

腰を落としたサイドステップで通路幅限界まで源以(げんい)と距離を置いたフォシルは少女、源以(げんい)三佐(さんさ)銑十郎(せんじゅうろう)を目だけで視界に(とら)えて動きを止めた。



銑十郎(せんじゅうろう)、これは成功かね?」


「そのハズだ」


「ふむ。ならばテストをしよう」



テストと(しょう)して源以(げんい)が取り出したモノ。

それはバレル全体にセレーションを(ほどこ)しグリップにはフィンガーチャンネル、マズルフェイスにはアグレッシブなストライクプレートを取り付け、さらに剛性(ごうせい)を持たせる為にマッシブなボディに改造された他、(あま)す事なくスパルタンなカスタムが(ほどこ)された白銀に輝く8連装リボルバーだった。

すぐにそれが玩具(おもちゃ)でない事は(さっ)しがつくし、その銃口が少女に向けられなおかつ源以(げんい)人差(ひとさ)し指がトリガーに掛かっている事から次の瞬間、何が起こるかも容易(ようい)に想像できる。

さらに姿勢を低くしたフォシルが顔を(そむ)けた刹那(せつな)、バズッ!バズッ!と鈍く(かわ)いた轟音が(せま)い室内に響き渡る。

うっすらと片目を開き、おそるおそる源以(げんい)の姿を確認すると突き出された右腕には(わず)かに煙を()くスパルタンリボルバーが握られ、その銃口をたどれば──


「っ!!」



右肩に1発、胸部(きょうぶ)に1発、腹部に2発、左脚に1発、計5発の弾丸を撃ち込まれた少女が微動(びどう)だにせず立ち尽くしていた。

辺りの機器類には少女の飛び散った鮮血(せんけつ)が付着、さながらそこは殺人現場のような光景と化していた。

突如(とつじょ)として憤怒(ふんど)の炎を撒き散らしたスパルタンが落ち着いたのを確認して、フォシルは少女に向き直った。

白く美しかった素肌は真っ赤に染まり、生々しい銃創(じゅうそう)が口を開いている。

あまりに凄惨な少女の姿を前に目眩(めまい)を起こしたフォシルが片膝をつき目頭(めがしら)を押さえた刹那(せつな)源以(げんい)は少女めがけ、さらに2発の弾丸を撃ち込んだ。

"もう止めろ!!"と心の中で叫びながらも実際には声の出ないフォシルを放置して源以(げんい)は話を進める。


「耐久面では問題なさそうだが自衛システムは(そな)わってないのかね?」


「その前に言う事があるだろ!」


「すまないな銑十郎(せんじゅうろう)。抜き打ちでなければソレの信頼性がわからないと思ってね」


「・・・自衛システムは作動している。今回は相手が福祉技研(ふくしぎけん)内部の人間だったから動かなかっただけだ」


「なるほど。ではそのセーフティはオミットしておく事だ。ソレはナノマシン管理で福祉技研(ふくしぎけん)内部の人間かどうかを識別しているのだろう?逆に言えば内部の人間を相手にした場合"無条件で無力化される"という事になる。私が敵対勢力ならば、そこを突かない手はないと考えるがね」



所長として"兵器"のテストを済ませると源以(げんい)は1人扉のロックを解除、未来(げんだい)の火薬(特殊水爆薬と呼ばれる水素を原料とした火薬)の残り香だけを置いてどこかへ行ってしまった。

一方呼吸を整え少し落ち着いたフォシルは血塗(ちまみ)れの少女に焦点を当てながらゆっくりと立ち上がり、おぼつかない足取りで銑十郎(せんじゅうろう)の元へと(あゆ)()る。


(やなぎ)さん・・・」


「大丈夫か?」


「はい・・・でも、俺の事よりも・・・早く・・・その()を・・・」


「コイツなら大丈夫だ。元々お前を守る為の武器として開発したコンセプト上、皮膚の下には各種センサーを内蔵した強化骨格と生体ナノローブを組み込んである。血のように見えるこの赤い液体も、それらの組み合わせで作られた、いわば生体機関の活動を手助けする培養液(ばいようえき)だと思えばいい。だから傷も自然治癒するだろう」


