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EscapeGoat  作者: 鈴木崇嗣
18/27

ACT.14 鬼と姫君と王子様



西暦4192年4月30日。

前日の4月29日が国民の祝日と(かさ)なった日曜日だった為、月曜日の今日が振替(ふりかえ)休日となった未来世紀。

この恩恵は福祉技研(ふくしぎけん)(しか)り、やっている事は非合法な暗躍組織と言えどその勤務形態は意外にもしっかりしており、並み居る強豪(きょうごう)ブラック企業よりも数百倍、数億倍クリーンな環境が整っている。

これは源以(げんい)の所長としての意向(いこう)らしく一課(いっか)から四課(よんか)までの主任(しゅにん)((やなぎ)銑十郎(せんじゅうろう)山本(やまもと)三佐(さんさ)吉野(よしの)鶴姫(つるひめ)結城(ゆうき)成雅(なりまさ))以下は基本的に完全週休二日制の9時間拘束8時間労働となっており、これが表向きの健全さを演出している。

(ゆえ)に今日は(かえで)もいなければ景勝(かげかつ)白露(はくろ)もいない。

その代わりではないが今フォシルの相手をしているのは珍しく三佐(さんさ)1人のみである。


(かえで)のいない1日は退屈か?」


「・・・正直に言えば・・・はい・・・」


「そうだろうな。まして今日は振替(ふりかえ)休日。普段からお前と(せっ)していた景勝(かげかつ)白露(はくろ)もいないとなれば、さぞ退屈だろう。さらにアーティも緊急メンテナンス中となれば、なおのことか」


「でも、今は三佐(さんさ)さんが来てくださってるので。それに・・・実は前から聞きたい事があったんです」


30代も後半の自分に聞きたかった事とは何か?

三佐(さんさ)が軽く首を(かし)げる中でフォシルが放った言葉は"武器を見たい"だった。

それは以前、(かえで)が話題を提供する為に見せびらかした本物の拳銃から始まった。

その際、彼女は"ここの連中はみんな銃を持ってるんだぞ!まぁ詳しく知りたければ所長か三佐(さんさ)(やなぎ)さんに聞いてみろ"と発言。

以後フォシルの頭の中は、身近な存在でありながら日本に()まう一般人には(もっと)(えん)のない本物の銃器に(たい)する興味でいっぱいになっていた。

それを聞いた三佐(さんさ)三佐(さんさ)年頃(としごろ)の男子が銃に興味を持つその心境(しんきょう)は何となく理解できた。

(げん)福祉技研(ふくしぎけん)の武器装備を管理しているのは兵器開発全般を(にな)一課(いっか)主任(しゅにん)銑十郎(せんじゅうろう)二課(にか)工作員(エージェント)達を(たば)ねる主任(しゅにん)三佐(さんさ)

そして福祉技研(ふくしぎけん)全権(ぜんけん)を握る所長の源以(げんい)のみ。

しかし銃の(あつか)いを(まか)り間違えば取り返しのつかない事になるのは百も承知。

(ゆえ)に興味本位でこれらを見せるのはどうかとも思ったが、逆に言えばありのままの現実を理解させる良い機会でもある。

それに期待に胸(ふく)らませた青年の無垢(むく)眼差(まなざ)しで見つめられると、なぜだか三佐(さんさ)(いた)(かた)ないという気持ちなった。


(すで)(かえで)が見せびらかしているのなら今さら隠す必要もあるまい。実際に手に取って何かをする事は出来ぬが、それでもよければ付いてくるがいい」


「はい!!」



案内の為に先を歩く三佐(さんさ)の大きな背中に前方の視界を奪われながら一課(いっか)が管理する武器庫に(おとず)れたフォシル。

右も左も見渡す限り武器三昧(ざんまい)な光景に目をキラキラと輝かせ、物騒(ぶっそう)な意味ではないが玩具(おもちゃ)とは違う本物の銃を前にして男心を()さぶられていた青年に(たい)し、(まん)(いち)にもないとは思うが三佐(さんさ)今一度(いまいちど)"銃には触れるな" と警告する。

その後、保管されている様々な銃をケースから取り出して1つ1つ丁寧(ていねい)に説明していく。


「これはMARS−9(マーズナイン)と言って42世紀現在、世界中の軍警察で採用されている(もっと)もポピュラーな9mmハンドガンだ。MARS(マーズ)とは"マルチ アタッチメント レイル システム"の(りゃく)で状況に応じて様々なパーツ、サイレンサーやフラッシュライトを装備させる事で凡庸(ぼんよう)性と特化性を両立させたリターナー社のブランドを言う。他にもスライドロック機能を(もう)け、作動音を極限まで(おさ)えた22口径のMARS−w5(ダブルファイブ)、ハイグリップ用ビーバーテイルを標準装備した45口径(こうけい)MARS−11(マーズイレブン)、バーティカルフォアグリップとフォールディングストックで携行性と射撃時の安定性を確保したマシンピストルMARS−C(マーズカービン)、フォアグリップをマガジンと兼用(けんよう)してなおかつマガジン内部に2本のチューブを組み込んだセミオートショットガンMARS−X(マーズクロス)、プルパップ方式を採用して全長を()()めながらも必要なだけのバレル長と精度を実現したスナイパーライフルMARS−tH (トリプルエイチ)。以上が福祉技研(ふくしぎけん)で使われている(おも)な銃器だ」


()()るように銃器を見つめながら"オー!オー!!" と相槌(あいづち)を打つフォシルだが、ここで1つある事を思い出す。

それは景勝(かげかつ)本人から聞いた専用銃NonNo(ノンノ)の事である。

銃器が男心を()さぶるように、また専用という響きも男心を遠慮なしに()さぶり倒す。

そして(かん)(きわ)まった興奮の渦が、いつかの記憶とリンクして空白の時間に再び色を()えた。

どれもこれもゲームや漫画、アニメの中などに出てきた記憶だが自分は銃器全般(こういったモノ)が好きだったんだ。

また1つ自分が何者なのかを思い出したフォシルは無意識のうちに三佐(さんさ)に対して感謝の()を口にしていた。


「なにがキッカケで記憶がもどるかわからんな。それはそうと景勝(かげかつ)の使っているNonNo(ノンノ)はアレだ」


三佐(さんさ)指差(ゆびさ)す先、景勝(かげかつ)専用銃NonNo(ノンノ)を見つけたフォシルは思わず言葉を失った。

それは落胆(らくたん)したが(ゆえ)の悪い意味合(いみあ)いが強くなぜならこのNonNo(ノンノ)、20世紀生まれのフォシルから見ても古臭いと感じてしまうオールドルックな外見(がいけん)に、全体が異様なまでに細長くグリップもストックも別のライフルから(うば)い取って付けたような(いびつ)なフォルムをしていたからだ。

しかもこれが麻酔銃だと聞いてフォシルはさらに()えてしまう。

ハンドガンタイプのNonNo−4(ノンノ−イネ)もライフルタイプのNonNo−6(ノンノ−イワン)(ただ)わせるのは圧倒的"これじゃない感"。

戦う為だけに要求された機能と性能を具現化(ぐげんか)したMARS(マーズ)のタクティカルな雰囲気(ふんいき)とは対照的にNonNo(ノンノ)はどこか()まらない、フォシル的センスから見て極端(きょくたん)に言えば"カッコよくない"のだ。

