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EscapeGoat  作者: 鈴木崇嗣
4/27

ACT.3 生存率−1%



西暦4192年3月10日。

()(にえ)の立場でありながらフォシルは持ち前の明るさで福祉技研(ふくしぎけん)職員達と良好な関係を(きず)いていた。

(かえで)には弟分(おとうとぶん)として()り回され、三佐(さんさ)からは当時(かこ)を知る者として歴史には(しる)されなかった事を色々聞かれ景勝(かげかつ)からは女性関係をしつこく聞かれ続ける。

またデジタルエンチャント(メッセージアプリのようなモノ)を(かい)して(フォシル)文字(はくろ)は会話を成立させ銑十郎(せんじゅうろう)とは体調管理の為、日に数回の検診を受けている。

しかし源以(げんい)とだけは──


家畜(かちく)は幸せだと思うかね?」


「俺は家畜(かちく)じゃない」


「知っているとも。君は正真正銘(しょうしんしょうめい)人間(オリジナル)だ。だからこそ聞いているのだよ。何1つ不自由なく、殺されるまでの(せい)(まっと)うする豚や鶏に対して、明日の(せい)すらわからない野生の獣達は、本当の意味での天命(てんめい)(まっと)うしている。同じ(せい)でも(はん)するこれらは、どちらが幸せだと思う?」


「・・・」


「今の君は前者の獣。たまには(けが)れた(そら)の下、自由に走り回ってみたいと思わんかね?」


相も変わらず殺伐(さつばつ)とした関係を維持していた。

フォシルは目覚めてからの1ヶ月、一切(いっさい)の外出を禁止され、環境汚染(いちじる)しい未来(げんだい)()いてナノマシンの導入されていない人間(オリジナル)外気(がいき)(さら)される事はイコールで死出(しで)の旅路を意味している事を聞かされていた。

それを散々警告してきたのは他にもない源以(げんい)自身。

ところが今日に限ってこのような話題を()るあたり、大切な()(にえ)を生かしておきたいのか殺してしまいたいのかが、いよいよわからなくなってきた。

気まぐれで放たれた甘い言葉に殺されてなるものかと()りし()源以(げんい)が言ったセリフをそのまま返してみる。


「私自身が忘れていた事をよくも覚えていたものだ。素晴らしい記憶力だよフォシル君。それとも嫌な事だけは、いつまでも覚えていられる(たち)なのかね?」


毎度(まいど)毎度(まいど)ネチネチと・・・っ!」


気張(きば)らずともいい。私も(いま)(がた)、自分でそう言った事を思い出したよ。しかしだフォシル君、未来(げんだい)には非常に(すぐ)れたモノがあってね──」


フォシルの部屋に置かれた三脚(さんきゃく)テーブルに()りかかっていた源以(げんい)は右手にぶら下げた大きなケースをそこに置くと、フォシルに見えるように(ふち)人差(ひとさ)し指でなぞりながらフタを開く。

その中を(のぞ)き込めば灰色の物体が威風堂々(いふうどうどう)たるオーラを放ちケース中央に鎮座(ちんざ)している。

一瞬でそれが何だかを理解する事はできなかったが、 ()りない情報は想像力でカバーするのが道理。

大きさはサッカーボール並み・・・素材は妙なテカりを放ち、燃やしたらパチパチと溶けながら有害物質を出しそうなあの感じ ・・・バイザーのような()()りの下には一体型のゴーグルらしきモノが付いている。

()くして、そこから(みちび)き出した答えは──


「マスク?」


超濃度有害物質(パニッシュエレメント)に完全対応した防塵(ぼうじん)マスクだ。いかにナノマシン技術が発展しようとも(ねん)には(ねん)をと考える者も少なくないこのご時世。体内に侵入する有害物質を手前で()(のぞ)ければ、それに()した事はないのでな。外を見たまえ」



いつもの壁透視(とうし)で変わり()えのない未来(げんだい)の姿が(うつ)し出される。

変形する大型ビル群にエメラルドグリーンの道路。

空飛ぶ車こそないけれど、街行く人々の頭上すれすれを低空飛行する謎の物体。

その中で源以(げんい)が見せたかったモノは圧倒的技術の進歩(しんぽ)ではなく街行く人々の方だった。

アンテナの付いたラバースーツを着ているわけでもなければ宇宙服よろしくな未来アーマーを着ているわけでもない。

フォシルの暮らしていた当時(かこ)と何1つ変わらないフォーマルでカジュアル、ベーシックでシンプルな人々の姿は正直、見ていてもつまらない。

それなら、ごちゃごちゃとした風景を見ているほうがよっぽど好奇心をくすぐられる。

(ゆえ)にフォシルの眼は人々を"動く点"くらいにしか見ていなかったし然程(さほど)興味もなかったのだが、源以(げんい)の言葉に(うなが)され人間観察をしてみると──


「あれは・・・」


当時(かこ)とは明らかに違うワンポイント。

(けが)れた(そら)の下、すれ違う人の群れの中になんと防塵(ぼうじん)マスクを(かぶ)った人物を発見。

ビシッとした黒いスーツに漆黒(しっこく)のマスク・・・さらに目を()らせば頭部から首元まで、すっぽりとマスクで(おお)った家族連れ。

3月の寒さが容赦(ようしゃ)なく肉体を攻め立てる中、無邪気な風の子を体現した子供達の姿は半袖短パン防塵(ぼうじん)マスクの奇抜なスタイル。

(きわ)()けは赤子(あかご)の入れられたカプセルのようなコックピットのようなデザインのベビーカーそれ自体が(すで)防塵(ぼうじん)フィルターとして機能しているという事。

