4 マンションで 後編
携帯を置いた私、高槻由真は、やっと一休みできると麦茶を手に取った。
一口飲んだところで、玄関のチャイムが鳴った。
玄関に行き、のぞき穴から覗いてみると彼、吉田鷹広がいた。
「は~い」
と、今更な返事をしてドアを開ける。
「おはよう」
「もう10時過ぎたから『こんにちは』じゃないの」
「そうか。じゃあ、こんにちは!」
明るく爽やかに言い直す彼。
「……こんにちは」
私の返事に彼は目を瞬いた。
「で、なに?」
「なんか、冷たくない」
今度は私の様子に、軽く首を傾げて訊いてきた。
「そんなことはないでしょう」
と、ニッコリスマイルで言ってやった。
彼は疑わしそうに私のことを見ていたけど、フッと息を吐き出して言った。
「まあ、いいけどね。ところで、この後の予定は?」
「昨日と同じ。お昼を食べたら図書館に行って、2時間ぐらい勉強して、買い物をして帰ってくる」
「じゃあ、一緒に行かない」
軽い言い方に私の眉間にしわがよった。
「はあ?」
「だめかな」
私の冷たい訊き返しに、彼はシュンとした顔をした。
(なんで、そんな、寂しそうな顔をするのよ。
ああ、そうだったね。
引っ越してきて、知り合いは私だけだもんね。
昨日は父と吉田母の様子に引いてしまったから、彼と少し距離を置こうかなとおもったけどさ。
こんな顔をさせちゃ、ダメじゃん)
そう思って彼のことを見たら、目がおかしそうに笑っている気がした。
ピンときた私は言ってみた。
「で、本当のところは」
「あっ、わかっちゃった」
「図書館に誘うには時間が中途半端だもん」
「そう? 今から行けばいっぱい勉強できるよ」
「お昼はどうするの」
「うーん。お弁当でも持っていく?」
アルカイックスマイルというのかな。彼は邪気がないように見せながら、本心は見せないぞという感じに笑っていた。
「で、なに?」
「はぁー。手強いなぁー」
ぼやくように小声で言ったけど、私の耳にちゃんと聞こえているんだけど。
「なんか言った」
「いえいえ」
「いい加減にしないと、閉めるわよ」
「わあー、待って。話というか、お願いというか」
私が押さえているドアから手を離して部屋の中に引っ込もうとしたら、彼はドアに手をかけて言った。
言ったけど、何か煮え切らない言い方だった。
「はっきりしないと閉め」
「待った。話があります」
「わかった。どうぞ」
ドアを押して大きく開けて彼が通れるようにしてやる。
「えっ、いいの」
「ここで、話すのもなんでしょ」
「ありがとう。お邪魔します」
昨日と同じリビングに通し、麦茶を用意する。
「で、何が、知りたいの」
「わかる」
「まあ、ね」(昨日のあれで見当はつくじゃない)
「いくつかあるんだけど、いい?」
「話の内容にもよるかな」
「じゃあ、一つ目。学校のこと」
「学校? もう、手続きで行ったのでしょう」
「うん。教科書ももらったよ」
彼の言葉に私は首を傾げた。
「教科書って違うの?」
「うん。違った」
「今更だけど、どこから引っ越してきたの」
「えーと、県外?」
「何で、疑問形なの」
「いやー、ちょっとね」
「まあ、いいわ。それで?」
「どこまで進んでいるのかを、知りたくて」
「なんだ、そんなこと。いいよ、ノートを見せてあげる」
「ほんと。ありがとう」
「どういたしまして」
自分の部屋に行き、全教科の教科書とノートを持ってくる。
「僕も持ってくるから待ってて」
彼は家に戻って全教科の教科書と、前の学校で使っていた教科書とノートを持ってきた。
それから二人で、しばらく教科書とノートを見比べた。
「本当に違うんだね」
「うん。僕も驚いた。大体は同じなんだけどね。違いが分かりやすいのは社会かな」
「ほんとだ。こっちとそっちじゃ使ってる写真が違うね」
「そうなんだよ。あとここの文章とか」
「ああ、そうくるか、ってかんじだね」
「うん。困るよね。統一してくれたら楽なのに」
「確かにね」
新しい教科書に、こっちの授業で終っているところに付箋を貼りながら、彼は言った。
話し合った結果、ノートは一教科ずつ貸すことで話はついた。
それから見比べた結果、どちらの学校も、どの教科も同じくらいの所まで進んでいたのがわかった。
教科書の確認作業が終わって、麦茶をもう一杯だした。
「ありがとう。ほんと、どうしようかと思ったんだ」
「いえいえ。お役に立てたのならよかったよ」
「それと、高校のことも教えてくれないかな。判らないと志望校を決められないし」
「そうね。でも、私もあまり詳しくないのよ。学校の先生に聞いた方が早いわね」
「そうか、夏休みが終わるまで、学校には行けないしな」
「手続きが終わっていれば行ってもいいんじゃない」
「そうは、言っても行きづらいよ」
「うーん。どうしよっかな。そうだ、今から行こうか」
「へっ、今から」
「私がついていれば大丈夫でしょう。夏休みだし、制服じゃなくてもいいかな」
「いいのかな」
「大丈夫だって。そうと決まれば、ちょっと早いけどご飯食べない」
「そうだね」
「何か、作ろうか」
「母さんのお弁当の残りがあるから」
「あ、おんなじ。うちもお父さんがお弁当を持っていくから残りがあるの」
「一人で食べるのもなんだから、持ってきてもいい」
「うん。手伝う?」
「大丈夫」
「じゃあ、待ってる」
「うん、すぐ戻るね」
彼が戻ってきておかずの交換をしながら、昼食を食べた。
彼のうちの卵焼きはうちより甘くなかった。
聞いてみたら、みりんと砂糖を半々に入れているらしい。
食べ終わって片付けをしたあと、私たちは戸締りをして家をでたのだった。