なんだかリアクションに困ったフォシルはNonNo(ノンノ)のいいところを探そうとするが、いかんせん何も見つからない。

期待に胸(ふく)らませて、いざ対面を()たしてみれば第一印象は"違う!"の一言で()りる。

こうなってしまった以上、別の話題に切り替えるしか言葉が見つからなかったフォシルはたった今、生まれたばかりの疑問を三佐(さんさ)に投げかけてみる。


「そういえば・・・このMARS(マーズ)NonNo(ノンノ)も実弾兵器ですよね?未来(いま)の世界にもレーザー銃みたいなのって無いんですか?」


「む?そうだな・・・では1つずつ答えていこう。まず42世紀現在に()いても実弾兵器が使われている理由についてだが、これは技術と素材の発展により十分な性能、耐久、ニーズ、コストのバランスが取れている事に他ならない。無論、お前が言ったレーザー兵器も技術として(すで)に確立した上で存在する。だがこれらは少々(あつか)(づら)くてな。各国の軍警察などで実際に採用している組織もあるようだが、その評価は今ひとつ。他では──」



三佐(さんさ)指導のもとフォシルが42世紀のリアルな武器事情について(まな)んでいた頃、場面は人混み(にぎ)わうメインストリートのお洒落(しゃれ)なカフェのテラスへ。

あま〜いカフェオレを飲みながら、ほっこりのほほんと小さな女子会(けん)作戦会議を開いているのは天下無双の(にぎ)やかし(みなと)(かえで)と、福祉技研(ふくしぎけん)のグラマークイーンこと駿河(するが)白露(はくろ)

普段から仲のいい2人にとって今日という日は(けっ)して忘れてはならない勝負の日。

それは4192年4月2日の深夜1時に立てた(ちか)い。

誰にも()()けられなかった思い人(さんさ)への確かな思いを(なか)玉砕(ぎょくさい)覚悟で(つた)える事を誓ったあの日。

その為に白露(はくろ)白露(はくろ)なりのアプローチをしてみたり、あまり興味のなかったお洒落(しゃれ)に手を出してみたり、(かえで)には"必要ないからするな"と言われたダイエットを決行した挙句(あげく)、なぜか筋肉ばかりが増えてしまったり紆余曲折(うよきょくせつ)と言えなくもない1ヶ月を過ごしてきた。



「え〜とねぇ、三佐(さんさ)が帰宅するのはだいたい14時頃だって」


「・・・」


「なんでわかるかって?そりゃフォシルが直接三佐(さんさ)に聞いてくれたから」


「・・・?」


「えぇ?デジタルエンチャントだよ。あれならナノマシンがなくても文字で会話が出来るでしょ。まぁアイツに言わせれば擬似ナノマシンリンク的な?そんな事よりほら!あと4時間しかないんだよ!!ちゃんとデートに(さそ)う文句は考えたのか!?」


「!!!」


「って、(あお)ってて悪いんだけど・・・実は私これから予定があって・・・18時から始まるWWW (ワールドスリー)のタイトル防衛戦!王者靏見(うつみ)金次郎(きんじろう)VSエル・ノパールの試合に行かなくちゃイケないんだよ!!」



WWW (ワールドスリー)とは正式名称をWorld(ワールド) Wrestling(レスリング) Warriors(ウォーリアーズ)と言い42世紀に()いて最大、最強、最高のプロレス団体である。

技術の発展により様々な娯楽(ごらく)、ゲームやアニメーションは是非(ぜひ)もなくナノマシンを利用した体感型アミューズにマシンスポーツなどなどが(あふ)れる未来世紀。

その中でもプロレスは別格、国民的スポーツであると同時に全世界を巻き込んだ至極(しごく)のエンターテイメントとされており、特にWWW (ワールドスリー)が大規模な試合を(おこな)えば、それ見たさに世界中の兵士が武器を手放してデジタルディスプレイに食らいつき、戦場から銃声が消えるとさえ言われている。

まさに世はプロレス戦国時代。

老若男女()わず人々を魅了し続け、将来なりたい職業ベスト10には必ずレスラーがランクインするなど、その熱気は今頂点に(たっ)している。

(ゆえ)(かえで)のプロレス好きは周知の事実であり、なんなら福祉技研(ふくしぎけん)内部にもプロレスファンは多い。



「いや〜この試合は最早(もはや)マッハブリーカーと619(シックスワンナイン)の一騎打ちって言ってもいいよね?じゃそういう事であとは(まか)せたよ!」


「・・・!?」



カフェオレをグイッと一口(ひとくち)で飲み()すと(かえで)はそそくさ席を立って立ち去ってしまった。

声にならない声で彼女を呼び止めようとその背中に向けてカムバックと叫び掛けるが(かえで)関節技(サブミッション)の名称を歌にしながら人混みの中へと消えてしまう。

ぬくくっ!と歯を食いしばりながら白露(はくろ)もカフェオレを飲み()すと、すぐにこれが(かえで)なりの気の()かせ方だと気付かされる。

()えて主役を1人にする事で逃げ場を断ち、ゆくゆくのデートに水を()さんとするモノを排除した彼女の優しさを()み取り、白露(はくろ)は恥ずかしさを押し殺してデジタルディスプレイに自らの姿を投影(とうえい)、おかしなところがないかをチェックしてみる。


「・・・」



豊満なバストにジャストサイズのグレーニットは(かえで)が選んだ勝負服。

いつもの緑を基調とした寒色(かんしょく)系コーデよりも少し明るく、なおかつ大人セクシーな雰囲気(ふんいき)を演出するトップスに合わせるのは黒のスカート。

大胆(だいたん)にも白く美しい生脚(なまあし)()せ、さらに足元を黒のショートソックス、パンプスで決めればシックでありながらも可愛(かわい)さを忘れない二段(がま)えが完成する。

唯一(ゆいいつ)残念だと言われたビン底メガネも、時が来れば(はず)す覚悟は出来ている。

この時、不覚にも白露(はくろ)はディスプレイに(うつ)った自分の姿を見て可愛(かわい)いと思ってしまう。

直後なんだかそれが急に恥ずかしく思えてきた彼女はディスプレイを閉じて辺りをキョロキョロ。


「・・・」


そして気付く。

今の自分と同じような服装の人なんて、この小さな島国の中だけでも"ごまん"といる。

それを今日に限って、なだかんだと()()き回すのはそれこそ自意識過剰?

