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砂塵の王  作者: 秋山 和
導かれし者たち
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25

 その部屋には、ウル・ヤークス王国第三軍ギェナ・ヴァン・ワの中枢を担う人々が集っていた。


 軍団長であるヴァウラ。副官のタハフ。彼に従う千人長たち。従軍僧長。聖導教団の魔術師ワセト。そして、紅旗衣の騎士団団長であるマウダウもいた。


 円となって座る彼らの中央には大きな地図が置かれている。それは、点と線によってカラデアとデソエ、沙海に点在する水源地や岩塊群ガノン、巨大な砂丘、そして、今や岩砦ガダラシュと呼ばれるようになったカラデア軍の岩塊群城砦を記したものだ。簡易的な表記だが、上空と地上からの観測を合わせて製作されたために正確なものだった。


 そして、特に目立つように赤い色の線で描かれた一本の道がある。それは、点在する水源の上に線を引いただけの簡易的な表記の道だが、デソエから『軍営府ミスル』へと続いている。両地点を結ぶ最短かつ最善のこの道は、『軍路』と呼ばれるようになっていた。


駅逓えきていの設営が完了しました」


 千人長の一人が、軍路の上に記した目印を次々と指差しながら言う。


 沙海での戦争において、空兵は斥候、伝令として常に空を飛び回っている。この灼熱の地で長時間飛行することによる消耗が激しいため、進路上の水源地に補給所を設置することになった。これを駅逓えきていと呼んでいる。これは、ウル・ヤークスにおける逓信制度をそのまま外征に用いたものだ。ウル・ヤークス国内においては、街道沿いや時に険しい山岳地帯や砂漠の只中に駅逓と呼ばれる補給所が整備されている。ここに配された馬や恐鳥、駱駝を駆る騎手。そして、翼人や大鳥乗りが文字通り飛脚として伝令の役割を担っている。ここ沙海においては、貴重な水源地を調べ出し、ここに簡易的な軍営をおいて飛び交う空兵たちを休ませる場所にしたのだった。


 ウル・ヤークス軍の築いた軍営府ミスル、カラデア軍の岩塊群城砦である岩砦ガダラシュの間に緊張状態は続くものの、数度の偶発的な衝突を除いて、会戦はおきていない。ウル・ヤークス軍は空兵を駆使した空からの監視網。カラデア軍は黒石の守り手の魔術による地上からの監視網。互いに良い目、良い耳を持っているために、全てが筒抜けになってしまう。その為、来るべき決戦を前にして、両陣営とも無駄な争いを避けて戦力を増強することに専念していた。


 このように、デソエの南の主戦場では静けさを保っていたが、デソエの東方では、騒がしさが増している。


「補給部隊への襲撃が続いています。北部のルェキア諸氏族と、アシス・ルーからの援助があると考えられます」


 輜重部隊を束ねる千人長が厳しい表情で報告する。


 彼らが今いるデソエには、アシス・ルーから定期的に補給部隊がやって来る。軍隊は、ただそこにいるだけで金と食料を消費する。デソエでは食料を自給することがほぼ不可能なために、本国から運び込む必要があった。

 

 ウル・ヤークスの西の都アシス・ルーとその周辺は、王国屈指の穀倉地帯であり、遠征する第三軍に食糧を供給する余裕がある。沙海に進軍した第三軍の兵力は、援軍として駆けつけた第二陣を含めると軍団の八割にものぼる。残り二割の残留組が、アシス・ルーと沙海を往復していた。


 そして、この輸送部隊が、度々襲撃にあうようになっている。敵は、ルェキア族の騎兵部隊で、どこからともなく現れて輸送部隊の隊列を襲う。抵抗が弱いと見れば存分に略奪し、抵抗が強ければすぐさま退く。輸送部隊の護衛にも兵を割かなければならず、第三軍に決して軽くはない被害と消耗を強いていた。


 この襲撃があるために、南の『軍営府ミスル』へ全兵力を割り振ることもできない。防備の薄くなったデソエを奪還されてしまえば、第三軍はまさしく沙海の只中で干上がってしまうだろう。


