Extra Episode 陰で輝け、開豁なり景勝
西暦4192年2月10日。
人間復活の朗報に沸く福祉技研は組織を立ち上げて以来の大騒ぎにてんやわんや。
無秩序と化した秘密機関の職員達がどさくさに紛れてハメを外す中、神出鬼没のすけこまし山本景勝は別の意味で暴れていた。
2階に上がって食堂を正面に捉えたらその手前、均等に置かれた数台のテーブルとソファーが程よい手抜き感と共に職員達を日々の激務から解放してくれる憩いの場。
項垂れるようにしてテーブルにのしかかる1人の女性職員を見つけるや否や景勝は早速声を掛ける。
「可蓮ちゃん発見!」
「うわっ!また出た!!」
一切の気配を覚られる事なく彼女の間合いへと踏み込んだ景勝は、たらしな文句と共に小さな紙袋を差し出した。
いきなり過ぎて警戒する間もなく彼女が中身を確認すると入っていたのは優雅な甘い香りと説明不要の高級感を漂わせるチョコレートケーキだった。
乙女心をくすぐる魅惑の逸品を前にして、わざとらしく"なにこれ?"と景勝に問い掛ければ曰く"前に大きなイベントがあったら一度食べてみたいって言ったろ?" との事。
数ヶ月前、景勝に対して、ふと漏らした一言をまさか覚えていたなんて・・・限りなく気持ち悪いサプライズだが、そこに僅かな嬉しさを見出してしまった彼女は"まぁ景勝だから"という理由で彼の行いを渋々正当化。
素直に喜べない心を隠して礼を述べると、まるで芸術作品のような輝きを放つチョコレートケーキを未来的小型カメラで撮影。
ついでに景勝もおやつタイムに誘ってやろうかなと彼女が顔を上げた時、既に彼の姿はどこにもなかった。
本当にこの為だけに現れたのか?まさに神出鬼没のすけこまし。
いないならいないでも別にいいやと開き直った彼女が備え付けのフォークを手に取り、きめ細やかなダークブラウンのスポンジを優しく優雅に切り分けた時、その香りに釣られた甘味の虫もとい同僚達が恨めしそうに彼女の周りに集まりだした。
「どうしたのそのケーキ?」
「景からの差し入れ。よくもまぁ本人さえ忘れてるような事を数ヶ月も覚えてられるわ」
「なにアンタ?また男誑かしてんの?」
「相手が景ってだけで、そんなモン違うってわかるでしょ!?」
「どうだかねぇ〜?で、その景勝は?」
「知らない。いつの間にかいなくなってた。本当に毎回不思議に思うわ。声を掛けられるまで近くに景がいる事にすら気付けないし、逆にいつ消えたかもわからないし」
「あぁそれ?本当かどうかわからないけど噂じゃ景勝って日本軍にいた頃は、絶対に相手に気配を覚られない事と名前の景勝を捩って"影"のコードネームで呼ばれてたらしいよ」
「影?誰がそんな事、言ってたのよ?」
「三課の古寺さん。可蓮もたまに食堂で会うでしょ。でね、所長から調べ物を頼まれて日本軍のデータベースを漁ってる時にそんな情報を見つけたらしいの。しかも記録は80年代のモノだったらしいし、それって山本兄弟が現役の頃でしょ?」
「まさか〜。それじゃ景って実は三佐主任以上にヤバいって事?」
「まぁ仮にも元軍人だし?三佐主任と比べちゃえば、わからないけどそこらの軟派者よりかは確実に上よ」
「へぇ〜。ま、どうでもいいけど」
景勝の差し入れた1つのケーキが麗しき一時に華を添える。
その輪に自分は不要と見たのか見てないのか、男子禁制だからこそ盛り上がる乙女の本音トークをBGMに、その場を立ち去る爽やかな後ろ姿があった事を彼女達は知らない。
あゝ開豁なり景勝。
人間が復活してから約1ヶ月後の3月2日。
源以の許可が下り、遂に福祉技研の職員全員にフォシルの存在がお披露目された今日。
ひょんな事からフォシルのお目付役を任された楓は自分の事でもないのになぜか此れ見よがしに胸を張り続け、それに比例したやりきった感と共に休憩スペースの一画で、ぐで〜っとソファーの背にもたれ燃え尽きていた。
そこに現れる神出鬼没のすけこまし。
「仕事って言葉を聞くと、いつも白けるお前にしちゃ珍しく今日は1日中頑張ってたな?」
「か・・・景勝!いつもいつもお前はどこから湧いて出てくんだ!!」
「ほぉ、この景勝に興味津々か?」
「あぁ?」
いつもの挑発?を受け、本来なら"そんなんあるわけねぇだろ!"と罵声を浴びせながら蹴りをかましてやりたいところだがソファから立ち上がって踏み込み、左足を軸にして放つ必殺のスラッシュローを打ち込むにはいかんせん既に気力は底を尽きていた。
行く手を遮る障害物も何もないのに身体が動かない。
目の前にヤツがいるのに攻撃できない。
得も言われぬ悔しさに身を焦がした楓は意地でも一矢報いてやろうと上体を前のめりに傾け、無気力に倒れる勢いに+α最後の気力を上乗せして渾身のフライングヘッドバットを放つべく超低空飛行で景勝めがけて飛びたった。