()(たま)れなくなった白露(はくろ)はカフェをあとにして、とりあえずブラブラ当てのない散歩に出掛けてみる。

歩く(たび)にスカート中に手を突っ込まれ(まさぐ)られているような、常時空気にセクハラされてるような不思議な感覚。

人生22年目にしての初スカートデビューは生涯(しょうがい)忘れられないモノとなりそうだ。

露天商(ろてんしょう)獲物(きゃく)を狙う視線にビクッとなり、すれ違う人々の目を気にしながらメインストリートをブラブラしていた時、不意(ふい)に何者かが白露(はくろ)の名前を呼んだ。

またまたビクッとしながらワンテンポ遅れて振り返れば上下黒のジャージに身を(つつ)みゲッソリと()(ほそ)った頬には無精髭(ぶしょうひげ)

無造作(むぞうさ)()れた前髪が視線を隠しながらもチラチラとまるで血に()えた獣のような目を(のぞ)かせている1人の男がいた。

しかしこの男に心当たりはない。

それでも向こうが"駿河(するが)白露(はくろ)だな?"と声を掛けてきた以上、どこかで何かしらの面識はあるのだろう。

ナノマシン異常により人一倍の記憶力とデータ処理能力を会得(えとく)した白露(はくろ)でさえ頭に大量の"?"を浮かべている最中(さなか)、男は続け(ざま)に言った。


「はっ、俺がわかんねぇか?それとも自分がハメた相手の事なんざ覚えてねぇってか?それとも俺なんか覚えておくに(あたい)しねぇて事かよ」


「・・・」


「俺だよ。"桑部(くわべ)増太郎(ますたろう)"だ」


「・・・!!!」


「ようやく思い出したか"クチナシ"。探したぜ・・・この5年間、俺は暗く冷たい牢獄(ろうごく)の中で一時(ひととき)も忘れた事なんざなかった。テメェだけは殺しても殺し()りねぇ・・・俺が味わった地獄以上のモンを味わわせてやる・・・わかったら歩け。そして2つ目の路地を左に曲がれ」



自らを"桑部(くわべ)増太郎(ますたろう)"と名乗った男は大きく1歩()()んで隠し持っていたフォールディングナイフを白露(はくろ)に突き付け歩けと命令する。

人の(あふ)れる日中のメインストリートで堂々(どうどう)と凶器をチラつかせる大胆不敵(だいたんふてき)な犯罪行為。

しかしこの異変に周囲の人々は気付かない。

白露(はくろ)は言われるがまま増太郎(ますたろう)に背を向けてゆっくりと歩き出す。

ここで逃げようものなら瞬間に背後からナイフで滅多(めった)刺しにされる・・・それにナノマシンリンクで助けを求めようにも今日という日は振替(ふりかえ)休日。

それぞれが自由な時間を過ごす中、()たして応答してくれる者がいるのかさえわからない。

さらに内気な彼女は他人を巻き込みたくないと、この危機的状況にも(かかわ)らず遠慮してしまう。

その後、三課(さんか)主任(しゅにん)鶴姫(つるひめ)がメインサーバーのメンテナンスを(おこな)い、白露(はくろ)のエマージェンシーコールに気付いたのは約10分後。

この報告を受けた源以(げんい)は大至急、三佐(さんさ)銑十郎(せんじゅうろう)を所長室に召集(しょうしゅう)

緊急会議が開かれた。



「最終は10時55分。場所は第6陸橋を越えた先の工場地帯。駿河(するが)君が自らの意思で行くような場所ではないな」


「タイミング的に考えても、やはり主犯は解放者(リベレータ)でしょうか?」


「わからん。だが駿河(するが)君を狙ったのが通り魔にしろ、 解放者(リベレータ)仕業(しわざ)にしろ実行犯を野放しにするわけにはいかん。どのみち福祉技研(ふくしぎけん)の人間を狙ったとなれば我々にはそれに関与した者達を1人残らず始末する義務がある。(ある)いはそれ(ゆえ)に我々を(さそ)い出そうとしているのかも知れんがな」


「・・・では私が単独で向かいます。以後フォシルの警護(けいご)はアーティに(まか)せたいのですが(やなぎ)主任(しゅにん)、メンテナンスはあとどの程度で終わりますか?」


「メンテナンスは(すで)に終わってフォシルとアーティは自室で合流している。それよりも駿河(するが)の身が心配だ。 後始末は俺達に(まか)せてお前は現場に向かってくれ」


「わかりました」



源以(げんい)からの連絡を受け、事前に用意していた超音波ナイフとMARS−11(マーズイレブン)にサイレンサー、フラッシュライトを装備して三佐(さんさ)は地下駐車場へ猛ダッシュ。

そのまま車に乗り込むと第6陸橋を越えた先、最後に白露(はくろ)からの通信が(はい)ったエリアへと急行する。

時同じくして、ここは工事地帯の一角(いっかく)

(すで)に閉鎖されていると思わしき廃工場の最奥地。

やたらと音が響き渡り、換気用の窓もないこの場所は空気の()まり場となっているのか(いた)る所にモサモサとした(ほこり)のカーペットが()()められている。

その劣悪(れつあく)な環境の中に白露(はくろ)(とら)われていた。

手首をチェーンで(しば)られ、つま先から一直線になるように小型クレーンで吊るされた上に視界を奪う為か、さらなる恐怖を味わわせる為か頭部には黒い袋を(かぶ)せられ呼吸さえままならない状態で彼女は(おび)えていた。

痛いのは嫌だ・・・苦しいのも嫌だ・・・怖い・・・怖い・・・助けて・・・。

震える白露(はくろ)見世物(みせもの)にするべく当初1人だけだった増太郎(ますたろう)の周りには当人を入れて5人の男女が集まっている。


「おいクチナシ。テメェのせいで俺は5年間ずっとブタ箱の中に閉じ込められてたんだぜ?何か言う事はねぇのか?なんで俺がブタ箱に()れられなきゃなんねぇんだ?誰が悪いのか言ってみろ!この障害野郎!」



(たぎ)る殺意を(こぶし)に込め増太郎(ますたろう)は両腕を上げた無防備な体勢で(さら)される白露(はくろ)めがけ容赦(ようしゃ)のないボディブローを放つ。

嫌に瑞々(みずみず)しい音を響かせながら苦痛に(もが)き、()れる(さま)はまさに人間サンドバッグ。

その後も強烈なパンチを何発も何発も腹部に叩き込まれ、その(たび)に声なき声で悲鳴をあげ、しまいには頭部を(おお)っている袋の隙間(すきま)から(あふ)れ出た吐血(とけつ)が首筋を(つた)いグレーのニットを赤黒く()()げる。

さらに憎たらしい事は周りのギャラリー達も彼女を助けるどころか"桑部(くわべ)君マジでキレてるわ"などと増太郎(ますたろう)(あお)り、白露(はくろ)嘲笑(あざわら)っている事。

なぜ増太郎(ますたろう)はここまで強烈な殺意を彼女に(いだ)くのか?

それは今から5年前の4187年2月8日。

当時まだ学生だった白露(はくろ)はナノマシン異常により言葉を奪われ、右目だけが深緑に()まっている事を理由に一部の学生達から執拗(しつよう)なイジメを受けていた。

このイジメグループの主犯格こそ言わずもがな増太郎(ますたろう)である。

誰に迷惑をかけてるわけでもない白露(はくろ)を"失敗作"と(ののし)り面白半分に"イジり"始め、次第にそれは大きな()となり気付けば彼女はクラスの1/3に(およ)ぶ11人から壮絶(そうぜつ)な"イジメ"を受けていた。

だが彼女に目を付けたのは、なにもイジメをしている連中だけではない。

キッカケは全学年、全学校を対象とした一斉模擬試験。

そこで白露(はくろ)は当時17歳でありながら全国順位で一桁(ひとけた)台を記録し、特にナノマシンに関する分野(ナノマシン情報A・B)で前人未到の満点を叩き出す。

それを(ねた)んだ他の生徒からもイジメを受けるようになるが同時に類稀(るいまれ)なるナノマシン知識と理解力、応用力が源以(げんい)の目に()まり白露(はくろ)は現在の居場所、福祉技研(ふくしぎけん)三課(さんか)にたどり着く事となる。

