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EscapeGoat  作者: 鈴木崇嗣
12/27

ACT.9 P→Q



西暦4192年4月10日。

(けが)れた(そら)の下、行き()う人々の活気(かっき)に別れを()げてたどり着いた先は殺風景な工場地帯。

辺りをいくら見渡せど、あるのは無機質な塊群とだだっ(ぴろ)い巨大な敷地のみ。

そこに(たたず)む倉庫の一画(いっかく)、サードメイカンドにより全自動管理された機械の城には昼夜を()わずガガガッ!と(うな)りを上げる機械達の声が響き渡っているが耳を()ませば(かす)かに聞こえるそれとは別の何者かが(かな)でる悲しい歌。



"Очи черные(黒き瞳よ) очи жгуч(燃え盛る瞳)ие

Очи страстны(狂おしく)е и прекр(美しい瞳よ)асные

Как люблю я в(俺はお前を愛して)ас Как боюс(お前を恐れてしまう)ь я вас

Знать увидел(きっと俺は悪い時に) вас я не в(お前と出逢ったのだな) добр ый час



Очи черные(黒き瞳よ) жгуче пламе(業火の如く燃え盛る)нны

И манят они в(遠い世界へと) страны даль(俺を誘っている)ни е

Где царит люб(愛の統べる場所)овь где цар(安らぎの統べる場所)ит покой

Где страданья(苦しみは存在しない) нет где вр( 憎しみもない場所へ)ажд е запрет



Не встречалбы(お前と出逢わなければ) вас не стр(俺は苦しまなかった)ада л бы так

Я прожил бы жи(笑顔を忘れずに)знь улыбаю(人生を過ごせた)чис ь

Вы сгубили(黒き瞳よ) меня очи ч(お前が俺を狂わせた)ерные

Унесли нав(俺の未来を)ек мое сча(奪い去ったんだ)стие



Очи черные(黒き瞳よ) очи жгуч(燃え盛る瞳)ие

Очи страстны(狂おしく)е и прекр(美しい瞳よ)асные

Вы сгубили(黒き瞳よ) меня очи ч(お前が俺を狂わせた)ерные

Унесли нав(俺の未来を)ек мое сча(奪い去ったんだ)стие



Очи черные(黒き瞳よ) очи жгуч(燃え盛る瞳)ие

Очи страстны(狂おしく)е и прекр(美しい瞳よ)асные

Как люблю я в(俺はお前を愛して)ас Как боюс(お前を恐れてしまう)ь я вас

Знать увидел(きっと俺は悪い時に) вас я не в(お前と出逢ったのだな) добр ый час"


「"黒い瞳"・・・何に対して(ささ)げた歌なんですか?」



柱の(かげ)にいるであろう悲しい歌声の主に声を掛けたのは解放者(リベレータ)の一員にしてスカウトの1人、久茂師(くもし)杏花(きょうか)

そしてこの場所の正体は裏で彼らを支援する権力者によって提供された解放者(リベレータ)のアジトの1つ。

フッと鼻で笑った歌声の主は杏花(きょうか)の問いに"人の姿をした神に対してだ"と答えゆっくりと柱の(かげ)から姿を現した。

薄茶色のインバネスコートに合わせた同色のスーツとハット。

フォーマルな(よそお)いを崩さぬよう黒で統一された革手袋に革靴。

かと思いきや、その雰囲気には(およ)()つかわしくない不気味なデザインのペストマスクで頭部全体を(おお)い尽くし無機質な天井から降り注ぐ(わず)かな光を受けて(きら)びやかに反射する大きなラウンドレンズと鳥の(くちばし)を思わせる防塵(ぼうじん)フィルターはまさに怪異の一言。

そしてこのペストマスクは未来(げんだい)()いて解放者(リベレータ)のパーソナルマークであると同時に"ある人物"の象徴とされている。

推理小説に登場する怪人を想像すれば(なん)なく浮かび上がるシルエットを身に(まと)ったその人物の名は国際指定テロ組織解放者(リベレータ)の絶対的指導者"パン=エンド"。

神とも悪魔とも(おそ)れられ、常に世界中を釘付けにする圧倒的カリスマ性を(かも)し出す反面、その素性(すじょう)については不明な点が(ほとん)ど。

その為、国連議会が開かれる(たび)にパン=エンドの正体についてが議題となるが納得のいく結論が出た(ため)しはない。

映像の中で語られる犯行声明が全て日本語である事から日本人(ある)いは日本出身だと言う意見もあれば、カムフラージュの為に()えてこの小さな島国だけで()()唯一無二(ゆいいつむに)の言語を使用しているだとか。