最高の発射角、最高の姿勢、最高のタイミングで宙を舞うもその飛距離僅かに数十cm。
あと1歩届かないどころか地面に激突する寸前で景勝に抱きかかえられ保護されてしまう。
その姿、手負いの虎に非ずしてまさに往なされた猫が如く。
悪足掻きがてら"離せー!"と暴れてみるも100対0で自らの完全敗北を認めざるを得ない状況に楓は涙を堪えて悔しがる。
その後ふかふかのソファーに放り投げられた彼女は"おのれぇ・・・!"と呻きながら陸に打ち上げられた小魚よろしくピクピクと震えている。
最後の最後まで噛み付こうとする威勢を崩さない彼女の根性は見事とも言えるし往生際が悪いとも言える。
そんな彼女がようやく牙を納めるに至ったのは、ひれ伏した後頭部に何か硬いモノが置かれた時だった。
なんだ?と思いそれを手にして見てみれば──
「・・・栄養ドリンク?」
その時楓は何故に自分が1人の時を狙って景勝が声を掛けてきたのかを理解する。
これはなんとなくだが普段から楓が景勝の事を蹴り飛ばしてるのは皆が知っている。
そしてそんな相手から労いの逸品をもらったところで意地っ張りな彼女の事、誰かが近くにいたら素直に受け取れないんじゃないかと考えた景勝は敢えてこのタイミングを見計らったのだろうと。
その真相を聞きたくても既に景勝の姿は見当たらない。
少しだけ罪悪感を覚えた楓が栄養ドリンクのフタを開けようとした刹那──
「えっ・・・これ・・・栄養ドリンクは栄養ドリンクだけど・・・って!これカップルとかが"夜に使う方の栄養ドリンク"じゃねぇかよぉ!?あんにゃろうわざとか!?それとも素で間違えたのか!?出て来い景勝!この"栄養ドリンク"はどっちの意味だコラァ!!」
先ほどまでの萎れっぷりが嘘のよう暴れまわる楓。
人間、なにか1つの事に集中すると良くも悪くもそれ以外の事を忘れてしまうモノ。
彼女は今、景勝に対する文句に気を取られ自分が元気いっぱい騒いでいる事に気付いてはいない。
その後、楓が夜の栄養ドリンクを飲んだか飲んでないかは別として、次の日もそのまた次の日も彼女が溌剌としていたのは今日の事があってなのかも知れない。
あゝ開豁なり景勝。
それから1週間ちょっとが過ぎた3月11日。
いつの間にかアーティなる武器を手に入れたフォシルが源以の言い付け通り、学習型AIに様々な事を経験させるべく福祉技研内をうろうろしていた日。
クセの強い景勝よりもおとなしくして物静かで少しミステリアスで知的な雰囲気を醸し出し、神出鬼没でもなければ、わけのわからない持論を掲げる事もない人物。
アーティに0から何かを教えるにあたって、これ以上ないほどの適任者に選ばれた白露との会話中フォシルが突如発狂したのが2時間前。
あまりに突然の出来事に、なにが起きたのかを理解できる者はおらず騒然となる福祉技研。
最後にフォシルと関わっていたのは白露だが誰も彼女の事を責めようとはしないし責める資格もない。
しかし白露は責任を感じている・・・誰が気にするなと言っても彼女は一向に首を縦には振らなかった。
そこに現れるはもちろん神出鬼没のすけこまし。
「白露さん・・・」
「・・・」
「まぁあれだけの事があって我関せずなヤツよりはマシかも知れませんがフォシ坊は時々、昔の事を思い出す事があるらしいんです。楽しかった事とか嫌な事とか」
「・・・」
「だからタイミングってヤツですよ。仮にあの場面に白露さんじゃなくて俺がいたら、今ごろ俺は大バッシングを受けてたハズ。でも白露さんを責める声なんてどこからも聞こえてこない。それはここにいる全員が間違っても白露さんはそんな事をする人間じゃないって事を知ってるからです」
「・・・!!」
「"でも"は無しです。たとえば目の前で見知らぬ誰かが、すっ転んだとするじゃないですか?それを見て"私がもっと、しっかりしていれば"とか言ってるヤツがいるとします。どうです?お前は何に責任感じてんだって思いませんか?」
「・・・」
「確かにフォシ坊は見知らぬ誰かでもなければ俺達が最優先しなきゃイケない人間ですが考え方は同じですよ。誰も悪くないんです。誰も悪くないって事は物事を悪く考える必要もないって事です」
「・・・」
「もちろん白露さんを悪く言うヤツがいるってんなら、たとえアニキだろうが所長だろうがこの景勝が天に代わり裁きの鉄槌を振り下ろしてやりますよ!」
「・・・」
恐ろしいほどポジティブな景勝の言葉に白露は少しだけ元気付けられた。
何かあるとすぐに考え込み、必要ない事にまで責任を感じてしまう自分の性格をわかっているからこそ景勝くらい単純明快な人間の言葉が刺さる時もある。
それを見越してか景勝は、そっと彼女に1本のボトルを差し出した。
