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EscapeGoat  作者: 鈴木崇嗣
20/27

ACT.16 DANGER ZONE



西暦4192年5月9日。

日本海沖300km地点に集結した解放者(リベレータ)6幹部が再び世界中に()()りとなって(はや)1週間。

その動きを常時監視している世界各国の政府機関が、いよいよ末期の危機感を覚え震える中、日本政府から福祉技研(ふくしぎけん)に新たな密命が(くだ)った。

その玉座(ぎょくざ)、所長室の大きな椅子(いす)に腰掛け重徳(しげとみ)からのナノマシンリンクで密命内容を確認、それに対して皮肉を述べながらも源以(げんい)は頭の中で淡々(たんたん)とプランを組み立てていく。



「元は社会的秩序(ちつじょ)を維持する為に作られた法律(ルール)が、このような形でお(かみ)の妨害をするとは、なんとも皮肉なモノではないか。結果として法律(ルール)に守られているのはテロリスト。正直者がバカを見るとはよく言ったモノだよ」


「返す言葉もありません。いかに解放者(リベレータ)が世界最凶のテロリストと言えど"なにもしていない"時にこちら側から攻撃を仕掛ければ、それは一方的な弾圧(だんあつ)として世界から罰せられるのは日本になります。(ゆえ)後手後手(ごてごて)の対応となりこの悪循環を招いています。何卒(なにとぞ)先生のお力添(ちからぞ)えをお願い(いた)します」


「この状態なら手がないわけではない。法律(ルール)従順(じゅうじゅん)な我々を内側の存在としたとき解放者(リベレータ)は外側となる。だが外側の存在は、なにも解放者(リベレータ)だけではない。42世紀現在、世界中には解放者(リベレータ)に負けじと頑張っているテロ組織が(わず)かながら存在している。具体的な例を()げればアリー・ビン・マフムード(ひき)いる中東最大のテロ組織"ヤッドアルムサゥヴァ"や教祖マリオンが(ひき)いる欧州の"ベルーガ"。他に中南米に拠点を(かま)えるエク・チュアが(ひき)いる"イエローレイン"だ。いずれも法律(ルール)など無用の荒くれ者達、外側と外側の抗争が起きた場合その責任を問われるのは誰か?答えはその者達を(かか)える国のお(かみ)だと言いたいところだがそれは違う。正しく言えばお(かみ)には"言い逃れ"をする為の手段があると表現すれば間違いなかろう」


「と、言いますと?」


法律(ルール)とは言わば国連に加盟している国同士の中での決まり事。現在地球上には400近い国が存在しているが、その全てが国連加盟国かと言われればそうではない。さて近衛(このえ)君、ここで1つ質問をしよう。とある地域が国家として独立宣言したところで全部が全部、国として承認(しょうにん)されるわけではない。では地域から独立した"1つの国家"とみなされる為の条件を知っているかね?」


「はい。社会的に曖昧(あいまい)な部分はありますが主には領土があるかどうか、そこに国民と呼べる者達がいるかどうか、そしてそれらを支配できる主権があるかどうかの、いわゆる国家の三要素だと(ぞん)じております」


「よろしい。では改めて今回のケースに当てはめて説明しよう。世界が国として認めてない以上、その地域は独立国家などではなく所詮(しょせん)は隣接した国の孤立した地区に過ぎない。大元(おおもと)の国としてそれらを管理する義務は当然だが、仮にその地域が独立国家を宣言して暴徒と化し、とんでもない事をしでかしたら大元(おおもと)の国のお(かみ)はどのような態度を(しめ)すと思う?私ならその地域を独立国家として承認(しょうにん)して全責任を押し付ける。つまり解放者(リベレータ)を攻撃したのは我々国連加盟国ではなく非加盟国の・・・中東のヤッドアルムサゥヴァ辺りに暴れてもらえば君達にとっては(もっと)も都合がいいのではないかね?」


「テロリスト同士をぶつける・・・そんな事が可能なのでしょうか?」


「ヤッドアルムサゥヴァは解放者(リベレータ)、ベルーガに()ぐ規模を持ったテロ組織。事実上のNo.3として解放者(リベレータ)を攻撃して、あわよくばダメージを与えられればそれだけで自分達の宣伝ができる。己の存在を世界に知らしめる為ならば自他の犠牲を(いと)わない勇猛果敢(ゆうもうかかん)な砂漠の戦士は必ず動く。プランが完成次第、追って連絡する」


(かしこ)まりました。比御(ひご)総理には私からそのように伝えておきます。今回も先生のお力添(ちからぞ)えに感謝申し上げます」



ナノマシンリンクを終えた源以(げんい)早速(さっそく)三課(さんか)(おもむ)き中東のテロ組織の内情を調べるように指示を出し、同時にヤッドアルムサゥヴァと接触させる人物を選別。

そこで白羽(しらは)の矢が立ったのは景勝(かげかつ)だった。

源以(げんい)からその一報(いっぽう)を受けた景勝(かげかつ)か向かった先、そこはフォシルの自室。

なぜか自慢気(じまんげ)にフォシルと(かえで)とアーティに"砂漠の国でバカンスしてくるぜ"と意気揚々(いきようよう)それだけを伝えると、またどこかへ行ってしまった。

突然現れ、突然去り行く(さわ)やかな嵐に呆気(あっけ)を取られていたフォシル達が頭の上に"?"を浮かべ、ざわざわとする中、()(さき)に口を開いたのは(かえで)だった。


「中東?あんな砂と遺跡しかないところにアイツは何しに行くんだ?」


「きっと・・・任務なんじゃないかな?」


「そんな事はわかってるよ!ただ42世紀の中東ってのは色々と危険なところなんだぞ!!」


(かえで)怒号(どごう)混じりに軽い気持ちで任務じゃないかと口走ったフォシルを一喝(いっかつ)する。

何が彼女の気に(さわ)ったのかなど是非(ぜひ)もなく、きっと景勝(かげかつ)の身を(あん)じての事だろうと思ったフォシルは、ごめんなさいの意味も込めて言葉を返した。