西暦4192年、未来世紀末の異様な光景にフォシルは愕然(がくぜん)とするが、重度の環境汚染により人間の()り方さえも変えてしまった世界観を()ってすれば"その程度の変化"は(なん)なく(まか)(とお)る。

小さな島国日本は、たかが2000年の時代(とき)を超えただけで(すで)に異世界へと姿を変えていた。

(けわ)しい表情のまま外を見つめるフォシルの胸に、ある(しゅ)のカルチャーショックと(かな)しみが込み上げてくる。

それから源以(げんい)が言うには前者の獣もたまには放牧してやらないと仮初(かりそ)めの(せい)とやらに疑問を(いだ)いてしまうらしく、フォシルを家畜(かちく)()り下がらせない為にも今回の"お散歩"を提案したと言う。

ハッピーサプライズと呼ぶには胸糞悪すぎる理由だがフォシル自身、外の世界に興味があるのも事実。

その後源以(げんい)に連れられやって来たのは福祉技研(ふくしぎけん)二課(にか)に属する超濃度有害物質(パニッシュエレメント)対策部。

源以(げんい)から事前に連絡を受けていた事もあり二課(にか)の面々は落ち着いた様子で大量の防塵(ぼうじん)マスクを用意していた。

場所も場所という事でその(かたわら)には主任(しゅにん)三佐(さんさ)と、最近になってフォシルの姉(仮)を自称(じしょう)するようになった(かえで)が待機している。

仮にも社会福祉法人(しゃかいふくしほうじん)を名乗る以上、ここら辺の技術は本物らしくフォシルが疑問を投げ掛ければ開発担当であろう色白の痩せた男は事細かにそれらを説明してくれる。

目を輝かせ、妙な自信と情熱に(あふ)れた男の説明は聞けば聞くほど超濃度有害物質(パニッシュエレメント)に対する恐怖心も(やわ)らいでいく。

様々なデザインの防塵(ぼうじん)マスクが並ぶ中ビビビッ!と感性を刺激されたフォシルが手にしたのはラウンドレンズに鳥の(くちばし)のようなフィルターが付いたペストマスク(17世紀頃に実在した医療マスク)だった。

迷う事なく手にしたペストマスクをあらゆる方向から観察した(のち)、開発担当の男並びに三佐(さんさ)(かえで)に対して"これが良い!"と意気揚々(いきようよう)言い放つ。

それはある意味でウケを狙ってのチョイスだったのだが──


「よりにもよってそのタイプを選ぶとはな」


「うん・・・なんか"パン=エンド"みたいでちょっとアレというか・・・なんか・・・」


「パン・・・なんですか?」


「えぇ?フォシルはセンスないなぁと思っただけ」



笑いも起きなければブーイングも起こらない。

それどころか2人(開発担当の男を(のぞ)いて)を困惑させただけ・・・(よう)するにフォシルはスベってしまったのだ。

捨て身上等、決死の思いで放った渾身のボケ。

それに対して(むく)われぬ結果。

腹の中で、ぬくくっ!と苦虫(にがむし)()(つぶ)したよう(つら)(さら)してゆっくりペストマスクを元の場所にもどした。

そこからフォシルのテンションは右肩下がり。

挙句(あげく)の果てには口に直接フィルターを突っ込めば良いんじゃないかと暴言を吐く始末。

実際、口元だけのハーフタイプ防塵(ぼうじん)マスクも存在するのだが人間(オリジナル)のスペックを考えれば否応(いやおう)なしにフルフェイス一択となる。

(なか)不貞腐(ふてくさ)れながら改めてフォシルの選んだモノ。

それは開発担当の男が持って来たうちのどれでもなかった。

予想外の選択に三佐(さんさ)眉間(みけん)にシワを()せ、彼の手にしたマスクを見てみると──


「そのマスクは二課(にか)で作られたモノではないな?」


「だが福祉技(ここ)研で作られた事に変わりはない。すまんな三佐(さんさ)、それを設計したのは私だ」


「所長がですか?いつの間にこのようなモノを」



せっかくの好意を()()して選んだモノは源以(げんい)が最初に見せたあのマスクだった。

バイザーと一体型レンズを装備した灰色のソレは、よくよく見ればデザイン性も悪くない。

本当に源以(げんい)が設計したのかを疑いたくなるレベルでフォシル的センスに合格点を押させたこの防塵(ぼうじん)マスクは以後、彼が外出する際の必需品となった。

(わず)かな隙間も許さない事を前提に作られたマスクの()()けはかなりキツい。

首を()められた時などに内側から頭を吹き飛ばされるんじゃないか?と不安を感じさせるアレを(こら)えながらフォシルは開発担当の男に身を(ゆだ)ねる。


「・・・おぉ」



マスクを装着して少し(こも)った自分の声と、シューシュー音を立ててフィルターから()れる呼吸音にフォシルのテンションはやや回復。

若干の息苦しさはあるが気分はさながら特殊部隊。

昔は意味もなく歯の隙間から息を()らしてコレのマネをした・・・しかしそのクオリティは周りの友人達に言わせれば死にかけのジジィ。

ハッ!とした刹那(せつな)、再び前後の()けた記憶のピースがどこかの空白にハマっては(またた)く間に虚空(こくう)彼方(かなた)へと消えてゆく。



馬子(まご)にも衣装とは言ったモノだ。よく似合っているではないか。これならば誰に疑われる事もなく外出ができるだろうが、注意しなければならない事もあるので説明しておこう。そのフィルターが100%の能力を発揮(はっき)できる時間は約10時間程度。それを過ぎればわかっているね?」


