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EscapeGoat  作者: 鈴木崇嗣
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ACT.11 命の証明



西暦4192年4月14日同日(どうじつ)

冷んやりと頬を(つた)うタイルの抱擁(ほうよう)を受け、全身を()(めぐ)る鈍い痛みと共に目覚めた照史(あきと)を待ち受けていたモノは一面(いちめん)の純白が清潔感を(ただよ)わせる中に永劫(えいごう)の虚無感を感じさせる不思議な空間。

その()(なか)には不自然なまでに威風堂々(いふうどうどう)(かま)える椅子(いす)が1つ。

あとはそれに腰掛け、ただならぬオーラを(まと)ったスーツの老紳士がいるだけで他には何も見当たらない。

まるで人間のモノとは思えない凶悪な三白眼(さんぱくがん)に見つめられ状況も把握(はあく)できないまま照史(あきと)はゆっくりと立ち上がった。

顔面から()(さか)さまに叩き落とされ(おびただ)しい量の血が吹き出していた顔には傷1つなく(はず)された肩と手首も(なお)っている。

あの一瞬は全て夢だったのか・・・そうじゃない。

肩の力を抜いて楽にした右手を軽く揺らせば親指にぶつかるナイフのシース・・・つまりあの一瞬は全て現実の出来事であり、この状況こそがその続き。

ほんの少しだけ自分の立場を理解した照史(あきと)が次に考えるのはここがドコで目の前にいる老紳士が何者なのかを知る事。

小さく身構(みがま)え落ち着きなく指先でシースの(くち)(いじ)りながら、ちょっと目線を落とした照史(あきと)の足元で不意に金属同士がぶつかり合う心地(ここち)良くも本能的にビクッとさせる甲高(かんだか)い音が鳴り響く。


「探し物はコレかね?」



相対した老紳士から顔を(そむ)けずに目線だけでそれを見てみれば照史(あきと)解放者(リベレータ)アジトから持ち出したアグレッシブな大型ナイフが転がっていた。

投げ渡されたソレを警戒しながら拾うと、しっかりとグリップを握りいつもより強気な表情でこの部屋唯一(ゆいいつ)のオブジェクトに鎮座(ちんざ)するその人物を(にら)み付ける。



「刃厚8mmのフルタング。ブレードの背には広範囲にわたり(ほどこ)されたセレーション、ダブルヒルトとフィンガーチャンネルでグリップ(りょく)を強化した刃渡り40cmのタントーナイフか・・・これを見ただけでも君の確かなやる気が(つた)わってくるよ雛市(ひない)君?」


「・・・お前は誰だ」


「ふむ。そのナイフを私に突き付ける為に、君はここに来たのでは?それなのに相手の顔すら知らんとは、いかがなものかね?」


「まさか・・・松永(まつなが)源以(げんい)?」



挑発とも取れる発言にその老紳士の正体が冬羽(とうわ)(かたき)松永(まつなが)源以(げんい)である事を理解した照史(あきと)眉間(みけん)にシワを()せ歯を()いしばりながらさらに強くナイフを握りしめた。

"世の中には死なねばならないヤツがいる!"と、少年の中で渦巻(うずま)く憎悪の(ねん)(くる)った獣のように叫び散らし地獄の底から沸々(ふつふつ)()み上げて来る。

殺しても殺し()りないほどの怒りに身を(まか)照史(あきと)は不気味な笑みと共に1歩1歩着実に源以(げんい)のもとへ近付いて行く。

()るぎない覚悟と信念を()(さき)に乗せ、渾身の()()みからナイフを水平に寝かせた刹那(せつな)八角形(オクタゴン)第2ルーム全体にバズッ!と(かわ)いた銃声が木霊(こだま)する。

