7 学校で 後編
私、高槻由真は目を輝かせて望月先生に言った。
「お~、アイス! うそ、うそです。先生~、素敵です」
「本当、あからさまに……」
にっこりと笑顔を大安売りにしたら、ため息を吐きながら先生はアイスを渡してくれた。
私はアイスを受け取って蓋を開けた。
「これ、ちょっとお高い奴じゃないですか。いただきます。うん。美味しい」
「お高いって、50円くらいのものだろう」
「金欠の中学生には十分高いですよ~」
「吉田も遠慮せずに食べろよ」
「はい。いただきます」
袋からアイスを出した望月先生は、彼、吉田鷹広にも渡して、それから自分の前にも置いた。
「おい、望月。俺の分は」
「榎本先生は生徒じゃないでしょう。ありません」
そう言いながらも、ちゃんと袋の中にはもう一つアイスが入っている。
「つめてーな」
「お金払ってくれたらあげますよ」
「みみっちいこというなよ」
「ぶっ、ふっ」
また、何かがつぼったらしい彼は、吹き出しそうになって口を押えていた。
私はバッグからお手拭きシートを取り出して、彼に渡しながら先生たちのことを見た。
「先生方、やめてくださいます。せっかく笑い止んだのに、吉田君がまた、ふいちゃったじゃないですか」
「おお、すまん、すまん」
望月先生は仕方がないという風に、榎本先生にアイスを渡した。
受け取った榎本先生はご機嫌にアイスを食べだした。
「はあ~。おいしかったぁ~。ごちそうさまでした、望月先生」
暑い中を45分かけて歩いてきたのが、このアイスで報われたな~と、感謝の気持ちを声に出して私は言った。
「あっ、えーと、ごちそうさまでした。美味しかったです」
慌てた様に彼も、先生に軽く頭を下げながらお礼を言った。
「満足したのならよかったがな」
「あと、学校の指導室っていうのも、なんかいいよね」
「そんなもんか」
「普段と違うというのと、おごりなのがまた一味を加えたというか、ねえ~」
彼にふったらこくりと頷いて、それから、ハッとしたように言った。
「いや、指導室で食べるのはおかしいって」
「そう?」
「そう!」
意外に真面目な反応をする彼に、ふむっと、思う。
そんな私たちに望月先生が言った。
「ところで、お前たち、このことは黙っていて欲しいのだけど」
「お、口止めか」
「榎本先輩、あんたは黙っていてくれませんか」
「はいはい」
望月先生が言いたいことはわかるので、私は頷きながら答えた。
「いいですよ。というか言いませんよ。あとが、めんどくさいもん」
「めんどくさいって……」
私の答えに思うところがあるのか、呟いた彼。
「吉田君、何か言った」
「いや、何も」
横目で見たら、彼は首をぶんぶんと振っていた。
そんな彼のことは置いておいて、望月先生に悪戯っぽく笑いかけた。
「でも、プリントのことは話していいですか?」
「それも、できれば黙っていてもらえると」
「わかりました」
少し怯んだ様子の望月先生ににっこりと笑っておく。
望月先生は今度は少し身を引くような素振りをみせるから、目を細めて見つめておいた。
そこにおずおずと彼が望月先生に話しかけた。
「あの、今更ながらなんですが、望月先生が担任でいいんですよね」
「ん。ああ、そうだったな。あの日はクラスが決まってなかったんだよな」
「そんなこともあるんですか、先生」
「まあ、各クラスの人数次第だからな。もともと2組が他のクラスより、ひとり人数が少なかったから、うちに入る可能性は高かったけど」
望月先生の説明に納得をして頷いた。
「そっか。じゃあ、改めて、よろしくね。吉田君」
「こちらこそ。もう、いっぱいお世話になっているけど」
「でも、夏休み明けからじゃ、まだみんなに紹介できないね」
「そうだね。学区のはずれじゃね」
先ほどここまで歩いて来た道のりを思いだして、少し遠い目をする彼。
私もあのマンションに移り、はじめて登校した時には同じような気分になったから、凄くよくわかる。
というのも、自宅と学校、マンションと学校は、ほぼ同じ距離にあったけど道のりが違う。
自宅から学校までは平坦なのに対し、こちらは小さな山を越えるのだ。山というと語弊があるのかな。丘と言った方が正しいのかもしれないけど、マンションを出て学校に向かうには10分くらい上り坂を歩き、同じくらい下り坂を歩くのだ。
これがなければもう少し楽に学校まで行けると思う。
「それなら、明後日の夏期講習に来ればいいだろう」
「榎本先生、なに無茶なことを言ってるんだよ」
「無茶じゃないだろう。吉田はもう、この学校の生徒なんだから」
「だけど、準備とかがいるだろう」
榎本先生の提案に、望月先生がもっともなことを言っている。だけど、自分の考えが正しいことだと思っているからか、榎本先生はひとり頷くと立ち上がりながらこう言った。
「そうだ、校長に話してこよう」
「先輩、人の話を聞けよ」
望月先生が言った時には、もう指導室から出て行ってしまった。
「……いっちゃったね」
「そうだね」
「……夏期講習、参加で決まりそうね」
「そう、だね」
私と彼は茫然と榎本先生を見送った。
「もう、あの人は」
言いながら望月先生が立ち上がった。
「望月先生、どこへ行くんですか」
「校長のところ。多分参加で決まると思うけど、もう少し待っててもらってもいいか」
「「わかりました」」
そうして、しばらくして戻ってきた望月先生から、夏期講習参加の許可が出たことを伝えられて、私たちは学校を後にしたのだった。