ACT.8 悲しき命は冷たい容器の中で
西暦4192年4月5日。
ナノマシン・ジャックに次いで死の遺伝情報の基礎を完成させた福祉技研だが、その実用性に関してはまだまだ煮詰まっていないところが多く三課職員達は日夜四苦八苦。
このありさまに源以は"扱いきれない兵器は産業廃棄物に等しく、またこれを生み出してしまった技術者達も同程度の存在意義しかない。即ち君達の努力は結果的に福祉技研が一介の猿共が集い自慰をする為だけに作られた憩いの場である事を証明しただけだ"と発言した為、三課職員達は死に物狂いで作業を進めこれが当面の課題となった。
しかしナノマシン・ジャックと死の遺伝情報には共通点として、どちらもナノマシンが入った人間を対象にした技術である事から、これ以上の進展を望む場合どうしても生きた被験体が必要となる。
だが時代は42世紀。
ましてや源以と日本政府が裏で完全サポートしているのなら被験体の確保には事欠かなかった。
被験体確保の1つとしてまずは犯罪者を使う事。
日本国が管理する死刑囚の数は膨大で、正直を言えば日本政府もあまりの多さに捌ききれず扱いに困っているのだ。
死刑執行までのプロセスは判決が下ってから長いと10年以上も間を開ける事もある為、その間にまた新たな死刑囚が増えてしまう。
そこで増える一方のコレを解決すべく日本政府が要請を出せば福祉技研の出番。
現に福祉技研は今まで何人もの死刑囚を被験体として始末してきた過去を持つ。
無論、万が一にもこの裏取り引きが一般のマスコミや警察機構にバレてしまった時の対策も万全で、その時は国家最高権力を持つ組織として表舞台に立つ国家特務警察軍隊長の重徳が上手くやってくれる手筈となっている。
そして被験体確保の為のもう1つの手段は──
「始めろ」
地下駐車場よりさらに地下、厳重なセキリュティの下その存在を隠すかのようにして作られた、とある施設に源以はいた。
通称八角形と呼ばれるこの場所は蜘蛛の巣状に併設された8つの部屋から成る特異な形状をしている。
施設中央には地上とココとを結ぶ大型エレベーター。
それを降りて正面に1番ルームを捉えたらそこを起点に時計回りに8までの数字を振られた部屋で構成されている。
そして源以がいるのは八角形第8ルーム。
一面ガラス張りとなった部屋の中央、謎の機械に繋がれた男女4人を見つめながらチェアーに腰掛け脚を組み、なぜかこの場に同伴させたフォシルに語り掛けている。
「よく見ておきたまえフォシル君。人類の技術はここまで進化したのだよ」
「・・・あの人達に何をする気だ」
「それは誰の事を言っているのかね?まさか機械に繋がれた"アレ"の事を言っているのではなかろう」
「それ以外に誰がいる。よくも人を人とも思わないセリフを言えたモンだな・・・それともあの人達は人間じゃないとでも言いたいのか?」
「君には前にも説明したハズだ。人間の犯した最大の罪、それは人に似せた人ならざるモノを創った事だとね。アレは試験管の中で産まれ育った人類の模倣品なのだよ」
当たり前の事を当たり前のように説明する源以。
ここで明かされる被験体確保の為のもう1つの手段。
それは限りなく人類に近い存在として生み出された複製を使った人体実験である。
しかし99.999%人類と変わらない遺伝子とクオリティを誇る複製も源以に言わせれば不合格らしく、これらを使った人体実験は全て"模擬実験"という扱いにして処理してしまう。
その理由は複製の作成手順にあった。
「コレは自らの手を汚さずに多くの利を得ようとする賢い人間達が造った都合のいい道具・・・遺伝子操作とナノマシン制御により僅か数ヶ月という短い期間で成熟した肉体と記憶を手に入れ、その後ナノマシンにより成長因子を抑止された複製達は試験管から取り出される」
