31 放課後 沢渡の家で 後編
玄関の呼び鈴を鳴らしたのは宅配ピザの人だった。沢渡がいそいそと財布を持って玄関へといった。その後を永井と小梁が追いかけるようにリビングを出てていった。
どうしようかと思ったけど、あまり大人数で玄関に行ってもしょうがないから、私、高槻由真は他のみんなとリビングで待っていた。
すぐに永井と小梁がピザを持って戻ってきた。少し遅れて沢渡も戻ってきた。
リビングは……椅子が4つあるテーブルと、テレビのそばにローテーブルがある。ソファーなんてなくて、ローテーブルのそばにはクッションが4つあった。
うん。部屋の中にいる人数に、椅子もクッションも足りないよね。
とりあえずピザはLサイズが3枚で、テーブルに2つ、ローテーブルに1つ置かれた。沢渡が次に紙コップや紙皿、炭酸飲料やお茶などを取り出したので、みんなで手分けして置いていく。
飲み物を決めてそれぞれの手に紙コップが握られたのを見て、沢渡が言った。
「遠慮せずに食べてくれ」
「「「いただきます!」」」
永井と小梁と委員長が率先して食べだした。私たち女子は顔を見合せたあと。
「「「「「いただきます」」」」」
と、声を合わせて言った。
「いただきます」
彼、吉田鷹広も諦めたような声で言って、ピザを取り食べだした。
えーと……ピザは3枚とも違うものでした。私たちはお行儀が悪いけど、立ったまま食べた。女子は3切れ食べれば十分だったけど、男子は4切れでも足りないみたいだった。
ピザを食べ終わると、ゴミ袋へと片づけた。洗い物が無くて楽だと思った。……つまりそのための紙皿だったようだ。それから沢渡はいろいろなお菓子を出してきた。
そうしてから、おもむろに沢渡は正座をすると私たちの方を向いた。
「みんなにお願いがあります。どうか俺に勉強を教えてください」
そういって、沢渡は頭を下げたのだ。
呆けた私たちの中で、一番に回復したのは委員長の田中だった。
「沢渡、どういうことだい。確か塾に行くって言ってたよね」
「塾には行ったんだけど……塾の授業がわかんなくて……」
しばしの沈黙。みんななんといっていいのかわからない模様……。
「えっ? 待って。塾って、わからないところを教えてくれるところなんじゃないの?」
蕪木路香は、意味がわからないと聞いてきた。
「みっちー、違うよ~。塾にもよるんだけど、夏期講習などを大々的に募集するような大手は、受験のための授業をするの。わからないところを教えてもらいたかったら、そういう塾に行くしかないのよ」
会田結花がおっとりとした言い方で、諭すように言った。それでもわからないという顔をして、路香は私のことを見てきた。
「つまりゆっかが言いたいのは進学塾に沢渡が行ったということだよね」
「そう~。さすが、由真」
結花はニッコリと笑ってきた。
「でも、確か沢渡は、どっかの私立高校からスカウトされて、スポーツ推薦を受けると言ってなかった? それなら成績が少しくらい振るわなくてもいいんじゃないの」
路香は夏休み前に聞いた噂を口にした。その噂では沢渡も乗り気だといっていたと思う。
「それは……」
沢渡はそう言うとぐっと口を引き結んだ。それから睨むような眼差しを路香へと向けた。
「俺、そこじゃなくて、行きたい高校があるんだ。そこの高校もスポーツ推薦を受け付けているけど、入試は一般と同じに受けなきゃならないんだ。もちろんスポーツ推薦だと、点数が低くても合格できるだろうけど……それでも、あんまり低い点数だと、足きりがあるって聞いている。俺はどうしても受かりたい。だから、頼む。俺に勉強を教えてくれ!」
再度沢渡は頭を下げた。私たちは困ったように顔を見合わせた。
「えーと、そうなると俺と小梁は力になれないよな」
「それなら私たちもね。沢渡の力になれるのは、田中君と由真とみっちーだけでしょ」
永井がそう言うと、早乙女琴音が結花と片倉花南と顔を見合わせながら言った。
「いや、出来ればここに居る全員に頼みたいんだ。みんな俺よりは成績がいいだろ」
沢渡の言うことはもっともだった。というより、クラスでビリの成績の沢渡なので、クラス全員が成績は良いことになるだろう。
再度困ったように顔を見合わせる私たち。彼も、困った顔をしてみんなの顔を見まわしていた。
「仕方がないか。とりあえず、明日の課題テストのために、勉強をしようか」
田中がそう言った。
「ちょっと待ってよ。私たち、教科書もノートもないのよ。それでどうやって勉強するつもりなのよ」
「それなら、俺の自転車と母さんの自転車を貸すから、家まで取りに行ってくれよ」
沢渡がそう提案してきたけど、路香は納得できないと顔に書いて睨むように見ている。
「あっ、じゃあね、私が車を出してくれるように頼むから、数人ずつ家に回ってもらうってどうかな。帰りも送ってもらえるようにするからさ」
花南の提案に路香がギョッとした顔をした。
「そのね、私もみんなと勉強できると嬉しいかな」
続けて言われて、路香は仕方がないというように天を仰いでため息を吐きだした。
「わかったわ。それじゃあ責任をもって、連絡をよろしく」
花南は嬉しそうに笑って、沢渡に電話を借りるのであった。




