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砂塵の王  作者: 秋山 和
彼らは嵐雲をのぞむ
189/220

3

「シアートを売れ……、だと?」


 ヤガンは微かに眉根を寄せる。微かな笑みを浮かべたまま、イウスームは言葉を続けた。


「そうだ。お前は、シアートの権勢を奪うために我々に協力するのだ」


 こいつらか。


 ヤガンは確信した。


 これまでシアートを度々危機に陥れてきた勢力。陰に隠れ、決して姿を現さなかった敵。


 このイウスームと名乗る男が、その勢力に属する者だ。


「俺に、何をさせる気だ?」

「シアートの権門勢家がカラデアに資金を援助し、戦争を長引かせて利益を得ている。我々は、それらの罪状でシアートを告発する。その際に、お前には証人として元老院で証言してもらう」 

「……そんな訴えが通用するような証拠があるのか?」

「それはお前が知る必要は無い。ただ、お前や、他のルェキア族の証言が大きな役割を果たすことは確かだ」

「それで、シアートを追い落とした後、俺たちはどんな得をする?」

 

 ヤガンの問いに笑みを深めたイウスームは答えた。


「まずは、ルェキア族の解放だ。勿論、シアートと共にカラデアと敵対した罪はあるが、死罪は免れるだろう」


 無言のままのヤガンを気にすることなく、イウスームは言葉を続ける。 


「そして、ウル・ヤークスがカラデアに勝利した後のことだ。お前も知っているだろうが、新しい交易路を開拓する時には途轍もない労力がかかる。余所者が手探りで歩くよりも、その土地を良く知る地元の者を使った方が早い。少ない投資で大きな儲けを。商人の鉄則だ。……我々はルェキア族の力を必要としている。これまでのような自由は失うが、ルェキア族は我々と手を組むことで利益を得ることが出来る」


 得意げに語り終えたイウスームは、何の反応も示さないヤガンを見て、怪訝な表情を浮かべた。


「どうした。ルェキア族にとって悪い話ではないはずだ」

「いきなりそんな話をされても、俺には返事は出来ない」


 ヤガンは、溜息と共に頭を振る。イウスームは鼻で笑った。


「何を言っている。ここで決断すれば良い話だ」

「誤解があるようだな。言っておくが、俺はルェキア族の王じゃない。それは、兄貴も同じだ。兄貴や俺がこうしろなんて無理強いしたって、皆が黙って従うわけがない」

「お前たちの事情に興味はない。商売は商品を用意できるかできないか、我々が望むのは結果だけだ。ルェキア族の運命も、その結果で決まる」


 イウスームは冷たく言い放つ。ヤガンはもう一度頭を振ると、イウスームを見据えた。


「今日、返事をすることは無理だ。仲間と相談する必要がある」


 強い口調で言うヤガンを見て、イウスームは不機嫌そうに黙り込んだ。しばらく顎に手を当てて考えているようだったが、おもむろに口を開く。


「相談をするというなら、口の堅い者たちだけにしろ。もし外へ洩れたらお前たちはすぐに捕まり、囚われている同胞たちも不利になる。シアート人はすぐにお前たちを切り捨てるだろうな」

「……分かった。だが、俺の要求も呑んでもらう」

「要求だと? ヤガン、お前は自分の立場が分かっていないよう……」

「いいや、分かってないのはあんたのほうだ」


 机を叩いたヤガンは、イウスームの言葉を遮った。ヤガンは身を乗り出すと、額が触れるくらいゆっくりと顔を近づけてイウスームを睨み付ける。


「イウスーム。あんたはよく分かっていないようだから、教えてやる」


 視線を合わせたイウスームの表情が強張る。


「俺とあんたとじゃあ、責任の重さってもんが違うんだよ……。あんたはただの使い。俺はルェキアの代表だ。その代表が、曖昧な空約束でルェキア族の未来を売り渡してみろ! 俺は信用を失い、ルェキア族はあっという間に離散する。それに比べればあんたは気楽なもんだ。取引に失敗しても、口車に乗らなかった俺を愚か者にして罵っておけばいい。全く気楽な商売だぜ、羨ましい限りだ」  

