ACT.14 鬼と姫君と王子様
西暦4192年4月30日。
前日の4月29日が国民の祝日と重なった日曜日だった為、月曜日の今日が振替休日となった未来世紀。
この恩恵は福祉技研も然り、やっている事は非合法な暗躍組織と言えどその勤務形態は意外にもしっかりしており、並み居る強豪ブラック企業よりも数百倍、数億倍クリーンな環境が整っている。
これは源以の所長としての意向らしく一課から四課までの主任(柳銑十郎、山本三佐、吉野鶴姫、結城成雅)以下は基本的に完全週休二日制の9時間拘束8時間労働となっており、これが表向きの健全さを演出している。
故に今日は楓もいなければ景勝も白露もいない。
その代わりではないが今フォシルの相手をしているのは珍しく三佐1人のみである。
「楓のいない1日は退屈か?」
「・・・正直に言えば・・・はい・・・」
「そうだろうな。まして今日は振替休日。普段からお前と接していた景勝や白露もいないとなれば、さぞ退屈だろう。さらにアーティも緊急メンテナンス中となれば、なおのことか」
「でも、今は三佐さんが来てくださってるので。それに・・・実は前から聞きたい事があったんです」
30代も後半の自分に聞きたかった事とは何か?
三佐が軽く首を傾げる中でフォシルが放った言葉は"武器を見たい"だった。
それは以前、楓が話題を提供する為に見せびらかした本物の拳銃から始まった。
その際、彼女は"ここの連中はみんな銃を持ってるんだぞ!まぁ詳しく知りたければ所長か三佐か柳さんに聞いてみろ"と発言。
以後フォシルの頭の中は、身近な存在でありながら日本に住まう一般人には最も縁のない本物の銃器に対する興味でいっぱいになっていた。
それを聞いた三佐も三佐で年頃の男子が銃に興味を持つその心境は何となく理解できた。
現に福祉技研の武器装備を管理しているのは兵器開発全般を担う一課と主任の銑十郎、二課の工作員達を束ねる主任の三佐。
そして福祉技研の全権を握る所長の源以のみ。
しかし銃の扱いを罷り間違えば取り返しのつかない事になるのは百も承知。
故に興味本位でこれらを見せるのはどうかとも思ったが、逆に言えばありのままの現実を理解させる良い機会でもある。
それに期待に胸膨らませた青年の無垢な眼差しで見つめられると、なぜだか三佐は致し方ないという気持ちなった。
「既に楓が見せびらかしているのなら今さら隠す必要もあるまい。実際に手に取って何かをする事は出来ぬが、それでもよければ付いてくるがいい」
「はい!!」
案内の為に先を歩く三佐の大きな背中に前方の視界を奪われながら一課が管理する武器庫に訪れたフォシル。
右も左も見渡す限り武器三昧な光景に目をキラキラと輝かせ、物騒な意味ではないが玩具とは違う本物の銃を前にして男心を揺さぶられていた青年に対し、万が一にもないとは思うが三佐は今一度"銃には触れるな" と警告する。
その後、保管されている様々な銃をケースから取り出して1つ1つ丁寧に説明していく。
「これはMARS−9と言って42世紀現在、世界中の軍警察で採用されている最もポピュラーな9mmハンドガンだ。MARSとは"マルチ アタッチメント レイル システム"の略で状況に応じて様々なパーツ、サイレンサーやフラッシュライトを装備させる事で凡庸性と特化性を両立させたリターナー社のブランドを言う。他にもスライドロック機能を設け、作動音を極限まで抑えた22口径のMARS−w5、ハイグリップ用ビーバーテイルを標準装備した45口径のMARS−11、バーティカルフォアグリップとフォールディングストックで携行性と射撃時の安定性を確保したマシンピストルMARS−C、フォアグリップをマガジンと兼用してなおかつマガジン内部に2本のチューブを組み込んだセミオートショットガンMARS−X、プルパップ方式を採用して全長を切り詰めながらも必要なだけのバレル長と精度を実現したスナイパーライフルMARS−tH 。以上が福祉技研で使われている主な銃器だ」
食い入るように銃器を見つめながら"オー!オー!!" と相槌を打つフォシルだが、ここで1つある事を思い出す。
それは景勝本人から聞いた専用銃NonNoの事である。
銃器が男心を揺さぶるように、また専用という響きも男心を遠慮なしに揺さぶり倒す。
そして感極まった興奮の渦が、いつかの記憶とリンクして空白の時間に再び色を添えた。
どれもこれもゲームや漫画、アニメの中などに出てきた記憶だが自分は銃器全般が好きだったんだ。
また1つ自分が何者なのかを思い出したフォシルは無意識のうちに三佐に対して感謝の意を口にしていた。
「なにがキッカケで記憶がもどるかわからんな。それはそうと景勝の使っているNonNoはアレだ」
三佐の指差す先、景勝専用銃NonNoを見つけたフォシルは思わず言葉を失った。
それは落胆したが故の悪い意味合いが強くなぜならこのNonNo、20世紀生まれのフォシルから見ても古臭いと感じてしまうオールドルックな外見に、全体が異様なまでに細長くグリップもストックも別のライフルから奪い取って付けたような歪なフォルムをしていたからだ。
しかもこれが麻酔銃だと聞いてフォシルはさらに萎えてしまう。
ハンドガンタイプのNonNo−4もライフルタイプのNonNo−6も漂わせるのは圧倒的"これじゃない感"。
