41 法事の日で 中編
「それでどうなのかな。今は体育祭の練習があるから4時から1時間くらいしか出来ないだろうけど、路香ちゃんが遅くなることを、ご両親は何か言ってなかったかい」
父の問いかけに金曜のことを思い出していた私は、一瞬何を言われたのか分からなくなりかけた。
「えーと、みっちーのご両親は、みっちーも塾に行ってないからみんなと勉強することに賛成してくれたの。それにお父さんに感謝の言葉を伝えてと言ってたよ」
「感謝? されるようなことはしてないけど?」
「ほら。私と吉田君にみっちーを送ってから帰ってくるように言ったでしょ。それをみっちーが伝えたようで、『気を使っていただいて有難い』と言ったそうなの。それで……みっちーのお兄さんの顕光さんが、大学が早い日は車で迎えに来てくれることになったとかで、その日は最大6時まで沢渡の家に居ていいことになったのよ」
「そうなのかい。それじゃあ、路香ちゃんは毎日沢渡君の家に寄るわけではないのかな」
「う~ん、そこなんだよね。とりあえず体育祭が終わってから、もう一度みんなと考えることにしたんだ。なんかね、昼休みの勉強会が定着しつつあるから、このままなら放課後の勉強会はしなくていいかなって、クラスで話がでているの」
そうなのだ。先週は毎日昼休みに勉強会を開くことになったのよ。彼こと、吉田鷹広と仲良くなりたい女子たちは、最初はお互いに牽制し合っていたけど、不真面目な雰囲気になるとそれを察した彼がすぐに勉強をやめると言い出すから、真面目に勉強をしているんだよね。
それに釣られて他の子たちもお互いに解らないところを教え合っているし、他の人に聞きやすくなってきたのだ。
「そういうことなら、友達と話し合って決めなさい」
「わかった。ところでみっちーを送って帰らなくてよくなっても、私と吉田君は5時に沢渡君の家を出ないと駄目なの?」
「そうだなー、路香ちゃんだけを沢渡君の家に置いて帰るわけにはいかないだろうから、路香ちゃんが帰る時に一緒に沢渡君の家を出ればいいよ」
「わかった。……ちなみに門限なんてある?」
「門限? 決めて欲しいのかい」
「この時間までには家に居るようにと決めてもらえると助かるかな」
「助かる?」
「沢渡のおばさんが……夕食を食べていってと言ったんだよね。それはさすがに辞退したんだけど、何日も行くと押し切られそうで」
「そうか」
と父は言うと、少し考え込んだ。
「そのことはこちらから連絡しておくよ。変に気を使われると、他の子も行きにくくなるだろうし」
「そうしてもらえると本当に助かる。木曜はケーキを買ってきてくれて、食べないわけにはいかないかなっていただいたけど、やっぱり後でひびいたから」
「ああ、それで夕食があまり食べられなかったのか。確かに時間を考えたら、その時間にケーキを出されるのはよくないかな」
父は沢渡の家に連絡すると再度約束をしてくれた。
ちなみに木曜にこの話が出来なかったのは、帰った私たちを連れて外に夕食を食べに行ったからだ。父も彼の母も仕事で遅くなり、私たちがマンションに戻った後に帰ってきたから。そこから夕食を作るより、たまには食べに行こうということになったのよね。
そして、父と吉田母は順調に仲良くなっているようだった。
その時の様子を思い出して、またしてももやもやとするものがあったけど、軽く頭を振ってそれを追い払ったのだった。
今日の法事は去年に亡くなった祖母の一周忌だ。昨日にお墓は綺麗にしたし、先に必要なものは届けて置いたから、今日は身軽だった。
親戚は、父も亡くなった母も兄弟はいなかったし母方の祖父母も亡くなっているので、高槻の祖父母の兄弟関係だ。私たちがお寺に着いてから親戚が到着したので、(セーフ!)と心の中で思ったのだった。
親戚には法事続きになってしまって申し訳ない気がしたけど、私が気にすることではないと、すぐに思い直した。
夏休み前、九州の親戚のお葬式に、私も父と一緒に行った。この家は祖父の弟の家で、その弟さんが亡くなったのだ。だけど、この時は少し事情があって、お葬式を出すのにもめていた。結局、兄妹……えーと、父の従兄妹たちの中で、一番下の弟が出すことになったんだよね。
……と、それは置いておいて、その忌明けの法要が四十九日だとうちの法事と被ると判って、三十五日で忌明けの法要をやってくれたのよ。
ということで今から二週間前に、父の兄弟関連の親戚は顔を合わせている。
あの日は前の日の金曜に父は熊本入りをした。私を置いていくことを渋ったけど、夏休みが終わる直前だったし、一日くらいなら一人でも大丈夫だと言った。それでも渋っていたけど、美良子さんが「それでしたらうちで一晩預かりましょうか」と言ってくれたことによって、私はこちらに残ることになった。でも、さすがに吉田家に泊まるのは遠慮させてもらったけど。
金曜の夜、父は仕事場からそのまま空港へ行ったので、私は吉田親子と夕食を一緒に食べた。父が居ないだけで変な気分だったけど、それでも普通に過ごせたと思う。
ただ、この時よかったと思ったのは、美良子さんから母の話を聞けたことだろう。我が家には母の写真は一枚も残っていない。今回の引越しでいろいろ見たけど、本当に一枚も出てこなかった。私が小学生の時に祖父が亡くなり、その時に間違えて母の遺品を捨ててしまったと聞いている。
だから……大学のサークルで一緒だったというその写真で、初めて母の顔を知った。どことなく儚い感じの女性だったけど、私は母に似ていることがわかったのだった。