「言わせておけば、貴様……」

「シアートと俺たちは利用し合っていたが、少なくとも商売相手としては誠実だ。こうやって負けがこんでる奴から質草を取り上げることもせず、救いの手を差し伸べてくれているわけだからな。それで、あんた達はどうだ? 正体も明かさず、脅しつけるようなやり方で俺たちからふんだくろうとしている。俺は商売人だ。あんた達の言い値で、袋に入ったまま中身の見えない商品を買うと思ってるのか?」


 ヤガンはまくし立てて、口を開いたイウスームの言葉を封じる。


「あんたは手札と言ったな。俺より多くの手札を揃えて、一方的に俺を叩きのめして賭け金をふんだくろうってんだろう? お茶のついでにひと仕事ってわけだ。“獅子のたたずまい”ってやつだな、ええ?」 


 ウル・ヤークスの人々が大人物の風格を評する時の言葉を口にして、ヤガンは口元に笑みを浮かべる。


「だがな、俺はそもそも勝負の場に座らない。俺の持ってる手札は少ないが、それでもあんたらの勝利には欠かせない手札だ。俺抜きじゃあ何も始まらない。そうだろ? 端からあんたらの札遊びに付き合う気はないんだ。取引の場が用意されないなら、俺はこの手札を破って河か海にでも投げ捨てる。それでお終いだ」


 顔を歪めたイウスームは、ヤガンを睨み付けた。


「そんな強がりを言っても、ルェキアは助からないぞ」

「かまわんよ。俺が帰らなかったら同胞たちは逃げ出す手はずになってる。俺も商人だ。大損をするようなら、覚悟を決めて損切りをする。囚われている同胞たちのことは仕方がない。こんな有様になったのは間抜けだった俺たちにも責任があるんだ。潔くあきらめるさ。だがな、故郷の一族は怨みを忘れねえ。沙海の同胞は、お前たちを仇と付け狙う」


 ヤガンは人差し指をイウスームに突き付けた。イウスームの顔をが仰け反る。


「ウル・ヤークスで商売ができなくなったら、ルェキアはご先祖様の頃のように追剥ぎ稼業に戻るだけだ。沙海の旅はしんどいぞ。水場を見付けなければすぐに干上がる。水を探してふらふら彷徨っているお前らのけつつつき回してやるぜ。そして、干からびた死体の上で歓迎の踊りを踊ってやる」


 頬を紅潮させ、怒りの表情を浮かべたイウスームは言葉を返さない。ヤガンはフンと鼻を鳴らすと腕組みした。


「どうだ、理解したか? 俺とあんたじゃあ立場が違う。その差は大きいんだ。商談は、話の通じる者同士でないと成立しない。俺とあんたじゃあ、話が通じないんだ。それを理解したなら、身の程を弁えろよ。さっさと帰って、お前のご主人様を連れてこい」

「……落ち着けよヤガン。頭を冷やせ」


 ナドゥシが、睨み合う二人の間に手を差し入れて言った。その腕についた幾つもの傷を見て、ナドゥシに顔を向ける。


「俺の頭は十分冷えてるぜ。それでどうする。俺をぶん殴って言うことを聞かせるか?」

「そんなことはしねぇよ」


 軽く両手を上げたナドゥシが頭を振った。イウスームが険しい表情でナドゥシに言う。


「お前が口を挟むな!」

「いいや、大いに口を挟むね」


 溜息と共に頭を振ったナドゥシは、イウスームに顔を向けた。


「俺は旦那様より、話を円滑に進めるように働けと言われてる。このまま放っておいたら話がこじれる一方だ。……いいかい、イウスームさん。あんた、ヤガンを舐めすぎだ。あんたは地元では、大きな看板を背負って強く出れば相手も言うことを聞いただろうさ。だが、今、あんたはその看板を隠してここにいる。それじゃあ看板の威光も通じねえ。それに、ヤガンは相当な場数を踏んでるぜ? こんな腹の座った奴に、刃物をちらつかせるような安い脅しじゃあ通じない」


