第3話:月島薫の不幸な仕事
そこは寂びた公園だった。
放課後、西日が差す4時ごろだがもう少し活気があっても良いものじゃないだろうか。
とにかくこの公園には重要なパーツが足りてない気がする。
子供だ。
というか人だ。
自分以外にとりあえず気配は無い。
ただ居るのは自分と頭上に浮かぶ黒をただ長く伸ばした幸与だけ。
正確にはコイツは居るとは言えない気もするが。
「なぁさっちん。こんな公園でお前の言う、労働をするの?」
「はい、その通りです♪」
即答だった。
その顔は笑顔そのもの。
人目については困るような仕事なのだろうか。
そんな危ない仕事をさせられるのだろうか。
「いえ、それは大丈夫ですよ♪身の安全は保障しませんが」
「なーんだ、なら安心…できるかぁぁぁ!」
ノリツッコミ。以前の5割増しのテンションで。
ビシっと幸与に突っ込んで見るが、当然の如くその身体をすり抜け、腕は空を切るばかりだった。
ホントに、疑いたくなるくらいこうして触れられないこいつはやっぱり霊的なアレなんだな、と改めて理解させられる。
今更疑ってるわけでもないが、妙に人間味のあるコイツは、ホントにそこに存在するようだった。
「それは褒め言葉ですか?」
前言撤回。簡単に人の心のプライバシーに割り込むのは人間じゃない。
「えぇ、さっちんは人間じゃありませんから♪」
…不毛だ。
「なぁさっちん。そろそろ教えてくれよ。俺は何をするんだ?」
「あ、はい♪では説明させて頂きますね。」
キョロキョロ、と珍しく何かを探すように幸与は辺りを見回して、何かを見つけたのか笑顔でコチラを見ながら見つけたそれを指差した。
「あぁ、えっとあの子にとりあえずヘッドスライディングしてきてください♪ぶつかる…というかなんかこう、助ける?って感じでよろしくなのです♪」
「…は?」
「時刻は今から2分後の4時21分にです。あぁ、えーとそれから今回の仕事では200ほど返還されますので。初仕事にしては随分大きいですよ?どうぞよろしく♪」
「待てさっちん。まるで話が見えないぞ?何故俺があの子に向かってヘッドスライディングなんだ?何かの曲芸か?つーか変態だろ」
ハッ!と幸与は鼻で笑った。
今までのイメージが何か音を立てて崩れた様な気がした。
「私は口下手なので論より証拠を。とにかく…あ、1分切りました。」
「ちょっと待てよ…流石に俺、まだ捕まりたくないんだけど。」
「あぁ、大丈夫です。犯罪等には該当しません♪強いて言うなら感謝されるくらいです。」
何を、どう感謝されるんだ…。
いきなり子供に飛びついて何処に感謝される要素があるんだろう…。
「そうですね、歯車…とでも言っておきましょうか。この仕事は『歯車』です♪さぁ、30秒切りました。」
歯車…?
何を訳のわからないことを言っているんだ。
「一応言っておきます。恐らく貴方はコレを見逃したら、今日一日を『不幸』と表現することは出来ないでしょう。なぜなら『不幸』でなく『最悪』な一日になるでしょうから。残り10秒切りました。」
瞬間、俺は走りだしていた。
別にさっちんの言うことを鵜呑みしたわけじゃない。
正直走っている今も半信半疑だ。
でもアイツの目が、声が。何となく真実味を帯びていた。
それに…
「行動を起こさない後悔より、行動を起こした後悔を…!ってな!」
「いい心がけですね♪では元気よく飛びついちゃいましょう!」
幸与がそういった瞬間子供に向かって走ってくるトラックがあるのがわかった。
道路沿いで遊んでいた子は、いつの間にか道路に出てしまったようだ。
近くに保護者は見当たらない。
まったく…何してるんだ…この子の親は。
「小僧!思いっきり目つむれぇ!」
「…?」
不思議そうにこちらを見ていた。
疑うことを知らない目。
恐らく3〜4歳程度なのだろう。
キャハハと笑って子供は目を瞑った。
激しい音をだしながらなお、トラックは薫と子供に突っ込んでいく。
キキィと甲高い音を立てて、薫と子供の居た所から数メートル先でトラックは停止した。
「…間一髪って奴?」
歩道には子供を抱えて倒れた薫と、腕の中でキャハハと笑う子供の姿があった。
別に感謝されたかった訳では無いが、子供の親は何処からとも無くやってきて、薫を威嚇するような目で見てから子供を連れて去っていく。
僕がその子の命を救いました。
何て言ったって、たちの悪い詐欺師にしか思われないだろう。
「…にしたって報われねぇなぁ…」
ボヤキながら、薫も自らの帰り路についていた。
夕日はもう見えず、あたりはひっそりと暗くなる時間だった。
「なぁさっちん。結局アレが仕事って事か?」
「その通りです♪」
「なぁ、いい加減説明してくれないか?」
頭上を見上げる。プカプカと浮きながら、しばらく考えこむ幸与。
だがそれも数秒で、口下手ですが…と口を開いた。
「良いですか?例えば薫さんは、『もし自分がそこに居たら』と考えたことは無いでしょうか?自分がその場に居たらまた違ったはず。と。つまりはそういう事なんですよ。」