戦う為だけに要求された機能と性能を具現化したMARSのタクティカルな雰囲気とは対照的にNonNoはどこか締まらない、フォシル的センスから見て極端に言えば"カッコよくない"のだ。
なんだかリアクションに困ったフォシルはNonNoのいいところを探そうとするが、いかんせん何も見つからない。
期待に胸膨らませて、いざ対面を果たしてみれば第一印象は"違う!"の一言で足りる。
こうなってしまった以上、別の話題に切り替えるしか言葉が見つからなかったフォシルはたった今、生まれたばかりの疑問を三佐に投げかけてみる。
「そういえば・・・このMARSもNonNoも実弾兵器ですよね?未来の世界にもレーザー銃みたいなのって無いんですか?」
「む?そうだな・・・では1つずつ答えていこう。まず42世紀現在に於いても実弾兵器が使われている理由についてだが、これは技術と素材の発展により十分な性能、耐久、ニーズ、コストのバランスが取れている事に他ならない。無論、お前が言ったレーザー兵器も技術として既に確立した上で存在する。だがこれらは少々扱い辛くてな。各国の軍警察などで実際に採用している組織もあるようだが、その評価は今ひとつ。他では──」
三佐指導のもとフォシルが42世紀のリアルな武器事情について学んでいた頃、場面は人混み賑わうメインストリートのお洒落なカフェのテラスへ。
あま〜いカフェオレを飲みながら、ほっこりのほほんと小さな女子会兼作戦会議を開いているのは天下無双の賑やかし湊楓と、福祉技研のグラマークイーンこと駿河白露。
普段から仲のいい2人にとって今日という日は決して忘れてはならない勝負の日。
それは4192年4月2日の深夜1時に立てた誓い。
誰にも打ち明けられなかった思い人への確かな思いを半ば玉砕覚悟で伝える事を誓ったあの日。
その為に白露は白露なりのアプローチをしてみたり、あまり興味のなかったお洒落に手を出してみたり、楓には"必要ないからするな"と言われたダイエットを決行した挙句、なぜか筋肉ばかりが増えてしまったり紆余曲折と言えなくもない1ヶ月を過ごしてきた。
「え〜とねぇ、三佐が帰宅するのはだいたい14時頃だって」
「・・・」
「なんでわかるかって?そりゃフォシルが直接三佐に聞いてくれたから」
「・・・?」
「えぇ?デジタルエンチャントだよ。あれならナノマシンがなくても文字で会話が出来るでしょ。まぁアイツに言わせれば擬似ナノマシンリンク的な?そんな事よりほら!あと4時間しかないんだよ!!ちゃんとデートに誘う文句は考えたのか!?」
「!!!」
「って、煽ってて悪いんだけど・・・実は私これから予定があって・・・18時から始まるWWW のタイトル防衛戦!王者靏見金次郎VSエル・ノパールの試合に行かなくちゃイケないんだよ!!」
WWW とは正式名称をWorld Wrestling Warriorsと言い42世紀に於いて最大、最強、最高のプロレス団体である。
技術の発展により様々な娯楽、ゲームやアニメーションは是非もなくナノマシンを利用した体感型アミューズにマシンスポーツなどなどが溢れる未来世紀。
その中でもプロレスは別格、国民的スポーツであると同時に全世界を巻き込んだ至極のエンターテイメントとされており、特にWWW が大規模な試合を行えば、それ見たさに世界中の兵士が武器を手放してデジタルディスプレイに食らいつき、戦場から銃声が消えるとさえ言われている。
まさに世はプロレス戦国時代。
老若男女問わず人々を魅了し続け、将来なりたい職業ベスト10には必ずレスラーがランクインするなど、その熱気は今頂点に達している。
故に楓のプロレス好きは周知の事実であり、なんなら福祉技研内部にもプロレスファンは多い。
「いや〜この試合は最早マッハブリーカーと619の一騎打ちって言ってもいいよね?じゃそういう事であとは任せたよ!」
「・・・!?」
カフェオレをグイッと一口で飲み干すと楓はそそくさ席を立って立ち去ってしまった。
声にならない声で彼女を呼び止めようとその背中に向けてカムバックと叫び掛けるが楓は関節技の名称を歌にしながら人混みの中へと消えてしまう。
ぬくくっ!と歯を食いしばりながら白露もカフェオレを飲み干すと、すぐにこれが楓なりの気の利かせ方だと気付かされる。
敢えて主役を1人にする事で逃げ場を断ち、ゆくゆくのデートに水を差さんとするモノを排除した彼女の優しさを汲み取り、白露は恥ずかしさを押し殺してデジタルディスプレイに自らの姿を投影、おかしなところがないかをチェックしてみる。
「・・・」
豊満なバストにジャストサイズのグレーニットは楓が選んだ勝負服。
いつもの緑を基調とした寒色系コーデよりも少し明るく、なおかつ大人セクシーな雰囲気を演出するトップスに合わせるのは黒のスカート。
大胆にも白く美しい生脚を魅せ、さらに足元を黒のショートソックス、パンプスで決めればシックでありながらも可愛さを忘れない二段構えが完成する。
唯一残念だと言われたビン底メガネも、時が来れば外す覚悟は出来ている。
この時、不覚にも白露はディスプレイに映った自分の姿を見て可愛いと思ってしまう。
直後なんだかそれが急に恥ずかしく思えてきた彼女はディスプレイを閉じて辺りをキョロキョロ。
「・・・」
そして気付く。
今の自分と同じような服装の人なんて、この小さな島国の中だけでも"ごまん"といる。
それを今日に限って、なだかんだと引っ掻き回すのはそれこそ自意識過剰?
