ACT.16 DANGER ZONE
西暦4192年5月9日。
日本海沖300km地点に集結した解放者6幹部が再び世界中に散り散りとなって早1週間。
その動きを常時監視している世界各国の政府機関が、いよいよ末期の危機感を覚え震える中、日本政府から福祉技研に新たな密命が下った。
その玉座、所長室の大きな椅子に腰掛け重徳からのナノマシンリンクで密命内容を確認、それに対して皮肉を述べながらも源以は頭の中で淡々とプランを組み立てていく。
「元は社会的秩序を維持する為に作られた法律が、このような形でお上の妨害をするとは、なんとも皮肉なモノではないか。結果として法律に守られているのはテロリスト。正直者がバカを見るとはよく言ったモノだよ」
「返す言葉もありません。いかに解放者が世界最凶のテロリストと言えど"なにもしていない"時にこちら側から攻撃を仕掛ければ、それは一方的な弾圧として世界から罰せられるのは日本になります。故に後手後手の対応となりこの悪循環を招いています。何卒先生のお力添えをお願い致します」
「この状態なら手がないわけではない。法律に従順な我々を内側の存在としたとき解放者は外側となる。だが外側の存在は、なにも解放者だけではない。42世紀現在、世界中には解放者に負けじと頑張っているテロ組織が僅かながら存在している。具体的な例を挙げればアリー・ビン・マフムード率いる中東最大のテロ組織"ヤッドアルムサゥヴァ"や教祖マリオンが率いる欧州の"ベルーガ"。他に中南米に拠点を構えるエク・チュアが率いる"イエローレイン"だ。いずれも法律など無用の荒くれ者達、外側と外側の抗争が起きた場合その責任を問われるのは誰か?答えはその者達を抱える国のお上だと言いたいところだがそれは違う。正しく言えばお上には"言い逃れ"をする為の手段があると表現すれば間違いなかろう」
「と、言いますと?」
「法律とは言わば国連に加盟している国同士の中での決まり事。現在地球上には400近い国が存在しているが、その全てが国連加盟国かと言われればそうではない。さて近衛君、ここで1つ質問をしよう。とある地域が国家として独立宣言したところで全部が全部、国として承認されるわけではない。では地域から独立した"1つの国家"とみなされる為の条件を知っているかね?」
「はい。社会的に曖昧な部分はありますが主には領土があるかどうか、そこに国民と呼べる者達がいるかどうか、そしてそれらを支配できる主権があるかどうかの、いわゆる国家の三要素だと存じております」
「よろしい。では改めて今回のケースに当てはめて説明しよう。世界が国として認めてない以上、その地域は独立国家などではなく所詮は隣接した国の孤立した地区に過ぎない。大元の国としてそれらを管理する義務は当然だが、仮にその地域が独立国家を宣言して暴徒と化し、とんでもない事をしでかしたら大元の国のお上はどのような態度を示すと思う?私ならその地域を独立国家として承認して全責任を押し付ける。つまり解放者を攻撃したのは我々国連加盟国ではなく非加盟国の・・・中東のヤッドアルムサゥヴァ辺りに暴れてもらえば君達にとっては最も都合がいいのではないかね?」
「テロリスト同士をぶつける・・・そんな事が可能なのでしょうか?」
「ヤッドアルムサゥヴァは解放者、ベルーガに次ぐ規模を持ったテロ組織。事実上のNo.3として解放者を攻撃して、あわよくばダメージを与えられればそれだけで自分達の宣伝ができる。己の存在を世界に知らしめる為ならば自他の犠牲を厭わない勇猛果敢な砂漠の戦士は必ず動く。プランが完成次第、追って連絡する」
「畏まりました。比御総理には私からそのように伝えておきます。今回も先生のお力添えに感謝申し上げます」
ナノマシンリンクを終えた源以は早速、三課に赴き中東のテロ組織の内情を調べるように指示を出し、同時にヤッドアルムサゥヴァと接触させる人物を選別。
そこで白羽の矢が立ったのは景勝だった。
源以からその一報を受けた景勝か向かった先、そこはフォシルの自室。
なぜか自慢気にフォシルと楓とアーティに"砂漠の国でバカンスしてくるぜ"と意気揚々それだけを伝えると、またどこかへ行ってしまった。
突然現れ、突然去り行く爽やかな嵐に呆気を取られていたフォシル達が頭の上に"?"を浮かべ、ざわざわとする中、真っ先に口を開いたのは楓だった。
「中東?あんな砂と遺跡しかないところにアイツは何しに行くんだ?」
「きっと・・・任務なんじゃないかな?」
「そんな事はわかってるよ!ただ42世紀の中東ってのは色々と危険なところなんだぞ!!」
楓は怒号混じりに軽い気持ちで任務じゃないかと口走ったフォシルを一喝する。
何が彼女の気に障ったのかなど是非もなく、きっと景勝の身を案じての事だろうと思ったフォシルは、ごめんなさいの意味も込めて言葉を返した。
「やっぱり景勝さんが心配だよね」
「は、はぁ!?お前はバカか!?なんで私があんなヤツを心配してやらなきゃならないんだ!あーもう!!とりあえずコレ見て中東ってのがどんなところか学習しろ!!」