「やっぱり景勝(かげかつ)さんが心配だよね」


「は、はぁ!?お前はバカか!?なんで私があんなヤツを心配してやらなきゃならないんだ!あーもう!!とりあえずコレ見て中東ってのがどんなところか学習しろ!!」



ふわふわと(ただよ)う無線誘導カメラを取っ捕まえラグビー選手よろしくスクリューパスでフォシルに投げつけ、"middle east"と銘打(めいう)ったフォルダの中に映し出されていた42世紀の中東の生々しい姿を見せつけ説明する。

広大な砂漠と遺跡をバックに武装したテロリスト達が世界各国の国旗を燃やしている姿や、砂に()もれた廃墟の前に力無く横たわる人々の姿まで。

それは以前、彼女自身が国際ジャーナリスト"(すめらぎ)あやめ"に書き換え(Rewrite)して潜入した中東のとある地域、まさにヤッドアルムサゥヴァその組織が拠点を置いた紛争地帯の現実だった。

これが現実・・・と、言葉を失ったフォシルが目を閉じてカメラのアナログボタンをピコピコ(いじく)ってた時、知らず知らずのうちにページはroot(ルート):0のフォルダ一覧を開いていた。

ちょうど(かえで)がアーティに対して42世紀の中東について学習させているのをいい事にフォシルはこっそり、その中の1つ"no title"と表示されたフォルダを開いてみると、その中にはどれもこれも明らかにカメラを意識したポージングを決める景勝(かげかつ)の写真が数十枚。

謎の危機感を覚えたフォシルが、わざとらしく(かえで)に聞こえるように"このフォルダ──"と言った途端(とたん)、彼女は謎の奇声を上げながら捨て身タックルを決め、フォシルの手よりカメラを奪い取った。



「コラ見るな!って違う!!なんだこの写真は!?なんで景勝(かげかつ)オンリーのフォルダがあるんだよ!?つーかあんにゃろうの写真なんて1枚も撮った記憶なんてないぞ!!削除、削除、削除!!」


少しテンパった様子で削除の項目を連打する(かえで)

(もっと)もナルシストな景勝(かげかつ)の事、いつまでも自分をカッコよく残しておきたいと思い(かえで)のカメラで勝手に自撮りした可能性も否定できない。

それをなんだと勘違いされるのが(たま)らなかったのだろうとフォシルは少しだけ安心する。

その他にも気になるフォルダを見つけたが、それはまた別の話。

とにかく景勝(かげかつ)がバカンスだと(しょう)した中東は42世紀現在、とてもじゃないがバカンスできるような状況ではなく紛争地帯(ある)いは大規模な戦場そのものだった。

ならば景勝(かげかつ)は後々、最悪の事態を考えてフォシルに"何があったのか"を(つた)えようとしたのだろう。

赤面(さきめん)しながら威嚇する野良犬のような(かえで)はさておいてフォシルは景勝(かげかつ)の無事を(せつ)に願った。

それから4時間後の時刻は現在14時20分。

源以(げんい)の指示で中東のテロ組織ヤッドアルムサゥヴァの内情を調べ、なんとかコンタクトを取る手段はないかと模索していた三課(さんか)主任(しゅにん)鶴姫(つるひめ)が1つの結論を出し源以(げんい)に報告する。

それによればヤッドアルムサゥヴァは解放者(リベレータ)の海域占拠を受けて危機感を覚えたのか秘密裏に世界中で同志を(つの)っているとの事。

中東を拠点に広がる秘密の接触ルートを(わず)か数時間で突き止めた三課(さんか)に代わり、ここからは源以(げんい)を主体にテロリスト達との()()きが展開される。

まずは様子()がてらの一手(いって)として数ある接触方法の中の1つ、比較的セキュリティの甘い某フリーオークションサイトにて"mark cabin名義で出品された五本指の御守りに質問を投稿する"というモノを試してみる。

その際、出品者にのみ質問した側の情報が表示される設定にして鶴姫(つるひめ)は日本が秘密裏に鹵獲(ろかく)した解放者(リベレータ)の小型潜水艇を餌に、裏社会を生きる架空の密売人"アジアの同志K"の名でコンタクトを開始。

中東という土地柄(とちがら)、周囲に隣接する海域こそあれどヤッドアルムサゥヴァは"砂漠を()み締める者"の異名を持ち、その武器装備は徹底して陸戦に特化したモノで固められている。

しかし解放者(リベレータ)の快進撃にジリジリと()げ付くような危機感を感じている今ならば大陸横断以外の勢力拡大方法として周辺の海域まで進出する事を(うなが)し、彼らが(いだ)いているテロ組織としての劣等感を(あお)れば、その衝突を誘発する事も不可能ではない。

それに上手く食い付いてくれればヤッドアルムサゥヴァにとって武装した潜水艇は喉から手が出るほど欲しいに違いないと(にら)み、源以(げんい)はコレを材料に選んだ。

その後、読み通りに事は進み(わず)か数分()らずでmark cabinからアジアの同志Kに(あて)た返信が届く。

その内容は実に交友的な文面から始まり、警戒しつつもやはり潜水艇を欲している事が(うかが)える。

アジアの同志Kを密売人と仮定した上で他にどのような商品を所持しているのか、主な活動エリアとその受け渡し方法、フリーの密売人なのかそれとも組織的な部分の一部なのか。

活性(かっせい)の高い魚を釣るのに餌を放り込む以外の駆け引きは必要ないと見るや(いな)や、源以(げんい)は一言"実際に潜水艇を1(せき)、彼らにくれてやれ"と発言。

それを受けた鶴姫(つるひめ)は密売人らしい安全を最優先にしたビジネスライクな(うた)い文句でヤッドアルムサゥヴァとの接触を取り(つくろ)う。

受け取り場所は相手側に決めさせるが、時間と日時はこちらが決める。

そして同じ世界に生きる者同士の暗黙の了解として互いにナノマシン情報を調べない事を条件に、アジアの同志Kは潜水艇を譲渡(じょうと)するとした内容のメッセージを送った。

それから数時間後。

(いま)だ警戒しているのかピタリと連絡の止まったヤッドアルムサゥヴァから再び連絡が入った時、彼らが指定した場所は現代(かこ)に石油などの輸出海路として使用されていた中東を流れる海峡(かいきょう)、その沖合い30km地点に立つ除染プラントだった。