「生体・・・と言う事は、やっぱり彼女は"生きている"んじゃないですか?」


「ぁ・・・いや、生体というのはあくまで──」



一瞬テンパった銑十郎(せんじゅうろう)が言葉の意味を()こうとした時、フォシルは力なく地面にひれ()した。

突然の発砲に合わせて、肉を(えぐ)られ血塗(ちまみ)れになっていく少女の姿・・・それは常人(じょうじん)には到底耐えられるような光景ではなかったのだ。

少なくともナノマシン制御による庇護(ひご)、感情のコントロールを受けられないフォシルからしてみれば全てのダメージが直接精神にのし掛かり、未来(げんだい)においては人一倍のダメージを受けてしまう。

目眩(めまい)に吐き気、内臓を(しぼ)り取られていくような鈍い腹痛に悪寒(おかん)の走る熱っぽさ。

身体からフワッと魂が抜けていくような感覚を最後にフォシルは完全に気を失った。



「今のは少し油断したな・・・」


「死の瀬戸際(せとぎわ)ほど人間は(かん)が鋭くなると言います。気を(たも)っていられるかの(ふち)で、フォシルにも()たような症状が起こったモノかと・・・だとしたら目覚めた時には直後の記憶は忘れているハズです」


「・・・一応は"パーツと設計図"がある状態で始めた事。終わってみれば、ただ前例がなかったにすぎなかったと解釈(かいしゃく)する事も・・・いや、どの道こうなっただろう」



人差(ひとさ)し指と中指で頬をなぞりながら銑十郎(せんじゅうろう)三佐(さんさ)に合図を送る。

すると三佐(さんさ)はうつ()せに倒れたフォシルの左脇(ひだりわき)に自身の右腕を通し、テコの原理で仰向(あおむ)けへと直す。

そのままフォシルの上半を起こし背後から手前に引っ張るように持ち上げる。

あとはフォシルの体勢が崩れないように全身を使って支えながら前面に回り込み、強靭(きょうじん)な肉体を()かした元軍人ならではの手際(でぎわ)で左手で左手を、右手で右脚をしっかり掴みながら肩に(かつ)ぎ上げる。


「ちょうどいい。実働データの記録も()ねてフォシルが目覚めるまでの間コイツに看取(みと)らせてみよう。準備が出来たらフォシルの部屋に向かわせる」


「わかりました」



それから2時間後の正午(しょうご)過ぎ。

ボウリング球のように重く固まった頭を持ち上げ(かす)(まなこ)で辺りを見渡せば、そこは源以(げんい)の用意したフォシルの部屋のベッドの上だった。

掛け布団を蹴飛ばし、半覚醒状態のままベッドから転がり落ちたフォシルは部屋を出ようとドアの前までやって来たところで動きを止めた。

刹那(せつな)ノーモーションからクイックターンを決め、背中に(そそ)がれていた何者かの視線をたどる。

見ればベッドを(はさ)んで、ちょうど真向(まむ)かいの壁際(かべぎわ)

部屋の()()りに隠れるようにしてコチラに視線を送っていたのは、あの少女だった。


「おまっ・・・いや、君は」



数時間前とは打って変わって今度はライトグレーのスカートに同色のジャケットを羽織(はお)り、その下の白いワイシャツにはライトグリーンのリボンでワンポイント。

白のニーソックスに合わせるのは、丸みを()びた黒のメリージェーンパンプス。

相変わらずのジト目だが少女は気品ある身形(みなり)へと変貌(へんぼう)()げていた。

混乱するフォシルとは対照的に冷静な表情を浮かべた少女はベッドを飛び越え、何かを手渡してきた。

それは手のひらサイズの透明なガラス板のような物体だが、フォシルはコレの正体を(すで)に知っている。

コレは以前源以(げんい)伝言(でんごん)としてフォシルに使ったSBCと呼ばれるモノで、このガラス板のような物体それ自体が具現化(ぐげんか)された音声データだと言う。