ふわふわと漂う無線誘導カメラを取っ捕まえラグビー選手よろしくスクリューパスでフォシルに投げつけ、"middle east"と銘打ったフォルダの中に映し出されていた42世紀の中東の生々しい姿を見せつけ説明する。
広大な砂漠と遺跡をバックに武装したテロリスト達が世界各国の国旗を燃やしている姿や、砂に埋もれた廃墟の前に力無く横たわる人々の姿まで。
それは以前、彼女自身が国際ジャーナリスト"皇あやめ"に書き換えして潜入した中東のとある地域、まさにヤッドアルムサゥヴァその組織が拠点を置いた紛争地帯の現実だった。
これが現実・・・と、言葉を失ったフォシルが目を閉じてカメラのアナログボタンをピコピコ弄ってた時、知らず知らずのうちにページはroot:0のフォルダ一覧を開いていた。
ちょうど楓がアーティに対して42世紀の中東について学習させているのをいい事にフォシルはこっそり、その中の1つ"no title"と表示されたフォルダを開いてみると、その中にはどれもこれも明らかにカメラを意識したポージングを決める景勝の写真が数十枚。
謎の危機感を覚えたフォシルが、わざとらしく楓に聞こえるように"このフォルダ──"と言った途端、彼女は謎の奇声を上げながら捨て身タックルを決め、フォシルの手よりカメラを奪い取った。
「コラ見るな!って違う!!なんだこの写真は!?なんで景勝オンリーのフォルダがあるんだよ!?つーかあんにゃろうの写真なんて1枚も撮った記憶なんてないぞ!!削除、削除、削除!!」
少しテンパった様子で削除の項目を連打する楓。
尤もナルシストな景勝の事、いつまでも自分をカッコよく残しておきたいと思い楓のカメラで勝手に自撮りした可能性も否定できない。
それをなんだと勘違いされるのが堪らなかったのだろうとフォシルは少しだけ安心する。
その他にも気になるフォルダを見つけたが、それはまた別の話。
とにかく景勝がバカンスだと称した中東は42世紀現在、とてもじゃないがバカンスできるような状況ではなく紛争地帯或いは大規模な戦場そのものだった。
ならば景勝は後々、最悪の事態を考えてフォシルに"何があったのか"を伝えようとしたのだろう。
赤面しながら威嚇する野良犬のような楓はさておいてフォシルは景勝の無事を切に願った。
それから4時間後の時刻は現在14時20分。
源以の指示で中東のテロ組織ヤッドアルムサゥヴァの内情を調べ、なんとかコンタクトを取る手段はないかと模索していた三課の主任、鶴姫が1つの結論を出し源以に報告する。
それによればヤッドアルムサゥヴァは解放者の海域占拠を受けて危機感を覚えたのか秘密裏に世界中で同志を募っているとの事。
中東を拠点に広がる秘密の接触ルートを僅か数時間で突き止めた三課に代わり、ここからは源以を主体にテロリスト達との駆け引きが展開される。
まずは様子見がてらの一手として数ある接触方法の中の1つ、比較的セキュリティの甘い某フリーオークションサイトにて"mark cabin名義で出品された五本指の御守りに質問を投稿する"というモノを試してみる。
その際、出品者にのみ質問した側の情報が表示される設定にして鶴姫は日本が秘密裏に鹵獲した解放者の小型潜水艇を餌に、裏社会を生きる架空の密売人"アジアの同志K"の名でコンタクトを開始。
中東という土地柄、周囲に隣接する海域こそあれどヤッドアルムサゥヴァは"砂漠を踏み締める者"の異名を持ち、その武器装備は徹底して陸戦に特化したモノで固められている。
しかし解放者の快進撃にジリジリと焦げ付くような危機感を感じている今ならば大陸横断以外の勢力拡大方法として周辺の海域まで進出する事を促し、彼らが抱いているテロ組織としての劣等感を煽れば、その衝突を誘発する事も不可能ではない。
それに上手く食い付いてくれればヤッドアルムサゥヴァにとって武装した潜水艇は喉から手が出るほど欲しいに違いないと睨み、源以はコレを材料に選んだ。
その後、読み通りに事は進み僅か数分足らずでmark cabinからアジアの同志Kに宛た返信が届く。
その内容は実に交友的な文面から始まり、警戒しつつもやはり潜水艇を欲している事が窺える。
アジアの同志Kを密売人と仮定した上で他にどのような商品を所持しているのか、主な活動エリアとその受け渡し方法、フリーの密売人なのかそれとも組織的な部分の一部なのか。
活性の高い魚を釣るのに餌を放り込む以外の駆け引きは必要ないと見るや否や、源以は一言"実際に潜水艇を1隻、彼らにくれてやれ"と発言。
それを受けた鶴姫は密売人らしい安全を最優先にしたビジネスライクな謳い文句でヤッドアルムサゥヴァとの接触を取り繕う。
受け取り場所は相手側に決めさせるが、時間と日時はこちらが決める。
そして同じ世界に生きる者同士の暗黙の了解として互いにナノマシン情報を調べない事を条件に、アジアの同志Kは潜水艇を譲渡するとした内容のメッセージを送った。