そこはかつて砂漠の戦士が数少ない海上装備で制圧した唯一(ゆいいつ)の海域にして施設の目的上、爆撃などでテロリスト共々破壊する事が不可能とされるセーフティゾーン。

これを()に不安になるほど簡単に組み上がった作戦プランを日本政府に伝えると、鹵獲(ろかく)した潜水艇を所有する国家特務海洋警察軍に組織全体の総隊長を(つと)める重徳(しげとみ)から緊急連絡が行き、彼らが所有する軍港に潜水艇が用意される。

こうして全ての準備が(ととの)ったのは時刻が22時を過ぎた頃。

日勤の職員達が夜勤の担当に作業を引き継ぎヤッドアルムサゥヴァに対して1週間以内に潜水艇を届けると約束し、この日の連絡を終えた。

翌5月10日の時刻は現在12時45分。

今回の主役ヤッドアルムサゥヴァについてその内情と具体的な戦力を分析していた三課(さんか)のミーティングルームに突如(とつじょ)コスプレパーティーでも開くのか?とツッコミたくなるほど大量の衣装を持った一課(いっか)の職員達がぞろぞろと集まりだした。

彼らが用意したラインナップを(のぞ)けば純白のカンドゥーラに黄色、黒、青、どれもこれも単色もしくはちょっとした自己主張程度のラインが入ったシンプルなジャケット。

他には赤や白のグゥトラにイカールといった中東の伝統的な衣装ばかりが並べられている。

仮にも相手はテロ組織、合意の上とは言えども外部の人間と接触するリスクは計り知れない(ゆえ)に、まずはその警戒心を()いてやる必要がある。

これ(すなわ)ち同志を(かた)るとは互いの波長を合わせる事も同じであり近すぎず遠すぎず、いかにしてテロリスト達に"私はあなた方をリスペクトしています"という心の距離を理解させるかの、まさに心理戦と呼ぶに相応(ふさわ)しきとモノと心得るべし。

和服をバッチリ着こなした外国人に対して日本人が親近感を覚えるのと同じでリスペクト、つまりは警戒心を()くとはそう言う事なのだ。

早速(さっそく)中東の伝統的な衣装と大きなサングラスを組み合わせ、(きら)びやかな赤と白のツートンカラーが目を()く暗躍衣装を身に付けた景勝(かげかつ)(アジアの同志K)がカンドゥーラの動きやすさ、フィット感を確かめるべく屈伸(くっしん)、開脚を繰り返すが普段着慣(きな)れないマキシ(たけ)ワンピースのようなコレに悪戦苦闘(あくせんくとう)


「ん〜?なんかしっくり・・・こねぇ・・・なっ!」



ぎこちない動きのラジオ体操をしながら文句を言ってたかと思った刹那(せつな)、しゃがんだ状態から大きく腕を振り上げ、その勢いを殺さずに驚異的な身体能力でなぜか月面宙返り(ムーンサルト)を決め、華麗(かれい)勇姿(ゆうし)()せつける。

周りにいた一課(いっか)三課(さんか)の職員達が思わず"おぉっ!"と(うな)る中、腕を組みながら(あい)も変わらぬ強面(こわもて)でコチラを見つめる兄の姿に景勝(かげかつ)指差(ゆびさ)し──


「どうだアニキ?何を着ても似合(にあ)っちまうあたり、さすがに俺だと思うだろ?」


「浮かれるな。日本領内では安全と言えど、そこを一歩でも出たらお前は海域侵犯をしている上に国籍不明の武装潜水艇に乗ったテロリスト予備軍という(あつか)いになるのだ。間違ってもヤッドアルムサゥヴァと接触する前に他国から攻撃されるようなヘマは犯すなよ」


「心配すんなって。俺の帰る場所は海の底でも砂漠でもない。常に白露(はくろ)さんのいるところだぜ?」


「・・・」


「どうした?」


「いや、なんでもない。確かにお前の言う通り白露(はくろ)の為にも必ず生きて帰還せよ」


(まか)せておけ」


「ついでに、もう1ついいか?」


「なんだ?」


「答えは変わらぬとは思うが(ねん)の為に聞いておく。今回も装備品はNonNo(ノンノ)だけでいいのか?」


「そうだな・・・湿地帯(しっちたい)での運用経験はあるが砂漠でNonNo(ノンノ)を使った事はないしなぁ・・・装備品の事は少し待ってくれ」


「よかろう」



二課(にか)工作員(エージェント)として武器装備の確認を皮切りに、あれやこれやを真剣に吟味(ぎんみ)するのだがその場違い(はなは)だしい服装でマジメな雰囲気を(かも)し出し、そんな話をする姿が(みょう)にシュールで周りの職員達からクスクスと失笑が(こぼ)れているのが聞こえてくる。

特段(とくだん)おもしろい事ではないのだろうが、この場の空気と景勝(かげかつ)の普段のイメージが良い意味でミスマッチ、スベってるのかウケてるのかわからない、まるで本当に場違いなコスプレをしているとしか思えない事が可笑(おか)しくて(たま)らなかった。

にも(かかわ)らず"なにも変な事なんてしてないぞ!"と言わんばかりの態度を(しめ)景勝(かげかつ)の、開き直る云々(うんぬん)超越(ちょうえつ)した威風堂々(いふうどうどう)たる中東オーラがさらなる失笑を(さそ)う。

そのままフォシルの部屋に遊びに行けば(かえで)には似非(えせ)王子とバカにされ、アーティにはコスプレだとバカにされ、フォシルからはバカンス楽しんで来てねと苦し(まぎ)れの(ねぎら)いをもらう。

その後もカンドゥーラに()れるべく普段通りの業務をこなす景勝(かげかつ)中東verのシュールな姿に福祉技研(ふくしぎけん)全体から失笑が(こぼ)れ続けた。

それから6時間後、ようやく定時を迎えこの日の業務を終えた景勝(かげかつ)が休憩スペースの一角(いっかく)で頭のグゥトラを(はず)(さわ)やかに前髪を()き上げた時──


「中東の伝統、その重みと着心地はどうかね?」



庶民的なボトルコーヒーを優雅に飲みながら(およ)()つかわしくない簡素な椅子(いす)に腰掛けた源以(げんい)景勝(かげかつ)に声を掛ければ、周りにいる職員達も今回の作戦に何か進展があったと考える。

