40 法事の日で 前編
自宅を見に行った翌週の日曜日。私、高槻由真は制服を着て玄関に居た。
「お父さん、そろそろ出ないと遅れるよ。わたし達より親戚が先にお寺に着いていたら、まずいんでしょ」
「分かっているから、そう急かすな。えーと、あとは……家の鍵を持って出ればいいんだよな」
「数珠は持ったよね」
「ああ、大丈夫だ。待たせたね。行こう」
靴を履いて外に出て玄関の鍵を掛けたところで、階段を挟んだ家のドアが開いた。見知った顔の親子が外に出てきて、彼、吉田鷹広は私に気がついて笑みを浮かべた。
「おはようございます、高槻さん」
「おはようございます、吉田さん」
「今日は法事でしたね」
「ええ、そうなんです」
「気をつけていってらしてくださいね」
当たり障りのない挨拶を交わす、わが父と吉田母。二人はそのまま階段を下りながら話を続けている。残される形となった私と彼は、一瞬顔を見合わせてから苦笑を浮かべて並んで歩きだした。
「おはよう、高槻さん」
「おはよう、吉田君。これからどこに行くの」
「今日は母の祖父母と会うことになっているんだ」
「……ということは、買い物につき合うんだ」
「そうなんだよ。祖父母の気持ちはうれしいけど、買い物につき合うのはちょっと、ね」
夏休みに祖父母に会って買い物につき合わされた時の愚痴を聞かされていた私は、曖昧に笑った。彼の母も祖母も、買い物をする時は時間がかかるらしいのだ。待っている間に祖父と二人椅子に座っていたそうだけど、何を話していいのか困ったと言っていた。
どうやら以前は近くに住んでいなかったこともあり、あまり会えていなかったことから、何でも買い与えようとされたそうで、断るのに一苦労したと言った。
「でもさ、今まであまり会えなかったんだし、祖父母孝行だと思えば、さ」
「分かっているんだよ。でも、どうして女性って買物するのにあんなに長くなるのかな」
「それって、私に喧嘩売ってる?」
「そんなつもりはないよ。ごめん。失言だった」
「まあ、いいけどね」
どうやら私が女性だということと、私に祖父母はもう居ないということを思いだしたらしい彼が謝ってきたから、私も軽く返しておいた。父は車のところで美良子さんと話していたけど、私が来たことで挨拶をして車に乗り込んだ。
「じゃあ」
「うん。そっちもガンバ!」
小さく握りこぶしを作りそう言ったら、彼はもう一度苦笑いをしてから父へと軽く頭を下げてから離れていった。
車を発進させてから、父はいま気がついたと言うように聞いてきた。
「そういえば吉田君はどうだい」
「どうとは?」
「学校だよ。クラスで浮いてないかい」
「それは大丈夫。委員長の田中君が気に掛けてくれているし、前の席の沢渡君とも仲が良いからね。もうクラスに溶け込んでいるんじゃないかな」
「そうか。それならよかったよ。美良子さんも気にしていたから」
(へえ~、美良子さん、ねえ)
あっさりと名前を呼んでいることにもやもやとするものがあったけど、私はそのことには触れないでおくことにした。
「というかお父さん、もう二週間経つんだよ。馴染んでいるに決まっているでしょう」
「それはわからないじゃないか。お父さんの頃もそうだったけど、気に食わないと思っただけで仲間外れにすることがあるだろう。そういういじめが由真のクラスで起こって欲しくないけど、何が原因ってわけもなく、いきなりそういうことはあるからね。親としては心配になるのは当たり前なんだよ」
父の言葉に私はぱちくりと瞬きをした。
「それって、お父さんも私のことを心配しているということ?」
「もちろんだよ。由真がそういう対象になるとは思っていないけど、それでも何があるかわからないからね。まあ、そうなっても、花南ちゃんや路香ちゃんが黙っていないだろうけど」
思いがけない花南と路香への信頼の言葉にも、私は目を丸くした。そういえば親と……祖母が生きていた時にはその祖母とも、こういう話はしたことがなかった。
何となくこそばゆく感じながら黙っていると、父は別のことを聞いてきた。
「そういえば、沢渡君の家での勉強会はどうなったのかな」
「えーと、一応先週の火曜と木曜に寄らせてもらったよ。でも、やはり一時間くらいじゃ、あまりしっかり教えられないんだよね。沢渡……君のわからないところが多すぎて、一つの説明で終わってしまっているかんじかな」
「そうか。それじゃあ、工夫のし甲斐がありそうだな」
「工夫?」
「時間が限られていることだし、由真たちが帰った後に沢渡君が自分で学習しやすいように、課題を考えることをだよ」
父の言葉に私は頷いた。このことはみっちーや彼と田中の間で話しあった。田中は前に使っていた自分のテキストを沢渡に渡していた。それが小学5年生用のものなのには笑ったけど、でもそれくらいがちょうどよかったみたいだ。金曜にこっそりと田中に解いたノートを渡していたからね。休み時間に採点をしたら、2問間違えていた。
それを見て、みっちーは眉間にしわを、彼と田中は苦笑を浮かべていたっけ。




