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EscapeGoat  作者: 鈴木崇嗣
13/27

ACT.10 鋼鉄の天使は涙に染まる



西暦4192年4月14日。

(こよみ)も4月の(なか)ばに()し掛かった今日この頃。

年を(また)いで居座(いすわ)り続けていた冬の寒さも()りを(ひそ)め、 それと入れ替わるようにして暖かな春の日差(ひざ)しが崩壊寸前の地球に降り(そそ)ぐ。

重度の環境汚染により()ゆる草木は死滅してしまったけれど、柔らかな光を見る限りココが四季の国である事には間違いない。

そして冬眠から目覚めた蟲が(ごと)く、日に日に活発さを増して行く解放者(リベレータ)の動きに国連が不安を(つの)らせる中、 福祉技研(ふくしぎけん)所長室では転送された資料に目を通しながら源以(げんい)重徳(しげとみ)がナノマシンリンクを(つう)じて今後の予定についてを話し合っていた。


「なかなかに興味深い資料ではあるが目的がわからんな。この()(およ)んで解放者(リベレータ)は漁師にでも転職したのかね?」


「なにぶん日本海は4ヶ国同士が主張する海域の問題もありまして調査が進まないのが現状です。日本が所有する衛星が(とら)えたイメージだけですが、今言える事は中規模以上の解放者(リベレータ)構成員がその海域に集まって来ているとしか・・・」


「さすがに解放者(リベレータ)贔屓(びいき)の国を相手にすると、お(かみ)も苦労が()えんな。堅苦しいルールに()り回されてばかりでは君も割に合わんだろ?」



口でなら何とでも言える事を熟知した源以(げんい)は中身のない上辺(うわべ)だけの(ねぎら)いを重徳(しげとみ)にくれてやる。

自然保護の一環として海洋調査をしていると言えば、それはそれで解放者(リベレータ)らしくも思えるが国連の出した結論はそんな生易(なまやさ)しいモノではない。

無限の(あやま)ちを(つむ)いできた人類の遺伝子(いでんし)多種多様(たしゅたよう)な変化を繰り返す中で危険因子(テロリスト)と呼ばれる者達が1箇所に集まれば何が起こるかを学習している。

それ(ゆえ)(りく)(かい)(くう)のどこであろうとも解放者(リベレータ)構成員が(つど)いし時は一切(いっさい)の例外なくナノマシンリンクを(つう)じて全人類に非常事態宣言を()げる赤色の緊急速報が伝達(でんたつ)される。

そして今現在発令されているソレのレベルは5段階中の2。

しかし今後の解放者(リベレータ)の動き次第ではすぐにでも非常事態レベルを引き上げ、最終的には人道的道徳の範囲内での制裁を下すと国連は宣言しており、この事が原因で福祉技研(ふくしぎけん)も日本政府から(あお)りを受けているのだ。


「我々が直接現地に(おもむ)解放者(リベレータ)の動きを調べれば穏便(おんびん)()むであろう話だが、人間(オリジナル)を最優先とする現状を考えればそれも賢い決断とは言えなくてね。これが人間(オリジナル)を狙った大掛(おおが)かりな陽動(ようどう)だとしたら、彼らはココが手薄になる瞬間を待っているのだよ」


「先生のお考えはごもっともです。ですが誤解(ごかい)を恐れずに言わせていただければ、今までの行動パターンから推測して今回に限ってそのような回りくどい事をするのでしょうか?現に犯行予告とも取れる声明を発表している以上、解放者(リベレータ)側には人間(オリジナル)を狙う動機はあるのでしょうが今回の動きには別の意図が見え隠れしているような気がしてなりません」


根拠(こんきょ)はあるのかね?」


「いえ・・・()すぎた発言をお許しください」



この時は日本政府もとより福祉技研(ふくしぎけん)でさえも解放者(リベレータ)の行動目的を正確には把握していなかった。

そこに何があり、彼らは何をしているのか。

悠久(ゆうきゅう)(きざ)時代(とき)の流れによって海底深くに(しず)められ、歴史からも抹消(まっしょう)されたアラドヴァルの存在を今に(つた)える者は誰もいない。

それが重徳(しげとみ)の感じた違和感の正体なのかも知れない。



「だがお(かみ)の命令とあらば我々も動かぬわけにはいくまい。今すぐに結論は出せんがコチラのプランが決まり次第()って連絡しよう」


(かしこ)まりました。ご協力感謝(いた)します」



いかに源以(げんい)と言えども0.(ゼロコンマ)数秒以下で変化を続けるシチュエーションの中、その場その場で常に正しい答えを(みちび)き出せるハズもなく、この件に関しては一旦(いったん)保留(ほりゅう)という(あつか)いにして重徳(しげとみ)との会話を終わらせた。