次の瞬間、右肩から大量の血を吹き出しナイフもとより照史(あきと)の体は大きく()()り背中から地面に落ちていく。

今まで何人もの人間を撃ち抜いてきたスパルタンリボルバーから放たれた1発の凶弾(きょうだん)が圧倒的衝撃と共に()け抜け少年の肩を食い(やぶ)ったのだ。

肩甲骨(けんこうこつ)肩峰(けんぽう)上腕骨頭(じょうわんこつとう)、これら肩の土台(どだい)形成(けいせい)する主要な骨諸共筋繊維を()ち砕かれた右腕は一瞬にして使い物にならなくなり無気力にぶら下がるだけの肉塊と化すが、(むし)ろこの一撃を受けて繋がっている事自体が奇跡的だった。

力任(ちからまか)せに(えぐ)られた患部が大きく口を開けながら真っ赤な鮮血(せんけつ)()れ流す中、それでも照史(あきと)は立ち上がる。



「なるほど。ナノマシン制御で痛みを克服したか。しかし、これならばどうだ?」


何が気に食わなかったのか(おもむろ)にリボルバーをしまうと目の前の空間に映し出されたデジタルディスプレイを操作しながら源以(げんい)は言葉を続ける。


「君のナノマシン情報は(すで)に調べさせてもらったよ。キッカケは知らんが解放者(リベレータ)(そそのか)され彼らの同志となってしまった以上、君と私は敵同士という事になる。(およ)そは(つなし)君をネタに取り込まれたのだろうが(いささ)か情動的だな」


「なんだと・・・?」


「若さ(ゆえ)に物事の本質を見抜けなかったのだろうが最初に言っておこう。君の大切な(つなし)君は死んでなんかいない・・・ちゃんと"生きている"よ」



()れた手つきで何かのプログラムを作動させた刹那(せつな)照史(あきと)の中を太い1本の(すじ)がドクンッ!と脈打つような不快感が()(めぐ)る。

その時だった──


「う、うぁあぁあぁぁぁあぁああぁぁぁ!!」



一瞬にして意識が銀河の果てまでぶっ飛びそうになるほどの強烈無比な激痛に全身を(くま)なく支配され照史(あきと)は力の限りを尽くしてのたうち回る。

脳の血管がブチブチと()()けるような、身体の奥底で核爆発が起こったような、全身がジュワッと音を立てて蒸発していくようなその正体はナノマシンの加護を(はず)された事で生身の肉体に襲い掛かる今まで体験した事のない究極の痛み。

源以(げんい)の言った"君のナノマシン情報は(すで)に調べさせてもらった"という言葉の意味、それは照史(あきと)がドコの誰なのか理解したという意味ではなくナノマシン活動=生命活動とした上でその命を掌握(しょうあく)したという意味だった。

従来のナノマシン・ジャマーのような限定的条件下での掌握(しょうあく)と違いナノマシン・ジャックを応用した無制限の完全掌握(しょうあく)

銃で撃たれる事がこんなに痛いだなんて知らなかったしナノマシンが停止した事で止血もされない。

13年の人生が走馬灯(そうまとう)(ごと)脳裏(のうり)(よぎ)りその終着点に死の一文字を見据(みす)えた時、照史(あきと)は不意に激痛から解放された。



「落ち着きたまえ雛市(ひない)君。そんなに声を荒げていては私も言葉をかけるタイミングがわからんよ」



とりあえず満足したのか照史(あきと)のナノマシン活動を再開させ痛みの緩和(かんわ)と止血を(おこな)い場を持ち直す。


「さて、話の続きをしようか。と言っても百聞は一見にしかず、実際に(つなし)君に会って君自身の頭で理解してもらった方がいい」


「本当なのかっ!?本当に冬羽(とうわ)は──」



自分の言いたい事だけを言い尽くした源以(げんい)に少年の言葉を聞いてやる理由はない。

源以(げんい)の見つめる先、照史(あきと)の背後にある扉が開くと、そこから現れたのは見た事もないほどのスケールを(ほこ)る大男と、ジトッとした目の不思議な少女だけで冬羽(とうわ)の姿は見当たらない。

