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夜道

作者: 菱垣 宗次

夜道



週末はいつも実家に帰ることにしている。


電車に乗って片道約2時間半の道のりは小旅行と言ってもいい。

旅行という言葉ほど楽しくはないけれど。


窓ガラスに映る顔が1日の全て。

疲労が1日を終わらせる。


そんなにも苦労して実家に向かうのは退院したばかりの母が一人で暮らしているからだ。仕方のない事情。

大病では無いが、やはり心配なのだ。



移動中はどうしても1日を振り返らずにはいられない。

今日上司に言われた言葉はなかなかに忘れられないものになった。

そいつは数人で談笑していると人をネタに楽しむ時がある。

しかも面白かった試しがない。

冗談も言えないくせにロクなことを口にしない。

笑えなかったら冗談にならないんだよ。

頭悪いな……

大勢集まる場での冗談てのは誰かをネタにするのは御法度なんだ。

正解は自分をネタにすること。

それもできないくせに。


全く誰を見習えとか、誰と比べて君は駄目だなどと言う人間は人の上に立つべきじゃない。

とはいえ上司は選べないのが現実だ。


大体、何を言ってもやっても否定から入る人に何を提案できる。



窓ガラスを眺め思う。

自分て奴はやはり特別な存在で、一生付き合わなきゃいけない人間の一人だ。

良い付き合い方をしていかなければならない。

だから嫌いも好きもない。


自分は自分以外の誰かになりたいなんて思ったことは一度も無い。

だからどうしたって話だけど、眠っている時間以外は厄介だって思う。



どこから入って来たのか、巨大な蛾が蛍光灯にぶつかり、埃を舞い上げている。

顔を上げると乗り換えの駅だった。


何をやっているのだろう。


携帯がチカチカと合図を送っている。

妹からだ。


「いまどこ?」


四文字と1つの記号のみのシンプルな文字列は、いかにも妹らしい大雑把なものだ。

あいつは自分が週末に帰ることを知っている。

迎えにでも来るのかと期待したが、そうではないらしい。

どうやら反対側から来た電車に乗っていたようだ。あいつは自分とは逆方向に2時間半行った職場で働いている。

同じ職場の同僚と去年の春に結婚をし、出て行った。

あいつも同じで心配なのだ。

家のことが。


同じ時間帯に帰りがぶつかるとは、珍しいこともある。

先に着くというので、駅で待ち合わせをして帰ることにした。

まだ目的地までは30分ほどかかる。

その間ひとり自己啓発セミナーは続くのだ。

全く厄介。



ドアが開くといつものように草の匂いがする。

冷気が逃げていき、同時に蒸した空気が電車に乗り込んでいく。

虫の声がうるさくて、うんざりする程だ。

無人の改札を抜けると、家までの真っ暗な道はしばらく一人で歩かなければならないというのが苦痛だったから、たとえ迎えではないにせよ妹がいてくれるのは少し助かる。

あいつも同じなのだろう。


暗がりにいる妹を拾って、いつもの道を行く。田舎は皆、車を使うから、歩いている人は昼だろうが夜だろうがほとんどいない。

だから自然だった。

様子がおかしいと気がつくのはずいぶんと後になってからになる。


車通りがあっても街灯もない道を決まったルートで家を目指す。


途中に見えるハズの

小さい頃家族で行ったスーパーは潰れてしまった。


「懐かしいよね……」


そうつぶやいたけれど、特にリアクションはなかった。


建物は取り壊しになり、土の地面がむき出しになった何もない空間が、夜空を際立たせている。

つい馬鹿みたいに口を開けて空を見ながら歩いてしまう。

何が有ると言うわけでもないけれど

東京のスモッグの中から見る夜空とは明らかに違っていて、素晴らしいと思う前にその違和感に圧倒されしまう。


虫の声以外はどこも死んでいるみたいに静か。


「夏も終わりだね……」


などと妹が呟くので


なに?