その後、転送された数少ない資料を見つめ1人静かに "(目的+過程)×結果=結論"の式に現状を当てはめながら解放者(リベレータ)()いてはパン=エンドの目的を推理してみるもなかなか納得のいく答えは出なかった。

そこで源以(げんい)は根本的な考え方を変え、直接問題を()こうとするのではなく"どうやったら問題を()く事ができるのか"に焦点を当てみる。

結果、十人十色(じゅうにんといろ)の言葉が(しめ)すように複数の意見が飛び()えばまた新たな混乱を(まね)いてしまうリスクを承知(しょうち)した上である人物を所長室に呼び出し意見をもらう事にした。

旧友にしてビジネスパートナー。

時には反発(はんぱつ)もしてくるが、だからこそ(つつ)み隠しのない貴重な意見が聞けるというモノ。

福祉技研(ふくしぎけん)内部に()いて唯一(ゆいいつ)己と対等に物申(ものもう)銑十郎(せんじゅうろう)である。

連絡を受けた銑十郎(せんじゅうろう)早速(さっそく)所長室のドアを開けると 源以(げんい)(すで)に部屋の中央に置かれた長テーブルの席に着き、対等な意見交換の準備を終えていた。

なにを言わずとも銑十郎(せんじゅうろう)源以(げんい)の対面に座り、源以(げんい)源以(げんい)で事の説明も(なか)ばだと言うのに普段から推理小説を愛読(あいどく)する彼に対して実戦と(しょう)してこの議題を突きつける。

3桁を(ゆう)に超える銑十郎(せんじゅうろう)のライブラリの中にはコレと()たような場面が描かれた作品もあるのだが、彼に言わせれば"事実は小説よりも()なり"との事。

その言葉を受け取った源以(げんい)には、なにか思うところがあったようで──


「なるほど・・・その可能性は考えていなかったな」


「なんだって?」


()とは不可思議。現状考えられる可能性の中で(もっと)もあり()ないと思われるモノが正しかった場合、(すで)にその答えを出しておきながら自らの手で正解を否定してしまう事になる。事実が小説よりも()だと言うのなら解放者(リベレータ)は動かない・・・とんだ茶番(ちゃばん)だったな」


「どういう意味だ?」


「我々がどうこうする問題ではないと言う事だよ」



あろう事か福祉技研(ふくしぎけん)の存在意義を所長自らが否定したとも受け取れる発言に()しもの旧友でさえ困惑の色を隠せなかった。

事の詳細を確認しようと源以(げんい)真意(しんい)を聞き出すが、それがかえって銑十郎(せんじゅうろう)を混乱させる事となる。


解放者(リベレータ)を支援する者は多いがそれ以上に彼らの敵は多い。だが敵の中にも優先順位があってね。解放者(リベレータ)はそれを始末する為に今回の騒ぎを起こしたのだよ」


「最優先?だとしたらそれは人間(オリジナル)を所持する俺達じゃないのか?」


「こんな事でさえ1番になりたがるとは自意識過剰(じいしきかじょう)もいいところだな。倒すべきボスを倒さねばシナリオが進まないのと同じで彼らの目標は今、そのボスを討つ事だけに集中している。大いなる(こころざし)を持った解放者(リベレータ)にとって我々の存在意義は(おもて)シナリオとは関係ない珍しいアイテムを持った裏ボスの1匹に過ぎんのだよ」


「・・・なら聞くが、そのシナリオを進める為のボスと言うのは何の事を言っているんだ」


「Sだ。妄言(もうげん)と共に宇宙へ飛び出してしまった魔法の国スペルエンハンスこそが、シナリオを進める為に倒さねばならんボスなのだよ。時間は掛かるだろうが、いずれこの事実に世界中が気付く事になる。さて、ココで考えてくれたまえ。世界中のお偉方(えらがた)の中でSの存在を(うと)ましく思う者達がどれ程いるのかを。もしこの事実を知った時、それでもなお解放者(リベレータ)を止めようとする者達がどれ程いるのかを。おそらくそんな者は1人もいない。しかし、お(かみ)という立場上解放者(リベレータ)決起(けっき)をただ黙って応援するわけにもいかないお偉方(えらがた)は表向きには解放者(リベレータ)を止めようともするが、その裏では幾度(いくど)の話し合いを()てこんな結論を出すハズだ」