「都合のいい道具?未来人は何の為にこんな事を!」
「大方は戦争ビジネスの為だよ。生後0ヶ月目にして武器を手に取り、自分とは一切関係ない誰かの為の代理戦争を行う複製達はまさに金を産む金の卵・・・だが1つだけ問題もあってね。試験管の中で異常成長を遂げた代償とでも言うべきかナノマシンでは制御仕切れなくなった成長因子の暴走により、複製の肉体は生後3ヶ月目にして180歳のソレと何ら変わりないレベルまで崩壊してしまう。自力では生命維持すら出来なくなる上に、この頃になると複製のナノマシンは強制的に機能停止するよう設定されている。いわば寿命というヤツが訪れるのが早すぎるのだよ。無論ナノマシンを稼働させ続ければ、もう数ヶ月くらいは生き長らえようが、金を産まなくなった複製達を大切に保管しておいても正直意味がなくてね」
「・・・自分が何を言ってるのか、わかってるのか?ビジネスだかなんだか知らないがお前のやってる事は人殺しと同じだ!どうして躊躇いもなく人を殺せるんだ!それともコレが未来の世界観だとでも言うのか!だからあそこにいる4人も殺すのか!?どうなんだ源以!!」
「落ち着きたまえよフォシル君。確かに時代の変化と共に、君の暮らしていた頃とは大きく世界観が変わってしまったのかも知れないが複製は所詮造り物。その事実は変わらんよ。それでもと言うならば聞きたまえ。そしてこれを聞いてもなお、君は複製達を"人間" だと言い張るのなら理由を聞かせてほしい」
フォシルをなだめるように冷静な、それでいて冷酷な口調で源以が己の主張を始めようとした矢先、謎の機械に繋がれた4人の複製達が一斉に踠き苦しみ始めた。
生々しい悲鳴を上げ自由を奪われた身体で必死に抗うも複製達が解放される様子はない。
ガラス1枚隔てた向こうで巻き起こる凄惨な光景にフォシルは目を逸らし、すぐ隣で待機していたアーティの肩を両手で掴みながら片膝をつく。
ギュッと目を閉じ、ただただ眼前の悪夢が終わるのを待ち続けるフォシルを横目に源以は言葉を続けた。
複製達の悲鳴に混じりながらも源以の声は確実にフォシルの耳へと伝わっていく。
「人は愛を紡ぎ、その意思を後世へと受け継ぎながら歴史を創る生き物だ。いかにナノマシン制御された我々と言えども、全ての始まりは母の胎内にある。だが複製達が産まれ出ずる場所は無機質な試験管の中。本来なら生きとし生ける全ての命が淡々と受け継いできた遺伝情報もなければ親から子へと世代のバトンを回す事もない。生殖機能はオミットされ過去も未来もない"今この瞬間の為だけ"に生かされる非人道兵器。誰かの遺伝子を受け継いだ子供でもなければ、その遺伝情報を次世代へと引き継がせる親でもない。それが複製の正体であり存在意義そのものなのだよ」
「狂ってる・・・こんなのおかしいだろ!!」
悲鳴が止んだのを確認してから源以を見上げフォシルは怒鳴った。
部屋の中央、崩壊した顔面と共に惨すぎる最期を訴えながら全身から血を吹き出しピクリとも動かなくなった複製達を不満げな表情で見つめる源以は別室にて待機していた処理班を呼び出し冷静に後片付けの指示を出す。
その後も源以の視線は相変わらず複製の死体に釘付けだが、フォシルの返答に対してはなぜか賞賛の言葉を掛けた。
「ふむ、君の口からそんな言葉が出るとは意外だよ。もっと単純に怒鳴り散らすだけかと思ったのだが、どうやら物事の本質は理解出来たようだね。君の言う通り人類の歴史とは狂気と共に発展したきた誤ちそのもの。せっかくだからその理解を深める為、少しばかり昔話をしようではないか」
「話・・・?」