 ナドゥシはヤガンを一瞥すると、言葉を続けた。 


「荒事でもそうだ。話の通じる奴を()っちまって、まとまる話もまとまらなくなったことが何度もある。こいつに何かあれば、それこそルェキア族は散り散りだ。元々あいつらは独立独歩で商売をしていた。それをまとめることができたのはヤガンだけだぜ? こいつがいなくなれば、ルェキア族それぞれと話をする羽目になるんだ。それとも、ヤガンの言った通り、沙海でルェキア族相手に喧嘩するか? どっちにしたって、割に合う話じゃねえ」


 もう一度溜息をついたナドゥシは、身を乗り出してイウスームを見据えると、真剣な表情で言う。


「イウスームさん。押すばかりが交渉じゃあねえよ。ここは一度、旦那様に相談するべきだ」


 眉根を寄せたイウスームは、しばらくの間沈黙とともにナドゥシを見ていたが、ゆっくりとヤガンに顔を向けた。ヤガンはその視線を受け止めると、肩をすくめて見せる。ナドゥシは視線を外すと、小さく頷いた。


「……分かった。旦那様にお伺いをたてよう」

「ありがてえ。これで俺も叱られずにすむ」


 ナドゥシはおどけた表情で両手を広げる。そして、笑顔でヤガンを見た。


「ちょいと話がこじれたが、こいつはルェキア族にとって窮地から抜け出す好機だぜ。商人らしく、あんたも頑張って良い条件を取り付ければいいんだ」

「他人事だと思って適当に言いやがって」 


 苦笑しながらヤガンは言う。ナドゥシは小さく首を傾けると笑みを浮かべたまま答えた。


「いいや。俺は、あんたがルェキア族をまとめてくれた方が話が円滑に進むと思ってるんだ。あんたを応援しているんだぜ?」


 これ程信用できない笑みを見るの初めてだ。ナドゥシを見ながら、ヤガンはそう思った。




 

 重い疲労感に耐えながら、ヤガンは宿へ戻った。

  

「よお、お疲れさん」


 宿の一階は食堂になっている。今の時間は客はあまりいない。そんな中、席に座っていたカセクタが、ヤガンを見て右手を上げた。ヤガンも手を上げて応える。


「部屋で、お客がお待ちだ」


 カセクタが、二階へ上がる階段を親指で示してにやりと笑った。


「客? 誰だ?」

「会ってからのお楽しみだよ」

「何だよ、勿体ぶりやがって。気持ち悪いな」


 ヤガンは溜息を突きながら階段を上る。カセクタが何も言わないのだから、おそらく危険な相手ではないだろう。しかし、イウスームたちの後に立て続けに人と会うとなると、嫌な予感がしてしまう。


 薄暗い室内に三人の人影があった。


 微かに目を細めたヤガンは、彼らがよく知る顔であることに驚く。


「これはこれは……。はるばるアシス・ルーまで訪ねて来てくれたんですか」


 ヤガンの言葉に、シアート人の青年、アトルが笑顔で頷いた。


「久しぶりだねヤガン。元気そうで何よりだ」

「何から何まで世話になってますからね」


 ヤガンは肩をすくめると、彼らの前に座った。


「……しかし、アトル様はともかく、この御二方はなんでこんな所に?」


 そう言って、アトルの隣に座る男と、窓際に立つ男を見比べる。彼らと顔を合わせるのは久しぶりだ。エルアエル帝国から来た二人、ディギィルはヤガンに軽く頷いて見せる。イシュリーフは壁に背を預けたままヤガンを一瞥し、窓の外に視線を移した。


「君に頼みたいことがある」


 おもむろに口を開いたディギルの言葉に、ヤガンは首を傾げる。


「頼みたいこと?」

「今日、君は一人の男と会った。その男は、シアートの人々の敵であり、そして、我々エルアエル帝国にとっても敵だ」

「俺を監視していたんですか?」


 ヤガンは視線を鋭くしてディギィルを、そしてアトルを見た。


「ああ、そうだ。我々は君を……、正確には君に近付いて来る者を待ち構えていたんだ」


 アトルは頷くと答える。


「奴らは俺にシアートを売れ、と言いました。その事も知っていたんですか?」

「ああ。敵はシアートを陥れようとしている。その為に、ヤガンという男が必要だと言うことも分かっていた」

「……なるほど。俺は、餌として首輪に繋がれていたってわけですか」


 溜息をついたヤガンを見て、アトルは視線を逸らした。


「あまり良い例えではないけれど、敵を誘い出すために君が必要だったことは確かだ。以前から、シアートの中に裏切り者がいる疑いが濃かった。そこで、敵に通じていると思しき者たちに、それぞれ少しずつ情報を漏らし、敵が動き出すのを待ち構えていたんだ」