休憩スペース特有の(かす)かな物音すらも消え()せ、この場にいる全員が源以(げんい)に対して絶妙な距離感を取りながら、その人の為だけに静寂(せいじゃく)な空間を作り出す。


「ふむ。これから私が何かを発表すると思い気を使っているのか、それとも私に対して(やま)しい事でもあるのか。どちらにせよ君達もそんなところに()らばってないでこちらに来てはどうかね?私は生来(せいらい)声を張るのは得意ではない。この広いスペース全体を相手取っては言葉の1つ、ろくに(つた)える事すらままならんのでな」



その一言を受けた職員達がゆっくりと2人を囲うようにして集まりだすが、その群れは景勝(かげかつ)側だけに(かたよ)り気付けば全員が1列となって源以(げんい)と対面する極端な形が出来上がっていた。

が、コレ自体福祉技研(ふくしぎけん)内部では案外普通の光景でもある。

発言者に(たい)しての立ち位置やマナーだの以前に、ここの職員達にとっては圧倒的な威圧感(プレッシャー)を放つ源以(げんい)の視界に(はい)り面と向かい合う事よりも、背後(ある)いは側面(そくめん)と言った死角に立つ事の方が恐怖であった。

だからこそ完成した形も心構えも(いびつ)な話の輪の中で語られた内容は、お(かみ)の都合が最優先であるとして今から4時間後の23時30分に国家特務海洋警察軍の軍港から景勝(かげかつ)を乗せた潜水艇を出発させ、その後は日本周辺の海底谷(かいていこく)沿()って徐々に潜水、最終的には水深8000m級の海溝(かいこう)をまる1日掛けて巡航(じゅんこう)し、ヤッドアルムサゥヴァの指定した海域付近で浮上するプランがついさっき決定したとの事だった。

唐突(とうとつ)すぎる発表に景勝(かげかつ)は一瞬表情を強張(こわば)らせたが、すぐに状況を理解する。

日本政府直属の暗躍組織(スイーパー)福祉技研(ふくしぎけん)

その二課(にか)に所属する自分は工作員(エージェント)である事を思い出し景勝(かげかつ)はクールに"了解"と返答する。

普段は二枚目(はん)として滑稽(こっけい)なイケメンを演じる彼だが一度(ひとたび)任務だと言われれば眼つきが変わる。

頭からつま先までをすっぽりと(おお)()くすパステルカラーの雰囲気は()てつき、ピリピリと(するど)さを増していく(あお)い殺気と緊張感が臨界(りんかい)に到達した時それらは景勝(かげかつ)自身をも包み込み、(シャドウ)となりてフワッと消える。

もちろん気を抜くところはあるけれど、この状態の景勝(かげかつ)に眠らされた相手が明日の朝日を(おが)む事はない。

最早(もはや)景勝(かげかつ)がグゥトラを(かぶ)ろうがカンドゥーラを(なび)かせようが笑いは起こらない。

(むし)ろこれから始まるテロ組織との接触に対する緊張感だけが際限(さいげん)なく高まっていった。

その後、二課(にか)主任(しゅにん)にして実兄(じっけい)三佐(さんさ)と共に武器装備の最終確認を(おこな)い、そのまま兄が運転する車に乗り込み景勝(かげかつ)は軍港へと向かった。

煌々(こうこう)と輝く街明かりが未来世紀の夜を(いろど)る中、道路の上すれすれを超低空で滑るように走る無音の車内で2人はBGMがてら今回の作戦内容と、たわいもない会話を繰り広げる。


「社会的話題性という意味でヤッドアルムサゥヴァは解放者(リベレータ)の影に隠れているが、現地中東では暴虐(ぼうぎゃく)の限りを尽くす悪鬼(あっき)として今現在も民間人や海外企業の要人(ようじん)拉致(らち)しては処刑し、また拉致(らち)を繰り返している。ヤツらに処刑された人間は数知れず、単純な殺害人数だけで数えればおそらく解放者(リベレータ)をも(しの)ぐだろう」


解放者(リベレータ)とヤッドアルムサゥヴァじゃ、そもそもの目的が違うからな。解放者(リベレータ)が地球と人類の共存を(うた)うならヤッドアルムサゥヴァは特定の思想の元に、全ての人類とその権利を支配して統治する事。まぁ・・・なんとなくだが、そう考えると解放者(リベレータ)がヒーローっぽく思えて来ちまうから不思議だよな」


「だからと言ってテロを黙認する免罪符(めんざいふ)にはならん。どちらの組織もやっている事は協調(きょうちょう)ではなく強要(きょうよう)(ゆえ)に今回の作戦はヤッドアルムサゥヴァ側から解放者(リベレータ)への衝突を扇動(せんどう)し両組織の戦力を削る、(ある)いは壊滅させる事が目的だ。間違ってもヤッドアルムサゥヴァを支援する事が目的ではない。それはあくまでも過程の話で、我々の与えた(ちから)が民間人()いては社会的被害を生み出す結果となってはならぬのだ。それを監視するのもお前の任務でありヤツらが我々の意にそぐわない行動に出た場合、お前にはそれを止める義務がある」


(よう)(ちから)をくれてやると同時にそれの"正しい使い方" を教えてやれって事だろ。人様(ひとさま)に教えを()くなんざ、俺も偉くなったと思わないか?」


「そうだな」



景勝(かげかつ)の冗談まじりの返しを深掘りする事なく三佐(さんさ)はキッパリと話を終わらせた。

それから車を走らせる事、約1時間。

特に渋滞もなくスムーズにたどり着いた先、人気(ひとけ)のない国家特務海洋警察軍の軍港前は鋼鉄製の物理的ガードとナノマシンで対象を識別するデジタルガードで厳重に守られていた。

それを監視する3人の警察軍関係者とS型サードメイカンド(縦長の固定機銃に4本脚を付けたような見た目)2機に対して山本(やまもと)兄弟は自身のナノマシン情報を提示(ていじ)、そこには警察軍隊長重徳(しげとみ)直々(じきじき)に通行を許可した事が証明されていた。

3人の警察軍関係者は2人にビシッと敬礼(けいれい)をしたあと鋼鉄製のゲートを開き、車が通過したのを確認してからソレを閉じて配置にもどる。

闇夜に浮かぶ日本の軍艦を横目に車を少し走らせば港の終点、ヘッドライトに照らし出された何者かの姿を(とら)えた三佐(さんさ)はゆっくりとブレーキを掛け人影の手前で車を止める。