()(にえ)にする前に死ぬなって言いたいんだろ・・・わかってる」


「理解が早くて助かるよ。その通り、我々がどんなに望んでも()られなかった()(にえ)の素質を君は持っている。正直(うらや)ましいよフォシル君。では(みなと)君と2人、男女水入らずで楽しんで来るといい」


不意(ふい)に語られる彼女の名前と、皮肉めいてはいるもののなぜだか期待してしまう言い回し。

その背後で自信ありげに胸を張る(かえで)の姿がフォシルの期待にさらなる拍車(はくしゃ)をかける。

時代的な話をすれば約2200歳を(むか)えた彼も肉体的精神的な実年齢は10代後半の(さか)った(オス)

()れない環境に(さら)されて食欲、物欲は(おとろ)えても性欲だけは御健在。

このくらいの歳の男子(おのこ)というヤツは変な意味はないが異性との()り方を妙に意識してしまうモノであり、あわよくばワンチャンあるかも?と考えてしまうのも(ひとえ)に若さ(ゆえ)の必然。

状況が状況というのも(あい)まって少しずつ(かえで)()かれていく自分がいる事も理解している。

だからこそ今のフォシルの頭では彼女の事を考えれば考えるほど、いい所しか見えてこない。

明るくおバカでキュートな(ひと)・・・ふとした時に感じる圧倒的フレグランス(りょく)・・・一言で言い表すなら(かえで)は最強の可愛(かわい)さと最高の波長を()(そな)えた蠱惑魔(こわくま)だった。

1人(あわ)い幻想を(いだ)くフォシルは後に彼女の正体を知った時でさえ、その想いを変える事はなかった。



未来(げんだい)勝手(かって)もわからない君を野放しにするハズがなかろう?ドブネズミなら本能で帰って来れようが、君は不憫(ふびん)人間(オリジナル)()()でも生き()びんとする(たくま)しさもあるまい。それに自分の立場を考えてみたまえ。我々も大切な()(にえ)を失いたくないのでな」


腹の中が読めない、いつもの冷めた表情で2人を見送ると源以(げんい)は鋭い三白眼(さんぱくがん)を閉じて三佐(さんさ)に向き直る。



三佐(さんさ)、なにか思うところがあるようだな」


「いえ、私は──」


(かま)わんよ、言ってみたまえ。君の態度(ある)いは声なき(うった)えが私にこのセリフを言わせたのだからね」


超能力にも(ちか)しい洞察力で三佐(さんさ)心境(しんきょう)を見抜いた源以(げんい)は、その巨体を見上げながらゆっくりと歩み()る。

物言わぬ威圧感(プレッシャー)に若干表情を強張(こわば)らせた三佐(さんさ)一息(ひといき)ついて源以(げんい)の期待に応えるべく口を開いた。



「・・・では僭越(せんえつ)ながら、なぜフォシルを外部に(さら)すようなマネをするのですか?」


人間(オリジナル)の存在を(しめ)す為だ。ここ最近、お(かみ)(あお)りがしつこくてね。何を焦っているのかは知らんが、政府管理区第7陸橋広場に連れて来いと言われてしまったのだよ」


「第7陸橋広場・・・人通りの多い観光スポットを指定してきたのはフォシルの警戒心を()く為と考えるのが適当。でしたら(かえで)だけでは不十分かと思います。今からでも二課(にか)先鋭(せんえい)(ある)いは私や景勝(かげかつ)が護衛に──」


「いや、(みなと)君1人で事は()りる。忘れたのかね?彼女が何者なのかを・・・君は何があろうとも山本(やまもと)三佐(さんさ)である事に変わりはないが彼女はどうかね?ある時は福祉技研(ふくしぎけん)四課(よんか)(みなと)(かえで)、ある時はジャーナリスト(すめらぎ)あやめ、またある時は身分もクソもない()()めのクズ有斎(ゆうさい)瑠璃(るり)。それと(あら)たにサードメイカンド大手(おおて)、IMsコーポレーションの()浦霧(うらぎり)茂吉(もきち)の隠し子にしてIMs正統後継者、浦霧(うらぎり)津奈(つな)が生きていたというシナリオで偽装データを用意しているところだ」