「よかったらコレを。温かいレモンティーを飲めば気分も落ち着くって、どこかの資料に書いてあるような気がするんで」
"気がする"というわけのわからないオチで話を締めた景勝の一言に思わず白露は笑ってしまった。
彼女が笑えば景勝も爽やかな笑みを浮かべて輝きを放つ。
そしてその輝きが白露の心にかかった黒いモヤを悉く薙ぎ払っていった。
あゝ開豁なり景勝。
さらに1ヶ月後の4月14日。
イレギュラーにより駆り出されたアーティと、怒りでこの場を立ち去った楓に取り残され野郎2人っきりとなってしまったココはフォシルの部屋。
寧ろこのタイミングを待っていたと述べる景勝の妙に膨らみを持たせた言葉にフォシルは顔をしかめサードメイカンドとしてアーティの何が不自然なのかを聞いてみる。
あまり事の重大さを感じていないフォシルに対してこれを本人に伝えるべきか否かを本気で迷ったと景勝は釘を刺し、その一言でフォシルもようやく状況を理解する。
「どういう意味ですか・・・?」
改めて問い返したフォシルの言葉のニュアンスはしっかりとした重みのあるモノへと変わり、今こそソレを語る時が来たと景勝は口を開く。
「この景勝、女の瞳をみれば全てがわかると豪語するのは伊達じゃない。だからこそアーティの瞳にはサードメイカンドとして不自然なモノが映っていた事を見抜いた・・・それを知りたいかって意味だ」
今まで見た事もないほど真剣な表情で語る彼を見て、誰があの神出鬼没のすけこましその人とわかるだろうか。
ここまで来て最新の高性能カメラが映っていましたなんてオチはあり得ない・・・だとしたら景勝が言いたいのは物的違和感の事ではなくアーティという存在を構成する根本に潜む違和感。
約1ヶ月にわたり時間を共有してきたパートナーの秘密を知る事を怖いと思う反面、それを知らない事もまた怖いと感じてしまう。
だがいつの世も知らなくていい事なんて、なに1つとして存在しない。
わざわざ景勝が本気で考え1対1の状況を作ってまで行動しているのにそれを無下にするのは景勝とアーティ、なにより現実から逃げる事に他ならない。
そして思い出すのは"進んでも絶望、退いても絶望、立ち止まれば終焉の分かれ道、君ならどの絶望を手にしたいかね?"と皮肉る源以の言葉。
胸糞悪いこの考えを一部でも否定できればとフォシルは意を決して景勝の気付いた違和感というヤツがなんなのかを聞いてみる。
案の定それはあまりにも不可解、あまりにも不可思議な内容だった為いくら時間をかけて考えたところでフォシルの頭では、その鱗片すらも理解する事はできなかった。
尤も、アーティの謎がどうこうなどと言うわけではなく"景勝の言い分が"という意味ではあるが・・・。
「アーティの瞳には"愛"が映っていたんだ」
「あ・・・い・・・?」
「本来サードメイカンドはプログラム上の擬似的な感情で"愛のマネ"こそしようが本物の感情を抱く事はない。だがこの景勝の眼には確かに見えたんだ・・・アーティの瞳に本物の愛が」
コイツは何を言っているんだ?
フォシルの頭の中を"?"が覆い尽くした事など言うに及ばず、だとしてもなんでそれを伝えるにあたって景勝は本気で悩んだのか?
なんで2人っきりでなければ話せない内容なのか?
そこにはすけこましならではの、しょうもない理由があった。
「アーティの瞳に映った愛は・・・フォシ坊に対してのモノじゃなかったからだ。辛いとは思うがこれは現実だ。そしてその愛は闇よりも深く光よりも眩しいモノだった・・・つまり今後アーティがフォシ坊に対して愛を捧げる可能性は0%以下だ!こんな事を言われて辛いのはわかるが、言わなきゃならなかった俺も辛い!だが決して叶わぬ事と知っても──」
その後も景勝は呆れるくらい情熱的に、時に涙を浮かべて熱く熱く語り続ける。
フォシルが口を挟もうとしても"言わずともわかる!" と、なにがわかるのかよくわからない事を叫びながら誰に遠慮する事なく1人エチュードを繰り広げた。
だがアーティ=十冬羽としてサードメイカンドならざるモノという秘密を暴いただけでなくその愛が照史に対する純情、つまり冬羽と照史の関係を見抜いた恐るべき心眼は本物。
遠回しだがある意味で事実にたどり着いた景勝の目利きは間違ってはいない。
ただ1つだけ着地点を大幅に間違えている事を除いては。
本物の愛を知っている=サードメイカンドじゃない=アーティの正体は人間だ。
そうなれば真実にたどり着けたモノを景勝は愛に着目してしまったが故に話は明後日の方向へと飛んでいってしまう。
これではフォシルに対してなにが響くわけもなく、寧ろリアクション的な意味で彼を困らせるだけとなってしまった。
あゝ景勝よ、神出鬼没のすけこまし。
その御心はまさに開豁なり。