それから数時間後。
未だ警戒しているのかピタリと連絡の止まったヤッドアルムサゥヴァから再び連絡が入った時、彼らが指定した場所は現代に石油などの輸出海路として使用されていた中東を流れる海峡、その沖合い30km地点に立つ除染プラントだった。
そこはかつて砂漠の戦士が数少ない海上装備で制圧した唯一の海域にして施設の目的上、爆撃などでテロリスト共々破壊する事が不可能とされるセーフティゾーン。
これを機に不安になるほど簡単に組み上がった作戦プランを日本政府に伝えると、鹵獲した潜水艇を所有する国家特務海洋警察軍に組織全体の総隊長を務める重徳から緊急連絡が行き、彼らが所有する軍港に潜水艇が用意される。
こうして全ての準備が整ったのは時刻が22時を過ぎた頃。
日勤の職員達が夜勤の担当に作業を引き継ぎヤッドアルムサゥヴァに対して1週間以内に潜水艇を届けると約束し、この日の連絡を終えた。
翌5月10日の時刻は現在12時45分。
今回の主役ヤッドアルムサゥヴァについてその内情と具体的な戦力を分析していた三課のミーティングルームに突如コスプレパーティーでも開くのか?とツッコミたくなるほど大量の衣装を持った一課の職員達がぞろぞろと集まりだした。
彼らが用意したラインナップを覗けば純白のカンドゥーラに黄色、黒、青、どれもこれも単色もしくはちょっとした自己主張程度のラインが入ったシンプルなジャケット。
他には赤や白のグゥトラにイカールといった中東の伝統的な衣装ばかりが並べられている。
仮にも相手はテロ組織、合意の上とは言えども外部の人間と接触するリスクは計り知れない故に、まずはその警戒心を解いてやる必要がある。
これ即ち同志を騙るとは互いの波長を合わせる事も同じであり近すぎず遠すぎず、いかにしてテロリスト達に"私はあなた方をリスペクトしています"という心の距離を理解させるかの、まさに心理戦と呼ぶに相応しきとモノと心得るべし。
和服をバッチリ着こなした外国人に対して日本人が親近感を覚えるのと同じでリスペクト、つまりは警戒心を解くとはそう言う事なのだ。
早速中東の伝統的な衣装と大きなサングラスを組み合わせ、煌びやかな赤と白のツートンカラーが目を惹く暗躍衣装を身に付けた景勝(アジアの同志K)がカンドゥーラの動きやすさ、フィット感を確かめるべく屈伸、開脚を繰り返すが普段着慣れないマキシ丈ワンピースのようなコレに悪戦苦闘。
「ん〜?なんかしっくり・・・こねぇ・・・なっ!」
ぎこちない動きのラジオ体操をしながら文句を言ってたかと思った刹那、しゃがんだ状態から大きく腕を振り上げ、その勢いを殺さずに驚異的な身体能力でなぜか月面宙返りを決め、華麗な勇姿を魅せつける。
周りにいた一課と三課の職員達が思わず"おぉっ!"と唸る中、腕を組みながら相も変わらぬ強面でコチラを見つめる兄の姿に景勝は指差し──
「どうだアニキ?何を着ても似合っちまうあたり、さすがに俺だと思うだろ?」
「浮かれるな。日本領内では安全と言えど、そこを一歩でも出たらお前は海域侵犯をしている上に国籍不明の武装潜水艇に乗ったテロリスト予備軍という扱いになるのだ。間違ってもヤッドアルムサゥヴァと接触する前に他国から攻撃されるようなヘマは犯すなよ」
「心配すんなって。俺の帰る場所は海の底でも砂漠でもない。常に白露さんのいるところだぜ?」
「・・・」
「どうした?」
「いや、なんでもない。確かにお前の言う通り白露の為にも必ず生きて帰還せよ」
「任せておけ」
「ついでに、もう1ついいか?」
「なんだ?」
「答えは変わらぬとは思うが念の為に聞いておく。今回も装備品はNonNoだけでいいのか?」
「そうだな・・・湿地帯での運用経験はあるが砂漠でNonNoを使った事はないしなぁ・・・装備品の事は少し待ってくれ」
「よかろう」
二課の工作員として武器装備の確認を皮切りに、あれやこれやを真剣に吟味するのだがその場違い甚だしい服装でマジメな雰囲気を醸し出し、そんな話をする姿が妙にシュールで周りの職員達からクスクスと失笑が溢れているのが聞こえてくる。
特段おもしろい事ではないのだろうが、この場の空気と景勝の普段のイメージが良い意味でミスマッチ、スベってるのかウケてるのかわからない、まるで本当に場違いなコスプレをしているとしか思えない事が可笑しくて堪らなかった。
にも拘らず"なにも変な事なんてしてないぞ!"と言わんばかりの態度を示す景勝の、開き直る云々を超越した威風堂々たる中東オーラがさらなる失笑を誘う。
そのままフォシルの部屋に遊びに行けば楓には似非王子とバカにされ、アーティにはコスプレだとバカにされ、フォシルからはバカンス楽しんで来てねと苦し紛れの労いをもらう。
その後もカンドゥーラに慣れるべく普段通りの業務をこなす景勝中東verのシュールな姿に福祉技研全体から失笑が溢れ続けた。
それから6時間後、ようやく定時を迎えこの日の業務を終えた景勝が休憩スペースの一角で頭のグゥトラを外し爽やかに前髪を掻き上げた時──