「今から200年前の西暦4000年代初頭、当時の世界各国のトップ達が一堂に会し、秘密裏に可決された1つのプランがあった。それは"E3計画"と呼ばれるモノで正式名称を"Error of Extreme Evolution"即ち人類の犯せる意図的誤ちを究極まで発展させた先に何があるのかを知る為の実験が行われた。この世の規範を作ったのが人類なら、それを犯すのもまた人類の所業であり義務でもある。殺し、差別、支配、人として生まれてきた命の意義さえも奪われた時、人は初めて極限を超えた新たな可能性を生み出せると、お上達は考えたのだろう。その結果として誕生したのが、自らに降りかかるハズだった全ての苦しみを身代わりとして消化する存在。たった今、君の目の前で使命を全うしたアレらの原型"ScapeGoat"だ」
「Scape・・・」
「だが1人に1つの身代わりでは足りなかった。正しく言えば全人類に身代わりがあったところで、世界そのものがダメージを免れなければ結局は意味がない。そこで人類は2世紀にわたり世界の身代わりとなる存在を探し続けた。そこで選ばれた存在が君なのだよフォシル君。そして君はEscapeGoatの中核として未来に召喚された」
イエスの時代より紡がれし人類の業は今ココに極まれり。
しかし源以の語ったそれらの事は、これから起こるであろう惨劇の序章に過ぎなかった。
「それを言いたいが為に、わざわざこんなモノを見せつけたのか?それになんだよEscapeGoatって・・・逃げた山羊?」
「今日はやけに饒舌だな。いつもは物陰に隠れて虚勢をチラつかせるだけの君が、まるで嘘な勇ましさではないか。何かいい事でもあったのかね?」
皮肉なのか挑発なのか、鞣した革が物言わぬ高級感を漂わせるチェアーから2人を見下し、源以は今日初めてフォシルと目を合わせて会話をする。
「スケープゴートと聞いて君は何をイメージする?生け贄に捧げられる山羊から転じて身代わり或いは、そのまま生け贄か・・・もしそれらの答えを思い浮かべたのだとしたら残念ながら話にすらならないな」
「・・・」
「ふむ、器用なモノだ。そのクオリティなら誰がどう見ても、君が不服そうな表情を浮かべていると理解できる。尤もそれが私に対してのモノなのか無知な自分に対してのモノなのかは正直どうでもいいのだが」
「・・・」
「本題にもどろう。スケープゴートと言うモノを調べれば始まりは旧約聖書のモーセ五書。その内の三書、レビ記の第16章に登場した"2匹の山羊"が語源らしい」
「・・・」
「その中で人間は贖罪の儀式を行う為に2匹の山羊を用意した。1匹は主の為の山羊、1匹はアザゼルの為の山羊だ。さてココで質問をしよう。この2匹の山羊のどちらがスケープゴートだと思う?」
「・・・」
「質問の意図が理解出来ないといった表情だな。では言い方を変えよう。"生け贄として殺される山羊"は2匹のうち、どちらだと思う」
「・・・」
「AかBかの二択に対して無回答のCを選ぶとは、なんとも君らしい。どうやら二択でさえも君にとっては難しすぎたようだな?これを教訓に、次回から君に対する問いは全て一択のみで行う事にしよう。さて、肝心の質問の答えだが、生け贄として殺されるのは主の為の山羊が正解だ。ではコチラがスケープゴートなのかと言われればそうではない。スケープゴートとは人間の罪を背負わされ、死ぬ権利すらも奪われ荒野に棄てられるアザゼルの為の山羊を言うのだよ」
「・・・」
「少し興味が湧いたかね?アザゼルを旧約聖書の文字つまりヘブライ語で表記すると"עזאזל"となる。これをさらに分解すると "עז"は山羊を意味し、"לזא"は逃走を意味する。諸説これが意味するモノは地獄、或いは主に対して強大を意味する"עזז"と神を示す"אל"から神に選ばれし天使であるとも言われているが、どちらにせよעזאזלという概念自体がスケープゴートそのものだと言えよう」
「・・・」