その際、表向きには匿名(とくめい)の通報によりイジメグループの主犯格であった増太郎(ますたろう)以下8人を殺人未遂(みすい)の現行犯として検挙(けんきょ)逮捕。

その後、福祉法人(ふくしほうじん)(かた)源以(げんい)達に白露(はくろ)は保護された事になっており、それを実行したのが三佐(さんさ)であった。

事実、増太郎(ますたろう)達の(おこな)っていたモノはイジメの()を超えた暴力、侵害、恐喝などなど(まご)う事なき(れっき)とした犯罪行為。

しかしそれがどうあれ自分が逮捕された事が増太郎(ますたろう)は気に入らなかった。

なんなら被害者は自分達だと本気で思い考えるようになり暗く冷たい牢獄(ろうごく)の中、増太郎(ますたろう)白露(はくろ)に対する憎悪(ぞうお)一時(ひととき)も忘れず燃やし(つの)らせ生きてきた。

つまりはこの殺意、全ては増太郎(ますたろう)の一方的な逆恨(さかうら)み。

狂気のままに息を切らせながら白露(はくろ)を殴り続けていた増太郎(ますたろう)は、ここで一旦(いったん)手を止める。

肉体的にも精神的にも深刻なダメージを()い、ぐったりと無気力に項垂(うなだ)れる白露(はくろ)朦朧(もうろう)とする意識の中でバチバチッ!と不気味な音を()り響かせながら(せま)り来る何者かの殺意に、さらなる地獄を予感した。



「なんの音だかわかるか?コイツは工業用の超高電圧プラグの音だ・・・本来、人間に対して使うようなモンじゃねぇ。けどよぉ・・・喋れもしねぇし、目の色も違うし、人をハメ殺そうとしたお前は人間じゃねぇよな?テメェは殺しても殺し()りねぇ・・・(むし)ろ殺される為だけに生き続けろ」



ハンドガード部分にデカデカと"WARNING!"の文字が刻印(こくいん)されたライフル型の超高電圧プラグを片手に、 増太郎(ますたろう)がポケットに(しの)ばせたフォールディングナイフで彼女の服を切り裂くと、その下からは内出血の(あと)創傷(そうしょう)(あと)、肌を(つた)い落ちた血が(えが)幾多(いくた)もの赤い筋。

目を(そむ)けたくなるほど(むご)たらしい、それこそ人間のモノとは思えない鬼畜(きちく)所業(しょぎょう)がはっきりと(きざ)まれていた。

しかし男は罪悪感や後悔、反省などと言った(ねん)はこれっぽっちも感じてはいない。

(むし)ろ世界を破滅へと(みちび)災厄(さいやく)元凶(げんきょう)()ち取ったような達成感に(ひた)っていた。

白露(はくろ)の体から血が一滴(いってき)、また一滴(いってき)と落ちる(たび)に心の底から例えようのない喜びが()み上げる。

狂気に(ゆが)んだ微笑(ほほえ)みと共に増太郎(ますたろう)がプラグ端子(たんし)をその傷口に押し当てた刹那(せつな)、1300万V(ボルト)の衝撃が脊髄(せきずい)(つた)って脳を()き回し、内臓を焦がし、血管を泡立てながら心臓を()(くだ)かんと白露(はくろ)の体を()(めぐ)る。

その時、さすがに残酷すぎるとして仲間内の1人が増太郎(ますたろう)に待ったの声をかけた。


「く、桑部(くわべ)君・・・これはちょっとヤバいんじゃないの?いくらクチナシが桑部(くわべ)君をハメたからって──」


「あぁ?」


「あっ、いや・・・その・・・ほら、このままクチナシを()っちまうと今度は桑部(くわべ)君が悪いって事になるかも知れないだろ?だからせめて半殺(はんごろ)しくらいで──」


「ぬるいんだよ・・・考えてもみろ。なんで被害者が地獄を見て、(とう)の大罪人がのうのうと生きてる事が普通みてぇな世の中をよぉ・・・おかしいと思わねぇのか?俺は"当然の権利"を主張してるだけだ・・・それと・・・お前少し目障(めざわ)りだ。ここに誰も来ないか外で見張(みは)ってろ」


「っ!!・・・あ、あぁわかった」



白露(はくろ)(かば)うわけではないが増太郎(ますたろう)の度を超えた殺意の衝動、見るに()えない仕打(しう)ちに、せめてもう少し手心(てごころ)をと思い声を掛けたが、その心が完全なる鬼と化している事に気付いた男は()も言えぬ恐怖に()られ、この場を逃げるようにして外の見張(みは)りを()()った。

背後で()り響くプラグの咆哮(ほうこう)()(はら)うべく()け足でたどり着いた先、搬送用エレベーターのステップに腰掛け男は(うつむ)いたまま脳裏(のうり)に焼き付いた増太郎(ますたろう)眼差(まなざ)しに(おび)えていた。

殺意に()まった(くる)おしき眼光(がんこう)はまさしく鬼そのもの。

かつて友人と呼んだ男は牢獄(ろうごく)の中で死に()て、今あそこにいるのは人の皮を(かぶ)った鬼に違いない。

これ以上、増太郎(ますたろう)と一緒に居るのは危険だと判断した男が立ち上がり1人逃げ出そうとした刹那(せつな)、停止しているハズのコンベアが一瞬ガタッと音を立てて小さな金属片のようなモノを吹き飛ばした。

なんだ?と思い、音のした方へ歩み()ってみればそこに落ちていたのは片手で握って末端(まったん)が少し(あま)るくらいの長方形の物体だった。

頭に"?"を浮かべながらも男は、どことなくその物体に見覚えがあった。

どこかで見た・・・どこで見た?

この形この色合い・・・そうだ・・・これは映画やアニメの中で見た銃のマガジンだ!

謎の金属片の正体を理解した時、背後から万力(まんりき)にでも(はさ)まれたかのような強烈なパワーに身柄を拘束され、そのまま地面に()(つくば)らされる。

左腕を背中で()(たた)むように固められ、右腕を右(ひざ)で押さえつけ首筋にナイフを突き付けられた男の背後から声が聞こえてきた。



「お前・・・こんなところで何をしている?ここは(すで)に閉鎖されているハズだぞ」



ナイフを()けるように(あご)を引きながら横目で確認してみれば、そこにいたのは身長2mを超える大男。

白露(はくろ)のエマージェンシーコールを受け、ようやく三佐(さんさ)が工場に到着したのだ。

相手が何者であろうともこの場に白露(はくろ)がいて、なおかつ閉鎖された工場内部に人がいるとなれば普通ではない。

事は一刻(いっこく)(あらそ)う緊急事態(ゆえ)に素早く状況を判断、一切(いっさい)躊躇(ためら)う事なく実力行使で男を尋問(じんもん)する。

しかし男は三佐(さんさ)の問いに対して何も答えなかった。

すると三佐(さんさ)は左手のロックを(はず)し、(から)み付かせるように素早く男の口を(ふさ)ぎながらナイフを逆手(さかて)に持ち直す。

(ふさ)ぐと言っても表面を手のひらでパッと隠すような生易(なまやさ)しいモノではなく三佐(さんさ)のソレは顔面を握り(つぶ)さんばかりの物凄い握力で、それこそこのまま首をへし()る事だって造作(ぞうさ)もないほどの(ちから)で口を(ふさ)()め技だった。

さらにこれがただの(おど)しでない事を知らしめる為、()えて急所を(はず)した鎖骨(さこつ)付近にナイフを突き()し、肉を断ち切るべく深く深く押し込みながら自分の置かれている状況を本能的に理解させる。