「中東の伝統、その重みと着心地はどうかね?」
庶民的なボトルコーヒーを優雅に飲みながら凡そ似つかわしくない簡素な椅子に腰掛けた源以が景勝に声を掛ければ、周りにいる職員達も今回の作戦に何か進展があったと考える。
休憩スペース特有の微かな物音すらも消え失せ、この場にいる全員が源以に対して絶妙な距離感を取りながら、その人の為だけに静寂な空間を作り出す。
「ふむ。これから私が何かを発表すると思い気を使っているのか、それとも私に対して疚しい事でもあるのか。どちらにせよ君達もそんなところに散らばってないでこちらに来てはどうかね?私は生来声を張るのは得意ではない。この広いスペース全体を相手取っては言葉の1つ、ろくに伝える事すらままならんのでな」
その一言を受けた職員達がゆっくりと2人を囲うようにして集まりだすが、その群れは景勝側だけに偏り気付けば全員が1列となって源以と対面する極端な形が出来上がっていた。
が、コレ自体福祉技研内部では案外普通の光景でもある。
発言者に対しての立ち位置やマナーだの以前に、ここの職員達にとっては圧倒的な威圧感を放つ源以の視界に入り面と向かい合う事よりも、背後或いは側面と言った死角に立つ事の方が恐怖であった。
だからこそ完成した形も心構えも歪な話の輪の中で語られた内容は、お上の都合が最優先であるとして今から4時間後の23時30分に国家特務海洋警察軍の軍港から景勝を乗せた潜水艇を出発させ、その後は日本周辺の海底谷に沿って徐々に潜水、最終的には水深8000m級の海溝をまる1日掛けて巡航し、ヤッドアルムサゥヴァの指定した海域付近で浮上するプランがついさっき決定したとの事だった。
唐突すぎる発表に景勝は一瞬表情を強張らせたが、すぐに状況を理解する。
日本政府直属の暗躍組織、福祉技研。
その二課に所属する自分は工作員である事を思い出し景勝はクールに"了解"と返答する。
普段は二枚目半として滑稽なイケメンを演じる彼だが一度任務だと言われれば眼つきが変わる。
頭からつま先までをすっぽりと覆い尽くすパステルカラーの雰囲気は凍てつき、ピリピリと鋭さを増していく蒼い殺気と緊張感が臨界に到達した時それらは景勝自身をも包み込み、影となりてフワッと消える。
もちろん気を抜くところはあるけれど、この状態の景勝に眠らされた相手が明日の朝日を拝む事はない。
最早景勝がグゥトラを被ろうがカンドゥーラを靡かせようが笑いは起こらない。
寧ろこれから始まるテロ組織との接触に対する緊張感だけが際限なく高まっていった。
その後、二課の主任にして実兄の三佐と共に武器装備の最終確認を行い、そのまま兄が運転する車に乗り込み景勝は軍港へと向かった。
煌々と輝く街明かりが未来世紀の夜を彩る中、道路の上すれすれを超低空で滑るように走る無音の車内で2人はBGMがてら今回の作戦内容と、たわいもない会話を繰り広げる。
「社会的話題性という意味でヤッドアルムサゥヴァは解放者の影に隠れているが、現地中東では暴虐の限りを尽くす悪鬼として今現在も民間人や海外企業の要人を拉致しては処刑し、また拉致を繰り返している。ヤツらに処刑された人間は数知れず、単純な殺害人数だけで数えればおそらく解放者をも凌ぐだろう」
「解放者とヤッドアルムサゥヴァじゃ、そもそもの目的が違うからな。解放者が地球と人類の共存を謳うならヤッドアルムサゥヴァは特定の思想の元に、全ての人類とその権利を支配して統治する事。まぁ・・・なんとなくだが、そう考えると解放者がヒーローっぽく思えて来ちまうから不思議だよな」
「だからと言ってテロを黙認する免罪符にはならん。どちらの組織もやっている事は協調ではなく強要、 故に今回の作戦はヤッドアルムサゥヴァ側から解放者への衝突を扇動し両組織の戦力を削る、或いは壊滅させる事が目的だ。間違ってもヤッドアルムサゥヴァを支援する事が目的ではない。それはあくまでも過程の話で、我々の与えた力が民間人延いては社会的被害を生み出す結果となってはならぬのだ。それを監視するのもお前の任務でありヤツらが我々の意にそぐわない行動に出た場合、お前にはそれを止める義務がある」
「要は力をくれてやると同時にそれの"正しい使い方" を教えてやれって事だろ。人様に教えを説くなんざ、俺も偉くなったと思わないか?」
「そうだな」
景勝の冗談まじりの返しを深掘りする事なく三佐はキッパリと話を終わらせた。
それから車を走らせる事、約1時間。
特に渋滞もなくスムーズにたどり着いた先、人気のない国家特務海洋警察軍の軍港前は鋼鉄製の物理的ガードとナノマシンで対象を識別するデジタルガードで厳重に守られていた。
それを監視する3人の警察軍関係者とS型サードメイカンド(縦長の固定機銃に4本脚を付けたような見た目)2機に対して山本兄弟は自身のナノマシン情報を提示、そこには警察軍隊長重徳が直々に通行を許可した事が証明されていた。
