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春の御者の子と冬の娘

作者: 小道けいな

 季節をつかさどる女王がとどまる中、国の王からお触れが出ました。

 しかし、そんなことを「灯の寝床の森」に住むウェールは知りません。

 春になると帰ってくる父親を待ち、買い物に町に出かける以外は家にいます。

 この日、ウェールは白い雪に包まれた窓の外を眺めていました。

 森の中の一軒家から見えるのは、屋根にぶら下がるツララに、雪を頭に載せた木々ばかり。

「今年の冬は長いね」

 ウェールは赤毛の男の人形を抱きしめました。人形の名前はヴァストクといいます。

 大きさはウェールが胴体を抱きしめるのにちょうどいいのです。布と綿で作られた顔と体にはこじゃれた服を着ています。その服はウェールが作ってあげることもるのです。裁縫が好きなため、楽しくて仕方がなく、ヴァストクはウェールより服を持っています。

 布で作られた人形で、髪の毛は赤い毛糸、口は刺繍糸で口角をあげて笑顔、目はボタンです。ウェールはヴァストクに話しかけるたびにきちんと答えてくれているように感じています。

 動くこともしゃべることもありません。それでもボタンと刺繍糸の顔はウェールに答えてくれるのです。

 父が間はヴァストクだけが家族で友達です。町で見つけて一目で気に入って、買ってほしいとねだって正解でした。ヴァストクがいれば一人でも我慢できます。父親がいるのがもちろん一番良いことですし、ヴァストクが動いてしゃべってくれると二番目に良いことです。

「ヴァストクのお洋服、春物も用意しているのに。冬服をもっと用意しなきゃいけなかったかな」

 ウェールはヴァストクの顔を見ました。

 藍色のボタンの目も、刺繍糸で描かれた口も動きません。それでもウェールの中では「そんなことない」と言っているようでした。

「そうだよね。春が来るんんだもの。お父さんが帰ってくるんだもの」

 ウェールは涙をこらえるようにヴァストクを抱きしめました。

 ウェールの父の仕事は春の女王の御者。春になると帰ってきますが、夏になるとまたいなくなるのです。

 お父さんといられるのは一シーズンだけ。

 ウェールは寂しいのですが、お父さんの仕事は重要だと知っているので誇りに思っているのです。

「ヴァストク、そろそろお夕飯にしよう。明日も雪下ろしやツララ壊しもあるしね」

 ウェールは雨戸を閉じて、夜の準備を始めました。


 ウェールは夕食を食べ、しばらく本を読み、勉強をしてから、ベッドに入りました。

 ヴァストクは一緒に布団に入りましたが、ウェールが寝入ったころに布団から出ました。きちんとウェールが布団をかぶっているのを確認して。

「さて、困ったな。親父殿が帰ってこないとなると、ウェールは悲しむ。それに、私も遊べない!」

 ヴァストクはウェールが寝ている間はこっそり動きまわっていました。動いてしゃべれるのを秘密にしているのでした。

 日中も動いてあげればウェールは寂しがらないかもしれません。ヴァストクを頼って何もしない子になってしまうかもしれないと彼が不安に思っているのです。ウェールはいい子ですからヴァストクがきちんと教えれば何もしない子にはならないでしょうが――。

