エピローグ 復活のオリジナル
西暦4192年2月10日。
日本政府首相、及び一部上級官僚からの密命を受けた社会福祉法人 技能開発研究所(以下福祉技研)は異様な空気に支配されていた。
太陽光を拒むようにして引き篭もった研究員一同は、ショーケースに並ぶ玩具を眺める子供のように、とある部屋をガラス越しに見つめている。
その部屋の中には防護服に身を包んだ数人の研究員と中央には鈍い輝きを放つ無骨で巨大な金属製のカプセルが大小様々なホースに繋がれた状態で謎の装置にセットされていた。
それらを一望できる構造に作られた1つ上のフロアから、静かにカプセルを見下ろしているスーツの男が1人。
大凡は60代半ばかナチュラルな灰色に染まる、くねったショートヘアをダンディに遊ばせつつもそこから覗かせる鋭い三白眼は凶悪すぎる輝きを放っている。
物言わぬ貫禄と静かなる威圧感が刻み込まれたその男のもとに白衣を着た若い研究員が訪れ、数枚の資料を手に声を掛ける。
無言のままソレを受け取った男は資料の全てに目を通し少し考えた後、目の前に投影されているデジタルディスプレイに触れ──
「始めろ」
そう一言だけ言い終えるとカプセルのセットされた部屋にもスピーカーを通して男の声が響き渡り、それを合図に防護服の研究員達は一斉に端末機の操作を開始する。
ピピッと1人が液晶パネルに何かを打ち込むと、他の防護服達に"完了"を意味するサインを送る。
それを今度は別の防護服が行い、同じような作業を計4回。
最後の1人が液晶に触れた瞬間、フロア全体に本能的危機感を抱かせる物騒なサイレンが鳴り響く。
刹那、プシューッ!と音を立てカプセルが冷気のようなモノを放出、防護服達を巻き込みながら一瞬にして部屋全体がホワイトアウト。
ガラス1枚隔てた外でその様子を見ていた他の研究員達も思わず体を仰け反りながら腕を上げ、防御の体勢を取る。
「しかし、お上も狸だと思わんかね?」
「はい?」
「この被験体は福祉技研・・・いや、この国にしてもまさに虎の子。世界をひっくり返す可能性を持っていると同時に、使い所を間違えれば本当の意味で世界を終わらせる事にもなりかねん。それを死神という世界的事象に同期させ、さらには隠れ蓑に使いながら口上にもしようと考えている。知恵を持った狸は人間に化ける事以上にズル賢い技を使うモノだな」
「確かに、そう捉えるのも見方の1つかと存じ上げます。ですがこの被験体は虎の子どころか未来人からしたら"神の子"と呼んでも差し支えないモノかと・・・ナノマシン、 統括コード、その他あらゆるシステムにも干渉される事のない純粋な人類。現代において存在するハズのない・・・存在してはイケないモノ。この国が敗戦国になってでも護り抜いた、おそらくは地球最後の人間です。日本政府としても思うところはあるモノかと・・・」
「もしくは20世紀の遺産、或いは生きた化石か」
ホワイトアウトした部屋を見下ろしながら男と若い研究員は語り合う。
徐々に開けてきた部屋の中央では数分前と変わらぬ状態でカプセルが謎の装置にセットされたまま。
それを見た男はスピーカー越しに指示を出す。
「事前に処理を施した被験体は既に半覚醒状態となっているハズだ。2000年の眠りから目覚めた"ご先祖様"を丁重に起こしてやれ」
男の指示で防護服達はおそるおそるカプセルのフタに手をかけると細心の注意を払いながら慎重に、ゆっくりと左右に引っ張りカプセルを観音開きにする。
鋼鉄の仏壇、その中に祀られていた御神体は一糸纏わぬ姿で眠る1人の青年だった。
黒い短髪に整った顔立ち、ほどよい量の筋肉を蓄えた細身の肉体は絵に描いたようにスタイリッシュ。
躊躇しながらも、それの意識があるのかを確かめるべく防護服の1人が青年の頬をペチペチッと叩いた時、青年は顔を背け迷惑そうなリアクションをしながら薄っすらと片目を開けた。
寝起き特有の情けない面を晒しながら辺りをキョロキョロと見渡し、再び目を閉じた青年を見て三白眼の男がスピーカー越しに声を掛ける。
「おはよう化石君。早速だが私の言葉が理解できるかね?理解できたならば右手を上げたまえ」
「・・・」
周りにいた防護服達が"お前の事だ"と青年に説明すると彼は目を閉じたまま気怠そうに右手首だけを返し、その問いに答えを出す。
「なるほど・・・2000年前から我々の言語はほぼ変わっていないと見える。被験体の様子と共にレポートを残しておけ」
隣にいた若い研究員にレポートを取らせている間に男は次の段階へと進む。
「よろしい。今度は君自身の意思で何か言葉を喋ってみたまえ」
「・・・」
明らかに不満そうな寝顔を魅せて青年は小刻みに口を動かしている。
上のフロアから監視を続ける男に代わり、防護服の1人が青年の口元に耳を傾けると彼が放った音声を、己が聞き取ったまま男に報告。
それによると青年は老衰しきった野良犬のような声で "すぐ起きる"と繰り返し言い続けているとの事。
笑いも怒りもしない男は無表情のままスピーカーの電源を切り、その場を離れる間際若い研究員に背中で語り指示を出す。
「不完全ではあるが、覚醒それ自体は成功のようだな ・・・被験体を別館に移し、念の為に入り口付近を武装したサードメイカンド2体に見張らせろ。それと何か着る物をくれてやれ」
以後カプセルの中から現れた青年(被験体M1993-LH)を福祉技研ならびに日本政府は"化石"と呼び、この施設で徹底的な監視の元にケアを行い万全の状態へと復元させる。
そんな折、福祉技研を訪れた上級官僚の一言により、現場は再び異様な空気に支配される。
ほどよい殺気と緊張感、ピリピリとした息苦しさが辺りを漂う中、日本政府(首相を含む一部の上級官僚)が直々に指揮を取り、いよいよ全てが動き出す。
日本国最重要国家機密にして全人類の存亡を賭けた禁忌のプロジェクト"EscapeGoat"。
その全貌が今、明かされる。