エンジンをかけたまま2人は車から降りると、そこにはいずれもバラクラバで顔を隠し、チノパンに無地のシャツを着たラフで不審(ふしん)な男達が待機していた。

彼らの正体は今回、景勝(かげかつ)に同行して潜水艇に乗り込む特殊な訓練を受けた国家特務海洋警察軍のプロフェッショナル達。

水深8000m級の海溝(かいこう)巡航(じゅんこう)する関係上いかに技術が発展しようと自動操縦(オートマチック)では対応できないイレギュラーが発生した場合、それが他国の海域であるならば近隣国は(おろ)か日本政府にさえ救助を要請する事は許されない。

そうして海底深くに沈んだテロリストの潜水艇を棺桶(かんおけ)に任務も果たせず救助も来ない生き地獄の中、人生最期の時を待つばかりとなっては(もと)()もない。

だからこそ彼ら海洋警察軍が全面サポートを(うけたまわ)る。

その具体的な内容は有事(ゆうじ)の際に自動操縦(オートマチック)から手動操縦(マニュアル)に切り替え窮地(きゅうち)を出し、最悪の最悪は超耐水圧スーツ1つで日本に帰還する為の先導を(おこな)う事。

さらにはこの潜水艇をテロリスト達に譲渡(じょうと)したあとの帰還用として別の潜水艇を同行させる為のパイロットも()ねている。

さすがの福祉技研(ふくしぎけん)と言えどもこの技術と経験を持つ人間は確保出来ていない。

(もっと)もそれはナノマシンで技術と経験を理解した上で、なおかつ仮想空間での疑似(ぎじ)体験をした者こそ存在するが"実践(じっせん)"した者はいないという意味ではあるが。

ナノマシン=遺伝子(いでんし)(ある)いは遺伝情報そのものだとしても、ナノマシンが経験として処理した情報全てが本物かと言われれば答えはノットイコール。

例えるならナノマシンで経験処理した戦場の記憶があろうともその瞬間、そこにいる兵士達の事を知っているわけではなく所詮(しょせん)、偽物は本物に遠く(およ)ばないという事なのだ。

力強い海風(うみかぜ)に吹かれバサバサと暴れるグゥトラを押さえつけ、本物を知るプロフェッショナル達と共にいよいよ景勝(かげかつ)は潜水艇に乗り込み、闇夜の海へと消えて行った。

その後ろ姿を最後まで見届けた(のち)、軍港に1人残された三佐(さんさ)はふと空を見上げて思う。

"兵役時代から今に(いた)るまでの10数年間、同じ戦場に立っては常に後方支援に(てっ)していた我が実弟(じってい)。それが今や戦場の最前線に立ち、この私に対して背中で語り掛けて来るとは・・・初めて見た弟の背中がこれほどまでに大きかったとはな"と、三佐(さんさ)は少し目頭を熱くして車にもどった。

それから日付も変わった現在時刻は午前4時。

()の光も差し込まぬ水深8000m級の海溝(かいこう)を進む潜水艇の中、どうせ起きていてもやる事がないのならと景勝(かげかつ)丸寝(まるね)を決め込んでいた。

休める時に休んでおくのも兵士の基本。

元々が居住(きょじゅう)を考えてない設計が(ゆえ)に寝心地は悪いが、それでも太陽と砂漠の国でこんがり両面焼きにされるよりかは幾分(いくぶん)マシと、海洋警察軍の面々(めんめん)に全てを(まか)景勝(かげかつ)は眠り続けた。

なにか楽しい夢でも見てるのだろうか?時折(ときおり)フフッと笑い声のような寝言を()らしては緊張の()只中(ただなか)にいるプロフェッショナル達を(なご)ませる。

その後、何十時間()っても変わらない殺風景(さっぷうけい)な潜水艇内部で景勝(かげかつ)は寝たり起きたりを繰り返し、小腹が()いたらレーションを片手にNonNo−4(ノンノ−イネ)をクルクル回してガンアクション。

そして()きたらすぐに寝る。

これが本当に世界最強と恐れられる暗躍組織の一員なのか?まるで素人以下じゃないか、と景勝(かげかつ)に付き合うのもなんだかアホらしく思えてきたプロフェッショナル達を他所(よそ)に現在日時は5月12日の深夜0時を迎えていた。

それと同時に緊張感を取りもどした潜水艇パイロットがナノマシンに書き込まれた作戦記録(ミッションログ)参照(さんしょう)して、(つい)に潜水艇を浮上させる。

月明かり1つない中東の海が大口(おおぐち)を開け全てを飲み込まんとする異形の怪物のように威圧感を(かも)し出す中、その前方に赤く点滅する除染プラントの光を見つけた一同はゆっくりと(ふね)を近づけそこに停泊(ていはく)

するとテロリスト御用達(ごようたし)の安価なコピー銃を(かま)えたヤッドアルムサゥヴァの構成員と思わしき数人の男達がぞろぞろと集まってきた。

艦橋(かんきょう)上部に取り付けられた全方位カメラでそれを確認した海洋警察軍のプロフェッショナル達は(すみ)やかにレッグホルスターからMARS−9(マーズナイン)を取り出しセーフティを解除。

うち1人が狭小(きょうしょう)な場面に()いて無類(むるい)の制圧力を(ほこ)るセミオートショットガンMARS−X(マーズクロス)(かま)えてカメラ越しにテロリスト達を見つめる最中(さなか)──


「さて、そろそろ俺の出番かな」



カチャッ!と小気味(こきみ)よい音を立てながらNonNo−4(ノンノ−イネ)のスライドを引いて初弾をチャンバーにセット。

それをジャケットの内側に隠し、景勝(かげかつ)大胆不敵(だいたんふてき)にも堂々(どうどう)とハッチを開けてテロリスト達と対面を果たす。

()(うで)を肩の高さと水平にして(ひじ)から先を90度真上に向けてホールドアップ。

さらに右手の人差(ひとさ)し指と小指を立てながら中指と薬指を(そろ)え、それを親指の腹にくっ付け生み出された"おキツネさん"が(くわ)えているモノは無抵抗(ある)いは危害を加えない事を意味する白いハンカチ。