3人の警察軍関係者は2人にビシッと敬礼をしたあと鋼鉄製のゲートを開き、車が通過したのを確認してからソレを閉じて配置にもどる。
闇夜に浮かぶ日本の軍艦を横目に車を少し走らせば港の終点、ヘッドライトに照らし出された何者かの姿を捉えた三佐はゆっくりとブレーキを掛け人影の手前で車を止める。
エンジンをかけたまま2人は車から降りると、そこにはいずれもバラクラバで顔を隠し、チノパンに無地のシャツを着たラフで不審な男達が待機していた。
彼らの正体は今回、景勝に同行して潜水艇に乗り込む特殊な訓練を受けた国家特務海洋警察軍のプロフェッショナル達。
水深8000m級の海溝を巡航する関係上いかに技術が発展しようと自動操縦では対応できないイレギュラーが発生した場合、それが他国の海域であるならば近隣国は疎か日本政府にさえ救助を要請する事は許されない。
そうして海底深くに沈んだテロリストの潜水艇を棺桶に任務も果たせず救助も来ない生き地獄の中、人生最期の時を待つばかりとなっては元も子もない。
だからこそ彼ら海洋警察軍が全面サポートを承る。
その具体的な内容は有事の際に自動操縦から手動操縦に切り替え窮地を出し、最悪の最悪は超耐水圧スーツ1つで日本に帰還する為の先導を行う事。
さらにはこの潜水艇をテロリスト達に譲渡したあとの帰還用として別の潜水艇を同行させる為のパイロットも兼ねている。
さすがの福祉技研と言えどもこの技術と経験を持つ人間は確保出来ていない。
尤もそれはナノマシンで技術と経験を理解した上で、なおかつ仮想空間での疑似体験をした者こそ存在するが"実践"した者はいないという意味ではあるが。
ナノマシン=遺伝子或いは遺伝情報そのものだとしても、ナノマシンが経験として処理した情報全てが本物かと言われれば答えはノットイコール。
例えるならナノマシンで経験処理した戦場の記憶があろうともその瞬間、そこにいる兵士達の事を知っているわけではなく所詮、偽物は本物に遠く及ばないという事なのだ。
力強い海風に吹かれバサバサと暴れるグゥトラを押さえつけ、本物を知るプロフェッショナル達と共にいよいよ景勝は潜水艇に乗り込み、闇夜の海へと消えて行った。
その後ろ姿を最後まで見届けた後、軍港に1人残された三佐はふと空を見上げて思う。
"兵役時代から今に至るまでの10数年間、同じ戦場に立っては常に後方支援に徹していた我が実弟。それが今や戦場の最前線に立ち、この私に対して背中で語り掛けて来るとは・・・初めて見た弟の背中がこれほどまでに大きかったとはな"と、三佐は少し目頭を熱くして車にもどった。
それから日付も変わった現在時刻は午前4時。
陽の光も差し込まぬ水深8000m級の海溝を進む潜水艇の中、どうせ起きていてもやる事がないのならと景勝は丸寝を決め込んでいた。
休める時に休んでおくのも兵士の基本。
元々が居住を考えてない設計が故に寝心地は悪いが、それでも太陽と砂漠の国でこんがり両面焼きにされるよりかは幾分マシと、海洋警察軍の面々に全てを任せ景勝は眠り続けた。
なにか楽しい夢でも見てるのだろうか?時折フフッと笑い声のような寝言を漏らしては緊張の真っ只中にいるプロフェッショナル達を和ませる。
その後、何十時間経っても変わらない殺風景な潜水艇内部で景勝は寝たり起きたりを繰り返し、小腹が空いたらレーションを片手にNonNo−4をクルクル回してガンアクション。
そして飽きたらすぐに寝る。
これが本当に世界最強と恐れられる暗躍組織の一員なのか?まるで素人以下じゃないか、と景勝に付き合うのもなんだかアホらしく思えてきたプロフェッショナル達を他所に現在日時は5月12日の深夜0時を迎えていた。
それと同時に緊張感を取りもどした潜水艇パイロットがナノマシンに書き込まれた作戦記録を参照して、遂に潜水艇を浮上させる。
月明かり1つない中東の海が大口を開け全てを飲み込まんとする異形の怪物のように威圧感を醸し出す中、その前方に赤く点滅する除染プラントの光を見つけた一同はゆっくりと艇を近づけそこに停泊。
するとテロリスト御用達の安価なコピー銃を構えたヤッドアルムサゥヴァの構成員と思わしき数人の男達がぞろぞろと集まってきた。
艦橋上部に取り付けられた全方位カメラでそれを確認した海洋警察軍のプロフェッショナル達は速やかにレッグホルスターからMARS−9を取り出しセーフティを解除。
うち1人が狭小な場面に於いて無類の制圧力を誇るセミオートショットガンMARS−Xを構えてカメラ越しにテロリスト達を見つめる最中──
「さて、そろそろ俺の出番かな」
カチャッ!と小気味よい音を立てながらNonNo−4のスライドを引いて初弾をチャンバーにセット。
それをジャケットの内側に隠し、景勝は大胆不敵にも堂々とハッチを開けてテロリスト達と対面を果たす。
二の腕を肩の高さと水平にして肘から先を90度真上に向けてホールドアップ。
さらに右手の人差し指と小指を立てながら中指と薬指を揃え、それを親指の腹にくっ付け生み出された"おキツネさん"が咥えているモノは無抵抗或いは危害を加えない事を意味する白いハンカチ。
