16 喫茶店の家で その3
彼、吉田鷹広の言葉に、私、高槻由真を含めたみんなの動きが止まった。
彼の自己評価の低さは知っていたけど、ここまでだとは思わなかった。
「ええっとさ、吉田。もの好きって、なんでそう思うんだ」
沢渡は呆けたような声を出した。彼は沢渡に不思議そうな顔を向けた。
「さっきも言ったけど、彼女たちは転校生が珍しいだけだよ。あと、さっきは普通って言ったけど、容姿で劣る僕に話しかけたのは、もの好き以外のなにものでもないだろう」
路香を含めてみんなして彼に向けて指を指して、私のほうを見てきたけど……。
「というかさ、人に指を向けるのはマナー違反でしょ」
「あっ、すまん」
「ごめん」
私の言葉に呆けた顔をやめてから、みんなは口々に彼に謝った。
「それで吉田、お前のどこが容姿で劣るって?」
「高槻さんにも話したけど、今まで女子には手を繋ぐことでさえ嫌がられていたんだよ。目が合えば視線を逸らされたりもしたし。見るのも嫌って態度をされれば、嫌われているってわかるよ」
……うん。さすがに彼に指を向けるのをやめたけど、私に向けるみんなの視線の意味は分かるから。
田中が何か思案したあと、口を開いた。
「吉田君、どうやら君と僕たちとでは認識に差があるようだね。それはまた今度話すことにしよう。それよりも聞きたいことって何かな」
「あっ、そうだね。えーと、一つ目は……花火大会ってどこでやるのかな。皆の話だと、電車で移動するみたいだよね」
彼の疑問にみんなして「あっ!」と、いう形に口を開いた状態で固まった。そういえば彼を花火大会に誘ったものの、詳しいことは話していない事に、今更ながらに気がついた。沢渡がバツの悪そうな顔をして、彼のことを見た。
「悪い、吉田。肝心なことを言ってなかったな。花火大会って言うのは、尾久川で開かれるんだ。会場へは電車で一駅な。そこから川原まで屋台が出ているんだよ。ついでに途中にある『おたま様』で、参拝するのが一般的な楽しみ方だな」
「おたま様?」
彼が不思議そうに呟いた。沢渡は「うぐっ」と変な声を出した。どうやら言葉に詰まってしまったようだ。
「おたま様というのは稲荷神社のことだよ。この神社には『おたま狐』というお狐様の話が伝えられていて、親しみを込めて『おたま様』と呼んでいるんだ」
「へえ~、稲荷神社なんだ」
田中がすかさずフォローしていた。彼は感心したように言った。それから、何故か私に視線を向けてきた。つられたようにみんなの視線も私に集まった。
「何かな」
視線に耐え切れずに訊いてみた。だけど彼は口を開こうとしなかった。
「吉田君、次に聞きたいことは何かな」
また田中が、彼が言いやすいように、フォローしている。さすが委員長なだけはあると思った。
「えーと……」
と、まだためらう彼。そんなに言いにくいことなのだろうか?
「聞くなら今のうちかもよ」
「どうして」
軽い感じに言ったら、すぐに言葉が返ってきた。
「今なら何も知らないということで、答えてあ・げ・る! で、新学期からは答えて、あ・げ・な・い・よ!」
私は人差し指を立てて、節を取るような言い方をした。彼は少し目を丸くして私を見たけど、すぐに笑みを口元に浮かべた。
「そんなことはしないでしょ、高槻さんは」
「そうそう。口ではなんやかや言いながらも、面倒見いいもんな~」
沢渡がフォローするかのように口を挟んできた。他のみんなも頷いているけど、そんなことないのにと、心の中で思っておく。だから、少し顔をしかめてから私は口を開いた。
「で、私に聞きたいんでしょ。何?」
「う~ん、二つほどあるんだけど……」
「だから、どうぞ」
「えーと、まずは、学校で言っていた噂って、何?」
「あー、それね。一昨日学校に来たのを、部活に来ていた後輩に見られたじゃない。それで、噂になったのよ」
そう答えたら、彼は眉を寄せて私を見てきた。それから、はあ~と息を吐き出している。
「ごめん」
「えっと、何が?」
「僕みたいのと噂になってしまって」
「いや、待って。意味がわかんないんだけど?」
「高槻さんの隣に僕みたいのがいたんじゃ、良くないね」
「いや、違うでしょ」
「違わないよ。つり合いが取れないって噂になったんでしょ。高槻さんの面倒見の良さにつけこんだって」
「だから、そんなんじゃないってば」
「だって迷惑だろう」
「迷惑なんかじゃないわよ」
「それじゃあさ、僕のそばにいてくれる?」
「いるに決まってんじゃない!」
売り言葉に買い言葉じゃないけど、彼の言葉に叫ぶように答えてから、ハッとなった。
今の会話って、取りようによってはあれな会話じゃない?
そんなことを思って、みんなの顔を恐る恐る見ていった。案の定、口を開けてぽかんと私達のことを見ていた。
路香が気持ちを立て直したのか、口を開くのが見えた。
「そ……」
「あー、よかった。初めての異性の友達に、変な噂のせいで嫌われてしまったんじゃなくて」
彼が心の底から安堵したという風に声を出した。
『はっ?』
みんなして声を揃えるようにだしたけど、私達は悪くないよね?