それでも彼らの(かま)えた銃口が(はず)れる事はなく、情熱的な中東の波風に混じり状況を理解出来ていないテロリスト達のざわざわとした緊張感が吹き抜ける。

その時、突如(とつじょ)プラント内部から赤いグゥトラを(かぶ)った男が現れ、ゆっくりと景勝(かげかつ)に歩み寄りながら"アッサラーム・アライクム"と語りかければ景勝(かげかつ)()(した)しんだように男に対して"アライクム・サラーム"と返す。

そして相手側から手を差し出してきたのを確認した(のち) 景勝(かげかつ)右手のおキツネさんは(くわ)えていた白いハンカチをムシャムシャと食べ始め、最後に耳を閉じてギュッ!と顔を隠せばハンカチはどこかへ消失、ようやく2人は握手を交わす。


「お会いできて光栄だ"アジアの同志K"」


「こちらこそ勇敢(ゆうかん)なる"神の戦士"に(まみ)える時を心待ちにしていました」



景勝(かげかつ)の一言を聞いた赤いグゥトラの男は、ここでようやく仲間のテロリスト達に"銃を()ろせ"とナノマシンリンクで指示を出す。

この男の正体は"ラヒム・アル・アッバース"と名乗るヤッドアルムサゥヴァの幹部であり、なんと某オークションサイトを通じて連絡を取り合っていたその人だと言う。

そして日本政府が多少の無理をしてまでも5月12日の深夜0時を選んだ理由はヤッドアルムサゥヴァが信仰(しんこう)する(おお)いなる思想、つまり宗教の(おきて)が関係していた。

(おそ)れ多くも同志を(かた)るのであれば最初にすべきは相手を理解する事。

同じモノを信じ、同じモノを憎むからこそ同志と認められるならばファーストインプレッションは、まずまずと言ったところ。

潜水艇の中で待機している仲間には手を出さない事を約束したラヒムに連れられ、彼らが占拠した除染プラント内部に1歩足を踏み入れ時、そこで景勝(かげかつ)はこれまでに体験した事のない(たぐい)の不思議な衝撃を受けた。


「おぉっ、これは」


「偉大なる神、唯一(ゆいいつ)にして絶対の神。天地を生み出し終焉(しゅうえん)へと導く万物(ばんぶつ)の神。そして我らヤッドアルムサゥヴァは、この唯一(ゆいいつ)絶対神の預言者(よげんしゃ)アリー・ビン・マフムードと共にある戦士なのだ」



(いた)る所に絶対神を表現したであろう不思議な模様(もよう)(はた)が掲げられ、その中央に(かざ)られる見事なあご(ひげ)(たくわ)えた、預言者(よげんしゃ)アリー・ビン・マフムードのモノと思わしき肖像画(しょうぞうが)が、凄まじい自尊心(じそんしん)(かも)し出しながら景勝(かげかつ)を出迎えたのだが、これがなんとも人を不思議な気持ちにさせてくれる。

嬉しくもなければ哀しいわけでもない。

かと言ってスルーしていいモノなのかと()われればそれも違うだろうし・・・だがここで引くような景勝(かげかつ)ではない。

その口は数多(あまた)の女性に愛を語るだけに(あら)ずして、時にペテンのレパートリーは無限大。

そのメンタルは叩かれれば叩かれるほど強くなり、まるで鍛造(たんぞう)された刀のような(するど)さ、しなやかを()ね備える。

何1つ響くモノを感じないヤッドアルムサゥヴァのアイデンティティを前に景勝(かげかつ)は空っぽの心をあたかも充実した、それこそ大いなる神と預言者(よげんしゃ)に心奪われた信仰(しんこう)者が(ごと)く"素晴らしい・・・"と言葉を()らしてラヒムの"警戒"という名の視線から隠し通す。



「大いなる神の意志。預言者(よげんしゃ)アリー・ビン・マフムードは唯一(ゆいいつ)絶対神の神託(しんたく)を聞き、世界を正しい方向へと導いている・・・やはりあなた方にコンタクトを取って正解だった。私の見た"天国"は唯一(ゆいいつ)絶対神とヤッドアルムサゥヴァにより(ひら)かれる。今こそ私はあなた方に(まご)う事なき正義を見出しました。正義とは正しい事であり、今混沌とした42世紀でそれを知る者こそがあなた方ヤッドアルムサゥヴァなのだと」



そしてラヒムも、彼を警護するテロリスト達も景勝(かげかつ)のその言葉を待っていた。

刹那(せつな)、全長1m弱のコピー銃を不作法(ぶさほう)(ささ)(つつ)で左手に持ち直し、中東最大のテロ組織ヤッドアルムサゥヴァが不思議な音程(おんてい)の"国歌"を歌い始める。


「同志Kよ、我々はあなたを真実の同志と認め今ここにヤッドアルムサゥヴァの一員として歓迎しよう」



楽器を使う事を()しとしないヤッドアルムサゥヴァの国歌は(かかと)を地面に打ち付ける音、銃のレバーをガチャッ!と引き鳴らした音、勇敢(ゆうかん)なる戦士達のハモり声だけで全てを歌い上げる。

彼らの国歌はなかなかどうして(いさ)ましく、まるで名のある交響楽団(こうきょうがくだん)並みのそれをBGMに景勝(かげかつ)は彼らに同志として認めてもらい、ようやくスタートラインに立った危険因子扇動(せんどう)作戦を実行する。

手始めに景勝(かげかつ)は約束通り密売人として潜水艇を1(せき)、彼らに譲渡(じょうと)した。

事実上、唯一(ゆいいつ)と言っても過言ではない海戦装備を手に入れたヤッドアルムサゥヴァはご満悦の様子だった。

そして次回の支援を約束した景勝(かげかつ)三課(さんか)の特殊サーバー(入力側と出力側のナノマシン情報の互換性(ごかんせい)を一方向に置き換えるコンバータのようなモノ)を(かい)してラヒムと個人的にナノマシンをリンクさせると帰還用の潜水艇に乗り込み中東の海に別れを告げた。

それからと言うもの同志と認められた景勝(かげかつ)には頻繁にラヒムから武器装備を求める連絡が入り、その(たび)に日本政府と福祉技研(ふくしぎけん)は裏を合わせ、彼らが欲しがるモノは(ことご)く与えた。

