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砂塵の王  作者: 秋山 和
導かれし者たち
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「呪い……? 笑えない冗談だな」


 ダリュワが険しい表情を浮かべてユハを見た。その怒りを感じ取りながら、ユハはゆっくりと頭を振った。


「いえ。冗談なんかじゃありません。村の人たちは、呪いに侵されています。だから、癒しの技も薬もきかなかったんです」

「村人が皆、誰かに呪われてるっていうのか?」 

「いえ。正確に言えば、この村が呪われています」 


 カドラヒとダリュワは、その答えに絶句した。


「とても薄っすらとした力……。だけど、秘められた呪いはとても強いんです。時間はかかります。だけど、ずっとこの村にいると、この呪いに侵されて、弱り、殺されてしまう。村に来た時、村の人たちに元気がないことが気になっていました。最初は病人や死人が出ているから落ち込んでいるのだろうと考えたんですが、それだけじゃなかったんです。村の人たちは皆、呪いによって弱っているんです。そして、それによって生まれた嘆きや悲しみ、恐怖が、呪いにさらに力を与えてる……」


 ユハは強張った表情のカドラヒとダリュワを見た。


「村の人たちの力を汲み上げてるってこと?」


 シェリウの問いに、ユハは頷いて見せた。


「うん。今感じた力の流れは、確かにそうだったの。でも、その呪いがどこから来て、どこに集まっているのか、それは、はっきりとは分からなかったな……」

「そうか……。だとしたら、たぶん、魔物や悪霊、精霊の呪いじゃないわね。きっと、術師によって目的を持って組み上げられた術式に従ってる呪詛だ」

「どうして分かるの?」 

「呪いを糧に生きているような魔物もいるけど、そういうのはもっと粗雑で、乱暴なのよ。何ていうか、こんな手の込んだ回りくどいことはせずに、呪いを周りに撒き散らしているような存在ね。元々、呪いは生命の本質の一つ。叫び声や大きな風、あるいは、呻き声や染み出してくる水みたいなものなの」


 シェリウは、周囲を見回した後、再びユハに顔を向けた。


「だから、呪いを核にした魔物も、ただその憎しみを形にしたような、分かり易い存在なのよ。そんな奴らに、こんな、呪いを導くために水路や道を整備するような手の込んだことはできない。勿論、狡猾で、気の長い魔物がいるのかもしれないけれど、結局そういうのは、知恵が回る性質たちの悪い術師と同じようなものだもの」

「なあ、賢いシェリウさんよぉ。馬鹿な俺にも分かるように、噛み砕いて説明してくれねえか?」


 カドラヒが、呆れたような表情で口を挟んだ。シェリウは、頷くとカドラヒとダリュワを見る。


「そうですね。誰かに腹が立った時、怒鳴るか、ぶつぶつ文句を言いますよね? これが、呪いだと考えてください。そうではなくて、遠回しに飾った言葉で嫌味を言う。周りに悪口を広める。衝動から吐き出されたものではなくて、悪意をもって知恵によって編まれた言葉。この村を覆っている呪いは、そういう類のものなんです」

「分かったような、分からんような……。だけどな、嫌味で人は死なねえよ」

「いいえ。ただの言葉でさえも、魂を傷付け、けがすことができます。これは、比喩ではなくて、言葉通りの意味です。弱い人なら、言葉の刃で死にいたることさえある。ましてや、力のこもった呪いなら、人を簡単に傷付け、歪め、殺すことができるんです」


 シェリウの真剣な表情を見て、カドラヒは眉根を寄せると口を噤んだ。


「術式による呪いなら、破ることが出来るよね?」


 シェリウの魔術の技量に期待を寄せて、ユハはたずねる。


「そうね……。まずは何の呪詛なのか特定しないと……」


 シェリウは呟きながら、宙に指で何かを描き始めた。ユハは、こういうシェリウを何回か見たことがある。説法問答の会を取り仕切る役を与えられたシェリウが、その進行を考えていた時に見せていた仕草だ。あの時の説法問答は、形式的なものではなく、アティハ十三教派役や異教徒役まで用意された実に実践的なものであったために、修道院上層部の間でも賛否両論だったという。


 しばらくその状態で思考に没入していたシェリウは、我に返った様子で、皆に顔を向けた。


「これが呪詛の類なんだと分かってしまえば、私も調べることができます。どんな呪詛なのか分かれば、対策も考えることができるはずです」


 シェリウはそう言うと、屈みこんだ。短い聖句を呟くように唱えながら、手にした石で地面に図形を描いていく。それぞれ異なる形の図形を四つ描いた後、目を閉じて、歌うように聖句を唱え始めた。