世界中から首脳(しゅのう)と呼ばれる賢い人間達が一堂に(かい)し、必死に意見を交換し()うが結局のところそれらが憶測の(いき)を出る事はない。

パン=エンドの正体をここまで不透明にする最大の理由としてWCNSが管理する統括コードにナノマシン情報が登録されていない事が()げられる。

本名は(おろ)か出身、年齢、性別も不明。

いつどこで生まれ家族構成はどのようになっていて、いつからパン=エンドを名乗っているのかも不明。

その上、常にペストマスクで顔を(おお)っている事もあり正直を言ってしまえば人間なのかどうかすらも怪しいレベル。

とどのつまり、パン=エンドという存在を肯定(こうてい)する行為自体が(すで)に困難(きわ)まりなく、西暦4192年現在に()いて世界で(もっと)も謎に(つつ)まれた"なにか"として各国の首脳(しゅのう)達を翻弄(ほんろう)しているのだ。

にも(かかわ)らずパン=エンド(ひき)いる解放者(リベレータ)には常時(あふ)れんばかりの志願者達とそれを支持せんと名乗りを上げる権力者達があとを()たない。

まさにこれこそが()の者をカリスマと(うた)わせる所以(ゆえん)であり姿形や存在する次元を問う前にパン=エンドには世界中を()きつける不思議な力があるのだろう。

パン=エンドがパン=エンドとして存在している限りそれ以上でもそれ以下でもなく、後にも先にもパン=エンドはこの世にただ1人。

偉大なる指導者を前に杏花(きょうか)は近況報告をしながら世界中のお(えら)いさん方が頭を(かか)えて悩み(くる)滑稽(こっけい)(さま)嘲笑(あざわら)い、()めの情報として人間(オリジナル)を隠し持つ福祉技研(ふくしぎけん)についての近況を語る。

社会福祉法人(しゃかいふくしほうじん) 技能開発研究所(ぎのうかいはつけんきゅうじょ)としての"(おもて)の顔"ならいざ知らず、日本政府がその存在をひた隠しにする暗躍組織の情報が外部に()れているという事はイコールで(かなどめ)(みお)(仮)の(ほか)にも福祉技研(ふくしぎけん)内部には解放者(リベレータ)内通者(スパイ)(ひそ)んでいる事を意味していた。

この事実に杏花(きょうか)は"悪魔と呼ばれる男も(うわさ)ほどではないですね"と源以(げんい)を見下すが、パン=エンドだけがその先にある真意を見抜いていた。


(うわさ)ほどでもないか・・・こんな見え()いた罠に掛かるようでは、いつ松永(まつなが)に足元をすくわれるともわからんな。あの男が悪魔たる所以(ゆえん)は、なにもキチガイっぷりだけではない。どうやら福祉技研(ふくしぎけん)は俺達を必要としているらしい」



逆に彼女を嘲笑(あざわら)いながらコンッと、指先で杏花(きょうか)の額を(はじ)くとパン=エンドは悪魔の御心(みこころ)を特殊なルールのジャンケンに例えて()き始める。

そのジャンケンはグー、チョキ、パーの三竦(さんすく)みの他、同じ手を出した時には相殺(あいこ)になるという基本は変わらないものの、特殊ルールとして決着がつくまでの間はたとえ100戦だろうが10000戦だろうが互いが常に相手の出す手の内がわかるというモノだった。

相手がパーを出すとわかればコチラはチョキを出せばいいのだが、すると相手からはコチラがチョキを出すという事がわかってしまう。

そして相手の手の内がグーに変化したのを確認してコチラも手の内をパーに変更する。

そうやって延々(えんえん)と手札を変え続けても所詮(しょせん)はグー、チョキ、パーの三竦(さんすく)み。

決着のつかない戦いの中で最終的に両者が出す手札は決まって相殺(あいこ)になる事を知っているからこそ福祉技研(ふくしぎけん)内通者(スパイ)を泳がせ、相手の手の内を知り()たと錯覚(さっかく)させるような情報をコチラ側にプレゼントしているのだとパン=エンドは語る。

事実解放者(リベレータ)はナノマシン・ジャックや死の遺伝情報(ゲノム・オブ・デス)を始め、人間(オリジナル)の存在こそ知ってはいるもののそれらの詳細、特に人間(オリジナル)に関しては何世紀頃の誰で今現在ドコにいるのかなど本当に必要な情報は何1つ入手出来てはいない。


「真実を知らせるも真相は教えず。日本政府から入手したEscape(エスケープ)Goat(ゴート)に関する情報と松永(まつなが)が語った内容とでは、かなりの違いがあるようだが日本政府の狙いはおそらくWCNSであると見て間違いない。となれば必然的にその飼い犬である福祉技研(ふくしぎけん)もWCNSを狙うのが道理・・・?」