血に()まった右腕を(かば)いながら注意深く辺りを見回すも、やはり冬羽(とうわ)の姿はない。


冬羽(とうわ)はドコだ・・・!」



"彼女に会いたい!"。

もどかしさはピークを超えて新たな怒りを生み出し照史(あきと)の左手に再びナイフを握らせる。

その()(さき)源以(げんい)に向けたと同時に背後から(せま)り来る何者かの気配を(さっ)した照史(あきと)が振り返った時、少年の体は謎の少女により再び地面に叩きつけられ拘束された。


「こんなに近くにいるというのに君には(つなし)君が見えないのかね?もっとよく見たまえ。君を押さえつける彼女の指先を」



少女と地面に(はさ)まれて自由を奪われた体を力尽(ちからず)くで曲げ、左肩に置かれた少女の指先を見てみれば白い部分を全て切り落とした深爪(ふかづめ)である事に気付かされる。

それが何を意味しているのかを瞬時に理解した照史(あきと)が驚きと絶望を浮かべ、それこそ世界の終わりを見たような表情を(さら)す中、源以(げんい)は残酷すぎるネタばらしを開始する。


「ミーム」



それは人の生きた証、(ある)いはその命が存在していた事を証明する遺伝子(いでんし)以外の遺伝情報。

個々の持つ(くせ)や習慣、能力や過去など人から人へ、人から世界へと(つた)わっていく最小単位の情報。

わかりやすく例えるなら皆が静かに同じ時間を過ごす中、1人の人間だけが常に場を騒ぎ立てていれば、その人間は周りから白い目で見られ変なヤツだと(うわさ)される場面は想像に(かた)くない。

そして常に騒ぎ立てている1人の人間に便乗(びんじょう)して静かな時間を過ごしていた者達の中の誰かが一緒になって騒ぎ始める場面も同じく想像に(かた)くはないハズ。

1人の人間が騒いでいる。

その情報が周りの人間に(つた)わり同じ時間を過ごしていた者達の間に広がっていく。

1人の人間が騒いでいる。

その情報を知った別の人間がその1人と同じように騒ぎ始める。

1人の人間が騒いでいる。

いつしかそれは姿を変え、静かに同じ時間を過ごして者達全員がその1人の人間と同じように騒ぎ始める事で沈黙という時間を破壊する。

親から子へと受け継がれた遺伝子(いでんし)に関係なく1人の人間が騒いでいるところから始まったこの物語は様々な外部的要因を(かい)して周りにいた者達の情報として記憶される。

これこそがミームの概念であり、それを今の状況に当てはめる。

照史(あきと)の知る"とある人物"は伸びてもないのに爪の白い部分を短く切り、常に深爪(ふかづめ)状態にしてしまう(くせ)があった。

"とある人物"にその(くせ)がある事を照史(あきと)はよく知っていた。

その人物は5ヶ月前の冬、突如(とつじょ)として手の届かない遠い場所へと行ってしまった。

その名は"(つなし)冬羽(とうわ)"。

脳髄(のうずい)(きざ)まれた彼女のミームをたどって目線を上げた先、そこにいたのは冬羽(とうわ)とは()ても()つかぬジトッとした目の鋼鉄の天使。

今は"アーティ"と呼ばれる少女だった。


(つなし)君は自分の死期(しき)(さと)っていた。我々も手を尽くしたが正直、彼女の症状は深刻すぎた。そこで私は彼女が生きる最後の道として"総入れ替え"を提案した。(むし)ろ強く生きたいと願う彼女の望みを叶えてやるにはそれしかなかったのだよ。肉体は言うに(およ)ばず臓器やナノマシン、脳から記憶に(いた)るまでの全てをね。結果として(つなし)君という存在を(かたど)っていた部分のうち、残せたモノは全体の1/10にも満たない肉片の一部と(わず)かな遺伝子(いでんし)。ここまで手を(ほどこ)せば最早(もはや)それは(つなし)君ならざる別の存在に昇華(しょうか)するとも思ったのだがその考えは間違っていた。それを気付かせてくれたモノこそ(つなし)君を(つなし)君たらしめる彼女のミームだったのだ。さて"(つなし)君"、彼を解放してやってくれ」