「それで、ようやく餌に喰らいついてくれたと」


 ヤガンは口の端を歪めて言った。アトルは視線を戻すと、ヤガンを見つめて頷いた。


「黙っていたことは謝罪する。だが、これで、シアートの情報がどこから漏れているのか見極めることが出来た」

「お役にたてて光栄ですよ。これで、少しは恩返しが出来た」

「それで、君は彼らに協力することを約束したのか? ……ああ、勿論、協力を約束したからといって責めることはしない」


 アトルは問いを発した後、慌てて右手を上げた。その気遣う言葉に苦笑しながら、ヤガンは答える。


「保留しました。奴ら、使いの者を寄越して言うことを聞かせようなんて舐めた真似したんでね。親玉を連れてこいって答えましたよ」

「ヤガン、君という男は……」


 アトルはディギィルと顔を見合わせると、感じ入ったような表情で頭を振った。


「君はいつも思いもよらない運命を引き寄せる。君の要求は、奇しくも我々が思い描いていた中でも最も幸運な筋書きだ」

「敵の頭を引き摺り出せるってことですからね」

「ああ、そうだ」

「敵の正体は見当がついているんですか?」

「アッディールというカザラ人の商人。君が会った者は、アッディールのもつバータイ商会の者だ。……そして、その背後には第四軍がいる」

「軍が関与しているという話は本当でしたか」


 別荘で襲撃を受けた時から囁かれていた噂を思い出す。アトルは、厳しい表情で頷いた。ヤガンはディギィルに顔を向けた。


「それで、エルアエルのお二方は、俺に何を頼みたいっていうんですか?」

「敵は、ウル・ヤークスの外にもいる。ウル・ヤークスの乱れを利用し、利益を得ようとする者たちだ。彼らは、陰に隠れ、第四軍に力を貸してシアートを退けようとしている」


 ディギィルの答えに、ヤガンは首を傾げた。


「ウル・ヤークスの外……。イールムのことですか?」

「いや、違う。勿論、ウル・ヤークスが乱れれば、イールム王国もそれに付けこもうとするだろう。だが、もっと直接的に、シアートを滅ぼしたい勢力がいるのだ。その敵は、海の向こうにいる。フオマオーン共和国という、エルアエルよりさらに西方にある国だ。フオマオーン共和国は、シアートと同じ海の民であり、西の海に船を出し、交易を営んでいる」

「ああ、成程。商売敵ってわけですね」

「察しが良くて助かるよ。フオマオーンは、シアートと、祖を同じくするラーナタを追い落としたい。そして、その交易路を手に入れようとしているのだ」


 ヤガンは舌打ちすると呟く。 


「アッディールとかいう糞野郎と一緒か……」

「そういうことだ。おそらく第四軍は、西の海の利益をフオマオーン共和国に約束し、南洋の交易を重視するつもりなのだと我々は推測している」


 ディギィルの言葉にアトルは頷いた。


「エルアエル帝国はそのフオマオーン共和国がしてくると、何か不都合なことでもあるんですか? アトル様の前でこんな事を言うのは何だが、シアートの代わりに付き合っていけばいいんでは?」 


 ヤガンは、横目でアトルを見ながら言った。


「エルアエル帝国にとって、シアートはとても良い取引相手なんだ」


 頭を振ったディギィルは答える。 


「エルアエル帝国は、かつて、シアートを支配下においたこともある。その頃からシアートは『恩恵の天秤』の教えと共にとして海を渡り、人々を繋いできた。ウル・ヤークスが建国された後もその教えは守られ、皆に利益をもたらしている」