その間も三佐(さんさ)は男の口を(ふさ)ぎ続け、ナノマシンが痛みを緩和(かんわ)した頃を見計(みはか)らいナイフを引き抜くと同時に手を退()けて言葉を続ける。



「私の言葉が理解出来なかったか?もう一度聞こう。お前はここで何をしている?」


「お、俺は・・・っ!ち、違うんだ!!」


「3度目はないぞ。お前は何をしている」



血に()まった超音波ナイフがキュィイィィッ!とブレードを震わせながら男の耳元で不気味な歌を(かな)で始める。

度重(たびかさ)なる恐怖で何を答えたらいいのかが、わからなくなった男は"クチナシ"と言葉を(しぼ)り出した。

それが求めていた答えの1つ、白露(はくろ)の事だと三佐(さんさ)が結論付けたのは想像に(かた)くない。

その後、男を乱暴に()()て背後から腕を取り喉元にピタリとナイフを当てながらMARS−11(マーズイレブン)(かま)え、男を盾に工場の奥へと向かう。


「お前の仲間は何人だ」


「ご、5人・・・」


「お前を含めてか?」


「そうだ・・・あ、あんたは・・・一体・・・?」


「私の質問にだけ答えろ」



まだ見ぬ犯人グループに警戒しながら仕分けエリアを抜け、作業員達の休憩スペースを抜け、製造ラインを抜け、奥へ奥へと進むにつれて次第に有害物質を焼いたような異臭が鼻に(まと)わりついてくる事に三佐(さんさ)は気付いた。

男を()め上げる腕にも自然と力が(はい)り、ここに来てようやく人の気配を感じる距離までたどり着いた事を確証する。

目線と銃口の動きをリンクさせ破棄された資材の影から影へと身を隠しながら到達(とうたつ)した壁際で三佐(さんさ)は180度ターンを決めて背面(はいめん)を壁にピタリと押し当てる。

背面(はいめん)に壁、正面に人の盾を(かま)えて死角をカバーしなが大口(おおぐち)を開けたまま(ほこり)まみれとなっているシャッターの(となり)に陣取り、呼吸を整え一気に()()んだ。



「全員動くなっ!!」


突入と同時に犯人グループの男3人と女1人、その立ち位置と距離感を(とら)MARS−11(マーズイレブン)を突き付ける。

仲間を盾に銃を(かま)える大男の乱入により増太郎(ますたろう)達は三佐(さんさ)に向き直ったまま硬直、何が起きたと混乱する。

体勢をズラさず目だけで他に犯人グループの仲間がいないか部屋の隅々(すみずみ)を確認した時、増太郎(ますたろう)の背後で全身血塗(ちまみ)れとなった白露(はくろ)が吊るされているのを発見。

さらに男の1人が手に持った血の(したた)る黒い袋と叩き割られたビン底メガネを見て、それを白露(はくろ)(かぶ)せて甚振(いたぶ)っていた事を(さと)る。

そして三佐(さんさ)は怒りに震えた。

すぐにでもコイツらを殺して白露(はくろ)を救出しなければと思う反面、今回の救出作戦も福祉技研(ふくしぎけん)から(くだ)された(れっき)とした任務である事も忘れはしない。

ただ単に犯人グループを制圧する程度なら正直、()る気のある素人にもできる。

だがプロの任務(しごと)はそんな簡単なモノではなく重要なのは始末に(いた)るまでのプロセス。

そして今回(おさ)えなければならないポイントは3つ。

1つ、犯人の素性(すじょう)を知る事。

2つ、その目的を知る事。

3つ、それらが判明したあとに関与した者全員を始末する事。

初めから難しい()()きをする必要ない。

まずは単刀直入(たんとうちょくにゅう)に犯人の目的を聞いた。



「お前達の目的を答えろ!なぜその(ひと)を狙った!!」


返答はない。

だがこの程度は想定の範囲内と言えば範囲内。

きっと質問内容が難しすぎたのだろう。

ならば内容をYES(イエス)NO(ノー)で答えられるモノとする。

これに(たい)して相手が無回答を選んだ場合、三佐(さんさ)が兵役時代から使い続けている"とっておきの3秒間"を(もち)いて強制的に話を進める事となる。



「お前達は解放者(リベレータ)か!?」


解放者(リベレータ)?・・・そうか・・・なるほどな・・・あぁわかるぜ。テメェ"警察軍"だな?俺をマーキングしてたんだろ?残念だが俺は解放者(リベレータ)じゃねぇ・・・そんなモン知った事じゃねぇ。それに・・・警察軍なんてモンは所詮(しょせん)法律(ルール)の中でしか動けない飼い犬。目の前にどんな野郎がいたとしても銃をぶっ放すには条件があったよな?権力(ちから)()りかざすだけの(おど)しは効かねぇぜ」


「・・・本当に解放者(リベレータ)とは無関係なのだな?」


「あぁそうだ。で、ワンちゃんよぉ・・・その銃は(かざ)りじゃねぇんだろ?()ってみろよ?」


「よかろう」


解放者(リベレータ)でなければ(およ)そは(とお)()

それに警察軍がマークしてたと自分で言うあたり"なんとなく"を動機にする愉快犯(ゆかいはん)かその程度。

この時点で犯人グループの正体と目的は知れたようなモノ。

(ゆえ)三佐(さんさ)()えて安い挑発に乗った。

MARS−11(マーズイレブン)の大口径バレルと増太郎(ますたろう)眉間(みけん)が一直線に並んだ時、ナイフを突き付けられ盾に(てっ)していた男が声を(だい)にして増太郎(ますたろう)に真実を()げる。

たとえ鬼と化しても目の前にいるのは(まご)う事なき自分の友人。

このままでは増太郎(ますたろう)は間違いなく殺される・・・そしてこれが男にとって人生最期の言葉となった。


「ち、違うダメだ桑部(くわべ)君!コイツは警察軍じゃない!ころっ、本物の殺し屋だ!!」


「・・・3度目はないと警告したハズだぞ」



言葉途中にも(かかわ)らず三佐(さんさ)は男の喉元深くにナイフを突き()し、延髄(えんずい)にまで(たっ)した()(さき)を支点に()れた手付きで男の喉を()()った。

ブチュッ!と鮮血(せんけつ)を撒き散らしながら崩れ落ちる男の体から頭部を切り離し、三佐(さんさ)はソレをサイドスローで増太郎(ますたろう)めがけ投げつける。

鈍い音を立てて地面に叩きつけられた男の頭部は顔面の凹凸(おうとつ)に合わせて不規則に転がり、気付けば苦痛に(ゆが)んだ死に顔を仲間達に(さら)してこれがどういう事なのかを(うった)えかけていた。

そしてこの場にいる"3人"が状況を理解した時、仲間の1人が先の男と同じ体勢で三佐(さんさ)(つか)まり、喉元にナイフを突き付けられていた。



「私とお前達とでは立場が違う!私はこの国に()いて殺人を許可された"殺しのライセンス"を持っている! (まが)いの小僧(こぞう)楯突(たてつ)ける相手と思うな!!」


