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EscapeGoat  作者: 鈴木崇嗣
21/27

Extra Episode 却って楓は顧みる



西暦4192年5月9日。

景勝(かげかつ)フォルダ事件の影響でお目付役(めつけやく)(かえで)が業務を放っぽり出してアーティの頬を(つま)み左右に、むに〜っと引っ張りながらじゃれ合う中、フォシルは何とも言えないこの空気を変えようと新たな話題を提供する。


「あの・・・(かえで)?そのカメラ──」


あの野郎(かげかつ)の事なら知らんぞ!!」


「あっ、いや・・・そうじゃなくて。カメラの中に気になる写真があったから、それを見せてもらえないかなって・・・」


「あぁ?」


ペチペチとアーティの頬を軽く叩いたあとフォシルに向き直った彼女は、相変わらずの仏頂面(ぶっちょうづら)(さら)しながらカメラを手に取り"どれの事だ?"と聞き返せばフォシルは"カサゴ"と言う名のフォルダが気になるとの事。

それを(かえで)に言わせれば家で育てているペットの名前だと言う。

犬にネコって名前を付けるネタは、なんとなく知っているような気もするがそれにしてもカサゴだなんてずいぶんな名前を付けるなぁ・・・そう思いながら写真を見せてもらった時、そこに映し出されていたペットの正体は低層(ていそう)に置かれた岩の隙間から顔を覗かせる(まぎ)れもない"あのカサゴ"だった。

あまりにストレートすぎて逆に意表を突かれたフォシルが(しぼ)り出すように"・・・え"と声を()らせば彼女の仏頂面(ぶっちょうづら)は頭上に"?"を浮かべる不思議そうな顔へと変化した。



「もしかしてカサゴ知らない?」


「いや・・・たぶん知ってる・・・カサゴ・・・海の魚だよね?」


「そだよ」


「・・・」


「・・・」


(かえで)?」


「なに?」


「海の魚を家で育ててるの?」


「そだよ」



さて困った。

ボディブローが来ると思って低く(かま)えた防御の姿勢が(あだ)となり(かえで)のストレートパンチは顔面にクリーンヒット。

自分で展開させた話題にも(かかわ)らずフォシルの処理能力は限界を超え、何が何だかわからない、何がわからないのかもわからない迷宮へと落ちていく。

それでもツッコミたいポイントの1つ、まず何より42世紀の日本では犬猫に肩を並べてカサゴが個人様宅で飼えるペットとして浸透している事実にメスを入れる。

すると──


「ペットかどうかは知らないけどコイツは元々、煮付けか唐揚げ用に売ってた魚だよ?いや〜友人から誕生日プレゼントにもらっちゃったのはいいんだけど生きた魚を(さば)けなくてさ。だからいつか三佐(さんさ)(さば)いてもらおうと思って水槽に入れてたら途中でなんだか可愛(かわい)く思えてきちゃって」


「そう・・・なんだ・・・いや、そうだよね?いくら未来世紀だって言ってもカサゴがペットショップに並ぶわけないよね普通に考えて」



どうやら全てはそういう事らしい。

誕生日に生きた魚をプレゼントした友人の感性も独特だが、それを拒否せず受け取ってなおかつ育てようとする(かえで)(かえで)(かぶ)いたもの。

そして42世紀の水槽はアクリルないしガラスの容器などは一切(いっさい)使用せず、代わりに特殊な台の上に水を流し込むとその水は台の上を浮遊しながら球状、筒状、四角形に形成される。

つまり水それ自体が容器として機能すると同時に生物の暮らしていける環境そのものとなるのだ。

余計なフレームが存在しない分、よりクリアな視界で生物の観察が可能となった未来世紀の技術はこれだけに(とど)まらず、この水の容器はその形から水流まで任意に設定できる他、水面をバシャバシャと()ねる生物の為に水の(ふた)を作る事も出来れば壁面を()う生物や突進を繰り返す暴れん坊な生物の為に壁の柔軟性も自由に変える事が可能で、この柔軟性を最弱にすれば360度、全ての面が水面のような状態になり逆に最大に設定すれば総重量10kgを超える砂利や岩などを入れる事も出来る。

