25 夏休みの残りの日々で
花火大会のあと、日常が戻ってきた。
といってもまだ夏休みだから、学生生活の日常とは程遠いのかもしれない。
私、高槻由真は、夏休みの残りを花火大会前と同じように過ごした。
隣人である吉田鷹広と、それぞれの家事を済ませたら図書館に行き、勉強をしてお弁当を食べて、また勉強をして、家に帰る前にスーパーに寄って買い物をして、帰ったら洗濯物を取り込んで、二人で夕食を作り、親が帰るまでわからなかったところを教え合う。そして帰ってきた親と共に四人で食卓を囲む。
まるでルーティンのように私たちの生活のリズムは出来上がっていた。
花火大会以降変わったことといえば、私の父と吉田母との距離感だろうか?
でもこれは、彼と夕食を一緒に作るようになった頃から近づいたような気がするから、変わらないと云えば変わらないのかもしれない。
夏休みも残り三日となった時に、彼から「プールってどこにあるの」と聞かれた。
「プール? それって市民プールのこと? それともファミリーランドのプールのこと?」
「えーと、その違いって何?」
「市民プールは駅の向こうにあるお値段お手頃のプールで、ファミリーランドは花火大会で行った隣の市にある懐事情が寂しい中学生でも行きやすい遊園地のプールよ」
「うわー、分かり易い説明をありがとう」
彼はなんとも微妙な顔でそう言った。
「で、プールのことを聞いてきたのは、どういうことかな?」
私の問いに彼は困ったように笑って答えてくれた。
彼は花火大会に一緒に行ったメンバーと仲良くなったようで、昨日の夜に沢渡から「プールに行こう」と誘われたという。なんでも夏休み最終日に、息抜きと新学期への英気を養うために、花火大会に一緒に行ったメンバーでプールに行かないかとも言われたそうだ。
そう説明した後、尚更困ったように眉を寄せた彼。
「あー、つまりー、それは私に女子メンバーに聞いてくれってことよね」
「うん、当たり」
「あー、沢渡のやろうー」
私は額に手を当てて、呻くように言った。
「馬鹿か? いや、馬鹿だったわ。よりにもよって夏休み最終日にぶっこもうとするなよ。というか、沢渡は宿題を終わらせてんでしょうね。そういう誘いを掛けたってことは。新学期早々、見せてと泣きついても知らないわよ」
額に当てた手を外して、彼のことを睨むように見た。
「で? 聞き忘れていたけど、吉田君はこっちの宿題って教えてもらっているの?」
「う、うん。一学期の最終日に顔を出したことで、夏休みの宿題については望月先生が届けてくれたから」
「それなのに、高校の一覧表は渡し忘れたんだ。本当にあの人は。……と、そっちはどうでもいいか。それで、吉田君は宿題をすべて終わらせているのよね」
「えっ、えーと……」
私と目を合わせないように視線を逸らした彼に、私は身を乗りだすようにして彼の目を見つめた。
「終・わ・ら・せ・て、いるのよね!」
「……読書感想文だけ、終わってないです」
一文字ずつ区切って言えば、観念したように彼は答えた。
「へえ~。それなのに、遊びに行くつもりだったんだ。ふう~ん」
「いや、その、今夜終わらせるつもりでいるんだ……」
「ほお~。私が吉田君と知り合ってから、一度も学校の宿題をやっているところを見ていなかったよね~。てっきり、転校生の吉田君は宿題がないと思っていたんだけどな~。そうか、そうか。図書館でやるんじゃなくて、家でやっていたんだ~」
厭味ったらしく言ってやったら、彼はしばらく俯いていたけど、意を決したように顔を上げて私に訊いてきた。
「そういう高槻さんは? すべて終わらせているの?」
「もちろんよ。吉田君と知り合った頃にはほぼ終わらせていたからね。というかさ、私、その宿題の問題で解らないものを聞いたよね」
「えっ、あれってそうだったの」
「気がついていなかったの?」
「数学は一番に終わらせていたから」
私はジトーとした視線を彼へと向けた。彼は目を合わせないように視線をそらしている。
そういえば彼は国語や英語が苦手なようだった。
それを思い出して、私はハア~と息を吐きだした。
「ということは、感想文をどう書いていいか困っているんでしょ。本と書きかけのやつを、持って来なさい」
「えっと、手伝ってもらうのは悪いというか……」
「手伝わないわよ。書くのを見守るだけだから」
「え~」
一瞬、期待をしたようで顔が輝いた彼は、不満げに声をあげた。ジロッと睨んだら、バッグの中から、本と原稿用紙を取り出した。
「この本を選んだのね。それなら、押さえるべき話の要点を教えるから、それをそれらしく纏めればいいよ」
「それらしく?」
目を白黒させる彼に、付箋を取り出して要点と思わしきところに貼っていく。夏休み前に読んだ本だったから、内容を覚えていたことでパッパッパと要点の部分を拾えたと思う。
彼はその様子を、目を丸くして見ていた。
それから、一度は本を読んでいたのか付箋の部分を見て、少し考えては原稿用紙へと文字を連ねていった。
一時間ほどすると何とか書き上がったようで、「終わった~」と息を吐きだした。
私のことを見てきたので「お疲れさま」と言っておく。そうしたら、何やら口元を引き結び、恐る恐る言ってきた。
「それで、プールに行く話は?」
「もちろん、却下! 学校に行く支度をしないといけないのに、行くわけないじゃない!」
「……ですよね」
そのあと、彼は沢渡へとプールに行かないと伝えたという……。