居た堪れなくなった白露はカフェをあとにして、とりあえずブラブラ当てのない散歩に出掛けてみる。
歩く度にスカート中に手を突っ込まれ弄られているような、常時空気にセクハラされてるような不思議な感覚。
人生22年目にしての初スカートデビューは生涯忘れられないモノとなりそうだ。
露天商が獲物を狙う視線にビクッとなり、すれ違う人々の目を気にしながらメインストリートをブラブラしていた時、不意に何者かが白露の名前を呼んだ。
またまたビクッとしながらワンテンポ遅れて振り返れば上下黒のジャージに身を包みゲッソリと痩せ細った頬には無精髭。
無造作に垂れた前髪が視線を隠しながらもチラチラとまるで血に飢えた獣のような目を覗かせている1人の男がいた。
しかしこの男に心当たりはない。
それでも向こうが"駿河白露だな?"と声を掛けてきた以上、どこかで何かしらの面識はあるのだろう。
ナノマシン異常により人一倍の記憶力とデータ処理能力を会得した白露でさえ頭に大量の"?"を浮かべている最中、男は続け様に言った。
「はっ、俺がわかんねぇか?それとも自分がハメた相手の事なんざ覚えてねぇってか?それとも俺なんか覚えておくに値しねぇて事かよ」
「・・・」
「俺だよ。"桑部増太郎"だ」
「・・・!!!」
「ようやく思い出したか"クチナシ"。探したぜ・・・この5年間、俺は暗く冷たい牢獄の中で一時も忘れた事なんざなかった。テメェだけは殺しても殺し足りねぇ・・・俺が味わった地獄以上のモンを味わわせてやる・・・わかったら歩け。そして2つ目の路地を左に曲がれ」
自らを"桑部増太郎"と名乗った男は大きく1歩踏み込んで隠し持っていたフォールディングナイフを白露に突き付け歩けと命令する。
人の溢れる日中のメインストリートで堂々と凶器をチラつかせる大胆不敵な犯罪行為。
しかしこの異変に周囲の人々は気付かない。
白露は言われるがまま増太郎に背を向けてゆっくりと歩き出す。
ここで逃げようものなら瞬間に背後からナイフで滅多刺しにされる・・・それにナノマシンリンクで助けを求めようにも今日という日は振替休日。
それぞれが自由な時間を過ごす中、果たして応答してくれる者がいるのかさえわからない。
さらに内気な彼女は他人を巻き込みたくないと、この危機的状況にも拘らず遠慮してしまう。
その後、三課主任の鶴姫がメインサーバーのメンテナンスを行い、白露のエマージェンシーコールに気付いたのは約10分後。
この報告を受けた源以は大至急、三佐と銑十郎を所長室に召集。
緊急会議が開かれた。
「最終は10時55分。場所は第6陸橋を越えた先の工場地帯。駿河君が自らの意思で行くような場所ではないな」
「タイミング的に考えても、やはり主犯は解放者でしょうか?」
「わからん。だが駿河君を狙ったのが通り魔にしろ、 解放者の仕業にしろ実行犯を野放しにするわけにはいかん。どのみち福祉技研の人間を狙ったとなれば我々にはそれに関与した者達を1人残らず始末する義務がある。或いはそれ故に我々を誘い出そうとしているのかも知れんがな」
「・・・では私が単独で向かいます。以後フォシルの警護はアーティに任せたいのですが柳主任、メンテナンスはあとどの程度で終わりますか?」
「メンテナンスは既に終わってフォシルとアーティは自室で合流している。それよりも駿河の身が心配だ。 後始末は俺達に任せてお前は現場に向かってくれ」
「わかりました」
源以からの連絡を受け、事前に用意していた超音波ナイフとMARS−11にサイレンサー、フラッシュライトを装備して三佐は地下駐車場へ猛ダッシュ。
そのまま車に乗り込むと第6陸橋を越えた先、最後に白露からの通信が入ったエリアへと急行する。
時同じくして、ここは工事地帯の一角。
既に閉鎖されていると思わしき廃工場の最奥地。
やたらと音が響き渡り、換気用の窓もないこの場所は空気の溜まり場となっているのか至る所にモサモサとした埃のカーペットが敷き詰められている。
その劣悪な環境の中に白露は囚われていた。
手首をチェーンで縛られ、つま先から一直線になるように小型クレーンで吊るされた上に視界を奪う為か、さらなる恐怖を味わわせる為か頭部には黒い袋を被せられ呼吸さえままならない状態で彼女は怯えていた。
痛いのは嫌だ・・・苦しいのも嫌だ・・・怖い・・・怖い・・・助けて・・・。
震える白露を見世物にするべく当初1人だけだった増太郎の周りには当人を入れて5人の男女が集まっている。
「おいクチナシ。テメェのせいで俺は5年間ずっとブタ箱の中に閉じ込められてたんだぜ?何か言う事はねぇのか?なんで俺がブタ箱に入れられなきゃなんねぇんだ?誰が悪いのか言ってみろ!この障害野郎!」
滾る殺意を拳に込め増太郎は両腕を上げた無防備な体勢で晒される白露めがけ容赦のないボディブローを放つ。
嫌に瑞々しい音を響かせながら苦痛に踠き、揺れる様はまさに人間サンドバッグ。
その後も強烈なパンチを何発も何発も腹部に叩き込まれ、その度に声なき声で悲鳴をあげ、しまいには頭部を覆っている袋の隙間から溢れ出た吐血が首筋を伝いグレーのニットを赤黒く染め上げる。
さらに憎たらしい事は周りのギャラリー達も彼女を助けるどころか"桑部君マジでキレてるわ"などと増太郎を煽り、白露を嘲笑っている事。
なぜ増太郎はここまで強烈な殺意を彼女に抱くのか?
