30 放課後 沢渡の家で 前編
クラス委員長の田中は勝手知ったるという感じに、呼び鈴を押すとすぐにドアを開けて沢渡の家の中に入って行った。
私、高槻由真と彼、吉田鷹広も田中の後について家の中に入る。
「おう、思ったより時間が掛かったな」
沢渡がすぐそばの扉から顔を出して言った。
「まあ、ちょっとね。えーと、お邪魔します」
「お邪魔します」
挨拶は大事と教えられて育った私としては一言言わないことには落ち着かなくて、順序が変な受け答えをしてしまった。彼も私の後に続けて挨拶の言葉(?)を言ったので、おまぬけさまにはなっていないだろう。
「それで、どんな用事だったの」
リビングに入ると、すぐに蕪木路香が訊いてきた。
「待った、待った。その前に、高槻、吉田、お昼ピザでいいか?」
「はっ? ピザ?」
沢渡の問いかけに意味がわからなくて、一瞬彼と見つめあった後、すぐに問いかけの視線を路香へと向けた。路香は肩を竦めて、沢渡に聞けと目線でいってきた。
「そう。待っている間に頼んじゃったけど、ピザが駄目ってことないよな」
「ピザは好きだけど……」
「僕も……」
「なら、よかった」
ニカッと笑う沢渡になんとなく毒気が……ではなくて、気が抜けた私は考えることを放棄しかけた。けど、彼の言葉にすぐにハッと気を取り戻した。
「それこそこっちが待ってだよ。僕たちは沢渡君が、話があるというから来たわけで、お昼を食べるなんて話ではなかっただろう」
「そうよ。沢渡、用件を話してくれたらさっさと帰るから、言ってくれないかな」
「無駄よ、由真。私たちも由真たちが来るまでに聞きだそうとしたんだけど、沢渡ってば、由真たちが揃うまでは話さないっていうのよ。それで、待たせるのも悪いから昼食を一緒に食べようって言いだしてさ。なんか、沢渡のご両親も私たちが昼食をここで食べることを了解していたとかで、昼食代を置いていったそうなのよ。そう言われたら……ねえ」
路香は何かを諦めたような顔で説明をした。それから気分を変えるかのように口元に笑みを浮かべた。
「それでもう一度聞くけど、望月先生の用事って何だったの?」
「ああ、それね、自転車通学のことをね」
「「「「「自転車通学~?」」」」」
再度路香に聞かれて、私は路香たちのそばに行きながら答えた。みんなは聞きなれない言葉だったのか訝し気に言った。
「そうなのよ。なんでも私たちが住んでいるマンションは自転車通学の区域になるんだって」
「でも、由真が引っ越してからかなり経つよね」
片倉花南が不思議そうに訊いてきた。
私は彼と目を合わせてから言った。
「それがね、あの近辺から通学する人が少ないらしくて、先生方も気がつかなかったらしいのよ。昨日たまたま望月先生が世間話として話したら、3年前に自転車通学者がクラスにいた笠間先生が、思い出してくれたそうなの」
「ああ~」
みんなは納得したように相槌を打ってきた。
「それで、明日から自転車通学になるの?」
「ううん。先ずは申請を出して許可が下りないと駄目なんだって。それに自転車通学するためには、ヘルメットが必要なのよ。私は持ってないから、買いに行ってこないとならなくて」
「高槻さんはヘルメットを持ってないのかい」
「ええ。私は部活に入っていなかったから、必要なかったんだよね」
花南の質問に返したら、次は田中が聞いてきた。それへの私の返事に早乙女琴音が訊いてきた。
「ねえ、それなら私のヘルメットをあげようか。私、部活で使ったのって、隣の中学との練習試合に行った5回だけなのよ。だからそれほど汚れてないと思うんだよね」
琴音はバレー部だった。大会の時は保護者が付き添っての移動だったから、車か公共交通機関を使ったのだろう。そうなると、定期的に交流をしていた隣の中学との合同練習の時しか使わないのも納得だ。
「本当にいいの? 確か、部活の後輩に譲るのが伝統だって言ってなかった?」
「大丈夫よ。伝統という言い方をしているのは、他校との交流で数回しか使わないのにヘルメットを買わせるのは勿体ないって、数代前の顧問の先生が言い訳のために考えたのよ。それでも耐用年数とかあるらしいから、10年くらいで買い替えるようにしているの。実は私のヘルメットって、お姉ちゃんの時に買ったものだから、部活の後輩にはあげることが出来ないんだ。由真が使い終わったら廃棄してくれればいいからね」
理由を聞いたら納得できた。つまり琴音のヘルメットは部活とは関係なく個人で持っていたものだということね。琴音とお姉さんは8歳違うから耐用年数に引っかかるのだろう。
「じゃあ吉田、俺が使っていたやつでいいのなら、貰ってくれないか」
「えっと、いいのかい」
「ああ。俺ん所も姉貴が使ったやつを俺が使ったんだけど、やはり数回しか使わなかったんだ。少し傷があるけどそれでよければな」
こんどは小梁が彼へと言った。小梁も姉からのおさがりということで、後輩に渡すのは躊躇していたようだ。
彼が私の方を見てきたので、私は頷いて返事をした。
「喜んで受け取らせてもらうよ、小梁君」
「私も。琴、ありがとう」
ヘルメットの譲渡の話がまとまったところに、呼び鈴の音が部屋の中に響いたのだった。




