オータムの生きる世界
始まりの街『ビギン』
街と言うには非常に広大であり、街の多くは商店や宿が大半を占め、その品質もピンからキリまで揃っている。
ファンタジー世界のベッドタウンとも呼べるこの街は、設定上では一番近隣にある国、魔導王朝マーリアンの庇護都市に当たるのだという。
有名な冒険者や魔法使いを集める為に作られたこの街は、マーリアンの先端技術の一端を活用している為、非常に生活がしやすい。非常に魅力的な街なのだ。
まぁ、それは単なる設定で、実際のところはプレイヤーの休憩地点なだけなのだけだね。
多くのプレイヤーが入っても、宿が埋まらないように敷設された宿。買い物がいつでも出来るように増加された商店。彼らのレベルや所持金に応じてグレードを上げられるように増やされた種類。
それがこの街の本来目的であり、プレイヤーの為に存在する街だったのだ。
しかし、ゲームが現実となったこの世界では、その架空の設定は現実のものになっている様だ。
「ようこそ、いらっしゃいました。数ある宿屋の中で我が『祝福の羽』をお選び頂きありがとうございます。滞在はいつ迄の予定でしょうか。」
宿に入った途端、手をにぎにぎと下手に出るモノクルを付けた店主の男が現れた。
見覚えがある。ゲームだった時に店主NPCだった男の顔だ。
あの時は、やや腰にしなを作っていたけれど、現実になってから変わったのだろうか。
「滞在は30日ほどの予定だよ。ところで君は、これが何だか分かるかい?」
ポケットからとある紙を出し、店主に見せる。
偉そうに言っておきながら、何コレと思われると赤面ものだが、多分大丈夫だろう。
「アラ…これは!まさか……!?」
店主の顔色が驚愕に染まる。
それはそうだろう。彼に見せたのは土地と店の権利書。店の名前は彼の口から出た『祝福の羽』という名前だ。
権利者には おーたむ と平仮名で書かれている。
そりゃあ彼にとっては驚きだろう。すでにこの店は、オータムという男の物なのだから。
「というか、やっぱり顔を忘れられているんだね。オータムって名前、覚えてない?結構前からここのオーナーやってたと思うんだけど。」
ゲーム初期にあった施設購入システムで、僕はこの店を購入したのだ。つまり、この店はマイホームである。
そしてNPCの容姿や設定まで作成したので、ここの従業員は名前から性格までしっかりと把握済みなのだ。
ちなみにこの店主の名前は、Mr.カマーという。
性格は名前の通りオカマだ。なぜそんな性格にしたのかというと設定を盛りすぎてゲシュタルト崩壊した結末である。
律儀な執事系にするつもりがドウシテコウナッタ。といった具合なのだ。
現実化の影響か、普通の反応を示してくれているから本当に良かった。
フルフルとカマーの肩が震えていた。
その瞳が真っ直ぐにこちらを見据えていたが、ちらりと僕の下半身に目が行ったと思えば、思い出した様にドバッと涙が零れ落ちる。
て、は?泣いてる!?
「おおおおおおおとうサマァァァアん」
「ひい!」
思わず避けた。避けずにはいられなかった。
紳士っぽい服装に身を包むオールバックで筋肉質のおっさんが、両手を大きく広げて全力で抱きついてこようとしているのだ。避けない理由はない。
ていうかコイツ今、もしかしてお父様って言ったか?
『オータム様』の聞き間違い……だよな?
「なぜ避けるのん、お父様ぁ。カマーは悲しいの。」
しなを作り、腰をクネクネと動かすカマーが、オカマ言葉を用いながら嘆き悲しみ、両手で顔を押さえ、つぶらな瞳をチラチラとこちらに向ける。
ヤバい、超逃げたい。なんだこの化け物…
こんなとんでもない化け物を生み出してしまったというのか…僕は……
あまりの戦慄に冷や汗がハンパじゃあない。
今ヤツは避けられない様に、タイミングを見計らっている。先に動けば狙われる…
スパァァン!!
不思議な膠着状態?に新しい風が吹く。
謎の闖入者が黄金色に輝くハリセンで一閃。 カマーをぶっ叩いたのだ。
「その鬱陶しい態度は止めろと言ってるです。お客様が逃げてしまうです。」
闖入者はどうやら従業員の様だ。深く帽子を被り、その素顔は見えないけれど、特徴的な台詞には聞き覚えがある。
「助かったよ、ニヤ。ありがとう。ちなみに君は僕のこと覚えてる?」
「にゃ!?なんで名前を知ってるです…か!!?」
こちらを見ようと慌てて帽子を上げ、可愛い猫耳が露わになったところで、ニアはピタリと動きを止める。
ふむ。どうやら、NPCであった頃の記憶はちゃんと残っているらしい。カマーの様に僕の認識と違うこともあるみたいだしな。
「…いままでどこに行ってた…ですか、クソ親父…です。」
おや、辛辣だな。カマーの対応とは大違いだ。
とはいえ、やっぱりそうか。
僕が作ったNPCは皆僕の子という扱いになっているらしい。
作ったNPCは合計で13人いたはずだから、未婚の癖に13児の父というワケだ。一人明らかにおっさんがいるから認めたくないけれど。
「まあ、とにかくごめんよ。ところで変なことを聞くけど、君達の感覚では、僕が帰ってきたのはいつぶりになるのかな?」
この世界が現実に変わったと気付いたのは今日だ。そして僕はゲームの中だった昨日もこの宿で寝泊まりしていた。
なのに、カマーやニアの反応がみょんなのだ。
だからゲームの時よりも年月が経過している可能性を感じたというワケである。
そう言う物語を読んだこともあるしな……
「3年…です。3年も居なかったのです。クソ親父が帰ってこないですから、皆店を出てったです。」
そうか、3年か。
そう言えば、よく見るとニアの背も伸びて…ないな。胸も大きく…なってないな。
「そうかい。長い間よく店を切り盛りしてくれたね。ありがとう。」
「お礼はいらないです。クソ親父が店を手伝ったことないです。」
にょろーん。
ーーー
ゲーム時代の僕を知っている彼らを相手に僕の身に起きた現状を説明する。
夕食を食べながらではあったが、それにはさほど時間は掛からなかった。
「というワケで、僕の感覚では昨日もここにいたって事。原因は不明だけれど、君達にとっての3年を何らかの要因ですっ飛ばしてしまっているんだね。きっとーー」
「クソ親父、です。」
「なんだい、ニア。」
「よくわからなかったです。」
「アタシも難しい話わかんない〜。あらお父様、口元にパンくずついてるわよぉ〜。」
理解できる奴がいないのだ。
とりあえず、今日はカマーを放り出して、自室に鍵を掛けて寝てしまうに限る。
そう言えば…
世界が変わり、ゲームではない本物の戦いを経験し、NPCが人間になっているのを知った。
正に激動の1日と言って良い日だったにも関わらず何故自分はこんなにも冷静なのだろう。
そんな疑問が頭をよぎるが、飛びかかってきたカマーのせいでその考えは防衛本能によってかき消されることになった。