 しばらくすると、一つの図形の線が波うち、歪みはじめる。やがて、幾何学模様は見る影もなく歪な曲線の塊となってしまった。


「この性質の呪詛を使ってるのか……。隠匿して、圧縮された力だから、性質を絞り込んで、あえて調べてみないと分からないんだ……」


 目を開けたシェリウは、歪んでしまった図形を見ながら顎に手を当てた。


「高度な術なのか?」


 図形を覗き込んでいたラハトが問う。図形に目を向けたまま、シェリウは頷いた。


「とても。力の露出を抑えているけど、確実に、しっかりと呪いの根が人に喰らいつくように編んであります。とても細くて小さな針みたいなものです。近くで見てみないと気付かないけど、鋭い針先は深く突き刺さって潜り込んでいく」

「しかも、ゆっくりと効き目があらわれる毒が塗ってある……」

「ええ、その通りです」

「いよいよ、俺たちの手には負えねえ話になってきたな……。まったく、あんた達に出会わなかったら全てがお仕舞いだったと思うとぞっとするぜ。頼むぞ、お嬢さん方。あんた達だけが頼りだ」


 カドラヒが溜息をついた後、疲れた表情に笑みを浮かべた。


「はい。私たちはその為に此処にいます」


 ユハは、深く頷いた。


「おそらく、この呪詛は、村全体を大きな法陣で覆うことで力を現しているのだと思います」


 シェリウが、周囲に顔をめぐらせながら言う。


「だから、まずはこの呪詛がどこまで広がっているのか、調べないといけません。ユハ、呪詛の境界は感じることはできる?」

「待って……」


 ユハは、小さく手を上げると目を閉じた。すでに一度“世界と繋がり、感じ取った”ことによって、魂に道はできている。聖句を唱えながら、閉ざされた魂の門を、少しだけ開く。


 目を開けると、世界は変貌していた。


 何の変哲もなかった景色に、様々な色や光、波が流れ、飛び交い、満ち満ちている。精霊や力の流れが、全ての感覚にかつてなかった形で混じりあい、飛び込んでくる。様々な存在が震え、響き、囁き、歌っていた。世界は無数の音に満ちていたが、全ては調和して不快に感じることはない。先刻の瞑想の時と違い、ユハという肉の形に留まったままこの世界を受け入れたために、通常の五感との大きな乖離による強烈な違和感に襲われていた。


 思わずよろめいた体をラハトが支える。


「大丈夫か?」

「あ……、すいません。何だか、一杯私の中に入ってきて……」


 欠片の力が顕れた時にも観たことがある、現世うつしよとは少しずれたこの世界。しかし、その時にはこんな酩酊感に襲われることはなかった。逆に言えば、今、自分は欠片の力に支配されていないということになる。あくまで、ユハという器が自分の力でこの世界を受け入れているのだ。そのことに少しだけ満足しながら、何とか自分の足で踏みとどまる。


「ユハ、無理そうなら止めてもいいのよ?」


 こちらを気遣うシェリウの表情。その姿に、ゆらめく幽体の煌きが重なる。今の自分の力では、全てを受け止めて感じ取ることはできない。飛び込んでくる情報を絞らなければならないだろう。ユハは、念を凝らして、感じ取る世界の明度を落としていく。そうすることで、襲い掛かってくる酩酊感が徐々に治まってきた。


 安堵の吐息をつくと、顔を上げてシェリウを見つめた。


「大丈夫。ちょっと戸惑ってるだけ。すぐに慣れるよ」


 ユハは微笑むと、周りを見回す。


「呪いが漂ってるのが見える。まずは、ここから歩かないと」


 この調和と躍動に満ちた世界の中で、一際違和感を感じさせる霧のような力。冷え切った、それでいて沸き立つような熱を感じさせる細かい粒子。この土地全体に漂うそれは、闇夜で篝火に虫が群がるように、ここにいる人目掛けて押し寄せてくる。 


