10 夏期講習で その1
私、高槻由真は、彼、吉田鷹広と職員室の所で別れ、教室に向かった。
1人じゃない通学が、こんなにも楽しいものだとは思わなかった。
だから、教室に着くまで、私は周りの視線に気が付いていなかった。
「おはよう」
教室のざわめきが消えた。
「あれ? どうかした」
近くにいた佐方さんに聞いてみる。
視線をそらされた。
教室を見回すと、他のみんなも目が合わないようにあさっての方を向く。
何かしたかなと思いながら自分の席に着いた。
「由真~!」
入り口で大きな声がした。
片倉花南だ。
私に近づきながら話しかけてくる。
「由真、ひど~い。なんで教えてくれなかったの」
「なにが?」
「なにがって、しらばっくれる気なの」
「だから、なんのこと」
「もう、そこまで隠さなくたっていいじゃん。照れくさいかもしれないけど、恥ずかしいことじゃないんだし」
「だからね、何を言っているのか分からないんだけど」
「え~、ここまで言っても報告してくれないんだ」
「報告しなければならないことは、何もないよ」
「由真、私達、友達じゃなかったのね」
花南は顔を覆って泣き真似をした。
本当に何を言われているのか、分からないのだけど。
分かるように話してほしいと切実に思う。
「いや、言ってる意味が分からないってば」
「ゆっま~、本当にわからないの?」
「あ、みっちー。うん、何のことなのか教えて」
もう一人明るい声が会話に加わってきた。
蕪木路香だ。
「昨日メールで『由真に彼氏が出来た!』って、まわってきたんだけどさ。ほんと?」
「はっ? 彼氏? 誰に」
「だ・か・ら・由真、あんたに」
「はあ~? 彼氏なんていないよ」
「嘘をつかないの。仲良くデートしてるところを、何人かに目撃されてるんだから」
「だから、彼氏じゃないってば」
「ゆま~。男が出来たってほんと~?」
路香とやり合っていると、また一人、教室の入り口から話しかけてきた少女がいた。
早乙女琴音だった。
「だから、なんでそんなことになっているのよ」
「え~。バレー部の後輩から、学校に男連れで来たって聞いたよ」
「あっ、それか」
一昨日のことを思いだした私は、ポンと手を打ち鳴らした。
学校で見かけたのは、バレー部女子だったのかと、私は納得をした。
「ほう~。心当たりはあるんだな」
「ちょっと、みっちー。その口調やめて。ちゃんと話すから。というか、誤解だし」
「誤解?」
路香が訝し気に言った時に、また一人、教室に駆け込んできた少女がそばに来た。
「由真、彼氏を転校させたって本当?」
会田結花が、爆弾発言を落としてくれた。
この発言で聞き耳を立てていたみんなが騒ぎだした。
「やっぱり彼氏なんだ……」
「転校させたって、高槻怖すぎ……」
「えー、縛る人なの……」
「キャー、由真ってば……」
「えー、それじゃあ~……」
みんなが話している声が切れ切れに聞こえてくる。
頭を抱えたくなったけど、発言をした結花を睨むだけにしておく。
「で、外野は置いといて本当はどうなの」
路香が落ち着いた声で訊いてきた。
「みっちー。なんか誤解がひどいけど、私には彼氏はいないから」
「うん、それはわかった」
「えー、みっちー。それ信じるの。黙ってた、ぶっ」
路香はなにかを言おうとした花南の後頭部を手刀で叩いた。
「花南は黙ってな。あんたがしゃべると話が進まない」
路香に睨まれて花南は抗議する言葉を飲み込んだ。
「でも、一緒に登校してきたってきいたけど、彼氏じゃなかったの」
結花が首をひねりながら言った。
「だから、なんで、私が男子と登校しただけで、彼氏が出来たという話になるのよ」
「それが、珍しいからじゃない」
琴音が合いの手を入れてきた。
その琴音に冷ややかな視線を向けながら路香が言った。
「琴、あんたも黙ってて。それでなんで一緒に登校したわけ」
「家が隣で、この学校に転校してきたから、かな」
「本当に転校生なんだ」
「家が隣ってなによ、それ」
花南がしつこく口を挟んできた。
「はい、はい。それは後で。じゃあなんで一昨日学校に来たの」
「彼は、県外からの転校でこっちの高校のことを知らなかったから。私も引っ越しのごたごたで資料をどこにやったかわからなくて、先生に訊いた方が早いと思ったからだね」
「夏休み前にもらったでしょ」
「私、休んでたし」
「でも、夏休みの課題を受け取りに行ったって、言ってなかった」
「先生のミスで入ってなかった。あっ!」
私は慌てて口を押えたけど、一度出た言葉は取り消せない。
路香が怪訝そうな顔で訊いてきた。
「どうしたの」
「あ~、先生に黙っていてくれって、言われてたの。一覧表の渡し忘れを」
「ふ~ん。でも、普通転校してくるのは、夏休み明けじゃないの」
「なんか、夏休み前に転校の手続きは済んでいて、話の流れから今日の夏期講習に参加することになったんだよね」
「まあ、そんなとこだろうと思ったわよ」
路香はパンパンと手を打ち鳴らした。
いつの間にかまた、クラス内は静かになっていた。
「みんな、聞こえたでしょ。彼は転校生で、由真のマンションの隣の部屋に引っ越してきた。そして、クラス委員の面倒見の良さから、学校まで案内した。わかった」
路香の言葉にみんなはクラスのあちこちで頷いている。
教室の入り口で話していたり、様子を見ていた他のクラスの人が、バタバタと自分のクラスに走っていったのが見えた。