それは今から5年前の4187年2月8日。
当時まだ学生だった白露はナノマシン異常により言葉を奪われ、右目だけが深緑に染まっている事を理由に一部の学生達から執拗なイジメを受けていた。
このイジメグループの主犯格こそ言わずもがな増太郎である。
誰に迷惑をかけてるわけでもない白露を"失敗作"と罵り面白半分に"イジり"始め、次第にそれは大きな輪となり気付けば彼女はクラスの1/3に及ぶ11人から壮絶な"イジメ"を受けていた。
だが彼女に目を付けたのは、なにもイジメをしている連中だけではない。
キッカケは全学年、全学校を対象とした一斉模擬試験。
そこで白露は当時17歳でありながら全国順位で一桁台を記録し、特にナノマシンに関する分野(ナノマシン情報A・B)で前人未到の満点を叩き出す。
それを妬んだ他の生徒からもイジメを受けるようになるが同時に類稀なるナノマシン知識と理解力、応用力が源以の目に留まり白露は現在の居場所、福祉技研の三課にたどり着く事となる。
その際、表向きには匿名の通報によりイジメグループの主犯格であった増太郎以下8人を殺人未遂の現行犯として検挙逮捕。
その後、福祉法人を騙る源以達に白露は保護された事になっており、それを実行したのが三佐であった。
事実、増太郎達の行っていたモノはイジメの度を超えた暴力、侵害、恐喝などなど紛う事なき歴とした犯罪行為。
しかしそれがどうあれ自分が逮捕された事が増太郎は気に入らなかった。
なんなら被害者は自分達だと本気で思い考えるようになり暗く冷たい牢獄の中、増太郎は白露に対する憎悪を一時も忘れず燃やし募らせ生きてきた。
つまりはこの殺意、全ては増太郎の一方的な逆恨み。
狂気のままに息を切らせながら白露を殴り続けていた増太郎は、ここで一旦手を止める。
肉体的にも精神的にも深刻なダメージを負い、ぐったりと無気力に項垂れる白露は朦朧とする意識の中でバチバチッ!と不気味な音を鳴り響かせながら迫り来る何者かの殺意に、さらなる地獄を予感した。
「なんの音だかわかるか?コイツは工業用の超高電圧プラグの音だ・・・本来、人間に対して使うようなモンじゃねぇ。けどよぉ・・・喋れもしねぇし、目の色も違うし、人をハメ殺そうとしたお前は人間じゃねぇよな?テメェは殺しても殺し足りねぇ・・・寧ろ殺される為だけに生き続けろ」
ハンドガード部分にデカデカと"WARNING!"の文字が刻印されたライフル型の超高電圧プラグを片手に、 増太郎がポケットに忍ばせたフォールディングナイフで彼女の服を切り裂くと、その下からは内出血の痕に創傷の痕、肌を伝い落ちた血が描く幾多もの赤い筋。
目を背けたくなるほど惨たらしい、それこそ人間のモノとは思えない鬼畜の所業がはっきりと刻まれていた。
しかし男は罪悪感や後悔、反省などと言った念はこれっぽっちも感じてはいない。
寧ろ世界を破滅へと導く災厄の元凶を討ち取ったような達成感に浸っていた。
白露の体から血が一滴、また一滴と落ちる度に心の底から例えようのない喜びが込み上げる。
狂気に歪んだ微笑みと共に増太郎がプラグ端子をその傷口に押し当てた刹那、1300万Vの衝撃が脊髄を伝って脳を掻き回し、内臓を焦がし、血管を泡立てながら心臓を打ち砕かんと白露の体を駆け巡る。
その時、さすがに残酷すぎるとして仲間内の1人が増太郎に待ったの声をかけた。
「く、桑部君・・・これはちょっとヤバいんじゃないの?いくらクチナシが桑部君をハメたからって──」
「あぁ?」
「あっ、いや・・・その・・・ほら、このままクチナシを殺っちまうと今度は桑部君が悪いって事になるかも知れないだろ?だからせめて半殺しくらいで──」
「ぬるいんだよ・・・考えてもみろ。なんで被害者が地獄を見て、当の大罪人がのうのうと生きてる事が普通みてぇな世の中をよぉ・・・おかしいと思わねぇのか?俺は"当然の権利"を主張してるだけだ・・・それと・・・お前少し目障りだ。ここに誰も来ないか外で見張ってろ」
「っ!!・・・あ、あぁわかった」
白露を庇うわけではないが増太郎の度を超えた殺意の衝動、見るに耐えない仕打ちに、せめてもう少し手心をと思い声を掛けたが、その心が完全なる鬼と化している事に気付いた男は得も言えぬ恐怖に駆られ、この場を逃げるようにして外の見張りを請け負った。
背後で鳴り響くプラグの咆哮を振り払うべく駆け足でたどり着いた先、搬送用エレベーターのステップに腰掛け男は俯いたまま脳裏に焼き付いた増太郎の眼差しに怯えていた。
殺意に染まった狂おしき眼光はまさしく鬼そのもの。
かつて友人と呼んだ男は牢獄の中で死に果て、今あそこにいるのは人の皮を被った鬼に違いない。
これ以上、増太郎と一緒に居るのは危険だと判断した男が立ち上がり1人逃げ出そうとした刹那、停止しているハズのコンベアが一瞬ガタッと音を立てて小さな金属片のようなモノを吹き飛ばした。
なんだ?と思い、音のした方へ歩み寄ってみればそこに落ちていたのは片手で握って末端が少し余るくらいの長方形の物体だった。
頭に"?"を浮かべながらも男は、どことなくその物体に見覚えがあった。
どこかで見た・・・どこで見た?
この形この色合い・・・そうだ・・・これは映画やアニメの中で見た銃のマガジンだ!
