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EscapeGoat  作者: 鈴木崇嗣
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ACT.2 社会福祉法人 技能開発研究所



西暦4192年3月2日同日(どうじつ)

(なか)ば死ぬまで出れないとすら考えていた収容所(しゅうようじょ)から解放されたフォシルは源以(げんい)のあとに続いて、ひたすらに長い廊下を黙々(もくもく)と歩み続ける。

時折(ときおり)床や壁に(うつ)る自分の姿を見ながら辺りを見渡してみるも(いま)(ひと)()ひとり誰の姿も見当たらない。

()も言われぬ不安が後ろ髪を引く中で()()かった丁字路(ていじろ)を曲がった刹那(せつな)、フォシルの視界は突如発生した強烈な光でホワイトアウトする。

目を閉じ、顔を(そむ)け、本能的に腕を上げて防御の姿勢を取った時、廊下全体になんとも可愛らしい声が木霊(こだま)する。


「フッフッフ・・・(つい)()りました!()ってしまいましたよ世紀の大スクープ!!(はる)か昔に絶滅した人間(オリジナル)の生写真、()ってしまいましたよ!!」



華麗(かれい)なステップインで飛び出して来たのはクリーム色を基調としたロングコートに身を(つつ)み、赤色のキャスケット帽を合わせた小柄なシルエットの女性だった。

イチゴを乗せたショートケーキのようなカラーリングの、やたらとハイテンションな彼女はキラキラした目でフォシルを見つめながら、この時代のカメラと思わしき楕円形(だえんけい)の物体をパシャパシャと輝かせ(せま)い廊下を縦横無尽(じゅうおうむじん)()け回る。


「ちょっ、なん──ま、待って!!」



目潰(めつぶ)しにも使われる高性能軍用ライトが(ごと)き閃光が360度あらゆる方向から問答無用(もんどうむよう)に襲い掛かる。

とりあえずフラッシュを止めてもらう為に話し合いをする・・・などという選択肢、彼女は与えてくれそうにない。

まぶたを貫通して襲い掛かる強烈な光が延々(えんえん)眼球(がんきゅう)をダイレクトアタックしてくる中、片足を軸にバスケット選手よろしくその場で立ち回るも先々で回り込んで来た彼女の猛攻を食らうハメとなる。

腹立たしいほどにコチラの動きを封殺(ふうさつ)されたフォシルは(わら)にもすがる思いで源以(げんい)の名を口にする。

()み嫌っているわけではないが今の段階では少なくとも源以(げんい)の事を()いてはいない。

にも(かかわ)らず、その男に助けを求めねばならないこの状況に圧倒的敗北感と恥辱を感じ、(くや)しそうな表情でもう一度源以(げんい)の名前を口にする。


「フォシル君にソレを向けるのはやめたまえ。彼にとって42世紀の技術は刺激が強すぎる。君がソレを光らせる(たび)にフォシル君は自分の魂を吸われていると勘違いしているのかも知れん」


「えっ・・・」


次の行動に移るべく片足に重心移動させた体勢で急停止した彼女は申し訳なさそうな顔を浮かべると楕円形(だえんけい)の物体を手放して自らホールドアップ、何もしない事の意志表示(いしひょうじ)をする。

魂を吸われる発言はさすがに言い過ぎだが今だけは文句を言わないでおこう。

毒はあったが、とにかく源以(げんい)のフォローのおかげで網膜(もうまく)が焼き付く前にフラッシュから解放されたフォシルは目をこすり、眉間(みけん)にシワを寄せながら数ミリ単位で(きざ)みつつ、ゆっくりと目を開いた。

いつの時代も女人(にょにん)年齢(とし)を探るのはヤボな事だが、おそらく彼女は10代後半から20代前半。

キャスケット帽から伸びるセミロングのオレンジゆるふわヘア(視覚的には茶髪に見える)1つとっても、それ相応のオシャレには気を使っている事が(うかが)える。

その(かたわ)らに浮かぶカメラと思わしき楕円形(だえんけい)の物体は、クルクルと自転しながら衛星軌道(えいせいきどう)に乗ったソレのように彼女の周りを公転、無線誘導技術もここまで来たかと感心する一方、フォシルは重大な(あやま)ちに気付く。

フォシルが未来(げんだい)に目覚めてからの3週間、この時代に()いてまともに会話をした相手は源以(げんい)のみだった。

その為、福祉技研(ふくしぎけん)の関係者は"こんなヤツしかいない" と、この男をデフォルトに考えそう思い込んでいた。

無慈悲、無表情、無愛想(ぶあいそう)

ダンディを(とお)()してダーティな雰囲気(ふんいき)と氷の精神が(きざ)まれた凶悪なる眼差(まなざ)しの源以(げんい)を鋼鉄と例えるなら、彼女の存在は微風(そよかぜ)(なび)き咲き乱れる可憐(かれん)な花。

喜怒哀楽(きどあいらく)を見事に体現した(さわ)がしさに、やはり人間こうでなければとフォシルは()()み考えさせられる。

強襲した側された側、被害(ひがい)者と加害(かがい)者にも近い初対面だったが彼女の存在はフォシルに革命にも()た衝撃を与え、青年の顔には少しだけ笑顔がもどる。

そんな(おり)──


「ちょうどいい。今からフォシル君に福祉技研(ふくしぎけん)内部の案内をしようとしていたのだが、少々急用が入ってしまってね。そこで私に代わり君にこの(にん)(つと)めてもらいたい」


「えっ!いいんですか!?てっきりフォシルの事は最後まで所長が(ひと)()めにするんじゃないかと、みんなで話してたとこだったんですよ!!」


「なるほど。これでも常に君達の事を最優先しているつもりなのだがその発言を聞く限り、どうやらそんな気を使わずに私も自由に()()っていいモノだと受け取った」


「あっ、いやっ!それはマズイです!!所長が自由にしちゃったら福祉技研(ふくしぎけん)どころか、世界中を巻き込んだ大戦争が起こります!!今でさえリミットギリギリなんですから──」


(みなと)君、戦争とは(あらそ)う相手がいてこそ初めて()り立つモノだ。私1人がドコで何をしようとも世界は変わらん。では、あとの事は(まか)せたよ」


「いや、急に(まか)せたって言われましても少しくらいアドバイスを・・・って所長ドコ行くんですか!?所長ってばぁ!!」



数分前には神と(たてまつ)ったフォシルと、つい数秒前に最優先と語った福祉技研(ふくしぎけん)職員を見捨てた源以(げんい)颯爽(さっそう)とその場を立ち去ってしまう。

