12 夏期講習で その3
「沢渡~、めんどくさがらないでくれる。指名はあんた」
「え~、おバカな俺より、高槻の方が説明役には適してるって」
ひらひらと手を振って言う沢渡。私、高槻由真は、あきらめてため息交じりに説明を始めた。
「もう~。ええっとね、吉田君。5月に騒がれた爆弾騒ぎって、知ってる?」
「ニュースで見たあれかな?」
「そう、たぶん、それね。あの脅迫文のおかげで、まず全市で小中学校が1日休校になったの。実際にはそんな物はなかったんだけどね。そのあと、うちの学校を名指しで爆破予告がきて、色々調べたりなんだりで、もう2日休校になったのよ」
「大変だったんだね」
吉田鷹広の言葉に沢渡も私も、それから私の前の席で沢渡と同じく後ろを向いていた蕪木路香も、苦笑を浮かべた。
「最初は学校が休みだ~、って喜んだけどね。ほんと、どこのバカよ。こんなことをしたのは。ほら、学校って日数が何日の、授業時間が何時間のってあるじゃない。おかげでその分夏休みが短くなったんだけど、もう1日分が確保できなくて、この夏期講習になったのよ」
「じゃあ、1日遅く夏休みになったのはそれが原因」
「まあ、そういうことだ」
「あんたが偉そうにしないの」
最後を掻っ攫って格好つけた沢渡に、路香の鋭いツッコミが入った。
そしてチャイムと共に望月先生が入ってきたから、沢渡と路香は前を向いた。
1時間目の数学が終わり先生が教室から出て行くと、今度は男子が彼の周りにきた。
「僕はクラス委員長をしている田中宏和というんだ。よろしく、吉田君」
「よろしく、田中君」
「まあ、高槻がついていれば大丈夫だと思うけど、何かあったら言ってくれ」
「うん」
他の男子たちも彼に一言挨拶をして離れて言った。
そうしたら、彼のぼやくような小声が聞こえてきた。
「大丈夫かなー。みんなの名前を覚えられるかな~」
「いや、無理じゃない」
思わずツッコミを入れてしまった。
そうしたら彼が私のほうを向いた。
「少しひどくない?」
「いや、だって、無理なものは無理でしょう。私だってクラス替えをして、全員の名前を覚えるまでに1週間かかったもの」
「1週間? それは早いだろ」
「いや、待ってよ。私はみんなとクラスは違っても、2年間同じ学校で過ごしていたんだってば。吉田君は知り合いが一人もいない状態で、覚えなきゃならないわけじゃない。それにね、今は夏休みでしょう。これから毎日会うのなら覚えられるだろうけど、次に会うのは夏休み明けになるでしょう。20日後までに、一回あったばかりの35人を覚えている方がおかしくない?」
私がそう言ったら、沢渡が振り向いて言った。
「そりゃそうだ。高槻の言う通りだよ。夏休み明けに覚えればいいって。まあ、でも俺のことは覚えていて欲しいけど」
ニカッと笑っていう沢渡に、目を瞬いた後、彼は少しいたずらっぽい目をして言った。
「ありがとう。そう言ってもらえると、気が軽くなったよ。佐渡島君」
「ああ。……って、おい。佐渡島じゃねえって~」
わめくように間違いを指摘する沢渡に、彼が笑顔を向けた。
「うん、わかっているよ、沢渡君」
その答えに沢渡は目を見開いた後、眇めるようにして彼のことを見た。
「なんか……意外といい性格をしてんじゃないの、吉田って」
「えっ? そうかな」
「そうだよ」
そしてチャイムが鳴って国語の先生が入ってきたから、沢渡は前を向いたのだった。
今日は午前で授業は終わりだ。これから暑い中をマンションまで戻るのかと思うと、げんなりとする。
帰り支度をしていると、片倉花南がそばに来た。
「由真~、遊びの計画を立てようよ~」
「花南、わたしたちは受験生よ。それを忘れた発言をしないの」
路香が花南に苦言を呈している。
「みっちーまで、ひどい~。受験生でも息抜きは必要だと思うな~」
「息抜きならいいけど、花南はちゃんと勉強しているの?」
「してるよー。だって、そうしないと、来週の花火大会に行っちゃ駄目だっていうんだもの」
花南は頬を膨らませながら言った。
そういえば花火大会は来週の土曜日だったと思いだした。
「だからね、由真。花火大会に一緒に行こうよ~」
「花火大会か~。それならいいかな」
「やったー! それじゃあさ、浴衣の着付けをお願いしていい?」
「えー、ずるい。私も一緒に行きた~い。そして由真、私に浴衣を着せて~」
花南だけでなく、早乙女琴音までそばに来たと思ったら、お願いをされてしまった。
「別に着付けるのはいいけど、みんなの家を回ることはできないよ」
「それならさ、うちが一番駅に近いから、うちに浴衣を持って集まって、由真に着せてもらえばいいじゃない」
会田結花までが話に加わってきた。でも、この申し出は助かる。
移動しなくていいのなら、時間を決めて集まってもらって、そこからみんなで行けばいいわけだし。
「吉田、来週の土曜日の予定ってなんかある?」
「えーと、別にないけど」
沢渡が彼のほうを向いて言った。
「それじゃあさ、俺らも花火大会に行かねえか」
「えっ、いいの」
「もちろん。委員長の田中と永井と小梁が一緒なんだけどさ」
「えーと、他のみんながいいのなら、行ってみたいかな」
彼の言葉に沢渡が大声を出した。
「田中~、永井~、小梁~。花火大会にさ、吉田も一緒でいいか」
「おう!」
「いいぜ!」
「了解!」
三人から返事をもらった沢渡がニッと笑った。
「だってさ。行こうぜ」




