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EscapeGoat  作者: 鈴木崇嗣
10/27

ACT.8 悲しき命は冷たい容器の中で



西暦4192年4月5日。

ナノマシン・ジャックに()いで死の遺伝情報(ゲノム・オブ・デス)の基礎を完成させた福祉技研(ふくしぎけん)だが、その実用性に関してはまだまだ煮詰まっていないところが多く三課(さんか)職員達は日夜四苦八苦(しくはっく)

このありさまに源以(げんい)は"(あつか)いきれない兵器は産業廃棄物に(ひと)しく、またこれを生み出してしまった技術者達も同程度の存在意義しかない。(すなわ)ち君達の努力は結果的に福祉技研(ふくしぎけん)一介(いっかい)の猿共が(つど)自慰(じい)をする為だけに作られた(いこ)いの場である事を証明しただけだ"と発言した為、三課(さんか)職員達は()物狂(ものぐる)いで作業を進めこれが当面の課題となった。

しかしナノマシン・ジャックと死の遺伝情報(ゲノム・オブ・デス)には共通点として、どちらもナノマシンが(はい)った人間を対象にした技術である事から、これ以上の進展を望む場合どうしても生きた被験体(にんげん)が必要となる。

だが時代は42世紀。

ましてや源以(げんい)と日本政府が裏で完全サポートしているのなら被験体(ひけんたい)の確保には事欠(ことか)かなかった。

被験体(ひけんたい)確保の1つとしてまずは犯罪者を使う事。

日本国が管理する死刑囚の数は膨大で、正直を言えば日本政府もあまりの多さに(さば)ききれず(あつか)いに困っているのだ。

死刑執行までのプロセスは判決が下ってから長いと10年以上も()を開ける事もある為、その間にまた新たな死刑囚が増えてしまう。

そこで増える一方のコレを解決すべく日本政府が要請を出せば福祉技研(ふくしぎけん)の出番。

現に福祉技研(ふくしぎけん)は今まで何人もの死刑囚を被験体(ひけんたい)として始末してきた過去を持つ。

無論、(まん)(いち)にもこの裏取り引きが一般のマスコミや警察機構にバレてしまった時の対策(たいさく)万全(ばんぜん)で、その時は国家最高権力を持つ組織として表舞台(おもてぶたい)に立つ国家特務警察軍隊長の重徳(しげとみ)が上手くやってくれる手筈(てはず)となっている。

そして被験体(ひけんたい)確保の為のもう1つの手段は──


「始めろ」



地下駐車場よりさらに地下、厳重なセキリュティの(もと)その存在を隠すかのようにして作られた、とある施設に源以(げんい)はいた。

通称八角形(オクタゴン)と呼ばれるこの場所は蜘蛛の巣状に併設(へいせつ)された8つの部屋から()る特異な形状をしている。

施設中央には地上とココとを結ぶ大型エレベーター。

それを降りて正面に1番ルームを(とら)えたらそこを起点に時計回りに8までの数字を()られた部屋で構成されている。

そして源以(げんい)がいるのは八角形(オクタゴン)第8ルーム。

一面ガラス張りとなった部屋の中央、謎の機械に繋がれた男女4人を見つめながらチェアーに腰掛け脚を組み、なぜかこの場に同伴(どうはん)させたフォシルに語り掛けている。


「よく見ておきたまえフォシル君。人類の技術はここまで進化したのだよ」


「・・・あの人達に何をする気だ」


「それは誰の事を言っているのかね?まさか機械に繋がれた"アレ"の事を言っているのではなかろう」


「それ以外に誰がいる。よくも人を人とも思わないセリフを言えたモンだな・・・それともあの人達は人間じゃないとでも言いたいのか?」


「君には前にも説明したハズだ。人間の(おか)した最大の罪、それは人に()せた人ならざるモノを(つく)った事だとね。アレは試験管の中で産まれ育った人類の模倣品(レプリカ)なのだよ」



当たり前の事を当たり前のように説明する源以(げんい)

