26 新学期 登校途中で
「暑いね」
「そうね、暑いよね」
「改めて思うけど、本当に学校まで遠いよ」
「まあ、徒歩で45分かかるんじゃねえ」
爽やかな朝なのに、こんな会話からですみません。私、高槻由真と彼、吉田鷹広は学校へと登校途中です。
本日から新学期のため、私と彼は学校に向かっています。
中学校までの難所(?)の丘を下ったところで、見知った顔が待っていた。
「おはよう、由真。ついでに吉田君も」
声をかけてきたのはクラスメイトの蕪木路香である。
「おはよう、みっちー。もしかして待っていてくれたの」
「ううん。たまたま出るのがこの時間になっただけよ」
「なーんだ」
「えっと、おはよう、蕪木さん」
私たちの話が途切れたところで、彼が路香に挨拶をした。
「あら、ついでなんだから、挨拶を返してくれなくていいのに」
あんまりな路香の言葉に、彼の笑顔が引きつった。
「みっちー、それってひどくない?」
「別にひどいことは言ってないわよ」
「えー、そうかな~」
「そうよ。夏休みのほとんどの間、由真を独り占めしていたのを恨んでないわよ」
「えっ、あの?」
「みっちー?」
路香はジト目で私たちのことを見てきた。それからふいっと視線を外すと、先に歩き出した。一瞬呆けた私は慌てて路香に並んで歩いて行く。
「みっちー、別に私は独り占めされてないんだけど」
「どうだか!」
語気を強めにいう路香はどうやら拗ねているようだと気がついた。
「いや、本当だよ。私の夏休みはほぼ家事でつぶれたし」
「でも吉田君と図書館に行っていたんでしょ」
「そりゃあね。なんといっても涼しいもの」
「ほらー、私より吉田君とがいいんでしょ」
「ちょっと、みっちー!」
路香の言い掛かりに、朝からムッとしてきた私はきつめの声を出した。そうしたら、路香はニヤッと笑いながら私のことを見てきた。
「と、花南なら言うでしょうね」
「なんだ、みっちーがそう思っているんじゃないんだ。……って、もしかして花南がみっちーに愚痴ったの?」
「そういうこと」
もう一度ニヤリと笑った路香はいつも通りの飄々とした態度に戻った。
「花南の気持ちは分からないでもないのよ。本当に由真にべったりだったもの。家が離れたから仕方がないとはいえ、夏休みに会えないのは堪えたのよ」
「そういわれても今住んでいる所から花南の家まで、自転車でも30分以上かかるのよ。それにあの丘を越えていくのは、なかなか大変なのよ」
「だから、花南だってそれは解っているのよ。でも会いたい時にすぐに会える距離にいるのが、吉田君だということが納得できないらしいのよ」
路香の言葉に少し後ろを歩く彼のことを見た。彼は戸惑ったような顔をしていた。
「教室に着いた途端に絡まれるかもしれないけど、受けてあげてね」
「えーと、それって言い掛かりじゃないの?」
「そうよ。言い掛かりというより八つ当たりよ。でも、由真の夏休みを独り占めしたんだから、甘んじなさい」
無情なことを言う路香。
「いや、そもそも彼も私も悪くないじゃん。それに花南やみっちーとも会ったよね、私。というか、会いに行ったんだけど」
そうなのだ。夏休みの日々を彼と図書館にばかり行っていたようなことを言われたけど、毎日行っていたわけではなかった。彼も沢渡や委員長に誘われて出掛けたし、私も3回みっちーのところに行ったし、花南のところにも2回行っていた。二人が私のところに来ることはなかったけど……ね。
「それでもよ。小学生の時から、花南は由真にべったりだったんでしょ。親友が離れてしまって寂しいのよ」
「それはわかるけど、それじゃ高校はどうするのよ。私たち別々の学校になるんだよ」
「それもわかっているのよ。でもいつでもすぐに会えたのが、物理的に離れちゃったじゃない。それがきついのよ」
わかったように言う路香に反論しようとして、このままでは平行線の話だと気がついて私は口を噤んだ。私が黙って言葉を発しないことに気がついた路香が私のことを見てきた。そして肩を竦めるしぐさをして言った。
「そういうわけだからね、吉田君」
「う~~~、あ~~~」
彼は呻くような声を出したけど、明瞭に言葉を返すのを避けたようだった。私は気持ちを切り替えるように話題を変えた。
「ところでみっちー、八木さんたちのことはどうしたらいいと思う」
「えっ、まだ気にしてたの、由真ってば。放っておけばいいのよ」
「いや、それこそ教室に着いた途端に絡んできそうじゃない」
「まあ、そうね」
「何か対策できないかな」
「いや、無理でしょう。きっと絡んでくるわよ」
路香に断言されて私はうわ~と思いながら彼の方を見た。彼も同じように嫌そうな顔をしている。
「そうねえ、無視するか、逃げるしかないわね」
「どこに逃げろというのよ」
「とりあえずカバンを置いたら職員室に行くとか?」
「用もないのにいけないわよ」
「あら。由真が顔を出したら望月先生が喜んでくれるわよ。早速用事を頼んでくれるわよ」
「自分から御用聞きに行く気はないからね!」
路香の提案にそう返したら「あら、残念」と、全然残念そうでない顔で言った。
「その手もあるか」
と、彼が後ろで呟くように言ったけど、たった二日会っただけなのに、彼に苦手とされる八木に、ちょっとだけかわいそうだと思ったのは内緒だ。