詳しい原理はわからないがガラス板の左右を掴み(ゆる)いアーチ描くようにして折り曲げると、そこから源以(げんい)の声が再生され始める。


"おはようフォシル君。目の前のサードメイカンドから逃げ回らずに、ちゃんと受け取ってくれたかね?さて今回、君に頼みたい事は全部で3つ。1つはそのサードメイカンドに名前を付けてやってくれたまえ。今後は嫌でもコミュニケーションを(はか)らねばならん状況が来るだろう(ゆえ)に、後々になって呼びづらい名前よりも一貫(いっかん)して呼び続けられるモノを付けるといい。例えば(みなと)(かえで)とかどうかね?君にとって、これほど馴染(なじ)み深い語呂(ごろ)もあるまい?2つ目、そのサードメイカンドは学習型AIを搭載している。しかし今のままでは君を守る以外の選択肢を自ら考え、自ら選び、自ら実行するというプロセスが組み上がってないのだよ。そこで君自身の手で学習させてやってほしいのだが、これと言って難しく考える必要はない。AIは君や周りの人間を観察して学習、その中で大まかに善と悪を識別する。つまり君の行動の1つ1つが彼女の世界を(つく)るという事になる。また優先して覚えさせたい事があるなら個別で指導すれば、すぐに理解してくれるだろう。さて最後だが、これはフォシル君自身に関してだ。今、君の目の前に存在するソレは、あくまでもサードメイカンドという"(つく)り物"であり、見た目や仕草(しぐさ)といった細かい部分を、どれだけ人間に近付けようとも所詮(しょせん)は人類の模倣品(レプリカ)。だが人間(オリジナル)である君だからこそ、その線引きが曖昧(あいまい)になってしまうのではないかと思ってね。物欲という意味での執着心(しゅうちゃくしん)ならかまわんのだが、それ以上の感情を(いだ)かぬようにな。以上で話は終わりだが意見や文句があるなら直接言いに来てくれたまえ"



一通り聴き終えたフォシルはSBCをテーブルに置き、改めて少女を、じーっと見つめてみる。


「彼女は人間じゃなくて(つく)り物・・・そんな彼女に名前を付ける・・・」



珍しく源以(げんい)の助言が頭をよぎる中、彼女に相応(ふさわ)しく、なおかつ今後とも呼び続けられ、その存在を自分自身が勘違いしない名前を考えてみる。

様々な条件に(しば)られた上での名付けは難航(なんこう)しするかと思いきや案外あっさりと浮かんでしまった。

しかもこれが妙なマッチ感のある響きだったからフォシル自身も驚いている。


「えーと・・・名前は、まだないんだよね?」


「該当データがありません」


「じ、じゃあ・・・その・・・"創り物(アーティ)"って言うのはどうかな?」


「アーティ・・・登録完了」



拍子(ひょうし)抜けするほど順調に事が進み、逆に何か見落としてないかと不安を(あお)られる。

苦難(くなん)に飲まれ続けた弊害(へいがい)()(はら)い、あとは彼女(あらた)めアーティに色々な事を学習させればとりあえずの目的は完了する。

その為にはまずアーティを他人と触れ合わせる事だと考えたフォシルは部屋を飛び出した。


「それじゃアーティも一緒に──」


「行動しています」


「って、近すぎ!!」



名前を呼ぶ前から(すで)にアーティはフォシルの背後にピタリッと張り付いて行動を共にしていた。

()り返ると同時に、あのジト目と目線が(まじ)わった事にはビックリしたがアーティは何を言わずともフォシルの周辺から離れるつもりはないようだ。

守るべき対象の(かたわら)()()うのは武器としてある意味当然なのかも知れないが、それにしても近すぎる。

そこでフォシルはアーティに人との距離感を理解させる。

ところが数値としての正確なデータがない以上、彼女にとってその距離感を理解するのはとても難しい事らしく任意(にんい)の位置から3次元座標(ざひょう)X.Y.Zで計算しても答えが出なかったらしい。


「え〜と・・・なんだって?」


「3次元領域(りょういき)での空間把握(はあく)に失敗しました。より正確な数値を()る為に──」


「違うよアーティ。数値だとか領域(りょういき)とかじゃなくて、人との距離感って言うのは"ココ"の事を言うんだよ」


トントンと自分の胸を叩いて人との距離感とは自分が相手に、または相手が自分にどれだけ心を開いているかという事を(つた)えるべく、()いてはそのイメージだけでも掴んでもらおうとするが──


「そこは心臓」


「いや、そうなんだけど・・・」


(ゼロ)から何かを(つた)えるというのがこれほどまでに過酷な作業だったとは知らなかった。

嫌でもコミュニケーションを(はか)らねばならん状況が来ると源以(げんい)は言っていたが、今のままではアーティとのコミュニケーションは簡単な単語のみでしか出来そうにない。