「なにか閃いたかね?君の考えているモノと、私の考えているモノが同じだと仮定して話を進めよう。スケープゴートそれ自体が生け贄なのではなく、あくまで "全ての罪を背負わされた存在"程度だと言える。逆に生け贄として命を捧げるのは主の為の山羊。そしてスケープゴート・・・アザゼルの為の山羊が生き残る」
「・・・」
「ここまで話せば理解できよう。EscapeGoatという名を冠した本当の意味が。つまり生け贄として死ぬのは君ではなく"君以外の全人類"が主の為の山羊として命を捧げる事になる。君はそのプロセスの中で、なくてはならない存在だから今を生かされている。これが意味するモノは全人類1600億の命を以ってして、ようやく君1人の命と釣り合いが取れるという事だ。 EscapeGoatを逃げた山羊と解釈した君の感性は間違っていない。全人類が死に逝く定めにある中で唯一そこから逃げ出せた山羊・・・だが将来的には君1人だけが、この世界に取り残される。ならば生け贄と表現しても差し支えあるまい?」
黙りを貫くフォシルを他所に源以は一切吃る事なくEscapeGoatの全貌を明かした。
考え方によっては西暦4192年4月5日現在の全人類、約1600億人の命を握っているのはフォシルという事になり、その中には源以を始めとした福祉技研職員達はもちろん、新たな命の誕生に喜ぶ者然り、明日の生を渇望して今を生きる者然り、4日前にフォシルの事を思い、涙を流した楓を殺す事もまた然り。
全人類皆殺し計画と単純な言葉に直せもするが、その命の重みを受け止めるのは他ならぬフォシル自身。
魂を下敷きにドサッと屍の山を乗せられたような息苦しさを感じながらフォシルはゆっくりと呼吸を整え、 詰まる言葉を吐き出した。
「そうか・・・アンタにとっちゃ人の命なんてゴミクズ以下って事か。他人だけじゃなくて自分も含めて。ならアンタは何の為に生きてるんだ?俺は誰かを殺す為に生まれてきたわけじゃないし、誰かに殺される為でもない。それでも俺に人を殺せと言うのなら・・・俺は・・・何の為に・・・教えてくれよ・・・」
「君の考えは後でゆっくりと聞かせてもらうとしてもだ。どうして君自身が知り得ない事を私が知っていると思ったのかね?せっかく君が私に期待してくれたのに、それに応えられないのは心苦しい限りだが私も全知全能ではないのだよ。だからこそ失敗もすれば成功した時には喜びもする。故に私がしてやれる事は君の行く末を示唆する事だけだ。納得してくれるかね?」
「・・・もういい!!」
逃げ出すように八角形第8ルームを飛び出したフォシルを追いかけアーティもこの場を立ち去った。
血生臭い部屋に1人残された源以は2人の事を追い駆けもしなければその後ろ姿を見送る事もせず所長権限のもと新たな被験体を用意させ実験を再開。
そして源以の見つめる先では数分前と同じく血反吐を吐きながら複製達が悶え苦しみながら死に絶える。
「目の前で・・・人が4人も死んだ・・・源以に殺された・・・アイツが殺したんだ・・・アイツは悪魔だ ・・・狂ってる・・・アーティだってわかるだろ」
逃げ出したフォシルの駆け込んだ先、地上と地下とを結ぶ唯一の手段である大型エレベーターの隅で膝から崩れ落ちたフォシルは全身から滲み出る汗と涙を拭き取りながら嗚咽混じりの訴えを繰り返す。
ギュルギュルと捻切れるように五臓六腑が暴れ、焦点も定まらない両の眼に映るモノはグニャグニャと歪む無機質なエレベーターの一角のみ。
「だいたい・・・そんな事したらっ!解放者と変わらないだろっ!なのに・・・なにがしたいんだ・・・わけがわからない・・・!!」
「該当データ、松永源以はフォシルに対して事実を伝えたに過ぎません。最重要機密 EscapeGoatに関するデータと松永源以の発言に相違はなく──」
「うるさい!!」