ここで()かされる被験体(ひけんたい)確保の為のもう1つの手段。

それは限りなく人類に近い存在として生み出された複製(クローン)を使った人体実験である。

しかし99.999%人類と変わらない遺伝子(いでんし)とクオリティを(ほこ)複製(クローン)源以(げんい)に言わせれば不合格らしく、これらを使った人体実験は全て"模擬(もぎ)実験"という(あつか)いにして処理してしまう。

その理由は複製(クローン)の作成手順にあった。


「コレは自らの手を汚さずに多くの()()ようとする賢い人間達が(つく)った都合のいい道具・・・遺伝子(いでんし)操作とナノマシン制御により(わず)か数ヶ月という短い期間で成熟した肉体と記憶を手に入れ、その後ナノマシンにより成長因子を抑止された複製(クローン)達は試験管から取り出される」


「都合のいい道具?未来人(げんだいじん)は何の為にこんな事を!」


大方(おおかた)は戦争ビジネスの為だよ。生後0ヶ月目にして武器を手に取り、自分とは一切(いっさい)関係ない誰かの為の代理戦争を(おこな)複製(クローン)達はまさに(かね)を産む(きん)の卵・・・だが1つだけ問題もあってね。試験管の中で異常成長を()げた代償とでも言うべきかナノマシンでは制御仕切れなくなった成長因子の暴走により、複製(クローン)の肉体は生後3ヶ月目にして180歳のソレと何ら変わりないレベルまで崩壊してしまう。自力では生命維持すら出来なくなる上に、この頃になると複製(クローン)のナノマシンは強制的に機能停止するよう設定されている。いわば寿命(じゅみょう)というヤツが(おとず)れるのが早すぎるのだよ。無論ナノマシンを稼働させ続ければ、もう数ヶ月くらいは生き長らえようが、(かね)を産まなくなった複製(クローン)達を大切に保管しておいても正直意味がなくてね」


「・・・自分が何を言ってるのか、わかってるのか?ビジネスだかなんだか知らないがお前のやってる事は人殺しと同じだ!どうして躊躇(ためら)いもなく人を殺せるんだ!それともコレが未来(いま)の世界観だとでも言うのか!だからあそこにいる4人も殺すのか!?どうなんだ源以(げんい)!!」


「落ち着きたまえよフォシル君。確かに時代の変化と共に、君の暮らしていた頃とは大きく世界観が変わってしまったのかも知れないが複製(クローン)所詮(しょせん)(つく)り物。その事実は変わらんよ。それでもと言うならば聞きたまえ。そしてこれを聞いてもなお、君は複製(クローン)達を"人間" だと言い()るのなら理由を聞かせてほしい」


フォシルをなだめるように冷静な、それでいて冷酷(れいこく)な口調で源以(げんい)が己の主張を始めようとした矢先(やさき)、謎の機械に繋がれた4人の複製(クローン)達が一斉(いっせい)(もが)き苦しみ始めた。

生々(なまなま)しい悲鳴を上げ自由を奪われた身体で必死に(あらが)うも複製(クローン)達が解放される様子はない。

ガラス1枚(へだ)てた向こうで巻き起こる凄惨な光景にフォシルは目を()らし、すぐ(となり)で待機していたアーティの肩を両手で掴みながら片膝(かたひざ)をつく。

ギュッと目を閉じ、ただただ眼前の悪夢が終わるのを待ち続けるフォシルを横目に源以(げんい)は言葉を続けた。

複製(クローン)達の悲鳴に混じりながらも源以(げんい)の声は確実にフォシルの耳へと(つた)わっていく。



「人は愛を(つむ)ぎ、その意思を後世へと受け継ぎながら歴史を(つく)る生き物だ。いかにナノマシン制御された我々と言えども、全ての始まりは(おんな)胎内(たいない)にある。だが複製(クローン)達が()まれ()ずる場所は無機質な試験管の中。本来なら()きとし()ける全ての命が淡々(たんたん)と受け継いできた遺伝情報もなければ親から子へと世代のバトンを回す事もない。生殖機能はオミットされ過去も未来もない"今この瞬間の為だけ"に生かされる非人道兵器(オーガニックウェポン)。誰かの遺伝子(いでんし)を受け継いだ子供でもなければ、その遺伝情報を次世代へと引き継がせる親でもない。それが複製(クローン)の正体であり存在意義そのものなのだよ」