ある意味、究極の自由を体現した彼の行動に困惑しながらフォシルと女性は顔を合わせて苦笑いするしかなかった。



「え、え〜と・・・私は"(みなと)(かえで)"。アナタは・・・フォシルでいいのよね?」


「あ、いや俺の名前は──」


「待って!言わなくていいの!アナタの存在は20世紀の純粋な人間(オリジナル)ってだけで事足(ことた)りるわ。(むし)ろ、それ以上でもそれ以下でもない存在であってほしい!だってその方がロマンがあるでしょ?」



愛想(あいそ)笑いをしながらも、彼女の想像を超えた人間味(にんげんみ)に少しだけ不安を覚える。

源以(げんい)の言葉ほどではないがロマンの為に化石(フォシル)と呼ばれ続けるのも、なかなか(つら)いモノがある。

しかしフォシルもフォシルで意地(いじ)()り、それを(とお)してなるものかと"俺の名は──"まで口にするが、そこから先が上手くいかない。

"ダメッ!"とか"聞きたくない!"などと何やかんや妨害された挙句(あげく)に"アナタの名前はフォシル!"という事にされてしまった。

()()(とお)せなかったフォシルは(あきら)めの表情と共に小さくため息、対する(かえで)はギュッと握った(こぶし)を突き上げ意気揚々(いきようよう)と案内代理を(まっと)うするべく牽引(けんいん)を開始。

足を90度近くまで上げながら両手を大きく振りかざしたその様子は、さしずめ遠足に出かけた小学生のようでもあった。

一癖(ひとくせ)二癖(ふたくせ)ありそうな福祉技研(ふくしぎけん)の連中に対する不安を最早(もはや)隠そうともせずフォシルは黙ってあとに続く。

キラキラと目を(かがや)かせた(かえで)に道中、様々な質問をされるが不思議な事にソレを(たず)ねてくる相手が変わるだけで3週間連続の同じ内容の問いであっても答えるモチベーションは雲泥(うんでい)()

次第にフォシルは彼女に心を(ゆる)していった。



「でもフォシルも凄いよね。所長に3週間もイジメられっぱなしだったのによく無事だったね?」


「そんな優しいモノじゃないですよ・・・なんて言うか(すで)に精神的殺人未遂(みすい)の部類と言うか・・・」



正確な事は言えないが年齢の近い2人の事、言葉以上に(つう)ずる何かがあるのだろう。

親友、悪友、同級生達と語らっていた()りし日の記憶を思い出したフォシルの目頭は少し熱くなった。

ここが本当に未来世紀だとしたら友人達は(おろ)か両親でさえも(すで)に墓石の下で眠りに()いているに違いない。

年端(としは)もいかぬ彼女がなぜ政府の秘密機関にいるのかは不明だが、彼女がココにいてくれたおかげで今を大切な一時(ひととき)に変える事ができる。

一方的なモノかも知れないが、フォシルからしてみれば彼女は(すで)に友人の1人だった。


「・・・(みなと)さん」


「はい?」


「どうして(みなと)さんは福祉技研(こんな所)に?源以(げんい)の話が本当ならココは日本政府の秘密機関なんでしょ?」


「お、おぉおぉぉ・・・なんと恐れ多い事を!私なんかを"さん付け"で、所長の事を源以(げんい)と呼ぶとは」


「・・・変かな?」


「いやいやいや!変とかじゃなくてその・・・なんだろう・・・少し驚いてるだけなんだけどえ〜と・・・所長の事を源以(げんい)って呼んでる人ってココだと(やなぎ)さんしかいないから、衝撃的すぎるというか・・・そう言えば、さっきも所長に対してそう呼んでたよね!?」



(かえで)の異様なテンパり具合を見ても、なぜ彼女がそこまで取り乱しているのか原因がわからなかった。

そこでフォシルは、ここ3週間の出来事を一切(いっさい)(あま)す事なく(かえで)に聞かせる事にした。

人を人とも思わぬ()()った態度と、(あまつさ)え自分の事を"()(にえ)"にしようとする太々(ふてぶて)しさ。

その他いくつもの要因が(かさ)なり、初めて彼の名前を口にした時、お世辞にも"さん付け"で呼べるような状態ではなかった。

もちろん相手が目上(めうえ)である事は理解しているし、そういう人には敬語で喋らなきゃイケない事も理解しているが、なぜだか源以(げんい)に対してだけはそれが出来ない。

極論を言えば、自分を殺そうとしている相手に敬意を(はら)えるわけがない。

全てはそういう事である。


「あ、あはは・・・私の事は巻き込まないでよね? 所長って絶対に怒らないじゃん?だから余計に恐いというか地雷に触れたらどうしようとか・・・(むし)ろ地雷とかじゃなくて、目の前にセーフティの(はず)れた核弾頭(かくだんとう)()まってる緊張感というか・・・」



ジトッとした顔で両肩を(かか)えながらブルブルと震える彼女を見て、源以(げんい)は誰に対しても平等なのだと理解する。

グダグダと喋りながら何ヶ所目かの曲がり角を抜けると、その先に待ち(かま)えていたのは厳重そうな金属の扉だった。

"ちょっと待ってね"と(かえで)が謎の装置に手をかざし()れた手付きでソレを解除すると、いよいよフォシルは福祉技研(ふくしぎけん)メインフロアへと足を()み入れる。

殺風景(さっぷうけい)収容所(しゅうようじょ)から一転(いってん)福祉技研(ふくしぎけん)内部には民間法人というよりも、さながら近未来的軍隊の司令室を思わせる異様な光景が広がっていた。

何もない空間に投影(とうえい)された巨大なデジタルマップに人体の構造を事細かに再現した3Dモデル。

その他、見た事もない物体が様々な数字の羅列(られつ)と共に変化していくシュミレーション映像。

それはかつて液晶(えきしょう)の向こうで見ていたフィクションと同じ・・・(いな)、フィクションを超えた現実(リアル)がそこに存在している。



「どう?これが未来(げんだい)の世界観ってヤツよ」



半開きになった口を閉じる方法さえ忘れ"言葉がないって言葉しかない"と、今世紀最大のマヌケ(づら)容赦(ようしゃ)なく(さら)しながら、わけのわからない答えを()(かえで)に失笑された刹那(せつな)、どこからともなく聞こえてくる重低音を響かせた渋い声がフォシルを目覚めさせる。

何事かと辺りを見渡せば()(たけ)(ゆう)に2mを超え、こんがりと小麦色に焼けた健康的すぎる肌をした巨漢(きょかん)が腕を組みながら2人に問い掛けていた。

白のピチピチ半袖シャツから浮き出たゴツゴツとした筋肉のシルエットに両サイドを無駄なく綺麗(きれい)()り上げ頭頂部(とうちょうぶ)付近に(わず)かに残した短髪がクールな(おとこ)を演出するGIカット(米軍などで多く見られた髪型)。