薙ぎ払うようにして大きく振り回したフォシルの手はアーティの左頬を裏拳気味に引っ叩き、彼女の言葉を遮ってしまう。
一瞬の出来事にハッ!と我に返ったフォシルは相も変わらぬ彼女のジトッとした目を見つめて後悔する。
なぜ自分はこんな事をしてしまったのか。
言い回しはどうあれアーティはフォシルを気遣い、物事の根本を説こうとしてくれただけなのにその優しささえも今の彼にしてみれば源以の行いを正当化して、なおかつそれを庇護するモノに聞こえてしまい思わず・・・。
尤も圧倒的ストッピングパワーを誇るスパルタンリボルバーで撃たれても人工皮膚が破かれる程度のダメージしか受けないアーティからしてみれば心配なのは寧ろ超硬度フレームを殴ってしまったフォシルの手。
青黒く腫れ上がったその手を見て彼女は言葉をかける。
「中手骨にダメージ中度、打撲による内出血を確認。総合損傷レベルをCと判断。周囲の安全及びフォシルの安静を確認、患部周辺の圧迫を行いを冷却を開始。その後、心臓より高い位置に左手を挙げ維持してください」
プログラムに従いフォシルの身を最優先にと行動するアーティは応急処置の方法を語りながら胸元のリボンを解き、それをテーピング代わりに使用する。
彼女の存在意義を考えればこのリボンは元々そうやって使う事を前提にしたモノなのかも知れない。
最後にジャケットの内ポケットから取り出した透明なフィルムを患部に貼り付け迅速かつ的確な応急処置を完了する。
「ごめん・・・ごめんアーティ・・・俺・・・さっき ・・・アーティの事・・・」
「ダメージ皆無。問題ありません」
打撲が痛くて泣いてるんじゃない。
心が痛くて泣いているんだ。
この現実が辛くて、アーティの優しさが逆に辛くて、自分の愚行が辛くて・・・いっその事、思いっきり殴り返してもらえた方が数億倍楽だっただろうに・・・アーティの両肩に手を掛け跪坐くようにして泣き崩れるフォシルに対して、これ以上彼女がしてやれる事は何もない。
だからこそアーティは"優しさ"を使いフォシルの身体を包み込むようにして抱きしめた。
「患部を心臓より高い位置に挙げ維持してください」
「わかった・・・ごめんアーティ・・・」
「問題ありません」
鋼鉄の揺り籠に揺られる事、凡そ5分。
2人を乗せたエレベーターが地上に着いた時、フォシルの目には一滴の涙すら浮かんでいなかった。
源以に対する怒りで乾ききった目を擦り、彼はどうしても聞いておかなければならない事を胸に秘め1歩づつ歩き出す。
聞いておかなければならない事とは複製の事に他ならず、内容が内容だけに今回ばかりは楓や景勝のような和気藹々としたノリは必要ない。
かと言って銑十郎には特有の取っ付きにくさがあり、そもそも聞いたところで適当に誤魔化されるのがオチだろう。
そういう意味では白露が適任のだがいかんせん、あの気の弱さと性格からすれば後々の事を恐れて誰かにパスを回す可能性が高く、そこで景勝や源以を呼ばれてしまえば詰みである。
是非もなく源以は論外として残る人物は楓や景勝よりもマジメで白露よりも臨機応変で銑十郎のように何を誤魔化さず相手の気持ちになって物事を考えてくれる人。
福祉技研内部に於けるフォシルの交友関係を見ればその人物は三佐を置いて他にいない。
現在時刻は14時40分。
人より遅れて休憩を取る三佐の事、この時間ならちょうどドコかで昼食でも食べているかも知れない。
そう考えたフォシルが2階の食堂を覗けば、実に常人の1.8倍はあろうかという巨大なシルエットを発見する。
それは間違いなく三佐のモノであり、対する彼も食後の一杯を飲み終え、視線を上げた先に左手にリボンを巻き付けたフォシルを発見。
最初は楓のイタズラかとも思ったがそこに大きな青アザを確認した三佐は席を立ちながら声を掛ける。
「その手はどうしたのだ?」