 遠くに見える小さな岩山を見れば、そこには呪詛の力は見られない。つまり、そこまで広大な土地を覆っているわけではなさそうだ。


「一番遠くまで行こう。あの山に呪いの力は観えないから、とりあえず、あそこを目指して歩けばいいと思う」


 ユハは、岩山を指差しながら言った。


 一行は、丘を登っていく。


 すでに太陽は高くなり、陽射しも強さを増している。その暑さに辟易しながらも、歩を進める。


 やがて、村を見下ろせる所で、ユハは立ち止まった。


「ここまでが、境界、……だね」


 呪詛の力は、ここより上へは及んでいない。それを観ることができた。


 ユハの言葉に、シェリウは頷いた。そして、地面に落ちていた短い枯れ枝を手に取ると、聖句を唱えながら人差し指でなぞった。


 そして、掌に置くと、枝は押してもいないのに何回転かした後、止まる。


「浮いてるのか!」


 シェリウの手を覗き込んで、カドラヒが驚きの表情を浮かべた。


「この枝が、行き先を教えてくれます。この呪いはとても広い範囲を覆っている。きっと、法陣を描くために呪具を使っているはずです。それをこの術で探してみます」

「それがあるから呪いが生まれているのか?」 

「そうとは限りませんが……。少なくとも、この呪いを大きく助けているのは確かですね」


 ダリュワの問いに、シェリウは答えた。


「井戸を探す水探し師や、鉱脈を探す山師のまじないみたいなものか?」

「そうですね。同じ原理の術法です。探すものが少し物騒ですけど……」


 シェリウはそう言って肩をすくめる。


 そして、彼らは呪詛の境界に沿って歩き始める。


 彼らがたどった境界の道は、あちこちで折れ曲がり、ひどく複雑な外郭を描いている。野原を登り、下り、長い距離を歩かされることになった。


「普通、法陣っていうのは美しく整然とした形を描くはずなんだけど……」


 額に汗を浮かべたシェリウは手元の枝を見ながら言う。


「きっと、これは、幾つもの法陣を重ねているんだ。やっぱり、すごく手が込んでる」

「そこまでする理由はなんだ?」

「呪詛の中核を隠匿するため。万一の法陣の崩壊を防ぐため。それと、呪いによって得た力を集約するため……。他にも理由があるかもしれませんけど……」


 シェリウはラハトに顔を向けると、微かに困惑の表情を見せた。


「こんなややこしい事までして呪いをかけようなんて、本当に糞野郎だな。どこの誰だか知らねえが、殺してやりてえぜ、まったく」


 カドラヒが顔を歪めると吐き捨てるように言う。


 そこから発せられた怒りに、漂う呪詛が反応する様がユハには観えた。


「カドラヒさん、駄目です。その怒りが呪いに力を与えています。勿論、腹が立つのは分かります。だけど、出来るだけ落ち着いて。呪いに餌をやらないようにしないと……」

「ああ、くそっ。どうすりゃいいんだまったく!」


 ユハの忠告を受けて、カドラヒは苛立ちを抑えられない様子で頭をかきむしった。ダリュワを見ると、その表情は特に変化を感じない。しかし、その幽体の煌きは、まるで揺らめく炎のようだ。ああ、とても怒っているな。ユハは小さく溜息をついた。二人の感情が呪詛を引き付けているが、その怒りを部外者の自分が抑え付けることは出来ない。今はただ、一刻も早く事態を解決するしかない。


「この石だ……」


 シェリウが立ち止まった。彼女が見下ろしているそれは、地面に埋まった何の変哲もない大きな石だ。


「この石が要石かなめいしになってる。きっと、他にも要石かなめいしがあるはず。それを使って村を覆う法陣を描いているのよ」


 シェリウは、ユハに顔を向けると言った。


「そんなことが出来るんだ……」

「あんたを助ける時にあたしが使ったでしょ。それと原理は同じなんだ。だけど、とても高度で、複雑な術式ね……。すごく古式のやり方だし、まさかこんな所で使われているなんて思わなかった」

「他の石も探す?」

「ううん、ここから、呪詛の中核を辿っていこう……」

「ようするに、こいつを掘り返せば呪いは解けるんだな?」


 険しい顔のカドラヒが唸るように言うと、石に近付いた。


 シェリウは慌てて手を上げる。


「触らないで! 何が起こるか分からないんです。こんな高度な呪いをかけることができる術師なら、何か罠を仕掛けているかもしれません」


 カドラヒは、ぎょっとした表情で後ずさった。


「呪いをどこにおくっているのか、何が集めているのか。まずはそれを調べましょう。全体の術式を理解してから、解呪する方法を考えます。それまで、迂闊なことはしないでください」


 シェリウは、鋭い視線をカドラヒに向ける。


「分かった……、分かったよ。素人は手を出さねえ。口を出さねえ。これで良いんだろ?」


 カドラヒは、諦めの表情を浮かべて溜息をついた。

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