それでも彼らの構えた銃口が外れる事はなく、情熱的な中東の波風に混じり状況を理解出来ていないテロリスト達のざわざわとした緊張感が吹き抜ける。
その時、突如プラント内部から赤いグゥトラを被った男が現れ、ゆっくりと景勝に歩み寄りながら"アッサラーム・アライクム"と語りかければ景勝も慣れ親しんだように男に対して"アライクム・サラーム"と返す。
そして相手側から手を差し出してきたのを確認した後 景勝右手のおキツネさんは咥えていた白いハンカチをムシャムシャと食べ始め、最後に耳を閉じてギュッ!と顔を隠せばハンカチはどこかへ消失、ようやく2人は握手を交わす。
「お会いできて光栄だ"アジアの同志K"」
「こちらこそ勇敢なる"神の戦士"に見える時を心待ちにしていました」
景勝の一言を聞いた赤いグゥトラの男は、ここでようやく仲間のテロリスト達に"銃を下ろせ"とナノマシンリンクで指示を出す。
この男の正体は"ラヒム・アル・アッバース"と名乗るヤッドアルムサゥヴァの幹部であり、なんと某オークションサイトを通じて連絡を取り合っていたその人だと言う。
そして日本政府が多少の無理をしてまでも5月12日の深夜0時を選んだ理由はヤッドアルムサゥヴァが信仰する大いなる思想、つまり宗教の掟が関係していた。
畏れ多くも同志を騙るのであれば最初にすべきは相手を理解する事。
同じモノを信じ、同じモノを憎むからこそ同志と認められるならばファーストインプレッションは、まずまずと言ったところ。
潜水艇の中で待機している仲間には手を出さない事を約束したラヒムに連れられ、彼らが占拠した除染プラント内部に1歩足を踏み入れ時、そこで景勝はこれまでに体験した事のない類の不思議な衝撃を受けた。
「おぉっ、これは」
「偉大なる神、唯一にして絶対の神。天地を生み出し終焉へと導く万物の神。そして我らヤッドアルムサゥヴァは、この唯一絶対神の預言者アリー・ビン・マフムードと共にある戦士なのだ」
至る所に絶対神を表現したであろう不思議な模様の旗が掲げられ、その中央に飾られる見事なあご髭を蓄えた、預言者アリー・ビン・マフムードのモノと思わしき肖像画が、凄まじい自尊心を醸し出しながら景勝を出迎えたのだが、これがなんとも人を不思議な気持ちにさせてくれる。
嬉しくもなければ哀しいわけでもない。
かと言ってスルーしていいモノなのかと問われればそれも違うだろうし・・・だがここで引くような景勝ではない。
その口は数多の女性に愛を語るだけに非ずして、時にペテンのレパートリーは無限大。
そのメンタルは叩かれれば叩かれるほど強くなり、まるで鍛造された刀のような鋭さ、しなやかを兼ね備える。
何1つ響くモノを感じないヤッドアルムサゥヴァのアイデンティティを前に景勝は空っぽの心をあたかも充実した、それこそ大いなる神と預言者に心奪われた信仰者が如く"素晴らしい・・・"と言葉を漏らしてラヒムの"警戒"という名の視線から隠し通す。
「大いなる神の意志。預言者アリー・ビン・マフムードは唯一絶対神の神託を聞き、世界を正しい方向へと導いている・・・やはりあなた方にコンタクトを取って正解だった。私の見た"天国"は唯一絶対神とヤッドアルムサゥヴァにより啓かれる。今こそ私はあなた方に紛う事なき正義を見出しました。正義とは正しい事であり、今混沌とした42世紀でそれを知る者こそがあなた方ヤッドアルムサゥヴァなのだと」
そしてラヒムも、彼を警護するテロリスト達も景勝のその言葉を待っていた。
刹那、全長1m弱のコピー銃を不作法な捧げ銃で左手に持ち直し、中東最大のテロ組織ヤッドアルムサゥヴァが不思議な音程の"国歌"を歌い始める。
「同志Kよ、我々はあなたを真実の同志と認め今ここにヤッドアルムサゥヴァの一員として歓迎しよう」
楽器を使う事を良しとしないヤッドアルムサゥヴァの国歌は踵を地面に打ち付ける音、銃のレバーをガチャッ!と引き鳴らした音、勇敢なる戦士達のハモり声だけで全てを歌い上げる。
彼らの国歌はなかなかどうして勇ましく、まるで名のある交響楽団並みのそれをBGMに景勝は彼らに同志として認めてもらい、ようやくスタートラインに立った危険因子扇動作戦を実行する。
手始めに景勝は約束通り密売人として潜水艇を1隻、彼らに譲渡した。
事実上、唯一と言っても過言ではない海戦装備を手に入れたヤッドアルムサゥヴァはご満悦の様子だった。
そして次回の支援を約束した景勝は三課の特殊サーバー(入力側と出力側のナノマシン情報の互換性を一方向に置き換えるコンバータのようなモノ)を介してラヒムと個人的にナノマシンをリンクさせると帰還用の潜水艇に乗り込み中東の海に別れを告げた。
それからと言うもの同志と認められた景勝には頻繁にラヒムから武器装備を求める連絡が入り、その度に日本政府と福祉技研は裏を合わせ、彼らが欲しがるモノは悉く与えた。
安価なコピー銃よりもワンランク上のエリート用装備から世界各国の軍警察で使いづらいと評判のレーザー兵器"アトミック・リーパー"。