そういう事か・・・三佐(さんさ)は1人納得した。

現状フォシルの存在を知っているのは福祉技研(ふくしぎけん)内部の人間と日本政府内でも一部の上級官僚(かんりょう)のみ。

対する福祉技研(ふくしぎけん)は暗躍組織でありながらも数々の功績により、(すで)に一部の危険因子(テロリスト)達には()(わた)った存在と化している。

中でも最強の危険因子(テロリスト)(もく)される解放者(リベレータ)は、あらゆる所に決起(けっき)のタネを()いている。

彼らにとって福祉技研(ふくしぎけん)(まご)う事なき敵であり、その関係者も同じく敵と見なされる。

フォシルの存在が(いま)解放者(リベレータ)に知られてないと仮定した時、彼の(となり)三佐(さんさ)景勝(かげかつ)といった歴戦(れきせん)工作員(エージェント)がいた場合、それは無条件でフォシルの警戒レベルを引き上げさせる事になる。

この情報社会に調べられないモノはなく、未来(げんだい)の人口は宇宙圏も合わせれば約1600億人を(ゆう)に超え、その1人1人がナノマシンにより生まれる前から死んだ後まで徹底的に管理されている。

途方もない数字にも見えるが、これらを管理しているのは統括コードと呼ばれるWCNSの中枢機関(ちゅうすうきかん)ただ1つであり、その中から特定の人物を探し出す事自体、少しの悪知恵があればさほど難しいモノでもない。

ナノマシンを(かい)してフィードバックされた膨大な情報はリアルタイムで統括コードに送られ入力、上書き、保存、出力をヨクト秒(10の-24(じょう))単位で(おこな)っている。

つまりは誰が何時何分ドコで何をしていているのかを瞬時に知る事ができるのだ。

そうやって調べられた結果、フォシルが統括コードの枠外(わくがい)に存在する人間(オリジナル)だとバレでもしたら人間も地球の一部としてテロリズムを掲げる解放者(リベレータ)の事、それこそ何を仕出(しで)かすかわかったモノではない。

この時代の人間として生まれた以上、統括コードの監視から逃れる(すべ)はないからこそ源以(げんい)は物理的カバーを犠牲にしてでも(かえで)1人に(まか)せたのだ。

実は彼女も白露(はくろ)同様、先天性(せんてんせい)のナノマシン異常を(かか)えているのだが、それはあまりに異質で、あまりに特殊なモノだった。

突然変異を起こした(かえで)のナノマシンは統括コードとのフィードバックを任意(にんい)で拒絶する事ができ、この変異ナノマシンを福祉技研(ふくしぎけん)では通称R-typeと呼んでいる。

頭文字のRは書き換え(Rewrite)を意味し、その能力は源以(げんい)()べた通りである。

彼女の存在を()えて(おおやけ)(さら)す事で第三者には"(かえで)イコール(かえで)"という情報を認識させ、その上でナノマシン情報を書き換え(Rewrite)すれば"実在するが存在しない(パラドックス)者"が完成する。

つまり戦いに(そな)えるのではなく"戦いわない事"に(おも)きを置いた結果がこの組み合わせ。

それだけの事にすぎないのだ。



「そうなれば(かえで)に用意された身分は全部で1007人 ・・・自身を含め1つの身体で1008役を演じ分けるとは、さすがにやりますね」


「人間は相手の中身を見ずに外見だけで判断すると言われるが私に言わせれば50点。その実、誰も他人の事など見てはいないのだよ。中身も外見も含めてね。人間が他人を判断するポイントは情報だけだ。人が人を求める時、本当に求めているのは為人(ひととなり)などではない。その人間が持つ情報を求めているにすぎん」


「所長の(おっしゃ)(とお)り、その考えは(すで)実証(じっしょう)されています。現に(かえで)(いつわ)りの身分を使い幾度(いくど)となく福祉技研(ふくしぎけん)貢献(こうけん)している事からもそれは明白(めいはく)です」


「それに死人の心は寛大(かんだい)だ。決して文句を言わん。それどころか(みなと)君を()(しろ)に再び(せい)満喫(まんきつ)できて感謝しているのではないか?」


「・・・ですが浦霧(うらぎり)会長の(けん)早急(そうきゅう)すぎるかと思います。フィードバックしたナノマシン情報と共にデータ上で保管されたそれらを改ざんするにも、死後4年程度では(いささ)か不安要素も多いかと──」


三佐(さんさ)、君は頭が良い。(ゆえ)に可能性を不確定要素として警戒してしまう。無論、脳細胞の死滅(しめつ)した醜怪(しゅうかい)共よりは数億倍マシだが、それだけでは不十分だ」


(さと)すような目で語り掛ける源以(げんい)のそれはどこまでも冷たく、まるで鋼鉄の(かたまり)対峙(たいじ)しているかの(ごと)き圧迫感を与える。

見た目どうこうではなく松永(まつなが)源以(げんい)という存在そのものが威圧的なのだ。



「だが今はそれでいい。この福祉技研(ふくしぎけん)で本当に信頼できる人物は銑十郎(せんじゅうろう)三佐(さんさ)、君達だけだよ。それはそうと(あお)りついでに、お(かみ)から新たなプランが発表されてね。その内容を君にも(つた)えておこう。そうすれば君の恐れる不確定要素も色鮮やかな可能性に見えてくるハズだ」


「・・・」


「ここでの立ち話では(きょう)が乗らんだろう。先に私の部屋で待っていてくれたまえ。駿河(するが)君の進捗(しんちょく)状況を確認したらすぐに向かう」


1つの事象(じしょう)の裏には倍以上の物語りが存在する。

フォシルからすれば源以(げんい)の気まぐれ。

(かえで)からすればフォシルと共に過ごす何気(なにげ)ない一時(ひととき)