こういう時にコミュニケーションの達人、(かえで)景勝(かげかつ)がいてくれれば・・・直後フォシルの(ささ)やかな願いは1つの小さな奇跡を起こした。



浮気者(うわきもの)



相も変わらずいつの間にかフォシルの背後を取ってハンサムポージングを決めているのは景勝(かげかつ)その人。

今日は(かえで)ではなくアーティを連れている事に対しての皮肉のつもりなのだろうが、これがなんともグッドタイミング。

今のフォシルと景勝(かげかつ)の距離感こそ、彼女に教えたかったモノ。

"この距離感を覚えて"と身振(みぶ)手振(てぶ)りでアーティに説明しながら景勝(かげかつ)に向き直ろうとするが(すで)に彼の姿はドコにもなかった。

あれ?となりながら周囲を見渡している最中(さなか)突如(とつじょ)廊下全体にドズッ!と鈍い音が響き渡る。

反響する音の根源を耳だけで(さぐ)り、振り返った刹那(せつな)──


「・・・なかなかに情熱的じゃねぇか」


右腕をアーティに掴まれ、変形一本背負いの要領で地面に叩きつけられている景勝(かげかつ)の姿を発見する。

瞬間移動にも近いフットワークでフォシルの目を盗みアーティにちょっかいを出した結果、こうなったらしい。

無防備な状態で投げ飛ばされれば全身を(くま)なく強烈な痛みに襲われる事くらい理解しているだろうに、()えて受け身を取らずイケメンフェイスを()せつけ(さわ)やかに乗り切るあたり、やはり景勝(かげかつ)の根性は常軌(じょうき)(いっ)している。


「か、景勝(かげかつ)さん!大丈夫ですか!?」


「ふっ・・・俺を見縊(みくび)るなよ?この程度で()を上げているようじゃ山本(やまもと)景勝(かげかつ)としての()(ざま)(つと)まらない」


キリッとした目でフォシルを(さと)すも体勢が体勢(ゆえ)に、 景勝(かげかつ)の発言はどうしてもギャグとしてしか(とら)えられないが本人は真剣そのもの。

たらしの美学を()(とお)す為なら、景勝(かげかつ)は命を()ける事すら(いと)わない。

筋の通し方を大幅に間違えてはいるが、その(たくま)しさは多少なりとも見習うべき点があるかも知れない。


「で、この()は誰だ?」


「えっ、あぁ・・・え〜と・・・アーティです」


「アーティ・・・なるほど君にこそ相応(ふさわ)しい可憐(かれん)な名前だ!だけどアーティは人間じゃないな・・・サードメイカンドか?」



その一言でフォシルは度肝(どぎも)を抜かれた。

確かにジトッとした人間味のない表情をしているが、そんな顔したヤツらなんて他にも"ごまん"といるハズ。

つまり外見的部分ならアーティは人間と変わりないほどのクオリティを(ほこ)っている。

それを一撃で見抜いた景勝(かげかつ)心眼(しんがん)にある種の恐怖を覚えながら"どうしてわかったのか"と聞いてみる。

その答えはフォシルの想像していた全ての予想を裏切り、(なな)め上を突き抜けた回答だった。



「この景勝(かげかつ)、難しい事は理解出来ずとも女の心はわかる!どんな女だって瞳の奥底を(のぞ)けば全てがわかる!見た目じゃない!存在する次元がどうこうでもない!大切なのは(うるわ)しく咲き(ほこ)っているかどうかにある!」


「・・・ナノマシンで調べたとかじゃ?」


「う〜ん?白露(はくろ)さんなら出来るかも知れないけど俺には無理だ。だから言ってるだろ?瞳を見れば全てがわかるって」


「は、ははっ・・・とんでもない能力ですね」



最早(もはや)笑うしかなかった。

その後、3人は改めてメインフロアへと向かう。

フォシルも景勝(かげかつ)もアーティに関してはわからない事だらけなので、道中彼女に様々な質問をしながら人との関わり方を理解させていく。


山本(やまもと)景勝(かげかつ)・・・登録完了。該当データ、対象を山本(やまもと)三佐(さんさ)実弟(じってい)と確認。以後福祉技研(ふくしぎけん)内部に()ける重要度を3に設定しました」


