34 課題テストの結果で 中編
「さっきのあれって、どういうことよ!」
渡り廊下で向き合ったと思ったら、蕪木路香が私、高槻由真へと聞いてきた。
「仕方がないじゃない。いろいろと穏便に済まそうと考えたら、ああするのが一番いいんじゃないかとなったんだから」
私がそう答えると、路香は渋面のまま唇を噛みしめた。
昨日、課題テストが返ってきた。そこで、転校生の彼、吉田鷹広の数学のテストが満点だったと、担任であり数学担当である望月先生が暴露してくれたのだ。それで、一時間目が数学だったこともあり、その後の休み時間に彼の周りに女子が集まること、集まること。
家に帰り夏休みから引き続きの、一緒に夕食作りをしている時に、彼が疲れたようにぼやいたことで女子たちへの対策をたてることにしたのだ。
彼の希望はとにかく休み時間を確保したいとのこと。毎回女子たちに囲まれて身動きが取れなくなるのは困ると。それなら放課後に彼女たちにつき合うことになってもいいと言ったのだ。
そこに仕事から帰ってきたうちの父と彼の母が加わった。私たちが深刻な顔で話し合っているのをみて、何があったのか聞いてきたので。
最初美良子さんは息子が女子に取り囲まれたと聞いて、顔を蒼褪めさせた。けど、勉強に関することだと知ってホッとしたようだった。
私の父は「大変そうだな」とぽつりとこぼした後、しばらく考え込んでいた。それから沢渡のお願いのことを再度聞いて、条件としてこう言ったのだ。
「沢渡君の家で勉強をしてくることは許可するよ。ただし、5時までだな。そして、蕪木さんを自宅そばまで一緒に帰ってから、二人で帰ってきなさい。学校での勉強会は先生の許可が出てからだよ。多分下校時間までならいいと許可が下りるとおもうけど、そうなると沢渡君と勉強する時間はなくなるだろう。それなら遅くても学校で勉強するのは4時までにしなさい」
「えっ、いいの。お父さん」
「もちろんだよ。ところで、由真は塾をどうするんだい」
父に聞かれて、私は彼と目を見合わせた。前日、沢渡の家から帰る時に彼と話したことがあったのだ。
「私、塾には行かないつもりなの」
「それは自分の力で受験を乗り切るということだね」
「うん。でも、ちょっと違うよ。それは吉田君やみっちーたちの力を借りるの」
「鷹広君の? どういうことだい」
「あのね、私と吉田君の得意科目って違うの。お父さんも見ていてわかっていると思うけど、私たちはお互いに苦手なところを教えあえているよね。みっちーや田中君も私たちと得意なものが違うんだ。一緒に勉強できれば、苦手なところを補い合えると思うのよ。それにね、沢渡のわからないところというのが、どうやら中1くらいからみたいなのよ。それで、受験範囲って中学で習ったこと全部でしょ。もちろん、私も復習をやっているつもりなんだけど、忘れている部分があると思うの。それを沢渡に教えることで補えるんじゃないかと思うのよ」
私の言葉を吟味するかのように父は腕組みをして考えていた。
「だけどな、そううまくいくかは」
「わかっているよ。だけど、私、今回の課題テストで、思った以上に点数が取れたの」
そう言って、父へとテストを渡した。得意な英語はもちろん、不得意な数学もいい点数を取れていた。
「これって、前日に付け焼刃の沢渡ではないけど、みんなと一緒に勉強したからだと思うの。もちろん夏休みにずっと一緒に勉強してきた吉田君の力が大きいんだと思う。わからないところはすぐに教えてもらえたし、二人ともわからないものは一緒に調べたりしたもの。それに私、花南と勉強してきたことも、自分の学習になったんだと思うの。花南と勉強した時は聞かれることが多かったけど、花南に分かり易く説明することで、自分もより深く理解が出来ていたんじゃないかと思うんだ。だからね、塾に行って先生に教わるより、吉田君たちと一緒に勉強するほうを選びたいの」
私の言葉を、目を丸くして聞いていた彼に、美良子さんが聞いた。
「鷹広はどうしたいの」
「僕は……」
彼は美良子さんのことを見た後、一度私のことを見てから、再度美良子さんのことを見た。
「僕は、母さんには気分を悪くさせるかもしれないけど……僕が塾に行くのは多大な負担になると思っていたんだ。だから、塾に行かないですむようにしたいと思っていた。幸運にも、高槻さんと知り合えて……勉強を一緒にするようになって、僕は本当に助かっているんだ。僕こそ、高槻さんには教わってばかりで、高槻さんの力になれているとは思えないけど……でも、一緒に勉強ができるのなら、高校受験を塾に行かないでも乗り越えられると思う。だから、高槻さんと同じ様に沢渡君の力にもなりたいと思うんだ。……駄目かな」
「駄目じゃないわ。私こそ、鷹広には家のことをやってもらって悪いと思っていたのよ。塾は……行くことがいいのか悪いのかは、わからないわ。でも、二人がお互いの家庭教師をするのなら、その形でいくのも有りだと思うのよ」
「家庭教師?」
「家庭教師ですか?」
美良子さんの言葉に私たちは同じように呟いて顔を見合わせたのだった。