「ま、増太郎(ますたろう)・・・たす、助けてくれっ!!」



だが仲間に助けを求められた増太郎(ますたろう)の顔は(じつ)にシラけていた。

薄情(はくじょう)とかではなく頭の中に(うず)巻いた違和感、モヤモヤの正体を(さぐ)っているのだ。

前にもどこかで・・・俺、クチナシ、この大男・・・その時、増太郎(ますたろう)はニヤッと口角(こうかく)を上げて"そう言う事か"と1人(うなず)いた。



「思い出したぜ・・・テメェ・・・"あの時の"・・・そうかそうか・・・なるほどなぁ。クチナシを(そそのか)して俺をハメたのはテメェだったのか・・・そうだよな。このグズでイラつく失敗作に自分で何する度胸があるハズもねぇ。ようやく見つけたぜ・・・災厄(さいやく)元凶(げんきょう)


「あの時・・・そうか・・・私も思い出したぞ。しばらく見ぬ()にその醜悪(しゅうあく)(つら)、さらに(みが)きがかかったようだな桑部(くわべ)増太郎(ますたろう)。よもや殺人犯になる寸前で"救ってやった"(おん)(あだ)で返すとは。それとも(すで)に手遅れだったか?」



三佐(さんさ)増太郎(ますたろう)は互いに5年前の事を思い出し相手が何者なのかを理解した。

刹那(せつな)三佐(さんさ)増太郎(ますたろう)(となり)にいた男女をヘッドショットで射殺すると同時に()らえていた男の喉を()()り、 崩れ落ちたところへさらに後頭部めがけ1発の弾丸を撃ち込んだ。

その後、増太郎(ますたろう)に銃口をロック牽制(けんせい)したまま(とら)われた白露(はくろ)のもとまでたどり着くと彼女を縛り付けていたチェーンを超音波ナイフで切断、ピクリとも動かないその体を優しく()きかかえるようにして救出。

白露(はくろ)(ほこり)にまみれないよう三佐(さんさ)は着ていた上着を脱ぎ、その上に彼女を寝かせ脈を確認しながら心の中で"1つ自分のわがままを許してくれ"と語り掛ける。


(白露(はくろ)・・・今しばらく・・・どうか今しばらく待ってほしい。私はどうあってもヤツを許すわけにはいかぬのだ。お前を2度も苦しめたあの男だけは・・・徹底的に(なぶ)り殺さねば気がすまぬ!!)



ナイフとMARS−11(マーズイレブン)白露(はくろ)(あず)けると三佐(さんさ)はゆっくり立ち上がり、パキパキッと指を()らしながら伝説の巨人兵ゴライアスを彷彿(ほうふつ)とさせる気迫(きはく)増太郎(ますたろう)に歩み()り、(たい)する増太郎(ますたろう)も超高電圧プラグを片手に三佐(さんさ)に歩み()る。

その様子は、さながら旧約聖書のサムエル記にあるゴライアスとダビデの一騎打ちのようでもあった。

しかし決定的な違いが1つ。

それはサムエル記でゴライアスはダビデとの一騎打ちで(やぶ)れたとあるが、この死合(しあい)()いて巨人に敗北はない事だ。



小僧(こぞう)・・・楽に死ねるなどとは思うなよ」


三佐(さんさ)()りを、増太郎(ますたろう)はプラグを同時に()りかざす。

だが正直な事を言えばこの時点で(すで)に勝敗は決まっていた。

三佐(さんさ)の強烈なミドルキックをプラグで受け止めようとした増太郎(ますたろう)は、ミサイルでも突っ込んできたのかと思うほどの圧倒的衝撃を受け止めきれず手元からプラグを(はじ)()ばされてしまう。

次の瞬間には顔面を鷲掴(わしづか)みにされ、数分前まで自らが白露(はくろ)に散々放っていたボディブロー、その数十倍の威力のギガントブローを叩き込まれた。

それで(うずくま)れば今度は後頭部めがけ2mを超える巨体から放たれる渾身の鉄槌(てっつい)打ちで叩き()せられる。

その(たび)三佐(さんさ)増太郎(ますたろう)を無理やり立たせて執拗(しつよう)に殴り続けた。

胸ぐらを掴んでは乱暴に引き寄せながらヘッドバットを叩き込み、両手で側頭部を押さえては強烈な(ひざ)を打ち込み、怒りに震える巨人の圧倒的暴力の前に増太郎(ますたろう)は5分もしないうちに動かなくなっていた。

眼球は(つぶ)れ、内臓も破裂し、(あご)粉々(こなごな)(くだ)け、何度も何度も激しく()さぶられた脳は(いた)箇所(かしょ)で出血を起こし、脊椎(せきつい)は周囲の神経を巻き込みながらあらぬ方向へと曲がり、物理ダメージに耐えきれなかった肉体は裂傷(れっしょう)を起こし中からは赤黒いブニュブニュとしたゲル状の物体が(こぼ)れ出していた。

最後に増太郎(ますたろう)の死亡を確認して三佐(さんさ)は犯人グループの始末を終えた(むね)をナノマシンリンクで源以(げんい)に報告すると同時に、救出には成功したが重症を()った白露(はくろ)がナノマシン制御で仮死状態になっている事を(つた)えると源以(げんい)は"そろそろ制圧が完了する頃だと思い、そちらに銑十郎(せんじゅうろう)を向かわせた"と答える。

迅速かつ的確に物事を判断する源以(げんい)采配(さいはい)に感服した三佐(さんさ)が礼を()べ、白露(はくろ)(あず)けていたナイフと銃を手に取った時──


「動くなっ!!」


「!!!」



突如(とつじょ)背後から怒号(どごう)にも()た叫び声が飛び、三佐(さんさ)咄嗟(とっさ)MARS−11(マーズイレブン)(かま)えて()り返る。

背後に(せま)った何者かの姿を視界に(とら)えた三佐(さんさ)苦虫(にがむし)()(つぶ)したような顔で"面倒な事になったな"と、誰に聞かせるわけでもなく小さく(つぶや)いた。

そこにいたのはおそらく犯人グループの誰かが呼んだであろう3人の武装警察だった。

国家公認の非合法組織の存在を知らない警察ほど厄介(やっかい)な相手はいない。

なぜなら向こうからしてみれば自分達は国家権力が味方する"(えら)い人間"であり、誰であろうとも自分達には(さか)らえない事を知っているからだ。

おまけに今という状況は最悪すぎる。

周りを見渡せば5人の死体が無造作(むぞうさ)に転がり、なおかつ"お(かみ)"に銃を向けた反逆者が1人。

背後に(かば)白露(はくろ)でさえも警察に一言"アイツが殺してる最中(さいちゅう)だった"と言われれば、それが事実として処理されてしまう。

増太郎(ますたろう)相手に時間をかけすぎたかと反省する一方、この状況をどう打破すればいいかを考える。

"武器を捨てろ!"と警告してくる警察に(さか)らい続ければヤツらは警告した事を免罪符(めんざいふ)容赦(ようしゃ)なく撃ってくる。

その流れ弾が白露(はくろ)に命中してしまったら・・・三佐(さんさ)は苦肉の(さく)として極力時間を(かせ)ぎながら警察の命令に(したが)う事にした。


「そうだ・・・ゆっくりと銃を地面に置け」


「・・・」


「・・・銃を地面に置け!!ゆっくりとだ!!」


「・・・」



バレバレの時間(かせ)ぎに早くも警察の1人が苛立(いらだ)(あら)わに三佐(さんさ)罵倒(ばとう)する中、ここで状況を一転(いってん)させる"ある人物"が現れる。