謎の金属片の正体を理解した時、背後から万力にでも挟まれたかのような強烈なパワーに身柄を拘束され、そのまま地面に這い蹲らされる。
左腕を背中で折り畳むように固められ、右腕を右膝で押さえつけ首筋にナイフを突き付けられた男の背後から声が聞こえてきた。
「お前・・・こんなところで何をしている?ここは既に閉鎖されているハズだぞ」
ナイフを避けるように顎を引きながら横目で確認してみれば、そこにいたのは身長2mを超える大男。
白露のエマージェンシーコールを受け、ようやく三佐が工場に到着したのだ。
相手が何者であろうともこの場に白露がいて、なおかつ閉鎖された工場内部に人がいるとなれば普通ではない。
事は一刻を争う緊急事態故に素早く状況を判断、一切躊躇う事なく実力行使で男を尋問する。
しかし男は三佐の問いに対して何も答えなかった。
すると三佐は左手のロックを外し、絡み付かせるように素早く男の口を塞ぎながらナイフを逆手に持ち直す。
塞ぐと言っても表面を手のひらでパッと隠すような生易しいモノではなく三佐のソレは顔面を握り潰さんばかりの物凄い握力で、それこそこのまま首をへし折る事だって造作もないほどの力で口を塞ぐ締め技だった。
さらにこれがただの脅しでない事を知らしめる為、敢えて急所を外した鎖骨付近にナイフを突き刺し、肉を断ち切るべく深く深く押し込みながら自分の置かれている状況を本能的に理解させる。
その間も三佐は男の口を塞ぎ続け、ナノマシンが痛みを緩和した頃を見計らいナイフを引き抜くと同時に手を退けて言葉を続ける。
「私の言葉が理解出来なかったか?もう一度聞こう。お前はここで何をしている?」
「お、俺は・・・っ!ち、違うんだ!!」
「3度目はないぞ。お前は何をしている」
血に染まった超音波ナイフがキュィイィィッ!とブレードを震わせながら男の耳元で不気味な歌を奏で始める。
度重なる恐怖で何を答えたらいいのかが、わからなくなった男は"クチナシ"と言葉を絞り出した。
それが求めていた答えの1つ、白露の事だと三佐が結論付けたのは想像に難くない。
その後、男を乱暴に引っ立て背後から腕を取り喉元にピタリとナイフを当てながらMARS−11を構え、男を盾に工場の奥へと向かう。
「お前の仲間は何人だ」
「ご、5人・・・」
「お前を含めてか?」
「そうだ・・・あ、あんたは・・・一体・・・?」
「私の質問にだけ答えろ」
まだ見ぬ犯人グループに警戒しながら仕分けエリアを抜け、作業員達の休憩スペースを抜け、製造ラインを抜け、奥へ奥へと進むにつれて次第に有害物質を焼いたような異臭が鼻に纏わりついてくる事に三佐は気付いた。
男を締め上げる腕にも自然と力が入り、ここに来てようやく人の気配を感じる距離までたどり着いた事を確証する。
目線と銃口の動きをリンクさせ破棄された資材の影から影へと身を隠しながら到達した壁際で三佐は180度ターンを決めて背面を壁にピタリと押し当てる。
背面に壁、正面に人の盾を構えて死角をカバーしなが大口を開けたまま埃まみれとなっているシャッターの隣に陣取り、呼吸を整え一気に踏み込んだ。
「全員動くなっ!!」
突入と同時に犯人グループの男3人と女1人、その立ち位置と距離感を捉えMARS−11を突き付ける。
仲間を盾に銃を構える大男の乱入により増太郎達は三佐に向き直ったまま硬直、何が起きたと混乱する。
体勢をズラさず目だけで他に犯人グループの仲間がいないか部屋の隅々を確認した時、増太郎の背後で全身血塗れとなった白露が吊るされているのを発見。
さらに男の1人が手に持った血の滴る黒い袋と叩き割られたビン底メガネを見て、それを白露に被せて甚振っていた事を悟る。
そして三佐は怒りに震えた。
すぐにでもコイツらを殺して白露を救出しなければと思う反面、今回の救出作戦も福祉技研から下された歴とした任務である事も忘れはしない。
ただ単に犯人グループを制圧する程度なら正直、殺る気のある素人にもできる。
だがプロの任務はそんな簡単なモノではなく重要なのは始末に至るまでのプロセス。
そして今回抑えなければならないポイントは3つ。
1つ、犯人の素性を知る事。
2つ、その目的を知る事。
3つ、それらが判明したあとに関与した者全員を始末する事。
初めから難しい駆け引きをする必要ない。
まずは単刀直入に犯人の目的を聞いた。
「お前達の目的を答えろ!なぜその女を狙った!!」
返答はない。
だがこの程度は想定の範囲内と言えば範囲内。
きっと質問内容が難しすぎたのだろう。
ならば内容をYESかNOで答えられるモノとする。
これに対して相手が無回答を選んだ場合、三佐が兵役時代から使い続けている"とっておきの3秒間"を用いて強制的に話を進める事となる。
「お前達は解放者か!?」
「解放者?・・・そうか・・・なるほどな・・・あぁわかるぜ。テメェ"警察軍"だな?俺をマーキングしてたんだろ?残念だが俺は解放者じゃねぇ・・・そんなモン知った事じゃねぇ。それに・・・警察軍なんてモンは所詮法律の中でしか動けない飼い犬。目の前にどんな野郎がいたとしても銃をぶっ放すには条件があったよな?権力を振りかざすだけの脅しは効かねぇぜ」
「・・・本当に解放者とは無関係なのだな?」
「あぁそうだ。で、ワンちゃんよぉ・・・その銃は飾りじゃねぇんだろ?殺ってみろよ?」
「よかろう」
解放者でなければ凡そは通り魔。
それに警察軍がマークしてたと自分で言うあたり"なんとなく"を動機にする愉快犯かその程度。
この時点で犯人グループの正体と目的は知れたようなモノ。
故に三佐は敢えて安い挑発に乗った。
MARS−11の大口径バレルと増太郎の眉間が一直線に並んだ時、ナイフを突き付けられ盾に徹していた男が声を大にして増太郎に真実を告げる。
たとえ鬼と化しても目の前にいるのは紛う事なき自分の友人。