(くる)ってる・・・こんなのおかしいだろ!!」


悲鳴が()んだのを確認してから源以(げんい)を見上げフォシルは怒鳴(どな)った。

部屋の中央、崩壊した顔面と共に(むご)すぎる最期を(うった)えながら全身から血を吹き出しピクリとも動かなくなった複製(クローン)達を不満げな表情で見つめる源以(げんい)は別室にて待機していた処理班を呼び出し冷静に後片付けの指示を出す。

その後も源以(げんい)の視線は相変わらず複製(クローン)の死体に釘付(くぎづ)けだが、フォシルの返答に対してはなぜか賞賛(しょうさん)の言葉を掛けた。


「ふむ、君の口からそんな言葉が出るとは意外だよ。もっと単純に怒鳴(どな)り散らすだけかと思ったのだが、どうやら物事の本質は理解出来たようだね。君の言う通り人類の歴史とは狂気と共に発展したきた(あやま)ちそのもの。せっかくだからその理解を深める為、少しばかり昔話をしようではないか」


「話・・・?」


「今から200年前の西暦4000年代初頭(しょとう)、当時の世界各国のトップ達が一堂に(かい)し、秘密裏に可決された1つのプランがあった。それは"E3計画"と呼ばれるモノで正式名称を"Error of Extreme Evolution"(すなわ)ち人類の(おか)せる意図的(あやま)ちを究極まで発展させた先に何があるのかを知る為の実験が(おこな)われた。この世の規範(きはん)を作ったのが人類なら、それを(おか)すのもまた人類の所業(しょぎょう)であり義務でもある。殺し、差別、支配、人として生まれてきた命の意義さえも奪われた時、人は初めて極限を超えた新たな可能性を生み出せると、お(かみ)達は考えたのだろう。その結果として誕生したのが、自らに降りかかるハズだった全ての苦しみを身代わりとして消化する存在。たった今、君の目の前で使命を(まっと)うしたアレらの原型"Scape(スケープ)Goat(ゴート)"だ」


Scape(スケープ)・・・」


「だが1人に1つの身代わりでは()りなかった。正しく言えば全人類に身代わりがあったところで、世界そのものがダメージを(まぬが)れなければ結局は意味がない。そこで人類は2世紀にわたり世界の身代わりとなる存在を探し続けた。そこで選ばれた存在が君なのだよフォシル君。そして君はEscape(エスケープ)Goat(ゴート)中核(ちゅうかく)として未来(げんだい)に召喚された」



イエスの時代より(つむ)がれし人類の(ぎょう)は今ココに(きわ)まれり。

しかし源以(げんい)の語ったそれらの事は、これから起こるであろう惨劇の序章に過ぎなかった。



「それを言いたいが為に、わざわざこんなモノを見せつけたのか?それになんだよEscape(エスケープ)Goat(ゴート)って・・・逃げた山羊(やぎ)?」


「今日はやけに饒舌(じょうぜつ)だな。いつもは物陰に隠れて虚勢(きょせい)をチラつかせるだけの君が、まるで嘘な(いさ)ましさではないか。何かいい事でもあったのかね?」


皮肉なのか挑発なのか、(なめ)した革が物言わぬ高級感を(ただよ)わせるチェアーから2人を見下し、源以(げんい)は今日初めてフォシルと目を合わせて会話をする。



「スケープゴートと聞いて君は何をイメージする?()(にえ)(ささ)げられる山羊(やぎ)から(てん)じて身代わり(ある)いは、そのまま()(にえ)か・・・もしそれらの答えを思い浮かべたのだとしたら残念ながら話にすらならないな」


「・・・」


「ふむ、器用(きよう)なモノだ。そのクオリティなら誰がどう見ても、君が不服(ふふく)そうな表情を浮かべていると理解できる。(もっと)もそれが私に対してのモノなのか無知な自分に対してのモノなのかは正直どうでもいいのだが」