「なんといっても私は、世界一なんでもできる万能人形であるからな!」

 ヴァストクは一人うなずきながらぴょこぴょこ歩きます。

「ちょっとだけ確認しに行って来よう」

 ヴァストクは暖炉の火を確認して、近くにある鍵置き場から合鍵を一本取りました。玄関の鍵を開け出て、きちんと戸締りをしました。

 慣れています、さすがに万能人形と言うだけあります。

 ヴァストクは朝までには帰ろうと少し歩き始めました。

 グルルルル。

 獣のうなり声が聞こえました。

 ヴァストクはビクッと身を震わせて、繁みに隠れました。

 実は手遅れで獣はヴァストクに狙いを定めていました。繁みに隠れたヴァストクに向かってとびかかります。

「うわああ」

 獣に胴体を咥えられ、ヴァストクは運ばれて行ってしまいました。

「助けてー」

 助けは来ません。

 万能人形の名は誤りだったのでしょうか。

 なんと獣が別の強そうな獣に当たり、ヴァストクを捨てて逃げました。

 そのすきに逃げようとしたヴァストクは羽音を耳にしました。あっと思ったときにはヴァストクは空にいました。

 ミミズクがヴァストクを運んでいたのです。

「私はおいしくないぞ!」

 もがきますが足から外れることはないようです。

「困った!」

 巣に戻ってた瞬間に隙がありました。ヴァストクは急いで逃げたのです。

 木から飛び降り、そして、雪に埋まりました。そのおかげか、動物や鳥に見つけられることもなく、移動することはありませんでした。不幸中の幸いでしょう。


 朝がやってきて、ウェールは違和感を覚えました。

「あれ、ヴァストク?」

 抱きしめて寝たはずの人形がいません。寝ている間に落としたのだろうかとベッドの回りを確認しました。

 しかし、いません。

「どうしよう、ヴァストク!」

 ウェールは泣き出しそうな顔で探し始めます。人形が動くとは思っていませんから、夜に泥棒が来て金目のものとしてヴァストクを盗んでいったのか、どこか悪い魔法使いが去って行ったのかと考えます。

 お財布があるため泥棒ではないようです。

 魔法使いはいると聞いたことはりますが、実際見たことありませんので違うと考えます。

「鍵が一本ない!」

 ウェールは昨日使ってきちんとかけました。夜寝る前にもきちんと確認しています。だから、ないこと自体がおかしいのです。

「……まさか、ヴァストクが出て行ったの? ぼく何か悪いことをしたのかな」

 玄関の扉を開けて外を見ると、足跡のような穴が開いています。

 ヴァストクが動くはずないと思っていましたが、自分の考えは不思議に思いませんでした。それよりもヴァストクが動いて独りで出ていく理由が分からず、知らずうちにヴァストクをいじめていたのかと思って不安になるほうが胸の中を大きく占めていました。

 そう考えるとウェールは急いで探そうと思いました。出て行った理由を聞き出したいと考えました。

 その前に朝食用のパンで弁当を作り、保温容器に温かい飲み物も入れました。しっかり着こみ、ヴァストクのためのコートも鞄に入れました。鍵も持ちました。

 準備は重要です。ヴァストクが見つかって二人とも寒さで凍えると大変です。

「ヴァストク、ごめんね、不満に気づいてあげられなくて」

 ウェールは足跡を追いかけました。

 しかし、それは獣によって踏み荒らされ、途切れています。

「うう、あれ?」

 ウェールは見つけました、倒れている鳥を。

 泣いている場合ではなく、その鳥を抱えると家に一旦戻りました。鳥の体は大変冷えています。ヴァストクのことも心配ですが、目の前に倒れている生き物を放置してまで行けるウェールではありませんでした。

 家の鍵を開けて中に入り、マフラーを外すのももどかしく、毛布で鳥を包み、暖炉の火をおこしお湯を沸かします。

 暖炉のそばに鳥を置きました。

 鳥は丸々としており、がっしりとした胴体を持っています。胴体を覆う羽は青や赤など色とりどりです。首はあまり見えず、くちばしが長い顔をしています。倒れているときに足が見えたのですが、体をさせられるのかと言うほど細い足でした。

 ウェールが見たことがある鳥の中に、このような鳥はありません。

「変わった鳥だなぁ……ヴァストクなら知っていたりして」

 鳥の世話が一通り終わったウェールはくすりと笑いました。


 太陽が昇ってから、ヴァストクは立ち上がりました。それまで寒さを我慢し隠れていたと言えば聞こえは良いですが、実は疲れて眠っていただけです。

「寒さに凍えることもあるが、人形で良かったと思う」

 ヴァストクはうなずきます。そして、腕を胸の前で組んで、首を左右に揺らし、考え込みます。

「さてどうしよう」

 しばらく考え込む格好をやったあと、あきらめました。

「歩こう」

 雪が積もった道をズボリズボリ埋まりながら進みます。雪山を乗り越え、そして、埋まる。また乗り越えて、埋まるという状況です。つまり、歩くわけではなく、障害物競走でした。