このままでは増太郎は間違いなく殺される・・・そしてこれが男にとって人生最期の言葉となった。
「ち、違うダメだ桑部君!コイツは警察軍じゃない!ころっ、本物の殺し屋だ!!」
「・・・3度目はないと警告したハズだぞ」
言葉途中にも拘らず三佐は男の喉元深くにナイフを突き刺し、延髄にまで達した切っ先を支点に慣れた手付きで男の喉を掻っ切った。
ブチュッ!と鮮血を撒き散らしながら崩れ落ちる男の体から頭部を切り離し、三佐はソレをサイドスローで増太郎めがけ投げつける。
鈍い音を立てて地面に叩きつけられた男の頭部は顔面の凹凸に合わせて不規則に転がり、気付けば苦痛に歪んだ死に顔を仲間達に晒してこれがどういう事なのかを訴えかけていた。
そしてこの場にいる"3人"が状況を理解した時、仲間の1人が先の男と同じ体勢で三佐に捕まり、喉元にナイフを突き付けられていた。
「私とお前達とでは立場が違う!私はこの国に於いて殺人を許可された"殺しのライセンス"を持っている! 紛いの小僧が楯突ける相手と思うな!!」
「ま、増太郎・・・たす、助けてくれっ!!」
だが仲間に助けを求められた増太郎の顔は実にシラけていた。
薄情とかではなく頭の中に渦巻いた違和感、モヤモヤの正体を探っているのだ。
前にもどこかで・・・俺、クチナシ、この大男・・・その時、増太郎はニヤッと口角を上げて"そう言う事か"と1人頷いた。
「思い出したぜ・・・テメェ・・・"あの時の"・・・そうかそうか・・・なるほどなぁ。クチナシを唆して俺をハメたのはテメェだったのか・・・そうだよな。このグズでイラつく失敗作に自分で何する度胸があるハズもねぇ。ようやく見つけたぜ・・・災厄の元凶」
「あの時・・・そうか・・・私も思い出したぞ。しばらく見ぬ間にその醜悪な面、さらに磨きがかかったようだな桑部増太郎。よもや殺人犯になる寸前で"救ってやった"恩を仇で返すとは。それとも既に手遅れだったか?」
三佐と増太郎は互いに5年前の事を思い出し相手が何者なのかを理解した。
刹那、三佐は増太郎の隣にいた男女をヘッドショットで射殺すると同時に捕らえていた男の喉を掻っ切り、 崩れ落ちたところへさらに後頭部めがけ1発の弾丸を撃ち込んだ。
その後、増太郎に銃口をロック牽制したまま囚われた白露のもとまでたどり着くと彼女を縛り付けていたチェーンを超音波ナイフで切断、ピクリとも動かないその体を優しく抱きかかえるようにして救出。
白露が埃にまみれないよう三佐は着ていた上着を脱ぎ、その上に彼女を寝かせ脈を確認しながら心の中で"1つ自分のわがままを許してくれ"と語り掛ける。
(白露・・・今しばらく・・・どうか今しばらく待ってほしい。私はどうあってもヤツを許すわけにはいかぬのだ。お前を2度も苦しめたあの男だけは・・・徹底的に嬲り殺さねば気がすまぬ!!)
ナイフとMARS−11を白露に預けると三佐はゆっくり立ち上がり、パキパキッと指を鳴らしながら伝説の巨人兵ゴライアスを彷彿とさせる気迫で増太郎に歩み寄り、対する増太郎も超高電圧プラグを片手に三佐に歩み寄る。
その様子は、さながら旧約聖書のサムエル記にあるゴライアスとダビデの一騎打ちのようでもあった。
しかし決定的な違いが1つ。
それはサムエル記でゴライアスはダビデとの一騎打ちで敗れたとあるが、この死合に於いて巨人に敗北はない事だ。
「小僧・・・楽に死ねるなどとは思うなよ」
三佐は蹴りを、増太郎はプラグを同時に振りかざす。
だが正直な事を言えばこの時点で既に勝敗は決まっていた。
三佐の強烈なミドルキックをプラグで受け止めようとした増太郎は、ミサイルでも突っ込んできたのかと思うほどの圧倒的衝撃を受け止めきれず手元からプラグを弾き飛ばされてしまう。
次の瞬間には顔面を鷲掴みにされ、数分前まで自らが白露に散々放っていたボディブロー、その数十倍の威力のギガントブローを叩き込まれた。
それで蹲れば今度は後頭部めがけ2mを超える巨体から放たれる渾身の鉄槌打ちで叩き伏せられる。
その度に三佐は増太郎を無理やり立たせて執拗に殴り続けた。
胸ぐらを掴んでは乱暴に引き寄せながらヘッドバットを叩き込み、両手で側頭部を押さえては強烈な膝を打ち込み、怒りに震える巨人の圧倒的暴力の前に増太郎は5分もしないうちに動かなくなっていた。
眼球は潰れ、内臓も破裂し、顎は粉々に砕け、何度も何度も激しく揺さぶられた脳は至る箇所で出血を起こし、脊椎は周囲の神経を巻き込みながらあらぬ方向へと曲がり、物理ダメージに耐えきれなかった肉体は裂傷を起こし中からは赤黒いブニュブニュとしたゲル状の物体が溢れ出していた。
最後に増太郎の死亡を確認して三佐は犯人グループの始末を終えた旨をナノマシンリンクで源以に報告すると同時に、救出には成功したが重症を負った白露がナノマシン制御で仮死状態になっている事を伝えると源以は"そろそろ制圧が完了する頃だと思い、そちらに銑十郎を向かわせた"と答える。
迅速かつ的確に物事を判断する源以の采配に感服した三佐が礼を述べ、白露に預けていたナイフと銃を手に取った時──
「動くなっ!!」
「!!!」
突如背後から怒号にも似た叫び声が飛び、三佐は咄嗟にMARS−11を構えて振り返る。
背後に迫った何者かの姿を視界に捉えた三佐は苦虫を噛み潰したような顔で"面倒な事になったな"と、誰に聞かせるわけでもなく小さく呟いた。
そこにいたのはおそらく犯人グループの誰かが呼んだであろう3人の武装警察だった。
国家公認の非合法組織の存在を知らない警察ほど厄介な相手はいない。
なぜなら向こうからしてみれば自分達は国家権力が味方する"偉い人間"であり、誰であろうとも自分達には逆らえない事を知っているからだ。
おまけに今という状況は最悪すぎる。
周りを見渡せば5人の死体が無造作に転がり、なおかつ"お上"に銃を向けた反逆者が1人。
背後に庇う白露でさえも警察に一言"アイツが殺してる最中だった"と言われれば、それが事実として処理されてしまう。