「時は奴らに味方する。このまま奴らの好きにさせていたならば、こちらの負けだ」


 千人長の一人が険しい表情で同僚を見回した。千人長たちは一様に頷く。


「ルェキア族を攻めましょう」


 おもむろに、タハフが口を開いた。隣に座るヴァウラに顔を向ける。


「ルェキア族を?」

「そうです。ルェキア族がいる北の山脈の放牧地を攻めるのです。幸い、密偵によって北のルェキア族の勢力はかなり把握しています。侵攻は容易なはずです」


 タハフは頷くと、地図の上、デソエの北側の空白を円を描くようになぞった。


「タハフ殿は北と南、兵を二つに分けると仰るのか?」


 怪訝な表情の千人長の一人の問いに、タハフは答える。


「正確に言えば、デソエにいる第三軍は一端軍営府(ミスル)への増補を止め、その兵力をルェキア族討伐に専念することになる」

「ルェキア族の動揺を誘うということだな」


 ヴァウラの言葉に、タハフは頷く。


「はい。奴らの耳は我らの目よりもはるか遠くまで知ることができます。我らが大軍を持ってデソエを出れば、すぐに軍が北へ向かっていると気付くでしょう。さらに、奴らは情報を得ることにおいては、我らよりもはるかに早い。すぐにルェキア族にも知れ渡ることになります。自分たちの一族が危機に陥っていると知って静観できるのか。奴らから何らかの反応を引き出すために、大した時間は必要ないはずですよ」

「しかし、奴らは遊牧の民です。逃散されてしまえば、我が軍がただ原野を引きずり回されることになります」


 千人長が口を挟む。北の山脈は、裾野に乾燥した草地が広がり、高度があがっていくにつれて険しく複雑な地形が刻まれた山肌を見せることになる。土地勘のない第三軍が逃げ回るルェキア族を追うことができるのか。千人長はそんな憂慮を言葉にしたのだろう。


「深入りはせんよ。兵を以って威を振るう。これが第一の目的だ。北部の山脈に楔を打ち込むことによって、ルェキア族がどんな反応を示すのか。まずはそれを見定める」


 タハフは千人長に答え、次いで皆を見回した。


「最善の結果は、ルェキア族がカラデア軍から離反すること。カラデア軍の兵力を割くことができ、軍の結束を乱すことができる。次善の結果は、救援のためにカラデア軍が北へ兵をだすこと。これは、思わぬ形で会戦になる恐れもあるが、戦を短期で終わらせることが可能になる。いずれにしろ、我々は焦る必要はない。カラデア軍の反応を引き出すために、あえてゆっくりと北へ兵力を向ける。ルェキアの諸氏族が集結して決戦を挑んでくるのならば好都合だ。逃げ回るのならば、我々も何度か略奪行を繰り返し、ルェキア族を追い散らす。そうして北部を勢力下におくことで、襲撃部隊への支援を断つことができるだろう」

「これまで以上に空兵の連絡を密にする必要があるな」


 ヴァウラが口を開いた。その言葉は、タハフの建策を認めたということだ。千人長たちの表情が変わる。


岩砦ガダラシュの動きにすぐに対応する必要があります。敵の動きをいかに早く知るか。これが成否を分けるでしょう」

「場合によっては軍営府ミスルからの挟撃も考慮に入れねばならんな」

「その準備は必要です。逆に、岩砦ガダラシュが全兵力を以って軍営府ミスルへ総攻撃をかけることもあり得ます。その場合にも、我々は即座に対応できなければなりませんな」

「そうなれば、望む所というものだ」


 ヴァウラは肩をすくめる。


「もしルェキア族から帰順する者が出たならばいかがいたしましょうか」


 千人長の問いに、ヴァウラは表情を変えることなく静かに答えた。


「無論、聖王教に帰依するならば、皆、我らの同胞だ。喜んで迎え入れよう。ただし、信仰の証として、『改宗者の務め』を果たしてもらうがな」


 軍団の征戦によって聖王教徒として改宗した兵士は、そのまま他の異教徒との戦いで尖兵として駆り出されることになる。新参の兵士たちが先陣に立って戦うことを、彼らは『改宗者の務め』と呼んでいた。


「すぐに計画をまとめろ。皆も、準備にかかれ」


 ヴァウラはタハフに顔を向け、次いで皆を見回した。


「承知しました」


 タハフが、千人長たちが一斉に頷く。


「奴らが忍耐強かった場合も考える必要があるな」


 ヴァウラは地図の上に指を置くと、そのまま線を描くように動かした。その指先はウル・ヤークス王国の方向へ進み、地図をはみ出て床の上で止まる。トン、と床を突いた。


「東からの援助も絶つ。ウル・ヤークス国内におけるルェキア族商人の物と金の流れを抑えろと本国に伝えろ」

「ルァキア族の商人は、ウル・ヤークスでも無視できない影響力があります。元老院もルェキア族商人に手を出すことは認めないのでは?」

「それを何とかするのが奴らの仕事だ。我々を駆り出した責任を取ってもらわんとな。欲に駆られた議員たちの尻を叩け。利益を囁いてそそのかし、現実を知らせて脅せ。長椅子ソファに寝転んで甘い夢を見ている奴らの目を覚まさせてやる」