 人間の大人で二歩進んだところで、ヴァストクは雪まみれな上、力尽きました。

「もう、私は無理だ……このままだと親父殿を見つけるどころか……坊やすまない」

 ヴァストクは涙をこぼしました。ボタンの目なので雰囲気だけですが。

「あら、こんなところに雪だるまが落ちているわ」

 少女の声がして、ヴァストクは宙に浮きました。

「あら、汚い人形」

「……可愛らしいお嬢さん、言うことがひどいですぁ」

 ヴァストクは紳士的に嫌味を言いました。

「褒めていただいてありがとう」

 少女には嫌味は効きませんでした。

 少女は肌は雪のように白く、髪の色はキラキラ輝くプラチナブロンドです。着ているのは白いワンピースに白い毛皮の縁取りの付いた温かいマント、モコモコしている帽子も白でブーツも白。

 ヴァストクはこんな美しい人間を見たことはありません。見たことがあるのはヴァストクを作った男の職人と買い手がつくまでショーウインドウから眺めていた町を行き来する人たちだけです。

「それより、あなた、シャマールを知らない?」

「知らないな、それはなんだい」

「シャマールはシャマールよ。鳥よ」

「知らないなぁ。お嬢さんははぐれたのかな?」

「大きな鳥が飛んできてシャマールを運んでしまったのよ。忌々しい鳥ね。今度見つけたら氷漬けにしてしまうわ」

 怒る少女にヴァストクはおびえます。氷漬けに出るなんて恐ろしい限りです。

「ところでお嬢さん、ここはどこかね?」

「そんなの知らないわ! どこかの国の一つ。まだ冬の女王がいる場所……よね?」

 心配そうな語尾の少女にヴァストクはうなずきました。これは迷わされた人形と迷子という最悪の組み合わせだと感じ取りました。

 四季の女王が動くと季節も廻ります。突然動くというわけではなく、じわじわと変わっていくのです。そのため、周囲を見れば相当凍っている状況ですので、冬の女王が居座っている地域だと推測できます。

「場所が分からないのは困るわ! そうよ、あなた、シャマールが見つかるまで一緒にいなさい」

「仕方がないな」

「さっき埋まっていたわよね」

「……助かる!」

「仕方がないわね」

 ヴァストクは溜息をつきました。どう考えても少女のほうが上手のようです。いえ、ヴァストクとしては少女に泣かれるのも困るので、紳士的に対応している結果でした。

「わたしの名前はシターよ」

「ふむ。私の名はヴァストクだ」

「じゃ、行くわよ。あなたはどこから来たのかしら?」

「……灯の寝床の森だ」

「……そう? じゃあ、春の女王の関係者ね」

 シターは何か考えているようです。

「そうね……そこに行けばいいわね。ヴァストク。シャマールを見つけ次第、そこに向かうわよ」

 ヴァストクはうなずきました。一方で鳥一羽を探し出すのは大変だろうと考えました。

 結果的には家に帰れるのはいいことです。しかし、ウェールが泣いているのかと思うと胸が痛みます。本当は一分一秒でも早く帰りたいのです。

 ここがどこかわかっていないヴァストクとシターなので、協力するのが一番の早道です。

「む? 冬の女王がいるということは、同じ地域から出ていないということだな」

 先ほどから考えていましたがようやく実感がわいたようでヴァストクは呟きました。


 ウェールが見ていると鳥が目を覚ました。

「良かった、動いている」

 鳥はバチッと目を開けると、慌てて毛布から飛び出します。

「ちょっと、お前、何をするのかしら! あたくしは冬の女王の娘に仕える立派で高貴な家政婦なのですよ!」

「あ、えと」

「誘拐してどうしようというのかしら! あの巨大な鳥もお前の手下なのね! きゃああああ、姫様、お逃げください! 姫様をお守りするのもこのシャマールのお役目。こんな子供だが敵と知っても容赦はせぬ!」