解放者(リベレータ)との()け引きを(じか)(おこ)なっている源以(げんい)だからこそ(みちび)き出した結論にその事実を知らない銑十郎(せんじゅうろう)(なか)(あき)れていた。

確かに小説よりも数億倍()な事だが最早(もはや)それはギャグ漫画の(いき)

それでも源以(げんい)は何1つ可笑(おか)しな事などほざいていないと言いたげな表情で銑十郎(せんじゅうろう)の目を見て話を続けた。


「"戦闘中の事故を(よそお)解放者(リベレータ)を支援しろ"とね」


「バカな・・・っ!」


「そうだな・・・具体的には物資を乗せたタンカーや施設を解放者(リベレータ)強奪(ごうだつ)されたという設定にして、世間の目を上手く誤魔化(ごまか)すだろう。そしてSを(ほろ)ぼした(のち)解放者(リベレータ)は真のエンディングを(むか)える為に倒さねばならん裏ボスとして、我々との人間(オリジナル)()けた争奪戦を始める」


「お前の一挙一動(いっきょいちどう)には毎回驚かされるが今回ばかりは無理があるとしか思えん。では聞くが今の俺達にできる事は傍観者(ぼうかんしゃ)として解放者(リベレータ)を見守っている事だけなのか?」


「なかなか良い読みをする。だがそれでは80点だ。 解放者(リベレータ)にはパン=エンドに(つか)える6人の幹部(かんぶ)がいると聞く。いずれも日本人と言われるその6人全員が日本海に集結するとも考え(にく)い。普通に考えれば集まって3人から4人・・・その他の幹部(かんぶ)はパン=エンド指示の下、今まで通りテロ行為を実行するだろう。そうなれば我々福祉技研(ふくしぎけん)も、ただの傍観者(ぼうかんしゃ)となるわけにもいくまい」


「・・・」



別に源以(げんい)の事を信用していないわけではないが、終始(しゅうし)()り回される形で話し合いを終えた銑十郎(せんじゅうろう)は納得のいかない表情を浮かべて所長室を去る事になった。

同時刻、福祉技研(ふくしぎけん)全体のセキリュティシステムを管理する立場にある三課(さんか)の統括サーバーが地下駐車場に侵入する何者かの影を(とら)える。

表の顔社会福祉法人(しゃかいふくしほうじん) 技能開発研究所(ぎのうかいはつけんきゅうじょ)に用があっての来客者なのか、それとも裏の顔福祉技研(ふくしぎけん)に用があっての来客者なのか。

少なくとも地下駐車場だというのに車やバイクで乗り入れず単身生身でコソコソと壁(づた)いにココを目指して来るあたり後者の可能性を疑わずにはいられない。

すぐさま二課(にか)工作員(エージェント)達を(たば)ねる三佐(さんさ)源以(げんい)に連絡が(つた)わりその指揮の下、広大(こうだい)な地下駐車場は1枚壁を(へだ)てた向こうで自動小銃、催涙(さいるい)弾、ナノマシン・ジャマー(ナノマシン制御を(くる)わせる有線式のジャミング装置)を装備した工作員(エージェント)達によって完全包囲された。

その後、二課(にか)全体に待機の指示を出した源以(げんい)は"あとの判断は君に(まか)せる"と現場の指揮を三佐(さんさ)(ゆだ)ね、なぜかこのタイミングで1人フォシルの部屋へと(おもむ)いた。

扉を軽くノックして一声かけるよりも早くドアノブを(ひね)った源以(げんい)がフォシルの安息の地へと()()るとそこにはベッドの上で無気力に寝転がるフォシルと、いつでも行動できる体勢を維持して警護に当たるアーティの姿だけが出迎(でむか)えた。

源以(げんい)の突然の訪問に上体(じょうたい)を起こし彼を(にら)み付けるフォシルを横目に源以(げんい)間髪(かんはつ)入れず部屋の片隅(かたすみ)で丸まっていたカーテンに向かって"出てきたまえ"と語りかける。

するとギュッと強張(こわば)っていたカーテンが徐々に(ほど)けてその中から、さらに強張(こわば)った表情の(かえで)がビクビクしながら現れた。

持ち前の本能で源以(げんい)襲来を予感していた(かえで)が隠れている事を瞬時に見破(みやぶ)り"君にはフォシル君の全てを一任(いちにん)しているのだよ。別に隠れずともいい"と声をかける。