源以(げんい)の指示でアーティ((つなし)冬羽(とうわ))は、ゆっくりと照史(あきと)を解放する。

直後、照史(あきと)は声にならない声で誰かに助けを求めながら()いつくばるようにして彼女の前から逃げ出した。

しかし逃げ込んだ先に鎮座(ちんざ)する源以(げんい)の姿を視界に(とら)えさらに絶望の声を()らす。

目の前には源以(げんい)、背後にはアーティ。

ならばこの部屋から逃げ出そうと考えるも唯一(ゆいいつ)の脱出口にはそれを(ふさ)ぐようにして立ちはだかる筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)巨漢(きょかん)三佐(さんさ)がいる。

心身共に()()められた照史(あきと)はその場に(うずくま)り最終的に選んだ選択肢は自らの頭を地面に叩きつけ、破壊された右肩を容赦(ようしゃ)なく(えぐ)る壮絶な自傷行為だった。

たとえ真実であっても認めたくない・・・その一心で少年は物理的な痛みに逃げ込んだ。

新鮮な肉を(えぐ)るゲチャッ!という音と共に血飛沫(ちしぶき)()い、強固な地面に何度も頭を打ち付けているうちに額も割れ、 照史(あきと)は文字通り自らを血祭りにあげる。

だがその程度では源以(げんい)に対して何を(うった)える事も叶わず目の前で繰り広げられる自傷をただただ退屈そうに見つめていた源以(げんい)から"やめたまえ"と声が掛かる。


「何が不満なのかね雛市(ひない)君。他の何よりも求めていた(つなし)君が目の前にいるというのに、まさか君自身の手で彼女の(せい)を否定するつもりではなかろうな?」


「黙れよっ!黙れってんだよ!!」


「姿形が気に入らんのかね?しかし今の彼女こそ、ある意味で(つなし)君自身が望んだ姿なのだよ。誰よりも死を間近に感じていたからこそ生きたいと強く願った。確かに姿形は変わってしまったかも知れないが(つなし)君の生きた証、その命を証明するモノこそ君の中に(きざ)まれた彼女のミームに他ならないと言うのに君は・・・これでは(つなし)君が(むく)われんな。彼女が誰の為に生きたいと願ったのかを考えてみたまえ」


「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れえぇえぇぇぇっ!!」



どんなに照史(あきと)が"やめてくれ!"と願ったところで源以(げんい)の語りは終わらない。

今の姿(アーティ)となる事を冬羽(とうわ)自身が望んだなんてあり()ないと信じながらも、もしもそれが真実だった場合の事を考えると恐ろしくて(たま)らない。

自分の中で思い描いていた現実と、目の前の現実に()き乱される照史(あきと)の心を問答無用(もんどうむよう)(えぐ)りながら全ての真相が語られる。

(さかの)れば約1カ月前の西暦4192年3月4日。



「体調はどうかね(つなし)君」


一課(いっか)第1診療室にある特殊機器で診断を受け、職員達に(ささ)えられながら第1病棟にもどる途中の冬羽(とうわ)源以(げんい)が声を掛けた。

それに対して少女は弱々しくもキラキラした()みを浮かべ"松永(まつなが)さんや(やなぎ)さんのおかげで少しだけ良くなった気がします"と返事を()べる。


「君の口からそんな言葉をいただけて光栄だ。あとで君の病室に(うかが)わせてもらいたいのだが(かま)わんかね?」


松永(まつなが)さんがですか?はい!是非(ぜひ)ともです!」



自分の立場をわかっているのかと聞き返したくなるほど冬羽(とうわ)の笑顔は(まぶ)しかった。

その後、しばらくの時間を()源以(げんい)は約束通り病室に現れる。

おそらくは彼女が最期の時を過ごすであろうその部屋は(かえで)景勝(かげかつ)がプロデュースしたパステルカラーを基調に、年頃の女の子が好きそうな小物で()め尽くされた冬羽(とうわ)の為だけの特別な場所。