「痛い痛い」

 シャマールと名を告げた鳥は毛布に手を伸ばしていたウェールの手をつつきだしました。その勢いは猛烈で、ウェールは慌てて手をどけました。そして、テーブルから離れます。

「そんなに逃げても無駄です」

 シャマールが翼を広げ、ウェールにとびかかろうとしていました。

 ウェールは悲鳴をあげながら、両腕で顔をかばっていました。

「うっ、めまいが」

 シャマールはふらふらしています。

「ああ、大丈夫、鳥さん」

「鳥さんじゃありません。あたくしの名はシャマール!」

「……シャマール、大丈夫? どこか怪我しているの」

「呼び捨てするとは教育がなっていない子供ですわね」

「……シャマールさん」

 ウェールはげんなりしてきました。

 変わった鳥で、しゃべる鳥で本当は驚く瞬間はあったはずでした。突然つつかれ、怒鳴られ、困惑し、驚くことを忘れていました。

 シャマールの具合が悪いなら、医者に見せる必要もあります。しゃべる鳥ならば、自分でしゃべってくれるとウェールはドキドキして待ちました。動物が具合悪いというのは、観察してウェールが理解するしかないのです。おなかが痛いのか、ただの食べすぎなのかと。

「何か食べる物はないかしら? まあ、パンでも仕方がないですわね」

「……あるよ。ちょっと待ってね。お湯もいる?」

「それで十分よ」

 ウェールは急いで準備しました。

 ヴァストクを見つけに行くために用意していた弁当を開いて、まず自分の腹ごしらえもしようと考えます。パンを作る余裕はありませんから、小麦粉を練ってパスタを作ろうと考えます。お弁当がないと探しに行くのは大変ですから。

「このパンでいいかな」

「仕方がないから許します」

 ウェールはむっとしましたが、おとなしくパンをちぎってお皿に載せました。少し、おかずもついています。鳥が食べるのかわかりません。

 お湯も深いお器に入れ、シャマールのそばに置きました。

「まあ、気が利くわね」

 ウェールがサンドイッチを食べている間に、シャマールは食べ終わります。

「もっとくれるかしら」

「具があってもいいの?」

「かまわないですわ」

 ウェールは仕方がなく、もう一つのサンドイッチを全部あげました。あっという間に食べられてしまいます。

「足りないですわ」

「もうないよ。これから作らないといけないから待って」

「そうだわ、姫様を探さないと」

「……ぼくだってヴァストクを探しに行かないといけなかったのに」

「知らないわ、そんなこと。それより、もっとおなか一杯にして。そうしないと、探すに探せないわ。あたくしが途中で倒れてしまったら、それこそ、姫様が困ります!」

「……じゃあ、パスタ作る間待っててよ。急ぐから」

「分かりました。仕方がないですわね」

 ウェールは溜息を洩らしつつ、料理を始めました。野菜もついでに茹で、シャマールがなんと言おうと、それ以上はやらないつもり弁当用と分けました。

「さ、これでいいかな」

 シャマールはしぶしぶ食べました。文句は言わないですが、礼もありません。褒める言葉もありませんが、顔は満足げでした。

 ウェールはさっさと別れたい気持ちでいっぱいです。

「あたくしの姫様も見つけなさい」

「あなたはどこからきたの? ここは灯の寝床の森だよ」

「なんですってえええ。じゃあ、あたくしは境から運ばれてきたのよ」

「……遠いね」

「そうよ!」

「シャマールさんのお姫様はどこに向かおうとしていたの?」

「城にある塔です」

「……!」

「きっとシター様は聡いお子ですから、こちらに向かっているのですわ!」

「そ、そうだね」

「なら、探しに行くわよ」

「……う、うう」

 煮え切らないウェールをシャマールはつつきました。

 ウェールはヴァストクのことが心配で仕方がありません。見知らぬ女の子のことも気にはなりますが、知っているヴァストクのほうがより心配です。

 シャマールを放っておくことはできませんから、出かけることにします。パスタのお弁当を持って。


 ヴァストクはシターにつままれて森の中を移動していました。

「それにしても遠いわね」

「そうだなぁ、私は動物に運ばれてきたからさっぱりここがどこかわらない」

「使えないわね」

「私は町の職人の店から今の家に行った後、ウェールと一緒にしか外には出ていないのだ! 地理が分からないのは仕方がないだろう。君は旅をしている、なら、ここがどこがわかっていないのかね」

