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砂塵の王  作者: 秋山 和
追うもの、逃れるもの
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1

 アシャンは、扉の軋む音で目を覚ました。灯りの点いた燭台を手にした人影が、部屋に足を踏み入れる。アシャンは緊張に身を硬くした。


「アシャン」


 囁くその声は、聞き覚えのあるものだった。 


「シアタカ……。何の用?」


 アシャンはシアタカを睨み付ける。


「アシャン、君をここから逃がす」


 シアタカの言葉を理解できずに、アシャンは目を何度か瞬かせた。


「何……、言ってるの?」

「アシャン、キセの一族の元へ帰るんだ」

「からかってるの?また、私を騙す気なんだ」

「弁解はしない。だが、今度こそは裏切らない。ここからアシャンを逃がす。信じてくれ」


 アシャンは、蝋燭の灯に照らされたシアタカの顔をじっと見つめた。シアタカの心には強い乱れが感じられる。だが、曇ってはいない。この感覚を信じてもいいように思えた。


「分かった……」


 小さく頷く。


「シアタカを信じる。でも、今度こそ、裏切ったら許さない。絶対に許さないよ」

「もし俺を信じられなくなったら……」


 シアタカは腰から短剣を抜くと、柄をアシャンに向ける。それは、ヤガネヴと決闘した時に贈られた短剣だった。


「これで俺を刺してくれ。信義の証として、俺の命を捧げる」


 シアタカの目に宿った光は強かった。命を捧げる。アシャンはその言葉に一瞬動揺した。


「敬意の証で渡された短剣を、こんな使い方したら駄目だよ。シアタカの命なんてもらっても、ちっとも嬉しくない。それに、シアタカを殺してしまったら、私はどうやってここから逃げればいいの?」


 アシャンはシアタカを睨むと、短剣を押し返した。


「そうだな……。その通りだ」


 シアタカは強張った表情のまま頷く。そして、アシャンに軍装の外套を手渡した。


「ここから出よう。これを着てくれ。紅旗衣の騎士が任務だと言えば、誰も邪魔はしない。アシャンは、俺の従者として一緒にデソエを出ることができる。沙海を渡るために、駱駝も用意している」


 アシャンはそれを受け取ると、素早く身に着けた。アシャンにはいささか大きいものだったが、動きに支障がでるほどでもない。


「行こう」


 シアタカはアシャンの手を引くと部屋を出る。見れば、見張りらしい兵士が地面に倒れこんでいる。


「殺したの?」


 アシャンは小声で聞いた。シアタカは微かに顔を歪めて言う。


「いや、失神させただけだ。出来れば、殺したくない」

「うん。それでいいと思うよ」


 アシャンは無意識のうちに微笑んでいた。シアタカからは、罪悪感にも似た感情が感じ取れる。彼らはまだシアタカにとっては仲間なのだ。だからこそ、自分を助けてくれたことを信じることができるように思える。