「居残り組みは泣いて喜ぶでしょうなぁ」


 タハフはくつくつと笑った。


「しかし、この戦は初めてのことばかりです」


 初老の千人長が小さく息を吐く。


「このような誘い出しの策は、早馬が行き交う程度の距離ならば経験がありますが、まさかこんな広大な砂漠で試みることになろうとは考えもしませんでした」

「まったくです。まるでリドゥワを襲い、アタミラから兵を誘い出すようなものですな」


 別の千人長が深く頷く。


「戦場が広大すぎて実感が湧かないな。カラデアの良い耳が羨ましいよ」

「空兵を行き来させている時間も惜しいな」

「そのうち、海の向こうの人間とも話ができるような魔術を編み出してもらわんとな。偉大なる聖導教団に期待しよう」


 ヴァウラは口々に言い合う千人長を見回してから、ワセトを見やった。ワセトは大袈裟な仕草で肩をすくめる。


「それは良いですな。そうなれば、遠征先からでも家族とすぐに話ができる」

「馬鹿言え。飛脚に手紙を託すだけでもとんでもない金をとられるのだ。そんな魔術を使うことになっても、金がかかるにきまっている。夕食の献立を聞くだけで身代を傾けることになるぞ」

「違いない」


 千人長たちは笑いあった。






 北伐の準備のために千人長たちは退室し、部屋にはヴァウラとタハフ、ワセトとマウダウが残った。


「……それで、欠片の様子はどうだ?」


 ヴァウラはワセトに問う。ワセトは大きな笑みを浮かべた。


「順調に力を増しています。その成長振りは、信じられないほどですぞ」

「何があったと思う?」

「それは私にも分かりません。当初想定していた最も大きな可能性……、エンティノたちを手にかけたことによる変化なのかと考えました。しかし、サリカの守り石が欠片と共におります。少なくとも、サリカは生き残っておるようです」

「何らかの理由で、サリカだけは生かされているのでは?」

「それは大いにあり得ることです。サリカはシアタカに何らかの取引を申し出たのかもしれません」

「取引だと?」

「あの者は……、ある意味で聖導教団の申し子といえます。真理の泉に至ることを何より第一に考える。その為には、任務ですら何の枷にはならぬでしょう」

「……お前はそんな者を送り出したのか?」


 ヴァウラは呆れた様子でワセトを見やった。


「あのような者だからこそ、ですよ将軍閣下」


 ワセトはそう言うと笑う。


「あの者は、己の魔術の腕を売り込んで、蟻の民の懐に飛び込んだのかもしれません。任務について説明した際に、随分と興奮していましたからな。そして、あの者の興味は蟻の民にだけあるのではありません。欠片の力もまた、真理の泉へ至るための大いなる扉と考えているはずです」

「なるほど、シアタカと蟻の民を知るために同行しているということか」

「はい。サリカは、守り石をもっています。守り石は大いなる力を持った存在です。分かたれし子が黒石に触れたことで力を得たように、守り石が近くにあるために何らかの影響を受けているのかもしれません。あるいは、サリカがシアタカに何かを教えているのか……」

「蟻の民が何らかの影響を与えているということは有り得るか?」

「それは……、正直分かりません。ただ、あの蟻使いの娘の力は、心や魂の領域に根差したもの。シアタカの魂と溶け合っている欠片に影響を与えたのかもしれません」

「まさか、シアタカはあの大蟻のように蟻使いに支配されているのか?」

 

 ヴァウラは眉根を寄せる。


「いえ、それはないでしょう。蟻使いの力は、いわば鍵のようなものです。複雑で特異な形をした鍵。それは、大蟻という部屋の鍵穴にしか使えず、他の扉を開けることはできません。我々もあの力を模倣することは困難です。しかし、逆に言えばその力は大蟻にしか及ばぬものなのです」

「まったく……、分からぬことばかりだ」


 ヴァウラは溜息をつくとマウダウに顔を向ける。


「さっさとカラデアを平らげて、蟻の民どもの所へ向かわねばならんな。山の中に引き籠ったシアタカを引き摺り出さねばならん」

「その先陣は私に命じてください。シアタカを叩きのめし、閣下の御前に跪かせましょう」


 マウダウは静かに答えた。


「いえ。こちらから出向く必要はありません」


 ワセトが頭を振る。


「何だと?」

「三日月は欠けた半身を探し求めます。シアタカは、必ず帰ってくるでしょう」


 ワセト笑みと共に頷いた。

 

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