増太郎相手に時間をかけすぎたかと反省する一方、この状況をどう打破すればいいかを考える。
"武器を捨てろ!"と警告してくる警察に逆らい続ければヤツらは警告した事を免罪符に容赦なく撃ってくる。
その流れ弾が白露に命中してしまったら・・・三佐は苦肉の策として極力時間を稼ぎながら警察の命令に従う事にした。
「そうだ・・・ゆっくりと銃を地面に置け」
「・・・」
「・・・銃を地面に置け!!ゆっくりとだ!!」
「・・・」
バレバレの時間稼ぎに早くも警察の1人が苛立ち露わに三佐を罵倒する中、ここで状況を一転させる"ある人物"が現れる。
怒号1発"邪魔だ退け!!"と警察を払い退け三佐の目の前に現れたスーツの男は警察の手を取り"銃を下ろせバカ野郎!!"と厳つい顔で大声を響かせながら乱暴に突き飛ばす。
だが警察達もこれに臆する事なく三佐に向けていた銃口を男に向け直し"公務執行妨害で現行犯逮捕する!" と怒鳴り散らして手錠(伸縮性と剛性に優れた42世紀の新素材"ナノマシン対応型可変金属"で出来たフリーサイズのバンドのようなモノ)を掛けた時、男は不意に言い放った。
「一介の警察風情がこの俺に向かって公務執行妨害とは言ってくれるじゃねぇか?いつからお前らは俺の仕事の邪魔をできる立場になったんだ?」
「我々が警察である事が権限そのものだ。12時18分、公務執行妨害の現行犯で逮捕する!」
「なるほどな・・・警察である事が権限そのものか。もちろんそれは"国家特務警察軍隊長"の肩書きよりも偉いんだろうな?」
その一言で警察達の表情が一気に青ざめた。
直後、国家特務警察軍隊長の重徳は自身のナノマシン情報を手錠に認識させ難なくコレを解除。
この瞬間、目の前にいる男の正体が"鬼の警察軍隊長近衛重徳"本人である事が確定した。
手錠を任意で解除出来るナノマシンは警察組織の人間だけに導入されており、その中でも警察署ごとに対応するナノマシンと手錠は決まっている。
だが例外としてそれら全てのマスターキーとなるナノマシンを持つ人間が存在する。
それこそが唯一警察軍の人間であり、鬼を前に縮こまった仔犬達は最早キャンキャンとすら鳴けなくなっていた。
「状況を理解しようとせず剰え犯人に助けを求められて俺達警察軍の邪魔をしたバカ3人衆が!お前ら全員公務執行妨害で牢獄に叩き込まれてぇのか!!」
鬼の怒号にビンッ!と姿勢を正し硬直する様は、まるで脳天から釘を刺されて地面に打ち付けられた3本の棒のようにも見える。
やかましいギャラリーを黙らせた重徳は続き、三佐に向かって怒号を飛ばす。
「犯人グループの制圧並びに人質の救出は完了したのか簡潔に報告しろ!!」
先ほど重徳は自らの口で"俺達警察軍"と語り、今もまた"人質の救出は完了したのか"と聞いてきた。
そこで思い出すのは銑十郎の言った"後始末は俺達に任せろ"という言葉。
つまり今、自分は警察軍の一員として極秘任務の調査を行なっている途中で、その進捗状況を隊長自らが確認しに来たというシナリオになっているのだと気付いた時、三佐は素早く立ち上がり重徳に対して敬礼しながら事実を述べた。
「ハッ!犯人グループを完全制圧、並びに人質1名の救出を完了!現在人質は危篤状態、大至急手当と治療が必要であると報告します!!」
「了解!大至急人質を連れ、救護班と合流しろ!」
「了解!!」
すぐさまMARS−11を拾い、お姫様抱っこの体勢で白露を優しく担ぎ上げると三佐は早足で工場の出口へと向かい歩き出す。
その後ろを重徳がカバーするように追行、道中で彼は3人の警察に厳しい言葉を投げ掛ける。
「始末書には"木嶋、赤松、細川の警察を代表する我々バカ3人衆は意気揚々と警察軍の邪魔をしました"とでも書いておけ。今後は人生の中でせめて5秒くらいはマジメになれよ。バカがバレるぞ?」
「・・・じ、直々のご指導ありがとうございます」
工場の外にたどり着いた三佐を待っていたのはパトカー2台と警察軍の車両4台が並ぶ重々しい絵面。
うち1台、赤十字のマーキングが施された車両のリアを開けると中にいたのは警察軍の救護班と銑十郎だった。
「柳主任!」
「後始末は任せろと言っただろ。それより駿河を早くベッドの上へ。一課の病室に着くまでここで最低限の手当てをしておく。源以からの報告によれば駿河は今ナノマシン制御で仮死状態になっているんだろう?」
「はい。状況から見て特に内部へのダメージは深刻なモノだと思われます。それと私は今一度、近衛隊長と合流して辻褄合わせをしなければなりません。あとの事をお願いします」
「あぁ任せておけ」
白露をベッドに寝かせた三佐は重徳と合流、上手い事辻褄を合わせて自らの正体を隠し切った。
今回の一件は警察軍が独自に調査を行なっていた極秘任務であり、それを知らずに場を乱した木嶋、赤松、 細川の3名に対して重徳はお咎めなしを言い渡す。
これが事実上の口封じである事など言わずもがな事件は無事解決として処理された。
別れ際、重徳から"松永先生によろしくお願いします" と一言預かり三佐も自分の車に乗り込み福祉技研へと帰還する。
それから6時間後の現在時刻は18時。
一課の病室で目を覚ました白露が上体を起こして辺りを見渡した時、傍で彼女を見守っていたのは銑十郎ではなく三佐だった。
「・・・む。目覚めたか」
「・・・」
「一課の病室だ」
「・・・!!」
「桑部増太郎は死んだ。私が殺した。それが任務だった。そうしなければお前を助けられなかった」
「・・・」
「ヤツが死んだのはお前のせいではない。言うなれば自業自得。仮にあの場でお前が殺すなと言ったとしても私はヤツを殺していた。それが二課の任務であると同時に私自身がヤツを許せなかった」
「・・・」
「どうして?そうだな・・・どうしてと問われれば、やはり"お前を失いたくなかった"というのが正直なところだ」