「知らないわよ! シャマールが道を知っているのだから、わたしが知らなくてもいいの」

 シターは怒ります。

 ヴァストクからすれば非常に迷惑なことです。

「……ところで、何か物音がしないかね?」

 ヴァストクは不安げにつぶやきます。強盗や人間を襲う獣が出た場合、どちらも対応できないでしょう。

「こそこそしないで出ていらっしゃい!」

 シターは勝気に宣言しました。

「あおるな!」

「なぜ? こそこそするほうがいけないのよ! 大体、この私に対して、不埒なことをしようとするのはあり得ないは。するならば、死罪よ!」

「まあ、君以外に対しても犯罪行為はいけないことだがな……」

 ヴァストクはシターの剣幕に押されています。反論も小声の独り言です。

 獣のうなり声が響き渡ります。繁みから出てきました。

 オオカミが五頭。

「うっ、お前、男なら」

「男とか女とかの以前に無理だ! 私は人形なのだぞ」

 シターは人形をオオカミに向かって投げつけました。

「わあああ」

 オオカミは飛んできたヴァストクにひるみましたがすぐに体制を整え、襲い掛かります。

「やめて、痛い」

 ヴァストクは牙で咥えられ、振り回されます。

 ぽいと投げ飛ばされますが、器用に空中でくるくる回って木の幹に着地します。そこから勢いよくオオカミに向かってとびかかりました。

 こうなると破れかぶれです。

 オオカミの横腹をえぐりつつ地面に落ち、別のオオカミにかみつかれてほうり投げられました。

「あああああ」

 自分でも情けないと思う声が響きます。

 宙を舞ったヴァストクは木の枝に引っかかりました。おしゃれで自慢な洋服に枝がかかり、動くと破れそうです。

「ウェールが作ってくれた私のお気に入りの服が! それにしてもどうすればいいのだろうか」

「ちょっと! しっかりしなさいよ!」

 シターは怒ります。

「そんなこと言われても! 私にどうしろと」

「きゃああああ」

「やーーーーー」

 シターの悲鳴を聞いてヴァストクは急ぎました。さすがに子供がオオカミに食べられるのを見ているのはつらいのです。オオカミだってご飯がほしいでしょうが、そのあたりは達観できるほどではありません。

 ヴァストクは何とか抜け出すと地面に飛び下りて、一生懸命走ろうとして雪に埋まりました。

「こっちに来ないで!」

 シターの悲鳴が続きますが、ヴァストクは自分でどうしようもできない状況でおろおろするばかりでした。


 ウェールとシャマールは境に方に向かって歩きます。シャマールはウェールの頭の上に、巣にうずくまる鳥の格好をしています。頭が重いですが、なかなか温かいです。

「早く歩きなさい」

「だって、足元が」

 雪が深くて思うように進めません。家の周りや町に行く通りは雪かきがしてあるためここまで深くことはないのです。これでも必死に進んでいるので文句を言われると怒りたいような悲しいような気持ちになってきます。