源以(げんい)からすればテロリストと日本政府(おかみ)を相手取った()け引き。

その全てを知る必要もなければ知る(すべ)もない。

ただ1つ言えるのは全員が全員、同じゴールを目指しているわけではないという事だ。

所変わってフォシルと(かえで)がたどり着いた先は福祉技研(ふくしぎけん)地下駐車場。

時刻は午前11時という事もあり、辺りには誰もいないらしく無機質なタイルに反響した2人の声だけが、だだっ広い空間に(むな)しく響き渡る。

さすがに駐車場だけあって車らしき物体がちらほらと点在しているが、そのどれもがのっぺりとしたスライムのようなフォルムをしている。

20世紀の感性を受け継ぐフォシルから見れば、とてもじゃないがコレを乗り物だとは認識できない。

例えるのなら雑煮の中で柔らかく煮詰(につ)まり(かど)の取れた巨大な(もち)

タイヤもなければエンジンらしきモノも見当たらない。


「さて、どこか行きたい所とかある?」


「たぶん俺の知ってる所はどこにも残っていないかと・・・」


「油断したわ。当たり前の話をするつもりが、こんな悲しい流れになるなんて・・・だがしかし!所長からアドバイスをもらってましてねー、未来(げんだい)の世界観を理解するには第7陸橋広場って所が良いと言われたんですよ!!」


怒鳴(どな)り声にも()(かえで)の言葉にフォシルはハッ!とする。

いつの間にか彼女を放置して車らしきモノと(にら)めっこしていた事に気付いた彼が急ぎ振り返ると、そこには実につまらなそうな顔をした(かえで)がポケットに手を突っ込みスタンばっていた。

"はよ来い!"と()かす彼女の元へ()()ると、(かえで)は柱の影に隠れた何かを指差(ゆびさ)し──


「あんなモッチモッチのパン車よりも、こっちの方がカッコいいでしょ!?フルチューニングした私の愛機(マシン)XMR-4初期型ライトニングカラーよ!」


()めてあったソレは黒地にダークブルーのラインが入った、いかにも未来的バイクのようなモノだった。

ナイフのような鋭いフォルムにタイヤはなく、あるのは純粋にスピードのみを求め続けた(たくみ)の心意気。

(かえで)本人が私のだ!と言っている以上彼女の愛機(マシン)に違いはないのだろうが、いかんせんギャップがありすぎる。

キャスケット帽でカサ()ししても彼女の身長は約160前後。

対する愛機(マシン)細身(ナロー)スタイルではあるものの全長は2mを超え、ハンドルは前傾姿勢を余儀(よぎ)なくさせるセパレートタイプ。

おまけにステップの位置はかなり後ろに調整されたバックコントロールのレーシング仕様。

それを(かえで)の体格で乗り回すにはとてもじゃないが無理があるように思える。

なんならイメージ的にも体格的にもクール(見た目だけ)な景勝(かげかつ)の方がよっぽどお似合いだ。

マスクの下で不安げな表情を浮かべるフォシルを他所(よそ)にお気に入りのキャスケット帽をしまった(かえで)()()よがしに愛機(マシン)に飛び乗り、左足でスタンドを払うと自身のライティングフォームを()せつける。



「・・・フォシル?」


「えっ?あ、はい。なんでしょうか?」


「乗らないの?」



少しの間を()けた(のち)(かえで)唐突(とうとつ)に言い放つ。

状況を整理すれば彼女は愛機(マシン)を自慢する為だけにフォシルをココに連れてきたわけではなく、例の第7陸橋広場に行く為にコレを使うつもりだったとの事。

つまり──


「乗るって・・・ソレの後ろ(ケツ)にですか?」


「当たり前でしょ?まさか運転させられるとでも思ってた?」


「あっ、いや・・・そういうわけじゃないと言うか、そもそもが違うと言うか」



フォシルの()()らない態度の理由は()()然々(しかじか)

だが当人の苦悩など他人から見れば焦れったいだけの無駄な時間に他ならない。

再び"はよ!"と()かす(かえで)の気迫?に押されて、ふっ切れぬモヤモヤを(とも)にフォシルはXMR-4の後ろに乗る。

いざ乗ってみると、これがなかなかにフィット感のあるシートで臀部(でんぶ)から太ももの付け()辺りを優しく(つつ)()む。

アグレッシブでシャープな見た目に(はん)してその実、(またが)ってるぶんには()も言えぬ安心感を与えてくれる。

あとは彼女のドライビング技術がどの程度のモノなのかと考えた時、(かえで)愛機(マシン)はベルトやタンデムバー(後ろの搭乗者が振り落とされないように掴む為のモノ)がオミットされている事に気付く。

これは非常によろしくない。


「あの(みなと)さん。コレ・・・俺はドコを掴んでれば良いんですか?」


「えぇ?ドコだっていいんじゃない?」


「じゃあ・・・(みなと)さんを掴んでも?」


「あぁ?」



(あき)れてるのかイラッとしたのか、どっちとも取れないトーンで返答する(かえで)にフォシルは少し後悔した。

刹那(せつな)、彼の手を取った(かえで)は迷う事なく自らの腹部にその腕を回した。

不意(ふい)の逆ボディタッチにドキッとしつつも、絡みつかせるように巻きつけた腕を指先までピタリと彼女の脇腹(わきばら)に張り付ける。

マスク越しでも感じる気がする彼女の甘い香りにうっとりしながら顔も名前も知らない(かえで)の両親に"あなた方の令嬢(れいじょう)に抱き付かせていただく事をお許しくださいと"心の中で一言()びをいれフォシルは目を閉じた。