全体的に()りが深く、肉体を形成する全てのパーツが常人の1.8倍はあろうかというその人物はフォシルの脳が瞬間的に人間だと理解出来ないほど(たくま)しく人間離れしていた。

無意識に背景の一部、それこそオブジェか何かだと勘違いしてしまった巨漢(きょかん)の名は"山本(やまもと)三佐(さんさ)"。

技能開発研究所(ぎのうかいはつけんきゅうじょ)という(こま)い名前からは想像すら出来ない大味(おおあじ)な見た目だが正真正銘(しょうしんしょうめい)、彼もココの職員に他ならない。



「今までどこに行っていた?よもや任務を投げ出して(なま)けていたわけではあるまいな」


「任務って・・・それより三佐(さんさ)。私の背後(うしろ)に隠れてる彼が誰だかわかる?」


「む・・・まさかフォシルを連れ出して来たのか?所長の許可もなくお前は何を考えている!!」


「ち、ちょっ待ってよ!これは所長直々(じきじき)の任務ってヤツだよ!!」



大迫力の(にら)みを()かせた三佐(さんさ)怒号(どごう)後退(あとずさ)り、両手のひらを彼に向けて必死の弁解を繰り返す。

別に暴力を振るわれるわけではないと理解していても恐ろしいモノは恐ろしい。

仮にその巨体が一度(ひとたび)腕を振り上げれば、全身全霊を()して(ふせ)ごうとしても(ふせ)げるイメージが想像できない。

彼はフォシルの事を考えて彼女を(しか)ったのだろうが皮肉な事に、彼の(おこな)いそのものがフォシルを震え上がらせてしまう結果となった。

その後、命乞(いのちご)いにも()(かえで)の説得で三佐(さんさ)も状況を理解する。

ならばと改めて向き直った三佐(さんさ)は、ここでの立ち話も(つら)かろうと気を()かせオートロックで区切られた部屋の1つを貸し切り2人に対面する形で席に着く。

途中(とちゅう)"なにか飲むか?"と(たず)ねられるフォシルだがこの時代の飲食物はどうも口に合わない事を説明すると、なぜか三佐(さんさ)(けわ)しい表情で考え込み一言だけ"わかった"と(つぶや)いた。

刹那(せつな)(となり)に座る(かえで)の体がピクッと反応したようにも見えたがその理由は後日談(ごじつだん)

それから三佐(さんさ)は自らの名前と経歴(けいれき)の他、暗躍組織の一員として"語ってもいい"事だけを説明する。

それによれば年齢は30代後半で、ココに来る以前の経歴(けいれき)は日本陸軍中尉(ちゅうい)の肩書きを持ち、現在は福祉技研(ふくしぎけん)二課(にか)主任(しゅにん)(つと)めているとの事。

日本政府公認の秘密機関福祉技研(ふくしぎけん)一課(いっか)から四課(よんか)までのグループに別れており、その中でも二課(にか)名目上(めいもくじょう)義手(ぎしゅ)や人工臓器などを担当する。

しかしその正体は物理的な暗躍を(おこな)工作部隊(エージェント)の総称でもあった。

さらに細かく見れば一課(いっか)福祉法人(ふくしほうじん)(かなめ)である医療担当(けん)世界条約で禁止されている非人道的兵器(オーガニックウェポン)の開発を(おこな)い、三課(さんか)は新型ナノマシンのプログラミング(およ)び、それに(つう)ずる次世代技術の開発を担当。

だが三課(さんか)が存在する本当の意義とはナノマシン通信を利用して対象の遠隔操作、洗脳、記憶(データ)()()え技術を完成させる事。

これは通称ナノマシン・ジャックと呼ばれ、福祉技研(ふくしぎけん)の存在意義を具現化(ぐげんか)させたプロジェクトと言っても過言ではない。

人間の乗っ取り(ナノマシン・ジャック)が100%の完成を(むか)えれば、それだけで日本政府は世界を牽制(けんせい)する事は(おろ)か事実上、世界の頂点(トップ)に立つ事も可能となる。

反面四課(よんか)は経理、情報処理などの言わば雑用係で裏も表もない。

()いて言えば"もしもの時"の身代わり。

理由としては純粋に福祉法人(ふくしほうじん)として機能しているのは実質四課(よんか)のみであり、予期せぬイレギュラーが起こり福祉技研(ふくしぎけん)(おもて)メディアの前に引きずり出された場合、まずは無実の四課(よんか)()し出して時間を稼ぎつつ、その間に組織全体で裏に根を回す。

そう考えれば四課(よんか)こそが福祉技研(ふくしぎけん)の最重要部署と言えるかも知れない。

(もっと)も日本政府が裏で手を回している以上、福祉技研(ふくしぎけん)(まん)(いち)の事があればその時は42世紀の日本に()ける "表向きの最高権力を持った組織"が仲介(ちゅうかい)(はい)段取(だんど)りが組まれている。

時折(ときおり)眉間(みけん)にシワを()せ、言葉を(にご)し、何をどこまで語っていいのかを考えながら三佐(さんさ)は口を閉じる。

語られた内容自体は短いながらも非常に()ゆいモノだった。

それを聞き終えた時点でフォシルには気になる事が3つ。

1つは自衛隊こそあれど日本に軍隊は存在しない事。

これに関しては"時代が変わった"と単純ながら的確な答えをもらえた。

2つは軍人だったハズの三佐(さんさ)がどのような経緯(けいい)でこの暗躍組織に来たのか。

それに対しては機密事項(きみつじこう)該当(がいとう)するとして答えてもらえなかった。

3つは工作部隊(エージェント)とは具体的に何をするのか。

その問いに対する答えは──


「現在日本は、世界的犯罪大国として中央政府を始めとした世界統制機構(せかいとうせいきこう)、この時代では"WCNS"と呼ばれる組織から24時間体制で監視されている。その理由は国際指定テロ組織"解放者(リベレータ)"にある」



テロ組織というワードを聞いて工作部隊(エージェント)が何をしているのかは、なんとなく理解できた。

過去(いま)の日本で言う、警視庁特殊部隊(SAT)特殊作戦群(SFGp)に当たるのが三佐(さんさ)(ひき)いる福祉技研(ふくしぎけん)二課(にか)だと考えたら、つまり物理的暗躍とはそう言う事なのだろう。

それなら元日本陸軍中尉(ちゅうい)の彼がココに在籍しているのも面白いほど納得できる。

戦いのプロフェッショナルにして日本政府が求めるクオリティを満たした男、それが山本(やまもと)三佐(さんさ)

なれば福祉技研(ふくしぎけん)職員達は全員"ワケあり"という事か?