「恩恵の天秤?」


 ヤガンはアトルに顔を向けた。アトルは頷き、口を開いた。


「……シアートの教えだ。己の利益。相手の利益。そして、それを支え、釣り合わせている世の利益。その三つがあって初めて繁栄がある。どちらかだけに傾いてしまうと、それを支えている天秤も崩れ、全てを失う。我々は、常に天秤の均衡に注意を払わなければならない。そう言う教えだ。それを心掛けているからこそ、シアートははるか古の時代からの繁栄を受け継いでこれたんだ。勿論、何度となく誤りがあり、天秤が傾いてしまったことがあった。だが、誰かがその天秤を均衡させてきたんだよ」

「俺もその恩恵を受けてるってことですね」

「そういうことになるかな」


 アトルは微かに笑みを浮かべた。


「二十年前、エルアエル帝国は内乱によって荒れ、麻の如く乱れた。皇帝陛下が平定するまで、十年もの間、争いは続いたのだ。その混乱に付け入ろうとする勢力は多かった。だが、ウル・ヤークス王国はそうではなかった。シアートの人々を中心として元老院の意見をまとめ上げて、不干渉を貫いてくれた。それどころか、国境をうかがうイールム王国を牽制さえしてくれたのだ。今の宮廷には、その時の恩を忘れていない者が少なくない」

「あの時はウル・ヤークスも余裕がなかったのです。他国の争いに首を突っ込んでいる場合ではなかったんですよ」


 アトルの言葉に、ディギィルは笑みを浮かべた。


「そう言うことにしておきましょう。……だが、フオマオーンは違ったのだ。幾つかの島は、内乱のどさくさに彼らに占領されてしまった。勿論、後に取り返したがね。それ以外にも、フオマオーンとは海上の航路をめぐって度々争った。今も彼らは帝都に商館を置いて取引はあるが、貪欲で信用できない相手だ」

「なるほど。そりゃあ、シアートと取引を続けたくもなりますね」


 ディギィルは頷くと言葉を続けた。


「そして何より、ウル・ヤークス王国が乱れてしまっては困るのだ。今のエルアエル帝国は、皇帝陛下が崩御され、玉座は空いたままだ。内乱の傷も今だ癒えず、内政に注力したい。一方で、イールム王国は騎馬の民を破り、砂漠の回廊への影響力を増した。これによって、竜の帝国との交易を独占することが出来る。このままではイールム王国の勢力は増すだろう。エルアエル帝国、ウル・ヤークス王国、イールム王国という三大国の勢力の均衡が崩れる恐れがある。三国の均衡を保つために、本国はこの対策に本腰を入れることを決定した。君のために、我々も援助は惜しまない」

「……話しがでかくなってきましたね。俺なんかが、何の役に立つって言うんです?」

「出来れば彼らの陰にいる者たちを引きずり出したい。ナタヴ殿は第四軍を、我々はフオマオーン共和国を。その為に、君の、ルェキア族の力がいるのだ。ルェキア族はラーナタ連合とも取引があると聞いている。その利益を餌として、フオマオーン共和国の者を陰から陽の光の下へ誘い出してほしいのだ」

「難しいことを仰る。俺は、フオマオーンの存在に気付いてないふりをしなけりゃならんということですよね」

「そうだな。だが、彼らもその利益は喉から手が出るほど欲しているはずだ。餌をちらつかせれば、必ず喰いついて来る」

「分かりました。何とか奴らを騙くらかしますよ」

「期待している」


 ディギィルは微笑んだ。


「……結局俺たちはあんたらの思惑で動かされる駒ってわけですね」


 強国の思惑は砂嵐のようにルェキア族を翻弄している。世界中の人間が自分を嘲笑っているような気分になり、ヤガンは大きく溜息をついた。ディギィルはゆっくりと頭を振ると、ヤガンを見つめる。


「これはいにしえから繰り返されてきた大いなる盤棋(グレートゲーム)の続きなんだ。指し手も勝敗も常にめぐり、入れ替わる。その中では、君も我々も駒の一つにすぎない。歩兵、騎兵、魔術師、王……。盤棋の駒は、それぞれ役割が決まっている。だが、その駒をどう配してどう動かすのか。それによって勝負は大きく変わる。決して無駄な駒はなく、小さな一手が勝敗を分けることもある。……自分が局面をひっくり返すことが出来る駒だと思えば、悪い気はしないだろう?」


 ディギィルの浮かべた笑みを見て、ヤガンはもう一度溜息をついた。

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