 女の子の悲鳴が耳に届きます。

「え?」

「姫様! 早く行きなさい」

「う。うん」

 ウェールは不安になります。女の子が転んだだけなら何とか助けられますが、悪人がいた場合、ウェールだけではどうしようもありません。

「早くなさい」

「痛い」

 頭をつつかれウェールは急ぎました。

「でも、ぼく一人でどうにかできるのかな」

「いいから!」

「ううう」

 落ちていた太くて片手で持てない頑丈そうな棒を手にウェールは歩き始めます。杖代わりにもなり、歩きやすくなりました。

 オオカミの姿が見えます。

「怖いよ……」

 どうにかしないと女の子が危険です。雪玉を作って少しでも遠くから早く追い払おうと考えました。石を中にいれて固く握ります。

「姫様」

 シャマールアが羽ばたきました。そして、オオカミをつつき始めます。

「う、こらーーーー」

 ウェールは精一杯大きな声を上げて雪玉を投げました。幸いそれはオオカミの鼻先に当たり、ひるませました。

「わーーーーーーー」

 ウェールは精一杯大声を出して棒を振り回します。

 オオカミは新たに来た人物を瞬時に分類しました。餌が来た、と判断したのです。

「あっちにいけ!」

「時間を稼ぎなさい」

 見知らぬ女の子――シターは命令します。

「時間稼ぐって言っても。わあわああああ」

 ウェールは大きな声を出して、棒を振り回します。それしかできませんし、わかりません。

 ウェールは三回くらい振り回して力尽きそうでした。

 雪とは違う感触の物を踏みウェールは転びました。

「うぐう」

 足元で男の声がしました。ちょっと甲高いのですが、中年男性だと感じます。

 オオカミは転んだウェールに狙いを定めとびかかりました。恐怖で動けませんでした。

「吹雪よ!」

 女の子が叫びました。氷の粒がウェールの回りを飛び回っています。ウェールはより身をかがめてそれを避けました。それでもちょっと当たって痛かったのです。

 オオカミたちが立ち去る音がします。

「助かった」

「まあ、助かったわ。あなたが来なかったら、魔法を使う時間が稼げなかったもの」

 シターはウェールを見下ろします。

「姫様、御無事で」

「シャマール、良かったわ。どこに飛んでいったのかと思ったわ」

「申し訳ありません。侍女としてあなた様のそばを離れるなど」

「仕方がないわ。ここまで来たのは、変な人形がいたからよ」

「人形?」

 シャマールは首をかしげています。

 ウェールは足元で踏んだものを確認します。

「……ヴァストク!?」

 抱き上げると雪と足跡をはたき落とします。服が破れていますが、綿が出ているようなことはありません。

「良かった! 君が見つけてくれたの?」

「……見つけたというか、雪に埋もれていたのよ。歩こうとして自分より背の高い雪に困った感じね」

「そうなの? ヴァストク……あれ、首から提げているのはおうちの鍵だ。やっぱりヴァストク動けるの?」

「動けるわよ? だって、わたしとここまで来たのだもの……まあ、わたしが持ってきたのだけど」

 シターは事実を告げました。

 ウェールはそれが事実なのか虚構なのか考えます。家から鍵を持っていなくなっていたのは事実。

 現在、ウェールの手の中で動かないのはどういうことでしょうか。ウェールはこれまでヴァストクが一人で動いていることを見たことはありません。

「……ぼくの前だと動いてくれないのかな」

「え? わたしのシャマールみたいじゃないの?」

 ウェールはうなずきます。

 シャマールは見たことがない鳥の上、しゃべれました。ヴァストクと再会できた今、不思議なこともあると思い始めるとともに、ヴァストクも動いていたというならどうして動いてくれないのかと思いました。

「……お姫様だというから、特別なの?」

 シターは複雑な表情になりました。

 自分がは特別だと思いますが、それが当たり前でした。シャマールがいれば母親がいなくとも寂しさはまぎれますが、しゃべってくれるから寂しさはほとんど消えるのです。

 ここまで来られたのは自分の力のおかげであり、シャマールが戻ってきてくれると信じていたことです。ヴァストクがしゃべってくれるために寂しさや恐怖は大きく減っていました。