しかしこの部屋の中にはまだ何者かが(ひそ)んでいる事を(さっ)した源以(げんい)は辺りを見渡し、(おもむろ)に柱の影に向かって語りかける。


「君も出てきたまえ。そんな所に隠れてフォシル君がナニをする事にでも期待していたのかね?」



フォシル、アーティ、(かえで)が見つめる先、柱の影から現れたのは(さわ)やかなホールドアップを()せつける景勝(かげかつ)だった。

予想外の人物の登場にフォシルと(かえで)は声を(そろ)えて驚いた。


「は、はは・・・ご容認ください」


「フォシル君の花園(ハーレム)(けが)した罪は(はか)り知れん。だが私に対して容認を求めているのなら(むし)ろ君の行為は評価すべきだと思っている」


「ど、どういう意味でしょうか?」


「先ほど地下駐車場に何者かが侵入したらしい。これがただの迷子なのか危険因子なのかはわからんが、アーティに実戦を経験させるいい機会だと思ってね。相手が敵対勢力なのか(いな)かを見極めさせ、前者の場合は排除させる。その一連の流れを学習させたいのだが、そうした場合どうしてもフォシル君を(まも)る人数が減ってしまう。そこで、その間だけでも君が警護を担当してくれれば助かるのだが、どうかね?」



"どうかね?"と言われたところで景勝(かげかつ)に拒否権はなくそれは(かえで)、アーティも(しか)りであった。

異議のない事を沈黙(ちんもく)()って答えた3人に源以(げんい)は納得の表情を見せアーティと共に地下駐車場へと向かった。

その後、源以(げんい)達の足音が聞こえなくなったのを確認して(かえで)は静かに息を吐いて呼吸を整える。

刹那(せつな)、振り向きざまに彼女は景勝(かげかつ)(すね)めがけ強烈なローキックを叩き込む。

それでも微動だにしない景勝(かげかつ)に対して(かえで)は何度も何度も一点集中、(むち)のようにしなるローキックを打ち込みながら文句を放つ。


「お前っ!いつからそこにいたんだ変態野郎!!」


「そ、そうですよ景勝(かげかつ)さん!アーティのセンサーにもバレずにどうやって!?」


「おぉ?この景勝(かげかつ)興味津々(きょうみしんしん)か?だけど俺はお前達の方が気になっちまうんだよなぁ。いつからこのじゃじゃ馬を(かえで)って呼ぶ(なか)になったんだ?まぁ所長にも無粋(ぶすい)な事はするなって(くぎ)を刺され──」



刹那(せつな)景勝(かげかつ)の口を(ふう)じるかのように左足で()()み、重心を落としたフォームから放たれる(かえで)渾身(こんしん)のミドルキックが最高の角度で彼の臀部(でんぶ)(とら)え、空を切り裂く(かわ)いた爆音を(とどろ)かせながら今日1番の衝撃と共に景勝(かげかつ)の体を吹き飛ばした。

その後、部屋を出て行く彼女の後ろ姿を尺取(しゃくと)り虫のような滑稽(こっけい)な体勢に(さわ)やかフェイスで見送った景勝(かげかつ)は、じんじんと臀部(でんぶ)を刺激する最高の痛みを相棒に率直な感想を()べる。



「少し・・・からかったくらいで・・・ムキになっちまいやがって・・・まぁ、わかってたけどな」


「ならなんで、からかったり事するんですか?何というか景勝(かげかつ)さん・・・無抵抗に蹴られすぎじゃないですか?」


「わっかんないかなぁ〜?女の折檻(せっかん)、黙って受けるも男の(ほま)れ。蹴りが来るなら蹴りを受け、拳が来るなら拳を受ける。我が身で受け止められるモノならば、たとえ弾丸であろうとも受け止めてみせるのがこの景勝(かげかつ)の生き(ざま)よ」