「・・・」


「本題にもどろう。スケープゴートと言うモノを調べれば始まりは旧約聖書のモーセ五書(ごしょ)。その内の三書(さんしょ)、レビ記の第16章に登場した"2匹の山羊(やぎ)"が語源らしい」


「・・・」


「その中で人間は贖罪(しょくざい)の儀式を(おこな)う為に2匹の山羊(やぎ)を用意した。1匹は主の為の山羊(やぎ)、1匹はアザゼルの為の山羊(やぎ)だ。さてココで質問をしよう。この2匹の山羊(やぎ)のどちらがスケープゴートだと思う?」


「・・・」


「質問の意図(いと)が理解出来ないといった表情だな。では言い方を変えよう。"()(にえ)として殺される山羊(やぎ)"は2匹のうち、どちらだと思う」


「・・・」


「AかBかの二択に対して無回答のCを選ぶとは、なんとも君らしい。どうやら二択でさえも君にとっては難しすぎたようだな?これを教訓に、次回から君に対する問いは全て一択のみで行う事にしよう。さて、肝心の質問の答えだが、()(にえ)として殺されるのは主の為の山羊(やぎ)が正解だ。ではコチラがスケープゴートなのかと言われればそうではない。スケープゴートとは人間の罪を背負(せお)わされ、死ぬ権利すらも奪われ荒野に()てられるアザゼルの為の山羊(やぎ)を言うのだよ」


「・・・」


「少し興味が()いたかね?アザゼルを旧約聖書の文字つまりヘブライ語で表記すると"עזאזל(アザゼル)"となる。これをさらに分解すると "עז(アザ)"は山羊(やぎ)を意味し、"לזא(ゼル)"は逃走を意味する。諸説(しょせつ)これが意味するモノは地獄、(ある)いは主に対して強大を意味する"עזז(アザゼ)"と神を示す"אל(ェル)"から神に選ばれし天使であるとも言われているが、どちらにせよעזאזל(アザゼル)という概念自体がスケープゴートそのものだと言えよう」


「・・・」


「なにか(ひらめ)いたかね?君の考えているモノと、私の考えているモノが同じだと仮定して話を進めよう。スケープゴートそれ自体が()(にえ)なのではなく、あくまで "全ての罪を背負わされた存在"程度だと言える。逆に()(にえ)として命を(ささ)げるのは主の為の山羊(やぎ)。そしてスケープゴート・・・アザゼルの為の山羊(やぎ)が生き残る」


「・・・」


「ここまで話せば理解できよう。Escape(エスケープ)Goat(ゴート)という名を(かん)した本当の意味が。つまり()(にえ)として死ぬのは君ではなく"君以外の全人類"が主の為の山羊(やぎ)として命を(ささ)げる事になる。君はそのプロセスの中で、なくてはならない存在だから今を生かされている。これが意味するモノは全人類1600億の命を()ってして、ようやく君1人の命と釣り合いが取れるという事だ。 Escape(エスケープ)Goat(ゴート)を逃げた山羊(やぎ)解釈(かいしゃく)した君の感性は間違っていない。全人類が死に()(さだ)めにある中で唯一(ゆいいつ)そこから逃げ出せた山羊(やぎ)・・・だが将来的には君1人だけが、この世界に取り残される。ならば()(にえ)と表現しても()(つか)えあるまい?」


(だんま)りを貫くフォシルを他所(よそ)源以(げんい)一切(いっさい)(ども)る事なくEscape(エスケープ)Goat(ゴート)全貌(ぜんぼう)(あか)かした。

考え方によっては西暦4192年4月5日現在の全人類、約1600億人の命を握っているのはフォシルという事になり、その中には源以(げんい)を始めとした福祉技研(ふくしぎけん)職員達はもちろん、新たな命の誕生に喜ぶ者(しか)り、明日の(せい)を渇望して今を生きる者(しか)り、4日前にフォシルの事を思い、涙を流した(かえで)を殺す事もまた(しか)り。