ふわふわとした雰囲気(ふんいき)(ただよ)一時(いっとき)の夢を切り裂くように現れた今日の源以(げんい)()なりはダークグリーンのネクタイにベージュのベストを合わせ、足元の黒い革靴から見上げれば全身ベージュで統一した渋めのスーツ。

ポケットチーフのワンポイントを決め、枯れ果ててしまった同世(60)代に餞別(せんべつ)鎮魂歌(レクイエム)を贈る別格のダンディズムと微笑(ほほえ)みを知らぬ鋭い目線は、さながらお(とぎ)の国に迷い込んだグリムリーパー。

今まさに尽きんとする少女の命を黄泉(よみ)の国へと(いざな)うかのように、鎌を持たない死神はベッドの横に置かれた椅子(いす)に腰掛ける。



松永(まつなが)さんが来たって事は私・・・もうすぐ死んじゃうんですね」


「ふむ。ある種の覚悟を決めた君を前にして誤魔化(ごまか)しは無用か。銑十郎(せんじゅうろう)と違い、私は医学には詳しくないが(ゆえ)にこの()(およ)んで綺麗(きれい)事を言うつもりもない。先ほどの検査で君の肉体と遺伝子(いでんし)、その他ナノマシンを含めた全てを調べた結果、それらは(すで)に限界を(むか)えているそうだ。(もっと)も、それに関しては君自身が一番よく理解している事ではあろうが、(つなし)冬羽(とうわ)という存在を構成(こうせい)する全ファクターの崩壊具合と進行速度から計算してその余命は持って3ヶ月、早ければ1ヶ月。最早(もはや)未来(げんだい)医学ではどうする事も出来ない段階まで(たっ)していると言うのが医学の観点から見た結論らしい」


「・・・松永(まつなが)さんは優しいんですね。ココにいる人達はみんな、私が傷付かないようにって嘘をつくんですよ?(やなぎ)さんとか(かえで)ちゃんもそうです。景勝(かげかつ)さんだって笑いながら・・・悲しい嘘を言うんです。お父さんもお母さんも、あれから会いに来てくれないし、きっと私の事は忘れちゃったのかなって・・・。」


「人生の先達(せんたつ)として言わせてもらえれば君の考えは間違っていない。銑十郎(せんじゅうろう)はもとより(みなと)君も景勝(かげかつ)君も立派なエゴイストだ。それと君の両親についても多少なりとも知るところはあるが聞きたいかね?」


「いえ大丈夫です。それよりも最近思うんです・・・もうすぐ自分は死んじゃうんだって考えた時、これから新しく何かを知るよりも、今を生きていく誰かの為に何かを残せないかなって。私と同じように不治(ふじ)(やまい)で苦しんでる人達は世界中にいます。その人達の為にいつか私のデータが役に立ってくれれば、それが私の生きた証になる。死んで何もかも無くなっちゃうのは怖いけど松永(まつなが)さんや(やなぎ)さんならきっと・・・」


万物(ばんぶつ)が皆平等に恐れる死の現実を無慈悲に語る源以(げんい)に対して冬羽(とうわ)は"優しい"と答える。

これは皮肉でもなんでもなく、たとえそれが罪や罰だとしても(つつ)み隠さずストレートに言ってもらえた方が楽な時があるのと同様、()けられぬ事とわかっているのに"どうなんだろう"とか"まだわからない"など気休めにもならない言葉をもらって喜ぶ者などいないのだ。

(まも)りたいと願うが(ゆえ)、少しでも安心してほしいと願うが(ゆえ)、笑ってほしいと願うが(ゆえ)に、渦中(かちゅう)の人が決めた決死の覚悟を()ぎ落とし中途半端に希望を持たせてしまった結果、(まも)りたかったハズの相手に対して意図(いと)せずとも(もっと)も残酷な現実を突きつけてしまう事もある。