 二人は咎められることなく、素早く館を出た。アシャンはうつむくと思わず安堵の溜息をつく。 


「まだ早い。駱駝を置いている場所まで急ぐぞ」


 シアタカはアシャンの背中を優しく押す。その手の感触が何よりも確かで、頼もしく感じた。




 人気のない街路を歩いている二人の前に、一つの影が立ち塞がった。アシャンが不意をつかれて驚いたのか、思わず小さな悲鳴をあげる。


「シアタカ、何をしているの」


 立ち塞がった人物は声を発する。月光を浴びてきらめく金色の髪は美しい。鎧は身に着けていないが、手には槍を持っていた。


「エンティノ……」

「連れているのは、ウィトじゃないわよね。あの、蟻使いの娘?」

「ああ、そうだ」


 シアタカは頷くと一歩踏み出す。


「やっぱり……。様子がおかしいと思ったら、こんな……」


 エンティノは、アシャンを睨み付けた。その鋭い視線にアシャンは身を硬くする。


「今なら間に合う。シアタカ、お願い。その娘を部屋に返し、あなたは寝床に戻って」


 エンティノはシアタカに顔を向けると、すがるような表情で言った。


「もう決めたことなんだ」


 シアタカは頭を振る。


「お願い、嘘だと言ってよ」


 エンティノの懇願の言葉に、シアタカはもう答えなかった。


「そう……。それが答え……」


 無言のシアタカを見てうつむいたエンティノは、顔を上げるとともに槍の切っ先を向けた。


「お前は反逆者だ。紅旗衣の騎士は、裏切り者を許さない」

「俺は、確かに紅旗衣の騎士を裏切った。だけど、聖女王を裏切ってはいない」


 シアタカは静かな表情で言うと、刀を抜いた。エンティノはシアタカを睨む。


「ふざけたことを。言葉遊びでもするつもりか」

「聖女王の教えは、虐げられし者の救いだ。だから、人々は皆、聖女王を崇拝した。そして、今、俺たちのしていることはなんだ?辺境の民を攻め、少女を攫い、脅しつける。こんなことは、聖女王に命を捧げた騎士のするべきこととは思わない」

「黙れ!そんなことは、私たちが決めることじゃない!」

「いや……。俺が決めることだ」


 シアタカは、言葉をその場に残し、すでに踏み込んでいた。エンティノは驚きの表情とともに身構える。


 振り下ろされた刀を、槍が迎え撃った。エンティノは半身になりながら槍を横に振るい、刀を払おうとする。


 刀は途中で軌道を変えて、横に振り抜かれた。刃は誰もいない虚空を切り裂く。誘いの一撃にのってしまい、エンティノの槍は空振りした。振り抜いたその勢いを活かしたままシアタカは身を転じた。さらに一歩踏み込むと、刀を握っていない左手でエンティノの襟首を掴む。彼女の体を引き付けた。


 姿勢の崩れたエンティノは咄嗟に反応できない。


 シアタカは襟首を掴んだままエンティノの体を自らの腰に乗せ、素早く投げた。


 腰を支点にして、エンティノの体は宙できれいに一回転する。頭から地面に落とされるが、そのまま叩き落されることはない。エンティノは槍の石突を地面に突き立てると、投げ落とされることを防いだ。天に泳いでいた両足が地を踏みしめた瞬間。


「しっ!」


 鋭い気合の声とともに、柄の上側を握った状態で、素早く槍を突き出す。シアタカは掴んだ手を離すと、その突きをかわした。手を離されたことで、エンティノの上体は倒れ始める。しかし、繰り出した槍を素早く戻すとそれを支えにして立ち上がった。


 シアタカは再びエンティノに迫る。彼女は槍の達人だ。距離を取られてしまえば、刀では圧倒的に不利となる。徹底的に間合いを潰して戦わないと勝ち目はないだろう。


 エンティノは後ろに飛び退るが、シアタカも踏み込んで離れることを許さない。


 エンティノは踏み止まると、短く握った槍を繰り出した。シアタカは頭を振ってその突きをかわす。次の瞬間、下から槍の柄が跳ね上がった。突きは誘いで、下から振り上げる一撃が本命だったのだ。シアタカは誘いに乗った自分を心中で罵った。


 槍の柄が左頬を激しく打った。間合いが狭いために、槍を振り回して遠心力で叩きのめすような危険な一撃ではなかったが、それでもそれは痛打となってシアタカを襲う。仰け反る己の体を叱りつけながら、歯を食いしばった。


 エンティノの連撃は止まらない。跳ね上がった槍はそのまま振り下ろされる。シアタカは踏ん張りながら刀を掲げた。緋色の刃と穂先は悲鳴をあげながら互いを削りあう。


 受け流された槍は素早く引き戻されて、すぐさま突き出された。


 シアタカは、後ろに倒れるように仰け反りながら、蹴りを繰り出した。穂先はシアタカの眼前を掠めていく。一方でシアタカの爪先は、エンティノの腹に突き刺さっていた。


「ぐぅっ……」


 エンティノは顔が歪む。


 上体を起こし、素早く踏み込む。同時に、一瞬動きの止まった槍を掴んでいた。


 目の前に目を大きく見開いたエンティノの顔がある。


「すまない」


 シアタカは短く告げた。


 刀を握ったままの拳を繰り出す。物を握ったことによって、殴打は威力が増していた。顎を一撃されて、エンティノは腰から崩れ落ちる。槍を放り出しながら、シアタカはエンティノにのしかかった。もう一撃、左の拳でエンティノの頭を殴りつける。シアタカの拳と地面に挟まれて、エンティノの頭は激しく揺れ、その体も人形のように力無く跳ねた。