怒号(どごう)1発"邪魔だ退()け!!"と警察を(はら)退()三佐(さんさ)の目の前に現れたスーツの男は警察の手を取り"銃を()ろせバカ野郎!!"と(いか)つい顔で大声を響かせながら乱暴に突き飛ばす。

だが警察達もこれに(おく)する事なく三佐(さんさ)に向けていた銃口を男に向け直し"公務執行妨害(こうむしっこうぼうがい)で現行犯逮捕する!" と怒鳴(どな)り散らして手錠(伸縮(しんしゅく)性と剛性に(すぐ)れた42世紀の新素材"ナノマシン対応型可変(かへん)金属"で出来たフリーサイズのバンドのようなモノ)を掛けた時、男は不意に言い放った。


一介(いっかい)の警察風情(ふぜい)がこの俺に向かって公務執行妨害(こうむしっこうぼうがい)とは言ってくれるじゃねぇか?いつからお前らは俺の仕事の邪魔をできる立場になったんだ?」


「我々が警察である事が権限(けんげん)そのものだ。12時18分、公務執行妨害(こうむしっこうぼうがい)の現行犯で逮捕する!」


「なるほどな・・・警察である事が権限(けんげん)そのものか。もちろんそれは"国家特務警察軍隊長"の肩書きよりも(えら)いんだろうな?」


その一言で警察達の表情が一気に(あお)ざめた。

直後、国家特務警察軍隊長の重徳(しげとみ)は自身のナノマシン情報を手錠に認識させ(なん)なくコレを解除。

この瞬間、目の前にいる男の正体が"鬼の警察軍隊長近衛(このえ)重徳(しげとみ)"本人である事が確定した。

手錠を任意(にんい)で解除出来るナノマシンは警察組織の人間だけに導入されており、その中でも警察署ごとに対応するナノマシンと手錠は決まっている。

だが例外としてそれら全てのマスターキーとなるナノマシンを持つ人間が存在する。

それこそが唯一(ゆいいつ)警察軍の人間であり、鬼を前に(ちぢ)こまった仔犬(こいぬ)達は最早(もはや)キャンキャンとすら()けなくなっていた。


「状況を理解しようとせず(あまつさ)え犯人に助けを求められて俺達警察軍の邪魔をしたバカ3人(しゅう)が!お前ら全員公務執行妨害(こうむしっこうぼうがい)牢獄(ろうごく)に叩き込まれてぇのか!!」


鬼の怒号(どごう)にビンッ!と姿勢を正し硬直する(さま)は、まるで脳天から釘を刺されて地面に打ち付けられた3本の棒のようにも見える。

やかましいギャラリーを黙らせた重徳(しげとみ)は続き、三佐(さんさ)に向かって怒号(どごう)を飛ばす。


「犯人グループの制圧並びに人質(ひとじち)の救出は完了したのか簡潔(かんけつ)に報告しろ!!」



先ほど重徳(しげとみ)は自らの口で"俺達警察軍"と語り、今もまた"人質(ひとじち)の救出は完了したのか"と聞いてきた。

そこで思い出すのは銑十郎(せんじゅうろう)の言った"後始末は俺達に(まか)せろ"という言葉。

つまり今、自分は警察軍の一員として極秘任務の調査を(おこ)なっている途中で、その進捗(しんちょく)状況を隊長自らが確認しに来たというシナリオになっているのだと気付いた時、三佐(さんさ)は素早く立ち上がり重徳(しげとみ)(たい)して敬礼(けいれい)しながら事実を()べた。



「ハッ!犯人グループを完全制圧、並びに人質(ひとじち)1名の救出を完了!現在人質(ひとじち)危篤(きとく)状態、大至急手当と治療が必要であると報告します!!」


「了解!大至急人質(ひとじち)を連れ、救護班と合流しろ!」


「了解!!」



すぐさまMARS−11(マーズイレブン)を拾い、お姫様()っこの体勢で白露(はくろ)を優しく(かつ)ぎ上げると三佐(さんさ)は早足で工場の出口へと向かい歩き出す。

その後ろを重徳(しげとみ)がカバーするように追行(ついこう)、道中で彼は3人の警察に(きび)しい言葉を投げ掛ける。



「始末書には"木嶋(きじま)赤松(あかまつ)細川(ほそかわ)の警察を代表する我々バカ3人(しゅう)意気揚々(いきようよう)と警察軍の邪魔をしました"とでも書いておけ。今後は人生の中でせめて5秒くらいはマジメになれよ。バカがバレるぞ?」


「・・・じ、直々(じきじき)のご指導ありがとうございます」



工場の外にたどり着いた三佐(さんさ)を待っていたのはパトカー2台と警察軍の車両4台が並ぶ重々(おもおも)しい絵面(えづら)

うち1台、赤十字のマーキングが(ほどこ)された車両のリアを開けると中にいたのは警察軍の救護班と銑十郎(せんじゅうろう)だった。


(やなぎ)主任(しゅにん)!」


「後始末は(まか)せろと言っただろ。それより駿河(するが)を早くベッドの上へ。一課(いっか)の病室に着くまでここで最低限の手当てをしておく。源以(げんい)からの報告によれば駿河(するが)は今ナノマシン制御で仮死状態になっているんだろう?」


「はい。状況から見て特に内部へのダメージは深刻なモノだと思われます。それと私は今一度(いまいちど)近衛(このえ)隊長と合流して辻褄(つじつま)合わせをしなければなりません。あとの事をお願いします」


「あぁ(まか)せておけ」



白露(はくろ)をベッドに寝かせた三佐(さんさ)重徳(しげとみ)と合流、上手(うま)い事辻褄(つじつま)を合わせて自らの正体を隠し切った。

今回の一件は警察軍が独自に調査を(おこ)なっていた極秘任務であり、それを知らずに場を(みだ)した木嶋(きじま)赤松(あかまつ)細川(ほそかわ)の3名に(たい)して重徳(しげとみ)はお(とが)めなしを言い渡す。

これが事実上の口封(くちふう)じである事など言わずもがな事件は無事解決として処理された。

別れ際、重徳(しげとみ)から"松永(まつなが)先生によろしくお願いします" と一言(あず)かり三佐(さんさ)も自分の車に乗り込み福祉技研(ふくしぎけん)へと帰還する。

それから6時間後の現在時刻は18時。

一課(いっか)の病室で目を覚ました白露(はくろ)上体(じょうたい)を起こして辺りを見渡した時、(かたわら)で彼女を見守っていたのは銑十郎(せんじゅうろう)ではなく三佐(さんさ)だった。



「・・・む。目覚めたか」


「・・・」


一課(いっか)の病室だ」


「・・・!!」


桑部(くわべ)増太郎(ますたろう)は死んだ。私が殺した。それが任務だった。そうしなければお前を助けられなかった」


「・・・」


「ヤツが死んだのはお前のせいではない。言うなれば自業自得(じごうじとく)。仮にあの場でお前が殺すなと言ったとしても私はヤツを殺していた。それが二課(にか)の任務であると同時に私自身がヤツを許せなかった」


「・・・」


「どうして?そうだな・・・どうしてと問われれば、やはり"お前を失いたくなかった"というのが正直なところだ」


「・・・」


「無論それもある。だが任務の為だとかが全てではない。人には誰しも・・・たとえ深い意味はなくとも生きてほしい、側にいてほしいと願う者がいる。何も求めず何も()せず、それでもただ生きてほしいと願う者が・・・む、どうした白露(はくろ)?なぜ泣く?」