少なくとも求人募集など掛けてはないだろうし世間様(せけんさま)に表の顔以上のモノをひけらかすマネなどするまい。

それが答えなのかはわからないが改めて周りにいる人間達を見てみると全員只者(ただもの)ではない雰囲気(ふんいき)を感じる ・・・気がする。

ただ1人(かえで)(のぞ)いてではあるが。



「経済、政治、治安(ちあん)などに問題を(かか)えた国は、どうしても立場上"弱小国(じゃくしょうこく)"の烙印(らくいん)を押されてしまう。そうなってしまえば国連の援助も受けれず、日本は一瞬にして終焉(おわり)(むか)えるだろう。だが我々は亡国の民として、この乱世を彷徨(さまよ)ったりはしない。複雑な話になってしまうが、その理由は外交(がいこう)の材料として我々福祉技研(ふくしぎけん)が常に水面下でテロリストなどの危険因子を排除している事を各国のトップ達に証明し続けているからだ。今の日本を支えているのは(わず)かな先進技術と、我々の組織に他ならない。つまり社会福祉法人(しゃかいふくしほうじん) 技能開発研究所(ぎのうかいはつけんきゅうじょ)とは、この国にとって最後の(かなめ)も同じなのだ」


「いまいち話がわからない・・・福祉技研(ふくしぎけん)がなんか(すご)い所だってのは理解できました。けどそれじゃココだけ切り取って日本を見捨てる事だって・・・いや、別に日本がどうとかは──」


「言いたい事はわかる。ならば逆の立場で考えてみるといい。仮に日本が世界の頂点(トップ)に立ったとして、お前の時代で言うところのシールズ(SEALs)スペツナズ(спецназ)と言った戦力(ちから)を、この国だけで保持(ほじ)し続けられるか?それと同じで我々福祉技研(ふくしぎけん)も日本という環境の中にあって、初めて真価(しんか)発揮(はっき)できる。これが意味するところを理解してもらいたい」



テロリスト、世界情勢、国同士のやり取りなど理解し(がた)い内容の話だったが、なぜか三佐(さんさ)の説明は理解できるような気がした。

(すで)に物事を知ってる人間に対して、それを教えるようないい加減なモノではなく、ちゃんと相手のレベルに合わせて時に()(くだ)き、しかしデフォルメし過ぎず的確に聞いているコチラ側に対して何を(つた)え理解させたいのかがわかる。

その時、フォシルは1つの結論にたどり着く。

(かえで)にも三佐(さんさ)にも"普通に"(せっ)する事が出来るのに、なぜか源以(げんい)に対してだけ苦手意識(敵意)がある理由。

その根源(こんげん)の一部は()りし()の学生時代、とことん嫌っていた数学教師に()ているからだと気付かされる。

生徒を(おお)まかに出来る組みと出来ない組みに分け、なおかつ出来る組みに合わせた授業内容を展開、出来ない組みを完全放置して一部の生徒を優先した数学教師のおかげでクラスの2/3が赤点を取るという恐怖の期末テストを体験。

数学教師と源以(げんい)には共通点として"相手が(すで)に理解している事"を前提(ぜんてい)に話を進めるところがあり、三佐(さんさ)との会話でそれを理解したと同時に、何者かに対するイライラの線がピンッと(はじ)け飛んだ。

刹那(せつな)、前後の()けた記憶の1ピースが、どこかの空白にピタッと張り付くような感覚を覚える。

意外なキッカケで、ふと思い出したこの流れに乗って途切(とぎ)途切(とぎ)れのフィルムを繋ぎ合わせるべく、その前後を思い出そうとするも一瞬にして頭の中を黒いモヤに支配されてしまう。


「その顔では、まだ我々の本質を理解してはいないようだが(あせ)る必要もあるまい。考え過ぎて空回(からまわ)るよりも1つ1つを確実に学習して理解を深めていく事が大切だ」


「はい・・・だからこそ聞きたいのですが先ほど言っていたテロリスト、解放者(リベレータ)と日本の関係って」


「多くは語れんが解放者(リベレータ)とは元々、人間も地球の一部であると主張するエコロジスト達の総称だ。その考え自体は否定する余地(よち)もないのだが、日に日に破壊されていく自然環境を前にある日解放者(リベレータ)一大決起(いちだいけっき)を起こし世界に対して宣戦布告(せんせんふこく)をした。その内容は地球が崩壊した時、共に人類も死滅すべきだったとしたモノで現在は世界各地で過激な自然保護活動(無差別テロ)(おこな)う危険因子と()り下がっている」


「・・・矛盾(むじゅん)ですね」


「あぁ。しかも厄介(やっかい)な事に解放者(リベレータ)の主張を()に受けた人間達が世界中に"ごまん"といるだけでなく、ヤツらを支援する権力者さえ現れる始末。その為、活動資源は無限()きと言っても()(つか)えないほどに組織全体が強大化(きょうだいか)している。そして解放者(リベレータ)発祥地(はっしょうち)と言われているのが、ここ日本なのだ。あとの事はお目付役(かえで)にでも聞いてみるといい。この程度ならお前でも答えられよう?」



一通(ひととお)りの説明を終えた三佐(さんさ)は席を立ち、2人に背を向けると最後に福祉技研(ふくしぎけん)内部における"優先順位"を説明して自分の持ち場へと、もどって行った。



「くそぉ・・・なにが答えられようだ筋肉ゴリラめ!とにかくアレが二課(にか)主任(しゅにん)で、軍隊生活の後遺症(かたくるしさ)を引きずる山本(やまもと)三佐(さんさ)。本人は主任(しゅにん)って呼ばれるのが苦手らしいからアイツの事は三佐(さんさ)って呼んであげて」


三佐(さんさ)さん・・・さんさん・・・?舌が(もつ)れそうだ。やっぱり最初の内は山本(やまもと)さんとかの方が・・・」



三佐(さんさ)に続き部屋を出たフォシルと(かえで)

レロレロと、口内(こうない)で舌の運動をした後にもう一度三佐(さんさ)さんと発音してみるが、やはり上手くいかない。

1人しょんぼりと肩を落としたフォシルが改めて顔を上げると、作業に没頭(ぼっとう)していたハズの職員達が手を止めコチラを、じーっと見つめている。


「あっ・・・あの〜・・・」



十数年の人生経験で、これまで感じた事のない異様な視線を受けたフォシルが何かリアクションを取ろうとするが、いかんせん正解が見つからない。

"そんな俺は珍しいのか?"と言いたげな表情を浮かべキョロキョロと周りを見わたせば2度見、3度見を繰り返す者に、数人のグループを作りヒソヒソ話をする者。

声を掛けるべきか、掛けざるべきかの瀬戸際(せとぎわ)で自らを蹂躙(じゅうりん)する者。

気分はまるで人間に捕獲(ほかく)された幻の珍獣(ちんじゅう)にでもなったかのような、なんとも言えない微妙(びみょう)なモノだった。

その後、フォシルが1歩()み出せば彼を待っていたのはモーゼの十戒(じっかい)(しる)される、割れた海が(ごと)く左右に分かれる人々の波。



「あの・・・俺は別に・・・その・・・」


「ほぉ〜、お前が(うわさ)の・・・なかなかのイケメンじゃねぇか?だがその程度のツラじゃ、ココでは2番目だな」



刹那(せつな)、人の不安など他所(よそ)に背後から()()れしくも誰かが声を掛けて来た。

不意(ふい)を突かれたフォシルが重心を落としたディフェンス気味(ぎみ)のターンで振り返ると、そこには青いジーンズと白いワイシャツを着こなした(さわ)やかすぎるミディアムヘアの男がいた。