事実、(なさ)け無用のリアリスト源以(げんい)の言葉を受けて冬羽(とうわ)の心は少しだけ軽くなっていた。



「素晴らしい感性(かんせい)だよ(つなし)君。他人の為に自らの命を(ささ)げる究極の慈愛・・・まさしく君は本物の天使だ。そして己が生まれて来た意味を"未来への(いしずえ)"として受け入れたからこそ君の為に奇跡は起こるのだろう。先述の通り私は医学というモノを人様(ひとさま)に語れるほど詳しくはない。独断と偏見を掲げ、出された結果を肯定するも否定するも(おこ)がましい程度だが、私の分野の観点から話をさせてもらえれば君にはまだ可能性がある」


「えっ・・・」


冬羽(とうわ)は我が耳を疑った。

ふかふかのベッドで寝そべっていた体を震わせギュッと目を閉じ(りき)みならが(つら)そうに上体(じょうたい)を起こすと、何かの聞き間違いかも知れない言葉の意味を再び源以(げんい)に問いただす。

言葉の(おも)みとはいかに現実的(リアル)な雰囲気を(かも)し出せるかどうかに比例する。

つまり銑十郎(せんじゅうろう)(かえで)が言う"可能性"と源以(げんい)が言う"可能性"とでは雲泥(うんでい)の差どころか同じ名を(たい)するだけで()()なるまったくの別物。

新たな可能性を前にして冬羽(とうわ)は身を乗り出し、最後の望みとばかりに源以(げんい)の言うソレが何なのかを詳しく聞いてみるがその内容は究極の二者択一(にしゃたくいつ)ある意味で悪魔との取り引きにも近しいモノだった。

ベールを脱いだ可能性の正体はあまりにショッキングであまりに無慈悲。

命を取るかそれ以外の全てを取るか・・・冬羽(とうわ)は深く深く考えさせられる。



「私・・・生きて会いたい人がいるんです・・・でもその人は私を私だって認めてくれるでしょうか・・・ 姿形が変わってしまった私の名前を呼んでくれるでしょうか」


「わからん。だが君が信じてみたいのならば信じてみたまえ。人の生き死にさえも掌握(しょうあく)したこの42世紀を()ってしても(いま)だ科学では解明出来ない超常現象は存在する。いっそご都合主義の猿の頭で考えてみてもいいのでは?君に必要なのは未来の為に、今をどうするかだ。あまり時間もないが今日だけは存分に悩んでくれたまえ。いかなる結論を出そうとも私は君の意思を尊重するよ」


不安げな表情を浮かべる冬羽(とうわ)を置いて源以(げんい)は1人彼女の病室をあとにする。


照史(あきと)・・・私・・・」



それから20時間後の西暦4192年3月5日。

再び冬羽(とうわ)の病室を(おとず)れた源以(げんい)は、何を気遣(きづか)う事もなく早々(そうそう)彼女に"結論は出たかね"と声を掛け、対する冬羽(とうわ)一呼吸(ひとこきゅう)置いた(のち)、死力の限りを尽くし目を輝かせながら"覚悟は出来ています"と返答する。

その後、数分もしないうちに冬羽(とうわ)の病室は()け付けた一課(いっか)職員達によってぎゅうぎゅう()めとなり、傷1つ付ける事も許されない国宝を(あつか)うかの(ごと)く彼女を優しく丁寧(ていねい)に大人の腰の高さ辺りを浮遊するボード(この時代の担架(たんか)のようなモノ)に乗せゆっくりと運び出す。

道中、冬羽(とうわ)を取り(かこ)みながら行進を続ける職員一行の前に小さなシルエットが立ち(ふさ)がる。

最後尾から列全体の様子を(うかが)っていた源以(げんい)が最前列に立った時、そこにいたのは(かえで)だった。


「何か用かね?」


「所長・・・冬羽(とうわ)をドコに連れていくんですか」



時として(かえで)が奇行に走る事を福祉技研(ふくしぎけん)の職員達は知っている。

(ゆえ)担架(たんか)(かこ)む数人は彼女を無視して行進を再開しようとするが源以(げんい)から"待ちたまえ"との指示を受けピタッとその場に立ち止まった。



「まだ(みなと)君との会話が終わっていないと言うのに君達は何を焦っているのかね?見ての通り(つなし)君はこれから八角形(オクタゴン)第1ルームに(はい)る。彼女を救うには最早(もはや)形振(なりふ)(かま)っていられんのでな」