全人類皆殺し計画と単純な言葉に直せもするが、その命の重みを受け止めるのは他ならぬフォシル自身。

魂を下敷(したじ)きにドサッと(しかばね)の山を乗せられたような息苦しさを感じながらフォシルはゆっくりと呼吸を整え、 ()まる言葉を吐き出した。



「そうか・・・アンタにとっちゃ人の命なんてゴミクズ以下って事か。他人だけじゃなくて自分も含めて。ならアンタは何の為に生きてるんだ?俺は誰かを殺す為に生まれてきたわけじゃないし、誰かに殺される為でもない。それでも俺に人を殺せと言うのなら・・・俺は・・・何の為に・・・教えてくれよ・・・」


「君の考えは後でゆっくりと聞かせてもらうとしてもだ。どうして君自身が知り()ない事を私が知っていると思ったのかね?せっかく君が私に期待してくれたのに、それに応えられないのは心苦しい限りだが私も全知全能ではないのだよ。だからこそ失敗もすれば成功した時には喜びもする。(ゆえ)に私がしてやれる事は君の行く(すえ)示唆(しさ)する事だけだ。納得してくれるかね?」


「・・・もういい!!」



逃げ出すように八角形(オクタゴン)第8ルームを飛び出したフォシルを追いかけアーティもこの場を立ち去った。

血生臭(ちなまぐさ)い部屋に1人残された源以(げんい)は2人の事を()()けもしなければその後ろ姿を見送る事もせず所長権限のもと新たな被験体(ひけんたい)を用意させ実験を再開。

そして源以(げんい)の見つめる先では数分前と同じく血反吐(ちへど)を吐きながら複製(クローン)達が(もだ)え苦しみながら死に()える。



「目の前で・・・人が4人も死んだ・・・源以(げんい)に殺された・・・アイツが殺したんだ・・・アイツは悪魔だ ・・・(くる)ってる・・・アーティだってわかるだろ」


逃げ出したフォシルの()け込んだ先、地上と地下とを結ぶ唯一(ゆいいつ)の手段である大型エレベーターの(すみ)(ひざ)から崩れ落ちたフォシルは全身から(にじ)み出る汗と涙を拭き取りながら嗚咽(おえつ)混じりの(うった)えを繰り返す。

ギュルギュルと(ねじ)切れるように五臓六腑(ごぞうろっぷ)が暴れ、焦点も(さだ)まらない両の(まなこ)(うつ)るモノはグニャグニャと(ゆが)む無機質なエレベーターの一角(いっかく)のみ。


「だいたい・・・そんな事したらっ!解放者(リベレータ)と変わらないだろっ!なのに・・・なにがしたいんだ・・・わけがわからない・・・!!」


「該当データ、松永(まつなが)源以(げんい)はフォシルに対して事実を(つた)えたに過ぎません。最重要機密 Escape(エスケープ)Goat(ゴート)に関するデータと松永(まつなが)源以(げんい)の発言に相違(そうい)はなく──」


「うるさい!!」



()(はら)うようにして大きく振り回したフォシルの手はアーティの左頬を裏拳(うらけん)気味に()(ぱた)き、彼女の言葉を(さえぎ)ってしまう。

一瞬の出来事にハッ!と我に返ったフォシルは相も変わらぬ彼女のジトッとした目を見つめて後悔する。

なぜ自分はこんな事をしてしまったのか。

言い回しはどうあれアーティはフォシルを気遣(きづか)い、物事の根本を()こうとしてくれただけなのにその優しささえも今の彼にしてみれば源以(げんい)(おこな)いを正当化して、なおかつそれを庇護(ひご)するモノに聞こえてしまい思わず・・・。

(もっと)も圧倒的ストッピングパワーを(ほこ)るスパルタンリボルバーで撃たれても人工皮膚が(やぶ)かれる程度のダメージしか受けないアーティからしてみれば心配なのは(むし)ろ超硬度フレームを殴ってしまったフォシルの手。

青黒く()れ上がったその手を見て彼女は言葉をかける。


中手骨(ちゅうしゅこつ)にダメージ中度、打撲による内出血を確認。総合損傷レベルをCと判断。周囲の安全(およ)びフォシルの安静を確認、患部周辺の圧迫を(おこな)いを冷却を開始。その後、心臓より高い位置に左手を()げ維持してください」