果てには処刑或いは自決用の為か任意のタイミングで起爆させられる第六次世界大戦の遺産、通称"カミカゼ"と呼ばれるナノマシンに至るまで。
そしてこれらの支援が高く評価されたのか遂に景勝はヤッドアルムサゥヴァの拠点にまで招待されるようになっていた。
中東各地で不法に行われているテロリスト達のナノマシン検問を"ハーイ"の一言で潜り抜け、彼が一度その地に足を踏み入れれば同志Kを讃える声が湧き上がる。
そしてたどり着いた先、民間人とテロリストが入り乱れる中東のとある地域の民家にその男、預言者アリー・ビン・マフムードは鎮座していた。
初対面を果たしたテロリスト達のリーダーは、本当にこれが危険人物なのかと疑ってしまうほど素敵な笑顔で景勝に"アッサラーム・アライクム"と言葉を掛け、それに対して景勝も"アライクム・サラーム"と返事をすれば2人は熱い握手を交わす。
「同志K。よくぞ我が神の声を聞き、我がもとへ来てくれた。このアリー・ビン・イシュマーイル・ビン・ターヘル・ビン・マフムードがヤッドアルムサゥヴァを代表して感謝を述べよう」
預言者の一語一句全てに興味があるような素振り魅せて景勝が言葉を返せばアリーもラヒムもその他、大勢のテロリスト達も胸いっぱいの感動を覚え、ヤッドアルムサゥヴァの小さな拠点に彼らの歓喜が木霊する。
最早誰1人として景勝を同志だと信じて疑いもしなくなり、次第に景勝の発言も力を増していった今日この頃。
ところがある日、ヤッドアルムサゥヴァは既に制圧した地区で"真に倒すべき敵に対してのみ使え"と景勝に言われていた武器を民間人相手に使用、その大きな異変が小さなニュースとして全世界に発信された。
これを知った福祉技研では三佐が景勝を二課のミーティングルーム呼び出し、怒号混じりに事実を追求していた。
「景勝!これは一体どう言う事だ!!」
「どうって言われてもそんなモン知るかよ!俺はちゃんとヤツらに釘を刺して警告はしてたぞ!!」
「それが結果として表れていないのなら何もしていないのと同じだ!」
「じゃなにか!!俺がただ単にアイツらと遊んでただけだとでも言いたいのかよ!?」
「結果の話をしているのだ!!」
「なんだとゴリラァ!!」
暗躍組織の工作員として目指すところは同じでも過程を重視しながら結果に結び付けるタイプの三佐と、結果を最優先に手順が1から10まであったとしたら2〜3コぐらいは省きたいと考えるタイプの景勝とでは価値観に大きな違いがあった。
それでも景勝は命懸けの潜入任務を遂行している最中に、図らずとも兄の一言を現場を知りもしないクセに無責任に言ってきた文句だと捉えてしまい、その事が彼の怒りに触れたのだ。
声を荒げる山本兄弟は取っ組み合い寸前の状態でギリギリと睨み合い、二課全体を不穏な空気に包み込む。
その時だった──
「兄弟喧嘩はその辺にしたまえ。屈強な君達に暴れでもされたら、それこそ福祉技研が戦場になりかねんのでな」
「所長・・・っ!」
「・・・お見苦しいところを申し訳ございません」
この異常を察知したのかミーティングルームに現れた源以が何を言わずとも暴力的な眼差しで2人を見つめる、ただそれだけで一触即発の雰囲気はピタリと静まり返り、悪魔が空間そのものを支配する。
三佐と景勝の殺気を足しても余りあるソレを身に纏い源以はヤッドアルムサゥヴァの行動の意味を"凡そは観客の目を惹く為のパフォーマンスだろう"と語りながら2人に対して一旦座るように指示を出す。
「景勝君が抜かりなく彼らの危機感を扇動していたのだとしたら、これはある意味で当然の反応だと言えよう。これより彼らが挑もうとしているのはテロ組織という名のフィールドに君臨する絶対王者解放者。片やそれに挑戦するヤッドアルムサゥヴァは言ってしまえば、まだまだ無名のテロリスト。規模として世界3位の大きさを誇っていようとも、それだけでは相手にすらされない。だからこそ彼らにはパフォーマンスが必要だった。弱い犬ですら自らの存在を知らしめる為に日夜吠え続ける。そう考えた時ヤッドアルムサゥヴァは物分かりがいいと思わんかね?自ら進んで我々の為に破滅の一途をたどるとは。少しは世のお偉方にもこの従順さを見習ってもらいたいモノだ」
「しかし──」
「仮にも解放者6幹部が日本海に集結した今、少し大きな砂場で元気に追いかけっこをしていた彼らを誰が支援したかなど話題性としても取るに足らん。確かに中東のお上としては気が気ではないだろうが、今それを世界に発信したところでどうなると言うのかね?物事の規模が違うのだよ」
その発言を聞いた三佐は、この被害さえも源以にとっては過程の1つだったと割り切り、渋々理解を示して一足先にミーティングルームをあとにする。
残された景勝も景勝で思うところはあるらしく、源以の意見に理解を示すと同時に三佐との一悶着についても謝罪する。