 シアタカはゆっくりと立ち上がった。


 アシャンが目を丸くしてシアタカに歩み寄る。


「こ、殺したの?」

「いや、死んでいない」


 シアタカは地に横たわるエンティノを見下ろした。


「でも、あんなに殴ってしまって、大丈夫かな」

「加減は分かってるからね。徹底的にやらないと、反撃をくらってしまう。それに、殺す気なら、刀で止めを刺している。でも、どうしてそんなにエンティノのことを気にするんだ?」


 シアタカは、アシャンの態度に疑問を感じた。アシャンはその問いに、顔を逸らしながら答える。

 

「その……、この人は……、きっと、シアタカのことが、好きだったから……。シアタカが殺してはいけない。そう思ったの……」


 ためらいながら発せられるアシャンの言葉に、シアタカは眉根を寄せた。


「エンティノが俺のことを、好き、だって?」

「シアタカは、気付いてなかったの?」


 アシャンは驚いた様子でシアタカを見る。


「気付かなかった……、いや」


 シアタカは頭を振った。


「気付いていないふりをしていただけだな。俺みたいな人間を好きになる者はいない。そう思いたかったんだ……」

「シアタカ……、何でそんなことを言うの?」


 アシャンは悲しげな表情を浮かべた。


「どうしてそんなに自分を貶めるの?兄さんも言ってたでしょ、シアタカは、自分の価値を考えないと駄目だよ」

「自分の価値か……」


 シアタカは自嘲の笑みを浮かべた。自分はただの人殺しだ。幼い時から、人を殺すことしかしてこなかった。今更自分に何の価値があるとも思えない。今は只、己の信じることを為すだけだ。


「アシャン、君を逃がす。それが、俺が生きている只一つの理由だ」

「そんな悲しいことを言わないでよ……」


 アシャンは顔を歪めるとうつむいた。


「シアタカァァァ、その蛮族の娘が随分とお気に入りなんだなぁ」


 二人の間の沈黙は、粘り気のある男の声によって遮られた。


 街路の影から姿を現したのは、紅旗衣の騎士の同僚であるイェムタムとザドリだった。二人は、戦斧と戦槌を手にしており、鎖甲を身に着けていた。


「見回りの途中にうろついているエンティノを見たから付いて来てみれば、まさかこんな場面に出くわすとはな」


 ザドリはにやにやと笑みを浮かべながらエンティノを見る。 


「信じた男にやられるとは、哀れな女だぜ。最高の見世物だったな」


 イェムタムは笑い声を上げるとザドリの肩を叩く。


「まったくだ。エンティノもどんな気分なんだろうな」

「こいつは、ヴァウラ将軍に拾われずに、売女として生きていればよかったんだ。そうすれば好きな男に叩きのめされることもなかったのにな。いや、結局、男に叩きのめされる人生は変わらねえか」


 二人は笑いあった。


 シアタカは、怒りと、そして悲しみから拳を固く握った。紅旗衣の騎士は、人として扱われなかった者たちが見出した、唯一の生きる居場所だった。ザドリもイェムタムも、皆、人として生きてくために紅旗衣の騎士になったはずだ。それなのに、同じ境遇のはずの二人が、なぜエンティノを罵ることができるのか。


 シアタカは、しかし心とは対照的な静かな表情で、おもむろに口を開いた。


「見逃しては……、くれないか」

「当たり前だろうが」


 ザドリが嘲りの笑みを浮かべた。


「お前が裏切ってくれてありがたいぜ。ずっと前から、お前を殺したくて仕方がなかったんだ」


 その言葉に、シアタカの心は決まった。笑みを浮かべると言う。


「そうか、ありがとう」

「ありがとう、だと?」


 イェムタムが怪訝な表情でシアタカを見る。


「ああ。これで、何の躊躇いもなくお前たちを殺せる」

「なめやがって!!」


 二人は吼えた。その顔に、黒い紋様が浮かび上がる。


 シアタカも、調律の力を呼び起こす。全身が細かく痙攣を始め、紋様が顔を彩った。


「アシャン、遠くに離れて、隠れているんだ」


 シアタカは、獰猛な表情を浮かべながら、振り返った。怯えた様子のアシャンは、うなずく。


「シアタカ、死なないで」

「アシャンを置いては死なない」


 シアタカは短く答えた。そして視線を戻す。


 次の瞬間、三人は、砂を巻き上げながら駆けた。


 常人をはるかに超えた速度で、刀と戦槌、戦斧がぶつかりあう。アムカム銅を鍛えた武器は、凄まじい応酬に耐えている。鉄の武器ならば、とっくに折れ曲がるか砕けているだろう。