後ろのポジショニングを確認した(かえで)がメインパネルを操作して愛機(マシン)に命を吹き込むとXMR-4はそれに応えるべく、ピシューッと小気味(こきみ)よい起動音を(かな)で始め、次の瞬間には声高らかに(くろがね)咆哮(ほうこう)を響かせる。


「スタンバイOK!それじゃあ、いっくよー!!」


「え、ちょっ、まだヘルメット──」



フォシルの軟弱(なんじゃく)な意見など聞く耳持たず、まるでスラロームでも楽しんでいるかの(ごと)く入り組んだ地下駐車場を疾走する(かえで)は、そのままグイグイと加速させ愛機(マシン)の勢いを殺さずに地上へと飛び出して行った。

あとになって聞いてみれば、この時代にはマルチ・ジャイロ・アブソーバー・システムなるモノが完成しており最早(もはや)ヘルメットの着用は必須(ひっす)ではなくなったらしい。

身を(ゆだ)ねるフォシルとしては、具体的にそれがどのようなモノなのかを聞いておきたいところではあるが、当の(かえで)が説明下手なせいで聞いたが最後、より一層の不安を(つの)らせる結果となってしまった。

他に気付いた事と言えば、未来(げんだい)のバイクらしきコレの正体は20〜21世紀頃に走り回っていたソレらとは()()なる全くの別物である事。

感覚としても地面を()って走るというより、なめらかにその上を(すべ)っている感じに近い。

かと言ってスノーボードともアイススケートともまた違うなんとも言い表せない不思議な感覚。

そして意外に確かな(かえで)のドライビング技術に揺られる事10分。

2人は今回の目的地、第7陸橋広場に到着した。

辺りを見渡せば超濃度有害物質(パニッシュエレメント)にも負けず、活気(かっき)(あふ)れた人々がワラワラと()()い、露店やエンターテイメント的映像がこの空間をこれでもか!と盛り上げ、その中にはもちろん防塵(ぼうじん)マスクを装備した人の姿も確認できる。

イライラするレベルの(にぎ)やかしさと人混みの窮屈感(きゅうくつかん)を見ていた矢先(やさき)、バラバラに(くだ)け散ったいつかの記憶が(うず)を巻きながら一点に集まっていくような感覚が脳裏(のうり)をよぎる・・・が、今回ソレは形になる事なく光の彼方(かなた)へと消えていった。

記憶の燃えカスはすぐに黒いモヤモヤへと変わりフォシルにため息を吐かせる。

それでも辺りを見渡してみると人混みに(まぎ)れて"明らかに不自然なモノ"が存在しているのを発見する。

さっそく(かえで)にアレは何かと聞いてみると──


「あぁアレ?アレは"サードメイカンド"だよ」


「サード・・・メイカンド・・・?」


「まぁわかりやすく言えばロボットか人造人間(じんぞうにんげん)だと思えば間違いないかな?」



フォシルの見つけたモノは成人男性ほどの大きさをしたロボットだった。

無駄のない青っぽい装甲にスタイリッシュなバイザーヘッド、硬そうな見た目に反してぬるぬると動くソレの存在はまさに未来世紀。

中には玩具(おもちゃ)サイズだが見た目が人間そっくりな、それこそ妖精のようなタイプから角張(かくば)った赤い装甲に(つつ)まれ胸部のクリアパーツからオールドな歯車が見えるブリキ風ロボットまで()()見取(みど)り。


「あの小さいヤツなんて見た目だけなら人間と変わらないじゃないですか?」


「だからサードメイカンドには、いくつかの法律(ルール)があるの。大きさを人間サイズにするなら外見を人間っぽくしちゃダメとか、5mを超えるヤツは人型にしちゃダメとか。人型って言うのはこう・・・二足歩行で ・・・とにかくわかるでしょ!?」



(かえで)の説明によると人間サイズのサードメイカンドは通称J型と呼ばれ、この時代の法律(ルール)で見た目を人間っぽくしてはならない為にロボット感(あふ)れるデザインになっているとの事。

またサードメイカンドには最小サイズの規定もあり、全長16cm以下にしてはならないのだが、このタイプ(16cm以上50cm以下)には先述の見た目に関する法律(ルール)は適用されず限りなく人間に近いよう(つく)る事ができる。

そしてこれらのサードメイカンドは通称F型と呼ばれている。

逆に最大サイズに規定はなく、(もっと)も大きなサードメイカンドは全長400mを超えるらしいが5mを超える場合は例外なく人型に(つく)る事が禁止されこれらは通称G型と呼ばれている。

具体的には下半身を土台(どだい)型にしたり、両腕と頭部をオミットしてメインカメラ付きの胴体と2本の脚だけのモノだったりが存在し、その目的もJ型とF型が愛玩(あいがん)(ある)いは生活のパートナーとして使われるのに対してG型は(おも)に作業用として使われる事が(ほとん)どである。