「ヴァストクに聞きなさい」

 ウェールはヴァストクを見つめます。ボタンの目も刺繍の口も動きません。

「……お姫様は特別なの?」

「……」

「……ぼく、ヴァストクが嫌がることをしていたの?」

 シターはヴァストクが動きかかったのに気づきました。非常に我慢しているのだと。

「お洋服直さないとね……でも……ぼくのこときらいなら……お姫様のところにいく?」

 ウェールの目から涙がこぼれました。

「……ヴァストク!」

 シターが非難の声を上げました。

「すまない、坊や。私は……坊やのことが嫌いじゃないのだ。むしろ大好きだ!」

 ヴァストクはもぞもぞと動きました。口は動いているようで開いていません。でも声は聞こえます。

 目はボタンのままですが、口以上に何かを言っているようです。

「ほ、本当に動いているの?」

 ヴァストクはうなずきます。

 ウェールは思わずシターを見ます。

「わたしに人形を動けるようにするって力はないわ」

「本当に!」

 ウェールは満面の笑みでヴァストクを抱きしめました。再会を改めて喜びあいました。


 そこで一旦休憩をとり、ウェールが持ってきた食事をとりました。

「気が利くわね」

「うん、すぐに見つからないと困るし」

「ふーん」

 ヴァストクも小さいパスタを持ち食べています。

「……これまでご飯あげていなかったけど……」

「別におなかはすくようですいていない。しかし、空腹と言うのを感じ始めた」

 生き物に近くなったようです。

「いつから動けたの?」

「ショーウインドウで買ってくれる人を待っている間に」

 最初からと言うことです。

「じゃあ、なんで秘密なの? お父さんいない間……動いてくれたなって思ったのに」

「……すまない。でも、親父殿がいない間に、坊やと仲良くなりすぎたら、親父殿に迷惑をかけると思ったのだ」

「お父さんとヴァストクじゃ違うよ。どっちも好きだけど、違う好きだよ」

 ウェールが言うと、シターがうなずきます。

「それに……私はなんでもできる! ウェールが自分でやることをやらなくなったら親父殿に顔向けできないと思ったのだ!」

 この瞬間、ウェールとシターはキョトンとした顔になりました。

「なんでもできる?」

「雪に埋もれていたわ」

「薪割りも?」

「どう見ても斧を持てるか分からないわよ」

 二人に言われ、ヴァストクが足をドスドスします。

「できる! 料理だってできるぞ! 家にある本は読んだ! それに、薪割りだってできる!」

 ヴァストクが抗議しますがウェールとシターは笑いました。

 本当にできるかわかりませんが、ヴァストクが料理や薪割りをしているところを想像したのでした。可愛らしいとともに、不安もありますが、やっているところを見てみたいのです。

「笑いすぎだ! 万能人形のこの私を」

「雪に埋もれていたのですわよね?」

 シャマールに指摘されて余計にヴァストクはじたばた始めました。

 ウェールとシターは大きな声でおなかの底から笑いました。


 町が近くなってきました。ここまでくると雪も氷も隅っこに寄っているため歩きやすいです。獣や大きな鳥も寄り付かないため、ヴァストクやシャマールも安心です。

 まっすぐ行けば城があるところにつきます。ここまでくればシターも迷子にならないでしょう。

 東に折れる道を進むとウェールの家があります。

「ねえ、どうして冬の女王は旅に出なかったの?」

「それは……わたしが追いつくのが遅かったからよ……」

「そうなの……じゃあ、これでぼくのお父さん、帰ってくるんだね」

「どういうこと」

「ぼくのお父さん、春の女王の御者だから、春しかいないんだおうちに」

 シターはハッとしました。

 遅くなった理由はちょっと彼女が寄り道をしたから。そのために迷って今になってしまったのです。

 春の女王の従者たちは春が来るのを待っているのです。それと同時に、冬の女王に付き従う者も家族に会うのを楽しみにしているでしょう。

「ごめんなさい」

「なんで謝るの?」

「わたしが来るのが遅かったから」

 シターの目に涙がたまりました。

 ウェールは首をかしげて笑います。

「怒ってもいいけれど、いえいえって言わないといけないんだね、ぼく。でもね、ちゃんとお姫様来たし、無事だったよ? 急いでお母さんのところに行かないと」

「……そうね」

 シターは涙を拭きました。

「姫様行きますよ」

「ええ」

 シターはお姫様らしくお辞儀をします。

「お互いに助かったということだな」

 ヴァストクはにやりと笑い、シターに手を振ります。

「ばいばい」

 ウェールは元気いっぱいに手を振りました。

 シターも振り返って手を振り返しました。


 それから数日後、空気が春めいてきたのです。

「ヴァストク! お父さん、帰ってくるね」

「そうだ」

「ねえ、ヴァストクのことお父さん知っているの?」

「知っているような気がする……動いたところを見せてはいないが……」

 ウェールの父親は出かける前にはヴァストクに必ず話しかけていました。ウェールが気に入っている人形だから気休めに話しかけていたのかもしれませんが、ヴァストクの心には響いておりました。

「びっくりするのかな? それとも『ようやくしゃべったな』と言うのかな?」

 このことに関してはヴァストクもわかりません。ウェールと笑いながら、父の帰宅を待つのでした。

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