エアレーションや濾過(ろか)もこの台が全部(おこな)い、そこに生物を投入すれば自動でナノマシン情報を読み取り、(もっと)も適した水質を作ってくれる為、どんなズボラも飼い殺しとは無縁の誰でも気軽にアクアリウムが楽しめる夢のような水槽が完成していた。



「でも魚って普通どんなに新鮮でも大体が血抜きしたあとに氷の上でしょ。たがらその人は、わざわざ海にカサゴを釣りに行ったんだ?」


「どーだか?そもそも海に魚がいるわけないじゃん」


「魚が海にいなかったらドコにいるの?」


「そっか。フォシルは未来(いま)の海を知らないのか」



悲しそうな表情を浮かべて少し(うつむ)いた(かえで)が語る未来(げんだい)の真実。

母なる海が枯れた42世紀などと言われるが実際のところ、その表現は干上(ひあ)がったという意味ではなく重度の環境汚染により大量の超濃度有害物質(パニッシュエレメント)が溶け込んだ海は嫌にとろみ付いた濁色(だくしょく)()()めと化し、最早(もはや)生物の()める環境ではなくなってしまった事を()している。

その事を写真付きで説明するとフォシルの記憶に残されていた潮風の香りは一瞬で消え失せ、さらに最大十数kmに渡って凍結された海辺は超濃度有害物質(パニッシュエレメント)飛沫(しぶき)が人の住むエリアに来ないようにした防護壁で、これを彼女は"凍った海辺は大罪の烙印(らくいん)"だと言った。

いかに除染プラントで海の回復を(はか)ろうとも現状を一言で片付けるなら"(すで)に手遅れ"。

では(かえで)のカサゴはドコから来たのか?

その答えはフォシルも知る"あの場所"からだった。



「まぁ未来(いま)の世の中、人間以外の生き物なんて(ほとん)どが死滅しちゃって魚も家畜も虫だって全部クローンなんだけどね」


「・・・またクローンか」


「クローン知ってるの?」


「え!?あ、うん・・・前にちょっとね・・・」



見た目ではわからないが(かえで)のカサゴは研究機関などに保存されていたオリジナルの遺伝子(いでんし)を元に、試験管の中で生み出されたクローン。

それをキッカケに思い出したくもない事を思い出したフォシルは不機嫌そうな表情を見せて写真から目を()らす。

"どうしたの?"と心配そうに声を掛ける彼女にもあの瞬間を打ち明ける事は出来ず、フォシルは心の中で誰に対してではないが悔しさと怒りと悲しみを混ぜた罵声(ばせい)を吐き続ける。

その姿にこれ以上、掛ける言葉の見つからない(かえで)は無言のままカメラを(ただよ)わせフォシルの前に差し出した。

ふわふわと(ただよ)いながら視界に入ったそれを横目でチラッと確認すれば今度はカサゴと一緒に映る魚とも虫とも言えない、どこまでも(かぶ)き通した謎の生物の姿があった。

不気味と珍妙(ちんみょう)()してギャグ要素で割ったようなソイツの見た目に一瞬で釘付けとなったフォシルが(かえで)に向き直り"これはなに?"と()い掛ければ──



「もしかしてオパビニア知らない?」


「たぶん知って・・・いや知らない!なにオパビニアって!?」



それが空元気(からげんき)であろうともフォシルが顔を上げてくれた刹那(せつな)、一瞬だけだが(かえで)微笑(ほほえ)みを浮かべた優しい表情を見せる。

が、次の瞬間にはいつもの(にぎ)やかし(ぜん)としたドヤ顔で"知らないのなら教えてやろう!"と胸を張ってもう1匹のペット、オパビニアについてを語る。


「え〜とねぇ、オパビニアってのは今から5億年くらい前にいたカンブリア紀の生物なんだよ。ほら、アノマロカリスとか聞いた事ない?」


「知ってるアノマロカリス!まさかその頃の生き物達が生きてたの!?」


「あはは!違うよ。これもいい事なのかわからないけどさ、全部化石の遺伝子(いでんし)から(つく)られたクローンだよ。フォシルがどうしてクローンを知ってるのかは聞かないけど、多分いいようには思ってないよね。それは私も同じだよ」