「弾丸はマズいんじゃ・・・」


ベッドから降りたフォシルが心配そうに景勝(かげかつ)に肩を貸すと前にもこんな事があったようなと一瞬、頭の片隅(かたすみ)を何かが(よぎ)った。

それは景勝(かげかつ)ではない別の誰か・・・欠けた記憶のどこかに何がピタッとハマったような感覚を覚えるがそれが何だかはわからない。

結局モヤっとした不快感だけが残りフォシルは小さくため息をついた。


「さて、ようやく2人っきりになれたな?実を言うとな、俺がココにいた理由ってのは、この瞬間を待っていたからなんだよ」


「はい?」


「あぁ、勘違いしてくれるなよ?別にお前を口説(くど)こうなんて思っちゃいない。もしかして期待してたか?」


「そ、そんなわけないじゃないですか!?」


「ならよし!で、お前としたかった話ってのはアーティの事なんだが・・・」



神出鬼没(しんしゅつきぼつ)景勝(かげかつ)はいつ誰の目の前にでも現れる。

それは(たん)に相手を驚かそうとしているわけではなく"なるべく本人と2人きりという状況を作りたいが為に"(おこな)う彼なりの気遣(きづか)いであった。

たとえ仲間内であろうとも第三者に聞かせるわけにはいかない重大な話。

福祉技研(ふくしぎけん)内部でも彼の奇行(きこう)の本当の目的を知る者は(ほとん)どいない。

だがその活躍を垣間(かいま)見せるのはまた別の機会として今はどうしてもフォシルに(つた)えておかねばならない事を景勝(かげかつ)(ひそ)かに語る。


「おそらくアーティは所長と(やなぎ)さんが手配したサードメイカンドだと思うんだが、その時なにか変わった事は言われなかったか?」


「変わった事・・・たとえば?」


「そうか・・・お前にはサードメイカンドの根本的な情報がないからわからないと思うが、アーティはサードメイカンドとしては"(あき)らかに不自然"なところがあるんだよ」



景勝(かげかつ)がフォシルに"アーティの秘密"を語っていたその頃、地下駐車場でも動きがあった。

エレベーター横の階段で片膝(かたひざ)をつき、壁に()()いながら身を隠すアーティとその様子をセキリュティシステムを(かい)して監視する源以(げんい)

一課(いっか)二課(にか)に新たな指示を出し、これまでに()た侵入者の情報を確認しながらも()えてアーティにだけはその一切(いっさい)(つた)えず現場に配置した源以(げんい)には考えがあった。

敵か味方かもわからない状態で対象を認識させそれが前者か後者かを見極める能力がアーティにあるのかどうかを(さぐ)っているのだ。



「報告によれば侵入者は推定年齢10から13の男子児童。所持している武器も大型ナイフのみと貧相だがこの時点で我々には対象を迎撃(げいげき)する権利がある。たとえ相手が年も行かぬ子供だからと言って銃口は下ろすな。自爆系のナノマシンを稼働させてる可能性も否定できんのでな」


「あの少年も解放者(リベレータ)なのでしょうか?」


「わからん。我々を敵視する者達を()げればキリがないのでね。なんにせよアーティの実戦データを取るにはちょうどいい・・・二課(にか)諸君(しょくん)は待機を継続、一課(いっか)は引き続き記録を続けたまえ。さて、聞こえるかねアーティ」


「感度良好。声聞(しょうもん)松永(まつなが)源以(げんい)と確認」


「よろしい。そこから対象の姿は確認出来るかね?確認出来たなら状況を報告したまえ」


「メインカメラならびサーモシーカーにより対象の姿を確認。X線透視による調査の結果、対象は右脚部に刃渡り40cmのナイフを隠し持っている事を確認。 (あき)らかな敵意を持つ者と判断、対象の危険度を6に設定。プログラムに(したが)い半径10m以内に対象を(とら)えた場合、警告なく攻撃を開始します。現在、対象との距離は直線で108mです」


「素晴らしい。引き続きその調子で頼むよ」



サーバーを(かい)したナノマシンリンクでアーティから現場の状況を聞いた源以(げんい)(めずら)しく満足そうな表情を浮かべ次々と指示を出していく。

その一方でアーティからも定時連絡が入る。

インプットされる情報とアウトプットする情報を完璧に(さば)ききり侵入者、工作員(エージェント)、アーティの全ての動きを把握する。

まるで地下駐車場を巨大なチェス(ばん)見立(みた)てその中で3種類の(こま)を自在に(あやつ)りアーティからの定時連絡を受けてチェックメイト。

侵入者はカチカチと何度もエレベーターのボタンを押してソレを呼ぼうとするが(すで)にセキュリティロックされているエレベーターが来るハズもなくボタンは赤く点灯するのみ。