なぜ福祉技研(ふくしぎけん)(かなどめ)(みお)(仮)以降、内通者(スパイ)を捕えずに泳がせているのか。

その理由を杏花(きょうか)に説明しながら自らも情報の整理をしていた最中(さなか)、まるで魚の小骨が(のど)に引っかかったような小さいながらも大きな違和感にパン=エンドの口は言葉途中で止まってしまう。

刹那(せつな)に感じたこの違和感の正体はなんなのか・・・突然(だま)り込み、首を(かし)げるパン=エンドを前に杏花(きょうか)の頭には"?"が浮かぶが彼女は何も喋らない。

真実という名の闇から突如(とつじょ)現れ、真相に向けて伸ばした手を(さえぎ)るかのように(から)まり(もつ)れた不可思議の糸を1本1本(ほど)いていく事約10分。

じっくりと体感すれば確かに長い沈黙(ちんもく)()てパン=エンドは1つの答えを(みちび)き出す。


「なるほど・・・そういう事か。どうやら飼い主を気取っていた日本政府は初めから飼い犬にリードを奪われていただけではなく、そのまま首輪を付けられ逆に支配されてしまっていたようだな。飼い主が思い描いていた当初のEscape(エスケープ)Goat(ゴート)松永(まつなが)の手により大幅に()()えられた・・・これなら辻褄(つじつま)が合う」


「どういう事ですか?」


「不確定な情報は不安を(あお)るだけだが、俺の想像するモノ全てが正しかったとして説明しよう」



コートを巻き込まぬよう揺れる(すそ)を手で押さえ柱に()り掛かったパン=エンドはゆっくりと足を交差(こうさ)させながら腕を組み"脆弱(ぜいじゃく)者の集まりであるハズの日本政府がEscape(エスケープ)Goat(ゴート)なるプランを(くだ)した発端(ほったん)死神(しにがみ)ウィルスと松永(まつなが)の狂気だ"と話の()(くち)を作り、少し(うつむ)きながらも間髪(かんはつ)入れずに言葉を続ける。

その中で語られたキーワードは死神(しにがみ)Escape(エスケープ)Goat(ゴート)人間(オリジナル) 、ナノマシン・ジャック、S。

これらを元に語られた筋書き(シナリオ)は以下の通りである。

当初日本政府が計画していたEscape(エスケープ)Goat(ゴート)とは今回の死神(しにがみ)事件の為に発令されたモノではなく、それこそ何十年、何百年も昔から日本国最重要機密として人間(オリジナル)と共に封印されていた禁忌(きんき)のプロジェクト。

そして本来のEscape(エスケープ)Goat(ゴート)の内容は、世界のドコかに存在するWCNSの在処(ありか)とソレを管理する12人(通称十二支聖(じゅうにしせい))のナノマシン情報を見つけ出しそれをナノマシン・ジャックで乗っ取り、書き()え、日本政府ないし時の内閣総理大臣が十二支聖(じゅうにしせい)()り代わりWCNSという名の何物にも(おか)される事のない絶対的抑止力(よくしりょく)の管理者として君臨する事で世界の規範(きはん)、世界の秩序(ちつじょ)(しめ)そうとするモノであると。

ナノマシンを命の根本に()えた未来(げんだい)()いて、全てはWCNSの管理の下に()り立っており人類の領域(りょういき)がこの世界そのものだとしたらWCNSは()()め神の領域(りょういき)

そこに人間(オリジナル)という名のキーを組み込む事でEscape(エスケープ)Goat(ゴート)は完成する。

そもそもWCNSの始まりは今から1200年ほど前のナノマシン黎明期(れいめいき)

当時はまだナノマシンの危険性を(とな)える声などもあった事からWCNS開発者達は"(ねん)の為に"全ナノマシンを一括強制停止させる為のプログラムを組み込み、これらの声を(しず)めたと資料に残っている。

そしてそのプログラムを発動させる条件こそ、かつて "ごまん"と存在していた人間(オリジナル)の生体情報をWCNSに認証させる事。

だがそれを未来(げんだい)(おこ)なってしまえばどのような結末が(おとず)れるかなど言うに(およ)ばず、(むし)ろそれこそが日本政府の狙いであった。

使えば世界を終わらせる事ができる最強の力と、その力を発動させる為の条件が手の内にある事をチラつかせれば実質相手が誰であろうとも無条件降伏せざるを()ない。

無論、日本政府としてはこのプログラムを発動させる気など毛頭(もうとう)もなく世界が生殺与奪(せいさつよだつ)の緊張感に(つつ)まれようと誰もが死ぬの事ない"アザゼルの為の山羊(やぎ)"として生き続けられる未来を想像していた。

