6 学校で 中編
望月先生は鍵を開けて中に入っていった。
私、高槻由真も中に入ろうとしたら、彼、吉田鷹広が話しかけてきた。
「いつもこんななの?」
「なにが」
「先生に話すのが」
これは口調のことを言っているのだろう。
「うーん。まあ、そうね」
「ふうーん」
「そちらも何か含みがあるような?」
「前の学校じゃあ、先生と親しく話すことなんてなかったから」
「そうなの? んん~、まあさ、私は4月からこき使われてるからさ~」
ニカッと笑って彼に言ったら、先生から抗議の声があがった。
「お~い、高槻。その言い方だと、先生が生徒に雑用を押し付けてるみたいじゃないか」
「実際そうでしょう。私が部活に入っていないのをいいことに、用事を頼みまくってくれてますよね。自分のクラスに持っていくものならいいけど、何で他のクラスのも、持っていかなきゃならないのよ」
「いや~、いいところにいてくれたからさ」
悪びれずに答える先生を見てから、彼の方を向いた。肩をすくめて言い放つ。
「ほら、ね。こき使ってくれているでしょう」
「うん。ひどいね。そのクラスの生徒に頼めばいいのに、高槻さんに頼むんだ」
「おいおい」
「こういうのをパワハラっていうんじゃない」
「そうかも」
「わ、悪かったから、そのぐらいにしてくれ」
私は彼と顔を見合わせて、プッと吹き出して笑いあった。
先生は私達の会話に顔をしかめていたけど、棚から必要なものを取り出してくれていた。
プリントをまとめて長机の上に置いたので、私達も近づいた。
「これが県内の高校をまとめたやつだ」
「県内ですか、先生」
「こんなにあるんですね」
「1枚目が公立で2枚目が私立だ」
一覧表を横から見た私は言った。
「先生、私も欲しいです」
「高槻、渡しただろう」
「いつですか」
「最新版を夏休み前に」
渡しただろうと先生の目が語っているけど、先生はある事実を忘れているようだ。
だから、軽蔑の意味を込めて半眼で先生のことを、もう一度見てやる。
「もらってないです、先生~。私、終業日にでてないから」
「あー、そうだったな。休んだもんな」
思いだしたのか、罰が悪そうな顔をする先生。
「先生、この前、夏休みの課題を取りに来た時に、なんで入ってなかったんですか~」
「いやー、すまん。枚数を間違えて1部足りなかったのを忘れてた」
「……わかりました。2学期からは雑用は一切受け付けませんから」
「すまん。悪かった。この通り」
望月先生が軽く頭を下げて手を合わせて、お願いポーズをした。
私は彼のことを見た。彼も口元がひくついている。
私たちは顔を見合わせて、声を出さないように笑いあった。
「おーい、教師が生徒に頭を下げてるってのは、どういうことだー」
入り口から軽い調子で声が掛かった。
振り向くと扉に手をついてのぞき込んでいる男性教師がいた。
ニヤニヤ笑いが顔に張り付いている。
「他の生徒に示しがつかんな~、望月先生」
「榎本先生、望月先生がひどいんです」
「こら、待て」
すかさず私は榎本先生に訴えかけた。
望月先生が焦ったように声をかけたけど、知らないもん。
「ほー、何をされたんだ」
「生徒に渡さなければいけないプリントを忘れたんですよ」
「それはひどいな」
「ええ、ひどいんです」
「だから、悪かったと」
「何のプリントだって」
「これです」
私は彼が持っているプリントを指さした。
そばに来てプリントを見た榎本先生は、大げさな身振りを加えて言った。
「おー、これはひどいなー。言い訳できないなー」
「ですよねぇ」
「これは、なんかで埋め合わせをしてもらわないと、割りに合わないよな」
「榎本先生もそう思いますよね~」
「おい、お前ら」
「ああ。いたいけな生徒の心を傷つけるなんてな~。とんだ担任がいたもんだ」
「ですよね~。普段から私のことをクラス委員だからって、こき使ってくれるのに、忌引きで休んだことを忘れて、これですもの」
「いや、だから」
「そりゃあ、ひどいな。高槻に頼って楽しているって、聞いているのにな~」
「でしょ、でしょ~」
と、榎本先生と望月先生いじりをして遊んでいたら、隣で彼は口を押えて肩を震わせ出していた。
あれ? と思って彼のことを見つめたら、堪えきれなくなったように笑いだした。
「ぷー、くっ、あはははははははははぁ~」
お腹を抱えて笑っている彼のことを、榎本先生が興味深げに見た。
そして、彼のことを指さして望月先生に訊いている。
「望月、こいつ誰だ?」
「転校生の吉田だ」
「ああ、終業日に挨拶に来たやつか」
「吉田君、大丈夫」
「あははははは、お、お腹、痛い。くっくっ、ははははは」
「君って笑い上戸なの」
「ははは~、そ、そんなこと、くっくっ、ない、んだ、けど、はははっ、なんか、つぼった、ははははは~」
「だ、そうですよ。先生」
「俺だけのせいにするな」
「そうだな。高槻もだな」
「えー、なら、榎本先生もでしょ」
「も、もう、やめて。くっくっくっ、笑い死にするーーー。はははははぁ~」
彼の笑いがおさまるまでしばらくかかった。
今は息も絶え絶えな様子で、椅子に座っている。
榎本先生に何かを言って、席を外していた望月先生が戻ってきて、ペットボトルのお茶を差し出した。
「これでも飲んで落ち着いてくれ」
「はい。あり、がとう、ございます」
「先生、おごりですか」
私の前にもお茶が置かれたので訊いてみた。
「おう。いつも手伝ってもらっているからな。ご褒美だ」
「えー、お茶だけですか。せこいです」
「そんなことを言うやつには、これはやらん」
お茶に続いて袋から出てきたのはアイスだった。