冬羽(とうわ)は・・・そんなに悪いですか・・・」


「・・・(かえで)ちゃん?」



その時、担架(たんか)の上で眠るように目を閉じていた冬羽(とうわ)がゆっくりと上体(じょうたい)を起こし(かえで)の姿を(とら)えた。

刹那(せつな)、何かを思いついたのか源以(げんい)は意味ありげに2人の注目を集めた(のち)、彼女達の視線をお互いに(から)み付かせるように言葉を続ける。


(みなと)君に(つなし)君、2人とも互いの姿をよく覚えておきたまえ。そうすれば今後どこかで再会した時、また普段通り友人として仲睦(なかむつ)まじく接する事が出来るだろう」


「それはどういう意味ですか・・・?」



(かえで)が言葉の真意(しんい)を確かめようとした次の瞬間には源以(げんい)は一行に進めの指示を出し、彼女を置き去りにしてその場を立ち去ってしまった。

そしてたどり着いた八角形(オクタゴン)第1ルームで冬羽(とうわ)身包(みぐる)みを()がされ謎の機械へと接続される。

ナノマシン制御で深い眠りに落ちた彼女は最早(もはや)生きているのかも死んでいるのかもわからない。

その後、現場の指揮を銑十郎(せんじゅうろう)(たく)した源以(げんい)は部屋全体を見下ろせる2階の個室に移動してただ静かに結果が出るのを待った。

それから5日間、計120時間をノンストップで()け抜けた一課(いっか)職員達の努力もあり西暦4192年3月11日、冬羽(とうわ)は自らの存在を構成(こうせい)する全てのファクターと引き換えに死の運命(さだめ)を打ち破った。

そして時間軸は今となり彼女が(つなし)冬羽(とうわ)として最期に残した言葉が"生きてもう一度、照史(あきと)と一緒にオムライスを食べたいな"であった事を()げて話を落とした。


「君も(つなし)君を見習ってはどうかね?自分の存在を否定してでも君の中に残る(わず)かなミームを信じて、未来の為に今を犠牲にした彼女を(あまつさ)え君は否定しているのだよ。ましてや解放者(リベレータ)(そそのか)された挙句(あげく)がこの(ざま)だ。何を根拠に君は(つなし)君が死んだと思ったのかね?彼女がそうであったように、君も少しは彼女を信じてやってもよかったのではないか?」


「あぁあぁぁ!!やめろ・・・やめろやめろっ!!」


「何をやめろと言うのかね。まさかこの()(およ)んで君は自分自身の(おこな)いを正当化しようとしているのではなかろうな?(もっと)もそれを許すも許さんも全ては君の(さじ)加減。私とした事が変に口を(はさ)んでしまい申し訳ない」


照史(あきと)が自らの愚行を()いているのは誰の目から見ても(あき)らかだった。

しかし源以(げんい)はそれを否定もしなければ肯定もせず"君が納得するようにすればいい"と声を掛けさらに照史(あきと)を苦しめる。

"お前はバカだ!"と(つば)を吐きかける事もしなければ"今からでもやり直せる"と手を()()べる事もしない。

まさにこれこそが相手を苦しめる為の(もっと)も正しい対応であり無意識のうちにコレを悪意なくやってのけてしまうから人間という生き物は(たち)が悪いとは源以(げんい)(だん)

声を()らして泣き(わめ)照史(あきと)は誰に対しての謝罪なのか "許してくれ"と叫んだり、何に対しての怒りなのか(こぶし)を地面に叩きつけたりを繰り返す。

常人ならば見ている事さえ()(がた)いハズなのに源以(げんい)三佐(さんさ)、そして冬羽(とうわ)・・・今はアーティと呼ばれる少女の3人は表情1つ変える事なく照史(あきと)の姿を見届ける。