常人以上、レスラー以下のほどよい筋肉量と背の高さが目を()く抜群のルックス。

襟元(えりもと)から(わず)かに()せる素肌が()()よがしにイケメンオーラを噴出(ふんしゅつ)している男の名は"山本(やまもと)景勝(かげかつ)"。

()ても()つかぬが山本(やまもと)(せい)が語るように彼は三佐(さんさ)実弟(じってい)にして同じく福祉技研(ふくしぎけん)二課(にか)に所属する元軍人。

兵役時代は色黒ゴリマッチョな兄が最前線で走り回っていたのに対して(さわ)やかイケメンな弟は後方支援(こうほうしえん)を主とした狙撃班(そげきはん)に所属。

兄弟(そろ)って数多くの武功(ぶこう)()()げて来た反面その性格は真面目な兄とは正反対、極度(きょくど)のナルシストであると同時に限りないほどの"すけこまし"。

ここにいる女性職員で景勝(かげかつ)に愛を語られた事がない者はいないと(うわさ)されるほどのすけこまし。

黙っていれば(まご)う事なきイケメンなのだが景勝(かげかつ)は少しアグレッシブすぎた。

(よう)は"残念なイケメン"と呼ばれる人種である。

その証拠に拒絶反応を(しめ)(かえで)に対して否応(いやおう)なしに()()っては制裁(せいさい)のローキックを食らっている。

しかし景勝(かげかつ)()れたモノ。

ムエタイ選手さながらの綺麗(きれい)なフォームで打ち込まれたソレにも一切(いっさい)めげず、ハンサムポーズを(くず)す事なく(さわ)やかに乗り切ってみせた。



「ふざけろ!お前に()かれるくらいなら、死ぬまで処女を貫き通したほうが数億倍マシ!マジで!!」


「おーおー言うねぇ。だが生憎(あいにく)、今の俺は白露(はくろ)さん一筋(ひとすじ)心底(しんそこ)()れた(ひと)を前に軟派(なんぱ)な事が出来るかよ?」


「・・・キモっ!!」



主役であるハズのフォシルを()()いて、場はすっかり(かえで)景勝(かげかつ)独壇場(どくだんじょう)と化している。

たらしの美学か一応フォシルに声は掛けど彼にとってメインはあくまで女性らしい。

おかげで山本(やまもと)景勝(かげかつ)という男についての情報は(はがね)のメンタルの持ち主である事だけしかわからなかった。


「アニキとの会話を聞いていたが、お前がコイツを案内してるんだって?ちゃんと白露(はくろ)さんの魅力を(つた)えられるのか?なんなら俺が、その役を代わってやっても良いぜ?」


「安心しろ。お前だけには絶対頼まないから!!」



コートを(ひるがけ)したトースマッシュ気味(ぎみ)のケツキックで景勝(かげかつ)を吹き飛ばすと、何事もなかったかのように先導(せんどう)を再開する。

少々乱暴だが夫婦漫才(めおとまんざい)のオチとしては悪くない。

臀部(でんぶ)の中心をピンポイントで押さえた景勝(かげかつ)は尻を突き出しひれ()し、なんとも滑稽(こっけい)な姿を(さら)しながらも表情だけは(くず)さなかった。


「今日は一段と・・・(するど)いな・・・」


「あぁ?それ以上喋るとその体勢から、もう1発いくぞ?」


「み、(みなと)さん!それはダメだ!!その・・・とにかく ・・・ダメです・・・」



フォシルのドクターストップを受けて、つまらなそうな表情を浮かべ振りかざした脚をゆっくり下ろす。

なんとか男としての人生を死守(ししゅ)できた景勝(かげかつ)はフォシルに1つ()りが出来た。

気を取り直した2人は少し進んだ所にあるガラス張りのドアを(くぐ)()け、部屋の片隅(かたすみ)黙々(もくもく)と作業をする地味な女性に声を掛ける。


「はいココで問題。この(ひと)は誰でしょうか?」



(かえで)の一言でフォシルと女性は顔を合わせる。

襟足(えりあし)を短く(たば)ね、前髪の両サイドをナチュラルに遊ばせたビン底メガネの女性は、なんとも言えない"いじらしい"表情でワナワナと取り乱している。

前の(くだり)から、おそらくこの(ひと)景勝(かげかつ)の言っていた"白露(はくろ)さん"だとは思うが、あれほどのイケメンたらしが目を付けるにしては少々地味すぎる気もする。

しかしながら服の上からでもわかる美しい曲線(きょくせん)で描かれた女性的なシルエットに思わず目を奪われるほど完璧な形に整った巨乳にとスタイル自体は文句なし・・・なのだがビン底メガネの所為(せい)で彼女が今ドコを見ているのかが、わからない。

顔はコチラに向けてはいるが視線をズラされてる気がする・・・これが彼女の基本スタンスなのかは知らないが、こういうタイプは9(わり)()、対人関係を苦手とする奥手型。

(ゆえ)にコチラが話のキッカケを作らなければ止まった時間(とき)の中を彷徨(さまよ)うハメになるのは必然(ひつぜん)

夢のカードを組んでやったぞ!とばかりに、ニタニタと不敵な笑みを浮かべる(かえで)若干(じゃっかん)の腹立たしさを覚えながらもフォシルは第一声(だいいっせい)を放つ。


「え〜初めまして・・・」


「・・・」


「あ、あの〜・・・」


「・・・」



フォシルの問い掛けに対して立ち上がって会釈(えしゃく)をしたり、困った表情を()せながらワナワナとリアクションをしたりはするが彼女は一向(いっこう)に言葉を返してはくれない。

声が(のど)(つっか)えて出てこないのだろうか?