プログラムに(したが)いフォシルの身を最優先にと行動するアーティは応急処置の方法を語りながら胸元(むなもと)のリボンを(ほど)き、それをテーピング代わりに使用する。

彼女の存在意義を考えればこのリボンは元々そうやって使う事を前提にしたモノなのかも知れない。

最後にジャケットの内ポケットから取り出した透明なフィルムを患部に貼り付け迅速(じんそく)かつ的確な応急処置を完了する。



「ごめん・・・ごめんアーティ・・・俺・・・さっき ・・・アーティの事・・・」


「ダメージ皆無(かいむ)。問題ありません」



打撲が痛くて泣いてるんじゃない。

心が痛くて泣いているんだ。

この現実が(つら)くて、アーティの優しさが逆に(つら)くて、自分の愚行(ぐこう)(つら)くて・・・いっその事、思いっきり殴り返してもらえた方が数億倍楽だっただろうに・・・アーティの両肩に手を掛け跪坐(ひざまず)くようにして泣き崩れるフォシルに対して、これ以上彼女がしてやれる事は何もない。

だからこそアーティは"優しさ"を使いフォシルの身体を(つつ)み込むようにして()きしめた。


「患部を心臓より高い位置に()げ維持してください」


「わかった・・・ごめんアーティ・・・」


「問題ありません」



鋼鉄の()(かご)に揺られる事、(およ)そ5分。

2人を乗せたエレベーターが地上に着いた時、フォシルの目には一滴(いってき)の涙すら浮かんでいなかった。

源以(げんい)に対する怒りで(かわ)ききった目を(こす)り、彼はどうしても聞いておかなければならない事を胸に()め1歩づつ歩き出す。

聞いておかなければならない事とは複製(クローン)の事に他ならず、内容が内容だけに今回ばかりは(かえで)景勝(かげかつ)のような和気藹々(わきあいあい)としたノリは必要ない。

かと言って銑十郎(せんじゅうろう)には特有の()()きにくさがあり、そもそも聞いたところで適当に誤魔化(ごまか)されるのがオチだろう。

そういう意味では白露(はくろ)が適任のだがいかんせん、あの気の弱さと性格からすれば後々(あとあと)の事を恐れて誰かにパスを回す可能性が高く、そこで景勝(かげかつ)源以(げんい)を呼ばれてしまえば()みである。

是非(ぜひ)もなく源以(げんい)は論外として残る人物は(かえで)景勝(かげかつ)よりもマジメで白露(はくろ)よりも臨機応変(りんきおうへん)銑十郎(せんじゅうろう)のように何を誤魔化(ごまか)さず相手の気持ちになって物事を考えてくれる人。

福祉技研(ふくしぎけん)内部に()けるフォシルの交友関係を見ればその人物は三佐(さんさ)を置いて他にいない。

現在時刻は14時40分。

人より遅れて休憩を取る三佐(さんさ)の事、この時間ならちょうどドコかで昼食でも食べているかも知れない。

そう考えたフォシルが2階の食堂を(のぞ)けば、実に常人の1.8倍はあろうかという巨大なシルエットを発見する。

それは間違いなく三佐(さんさ)のモノであり、対する彼も食後の一杯(いっぱい)を飲み終え、視線を上げた先に左手にリボンを巻き付けたフォシルを発見。

最初は(かえで)のイタズラかとも思ったがそこに大きな青アザを確認した三佐(さんさ)は席を立ちながら声を掛ける。


「その手はどうしたのだ?」


「あっ、これですか?その・・・ちょっとぶつけてしまって・・・」


「そうか?いかにアーティが護衛についていようとも周囲には常に気を付ける事だ。この前も(かえで)に階段から蹴落(けお)とされたと聞いたぞ」


「き、気を付けます・・・はい・・・」



今後の注意を(うなが)し、未来式ホルスターにボトルをしまった三佐(さんさ)が食堂をあとにしようとフォシルとすれ違った刹那(せつな)、彼はフォシルに呼び止められる。

妙に力強い眼差(まなざ)しを受けて何事かと三佐(さんさ)が聞き返せばフォシルは"あの事"についての内容を(ほの)めかし、それに応えるべく三佐(さんさ)も場所を移動する。