(けっ)して殺される事のない、(むし)ろアザゼルの為に()かさねばならない()(にえ)から転じてEscape(エスケープ)Goat(ゴート)の名を(かん)したそれは、何かしらのキッカケでこの計画の存在を知ってしまった"あの男"の登場により()(にえ)の意義を変貌(へんぼう)させる。

どんな計画であろうともそれを実行する度胸と勇気なくしてはただの妄言(もうげん)

どんな兵器であろうともそれを使う覚悟と責任がなければただのガラクタ。

そして脆弱(ぜいじゃく)な日本政府には度胸も勇気もなければ覚悟も責任もなかった。

つまりEscape(エスケープ)Goat(ゴート)とは日本政府が自らの意思で(くだ)したモノではなく、日本政府にそう決断させるべく裏で源以(げんい)が仕向けたモノであると。

計画を改竄(かいざん)した理由については不明だが悪魔の考える事にろくな事はない。

そして源以(げんい)死神(しにがみ)ウィルスを撒き散らしたのはSだと(にら)んでいる。

死神(しにがみ)の感染経路には現状不明な点が多いが、もしこれがWCNSを(かい)したモノだとしたら全ての謎は面白いほど簡単に()けていく。

事実、世界中の諜報機関が利用している統括コードはあくまでWCNSの中枢機関(ちゅうすうきかん)程度の代物(しろもの)であり、それをどうしたからといってWCNS全体を掌握(しょうあく)した事にはならない。

その上で今回の死神(しにがみ)事件の主犯がSだとした場合、それはイコールでWCNSの在処(ありか)ないし十二支聖(じゅうにしせい)の情報を知っているという事になる。

まして相手が衛星軌道上に国家を(かま)え、科学の(いき)を超えた圧倒的技術を魔法と豪語(ごうご)するならば、この仮説もまんざらではない。

そこで源以(げんい)は真相を確かめるべく()の国の壊滅を掲げる解放者(リベレータ)を餌として選んだ。

その為、解放者(リベレータ)には活き餌として元気に()ね続けてもらわなければならず、その活力剤(かつりょくざい)代わりに"餌が喰いつくであろう餌"として日本政府からの指令と福祉技研(ふくしぎけん)内部の情報をチラつかせている。

これがパン=エンドの推測(すいそく)した全てである。


「まさかっ!それじゃまるで──」


「仕方あるまい?国の代表という名の椅子(いす)にしがみ付く口先(くちさき)だけの無能ならともかく悪魔と魔法使いが相手では先の先の先の先まで見据(みす)えなければ遅れを取る。予想を予想する究極の先読み・・・不毛(ふもう)(きわ)みに思えるかも知れないがこれが現実だ」


「なら・・・今後はどうするつもりなのですか?」


「ふん、俺達のやる事は変わらない。人間はもっと自由になるべきだ・・・だが世界を腐らせる事が自由の証明ではない。人間は自らを人間という名の(おり)に閉じ込め、その中で必死に人間らしさを求めて彷徨(さまよ)っている。閉じ込められた世界のドコを探したところで、求めるモノなどない事を知っておきながらだ。だからこそ人間は地球と・・・世界と1つになるべきなんだ。自らを解き放つ方法を忘れた人類に代わり全ての(しがらみ)を解き放つ者、それが俺達解放者(リベレータ)だ」



一通(ひととお)りの会話を終え、今後の予定を立てるべくパン=エンドが倉庫の奥にもどろうとした刹那(せつな)杏花(きょうか)がスカウトしてきた小さな報復者(アベンジャー)照史(あきと)がその()く手に立ち(ふさ)がりパン=エンドに(うった)えかける。


「そこまでわかってるなら、どうして福祉技研(ふくしぎけん)を放っておくんだ!今すぐにでもアイツらを叩き(つぶ)せば邪魔者はいなくなるんだろ!?」


「ガキが・・・パン=エンドの話を聞いてたってんなら、どうしてそんな結論が出るんだい?」


「だってアイツらは──」


「お前と福祉技研(ふくしぎけん)との間に何があったかは理解している。だからこそ言おう、復讐心に飲まれるなと。確かに福祉技研(ふくしぎけん)(さい)たる敵だが俺達の根本は殺し屋じゃない」


「パン=エンド!!」


「ったく・・・パン=エンドは今のアンタにゃ何も出来ないって言ってんだよ。その時になりゃ嫌でもヤツらとはドンパチすんだから、それまで・・・って、聞いてんのかい!?」