ワンテンポ遅らせて彼女のリアクションをマネては軽い文句でも(さそ)ってみるが彼女は一向(いっこう)に喋らない。

奥手の究極形とでも言うべき相手を前にコチラの方が()を上げそうになる。

それを間近で見ていた(かえで)は空気を読んで頃合いと(とら)えたのか種明(たねあ)かしがてらフォローに入る。


「へぇ〜、やっぱナノマシンが無いと白露(はくろ)の声は聞こえないんだ」



意味深(いみしん)な発言と共に彼女が言うにはこの"駿河(するが)白露(はくろ)"という女性は先天性(せんてんせい)のナノマシン異常により生まれつき声帯(せいたい)が機能せず、また右眼だけが深緑に染まったオッドアイとなっているらしい。

つまりこのビン底メガネはコンプレックスである右眼を隠すと同時に()りし()のトラウマから来る対人恐怖症への苦肉の(さく)という事だ。

この時代で言うナノマシンとはイコールで遺伝子(いでんし)の事であり、新たな生命(いのち)が母の胎内(たいない)で生まれる時、生物の持つDNAは親から子へ、その子からさらに次世代へと受け継がれる。

その際にナノマシンも1つの遺伝情報(ゲノム)として受け継がれる。

精子や卵子、細胞核(さいぼうかく)の1つ1つにまで(きざ)み込まれたナノマシンが遺伝的な(やまい)をも()()え、マイナスの不確定要素を打ち消す事により遺伝子(いでんし)要因(よういん)とする奇病(きびょう)はなくなり全ての人類が"平等"を手に入れた。

反面なにかしらの原因によりナノマシンが異常を起こした場合、本来起こり()なかった未知(みち)奇病(きびょう)発症(はっしょう)する事もあった。

その可能性は限りなく(ゼロ)に近いがそれでも絶対と言い切れるモノではなく、現に世界中ではナノマシンの異常が原因として報告されているモノが少なくとも数十件ほど確認されている。

だが彼女の場合、前例(ぜんれい)奇病(きびょう)に比べると声が出ないのは大した問題ではなく、体内に流れるナノマシンを経由して接続(リンク)済みの相手には体内通信で会話ができ、それを(おぎな)っているらしい。

つまり未来(げんだい)の技術を()ってすれば超能力(テレパシー)ですら完全再現できるという事だ。

なぜか(ほこ)らしげに胸を張り、この事を語った(かえで)はついでに白露(はくろ)代弁者(だいべんしゃ)として彼女に向き直り、わざとらしく相槌(あいづち)を打ちながらその言葉をフォシルに(つた)えるべく口を開いた。


「フハハハッ!俺の名は駿河(するが)白露(はくろ)!!」


「えっ・・・えぇ!?」


少し(うつむ)き、上目(うわめ)でフォシルを(にら)みつけながら悪党よろしく(やす)口調(くちょう)で喋り続ける。



「貴様なんかと言葉を()わしたとあっちゃ、俺様の人生の汚点になっちまう。まぁ、そこら辺にいる舎弟(しゃてい)共を(かい)してなら会話をしてやっても良いぜ?ちなみに俺様、メガネを取れば超絶美女──イタッ!?」



刹那(せつな)、背後より飛来(ひらい)して来た四角い物体が彼女の頭蓋(ずがい)殴打(おうだ)、鈍い音を響かせて強烈な一撃を叩き込んだ。

転倒寸前(すんぜん)で片足を一歩前へ出し、なんとか()(とど)まった(かえで)が目にしたモノは、投球フォームを維持したままメガネ越しにコチラを(にら)みつける白露(はくろ)の姿だった。

そして間髪(かんはつ)入れずデスクに置いてあった何かのキャラクターを()した小さなフィギュアを手に取り2発目を投げつける。

()り返った事が(あだ)となりフィギュアは(かえで)の顔面にクリーンヒット、(はな)(ぱしら)を押さえた彼女は涙を浮かべながら白露(はくろ)に対して謝罪を()べている。

なんとなくわかってはいたが今のセリフは全て(かえで)のアドリブだったらしい。

コミュニケーション能力の(かなめ)、言葉を失った白露(はくろ)にとって(かえで)の暴走はまさに命取り。

あとちょっとで彼女は人物像を捏造(ねつぞう)されてしまうところだった。

それに対しての物理的物言いはある意味で(いた)(かた)ない部分はあるが、これで1つわかった事もある。

白露(はくろ)の性格は(まぎ)れもない内気(うちき)だが、しっかりと自らの意思を表現する事は出来るらしい。

(むし)ろ、あやふやな言葉で誤魔化(ごまか)せない彼女だからこそストレートに意見を投げ付ける事が出来るのだろう。

語らぬ女の奥底にある1本筋の通った意思の強さを見た気がする。

その後、(かえで)共々フォシルも押し出され三課(さんか)から強制退場させられてしまった。

奥手(おくて)な見た目に(はん)して意外にも白露(はくろ)は力が強く、男のフォシルですら少し抵抗した程度では時間稼ぎにもならなかった。



「あんにゃろう!全力投球してきた挙句(あげく)の突き飛ばしとか相撲(すもう)取りでも目指してるのか乳だけ横綱(ホルスタイン)め!」


"9割り方あなたの所為(せい)です・・・"とは言えず、()()たりに近い理不尽な文句を叩き込まれながらフォシルは困惑の表情を浮かべていた。

それでも彼女に憎しみを(いだ)けないのは(かえで)の持つ独特の人懐(ひとなつ)っこさと小動物的な可愛らしさのせいだろう。

ピコピコと()ねるようにして歩き出したかと思えば両手を広げクイックターン。

そのまま腰に手を当て、ムスッとした表情で──


「実を言うとね、フォシルには()(さき)に紹介したい人がいたんだけど、その人がドコにも居ないんだ・・・おかげで私のテンションはガタ落ちです!どうしてくれる!?」


「し、知らないですよ!?」



ダメ押しの文句を言ってきた。

しかしこれがどうして彼女を見ていると鬱憤(うっぷん)()まったそれですら楽しそうに見えてしまう。

語弊(ごへい)を恐れずに言えば(みなと)(かえで)福祉技研(ふくしぎけん)のマスコット的存在なのかも知れない。

()れるだけ()れた(かえで)は気を取り直して案内を再開。

次に(おとず)れたのはメインフロア(わき)にある階段を降りた地下1階。

どことなく薬品の匂いが(ただよ)う廊下を抜けると矢印と共に第1診療室の文字を発見。

それを見て三佐(さんさ)の言葉が脳裏(のうり)()ぎったフォシルは一課(いっか)の存在を思い出し、そこが医療(けん)兵器開発を担当している事にハッとする。

つまりこの匂いは医療系の薬品と非人道的兵器(オーガニックウェポン)の匂いが混じったモノである可能性が高い。

眉間(みけん)にシワを()せジャケットの(すそ)で鼻を(おお)うと風邪引(かぜっぴ)きのような声で先導する(かえで)に向けて、ここが一課(いっか)の部署なのかと聞いてみる。

フォシルの放った予想外の先読みに(かえで)は少し驚きながらも足は止めず、それが正解である事を語るとオートロックをパスして第1診療室に彼を案内する。


(やなぎ)さん」


「あぁ、そろそろ来る頃だと思っていた。話は源以(げんい)から聞いている。まずはお互いに初めましてだな。俺は福祉技研(ふくしぎけん)一課(いっか)主任(しゅにん)(つと)める"(やなぎ)銑十郎(せんじゅうろう)"だ。以後よろしく」



そこで2人を出迎(でむか)えたのは落ち着いた口調(くちょう)に清潔感のあるロングタイプの白衣と黒の革手袋を合わせたヤブ医者のような男だった。

ジロジロ見てはイケないとわかっていても、いかんせん目を奪われてしまう見事なスキンヘッドに黒々とした口髭(くちひげ)が妙な納得感を(かも)し出す銑十郎(せんじゅうろう)の年齢は50代後半もしくは源以(げんい)より少し若い程度か?

