8 学校からの帰り道で 前編
暑い日差しの中、私、高槻由真と彼、吉田鷹広は歩いていた。
15時を過ぎても、まだ強い日差しが照りつける。
学区の外れに住んでいるので、家まではかなり距離がある。
「夏期講習でクラスメートに対面するだなんて、どうすればいいのかな」
彼がぼやくように言った。
「えー、『普通に転校してきました。よろしく』じゃないの」
「全員来るかな」
「ん~、来るんじゃないの~」
「……気楽に言ってくれるね」
「うん。他人事だもんね」
「高槻さ~ん」
「ふふふっ、ごめん」
軽く返したら、彼にジト目で見られてしまった。
なので、にっこりと笑顔を返したら、なぜかため息を吐かれてしまった。
それから、彼は話題を変えてきた。
「ところでさ、望月先生と榎本先生って、若くてかっこいいよね」
「そうかな~」
「あれだけ格好いいとモテるだろうね」
「う~ん、まあ、騒がれてはいるよね」
学校内で見かけた様子を思いだす。
二人ともよく生徒に囲まれている。
特に顧問をしている部活の、男子生徒と一緒にいることが多かった。
(まあ、女子にも囲まれていることがあるけど、それはどちらかというと遊ばれている気がするんだよな~、望月先生は)
「担任なのに他人事?」
「うん。他人事」
「きっぱり言うね」
「悪い?」
「……」
彼から相槌も帰ってこなかった。
なんかピンとくるものがあったから、訊いてみた。
「ちょっと、何考えたか言ってごらん。怒らないから」
「なんで、怒らないからってつくかな」
「失礼な事を考えたでしょ」
「か、考えてないよ」
そのどもりが怪しいんだって。
だから、疑わしそうに横目で見てやる。
「そ~う~?」
「うん。ただ、先生に関心がないんだなって思っただけ」
「……関心がないわけじゃないんだけどね。ちなみに先生情報知りたい?」
「なんかすごい情報でもあるの?」
「いんや、普通の情報。望月先生は私達が入学した年に大学を出て教師になったの。だからかな、みんなは話しやすいって先生を囲んでいるわね」
「高槻さんは?」
「私? 数学でわからないところは聞きに行くけどね。あとは、僕と化してるからさ」
「ぷっ……くっくっ……あはははぁ~」
そう答えたら、条件反射のように笑いだした彼。
「よ・し・だ・く・ん」
「くっくっ……ご、ごめん。くっ……さっきのやり取り、思い出した」
「やっぱり笑い上戸でしょ」
「はぁ~、違うって。でさぁ~、望月先生が榎本先生のこと先輩って言っていたけど、同じ大学だったとか?」
「それが、違うんだなぁ~」
「え、じゃあ、サークル活動で知り合ったとか?」
「ブッブー。高校が一緒だったんだって。部活が一緒で……って、あれ? 何部っていっていたっけ?」
「……本当に……ないんだね」
首をひねって考えていた私は、横で彼がボソッと呟いた言葉を聞き逃してしまった。
「ん? 何と言ったの?」
「いや、別に大したことじゃないから。それじゃあ先輩ということは、榎本先生は望月先生より1年か2年上なんだね」
「あ、そうなの。2年上なんだって」
「榎本先生は担任を持っているの」
「隣の3組の担任よ」
「教科は?」
「社会」
「社会?」
「あれ、見えない?」
「なんか意外。理数系だと思った」
「ふーん。そういう印象なんだ」
赤信号で立ち止まった時に、彼は後ろを気にして振り返っていた。
私も同じように見ると、そこには同じTシャツを着てスポーツバッグをもった少年が3人こちらを見ていた。
あのTシャツはバスケ部だったなと、思いながらすぐに前を向いた。
まだ気にしている様子の彼に訊いてみる。
「どうかしたの」
「見られているな、と思っただけだよ」
「そうね」
「もしかして、高槻さんてモテるの?」
「はぁ~。なんでそう思う訳?」
思いがけないことを言われて、私は呆れた声をだした。
「学校でも見られていたし、彼らから刺すような視線を感じるから」
彼の言葉に「ああ」と思った。
確かに私も部活中の生徒の視線を感じてはいた。
でもそれは、私服で学校に行ったから珍しがられたのだと、思っていた。
「それは……違う意味じゃないの」
「違う意味?」
「リア充爆発しろとか?」
「リア充って? ……ああ、そう見えてたんだ」
蒼井さんや望月先生に勘違いされたことを思い出したのか、納得した顔をする彼。
「じゃない?」
「いや、違うでしょ。彼らの視線は『俺たちのマドンナになに馴れ馴れしくしとんじゃ、われ!』でしょ」
「ぷっ、マドンナって、いつの時代よ」
納得したと思ったのに、突然昭和のドラマに出てきそうなヤクザ風の台詞が出てきて、吹き出してしまった。
「そうじゃなくても、モテてそうだよね」
「だから、なんでそう思うのよ」
「モテることは否定しないんだ」
「……」
つい返答をし損ねてしまった。
これじゃあ肯定しているみたいじゃない。
そうしたら彼がなんでもないように続けて訊いてきた。
「もしかして、彼氏いるの?」
「いないわよ」
「ほんとに」
「ほんとよ」
なんかおかしな方向に話が向かっているなと、私は思った。
「なんでって、聞いてもいい?」
「……まあ、今までつきあいたいって思う人がいなかっただけなんだけど」
「ふ~ん。そうなんだ」
納得したようなしていないような微妙な表情で、彼は相槌を打ってきたのだった。