「…スマン、訳わかんねぇ」
「ようは先ほども言いましたとおり、『歯車』なんですよ。人が何かを成すのは全て『歯車』が回っていると考えてください。」
「余計にわかんねぇよ」
「ちょっと後で脳神経外科紹介しますね♪とにかく、その『歯車』は不幸に向かっているかもしれない。幸運に向かっているかも知れない。それは人には決してわかりません。ですが、我々『運の神』は違います。誰がどう不幸になるのか。誰がどう幸運になるのか。それを全て知っています。」
「…さっちん神様だったんだな。ちょっとリスペクト」
「光栄です♪しかし我々は言葉の通り『運の神』です。現世における『運』をコントロールしなければいけません。」
何だか難しい話になってきたなぁ…と、薫は少し聞いた事を後悔する。
そんな考えは幸与はいとも簡単に読み取れるが、あえて無視し話しを続ける。
「世の中には何事も『絶対量』と言うものがあります。コレを狂わすと少し困ったことになるんですよね。ですが我々『運の神』がこれ等に干渉を続けると人は『幸運』を『幸運』と感じなくなってしまう。『不幸』を『不幸』と感じなくなってしまうのです。」
「ようは…慣れ…ってことか?」
「はい♪貴方のように『不幸』が日常と化すと『不幸』は『不幸』でなく『日常』。そう変換されるようになるんです。こうなるとバランス調整なんて出来たものでは無いんです。」
不幸が日常と化した…か、言い得て妙とはこの事かもしれない、と薫は少し関心してしまったが、自分の不幸を認めたことがまた何ともいえない屈辱でもあった。
「ん?待て…、じゃあ何でその『運の神』であるさっちんが俺に取り付いてるんだ?」
「言ったでしょう?貴方には大きな貸しがある。貴方のご両親から継承された大きな貸しが。」
「待てよ、干渉するとバランスがどうの…じゃないのか?」
「干渉しすぎると、です。ですから貴方のように我々が『貸し』を作って労働させる…いわば『歯車を狂わす存在』を作ることでバランスを保つのです。」
「…それって干渉してるって言わねぇか?」
ハァ、と深いため息が聞こえてきた。
呆れた奴、と言わんばかりの目でコチラを見る幸与。
等々本性を現し始めたのかもしれない。が、すぐにそんな俺の心を読んだのか、営業スマイル全開だ。
俺にプライバシーは無いのだろうか…。
「ありません♪」
「キッパリ言うか」
クスっとイタズラっぽい笑みを浮かべて話を続ける。
「薫さん、例えば貴方が先ほどの子供のようにトラックに轢かれそうになったとしましょう。その時先ほどのように助けられるのと、途中足を滑らせて道路に出る時間が遅れて助かるのと、どちらが幸運だと思いますか?」
「そりゃどっちもだろ。幸運には変わりないし。」
「その通りです。初めはどちらも同じ重さでしょう。ですが人は自分一人で何かを成し遂げるとそれが自分の力と勘違いするケースがあります。」
「??」
「この幸運は『自分の日常』だ。そう思ったら既にその記憶は幸運にはなり得ません。薫さんの『不幸な日常』と同じように日常になってしまったらそれはもう、ただの記憶でしかないのです。」
「…なるほどな。」
自分のことが出されると良くわかる。余りわかりたくも無い気がしたが。
「素直に割り切ってくださいね♪」
「…はいはい…。で?人に助けられると違うのか?俺には一緒に思えてしまうのだが。」
「つくづく無能ですね♪小学生からやり直してください♪えっとですね、人に助けられたら、助けられた人間は『あの人がいたから』と心の隅でそう思うはずです。自分一人の力と、誰かの力の加わった実力では大きな差があります。完全に『日常』にはならず少しでも『幸運』と思える要素が増えるんですよ」
「なるほどな…、でその仕事はいつまで続くんだ?」
「変な所で物分かり良いんですね♪薫さんへの貸しは5歳のときからあります。年間1万ポイントの不幸を与えてますので、現在の返済ポイントは12万ポイント。今現在助けたことにより200ポイント現在の返済運は12万と200ポイントですね。と、しますと…」
何処からとも無く計算機を取り出して何やら幸与は計算を始める。
やがて数値が出ると笑顔で、嫌らしい笑顔で笑ってから結果を伝える。
「えぇと10億引く12万200で残り9億9千9百87万9800ですね。」
「…はい?」
「ですから、9億9千9百87万9800です♪」
なんだか絶望的数字が広がってる気がする。
「…えと、それって返せるのか?」
「さぁ、貴方次第ですね♪」
「返せなかったらどうなるんだ?」
「死んでからもこき使ってあげますよ♪」
笑うしかなかった。
どうしようも無い自体に自暴自棄になりそうだ。
「まぁ頑張ってください♪薫さんの働きには期待しております♪」
どうも赤頭巾です。
このような駄文にお付き合いなさってくださいましてありがとうございます。
これからも「幸と不幸と。」共々作者も精進していきますので生暖かい目で見守ってくださると光栄です。
短いですがこれで。 赤頭巾でした。