三佐(さんさ)ほど(いか)つくもなく源以(げんい)ほどの威圧感(プレッシャー)もないが、この男もかなりの()れ者とみて間違いない。

誰が語らずともその雰囲気が全てを物語る。

片手間(かたてま)(いじ)っていたデジタルノートを閉じると"そこの椅子(いす)にでも腰掛けたらどうだ?"と優しく(うなが)し、その後は当たり前のようにいくつかの質問を投げてきた。

内容は異性ならどんなタイプが好みだとか同性ならとか外見、性格、背格好などを淡々(たんたん)と・・・これも銑十郎(せんじゅうろう)なりの親睦(しんぼく)の深め方と()()ってフォシルも淡々(たんたん)と答えていく。

外道(げどう)の一員と言えども相手は現役の医師。

まるで恋の(やまい)を診断してもらっているような気分にフォシルの表情は愛想(あいそ)笑いで()()りっぱなしとなっていた。

何気(なにげ)ない質疑応答(しつぎおうとう)の中で、時折(ときおり)興味深い返答が出ると銑十郎(せんじゅうろう)人差(ひとさ)し指と中指で頬をなぞるような動きをみせ、その一瞬だけ彼の質問は完全に止まる。

別にこれを打ち止めたいわけではないがフォシルは刹那(せつな)の隙間を()うように質疑応答(しつぎおうとう)の真意を聞いてみる。



「いや、別に深い意味とかはない。()いて言えば俺の個人的な趣味だよ。他人に求めるモノがわかれば、その人物の為人(ひととなり)がわかる・・・昔からそんな事が気になってしまう(たち)でね」



"深い意味はない"という言葉以上に人を勘繰(かんぐ)らせる言葉は存在しないとフォシルは考える。

それでも相手が()()(とお)すなら、この話はそこまで。

流れの変わったこれに乗り、今度はフォシルが銑十郎(せんじゅうろう)に質問してみる。



(やなぎ)さんは医師なんですよね?って事は、ココには患者が来るって事ですか?」


「あくまで"社会福祉法人(しゃかいふくしほうじん)"だからな。実際にその名の通りに機能してないと色々と面倒な事になる。特に何も知らない野良権力なんかがノルマと(ふところ)()たす為に言い掛かりを付けては金をむしり取ろうとしてくる。それでココの正体が(おおやけ)にバレでもしたら、それこそ笑い話じゃ済まされない。事実それに近い事が過去にあったんだが、その時は源以(げんい)機転(きてん)(まぬが)れたと言うか、まぁその組織自体をこの世から消し去ったと言った方が適切かも知れん」


さらりと源以(げんい)の伝説的エピソードを披露しながら小粋(こいき)に笑う銑十郎(せんじゅうろう)

対する(かえで)もガタガタと震えながら豊かな表情で恐怖を(うった)える。



「はははっ・・・て、笑い事じゃないですよ!あの時の所長のアレ、マジで悪魔でしたよ!?むしろ魔王ですら泣きながら逃げ出すレベルのアレですよ!!」


「そう言うな。さて、フォシルにも想像し(やす)いように俺が担当している患者を紹介しよう。他人を(さら)し者にするつもりはないが・・・見てみろ」


椅子(いす)から立ち上がった銑十郎(せんじゅうろう)指差(ゆびさ)す先。

実を言うと先ほどからチラチラと視界に入ってきていた一面ガラス張りの部屋の中央で眠る1人の少女。

触れただけで崩れてしまいそうな白い肌に黒のロングヘア。

そのイメージとは大凡(おおよそ)()つかわしくない身体中に取り付けられたホースや謎の機械でさえも神秘的な美しさを感じさせるそれは()()め眠れる森の眠り姫。

彼女の名は"(つなし)冬羽(とうわ)"。

日本中の医師が(さじ)を投げ出した挙句(あげく)"地雷"として(あつか)われてきた彼女は、たらい回しにされた(すえ)に3ヶ月前の西暦4191年12月、福祉技研(ふくしぎけん)に引き取られ今に(いた)る。

とにかくココだけ切り取ってみれば社会福祉法人(しゃかいふくしほうじん)として最低限は機能していると言っていい。



「・・・寝てるだけですよね?」


「あぁ。(つなし)はナノマシンの異常により、極度の虚弱(きょじゃく)体質を(わずら)っている。その原因のさらに詳しいところまで理解出来れば、現在世界中で報告されているナノマシン系の奇病(きびょう)最早(もはや)不治(ふじ)(やまい)ではなくなるのだが、彼女にとっては起きて会話をする事でさえも重労働。なかなか発展しないのが現実でね」



今は生きているだけの肉塊(にくかい)と化している冬羽(とうわ)を見つめながらフォシルは考える。

聖人の語りではないが、(つら)いのは自分だけではない。

未来(げんだい)に目覚めたフォシルは初めて他人を(うれ)い、ガラス(めん)にピタッと手を当て冬羽(とうわ)の寝顔を悲しそうな眼で見つめている。

その(かたわら)、さらに悲しそうな眼で(かえで)が言葉を続ける。



「私ね、昨日ずっと冬羽(とうわ)と喋ってたんだ。冬羽(とうわ)の話し相手って(やなぎ)さんか所長くらいしかいないんだ・・・ 三佐(さんさ)(ほと)んど関わらないし白露(はくろ)はアレだし、景勝(かげかつ)は存在自体がウィルスみたいなヤツだし──」


「だから自分が話し相手になってやらねばならない。そんな使命感でも(いだ)いているのかね?覚えたてのエゴを行使(こうし)するとは君も無粋(ぶすい)だね」



フォシルと(かえで)の背筋にゾクッとした悪寒(おかん)()け抜ける。

一瞬の内に脳髄(のうずい)(こお)りつかせれたような不快感・・・2人がイメージしたモノは液体窒素(えきたいちっそ)で凍らされ、逃げ場のなくなった薔薇(ばら)が音を立ててバリバリと(くだ)かれていくような無力感だった。