「ほぉアニキを知ってるのか。で、俺は何段階中の3なんだ?」


「10段階中の3。重要度は低いと思われます」


「まさか俺を三枚目だと思っての(あつか)いか?だったらアニキは10段階中の何なんだ?」


山本(やまもと)三佐(さんさ)の重要度は7です」


「アーティの中では2倍以上差を付けられてますね」


「ふっ・・・(まい)ったねこりゃ」



肉体的、精神的ダメージに対して驚異的な耐性を(ほこ)景勝(かげかつ)は、いきなりの低評価を食らっても特に気にも掛けていない様子である。

長い廊下抜け、たどり着いたメインフロアは相変わらず裏の非合法組織とは思えない雰囲気で3人を出迎えた。

しかし今回のメインはあくまでアーティに学習させる事。

そこで景勝(かげかつ)のようなアクの強い人物は()け、もっとマシな相手を探しているとちょうど休憩中の白露(はくろ)を発見する。


「休憩中にすいません。少しいいですか?」


「・・・?」


ソファーに座り、優雅(ゆうが)なティータイムを満喫(まんきつ)している彼女のもとへ颯爽(さっそう)()()るとフォシルは事情を説明してアーティを一歩前へと向かわせる。

その間に景勝(かげかつ)は何か飲み物を買ってくると言い出して場をあとにした。

女性に対する細かな気遣(きづか)いも、たらしの美学。

白露(はくろ)の飲んでいたモノが何なのかを一瞬の内に確認し、次に欲しくなるモノを(あらかじ)め用意しておこうという魂胆(こんたん)だ。



「・・・」


「該当データ、駿河(するが)白露(はくろ)。ナノマシン異常により身体的ハンデを(かか)えるも、その影響で非常に高い演算(えんざん)能力を会得(えとく)駿河(するが)白露(はくろ)のスペックは未来(げんだい)のスーパーコンピュータ4台分に匹敵(ひってき)する」


「こ、こら!もう少し言い方を──」


「・・・」


「あぁあぁっ!駿河(するが)さんすいません!」



無口な上に、顔の1/3を(おお)ったビン底メガネのせいで白露(はくろ)の表情は読み取れないがアーティの失礼(きわ)まりない物言いは誰が聞いても不愉快(ふゆかい)に違いない。

ところが白露(はくろ)不貞腐(ふてくさ)れもしなければ、ゆっくりソファーから立ち上がるとアーティの前で(ひざ)()り2人は視線を合わせる。


「・・・」


「該当データがありません」


「・・・」


「該当データがありません」


「・・・」



ナノマシンリンクで2人は何か会話をしているのだろうが白露(はくろ)の声は聞こえない。

アーティもアーティで"該当データがありません"と言うだけなのでその内容はさっぱりだが、白露(はくろ)の表情を(のぞ)けば、なんとなくだが彼女は微笑(ほほえ)んでいるようにも見える。

どことなく柔らかい空気で辺りが()たされていくような、フワフワとした雰囲気には不思議と心地(ここち)よいモノを感じる。

その時アーティが白露(はくろ)に向けて両腕を伸ばし、そのまま彼女の首に(から)めるようにして()きついた。

まさか白露(はくろ)()(ころ)すつもりか!?

一瞬にして(きも)を冷やしたフォシルが"待った!"の声をかけ、アーティを引き()がそうと肩に手を掛けると──


「これは優しさ。駿河(するが)白露(はくろ)(ぬく)もり。新規データを作成・・・優しさ・・・(ぬく)もり・・・優しさ・・・」


「アーティ・・・」



いつの時代も変わらぬモノは人の(ぬく)もりか。

2人の間でどのようなやり取りが行われたかは知らないがフォシルの眼に(うつ)る彼女達の姿は、まるで生き別れた姉妹ないし母娘のようにも見えた。

無機質な創り物(アーティ)を優しく(つつ)み込む白露(はくろ)の中に慈母(じぼ)の光を見出したフォシルはアーティの肩から手を離す。

そして思い出すのは(かすみ)かかった向こう側でユラユラと浮かんでは消えを繰り返す()りし()の記憶。

一筋(ひとすじ)の波で頬を(かざ)った母と娘が互いを確かめ合うように強く強く()き合いながら・・・漆黒(しっこく)の炎に(つつ)まれ(はい)と化していく光景だった。