腰に手を当て(あき)れ顔を見せる杏花(きょうか)とは裏腹に1人焦りの色を見せ、(なか)ば感情を暴走させた照史(あきと)は2人の間をすり抜けるように倉庫の出口へと走り出す。

舌打(したう)ち混じりに照史(あきと)をドヤしながら若さ(ゆえ)に暴走する復讐心を()()らえるべく杏花(きょうか)は大きく1歩()み出すが相手もさるもの。

なかなかに小回(こまわ)りの効く小さな体を駆使(くし)して彼女の手を(かわ)し、とうとう倉庫を飛び出してしまう。

パン=エンドの手前、照史(あきと)狼藉(ろうぜき)を許すわけにはいかない杏花(きょうか)が追跡の体勢をとった刹那(せつな)突如(とつじょ)パン=エンドが彼女の前に腕を突き出し"やめておけ"と一言。

大方(おおかた)はその意思に(したが)っていれば間違いない事を知る彼女は照史(あきと)の背中に向けて特大のため息を投げ捨てると体ごとパン=エンドに向き直り、何か気の()いた言葉を探していた。

(あき)れて怒鳴(どな)って疲れ()て、休む間もなく繰り広げられていた周囲のゴタゴタが少し落ち着いてきたかなと思った矢先(やさき)、今度はナノマシンリンクに同志からの連絡を意味する"CALL:Le"の応答が入る。

"このクソ忙しい時に!"と胸の内で文句を()れながら同志の応答に接続。

イラッとした表情で立ったまま貧乏(びんぼう)ゆすりをしながら黙り込む杏花(きょうか)だが、これで会話自体は成立しているのだ。

現代(かこ)に存在する携帯電話などと違いナノマシンリンクによる会話は口から(はっ)する(ことば)を必要としない為、その内容は当人達にしか聞き取れない。

約5分、良くも悪くも秘匿性(ひとくせい)の高すぎるナノマシンリンクによる会話を終えた杏花(きょうか)は改めてパン=エンドに向き直り、誰から何の為の連絡だったのかを(つた)えると解放者(リベレータ)には良い意味で、それ以外の者達には悪い意味で事態は急変(きゅうへん)する。



「"亦左(またざ)"からです。半年前に日本海沖300km地点で発見した"例の兵器"の調査が完了したそうです」


「そうか。結果は何と出た?」


「やはり汚染海水による腐食(ふしょく)が激しく、また設計自体もかなり古い事からジェネレータを含む(ほとん)どのパーツが互換性(ごかんせい)に欠けるとの事です。ですがジェネレータに関しては海底に()(めぐ)らされているプラント用の動力パイプや、大型戦艦をジェネレータとして外部接続すれば理論上それらを(おぎな)える数値にはなるそうです。それでも問題は山積みで各部を補強したとしても最大出力を維持できるのはせいぜい1分が限度。それ以上は内部に溜め込まれた海水により水素爆発を起こす危険があるとも言っています」


「なるほど。だが逆に言えば1発限りの最終兵器として割り切れば稼働させる事は出来る・・・こんなモノが海底に(しず)んでいたとなれば、さながらケルト神話に登場した伝説の(やり)を思い出さずにはいられんな。それによれば"アラドヴァル"は穂先(ほさき)を水に(ひた)しておかなければ都市を焼き尽くしてしまうそうだが、俺達のアラドヴァルが焼き尽くすモノは大宇宙を彷徨(さまよ)う亡霊の国 ・・・いつの時代も古い武器より、新しい武器の方が性能は良い。未来(げんだい)神器(じんき)を見たら(いにしえ)の神々とて、あまりの(くや)しさにその顔を(ゆが)ませるだろう。大至急現場の同志達に連絡を取り、必要な物資と技術を確認しろ。それと日本海沿岸部(えんがんぶ)の第7除染プラント付近に偽装した戦艦3(せき)を用意させるように(つた)えろ」



日本を(ふく)む4つの国に(せっ)する日本海で解放者(リベレータ)が自由に行動できる理由はそれぞれの国に解放者(リベレータ)の支援者がいる事に他ならず、その後パン=エンドの指示により急遽(きゅうきょ)予定を変更した解放者(リベレータ)は4ヶ国の同志と結束(けっそく)して謎の兵器"アラドヴァル"の復活を急ぐ。

泳がし泳がされ手の内の知れた()け引きを繰り返し、 様々な目論見(もくろみ)交差(こうさ)する42世紀の暗躍合戦は(せい)するのは誰なのか・・・その行く(すえ)見据(みす)えているのは世界でも(わず)か数人だけだった。

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