「・・・」
「無論それもある。だが任務の為だとかが全てではない。人には誰しも・・・たとえ深い意味はなくとも生きてほしい、側にいてほしいと願う者がいる。何も求めず何も科せず、それでもただ生きてほしいと願う者が・・・む、どうした白露?なぜ泣く?」
小刻みに震えながら俯き、両手で顔を覆い隠し白露は泣いていた。
溢れ出た涙で病衣を濡らす姿を見て三佐は一瞬戸惑ったが、すぐに"大丈夫か?"と声を掛けて椅子を引きずり半歩彼女に歩み寄る。
しかしナノマシンリンクを通じて聞こえてくるのは震えるようにすすり泣く白露の弱々しい声と息遣いのみ。
もしかしたら彼女の涙には、誰にも聞かれたくない理由があるのかも知れない。
そう考えた時、全ての病室は一課のセキュリティにより24時間監視され、そこで行われる全ての会話が筒抜けとなっている事を知るからこそ白露は黙り込んだ・・・正確には三佐の受け答えにより、聞かれたくない事が外部に漏れるのを恐れたとも考えられる。
そしてこのセキュリティ(音声のみ)を打破出来るのは唯一ナノマシンリンクによる会話のみ。
故に三佐もナノマシンリンクで受け答え、これで一課主任の銑十郎であろうとも当人達の会話を知る事は出来ない。
(聞こえるか白露)
(私・・・今まで一度も・・・誰かに"生きてほしい"なんて言われた事がなくて・・・いつもクチナシ、クチナシって言われ続けて・・・)
(増太郎か・・・忘れろとは言わぬ。だが思い出したとしても口にする必要はない)
(いつもいつも・・・蔑まれてきた・・・毎日が苦しかった・・・でも・・・どんなに辛くても・・・死ぬ勇気もなくて・・・それで周りから・・・まだいたのかとか言われて・・・)
(小賢しく逃げ回り、面と向かい合う事も出来ぬ痴れ者にはわかるまい。お前が選んだ生き続ける勇気は死ぬ勇気の何百倍、何億倍もの覚悟がいるという事を)
(・・・そんな時に出会った所長と三佐さんが"お前が必要だ"って言ってくれた・・・本当に・・・嬉しかった・・・初めて・・・初めて誰かに必要だって言われて・・・本当に・・・)
(白露・・・)
三佐は思った。
今この瞬間だけでも彼女の手を取り寄り添わなければこの淡い光が消えてしまうのでは、と。
白露の未来が闇に閉ざされてしまうような焦りと恐怖を感じた三佐は震える身体を優しく抱きしめ、溢れ出る涙を受け止めた。
(孤独は悲しいモノだ。しかし求められる事に依存してはならぬ。誰かの為の人生を歩む前に自らの為の人生を見つけるのだ。自らの為に何かを求める行為を卑しい事だと蔑むな。お前にもあるハズだ。そして誰がお前をわがままだと言っても構う事はない。もしそんなヤツがいたらバカめと言ってやれ)
(自分の為の・・・わがまま・・・)
(うむ。何をわがままとするか、それを知らないと言うのであれば私も然り景勝や楓ら、お前を求める者達が教えくれるだろう。堂々と臆する事なく自分の為に求めていいのだ)
三佐の言葉に白露のすすり泣く声がピタリと止まった。
病衣の裾で涙を拭いて顔を上げれば、三佐の瞳に映っていたのは他の誰でもない彼女自身の姿。
一点の曇りもない瞳に見つめられ、ふわっとした心地よさに魂を吸い込まれそうになった時、白露は自分の求めるモノがなんだったのかを本当の意味で理解する。
他人の視線に怯え、優しく差し伸べられた手にも怯えてしまうのは心のどこかで他人を疑い信じられずにいたから。
信じて裏切られて傷付くのが怖かった。
そうやって周りを避け続けてきたのは他ならぬ彼女自身であり、その弱さ故自分からは何も求めず他人が自分を必要としてくれるその時を待ち続けていた。
だがそうやって逃げ続けた人生も今、終わりを迎える。
過去の呪縛に囚われ、光の当たらぬ檻の中で独り泣いていた彼女のもとに差し込んだ一筋の光。
闇照らす光と共に心の奥底に封じ込めてきた彼女の本当の気持ちが幾千もの風になって嵐のように押し寄せる。
(わかってたのに!わかってたのに認めるのが怖かった!もう私は独りじゃないって事・・・わかってた!でも・・・それでも周りを信じる勇気がなくて・・・また・・・ナノマシンの事で気味悪がられたら・・・今度こそ本当に独りになっちゃうって・・・それが怖かった!!だからずっと逃げてきた!みんなの優しさから逃げ続けて!裏切り続けてきた!!)
再び白露は泣いた。
怒鳴り声にも似た魂の叫びは自分自身への怒り。
恐怖と悲しみに支配された弱き心を焼き殺し、浄化する為の憤怒の炎。
泣いて泣いて泣き続けて、ようやく白露が平常心を取りもどした時、三佐の分厚い胸板は彼女の涙で悉く濡れていた。
どうやら無意識のうちに三佐の腕の中、逞しすぎる鋼鉄の肉体に我が身を委ね洗いざらい吐き出していたらしい。
迷惑をかけたと白露が謝ろうとした刹那、心地よい力加減で三佐は再び彼女を抱きしめる。
(怖いモノは誰だって怖い・・・形あるモノ、ないモノに関わらずな。しかし私は嬉しいぞ。お前はこんな見て呉れの男に、誰がどう見たって危険だと判断しかねん図体の男に身を委ね、無防備にも心のうちを曝け出してくれた。私はその無防備な姿こそ紛う事なき信頼がなければできない事だと考える。お前が私を信じてくれたように、私もお前を決して裏切らぬ。たとえ何者かの悪意が邪魔をしようとも独りにはさせん!)
(三佐さん・・・)
その言葉に白露は目を閉じ、心のままに2人が強く抱きしめ合ってどれくらい時間が経っただろう。
言葉もなく感じるのは互いの鼓動と温もりだけ。
1秒でも長くこの瞬間を願った白露は、とろけるような幸せの中、自らの求めるモノを三佐に告げる。
散らば諸共恋の花、たとえ刹那の夢であろうともパッと咲ければそれでいい。
非情の現実を突き付けられようとも最早彼女に後悔の2文字はない。
そして三佐の答えを聞いた時、白露は一滴の涙も落とさずに柔らかな微笑みを浮かべて魅せた。