もちろん凍らされた薔薇(ばら)とは当人達の事であり、それはイコールで邪悪の権現(ごんげ)の登場を示唆(しさ)していた。

ヤツが第1診療室を(おとず)れた刹那(せつな)、どことなく(なご)やかだった空間が(ゆが)み、空気は()てつき、強烈な殺気と緊張感が場を支配する。

最早(もはや)振り返らずともわかる・・・源以(げんい)だ。



(みなと)君ほどの案内上手が()きっ()りでやってくれたんだ。私がどうこう言うよりも理解し(やす)かっただろう」


源以(げんい)・・・っ!」


「どうかねフォシル君。ココには実に個性的な面々(めんめん)(そろ)っているとは思わんかね?福祉技研(ふくしぎけん)内部は十人十色(じゅうにんといろ)決して隠す事の出来ない様々な闇を(かか)えた者達が(ひし)めき合っている。()(とう)な人間ならば、彼らが(かも)()す闇を感じて、数分もしない内に()()に襲われるだろうが君は平気そうだな。(むし)調和(ちょうわ)にも()た何かを感じたのではないか?」


「・・・」


「だがそれでいい。それでこそ我々のフォシル君だ。君は不幸だよ。なにがなんだか、わからない内に未来(ここ)にいて、()(にえ)にされようとしているのだからね。喜びたまえ・・・君以上に不幸な人間など、この世には存在しない。君が感情のままに俺は不幸だ、と(なげ)けば誰しもが君に同情(どうじょう)し、自分こそ世界一の不幸者だと勘違いしていた者達は皆こぞって君を(うらや)ましがる事だろう」


「・・・う、うるさい!俺は自分を不幸だなんて思っていない!!」


「2人共やめろ。ココは病室だ・・・これ以上(さわ)ぎを大きくするなら源以(げんい)、お前であっても()まみ()すぞ」


福祉技研(ふくしぎけん)のNo.2がカットに入る。

実質(めん)と向かって源以(げんい)に意見できるのは銑十郎(せんじゅうろう)のみ。

最強の仲間を()た2人は気持ち銑十郎(せんじゅうろう)の方へ体を()せると圧倒的威圧感(プレッシャー)を放つ直視不能の眼差(まなざ)しを避けるようにフォシルは源以(げんい)のネクタイ辺りを(にら)みつけ、 (かえで)はビクビクしながらその足元に目線をやっては()らしてを繰り返す。

対して源以(げんい)微動(びどう)だにせず腹の底の(うかが)い知れない、いつもの表情を浮かべながら──


「すまないな銑十郎(せんじゅうろう)。フォシル君を見ていると、つい何か言葉を掛けたくなってしまってね。今回は私が原因の火種(ひだね)だったと反省しているよ」


一切(いっさい)食い下がろうともせずにその場を立ち去った。

銑十郎(せんじゅうろう)の顔を立てたのか(たん)()えてしまったのか源以(げんい)が立ち去った途端(とたん)、第1診療室に安堵(あんど)の空気が立ち込める。

しばらくの間を()け、地獄の(ふち)から()い上がってきた生還者(リターナー)のように弱々しくも(せい)()()めた声を()らし崩れるようにして地べたに座り込んだ(かえで)は直下型の吐息を投げ捨てた。

瞳孔(どうこう)を見開きバクバクと暴れる心臓を押さえながら呼吸を整え、額の汗を()き取り"所長との戦争に私を巻き込むな!!"と文句を放つ。

彼女にとっては源以(げんい)一挙一動(いっきょいちどう)全てが恐怖でしかなく、彼が自身の半径5m圏内(けんない)に入ると無意識のうちに細胞核(さいぼうかく)の1つ1つがガクガクと震えだすレベル。

それは彼女の闇と源以(げんい)の存在が(みつ)な関係にある事を物語るが、そこには唯一にして絶対の例外も存在する。

彼女のテンションが一定ラインを超えた時、言わば強制覚醒(オーバードライブ)中ならたとえ相手が源以(げんい)であろうとも(かえで)に恐れるモノはない。

(げん)に初めて彼女が現れた時は、源以(げんい)に対する恐怖よりも人間(オリジナル)との遭遇(そうぐう)に対する好奇心が(まさ)っていた為、あのような振る舞いが出来たのだ。

その日の(ばん)三度(みたび)現れた源以(げんい)(はか)らいで収容所(しゅうようじょ)よりも数億倍は素敵な部屋に移されたフォシルは、ふかふかすぎて逆に寝苦しいベッドの上で今日1日の出来事を振り返っていた。


「・・・」


社会福祉(しゃかいふくし)大義名分(たいぎめいぶん)を隠れ(みの)に暗躍する福祉技研(ふくしぎけん)

(かた)や過激な自然保護活動(無差別テロ)を行い、国際指定テロ組織と認定されたエコロジー団体、解放者(リベレータ)

源以(げんい)(かえで)銑十郎(せんじゅうろう)三佐(さんさ)景勝(かげかつ)白露(はくろ)、その他大勢(おおぜい)の名前も知らない職員達。

非合法を(つらぬ)いている時点でココは正義の味方ではないのだろうが・・・そもそも正義とは何なのか?

だかそれよりも気になるのは死神(しにがみ)と恐れられる人間に感染するコンピュータウィルスの存在。

その影響を受けない人間(オリジナル)として未来(げんだい)(よみがえ)らされた自分自身。

そもそもなぜ自分はこんな事になっているのか?

源以(げんい)が言っていた"21世紀代ですら不可能とされた技術"で冷凍冬眠(コールドスリープ)させられた自分に"その時"何があったのか?

燃え尽きた紙切れのような断片的記憶しかないフォシルにその答えを知る(すべ)はない。

腕を振り回した勢いを利用して体勢を仰向(あおむ)けにしたフォシルは片目を閉じ、反対の目を(かす)かに開いて自らの左手を、じーっと見つめてみる。

もしかしたら元々、自分には記憶なんてモノは存在しないのかも知れない・・・この肉体(からだ)と魂は誰か別の人のモノで福祉技研(ふくしぎけん)(およ)源以(げんい)(くわだ)てる()(にえ)以外の何か別の計画の材料として利用されているのでは?

それは皮肉的な意味ではなく自分が何者なのかを考えた結果たどり着いた1つの答えだった。


「俺の名前は化石(フォシル)なんかじゃない・・・俺には、ちゃんと自分の名前があるんだ!」



不安と怒りが()()じった使い道のわからないモヤモヤを握りしめ(ひと)り感情を爆発させる。

誰に迷惑なども考えず、(さわ)ぐだけ(さわ)いだフォシルは個性的すぎる秘密機関の面々(めんめん)に囲まれながら()(にえ)となるその日を待つのであった。

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