またサイズに関係なく人型以外のモノ(G型を(のぞ)く)は通称S型と呼ばれるらしい。


(すご)いですね・・・未来(げんだい)って」



未来(げんだい)の世界観を理解する事がこれほどの苦行(くぎょう)だったとは思いもしなかった。

ドッと押し寄せる疲労感に負けじとフォシルは(かえで)のあとに続き、人混み()き分け奥へ奥へと突き進む。

一方、福祉技研(ふくしぎけん)所長室では──


「待たせたね」



シックな木目調(もくめちょう)の部屋で三佐(さんさ)が待つ事20分。

遅れてやってきた源以(げんい)(かたわら)には銑十郎(せんじゅうろう)の姿も確認できた。

2人が椅子(いす)に腰掛けると早々(そうそう)源以(げんい)はデジタルディスプレイを広げ、あるモノを見せ始める。



「まずはコレを見たまえ。1週間ほど前に日本政府に向けて解放者(リベレータ)が発信したとされるモノだ」


空中に投影(とうえい)された映像はNoImageの警告と共にザザッ・・・というノイズが流れているだけだった。

その後しばらくすると低音加工された声で20秒にも満たない音声が再生される。



歓喜(エデン)の名の下に人類を救いし我ら解放者(リベレータ)はアダムとイヴの息子達。神に祈り、神に()び、無辜(むこ)なる人の血を(ささ)げ、潔白(けっぱく)の証明と共に世界の一部へと(かえ)らん。善悪の果実こそ唯一(ゆいいつ)にして絶対の真実なり」


映像が切れた(のち)、しばしの沈黙(ちんもく)が場を支配する。

一瞬にして凍りついたこの空気を打ち砕いたのは三佐(さんさ)の放った率直(そっちょく)な意見だった。



「これは一体?」


(さくひん)のクオリティに対してかね?確かに君の言う通り、()められた出来ではないな」


「皮肉るな源以(げんい)三佐(さんさ)はこの内容を"どういう意味"かと聞いているんだ」


「そうだったのか、これはすまない。知っての通り、ここ1ヶ月の間で解放者(リベレータ)の動きが再び活発化してきている。害虫(むし)が目覚めるにはまだ肌寒い季節だが、なにか甘い蜜でも見つけたのだろう。意味もなく政府に喧嘩を売ったのでないとするなら、解放者(リベレータ)には明確な目標があると考えるのが妥当(だとう)。そこでキーワードになるのが"善悪の果実"という表現だ」



解放者(リベレータ)の本質は環境保護団体。

それは地球と人類が共存できる世界を意味しているのだが、未来(げんだい)の世界は彼らの掲げる共存とはかけ離れ過ぎている。

一方的に地球を(むさぼ)り尽くした人類は崩壊の一途(いっと)をたどる世界の中で醜態(しゅうたい)(さら)しながらも支配者であり続けんとする。

それを解放者(リベレータ)に言わせれば、(すで)に人類はアダムとイヴの生み出した無辜(むこ)なる人間にあらずして異形(いぎょう)の怪物と()り下がったらしい。

地球、()いては人類を救う為には最早(もはや)この怪物共を滅ぼす以外に道はなく、その為には"悪"に()ちる事すら(いと)わない。

救うべき対象と滅ぼすべき対象が同じ人類なら解放者(リベレータ)の目的は矛盾(むじゅん)している事になるが、そこに現れたのが善悪の果実。

旧約聖書創世記でアダムとイヴは善悪の知識の実を食べ、エデンの(その)から追放されたとある。

つまり善悪の果実が(しめ)すモノとは純粋な人間(オリジナル)、フォシルの事に違いない。

ならば解放者(リベレータ)がフォシルを狙うのは、ある意味で必然とも取れるが問題はその目的。

フォシルを救うべき対象として、それ以外の人類を滅ぼすのか。

それならいくらか出遅れたとしても対処法は存在するが最悪のパターンとして人間(オリジナル)を神の世界へと(みちび)く為に殺そうとしてくる可能性がある事。

フォシルを殺した後に全人類を滅殺すれば、それはそれで解放者(リベレータ)の目的は達成できたようなモノ。

とにかく話は悪い方へと向かっている事に間違いはない。



「断言は出来ないが解放者(リベレータ)側の内通者(スパイ)が日本政府、(ある)いは福祉技研(ふくしぎけん)内部に(まぎ)れ込んでいる。いつから(まぎ)れているかは知らんが、駿河(するが)君の処理能力を()ってしても(いま)だに発見できないとなると元から内部にいた可能性もある」