ナノマシンリンクで景勝(かげかつ)を通じて、もどりが遅くなる事を二課(にか)全体に知らせると三佐(さんさ)はフォシルの為に場所と時間を確保した。

その後、何の為の部屋かは知らないがこじんまりとした中央には一脚(いっきゃく)の丸テーブルと4つの丸椅子(いす)

簡素な扉で仕切られた物静かな空間でようやくフォシルは対談(たいだん)()たす。


(かえで)ではなく私を(たず)ねてきたという事は、何かに対して疑問に思う事があったのだな?」


「・・・はい」


「何があった?」


三佐(さんさ)さん・・・複製(クローン)ってなんなんですか。源以(げんい)複製(クローン)を道具だの(つく)り物だのって・・・でも・・・あれは人間なんじゃないんですか」


「なるほど・・・結論から言えば複製(クローン)は"人に()せた人ならざる生命(いのち)"だ。確かに命ある存在として生きてはいるものの正確に言えばやはり人間ではない」



もしかしたらと一途(いちず)の思いを(たく)三佐(さんさ)に聞いてはみたものの、その答えは源以(げんい)と同じだった。

言い(よう)もな悲しみと絶望がフォシルの胸に()み上げる中、三佐(さんさ)は言葉を続ける。


「所長がドコまで説明したかは知らないが、例えばアーティを見てほしい。彼女の正体がサードメイカンドだという事は理解しているな?その上でアーティは人間なのか、そうじゃないのか・・・答えられるか?」


「それは・・・」


「よかろう。では代わりに私が答えよう。アーティはサードメイカンドだから答えは人間ではない。細かく見ればサードメイカンドとは未来(げんだい)の技術と素材を(もち)いて(つく)られた自動人形(オートマトン)の事であり、これらを形成するパーツや素材は一貫(いっかん)して(ゼロ)から(つく)られる」


「・・・」


「では複製(クローン)はどうなのか?考え方は同じだ。複製(クローン)を形成する肉体や遺伝子(いでんし)なども未来(げんだい)の技術を使い、全て(ゼロ)から(つく)られたモノ。オリジナルとなった遺伝情報もなければ誰かの一部を組み込まれているわけでもなく()いて言えば人類の(つく)ってきた歴史や、そこに(きざ)まれた記憶こそが複製(クローン)のオリジナル。そういう意味で命あるものとは言ったが結局はサードメイカンドと同じく人間でない」


「でもっ!人間じゃないとしても!!複製(クローン)も命ある存在だって言うなら・・・こんなの悲しすぎます・・・ 複製(クローン)だって意思や記憶があるなら、もっと生きていたいって思うハズ・・・」


「そうだな。お前の意見は逆も(しか)り、複製(クローン)(つく)るという事は、生まれてくる事を望んでいない命にさえ無理やり(せい)を与えているのも同じ事。悲しき命・・・か。間違ってはいない。(むし)ろ、そう(とら)える事の方が正しいのだろう」


「だったらどうして──」


「我々は非合法組織。目的の為ならば如何様(いかよう)(きん)であろうとも(おか)す。それが我々に与えられた任務であり、我々が()すべき事なのだ」



福祉技研(ふくしぎけん)二課(にか)主任(しゅにん)として三佐(さんさ)は間違った事は言っていない。

それどころか、なるべくフォシル側に立って彼が求めている回答に近いモノを()べている。

その為もあってか源以(げんい)の時とは打って変わってフォシルは最後まで落ち着いていた。

しかし複製(クローン)の存在とEscape(エスケープ)Goat(ゴート)の目的が彼の中で大きな疑問になったのは間違いない。

そしてこの疑問が(のち)に水面下で(うごめ)いていた3大勢力、 福祉技研(ふくしぎけん)解放者(リベレータ)、Sが直接ぶつかり合う発端(ほったん)ともなった。

そしてフォシルを待ち受ける結末が1つではない事を彼自身に知らしめる。

無論、どの結末を辿(たど)ったとしても一切(いっさい)の希望などないのだが・・・。

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