困った様子で辺りを見渡せば少し先の曲がり角に階段を発見。

源以(げんい)の予想通り侵入者は左手を壁に()えゆっくりと階段を目指して歩き出す。

刹那(せつな)──


「っ!?」


動体センサーで物陰から距離を(はか)っていたアーティが強襲をかける。

一瞬にして侵入者の(ふところ)(もぐ)り込み真下(ました)から突き上げるようにしてガードを崩すと、同時にしっかりと相手の手首をロックして腕を取る。

そのまま背後に回り込み、大きく()を描くきながら奪った手首と肩の関節を(はず)して変形逆一本背負いを決め()(すべ)なく冷たいマットに叩きつけられた侵入者は顔面から大量の血を吹き出してのたうち回る。

それでも攻撃の手を(ゆる)めないアーティは(はず)れた相手の右腕を軸にマウントポジションを取り、破壊した腕部(わんぶ)をさらに痛め付けるようにしてグラウンド式チキンウィング・フェイスロックを決めた。

身長160未満ながら各種センサーや強化フレームなどで総重量100kgに(せま)るアーティにグラウンド技を決められれば屈強(くっきょう)な男とて脱出するのは困難を(きわ)める。

自らの血で顔を()めた侵入者が(もだ)え苦しむ(さま)を見てアーティの実力を知った源以(げんい)は表情には出さないが心底ご満悦(まんえつ)しているに違いない。


「ここまで出来れば(もう)(ぶん)ないだろう。侵入者を解放してやれ」


「了解しました」



技を解除して立ち上がった先、アーティが見下ろしているのは地を()う侵入者の姿。

彼女の攻撃が相当効いたのか泣き声に混じりブツブツと何か喋っているのをアーティの指向性(しこうせい)マイクは聞き逃さなかった。

直後アーティは侵入者の眼前で(ひざ)を折り、つい数秒前に自らが痛め付けた相手の顔に優しく手を当て言葉を(はっ)した。


(あき)・・・()・・・」


「えっ・・・」



涙と激痛に(ゆが)むその目に映ったモノは見知らぬ顔。

明るく()められた茶色の髪も、妙にジトッとした目も、その声にも心当たりは全くない。

だが目には見えない"なにか"を感じ取った侵入者は、思わずその名を口にしてしまう。


(とう)・・・()・・・?」



侵入者の正体は福祉技研(ふくしぎけん)に対して並々ならぬ怒りを燃やす解放者(リベレータ)の一員、雛市(ひない)照史(あきと)だった。

彼はアラドヴァルに首ったけとなった同志の目を盗み単身ここまで乗り込んできたのだ。

理由はもちろん最愛の人(とうわ)を殺した福祉技研(ふくしぎけん)に報復する為に他ならず、刺し違えてでも冬羽(とうわ)(かたき)をと考えこの無謀(むぼう)なる計画を実行した。

そんな中で出会った謎の少女から感じた最愛の人の気配に照史(あきと)は全身を襲う激痛すら忘れて混乱する。

その時、無表情なアーティの瞳から一筋(ひとすじ)の涙が(こぼ)れ落ちるのを見た少年は見えない何かに背中を押され再びその名を口にする。



冬羽(とうわ)・・・なのか・・・?」


(あき)・・・()・・・」


「ウソだ・・・どうして・・・(とう)──」



だが次の瞬間には照史(あきと)はピクリとも動かなくなっていた。

壁の向こうで待機していた二課(にか)工作員(エージェント)達が源以(げんい)の指示でナノマシン・ジャマーを撃ち込み照史(あきと)を気絶させたのだ。

その後、速やかに照史(あきと)を回収した工作員(エージェント)達は周囲の血痕(けっこん)綺麗(きれい)に拭き取り少年を八角形(オクタゴン)第2ルームへと移動させた。

()しくもその部屋は以前源以(げんい)によって1人の女・・・ (かなどめ)(みお)(仮)が徹頭徹尾(てっとうてつび)破壊された場所。

そして今回、アーティの実戦データを元に完成させた "型式TM–X05−CPT319 準戦闘(エース)型サードメイカンドに関するレポート"にはこのような一文が()せられていた。



"解放者(リベレータ)構成員雛市(ひない)照史(あきと)との戦闘を終えたアーティは約10分もの間、両眼(純生体パーツ)から涙を流し続けた。この成分を解析した結果アルブミンやグロブリンなどのタンパク質を多く含んでいた為、戦闘による衝撃で一部人工生体パーツの破損も疑われたが各種センサー、数値などに異常はなく純生体パーツ(涙腺(るいせん)を含む眼球(がんきゅう)周辺)の生物的誤作動(ごさどう)が原因だと結論付けた"

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