「我々の中に裏切り者がいる・・・そう(おっしゃ)るのですか?」


「あくまで可能性だよ」


「ではその駿河(するが)が裏切り者だった場合は?」



源以(げんい)銑十郎(せんじゅうろう)はどこか()ている部分がある。

まずは信じる事よりも疑うところから始め、突くべき点を的確に、そして容赦(ようしゃ)なく突いていくも疑わしきは罰せず。

普段から不敵な発言を繰り返す2人だが、それを強行(きょうこう)する事はなく絶対の確証があった時に初めて行動を起こす。

世の中には結果を急ぐあまりに手順を飛ばして足元をすくわれる(おろ)か者がいるが源以(げんい)銑十郎(せんじゅうろう)はその限りではない。

だが、これではあまりにも白露(はくろ)が気の毒に思えてくる。

そこでフォローの1つでも入れようと三佐(さんさ)が口を(はさ)むが、こういう場合の彼は現実主義。

仲間だからとか彼女に限ってなど甘ったるい事は一切(いっさい)口走(くちばし)りもしなければ考えもしない。

この非情のメリハリを()ってして彼は源以(げんい)に"信頼できる"と言わしめるのだ。


白露(はくろ)の性格を考えれば謀反(むほん)を起こすとは考えにくいですが可能性の1つと(とら)える必要はあります。しかし疑心暗鬼(ぎしんあんき)(おちい)ればそれこそ敵の思う壺です」


疑心暗鬼(ぎしんあんき)・・・考え、理解し、行動する事ができるようになった人類への代償もしくは弊害(へいがい)。物事はただ考えればいいというモノではない。無能がそれっぽく考えたところで空回(からまわ)るのが(せき)(やま)。だが心配せんでもいい。私は考え事が苦手な無能でね、難しく物事を考えないようにしているのだよ。さて、話もひと段落ついたところで本題に移ろう」



1つの話題を終えると源以(げんい)()れた手つきで端末を操作する。

刹那(せつな)三佐(さんさ)銑十郎(せんじゅうろう)の手元にデジタルディスプレイが展開。

紙の資料とは違い3Dモデリングで物体の動きなどを見ながら話が進められる為、イメージが()きやすく(つた)える側と受け取る側のズレを格段に(おさ)える事ができるこの技術は小さな事だが革命的な進化と言っても()(つか)えない。

初めて資料に目を通した三佐(さんさ)は、この時(すで)源以(げんい)銑十郎(せんじゅうろう)がある程度プランを進めていた事を知り、驚くほどの完成度を(ほこ)るそれを息を()みながら一語一句(いちごいっく)見落とさず全てのグラフや数値を脳裏(のうり)に焼き付けていく。

延々(えんえん)と資料に目を通して矢先(やさき)、とあるページを見た三佐(さんさ)の手は止まり、その内容を理解した時、彼は驚きの声を上げた。


「これは・・・!」


「どうかね。それが今回の(きも)となる内容だ」


「あぁ、俺も最初にこの話を聞いた時はまさに禁忌(きんき)だと思ったよ。誰もが思いつく事だが誰もやろうとはしなかった・・・いや、できなかった。だが今回俺達はそれを本当にやってのけた。おかげで俺は死んだら地獄行きだ」


「我々にしてみればフォシル君の存在は神と言う名の()(にえ)だが、解放者(リベレータ)にしてみれば神そのもの。力尽(ちからず)くでも奪いにくるだろう。そうなったら我々自身が武器を持って対抗する他あるまい。無論フォシル君にもある程度は自衛を()いる事になるだろう。そしてコレはフォシル君の為の"武器"なのだよ」


「早ければ明日の朝には調整を終えて起動できるハズだ。大丈夫だとは思うが(まん)(いち)(そな)えて福祉技研(ふくしぎけん)随一(ずいいち)の腕っぷしのお前にも同行してもらいたい」


「もしもの時は私がコレを力尽(ちからず)くで止める事になる。ですがスペックを見る限り、私が本気になったところで何秒単位の時間稼ぎにしかならないかと思います」


Escape(エスケープ)Goat(ゴート)完遂(かんすい)するまでは、なんとしてでもフォシル君を守り抜く。我々は希望を手放すわけにはいかんのでな。そう遠くない内に福祉技研(ふくしぎけん)は戦火に(つつ)まれるだろうが、やるべき事を理解していれば問題はない。今後は二課(にか)を中心に臨戦(りんせん)態勢を整え、来たる日には戦場(げんば)の指揮を君に(まか)せる予定だ・・・頼りにしているよ三佐(さんさ)



内通者(スパイ)の存在に禁忌(きんき)(おか)した外道(げどう)のプラン。

そして告げられる戦争(たたかい)までのカウントダウン。

次々と襲い来る悪夢のような現実を前に三佐(さんさ)の額から嫌な汗が、たらりと(したた)り落ちるも彼は指先1つ動かせずにいた。


「では解散だ。私は引き続き内通者(スパイ)(あぶ)り出すとして銑十郎(せんじゅうろう)は明日の朝には間に合うよう最終調整を頼む。そして三佐(さんさ)・・・君は君なりの考えで行動してくれたまえ」



10分程度のブリーフィングを終えた3人は一切(いっさい)無駄口を叩かず所長室を後にする。

それから4時間後の午後3時。

なぜか体を引きずりクタクタの状態となったフォシルと、ハジける笑顔が最高に(まぶ)しい(かえで)が帰還。

"男と女、水入らずの時間はどうだった"と毎度(まいど)(ごと)く絡んできた景勝(かげかつ)は、毎度(まいど)(ごと)(かえで)に蹴り飛ばされる。

防塵(ぼうじん)マスク開発担当の男はすぐさまフォシルとマスクに異常がないかを確認する。

そして主任(しゅにん)としてそれを見ていた三佐(さんさ)の表情は、いつもと変わらぬ愛想(あいそ)ない強面(こわもて)を維持していた。

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