オータム 情報を集める
「いや、何をしてるの。」
化粧した筋肉質のおっさんが服を脱ぎ始めて腕立てを開始する姿に安心する妹が何処の世界にいるというんだ。
げんなりとした視線をカマーに向けると、若気の至りよ〜と言いながら頬を赤く染める。
このオカマを作ったのも僕の若気の至りだったに違いない。
何はともあれ、話を聞いていると、ある程度情報は集まった。
こいつら視点で3年前、僕たちプレイヤーはNPCの前から姿を消した。そして、これまで行っていなかった現実的な行動を無意識に開始する。
勿論、この街はゲームを基本とした街づくりをしているから、現実としての生活は困難を極めただろう。
プレイヤーですら食事をゲーム内でするのは一時的なステータスアップをする為であり、単純に食べるためだけの食材そのものの種類は少ないのだ。
そもそも、買い出しに一を向かわせたと言っていたが、この街の端っこにある商店街くらいしか食材を買える店はない。NPCをあそこに連れて行く意味はなかったし、連れて行ったこと自体もないのだが、一体どこに買い物に行くつもりだったのか。
ともあれ、街に住まうNPC達は寄り合を作ったそうだ。混乱する状況をなんとかしようと真っ先に立ち上がったのは、『祝福の羽』のMr.カマーと『春告精』のリリン、『竜の尻尾』のじゅげむじゅげむじゅげむ。そして、『漢達の宴』の♂。
……僕が言うのもあるアレだが、一部を除いてネーミングが酷いな。
兎に角、この四人が各宿泊区画の代表として運営を行った。
食料問題を解決するため、狩りや植物育成スキルを持った者に仕事を割り振り、食料生産を確保する。
必要となる道具や武器を鍛治スキル持ちにより作製してもらう。生活スキル持ちには、食事の調理の工夫や世界の変更によって出来なくなったこと、出来るようになったことの調査をしてもらう。
そうした試みをこのビギンで行っていると、他に沢山あった宿屋は惣菜屋に八百屋に、肉屋に、鍛冶場に、商店へと最適な環境へ変わっていったそうだ。
主人であるプレイヤーの持ち物を弄るのに抵抗はなかったのかを聞くと、最初は皆抵抗があったらしい。
様々な設定を盛られたNPC達にとってプレイヤーは絶対であり、忠誠は不変。
更にはそれなりに愛着を持ち、ずっと過ごしていた家を改変しようと考えるものは居なかった。
だから、暫くはプレイヤーの帰還を待ったのだ。
しかし、状況が変わる。
この町には様々な種族が存在する。
エルフやドワーフ、獣人などの亜人から、ゴブリンやコボルト、オークなどの半魔人。魔族や吸血鬼、鬼などの魔人。
主人を待ち、食料も底を尽きて、飢餓状態となった一部の種族は暴走した。
最初の悲劇は、オークと小人族の兄弟だった。
同じベッドで寝起きしていた二人は、食料が尽きた翌日。死んだ。
オークの悲鳴が聞こえ、懇意にしていた隣の宿屋の人族の少女がその場に向かうと、頭のない小人族の少年と胸に青龍刀を生やしたオークが血塗れになって倒れ、死んでいた。
きっとそれは。あまりにもあっさりとした悲劇だったのだろう。
オークはお腹が空いた状態で目を覚まし、ちょうど目の前に食料があったから齧ったのだ。
お腹を少し満たし、正気に戻った時に目の前にいたのは、最愛の兄の亡骸。
寝ぼけて起こした凶行。口の中に広がる兄の味を知ったオーク。
彼は発狂し、一際大きな悲鳴をあげ、自ら自死するに至った。
悲劇はそれだけで終わらなかった。
この悲劇が広まってからも、同様の事件は後に続くように発生する。
食料事情だけではない、現実化されたことで表面化した種族の特性によるものも大きい。
膨らむ恐怖と蔓延する半魔人への差別意識。
頼れる兄弟が、疑惑の目で監視してくる日々。
そんな彼らの環境に終止符を打つため、寄り合は食料事情改善、並びに店舗改装を強制的に始めることになる。
時は流れ、事件も減り、食料事情もなんとか上手く回せるようになったけれど、町の半魔人や一部の魔人への風当たりは強く、彼らは纏まってこの町を離れていった。
この事件は兄弟達に大きな溝を残したのだ。
「それで何人もいないわけだね。でもウチの半魔人や魔人って、吸血鬼のティアと鬼の童子と魔族の…えっと、あー、次。セイレーンのサイレントと、淫魔のアバロン。ざっと5人くらいだろう?なんでここに君ら二人しかいないの?他の連中はどうしたんだい?まさか、同じ理由で出て行ったわけじゃないよね?」
テシロコックなんてエルフだし、そんな目に会うとは思えないのだけれど…
「事件で出て行ったのは、サイレントちゃんとティア、アバロンの3人よ。もちろん、あたし達は差別まがいなことはしてないし、怖がってもないから引き止めたわ。でも、無理だったの。……あの子達の種族特性の発現は、さほど大きなものじゃなかったけれど、他の家の子達と比べてレベルが高かったから怖がられてたみたいで、…外で色々言われたみたい。」
「そっか。」
事情がリアル過ぎて語る言葉を失ってしまうが、それらを経験していない僕が何を語っても言葉は軽くなってしまうだろう。
他の連中は、と話を促す。
すると、カマーは更に申し訳なさそうに肩を落とす。
「何人かは、あちこちで働いて貰ってるけど、数人は、連れて行かれちゃったわ。」
「え?誰に??誰が?」
「魔導王朝じゃない、他の国の人達よぉ。連れて行かれたのは、ティシーとスズちゃん、魔族の…あの子、巫女ちゃんと、エムズちゃんね。」
「……もしかして、世界樹の森と、エルディア?」
「正解。やっぱりお父様は知ってたのねぇ…。ティシーがまさか、世界樹の森の女王だなんて全く知らなかったわ。エムズなんて、エルディアの王族だって言うし。あたし史上最も混乱を起こした出来事だったのよぉ。」
「巫女と魔族の彼女は、見当もつかないけど。どこへ行ったんだい?」
「…巫女ちゃんは教国みたい。魔族のあの子は国じゃないけど、魔大陸ね。あ、一応言っておくけどぉ、全員誘拐とかじゃなく了承して行ってるからね。どの道、あたし達の方がずっと強いんだから。」
上半身裸になり、筋肉を見せびらかすカマー。
僕はひとつ深くため息をつき、今後の方針を伝える。
「とにかく、僕は出来る限りの情報を集めるよ。世界をこんなことにしたのは誰か分からないけれど、情報を集めないと戦いにもならないからね。 近い内に寄り合とやらの代表者に合わせてもらえるかな。話がしたい。」