と聞くと


ツクツクボウシだという。


あれは夏の終わりに鳴くもんだと言った。

こんな時間に鳴いているものなのだなと思ったけれど、蝉時雨って言葉の通り、自然に溶け込むように大合唱は続いている。


さっきと同じように適当に返事をして、歩きつづけた。



正直言うと実家に帰るのは嫌なことだ。あの古くて全てが使えない家が嫌で仕方ない。


それでも帰らないといけない。


昨日の電話で明後日は祖母の命日だと母に言われ初めて気が付く。

生きているときにはあんなにも仲が悪かったのに良く覚えているものだと思うけれど、こういう事もあるから帰って来ることが必要だと思ったりもする。


日々無気力の心地よさに浸り過ぎている


「何かをやろう」

というエネルギーは何処からともなくやって来る事など無い。


嫌なことや抵抗の有ることですら

そのためには必要な栄養だと思う。


なんでもどこかで繋がっている。

ボンヤリと見ただけではわからない色々も

海面から出た氷山の一欠片で、後々自分なりに納得のいくようにしていないと、隠れた大きな塊の重みに耐えきれなくなる。



今日はなんだかやけに静かだ。

もうずっと無言が続いている。


それにしても街灯もない場所になぜ妹は立っていたのだろう。

駅舎は少なくとも灯がともっており、気が楽だと思うのだけれど。

まあ虫嫌いのこいつのことだ灯の下など虫の巣と同じとでも思っているのだろう。



携帯の振動にハッとする。


「なにしてるの!いまどこ!?」


妹からだった。


なにしてるって一緒に帰ってるじゃないか……

しばらくメールを読み進めて、意味がわかった時、先程までの汗がスッと引いた。


それじゃあ隣にいるのは誰なんだ……


声や服装はかなり似ていたが、もしかすると別人だったのだろうか。

妹相手にいちいち挨拶を交わしたりすることはない。

文字通り拾うように合流したのだ。


虫の声がやけに大きくなる。

歩いていると気にしなかったが

ずっと何か腐ったような臭いがしている事に気がついてしまった。


田舎はいいとか憧れるというが、田舎は田舎の薄暗い出来事が当たり前のようにあるんだ。

身元不明の遺体が見つかったり、強姦騒ぎがあったり、放火や自殺。

世の中どこにでもおかしなやつはいるもんだ。

だから隣にいるのも恐らくそういうやつだと思い、背筋が凍った。


自分たちは暗がりにいる。


街灯は無く、お互いの容姿は月明かり程度の明るさでしか確認できない。

ただ

既にこいつは妹ではない事がわかった時点で、ぼんやりと見える姿は全く違って見える。


このまま家に帰ってはいけない。


コンビニがあれば駆け込むのに……

そんな気の利いたものは無い。

そもそもそれだけの明るさがあれば気がつくはずだった。

商店は夕方すぎには閉まっている。

ここではそれが日常なのだ。


この状況はあまりにも不自然で気分が悪い。

相手側も気が付かないのだろうか。

いや、そんなはずは無い。

会話は少なくとも、話を合わせてくるのがおかしい。


思いつきだったけれど、用を足しにいくふりをして逃げることにした。

行方不明になってた老人が流れ着いた事のある用水路に向かって相手を刺激しないように歩く。ゆっくりと。

チラリと横目で確認すると暗がりの中でも口角が上がっているのがわかった。


笑っている。


もう限界だった。

用水路に架かる橋を一目散に駆け抜けた。


一応2、3周住宅地の周囲を歩いてから家路に着く。

携帯電話は鳴りっぱなしだ。

妹と母親から交互に。

それどころじゃない。


その日は一睡もできなかった。


明くる日は母親に叩き起された。

慌てた様子で話す内容を掻い摘むと、近所で殺人未遂事件があり、変な女が捕まったという。


そこで思い出す。

まだここに住んでた頃、学生の頃の事だ。

変な女で真っ先に思いつくのはそいつしかいなかった。

猫屋敷事件の女だ。


そいつはいつも汚いぬいぐるみを手にして、その辺をうろついていた。

あまりの臭いによく見てみるとそれはぬいぐるみなどではなく、猫の死骸だったって話だった。


近所で有名になったのもあって、警察がその女の家に入ったら、干からびた猫だの犬だのの死骸が山のように出てきたらしい。


だから地元の仲間内では猫屋敷事件などと呼んでいた。

なんでも行方不明になってた飼い猫もいたそうで、結構な問題になった。

だからそいつは逮捕されたとか、鉄格子のついた病院に入ったとか噂が立って、姿を見ることが無くなっていたのだ。


あれから何年経つのだろう。

まだ地元にいたとは驚きだ。


その女はあの夜、果物ナイフを持って歩いていたらしい。


「一緒にいた友達がいなくなった!」


とか喚き散らして男性を刺したそうだ。

命には別状はなかったらしいが、自分がそうならなかっただけで少しホッとしている。


ただでさえ近寄り難いのに更にトラウマを作ってくれる地元に感謝だ。


全く気分の悪い夜道だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 文は空白がちょうどよく感じました。また、日常の中の恐怖といった感じがしたのは良かったと思います! ですが、主人公が男性か女性なのかがわかりにくかったです。また、暗がりとはいえ妹と見間違えるか…
2015/08/05 21:06 退会済み
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