安価なコピー銃よりもワンランク上のエリート用装備から世界各国の軍警察で使いづらいと評判のレーザー兵器"アトミック・リーパー"。

果てには処刑(ある)いは自決(じけつ)用の為か任意のタイミングで起爆させられる第六次世界大戦の遺産、通称"カミカゼ"と呼ばれるナノマシンに(いた)るまで。

そしてこれらの支援が高く評価されたのか(つい)景勝(かげかつ)はヤッドアルムサゥヴァの拠点にまで招待されるようになっていた。

中東各地で不法に(おこな)われているテロリスト達のナノマシン検問(けんもん)を"ハーイ"の一言で(くぐ)り抜け、彼が一度(ひとたび)その地に足を踏み入れれば同志Kを(たた)える声が()き上がる。

そしてたどり着いた先、民間人とテロリストが入り乱れる中東のとある地域の民家にその男、預言者(よげんしゃ)アリー・ビン・マフムードは鎮座(ちんざ)していた。

初対面を果たしたテロリスト達のリーダーは、本当にこれが危険人物なのかと疑ってしまうほど素敵な笑顔で景勝(かげかつ)に"アッサラーム・アライクム"と言葉を掛け、それに対して景勝(かげかつ)も"アライクム・サラーム"と返事をすれば2人は熱い握手を交わす。


「同志K。よくぞ我が神の声を聞き、我がもとへ来てくれた。このアリー・ビン・イシュマーイル・ビン・ターヘル・ビン・マフムードがヤッドアルムサゥヴァを代表して感謝を述べよう」



預言者(よげんしゃ)一語一句(いちごいっく)全てに興味があるような素振(そぶ)()せて景勝(かげかつ)が言葉を返せばアリーもラヒムもその他、大勢のテロリスト達も胸いっぱいの感動を覚え、ヤッドアルムサゥヴァの小さな拠点に彼らの歓喜が木霊(こだま)する。

最早(もはや)誰1人として景勝(かげかつ)を同志だと信じて疑いもしなくなり、次第に景勝(かげかつ)の発言も力を増していった今日この頃。

ところがある日、ヤッドアルムサゥヴァは(すで)に制圧した地区で"真に倒すべき敵(リベレータ)に対してのみ使え"と景勝(かげかつ)に言われていた武器を民間人相手に使用、その大きな異変が小さなニュースとして全世界に発信された。

これを知った福祉技研(ふくしぎけん)では三佐(さんさ)景勝(かげかつ)二課(にか)のミーティングルーム呼び出し、怒号(どごう)混じりに事実を追求していた。



景勝(かげかつ)!これは一体どう言う事だ!!」


「どうって言われてもそんなモン知るかよ!俺はちゃんとヤツらに釘を刺して警告はしてたぞ!!」


「それが結果として表れていないのなら何もしていないのと同じだ!」


「じゃなにか!!俺がただ単にアイツらと遊んでただけだとでも言いたいのかよ!?」


「結果の話をしているのだ!!」


「なんだとゴリラァ!!」



暗躍組織の工作員(エージェント)として目指すところは同じでも過程を重視しながら結果に結び付けるタイプの三佐(さんさ)と、結果を最優先に手順が1から10まであったとしたら2〜3コぐらいは(はぶ)きたいと考えるタイプの景勝(かげかつ)とでは価値観に大きな違いがあった。

それでも景勝(かげかつ)は命懸けの潜入任務を遂行(すいこう)している最中(さなか)に、(はか)らずとも兄の一言を現場を知りもしないクセに無責任に言ってきた文句だと(とら)えてしまい、その事が彼の怒りに触れたのだ。

声を荒げる山本(やまもと)兄弟は()っ組み合い寸前の状態でギリギリと(にら)み合い、二課(にか)全体を不穏な空気に(つつ)み込む。

その時だった──


「兄弟喧嘩はその辺にしたまえ。屈強(くっきょう)な君達に暴れでもされたら、それこそ福祉技研(ふくしぎけん)が戦場になりかねんのでな」


「所長・・・っ!」


「・・・お見苦しいところを申し訳ございません」



この異常を察知(さっち)したのかミーティングルームに現れた源以(げんい)が何を言わずとも暴力的な眼差(まなざ)しで2人を見つめる、ただそれだけで一触即発(いっしょくそくはつ)の雰囲気はピタリと静まり返り、悪魔が空間そのものを支配する。

三佐(さんさ)景勝(かげかつ)の殺気を()しても余りあるソレを身に(まと)源以(げんい)はヤッドアルムサゥヴァの行動の意味を"(およ)そは観客の目を()く為のパフォーマンスだろう"と語りながら2人に対して一旦(いったん)座るように指示を出す。



景勝(かげかつ)君が抜かりなく彼らの危機感を扇動(せんどう)していたのだとしたら、これはある意味で当然の反応だと言えよう。これより彼らが挑もうとしているのはテロ組織という名のフィールドに君臨する絶対王者解放者(リベレータ)(かた)やそれに挑戦するヤッドアルムサゥヴァは言ってしまえば、まだまだ無名のテロリスト。規模として世界3位の大きさを(ほこ)っていようとも、それだけでは相手にすらされない。だからこそ彼らにはパフォーマンスが必要だった。弱い犬ですら自らの存在を知らしめる為に日夜()え続ける。そう考えた時ヤッドアルムサゥヴァは物分かりがいいと思わんかね?自ら進んで我々の為に破滅の一途(いっと)をたどるとは。少しは世のお偉方(えらがた)にもこの従順(じゅうじゅん)さを見習ってもらいたいモノだ」


「しかし──」


「仮にも解放者(リベレータ)6幹部が日本海に集結した今、少し大きな砂場で元気に追いかけっこをしていた彼らを誰が支援したかなど話題性としても取るに()らん。確かに中東のお(かみ)としては気が気ではないだろうが、今それを世界に発信したところでどうなると言うのかね?物事の規模が違うのだよ」


その発言を聞いた三佐(さんさ)は、この被害さえも源以(げんい)にとっては過程の1つだったと割り切り、渋々(しぶしぶ)理解を(しめ)して一足先にミーティングルームをあとにする。

残された景勝(かげかつ)景勝(かげかつ)で思うところはあるらしく、源以(げんい)の意見に理解を(しめ)すと同時に三佐(さんさ)との一悶着(ひともんちゃく)についても謝罪する。