「・・・わかってますよ。アニキは少し堅物すぎるんです。ですから36にもなって女の1人も抱けないんですよ。もちろん所長の仰られた事が今回の作戦の大義である事は理解していますがアニキの言ってた事も間違ってはいません」
「君の兄の性事情は知らんがそれを理解しているのなら今後、君は自分がやるべき事をしっかりと理解していると考えていいのかね?ならばそれを踏まえた上で1つアドバイスをしよう。今回不運にもヤッドアルムサゥヴァの犠牲となってしまった人々についてだが、彼らの犠牲を犠牲だと思わず全ては過程だと思えばいいのだよ。もとより君の目的は中東の人々を救う事ではなく中東のテロ組織を扇動する事。その過程で見知らぬ第三者が死ぬ事で君とヤッドアルムサゥヴァの絆が深まれば、それだけ物事はいい方向へ進んでいると言えよう。ヤッドアルムサゥヴァにしても無意味な殺人を犯したわけではあるまい。ならば君もその真の目的を理解して彼らと共に喜ばねばならん。それが君のやるべき事なのだからね」
「朱に交わればなんとやら・・・ですか」
「いい表現だ。では引き続きヤッドアルムサゥヴァと交わりながら堂々と悪に堕ちたまえ」
道徳的に考えれば源以の発言に褒められたところなど1ヶ所もないが、こと暗躍組織として見た場合その言い分はどれも正しかった。
そしてヤッドアルムサゥヴァとコンタクトを取り続けて3週間後の6月2日。
この日も任務の為、中東に潜入していた景勝は同志の皮を被り彼らを扇動していた折、パートナーとして常に行動を共にする幹部ラヒムから不意に"その言葉"を言われ景勝はサングラスの下で困惑の表情を晒す。
その真意は噯気にも出さないが正直なところ動揺していたのだ。
「同志Kよ。このまま我々と一緒にいてくれないか?ヤッドアルムサゥヴァは、あなたの支援により今まで以上の力と人望を手に入れた。あなたのおかげで我々は海を渡る術を手に入れた。あなたがいてくれたからこそ我々は解放者と戦う揺るぎない覚悟を手に入れた。なによりアリー自身も、あなたと共にある事を望んでいる。同志K・・・最早どこにも行かずに我々と共に、ずっとこの地にいてくれないか?」
「し、しかしそれではあなた方を支援する事が出来なくなってしまいます。私は売人として武器装備を手配する事でしかあなた方の役に立てない存在です。品物を持たない売人など──」
「そうではないのだ同志Kよ。ヤッドアルムサゥヴァ は唯一絶対神のもとに集いし神の戦士。その繋がりは揺るぎなく、その志は天よりも高い。そして我々の意思をより強固にしてくれたのは他でもない同志K、あなたという存在だった。今こそ我々にはあなたが必要なのだ」
「ラヒム・・・」
「あなたならわかってくれるハズだ。他の何物でもない・・・我々が求めるモノがなんなのかを」
その後、数分の間を空けてラブコールとも受け取れるラヒムの発言が意味するところを自分の頭で解釈しながら源以に報告すると、遠く離れた日本の地で源以はそれを獲物が餌ごと針を飲み込んだと解釈して次のように語る。
「彼らが欲しがるモノは悉く与え、なおかつテロ組織としての危機感を煽り続けた結果、いかなる武器装備よりも威光を放つモノとして最後に欲したのは同志Kそれ自体。言うなれば彼らの神とその預言者アリー・ビン・マフムードに並ぶ第3の偶像として最早同志Kの存在は彼らにとって唯一無二の次元へと昇華した。喜びたまえ。君は見事に任務を遂行したのだよ。しかしテロリスト達の輪の中に入ってしまえば、たとえ潜入作戦と言えども法的に君を守る術は存在しない。そればかりか最終目的である解放者とヤッドアルムサゥヴァの衝突が実現した際には自らの身を自ら守り、なおかつ戦火の中で誰にも見つからず無事に逃げ果せなければならない。だからこそ景勝君が適任だと私は判断した。さて、ここまで来れば次に何をすべきかなど君自身が一番理解出来ていよう。所長権限で景勝君、君に新たな任務を与える。今後同志Kはヤッドアルムサゥヴァの正式な一員として中東を拠点に活動する。彼らと寝食を共にして引き続き内部から扇動を続けると同時に解放者との衝突を誘発させろ。今回の作戦で手柄首となるモノのは解放者だけだ。だからと言ってヤッドアルムサゥヴァを守ってやる必要はない。その事も覚えておきたまえ」
活性の高い魚を釣るのに無駄な仕掛けは必要ない。
潜水艇を餌に用意した同志Kと言う名の針を深く深く飲み込ませ腹の奥底に引っ掛ける。
その結果、最早ヤッドアルムサゥヴァが景勝を切り捨てる事は不可能と言っても過言では状況を作り出し、これ即ち針を取り出すには自身の内臓ごと引っ張り出すか、腹を掻っ切って取り出すかの二択も同じでどちらにせよ代償は死あるのみ。
事実上、僅か3週間で福祉技研は無法のテロ組織を一端の統率が取れた頼もしい軍隊へと成長させ、それを傘下に置いた。
使い捨ての駒と呼ぶには贅沢すぎるコレを手に入れ、来たる日に向けて完全に掌握する。
そしてここまでの全てが想定の範囲内どころか、元々全てがこうなるように組み立てられた源以のプランそのものであった。