小刻みに震えながら(うつむ)き、両手で顔を(おお)い隠し白露(はくろ)は泣いていた。

(あふ)れ出た涙で病衣(びょうい)()らす姿を見て三佐(さんさ)は一瞬戸惑(とまど)ったが、すぐに"大丈夫か?"と声を掛けて椅子(いす)を引きずり半歩(はんぽ)彼女に歩み()る。

しかしナノマシンリンクを通じて聞こえてくるのは震えるようにすすり泣く白露(はくろ)の弱々しい声と息遣(いきづか)いのみ。

もしかしたら彼女の涙には、誰にも聞かれたくない理由があるのかも知れない。

そう考えた時、全ての病室は一課(いっか)のセキュリティにより24時間監視され、そこで(おこな)われる全ての会話が筒抜(つつぬ)けとなっている事を知るからこそ白露(はくろ)(だま)()んだ・・・正確には三佐(さんさ)の受け答えにより、聞かれたくない事が外部に()れるのを恐れたとも考えられる。

そしてこのセキュリティ(音声のみ)を打破出来るのは唯一(ゆいいつ)ナノマシンリンクによる会話のみ。

(ゆえ)三佐(さんさ)もナノマシンリンクで受け答え、これで一課(いっか)主任(しゅにん)銑十郎(せんじゅうろう)であろうとも当人達の会話を知る事は出来ない。


(聞こえるか白露(はくろ))


(私・・・今まで一度も・・・誰かに"生きてほしい"なんて言われた事がなくて・・・いつもクチナシ、クチナシって言われ続けて・・・)


(増太郎(ますたろう)か・・・忘れろとは言わぬ。だが思い出したとしても口にする必要はない)


(いつもいつも・・・(さげす)まれてきた・・・毎日が苦しかった・・・でも・・・どんなに(つら)くても・・・死ぬ勇気もなくて・・・それで周りから・・・まだいたのかとか言われて・・・)


(小賢(こざか)しく逃げ回り、(めん)と向かい()う事も出来ぬ()(もの)にはわかるまい。お前が選んだ生き続ける勇気は死ぬ勇気の何百倍、何億倍もの覚悟がいるという事を)


(・・・そんな時に出会った所長と三佐(さんさ)さんが"お前が必要だ"って言ってくれた・・・本当に・・・嬉しかった・・・初めて・・・初めて誰かに必要だって言われて・・・本当に・・・)


(白露(はくろ)・・・)



三佐(さんさ)は思った。

今この瞬間だけでも彼女の手を取り()()わなければこの(あわ)い光が消えてしまうのでは、と。

白露(はくろ)の未来が闇に閉ざされてしまうような焦りと恐怖を感じた三佐(さんさ)は震える身体を優しく()きしめ、(あふ)れ出る涙を受け止めた。



(孤独は悲しいモノだ。しかし求められる事に依存してはならぬ。誰かの為の人生を歩む前に自らの為の人生を見つけるのだ。自らの為に何かを求める行為を(いや)しい事だと(さげす)むな。お前にもあるハズだ。そして誰がお前をわがままだと言っても(かま)う事はない。もしそんなヤツがいたらバカめと言ってやれ)


(自分の為の・・・わがまま・・・)


(うむ。何をわがままとするか、それを知らないと言うのであれば私も(しか)景勝(かげかつ)(かえで)ら、お前を求める者達が教えくれるだろう。堂々と(おく)する事なく自分の為に求めていいのだ)


三佐(さんさ)の言葉に白露(はくろ)のすすり泣く声がピタリと止まった。

病衣(びょうい)(すそ)で涙を()いて顔を上げれば、三佐(さんさ)の瞳に(うつ)っていたのは他の誰でもない彼女自身の姿。

一点の(くも)りもない瞳に見つめられ、ふわっとした心地よさに魂を吸い込まれそうになった時、白露(はくろ)は自分の求めるモノがなんだったのかを本当の意味で理解する。

他人の視線に(おび)え、優しく()()べられた手にも(おび)えてしまうのは心のどこかで他人を疑い信じられずにいたから。

信じて裏切られて傷付くのが怖かった。

そうやって周りを()け続けてきたのは他ならぬ彼女自身であり、その弱さ(ゆえ)自分からは何も求めず他人が自分を必要としてくれるその時を待ち続けていた。

だがそうやって逃げ続けた人生も今、終わりを(むか)える。

過去の呪縛(じゅばく)(とら)われ、光の当たらぬ(おり)の中で(ひと)り泣いていた彼女のもとに()し込んだ一筋の光。

()らす光と共に心の奥底に(ふう)じ込めてきた彼女の本当の気持ちが幾千(いくせん)もの風になって嵐のように押し()せる。



(わかってたのに!わかってたのに認めるのが怖かった!もう私は(ひと)りじゃないって事・・・わかってた!でも・・・それでも周りを信じる勇気がなくて・・・また・・・ナノマシンの事で気味悪がられたら・・・今度こそ本当に(ひと)りになっちゃうって・・・それが怖かった!!だからずっと逃げてきた!みんなの優しさから逃げ続けて!裏切り続けてきた!!)



再び白露(はくろ)は泣いた。

怒鳴(どな)り声にも()た魂の叫びは自分自身への怒り。

恐怖と悲しみに支配された弱き心を焼き殺し、浄化する為の憤怒(ふんど)の炎。

泣いて泣いて泣き続けて、ようやく白露(はくろ)が平常心を取りもどした時、三佐(さんさ)の分厚い胸板(むないた)は彼女の涙で(ことごと)()れていた。

どうやら無意識のうちに三佐(さんさ)の腕の中、(たくま)しすぎる鋼鉄の肉体に我が身を(ゆだ)(あら)いざらい吐き出していたらしい。

迷惑をかけたと白露(はくろ)(あやま)ろうとした刹那(せつな)、心地よい力加減(かげん)三佐(さんさ)は再び彼女を()きしめる。



(怖いモノは誰だって怖い・・・形あるモノ、ないモノに関わらずな。しかし私は嬉しいぞ。お前はこんな見て()れの男に、誰がどう見たって危険だと判断しかねん図体(ずうたい)の男に身を(ゆだ)ね、無防備にも心のうちを(さら)け出してくれた。私はその無防備な姿こそ(まご)う事なき信頼がなければできない事だと考える。お前が私を信じてくれたように、私もお前を決して裏切らぬ。たとえ何者かの悪意が邪魔をしようとも(ひと)りにはさせん!)


(三佐(さんさ)さん・・・)



その言葉に白露(はくろ)は目を閉じ、心のままに2人が強く()きしめ()ってどれくらい時間が()っただろう。

言葉もなく感じるのは互いの鼓動(こどう)(ぬく)もりだけ。

1秒でも長くこの瞬間(とき)(ねが)った白露(はくろ)は、とろけるような(しあわ)せの中、自らの求めるモノを三佐(さんさ)()げる。

()らば諸共恋の花、たとえ刹那(せつな)の夢であろうともパッと()ければそれでいい。

非情の現実を突き付けられようとも最早(もはや)彼女に後悔の2文字はない。

そして三佐(さんさ)の答えを聞いた時、白露(はくろ)一滴(いってき)の涙も落とさずに柔らかな微笑(ほほえ)みを浮かべて()せた。

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