 シアタカは何度も身を転じながら二人の攻撃を捌き、かわし、反撃した。その足捌きは旋風のように砂埃を舞い上がらせている。今、鎧は着ていない。だからこそ、素早い体捌きができたのだが、逆に、僅かな失敗でも致命傷になりかねなかった。


 刃が頬を掠めた。斧を掻い潜りながら、刀を繰り出す。確かな手応えとともに、脇腹を鎖甲ごと切り裂いた。


 だが、致命傷ではない。ザドリは怯みもせずに反撃した。


 シアタカは後ろに飛び退いた。そこへ戦槌の一撃が迫る。


 咄嗟に刀で受け止めた。激しい一撃に、弾き飛ばされる。


 起き上がろうとするシアタカに、斧が振り下ろされた。刃は、耳の縁を切り裂きながら地面に叩き込まれる。シアタカは転がりながら飛び起きる。


 イェムタムはさらに追いすがった。斧を受け止めるが、全身でぶつかってくるような一撃に、片手では支えきれない。土壁に激突すると、二人は壁を突き破って折り重なるように家の中に転がり込んだ。


 シアタカは唸り声とともにイェムタムの首を抱えると、引き寄せながら頭突きを繰り出した。鈍い音とともにイェムタムの鼻が潰れる。


 一瞬仰け反ったイェムタムを突き飛ばしながら飛び起きた。すでに屋内に踏み込んだザドリが迫っている。


 繰り出された戦槌を受け流しながら、シアタカは歩を進める。同時に相手の足に自分の足を引っ掛けた。ザドリは半ば宙で回転しながら転倒する。


 転倒するザドリの体の陰から、戦斧が飛び出してきた。横殴りの一撃をかわすと、家から駆け出る。


 イェムタムもその後を追う。


 シアタカは身を転じると、飛び出してきたイェムタムへ刀を横殴りに払った。その一撃を、イェムタムが大きく姿勢を崩しながらも受け止めた。しかし、すでにザドリも屋外に飛び出ている。シアタカに飛び掛りながら、戦斧を振り下ろした。


 シアタカは、最小限の動きで刀を戻すと、肩に担ぎながら自らザドリへと力強く踏み込む。戦斧の刃は刀の刃に阻まれた。刀の峰が肩に食い込むが、同時にシアタカの踏み込みの勢いで、ザドリは後方に弾き飛ばされた。


 シアタカは、横合いからのイェムタムの追撃を許さない。踏み込みによって前に泳いだ体を逆らうことなく倒し、回転を加えながら、振り向きざまに足めがけて切り払う。


 イェムタムは、その場を飛び退いた。


 ザドリは、この隙を逃さなかった。姿勢が低くなっているシアタカ目掛けて駆けると、跳躍して襲い掛かったのだ。


 シアタカの反応が一瞬遅れた。振り下ろされた戦斧に、刀は僅かに遅れて掲げられた。


 首筋への一撃は阻んだものの、逸れた刃は左腕を切り裂く。深手ではないが、看過できるものでもない。シアタカは素早く立ち上がりながら、ザドリに肩からぶつかって撥ね退けた。




 戦いの空気に、一瞬静寂が訪れた。


 アシャンは家屋の陰から戦いを見守っていた。まるで自分が戦っているように、心臓が激しく動悸している。シアタカと二人の戦いに、アシャンの目は追いついていない。まるで、絡み合う旋風つむじかぜをみているようだった。


 二人の騎士は、シアタカを挟んでいる。何とか前後にまわりたいようだが、シアタカがそれを許さない。二人を視界に収めながら、刃を横に寝かせて構えていた。


 その時、アシャンの心に強く触れてくるものがあった。キシュだ。しかも、すぐ近くにいる。キシュが自分を見付けてくれたのだ。キシュはアシャンの場所と状況を理解し、アシャンもキシュの場所と状況を理解した。