(かえで)?」


「クローンってさ・・・結局は人間のわがままで生み出された命じゃん?アノマロカリスとかオパビニアは人間よりも先に絶滅しちゃったからアレだけどカサゴは人間がいた所為(せい)で絶滅しちゃった生き物でしょ。人間が自分達の身勝手で殺しておいて自分達のエゴで生き返らせた命。でも本来カサゴが()んでた海は多分だけど、もう二度ともどって来ない。だからクローンカサゴは本物の海を知らないまま試験管の中で育って死んでいく・・・カサゴ1匹見ただけでも人間は同じ命を2回も殺してるんだよ」


「・・・」



クローン技術を発展しすぎた人類の罪だと語りながらその進化を(かえ)って(かえで)(かえり)みる。

この時フォシルは彼女の本質を、とても優しい心の持ち主であると同時に命を(とうと)いモノだと理解した上でこの暗躍組織に(とら)われた悲劇の人だと解釈。

そして声を(しぼ)り出すようにボソッと(つぶや)いた。



「・・・やっぱりそうだ」


「なにが?」


(かえで)は誰よりも優しくて・・・だから福祉技研(こんな所)に居ちゃダメなんだ。どうして警察でも軍人でもない(かえで)がテロリストと戦わなきゃイケないんだ!他の命の為にそんな悲しそうな顔をする(かえで)が・・・だってそうだろ!考えたくないけど今度は(かえで)が死んじゃうかも知れないのに、どうして──」


「・・・私を心配してくれてるの?」


「そうだよっ!もしかして源以(げんい)に脅されて無理矢理ここに閉じ込められてるのか!?そうだ・・・人の命をゴミクズ以下にも思ってないアイツなら、そのくらいの事はやり()ねない。(かえで)だってわかってるんでしょ!どうして三佐(さんさ)さんも景勝(かげかつ)さんも駿河(するが)さんも・・・(やなぎ)さんだってそうだ!どうしてみんな源以(げんい)の命令を素直に聞こうとするんだよ!!」


「フォシル・・・」


「アイツの所為(せい)で・・・その・・・誰かが死んでも、アイツは悲しむどころか何事もなかったように、自分の所為(せい)で人が死んだのに、最初からそんな人は存在しなかったって態度を(しめ)すに違いない!!」


「やめて・・・それ以上なにか言われると、なんだか泣いちゃいそうになるから・・・でも、ありがとう。私は大丈夫だよ」


「大丈夫なモンか!!」



突如(とつじょ)(かえで)に飛び付くようにしてその両肩をガシッ!と掴んだフォシルは力任(ちからまか)せに彼女を向き直らせ自身と対面させる。

奥手な童貞(どうてい)が見せた予想外の力強さ、男らしさに(かえで)は一瞬ドキッとするが、それが逆に今こそ燃え尽きんとするロウソクの灯火(ともしび)にも思えてしまうのはフォシルが()(にえ)として生かされてる存在である事を知っているからこそ。

しかしフォシルからすれば()(にえ)として殺されるのは自分以外の全人類。

そしてこれはそう遠くない(のち)の世界、アザゼルの為の山羊(やぎ)は死ぬ権利さえも奪われた虚無(きょむ)(おり)の中でこんな事を考える。

旧約聖書の2匹の山羊(やぎ)は果たしてどちらが幸せだったのか・・・死ぬ事が不幸で生きる事が幸せなのか?

では死ねない事もまた幸せだと言えるのか?

死を恐れ、生きる事を望み明日の(せい)を掴むのならその(せい)を幸せだと言えよう。

では生きる事を放棄しても明日の(せい)が来るのなら、それでも生きてる事が幸せだと言えるのか?

その時アザゼルの為の山羊(やぎ)は1つの結論を出した──

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