9 学校からの帰り道で 後編
なんとなくそれが癪な気がして、私、高槻由真も彼、吉田鷹広に同じことを訊いてみることにした。
「そっちこそ、向こうに彼女を置いてきたんじゃないの」
「彼女なんていないよ」
「うっそ。あなたこそモテてそうじゃない」
「なんでそう思うかな」
すごく不思議そうな顔で、彼は言ってきた。
まさかとは思うけど、彼は自分の顔が整っていると、気がついていないのだろうか。
疑問に思いながらも茶化してみた。
「バレンタインに鞄に入りきらないから、別にバッグを用意していったんじゃないの~」
「だから、なんでそう思うの? 今までバレンタインは、義理しかもらったことがなかったよ」
「え、義理だけ?」
「そう。今年はクラスの女子が全員で、クラスの男子に用意してくれたのだけだったしね」
「……そのあと別で届けに来た子は、いないの」
「一度もないよ。それどころか僕は女子に嫌われていたみたいだし」
「嫌われていたって……」
「僕が話しかけると女子は固まるか逃げるかで、男女でペアを作らないといけないときは、誰が僕のペアになるか相談して押し付けあっていたんだよ」
(ちょっと、それ、違うでしょ。牽制し合った結果でしょ。
もしかして、彼って自覚無いの? 自分がきれいだって。
男の子にきれいって変かもしれないけど、彼の容姿はかわいいではないし、かっこいいとも違うもの)
「だから、高槻さんが普通に話してくれたからうれしくて」
ニッコリと笑った彼の笑顔はとてもまぶしかった。
私は溜め息を吐きそうになって、息を飲み込んだ。
そんな私に気がつかない彼が訊いてきた。
「この後どうする?」
「う~ん、と。買い物をして帰るかな」
「ところで、今夜って何を作るの」
「うーん、悩むところよね。これだけ暑いと食欲はなくなるしね」
「そうなんだよね。僕、まだあまりレパートリーはないから困るんだよ」
「いつから作り始めたの」
「去年の夏から。といっても最初は月に2~3回だったんだ」
「そっか~」
何気ない会話に自然と笑みが浮かぶ。
「高槻さんは長いの?」
「私は祖母がいたから、小学生の頃から教わったかな」
「早くない」
「う~ん? でも、うちは母がいなかったし、手伝うのは嫌じゃなかったから。それにうれしかったし」
「うれしかったの?」
「うん。おばあちゃんに、これは高槻家の味よって、教えてもらうのがね」
「そうなんだ」
「それに、『いつまでもあると思うな親の脛』と『覚えて損はない』というのが祖母の口癖だったしね」
「あははは、素敵なおばあさんだね」
彼の言葉に厳格な中にも、愛情をこめて育ててくれた祖母の姿が、脳裏に浮かんできた。
「うん。厳しかったけどやさしくてね。ただ、そのせいなのか友達に『どこの主婦よ』っていわれるし」
「いわれるんだ」
「夏休みになって図書館に通っているのを、『電気代の節約になるから』と言ったら、言われたのよ」
「あははははぁ~、それは、言われても仕方ないかもね」
その言葉に少しカチンときた。
なので、言わなくていいことを言ってしまった。
「3日連続図書館にいた人に言われたくない」
彼は立ち止まって、私のことを見つめてきた。
私もつられたように立ち止まった。
「……知ってたの」
「……」
バツが悪くて答えられない。
視線を逸らして、私は歩き出した。
「ってか、見てた?」
彼は私に並んで歩きながら訊いてきた。
「うー、目に入っただけ」
「ふぅーん」
「なによ」
意味ありげに言われて彼のことを横目でにらむように見た。
「気にしてくれたのなら、嬉しいな」
「そんなんじゃないわよ」
「そうかな~」
「だから違うってば。たまたま小さな男の子の相手をしているのが、目についたのよ」
立ち止まってそう言ったら、彼は目を丸くした。
「あれを見られたのか~」
彼は納得したように頷いて、今度は彼が先に歩き出した。
「ぜった……先だと思っ……のに」
切れ切れに彼の呟きが聞こえてきた。
私は彼に並ぶと訊いた。
「何か言った?」
「ん~、内緒」
「え~、内緒ってなによ」
「だから、内緒は内緒だよ」
ニヒッという感じに笑う彼に、私は顔をしかめたのだった。
マンションの前まで来たので、一旦部屋に寄ってからスーパーに行くことにした。
部屋に入った私は、洗濯物を取り込んで買い物用のバッグを手に取り部屋を出た。
まだ、彼は出てこないので部屋の前に行く。
チャイムを押して待っているとドアが開いた。
「ごめん。もうちょっと待ってて」
「どうかしたの?」
「もう一回、洗濯機を回したのを忘れてて」
「あー、もう一度やり直しかぁ~」
「うん。やっぱ、夏は臭いがね」
「仕方ないよ。今日も暑いし、部屋を閉め切っていたら40度を超すしね」
「もしよかったら上がる」
「じゃあ、お邪魔します」
部屋に入ると彼はエアコンをつけようとした。
「いいよ、つけなくても。すぐ出るし」
「でも、暑いだろ」
「窓、開けていい?自然の風でいいよ」
「いいけど。何か飲む? あ、家で飲んできた?」
「ううん。飲んでない」
「じゃあ、ペットボトルのお茶でいい?」
「ありがとう」
出されたお茶を飲みながら、部屋を見回した。
「ほんとだね」
「なにが」
「同じ間取りなのに印象が違う」
「ああ」
それから、他愛ない話をしながら洗濯機が止まるのを待った。
ハンガーに干す彼に、手持無沙汰の私は、籠から洗濯物を広げては渡してやる。
「これいいね。すごく楽だ」
と言って、彼は笑った。
それから、一緒にスーパーまで買い物に行った。
マンションに戻ると、明日は午前からお弁当を持って図書館に行く約束をして、別れたのだった。