17 喫茶店の家で その4
彼、吉田鷹広の言葉に、みんなは毒気を抜かれたように黙り込んだ。互いを見合って誰かが口を開くのを待っているみたいだった。
「ええっとー、ゴホン。吉田君のことは天然くんでいいのかな」
「天然……なんか高槻、ご愁傷様?」
わざとらしい咳ばらいを入れて、蕪木路香が茶化すように言ったことに、すぐに沢渡が憐れむように私のことを見ながら、疑問形で言ってきた。
「ほんと、高槻って……」
意味深に言いかけて、私が睨みつけたから言葉を止めた永井は、視線を明後日の方向へと向けた。
「ゴホン」
わざとらしい咳ばらいを、今度は田中がした。みんなの視線を集めることに成功した田中は、ニコリと圧のある笑みを浮かべて言った。
「話が進まなくなるから、余計なことを言うのは止めような。それで吉田君、もう一つの聞きたいことって何かな」
田中の圧に少しびびったのか、彼は少し視線をさ迷わせてから私へと目を向けてきた。
「あっ、その、単純に疑問に思ったことなんだけど、高槻さんって、着物を着せることが出来るの?」
その問いに、ああと思う。先ほどの花南たちとの会話からの疑問だったようだ。
「うん、出来るよ。といっても、浴衣くらいなんだけど」
「浴衣くらいって……。すごくない」
「そんなことないよ。祖母がそういうことが好きな人だったから、教えてくれただけなんだって。ちゃんとした着付けは出来ないもの」
顔の前で手を振りながら言ったら、沢渡が真顔で訊いてきた。
「なあ、高槻。浴衣って、男子も着せることができるのか?」
「男子の着付け? 出来ないことはないと思うけど、無理だよ」
「どうしてさ」
「あのね、私の腕は二本しかないの。花南たちで手一杯だもの」
「そっかー。駄目かー」
沢渡は肩を落としている。そんなにも浴衣が着たいのだろうか。というよりも、沢渡は浴衣を持っているのかな?
「ねえ、沢渡、そう言うってことは浴衣を持っているんだよね」
「えっ? いや、持ってないぜ。でも、買いに行けばあるんだろ」
沢渡の答えに呆れた目を向ける路香。
「あんたねえ、こんな土壇場になって浴衣を用意しようとしないでよ。ちゃんとしたところだと、仕立てるのに時間が掛かるのよ。それでなくても、着つけてもらうことを考えたら遅いでしょ」
「それは蕪木たちだってそうだろう。高槻に頼んでたじゃん」
「あんた本当に馬鹿ね。私たちと由真の付き合いがどれだけだと思っているのよ。一応私たちは浴衣なら着ることが出来るわよ」
路香の言葉に驚いた顔をする男子たち。路香は私へと視線を向けながら、続けて言った。
「もともと花南は小学校から由真と一緒に、由真のおばあさんから浴衣の着付けを教えてもらっていたのよ。私と琴音と結花は中学に入ってからだけど、2年教えてもらったわ。でもね、帯だけは別なの。そこのところを由真に見てもらおうってだけなのよ。あんたみたいに一から着つけてもらわないといけないわけじゃないから、時間はかかんないわよ」
沢渡は項垂れてしまった。その様子がなんか、見捨てられた子犬みたいで、気がついたら私の口から言葉が滑り出ていた。
「それなら、知り合いの呉服屋に聞いてみようか。そこはレンタルと着付けをしていたはずだから」
私の言葉に沢渡はぱあっと顔を輝かせて顔を上げて見つめてきた。路香に電話を貸してと続けようとしたら、それより先に路香が言った。
「それは駄目よ」
「なんで? 聞いてもらうだけでもいいじゃん」
「駄目だってば。よーく考えなさいよ。あんたたちがここに居る理由を」
路香に言われて首を捻る男子たち。路香は深々とため息を吐きだした。
「あんたたちは八木たちに絡まれたくないんでしょ。それなら身軽に動けるようにしたほうがいいでしょう。着慣れない浴衣なんかで出掛けたら、八木たちを引き離せないわよ」
「それは蕪木たちが防波堤ってことで」
「それは嫌だって言ったわよね、私。それよりもあんたたちは普段の格好で行って、八木たちを撒いた方がいいと思うわ」
「蕪木たちは?」
「あのね、私たちも浴衣を着るのよ。多分八木達よりは慣れているつもりだけど、それでも普段と違って動きにくいの。だから、隣の駅に着いたらあんたたちはさっさと降りて、先に行きなさい。それであとで合流することにすればいいでしょう」
「合流って難しくないかー」
小梁がうーんと呻りながら言った。
「それは大丈夫」
路香はニヤリと笑った。
「とっておきの場所があるのよ。それにそこなら八木たちは付いてくることは出来ないから。もし万が一にも神社の辺りで付きまとわれても、そこのところで離れることが出来るから安心しなさい」
自信満々に路香に言われて男子たちは不承不承ながらも頷いた。
そのあと花火大会へと向かう途中の、一応の待ち合わせ場所を決め、とっておきの場所の地図とそこへ入るためのあるものを当日に渡すことも決めて、路香の家を出ることとなった。
時間は15時半を回っていた。私はみんなと別れると、彼と共に坂道をゆっくりと歩いていく。
「なんか、本当にいいのかな」
ぽつりと彼が言った。
「別にいいんじゃないの」
「そうかな」
「うん、そうだよ。それよりも駅までの行き方は分かる?」
「バスがあるんだよね」
「そう」
「高槻さんは……って、先に……えーと、友達の家に行くんだったね」
「そうだよ。会田結花の家にね」
「じゃあ、当日は別行動だね」
「そうね」
なんとなくそこで会話は途切れて、私たちは黙って歩き、マンションまで帰ったのだった。