「あぁ・・・あぁあぁあぁっ!がぁあぁああぁ!!」



精神(こころ)の中で何かがピンッと(はじ)け飛んだフォシルは両手で頭を押さえながら暴れ狂い、のた打ち(まわ)り、発狂(はっきょう)の限りを尽くして自傷(じしょう)を繰り返す。



「どうしたっ!?」


(けもの)雄叫(おたけ)びにも()(うな)り声を聞きつけた景勝(かげかつ)が、レモンティーの入ったボトルを投げ捨て3人のもとに()()るとテーブルの(かど)にでもぶつけたのか、フォシルの頭部からはドクッ、ドクッ、と(みゃく)打つように血が吹き出している。

仮にも最重要国家機密(あつか)いの人間(オリジナル)(まん)(いち)の事があれば福祉技研(ふくしぎけん)どころか国全体の問題にもなり()ねない。

緊迫(きんぱく)した空気が福祉技研(ふくしぎけん)を支配する中、連絡を受けた一課(いっか)の医療班が到着。

暴れるフォシルを力技で押さえつけ、傷の手当てをすると同時にセデーションを開始する。



(やなぎ)主任(しゅにん)に連絡しろ!急げ!!」


「し、知らない知らない!!ここんなモノ知っ・・・知らない!!」


「落ち着けフォシル!何があった!?」


「なんだこれは!なんなんだ!!知らない知らない知らなっ──!!」


「しっかりしろ!気を強く──フォシ──しっ──」



・・・



・・・・・・



・・・・・・・・・



「不幸中の幸いか、特に異常は見られない」


「では何が原因でフォシ坊はあのような事に?」


「以前フォシルが言っていたのだが、ふとした時に昔の記憶を思い出す事があるらしい。例えばこんな光景どこかで見たなと思った時などがそれに該当する」


「フォシ坊が直前に見たモノは白露(はくろ)さんがアーティを()きしめてるところだったハズ。それに対して何かトラウマ(ある)いは忘れたい過去があったという事ですか?」


「現状では()きにしも(あら)ずとしか言えんな。こんな事があると、やはり俺達はナノマシンに頼りすぎていると言わざるを()ない」



少し冷んやりとしたベッドの上、悪夢から目を覚ますと誰かの話し声が聞こえてくる。

激しい目眩(めまい)と痛みを(ともな)う気持ち悪さに叩き起こされたフォシルの全身に感覚がもどっていくと同時に誰かの(ぬく)もりがこの右手に(つた)わってくる。

力無く片目を開きその正体を確認すると手を握っていたのはアーティだった。


「アー・・・ティ・・・」


「これは優しさ。手は握り(こぶし)を作れば武器となり、開けば誰かを優しく(つつ)み込む事ができる。該当データ、 駿河(するが)白露(はくろ)の言葉。私はフォシルを守る武器として優しさを行使(こうし)する。該当データ、基本マニュアルNo.3第4項目、型式TMーX05ーCPT319準戦闘(エース)型サードメイカンドの存在意義」



相変わらずジトッとしたアーティの目を見つめながらフォシルはゆっくり目を閉じた。

彼女に手を握ってもらっているだけなのになぜだか心底安心する・・・小さな両手で(つつ)み込まれたその手を握り返し、フォシルは小声で語りかける。


「少し、このままでも・・・いいかな」


「問題はありません」



大きなガラス板を(はさ)んで(となり)の部屋、スピーカーを(かい)して聞こえてきた2人の会話は銑十郎(せんじゅうろう)にとって実に興味深いモノだった。



「・・・創り物(アーティ)と言ったか?とりあえずはイレギュラーなく起動は成功したな。形はどうあれ対象を守ろうとする基本システムにも問題はなさそうだ。これなら源以(げんい)も納得するだろう」


「アニキもこの事を知っているんですよね」


「一応のレベルだが三佐(さんさ)にも協力してもらった。(もっと)もあいつがこの事を知ったのは計画実行の前日だったがな」



眠るフォシルとそれに()()うアーティを見つめながら銑十郎(せんじゅうろう)人差(ひとさ)し指と中指で頬をなぞりレポートを作成していく。

その後、フォシルが目を覚ましたのは時刻が20時を過ぎた頃。

そして(かたわら)には彼の手をずっと握り締めていたアーティの姿があったと言う。

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