「あっ、これですか?その・・・ちょっとぶつけてしまって・・・」
「そうか?いかにアーティが護衛についていようとも周囲には常に気を付ける事だ。この前も楓に階段から蹴落とされたと聞いたぞ」
「き、気を付けます・・・はい・・・」
今後の注意を促し、未来式ホルスターにボトルをしまった三佐が食堂をあとにしようとフォシルとすれ違った刹那、彼はフォシルに呼び止められる。
妙に力強い眼差しを受けて何事かと三佐が聞き返せばフォシルは"あの事"についての内容を仄めかし、それに応えるべく三佐も場所を移動する。
ナノマシンリンクで景勝を通じて、もどりが遅くなる事を二課全体に知らせると三佐はフォシルの為に場所と時間を確保した。
その後、何の為の部屋かは知らないがこじんまりとした中央には一脚の丸テーブルと4つの丸椅子。
簡素な扉で仕切られた物静かな空間でようやくフォシルは対談を果たす。
「楓ではなく私を訪ねてきたという事は、何かに対して疑問に思う事があったのだな?」
「・・・はい」
「何があった?」
「三佐さん・・・複製ってなんなんですか。源以は複製を道具だの造り物だのって・・・でも・・・あれは人間なんじゃないんですか」
「なるほど・・・結論から言えば複製は"人に似せた人ならざる生命"だ。確かに命ある存在として生きてはいるものの正確に言えばやはり人間ではない」
もしかしたらと一途の思いを託し三佐に聞いてはみたものの、その答えは源以と同じだった。
言い様もな悲しみと絶望がフォシルの胸に込み上げる中、三佐は言葉を続ける。
「所長がドコまで説明したかは知らないが、例えばアーティを見てほしい。彼女の正体がサードメイカンドだという事は理解しているな?その上でアーティは人間なのか、そうじゃないのか・・・答えられるか?」
「それは・・・」
「よかろう。では代わりに私が答えよう。アーティはサードメイカンドだから答えは人間ではない。細かく見ればサードメイカンドとは未来の技術と素材を用いて造られた自動人形の事であり、これらを形成するパーツや素材は一貫して0から造られる」
「・・・」
「では複製はどうなのか?考え方は同じだ。複製を形成する肉体や遺伝子なども未来の技術を使い、全て0から造られたモノ。オリジナルとなった遺伝情報もなければ誰かの一部を組み込まれているわけでもなく強いて言えば人類の創ってきた歴史や、そこに刻まれた記憶こそが複製のオリジナル。そういう意味で命あるものとは言ったが結局はサードメイカンドと同じく人間でない」
「でもっ!人間じゃないとしても!!複製も命ある存在だって言うなら・・・こんなの悲しすぎます・・・ 複製だって意思や記憶があるなら、もっと生きていたいって思うハズ・・・」
「そうだな。お前の意見は逆も然り、複製を造るという事は、生まれてくる事を望んでいない命にさえ無理やり生を与えているのも同じ事。悲しき命・・・か。間違ってはいない。寧ろ、そう捉える事の方が正しいのだろう」
「だったらどうして──」
「我々は非合法組織。目的の為ならば如何様な禁であろうとも犯す。それが我々に与えられた任務であり、我々が成すべき事なのだ」
福祉技研二課の主任として三佐は間違った事は言っていない。
それどころか、なるべくフォシル側に立って彼が求めている回答に近いモノを述べている。
その為もあってか源以の時とは打って変わってフォシルは最後まで落ち着いていた。
しかし複製の存在とEscapeGoatの目的が彼の中で大きな疑問になったのは間違いない。
そしてこの疑問が後に水面下で蠢いていた3大勢力、 福祉技研、解放者、Sが直接ぶつかり合う発端ともなった。
そしてフォシルを待ち受ける結末が1つではない事を彼自身に知らしめる。
無論、どの結末を辿ったとしても一切の希望などないのだが・・・。