「・・・わかってますよ。アニキは少し堅物(かたぶつ)すぎるんです。ですから36にもなって女の1人も()けないんですよ。もちろん所長の(おっしゃ)られた事が今回の作戦の大義(たいぎ)である事は理解していますがアニキの言ってた事も間違ってはいません」


「君の兄の性事情は知らんがそれを理解しているのなら今後、君は自分がやるべき事をしっかりと理解していると考えていいのかね?ならばそれを()まえた上で1つアドバイスをしよう。今回不運にもヤッドアルムサゥヴァの犠牲となってしまった人々についてだが、彼らの犠牲を犠牲だと思わず全ては過程だと思えばいいのだよ。もとより君の目的は中東の人々を救う事ではなく中東のテロ組織を扇動(せんどう)する事。その過程で見知らぬ第三者が死ぬ事で君とヤッドアルムサゥヴァの(きずな)が深まれば、それだけ物事はいい方向へ進んでいると言えよう。ヤッドアルムサゥヴァにしても無意味な殺人を(おか)したわけではあるまい。ならば君もその真の目的を理解して彼らと共に喜ばねばならん。それが君のやるべき事なのだからね」


(しゅ)に交わればなんとやら・・・ですか」


「いい表現だ。では引き続きヤッドアルムサゥヴァと交わりながら堂々(どうどう)と悪に()ちたまえ」



道徳的に考えれば源以(げんい)の発言に褒められたところなど1ヶ所もないが、こと暗躍組織として見た場合その言い分はどれも正しかった。

そしてヤッドアルムサゥヴァとコンタクトを取り続けて3週間後の6月2日。

この日も任務の為、中東に潜入していた景勝(かげかつ)は同志の皮を(かぶ)り彼らを扇動(せんどう)していた(おり)、パートナーとして常に行動を共にする幹部ラヒムから不意に"その言葉"を言われ景勝(かげかつ)はサングラスの下で困惑の表情を(さら)す。

その真意は噯気(おくび)にも出さないが正直なところ動揺していたのだ。



「同志Kよ。このまま我々と一緒にいてくれないか?ヤッドアルムサゥヴァは、あなたの支援により今まで以上の力と人望を手に入れた。あなたのおかげで我々は海を渡る(すべ)を手に入れた。あなたがいてくれたからこそ我々は解放者(ヤツら)と戦う()るぎない覚悟を手に入れた。なによりアリー自身も、あなたと共にある事を望んでいる。同志K・・・最早(もはや)どこにも行かずに我々と共に、ずっとこの地にいてくれないか?」


「し、しかしそれではあなた方を支援する事が出来なくなってしまいます。私は売人として武器装備を手配する事でしかあなた方の役に立てない存在です。品物を持たない売人など──」


「そうではないのだ同志Kよ。ヤッドアルムサゥヴァ は唯一(ゆいいつ)絶対神のもとに(つど)いし神の戦士。その繋がりは()るぎなく、その(こころざし)は天よりも高い。そして我々の意思(おもい)をより強固にしてくれたのは他でもない同志K、あなたという存在だった。今こそ我々にはあなたが必要なのだ」


「ラヒム・・・」


「あなたならわかってくれるハズだ。他の何物でもない・・・我々が求めるモノがなんなのかを」



その後、数分の間を空けてラブコールとも受け取れるラヒムの発言が意味するところを自分の頭で解釈しながら源以(げんい)に報告すると、遠く離れた日本の地で源以(げんい)はそれを獲物が餌ごと針を飲み込んだと解釈して次のように語る。



「彼らが欲しがるモノは(ことご)く与え、なおかつテロ組織としての危機感を(あお)り続けた結果、いかなる武器装備よりも威光を放つモノとして最後に欲したのは同志Kそれ自体。言うなれば彼らの神とその預言者(よげんしゃ)アリー・ビン・マフムードに並ぶ第3の偶像(ぐうぞう)として最早(もはや)同志Kの存在は彼らにとって唯一無二(ゆいいつむに)の次元へと昇華(しょうか)した。喜びたまえ。君は見事に任務を遂行(すいこう)したのだよ。しかしテロリスト達の輪の中に入ってしまえば、たとえ潜入作戦と言えども法的に君を守る(すべ)は存在しない。そればかりか最終目的である解放者(リベレータ)とヤッドアルムサゥヴァの衝突が実現した際には自らの身を自ら守り、なおかつ戦火の中で誰にも見つからず無事に逃げ(おお)せなければならない。だからこそ景勝(かげかつ)君が適任だと私は判断した。さて、ここまで来れば次に何をすべきかなど君自身が一番理解出来ていよう。所長権限で景勝(かげかつ)君、君に新たな任務を与える。今後同志Kはヤッドアルムサゥヴァの正式な一員として中東を拠点に活動する。彼らと寝食(しんしょく)を共にして引き続き内部から扇動(せんどう)を続けると同時に解放者(リベレータ)との衝突を誘発させろ。今回の作戦で手柄首(てがらくび)となるモノのは解放者(リベレータ)だけだ。だからと言ってヤッドアルムサゥヴァを守ってやる必要はない。その事も覚えておきたまえ」



活性(かっせい)の高い魚を釣るのに無駄な仕掛けは必要ない。

潜水艇を餌に用意した同志Kと言う名の針を深く深く飲み込ませ腹の奥底に引っ掛ける。

その結果、最早(もはや)ヤッドアルムサゥヴァが景勝(かげかつ)を切り捨てる事は不可能と言っても過言(かごん)では状況を作り出し、これ(すなわ)ち針を取り出すには自身の内臓ごと引っ張り出すか、腹を()()って取り出すかの二択も同じでどちらにせよ代償は死あるのみ。

事実上、(わず)か3週間で福祉技研(ふくしぎけん)は無法のテロ組織を一端(いっぱし)の統率が取れた頼もしい軍隊へと成長させ、それを傘下(さんか)に置いた。

使い捨ての(こま)と呼ぶには贅沢すぎるコレを手に入れ、来たる日に向けて完全に掌握(しょうあく)する。

そしてここまでの全てが想定の範囲内どころか、元々全てがこうなるように組み立てられた源以(げんい)のプランそのものであった。

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