その時、少年の身に異変が起こった。

どこか身体の奥底で()()めていた何かがピンッと(はじ)け飛んだかのような感覚を最後に全身から力が抜け、ふわふわとした不思議な心地よさに(つつ)まれながら倒れ込む。

直後、源以(げんい)三佐(さんさ)はナノマシンリンクで意思疎通(いしそつう)(おこな)い、代表して三佐(さんさ)がゆっくりと照史(あきと)に近付き脈をとりながらポケットから小さな注射器のようなモノを取り出しそれを少年の首筋に打ち込んだ。

その後、注射器に表示されたメッセージを見て三佐(さんさ)は1つの結論を出す。



「おそらくは規定値を超えた精神波長の乱れを感知したナノマシンが脳に働きかけ、強制的に意識をシャットダウンさせた事が原因だと思われます」


「つまりはストレスか・・・さて、そこで見ているな銑十郎(せんじゅうろう)?今から雛市(ひない)君を一課(いっか)の病室に運び()れるので傷の手当てとナノマシンの復旧を(おこな)ったあと近衛(このえ)君に連絡を取り、彼を親元(リベレータ)まで返してやってくれ」



一見すると何もないように見えるがこの部屋の四隅(よすみ)には超小型カメラとスピーカーが設置されている。

それは無線を(かい)して一部端末と常時接続されておりパスコードとナノマシン情報を入力する事で部屋内部の様子をリアルタイムで(のぞ)き見できるというモノだった。

照史(あきと)(かか)えた三佐(さんさ)とそれに同行するアーティが部屋を出て行ったのを確認してスピーカー越しに銑十郎(せんじゅうろう)の声が聞こえてくる。



大方(おおかた)は間違ってないが肝心なところを抜かしてないか?」


「肝心なところとはドコの事を言っているのかね?」


「お前が(つなし)にソレを(うなが)した本当の理由だ」



余命(いく)ばくの冬羽(とうわ)に対して悪魔のプランを(うなが)した本当の経緯(いきさつ)を理解する銑十郎(せんじゅうろう)だからこそ、そこには優しさの欠片もない事を知っている。

観客として1つのエチュードを見終えた感想を()べるかのように彼は源以(げんい)真意(しんい)代弁(だいべん)する。

それは冬羽(とうわ)の手術が(おこな)われるまさに数時間前の事だった。



「なるほど。一部の生体パーツを(のぞ)き全てを義体に(つく)り替え、その上で(つなし)が持っていた本来のナノマシンの一部を再度導入させる・・・か。これなら例の症状も虚弱(きょじゃく)体質もある程度緩和できるだろうが、お前にしてはずいぶんと優しいプランを考えたな?」


「全ては過程の話だよ。三課(さんか)の有能な技術者達が頑張ってくれたおかげで、もうすぐ死の遺伝情報(ゲノム・オブ・デス)は完成する。そしてコレが効力を発揮(はっき)するのはナノマシンが(はい)った人間だけだ。つまり純粋なサードメイカンドでは後々(あとあと)の始末が面倒になってしまうからこそ(つなし)君には限りなく偽物(レプリカ)に近い本物(オリジナル)として最高のパフォーマンスを披露してもらわねばならんのだ。我々は彼女に感謝してもしきれんほどの恩義(おんぎ)がある事を忘れるな」


「やっぱりそう言う事か。少しは(つなし)可哀想(かわいそう)だとは思わないのか?」


可哀想(かわいそう)だと思った時点で(すで)に相手を見下(みくだ)しているのだよ。私はここの所長として、あくまでも皆を平等の立場として見ているつもりだ。まぁフォシル君だけは本当の意味で特別だが、彼以外を見る目は誰であろうと変わらんよ。些細(ささい)な事で差別主義者(レイシスト)烙印(らくいん)を押されてしまう世の中だ。つまりは、お(かみ)の手前不公平な要素は排除せねばならん」


「あぁ・・・聞いた俺がバカだったよ」



こうして冬羽(とうわ)は命以外の全て、己の存在意義すらも奪われた上でアーティとして今を生きる事となったのだと銑十郎(せんじゅうろう)は話を()(くく)った。

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