5 学校で 前編
「本当に行くの」
「もちろん。何のためにここまできたのよ」
「そうだけど、部外者感が半端ないんだけど」
「気のせい、気のせい」
「他人事だとおもって」
学校の正門前で、私、高槻由真と彼、吉田鷹広は、立ち止まって話をしていた。
あれから私たちは学校にやってきたのだ。
学区の外れのほうにマンションはあるので、学校まで来るのに45分かかった。
そして今の状況はといえば、彼が校門前でしり込みをして立ち止まっているのである。
私も彼の気持ちはわからなくもないのだ。
彼にとってはなじみがない学校だから、入りにくいのもわかる。
これが保護者と一緒なら、また違うのだろう。
だけど、ここで立ち止まっていても話は進まないので、私は彼の腕に手をかけて引っ張るようにして、校舎に向けて歩き出した。
職員室に行き3年の先生に会うつもりでいるのだが、その前に事務室に寄ることにした。来客用のスリッパを借りることを、断ろうと思ったからだ。
事務室をのぞき込むようにして、声をかけた。
「こんにちは」
「あら、高槻さん。珍しいわね。今日はどうしたの。なあに、デート?」
「蒼井さん、違いますよ。彼は転校生です。ちょっと高校のことを聞きたくて来ただけです。デートならこんな色気がないとこに来ませんから」
「あら、言うわね。でも、そうね」
蒼井さんは事務員だ。たしか今年、大学を出たばかりだと聞いた気がする。
明るくて話しやすい女性で、男子たちに密かに人気がある。
蒼井さんがいたことで、私は当たりだと思った。
「それで、上靴を持ってきていないので、スリッパを借りてもいいですか」
「もちろんよ。どうぞどうぞ」
「ありがとうございます。それでは、職員室に行くので失礼します」
「今日は望月先生がいたはずよ」
「本当ですか、ありがとうございます」
私の要件を聞いて、欲しい情報をくれた蒼井さん。担任がいることが確認できて、ラッキーだった。
私たちはスリッパを履くと、職員室に行った。
「失礼します」
「……失礼します」
入口で少し大きな声を出して中に入る。もちろん、彼もついてきた。
私の声に望月先生が振り返った。そばに近寄ったら、余計なことを言ってきた。
「おう、高槻。どうしたんだ。まさか、彼氏を見せびらかしに来たのか」
「んなことあるわけないじゃないですか」
「じゃあ、どうしたんだ。ん。もしかして、吉田か」
からかい気味に言ってきたけど、彼のことを見つめた先生は、彼が誰か気がついたようだ。
というか、なにこれ。
父たちに続いて自分たちにも、漫画なんかでよくある話(というか、設定?)が降ってきたようだ。
私は少しげんなりとしながら言った。
「えっ、もしかして、彼、うちのクラスですか」
「お前たちは知り合いだったのか」
「ぐ・う・ぜ・ん・に、隣の部屋に引っ越してきました」
「ほー、偶然ねえ」
偶然だと強調したのに、疑わしそうに見てくる先生。
本当にそれ以上でも以下でもないから、と、心の中で呟きつつ、先生のことを半眼で見つめ返した。
「それよりも望月先生、今、時間はありますか?」
「う、ん。今なら大丈夫だけど、何か用か」
「私じゃなくて吉田君が」
「吉田が? 何の用だい?」
「あの……高校の資料があれば、いただけないかと思いまして」
「ああ、そうか。県外からじゃ学校がわからないか」
「はい」
「高校の資料は、指導室だったな」
そう言うと先生は立ち上がり、職員室を出て行く。
私達もその後をついていった。
「さすがクラス委員だな。もう、面倒を見ているのか」
「そんなんじゃないですよ」
生徒指導室に向かうために歩いていると、先生がニヤニヤと笑いながら言ってきた。
これは絶対何かを勘違いしているに決まっている。
それとも前に先生に彼女がいないと聞いて、からかったことの仕返しなのだろうか?
そうしたら私たちの会話に興味を持ったのか、彼が訊いてきた。
「クラス委員なんだ」
「似合わない?」
「いや、らしいなと思って」
「お前たち、仲良さそうだな」
「そう、見えます?」
「どう、知り合って……あ、引っ越しのあいさつでか」
先生がたどり着いた結論に、彼と目を見交わしそっと笑い合った。
「いえ、違います」
「じゃあ、どうやって知り合ったんだ?」
「図書館で」
「図書館~?」
先生は素頓狂な声をだした。
そんなに意外だろうか。まかりなりにも受験生の私たちには、お似合いの場所だと思うのだけど。
一応変な出会いではないことをアピールするために、もう一言説明をする。
「図書館カードを落としたのを拾ってくれたの」
「ほうー」
「なんですか」
「いやー、何でも」
またニヤニヤと笑いながら相槌をしてくる先生に、わざとらしくため息を吐いてやる。
「おじさんの勘繰りってやあねえ」
「先生に向かっておじさんはないだろう」
「今の言い方って、仲人小母さんの言い方に似ていたからね、先生」
「いやらしい意味ではなくて、ほほえましいという気持ちを込めてだな」
「あー、わかりました。でしたら、変な相槌を打たないで、見守る姿勢を持った方がいいとおもいまーす」
「高槻……お前なー」
「あっ、ここがね、生徒指導室だよ」
そんなことを話している間に2階の指導室に着いたので、私は先生のことを放って彼に振り向いたのだった。