36 自転車通学初日で
翌週の月曜日。私、高槻由真と彼、吉田鷹広は自転車に乗って家を出た。けど、丘を越えたところで自転車から下りて、引いて歩いている。
私の隣には蕪木路香がいた。丘の下で待っていた路香は、私と彼が自転車を降りて引いて歩き出したら、呆れたような視線を向けてきた。
「本当に由真ってば、真面目よね」
「なんとでも言ってよ。学校からは自転車の確認をするまで、自転車通学は駄目って言われたんだから」
「だからって、もう少し先まで乗っていけばいいじゃない。他の子に会うのはまだ先なんだから」
「そうなるとみっちーを置いていくことになるじゃない。やーよ、私」
路香は肩を竦めると別の話を振ってきた。どうやら、週末の間に気持ちが落ち着いたようだ。昨日発覚した大物芸能人とアイドルの交際のことを話してきたから。
学校に着いて校門のところにいた榎本先生からも、呆れたような視線を貰った。
「高槻、吉田、そんな律義に自転車を引いてこなくていいだろう」
「嫌ですよ。乗ってきて、ここで難癖付けられるのは。それなら引いて歩いてきた方がいいです」
「榎本先生、由真たちは真面目なんです。乗れない自転車なんて邪魔でしかないのに、律義にここまで引いてきたんですからね。それなら、規約だか決まりだか知りませんけど、もう少し柔軟な対応をしてください」
「言うな、蕪木。そうだな。確かに確認は大事だが、ただでさえ距離がある生徒に、乗ってくるなはなかったな。あとで他の先生方に話しておくよ」
路香の抗議に榎本先生は軽い調子だけど、真っ当な言葉を返してくれた。
「ああ、そうだ。自転車の置き場所はわかるか」
「確か特別棟の裏ですよね」
「そうだ。場所は特に決まってないから、好きなところに止めていいぞ。それと、自転車の確認は昼休みに行うから、給食後に職員室に来てくれ」
「「わかりました」」
彼と声をそろえて返事をして、自転車を引いて特別棟のほうへと向かう。特別棟というのは、音楽室や調理室、理科室、技術室などの作業などをするための教室がある校舎だった。そこの裏に自転車を置けるようになっていた。昔はもう少し学区の範囲が広くて、自転車通学者はかなりいたそうだ。今は一学年に3人から5人。三学年を合わせても10人もいなかったと思う。そこに自転車を止めて、ヘルメットは籠に入れたままにして、鞄を手に持って教室へと向かったのだった。
昼休み。なんの問題もなく、自転車の確認は終わった。いや、問題なら少しあったかな。
それは……自転車を見に来た先生方が多かったこと。どうやら自転車通学者に対する認識が薄れていて、毎年1年の担任のみが確認するだけだったようだ。
なので、私みたいな途中で引っ越した人や彼みたいな転校生に、間違った対応をしないようにと、マニュアルを作ることにしたみたい。ついでに先生方の移動に備えて、知っている人を増やしておくことにしたそうだ。
このことは大久保先生がこっそりと私に教えてくれたのよ。
そうしてその後は普通に授業を受けて放課後です。案の定八木たち女子が彼のそばへと来た。
「約束通りに今日から教えてくれるんでしょう」
今日は可愛らしく見えるように教科書とノートを胸元に抱え込むようにしていた。けど、彼は囲むように……じゃなくて、彼の席を囲んだ女子たちを、冷めた目で見まわした。見られた女子たちは、順番にたじろいだ。
「君たちは本当に話を聞いていないんだな」
呆れたような彼の言葉に、意味がわからないと顔に書いていた。
「今日は自転車通学の初日だよ。慣れるまでは早く帰れと言われているからね」
「そんなー」
「というわけだから、帰ろうか、高槻さん」
「そうだね。行こうか」
八木たちは恨みがましい視線を私へと向けてきたけど、それは違うと思うんだよね。
私は金曜日と同じ様に彼女たちに「さようなら」と挨拶をして教室を出た。
自転車のところに行きヘルメットを被る。鍵を開けて自転車を置き場から出した。
「僕が先でいいんだよね」
「うん。父さんたちもそう言ってたしね」
自転車に跨った彼は漕ぎ出そうとペダルに足をかけて止まると振り向いた。
「ねえ、家にそのまま戻らないで買い物してから帰らないかい」
「いや、そもそもお金を持ってきてないでしょ」
「そうだった」
自転車に乗って校門へと向かうと、見知った顔が何人かいた。彼らに挨拶をしながら追い抜いた。
学校から離れて少し行くと見知った後ろ姿に追いついた。彼が速度を落としたから、私もゆっくりと彼女のそばで止まった。
「あら、そのまま素通りしてくれていいのに」
「お父さんからみっちーを送って帰れって言われてるのよ」
「それは沢渡の家に寄った場合でしょ。今日は関係ないじゃない」
路香は眉間を寄せて、可愛くないことを言った。けど、口角がによによと震えているから嬉しいのだろう。
「というか、沢渡の家には寄らなかったのね」
「寄れるわけないでしょ。初日よ、初日。とりあえず今週は真っ直ぐ帰ることになっているからね」
「ふ~ん」
気のない振りをしながらも丘の下で別れるまで、路香の機嫌は良いように見えた。
住んでいるマンションに着いて自転車を止め、ヘルメットは部屋に持ちかえるために手に持ち、階段を彼と上がっていく。
「ねえ、みっちーって、本当に素直じゃないと思わない?」
「それを僕に振るのはやめてくれないかな」
「いや、話せるのは吉田君だけだし」
彼は諦めたようにため息をついたのでした。