 キシュは、アシャンの感覚を通じて目の前の戦いを観察した。そして、アシャンに提案をする。アシャンも、それを了承した。


 シアタカを挟んだ二人の騎士は、じりじりと近寄ってくる。シアタカが大きく息を吸い込み、二人を睨めつける。三人の体に溜め込まれた力が解き放たれようとしていたその瞬間、地を、影が走った。突然、イェムタムが倒れる。


「キシュが来た!」


 アシャンは、興奮のあまり思わず叫んでいた。


 倒れたイェムタムは、キシュ二体によって地面に引きずり倒されていた。シアタカは状況の急変を読み取ったのか、瞬間的に動く。


 驚きの視線をイェムタムに向けたザドリへ剣尖を突き出す。刃はザドリの首筋を掠め切る。血が勢い良く噴出すが、ザドリは気にも留めない。唸りながらシアタカへ戦斧を振るう。がら空きになった腹部を刃が浅く切り裂く。シアタカは身を転じながら一気に刀を払った。赤刃は、ザドリの首に食い込み、次の瞬間、跳ね飛ばしていた。


 シアタカが動いたのとほぼ同時に、ウァンデとカナムーンが暗がりから飛び出していた。地面にうつ伏せに倒れたイェムタムに大槍を突き出す。その体は、地面に縫いとめられた。続けざま、カナムーンの長剣が背から肩にかけて深く切り裂く。イェムタムの下にみるみる血溜りがうまれ、すぐに動きを止めた。


「兄さん、兄さん!」


 アシャンは、ウァンデに駆け寄った。ウァンデは、アシャンを抱きしめる。


「良く頑張ったな、アシャン」


 ウァンデが微笑む。


「ウァンデ、カナムーン……」


 シアタカは三人の前にひざまずいた。


「俺は、お前たちを裏切った。受けた恩を仇で返したんだ。好きなように罰して欲しい」


 ウァンデとカナムーンは顔を見合わせた。 


「どうやら、シアタカは自分の背骨を抜くことができたようだ」


 カナムーンが喉を鳴らしながら言う。


「ああそうだな。本当に、大した奴だ」


 ウァンデが笑みを浮かべながら頷く。


「背骨……。何のことだ?」


 シアタカが戸惑いながら顔を上げる。ウァンデは屈みこむとシアタカの肩に手を置いた。


「シアタカ、俺はお前に敬意を表する。お前は、自分の属している世界を投げ捨てて、妹を助けてくれた」

「助けたといっても、そもそも原因を作ったのは俺だよ……」


 ウァンデはにやりと笑った。


「結局、アシャンを逃がそうと命がけで戦ってくれたんだろう?だったら、いいんだ。嫌味なら後で散々聞かせてやる」

「そういうことだ。今は、デソエから逃れることが先決だ」


 舌を鳴らしながら、カナムーンが言った。


「すまない……」


 シアタカは弱弱しく呟くと立ち上がる。


「そういえば、どうやってデソエに入ったんだ?ウァンデはともかく、カナムーンやキシュが見張りの目を逃れられるはずがない」

「キシュのおかげだよ」


 シアタカの口にした疑問に答えたのは、アシャンだった。キシュとの繋がりを絶たれた経験は、彼女にとってかつてないほどの辛いものだった。そのため、キシュとの繋がりが戻った今、異常なほどの幸福感が心を満たしている。


「キシュがデソエへの道を見付けてくれた」


 ウァンデがキシュたちを指差す。


「道?」

「地下水路だ。デソエの周りの岩場からここまで続いている。大男には少々窮屈な道程だが、安全な道だ。街の外れに出口がある。そこから出るぞ」

「ああ、分かった」


 シアタカは頷いた。


 アシャンは微笑みながらキシュを撫でる。キシュも彼らなりの喜びの思いを伝えてくる。満たされる幸福感の一方で、これからの道の困難を思い、アシャンの心の中に不安が育っていく。だが、仲間がいる。キシュが、ウァンデが、カナムーンが、そして、シアタカが。


 シアタカは、アシャンの元に戻ってきてくれたのだ。それは、キシュとの繋がりにも勝るとも劣らない、幸せな感情だった。

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